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第19話 魔界での一時

魔界の世界樹の根元に吐き出された時 何故かまだ閻魔がいた 疲れ果てた弟を閻魔は近寄り抱き上げた 「………兄者……ずっといたのか?」 「違う。ガブリエルがそろそろ還って来るので出迎えてあげて下さい。と声がしたから待っていたのだ」 ガブリエルに言われて来てみると、世界樹の根元に…… 真っ赤な紅蓮の髪をした皇帝炎帝がいた 黒龍は疲れた顔をした青龍を抱き締めた 「…………無事で……」 良かった………と兄は弟を抱き締めた 皇帝炎帝は兄に「………着替えてぇ……この服は八仙が持ち帰るかんな……」と疲れた声で言った 閻魔は馬を呼ぶと弟を乗せて、走り去った 黒龍はそれを見て…… 「青龍、久方ぶり父者の背中に乗りたくないか?」と持ち掛けた 「…………兄さん……」 「父者、躊躇する事なく龍になってくだされ!」 黒龍はさっさと龍になりやがれ!と言ったも同然の台詞を吐いた 金龍は仕方なく龍に姿を変えた 青龍達の目の前に、黄金に輝く龍が姿を現した 青龍は「………妻が見たら……金運たまりそうだと……喜びそうですね」と苦笑した 黒龍は「………アイツなら言うだろうな……」と呟いた 金龍は「言っとくけど金運は上がらねぇぞ!」とボヤいた 金龍の背中に乗って青龍と黒龍は閻魔の邸宅まで向かった 一足早く閻魔の邸宅に帰っていた炎帝は、金龍が中庭に下りるのを待ち構えていた やはり炎帝は炎帝だった 黄金の体躯をキラキラと光らせて下りて来る金龍の姿に……… 「……床の間に置いたら金運上がりそうだな」 と予想通りの台詞を放った 黒龍は腹を抱えて笑った 青龍は我が妻の予想通りの発言に………苦笑した 「奥さん、蒼い僕では不満ですか? 金運下がりそうですか?蒼いから……」 「オレの蒼い龍に不満なんかねぇよ! 青龍 着替えを八仙に届けさせねぇとならねぇかんな! オレを連れて行くもんよー!」 炎帝はそう言い青龍に腕を伸ばした 青龍は炎帝を抱き上げて「着替えて参ります」と言った 黒龍は「炎帝、お前んちの応接間にいるからな!」と言うと、炎帝は手をヒラヒラさせて青龍と共に炎帝の家へと向かった 炎帝の家に行くと雪が出迎えてくれた 「無事のご帰還……雪は嬉しく思います お帰りなさい炎帝、そして青龍」 炎帝は笑って雪の頭を撫でた 「ただいま雪」 炎帝が言うと青龍も「ただいま雪」と言い頭を撫でた 「お着替えの用意はしてあります お風呂に入ってらっしゃったら如何ですか?」 「そうしてぇけど、黒龍達がいるかんな」 「それは雪が何とかします ですので炎帝と青龍は旅の埃を払いに湯殿へどうぞ!」 「なら雪、赤龍の服も用意しておいてくれ!」 炎帝は胸ポケットから赤い蛇を出して、雪に見せた 「わぁー可愛い」 雪は赤い蛇を撫でてスリスリした 「赤龍だ」 「え?‥‥‥嘘‥‥」 「今しかなれねぇ姿だからな雪にも見せとこうと想ってな」 「ありがとうございました さぁ、湯殿へどうぞ 後は雪が何とかします。」 雪はそう言いニコッと笑った 炎帝と青龍は湯殿へ向かった 湯殿の横の脱衣所で、炎帝は服をバサバサと脱いで、赤い蛇と共に湯殿へサブンッと飛び込んだ お湯に浸かると、赤い蛇は何時もの赤龍へと姿を変えた 「お!久方ぶりの姿だな赤いの」 「………人のカタチに戻ると腹が減るのが難点だよな……」 赤龍はボヤきながらも、気持ち良さそうにお湯に浸かっていた 青龍は妻の体躯を引き寄せて、膝の上に乗せた 「青龍、疲れてねぇか?」 「今回は少し疲れました……」 青龍は少し疲労の影を浮かべながら、お湯に気持ち良さそうに浸かっていた 「…………問題は山積してるのを想うと気が重いな」 「まぁ……何とかなります」 一番そういう台詞を吐きそうもない青龍が言うから、赤龍は何とも変わった事か……と苦笑した 「青龍、洗ってやるから龍になれよ」 炎帝は湯殿から上がると、石鹸を手に取り泡立て始めた 「お、今日の石鹸は沙羅双樹だな」 青龍は龍になりデローンと寝そべっていた 炎帝はその青龍の体躯を隅々まで綺麗に洗ってやっていた 鱗の一枚までも磨きあげる様に洗っていく手つきは慣れていた この二人は時間が許す限り……… こうして青龍の体躯を洗ってやっているのが解る 炎帝の愛だった 龍族でさえ、その龍の姿に恐れをなす者もいる 忌み嫌われている姿を…… 愛しそうに洗う姿は……… 愛しかなかった 赤龍はそんな弟夫婦を優しい瞳で見ていた 青龍は体躯の泡を流して貰うと、龍のまま湯殿へと入ってきた 湯に浸かる龍……… まぁ……いいけど……… 赤龍はシュールすぎる姿を…… 羨ましそうに見ていた こんな二人のような……愛し方が出来る者は…… そうそういない 金龍と黒龍はエッチに突入しない様に、湯殿へと足を運んだ そこでお湯に気持ち良さそうに浸かっている青龍を見て…… 言葉を失った 龍のヒゲを掴んで炎帝は笑っていた その鋭利な歯を恐れる事なく口吻ける炎帝に驚いていた 「気持ちいいか青龍?」 「旅の疲れも取れました 貴方は?私を洗って疲れてませんか?」 赤龍は『私』と言う青龍を驚いた顔で見ていた 「青龍を洗えるのはオレだけの特権だと想えば疲れねぇよ!」 「私は貴方にしか洗わせません」 龍のお口が愛を囁く 龍の赤い舌が炎帝を舐めて……… 食べそうな口吻けをする そして横にいる赤龍を見た 「赤いの、洗ってやろうか?」 炎帝が言うと赤龍は「………早く風呂から出ろと親父と兄貴が来てる状況で言うな……」とボヤいた 黒龍が「カリウスと廉が挨拶に来てる……どうするよ?」と来客を告げた 「風呂から上がるから待ってて貰ってくれ! 雪、その服は八仙に届けてくれ!」 雪? 金龍と黒龍は驚いて後ろを振り返った すると雪が音も立てずに炎帝と青龍の正装を手にしていた 「八仙なら既に来ていて金盞花のお茶を飲んでます」 雪は主に告げた 炎帝はザバッと湯殿から上がって、即座に行こうとして青龍に掴まった 「そんな格好で逝かないで下さい」 青龍はそう言い上質な綿で出来ている布で炎帝を包んだ 金龍と黒龍は「応接間で待っておる」と告げて湯殿を後にした 体躯を丁寧に拭って、青龍は炎帝に服を着せた 着替えは、青龍と炎帝は一つのカゴに入っていて、もう一つのカゴに赤龍の服らしきモノが入っていた 赤龍も布で体を拭いて、カゴを覗き込んだ 「俺の着替えはコレかよ?」 問い掛けると青龍は「ですね!」と答えて、炎帝に服を着せていた 青龍と炎帝の着替えは、綿のカンドゥーラと呼ばれる服に似ていた マキシ丈のワンピースのようなもので、その下には白いTシャツを着て、腰から下は、日本人が着物の下につける「裾除け」のような布を巻く 魔界では定番の部屋着だった 炎帝の服はそれをもっと華奢にしたアバヤみたいな服だった そして赤龍の服は……… 何処から手に入れたのか……… 短パンとTシャツ………と軽装だった そしてそのTシャツは黒色で胸に白い字で 『赤いの!!』と書かれていた それを見た炎帝は爆笑した 青龍も笑っては失礼だと想いつつ…… 肩が盛大に震えていた 「………俺は客人じゃねぇのかよ?」 赤龍はボヤいた それでも着る服は他にないから仕方なく着ることにした それにしても……… 何処で探して来た訳? こんな服、魔界にあるのかよ? 赤龍はその服を着て、炎帝の家の応接間へと向かった それを目にした黒龍と金龍は…… 言わずもがな……爆笑した 赤龍は破れかぶれになりソファーにふんぞり返えった カリウスは笑いを堪えて 「炎帝、その節は大変お世話になりました」と立ち上がって深々と頭を下げた 炎帝の髪はまだ紅蓮の赤だった…… そんなに魔界に還って来たと言ったからって、早く変われるモノでもなかった 廉も立ち上がり「炎帝には本当に世話になった」と礼を述べた 炎帝は「幸せか?」と尋ねた カリウスと廉は頷いて、互いの手を握り締めた 「ならオレの言う事なんかねぇよ! そこの黒龍を助けて、生きて逝ってくれ!」 「「はい!」」 「雅龍の妻の夏海は人の世から来た人間だ 雅龍共々仲良くしてやってくれ!」 カリウスは炎帝の手を取ると、その前に傅いた 「夏海さんにはお逢いしました 僕達は………離れる事なくいられる…… あの方達も……困難を乗り越えて共にいると教えてくれました 黒龍や金龍も気にかけてくれて……本当に過ごしやすいです……… それも……君がいればこそ……なんですね」 「青龍はオレの夫だかんな 夫の実家には世話になってる、と言う事だ」 炎帝は何でもない様に言い笑った そんなに簡単な事ではないが、意図も簡単に謂ってしまえる炎帝と謂う神の力量を垣間見る 自分達はこの人の力になり、魔界の礎になろう‥‥ カリウスと廉はそう心に決めた 二人は炎帝と青龍に礼を言い還って逝った 料理が出て来る前に、炎帝は立ち上がって深々と頭を下げた 「金龍、黒龍、お前達には本当に色々と手間をかけている 父者、兄者………貴方達はオレの視る果ての為に……酷使させている 本当にすまねぇと想う……」 炎帝は金龍や黒龍、閻魔や健御雷神に詫びと礼を述べた その横に青龍も立って、共に頭を下げていた 黒龍は強引に炎帝と青龍をソファーに座らせた 「よさんか!酒がまずくなんだろ!」 照れてるのは一目瞭然だった 「友よ…何年たってもお前を酷使するな」 黒龍は炎帝の横にドサッと座ると 「未来永劫、俺の友よ! 慣れてるから照れくせぇ事をすんな!」 「ケジメだ」 「そのケジメは父者や他の奴にやれ! 俺には不要の長物だ!」 黒龍は炎帝の頭をガシガシ撫でた 炎帝は笑っていた 「友よ」 拳を重ね合わせて笑った 何年たっても変わらぬ友よ その存在は大きかった そしてやっぱし友情を確認した後は 「赤いの……その服……着て還ったらどうよ?」 と、弟を揶揄するのだった 赤龍は嫌な顔をして 「………兄貴のTシャツ 雪に頼んでおこうか? 『黒いの!』って書いてあるTシャツ 着る勇気あるのかよ?」とボヤいた 黒龍は想像して‥‥それは嫌かなと想い 「……家の中なら着ても良いけどな……」と呟いた 外なら冗談…… と言うと雪が黒龍の膝の上にパサッと布を落とした 「………え?……何よ?」 黒龍はそう言い広げてみた すると布は黒のTシャツで……… 白い字で『黒いの!!』と書かれていた それを見た金龍は爆笑して 「おめぇ!似合いそうじゃねぇか!」と黒龍を揶揄した 「………父者も似合いそうじゃねぇか?」 黒龍が言うと、金龍の膝の上にもパサッと布が置かれた 「……まさか……」 金龍は不安そうに布を広げた すると黒い布に白い字で『金色の!!』と書かれていた 金龍は…… 「こんなTシャツ……何処で手に入れたんだ?」と震えて問いかけた 雪はニコニコと笑って 「秋葉原に好きな文字をプリントしてくれる店があるのですよ!」 と告げた 金龍は「秋葉原?人の世のオタクの聖地とか言う場所か?」と問い掛けた 「毘沙門天さんが教えてくれました で、頼んで買って来て貰いました いやぁ、渡せる機会があって良かったです」 と、悪気のない笑顔を向けた こんな笑顔見たら…… 何も言えない 黒龍は服を脱いでTシャツを着た 金龍も服を脱いでTシャツを着た 『黒いの!!』 『金色の!!』 と書かれたTシャツに皆は一頻り笑った 炎帝の応接間に笑い声が響き渡った 朱雀は腹を抱えて笑っていた その朱雀の膝の上にもパサッと布は置かれた 「………え……俺もかよ?雪……」 朱雀は布を広げて見た 「それは毘沙門天から朱雀さんに、プレゼントだそうです」 朱雀はピキッと怒りマークを額に貼り付けて 「……ほほう……毘沙門天は命知らずらしいな」 とプルプル打ち震えていた 広げた布には…… 『赤い鳥!!』と書かれていた 炎帝は爆笑して腹を抱えた 「……おのれ…毘沙門天……」 朱雀は毘沙門天に『神!』と書いたTシャツをプレゼントしてやると心に誓った 朱雀はヤケクソになり服を脱いでTシャツを着た 『赤いの!!』『黒いの!!』『金色の!!』『赤い鳥!!』 と書かれたTシャツをヤケクソで着ている光景は…… 空恐ろしいモノがあった 笑いの絶えない空間の笑いをぶった切ったのは炎帝だった 「オレは明日、仙界に寄ってから還るかんな」 早々と帰還する事を告げられて 「………一晩で還られるのか?」と淋しそうに言った 「やらねぇとならねぇ事が山積してるかんな」 「…………でしたね……韜晦されのでしたね……」 閻魔が今の現状を口にした 「あれはな、韜晦するのは知っていた まだ闘う時期じゃねぇんだろからな…… それよりも冥府の下層階を……無人じゃ置いとけねぇからな……」 「………でしたね……悪意しかない輩に乗っ取られたら……考えるだけで怖いですからね」 「だから仙界の妖精王に逢って、話をして来ねぇとな…… そして………そろそろ………この魔界に炎帝が幾度も還るのはおかしいと一石投じる騒ぎもあるだろうしな……」 炎帝の言葉に閻魔はギョッとした 「…………誰が………一石投じると言うのですか?」 「…………カオス(渾沌)が魔界を混乱へ導くだろう」 「………カオス??……それは神なのですか?」 閻魔は尋ねた 炎帝は静に瞳を閉じた 「………時が来れば解る カオスの正体も………その目的も……… それは人の世とリンクしていて……韜晦した存在と同一人物だ……… 近い将来、魔界も人の世も………渾沌(カオス)を迎える時が来る……… まぁ‥‥カオスも駒の一つに過ぎねぇとしたら、我らは相当の覚悟を迫られる その時……惑い逃げ回らねぇ様に確かなモノを据えねぇとなねぇんだよ!」 何時か来るカオス(渾沌)の為に……… 確かな今を築かねばならねぇと……炎帝は言葉にした その時、炎帝の邸宅の玄関のドアが激しく叩かれた 雪は玄関へ出向いてドアを開けると……… 黒装束の男が三人………立っていた 「………炎帝様にお目にかかれますか?」 男達は雪に、そう問い掛けた 「貴殿達のお名前は?」 雪は毅然としてそう言った 炎帝の邸宅の留守を預かる者として、毅然とした態度で接客していた 「…………閣下の下の者………とだけ、名乗っておきます」 「解りました、お待ちください」 雪は応接間にいる炎帝の所へと向かった 「炎帝……客人です」 「通せ!」 炎帝が言うと雪は男達を応接間に通した 応接間に通された男達は、ソファーに座るTシャツを着ている者達を見て…… 笑いそうになったが……堪えた そして炎帝の前に傅くと深々と頭を下げた 「炎帝様……我等と共に人の世に戻って下され!」 炎帝の真っ赤な瞳が男達を視ていた 男達は炎帝の容姿に怯む事なく用件を告げた 「………閣下は……召されたか?」 「はい……先程……三途の川を渡られました」 「………で、オレに何の用だ? 閣下の魂を……導けって言う訳じゃねぇんだろ? 皇族に生まれた者は古来の神々と契りがある その魂、黄泉へと還る時…… 古来の神々は迎えに逝く筈だかんな」 「はい!その通りです ですので閣下の事では御座いません」 「………現……閣下か?」 「………我等は前……閣下にお仕えする者に御座います…… ですので……現閣下は我等にはお仕えは致しません ですが継ぎの者達の事を考えますと……あまりにも……非力な方故に……どう動いて良いのやら……… 毘沙門天様が炎帝様に伺えと仰りましたので……」 「アレは非力なのではない 未熟なんだよ……優しすぎるってのもある…… 昭和が長すぎた……ってのもある……… もっと早く……明け渡しておけば良かったんだよ」 「…………我等は……航海に出るのを躊躇しております……… あの方と同じ船に乗って大丈夫なのか……」 「………そんな泣き言をオレに言っても、お前達の船は……出航すら出来ねぇぜ?」 「………解っております」 「解ってるなら……閣下の仕事をやらせろよ! それしか生きる術はねぇんだ! 他の生き方がしたかった……そう思うのは……閣下だけじゃねぇ! 我等……神と呼ばれる存在だって……… 他の……重責を問われなくて良い……存在になりたかったって想う時がある だからって想ったからって、それになれるのか? なれねぇから誰しもが歯を食いしばって…… 生きてるんじゃねぇのかよ! 閣下となった現実を受け入れさせろ! でなくば毘沙門天の契約は……履行とする! 護る方も迷った奴を加護するのは耐えられねぇと想うぜ? なぁ、毘沙門天!」 炎帝が名を呼ぶと毘沙門天が姿を現した 毘沙門天は炎帝に深々と頭を下げた 炎帝は毘沙門天を殴りつけた その体躯に………どうやったらそんな力があるのか……… 毘沙門天は炎帝に殴り飛ばされて、吹き飛んだ 壁に体躯を打ち付けて……崩れ落ちた 「てめぇ……頭をすげ替えさせるつもりで来たか?」 毘沙門天は口から流れる血を拭って 「………アイツでは閣下は荷が重い……」 「ならば……次代に継がせるか? 其奴は何一つ苦しむ事なく難を逃れる……と言う事か? そして次代に………気の遠くなる程の時間を背負わせる気か? ならば其奴の命は狩るしかねぇな! 閣下が出来ないのであれば、無間地獄に入れて 歴代の閣下達が味わった苦しみを味合わせるしかねぇ! それしかバランスは取れねぇ!違うか?毘沙門天」 「…………弱いのは………罪か………」 「ならば問おう! 弱さを研がねば穀潰しにしかならぬ! お前が穀潰しを庇う理由を述べろ!」 「………弱さを……研ぐ? 弱いままじゃ……駄目なのかよ?」 「………弱いままで良いと言うなら……… 何故オレは血反吐を吐いて……進まねぇとならねぇんだ? オレだって強くはねぇ……それでも逝かねばならねぇから強くなろうと踏ん張るんだろうが! 闘う土俵に上がる事なく護られていれば良いって誰が言った? お前は………闘うオレを滑稽に想って見てたのか?」 「違う!…………そんな事……一度も想った事はない……」 「………毘沙門天……オレは……ただの人として生きてぇと想った事がある ただの人ととして生まれたのに……… 現実はしんどい事ばかり…… 全部投げ捨てて……逃げたいって想った事だってある そのたびに……伴侶や赤いのは言うんだ お前がそうしたいならしろ……って…… お前がいる所にいたい……って言ってくれるんだ そんなオレが逃げたら……… 明日を紡いで逝けねぇじゃねぇか…… 逃げられねぇ定めというモノはあるんだよ そんな定めを背負った奴は………逃げたって…… 逃れられねぇんだよ だからな……弱くたって泣いたって良い 立ち向かうしかねぇんだよ…… 苦しくても辛くても血反吐を吐いたとしても…… 逝く道は一つしかねぇんだよ 閣下はずっと……名もなきモノになりたがっていた 名前なんかなくてもいい 好きな様に生きたい……そう言っていた それでも逃れられねぇ定めを持って生まれた以上は………逃れられねぇんだよ毘沙門天」 炎帝は泣いていた 赤龍は毘沙門天を睨み付けていた 朱雀も毘沙門天を怒気を露わにした瞳を向けていた 「…………彼奴は………脆い………」 「それはお前が危惧する事じゃねぇ! お前は倭の国を護る神 口も手も出しちゃならねぇんだよ!」 「…………解っている……」 「解っているなら持ち場を離れるな! 今が一番大切な時じゃねぇのか? 儀式に則り、次代を軌道に乗せろ!」 「…………承知した……」 炎帝は先代の閣下に仕えていた役人に目を向けた 彼等は人であって、人ではない存在だった 裏の天皇……陛下と呼べないから閣下と呼ぶ存在に仕えると決めた日から…… 人の時間は止められ閣下と共にいる存在となる 彼等は閣下と共に本当に長い時間を生きた そして彼等は眠りに着く 次に仕える存在が、人の世に生まれて来る日まで眠りに着く 彼等は眠りに着く予定だった 「不知火……暫し起きてお前と鬼火とで、教育してやってくれねぇか?」 「宜しいのですか?」 不知火と呼ばれた男は炎帝を見て言った 「あぁ、不知火と鬼火程、長けた存在いねぇからな……眠りに着きてぇだろうが……頼めるか?」 不知火は嬉しそうな顔をして 「起きてて良いと言うのなら、嬉しい限りだ炎帝 まだ貴方の傍にいて良いのなら……その場で『諾』と申そう!」 と言った 鬼火と呼ばれた方も 「炎帝、起きてて良いなら、井筒屋の沢庵買って来て下さいよ! 一緒に沢庵食べましょうよ!」 と甘えて口にした 炎帝は笑って「スパルタで仕上げてやれ!」と頼んだ 不知火は不敵に嗤って 「解り申した!この不知火にお任せあれ! その変わり、月に一度はお茶して下さいね!」とちゃっかり次の約束を取り付けようとした 「あぁ、時間が出来たら訪ねて逝くかんな」 炎帝が言うと鬼火も負けずと 「沢庵、一緒に!忘れないで下さいね!」と一押しした 「おう!時間が出来たら沢庵持って逝くかんな!」 約束さえ取り付ければ、後は早かった 「「毘沙門天、甘い事を申すでない スパルタでビシビシ叩き込めば造作もない事よ! さっさと逝って教育しますよ!」」 と言い、毘沙門天の首根っこを持って引き摺って逝った 毘沙門天と不知火と鬼火が消えた後 炎帝は考え込んでいた 朱雀は「………なんか心配事か?」と尋ねた 「………この時期に……逝かなくても良いのにな…… 当分、裏は混乱をきたして……動けねぇな……」 「………仕方ねぇだろ?人の命は……懐柔出来ねぇんだから……」 朱雀は……それしか言葉が見当たらなくて……そう言った 「閣下は……昭和の世が終わると同時に……その命潰えていた……… だがその時に……逝かせる訳にはいかなかった…… 延ばしに延ばした命の寿命が……本当に潰えたんだよ……… これ以上は無理な話だって事だ」 ゾンビみたいな話に……… 朱雀は頭を抱えた 「………弱さは………罪………か」 炎帝は毘沙門天に言われた言葉を呟いた それに答えたのは健御雷神だった 「弱さは罪だ炎帝よ! 弱さは諸刃の剣だからな…… 己の弱さを知らぬ者は…もっと罪だ 逃げ道があると想って誤った道に逝こうとするからな……… 弱さを知り己を知る でなくば……己の力も出せはせぬ」 「父者………」 「踏まれても、踏みにじられても…… 立ち上がろうとする雑草のような生き方をする奴こそが……先へと逝く力を手に入れる だが、踏まれた事のない人間は痛みに弱い 保身に走ろうと身を守る そんな奴は………ちょっとした痛みにも敏感に感じてしまう時がある 毘沙門天の危惧はまさにそれだ……」 「………解るよ父者…… オレだって……弱音を吐きたい時だってある」 健御雷神は炎帝を抱き締めた 「弱音を吐くのは良い だが現実から目を離す事は罪を作る事になる ………罪は………自分が作っている贖罪だ 知らぬ顔して逝けはせぬ道なのじゃ お前の逝く道も険しい茨の道じゃ…… 父はいつも祈っておる お前の逝く道に少しでも光が差し込みます様に……と祈って止まない……」 「………父者……」 「我が息子 炎帝よ お前を愛しておる家族を忘れてないでおくれ……」 大切に育てられた日々は今も 炎帝の中で刻まれていた ちょっと煩い父に 気高く美しい母 そして弟想いの兄 彼等は何時も精一杯愛してくれた 「そう言えば、母者は見ねぇな……」 まだ姿を見ていない天照大神を想い、炎帝は口にした すると健御雷神と閻魔がピキッと動きを止めた 閻魔が「………聞かぬが仏……と言う言葉を知らぬか?」と冷や汗を流して言った 「え?聞いちゃ駄目なのかよ? 黒龍、おめぇ何か知ってるか?」 黒龍は炎帝に聞かれて、冷や汗を流して 「………知らない……かな……」と誤魔化した 「母者に何かあった?」 「ピンピン、殺してもあの方なら平気だと想うぞ」 「………なら……あんでいねぇんだよ?」 炎帝が呟くと同時に玄関がけたたましく音を立てて開けられた 「炎帝、還っておるのか?」 姿を現した天照大神に、炎帝は驚いて……… 言葉を失った 天照大神は黒いTシャツを着ていた 胸には白い字で『あまちゃん』と書かれていた そして………お腹が………かなり大きかった 臨月の妊婦みたいだった 「母者……」 「炎帝 我が息子よ!」 「………母者……そのお腹……」 「太ったのじゃ!」 天照大神はケロッとそう言った 「………妊婦じゃなく……」 「どうであろな 次代の雷帝が誕生するまで子閻魔は役に立たぬからな……八仙に捨てておけと申した もう魔界には入れる気はない なので、次代の閻魔を我が産むしかなかろうて!」 「………母者……それ嘘だろ?」 炎帝が謂うと凄く残念な顔をして 「すぐに解るとは………つまらぬ子よのぉ……」とボヤいた 「で、その腹は……」 「この腹は……」 服がモゾモゾ動いていた なにやら入っているのは確かだった 天照大神がお腹から取り出したのは……… 小さき魂を持つ生き物だった 「この家が好きみたいだからな、もう少し安定するまで我が服の中で暖めて大きくするつもりなのじゃ」 「…………母者!!!」 天照大神は菩薩の様な笑みを浮かべて炎帝を見ていた 炎帝の手の上に乗せられた、小さき魂は……… ヴォルグ……そのものだった 「ヴォルグ………」 炎帝が言うと「それはオイラじゃないよ!」と小さき魂を持つ者は言った 天照大神は炎帝に事情を話した 「その者は皇帝閻魔が魔界の広場に埋めたヴォルグの欠片から作り出された妖精なのじゃ ヴォルグの木は仙界にまで伸びて、種族を増やした その中の一つのモノの魂が炎帝を恋しがったから、妖精王は炎帝に………と連れて来たのじゃ だけど、お主はまだ還らぬからな、我が育てているのじゃ」と説明した ヴォルグに似たモノは……… 冥府に届けた………ヴォルグの靴を履いていた ヴォルグに似たモノは、炎帝の視線が何処を見ているか知ると 「えんまが……オイラにくれたんだ」 と嬉しそうに答えた 「………還って来たんだな……ヴォルグ」 「だから!オイラはヴォルグとかって奴じゃないって!」 小さき魂はプンプン怒っていた 「………ならば……お前は……フェイって名乗れ ヴォルグが……自分の影をフェイって呼んでいた 友達が欲しがっていたヴォルグの友達(影) お前は………そう名乗れ……」 「フェイ?」 「嫌か?」 「オイラに名前をくれるんだ!」 ヴォルグと同じ台詞を言った 皇帝閻魔がヴォルグに名前を付けてやった時 ヴォルグは嬉しそうに答えた台詞だった ヴォルグ…… 一人で哀しいままに逝かせた哀しき妖精…… 人が好きで 誰にも見られず哀しい日々を送っていた 炎帝はフェイの靴を見た 「………その靴……オレが作ってやった靴だ」 「なら……えんてーか?」 「え?………オレを知っているのか?」 「………髪の長い人が……えんてーが作った靴だって教えてくれたんだ」 皇帝閻魔が好きで…… 皇帝閻魔の家に棲み着いた小さき妖精 親父殿………貴方は……この小さき者に逢ったのですね…… 「………何で……皇帝閻魔の所に……いかなかった……」 「えんまが淋しくない日々を送れる様に…… オイラを見える様にしてくれたんだ 愛されてお過ごし……と言って送り出してくれたんだ」 親父殿……… 貴方の愛が……伝わってきます 愛して 愛しんで オレを育ててくれた お前は……愛する者の結晶だ そう言われるのが嫌でした 何故オレを創ったんだ……と恨んだ事もあります だけど親父殿…… オレは愛する存在を手にした 愛する存在を知れば…… 見えなかった貴方の想いが見えてくる オレは貴方の愛する存在でいられますか? 貴方の妻と……… 貴方の生まれるはずだった子を…… 復活などさせられないと解っていて…… 貴方は創った 愛する妻と子の血肉を分け与え、愛する弟の魂を与えて… 貴方は創った オレは………貴方の愛する存在にはなれないと想った 貴方が……オレを見るたび…… オレは貴方の愛する存在なんかじゃない…… そう思い……貴方から逃げたんだ その間……貴方は何を想って…… 生きて来たのですか…… 親父殿…… 親父殿…… オレは貴方の息子でいられてますか?

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