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第22話 虎視眈々

鳩村恒星の葬儀はしめやかに行われた 葬儀には派閥の人間や政界の人間達がちらほらと弔問に来ていた 後日、告別式を行う為、この日の葬儀は主要人と親族のみとされていた それでも政局の要をやっていた存在を無下には出来ないと、駆け付けて来る議員や関係者は多かった 兵藤昭一郎と妻の美緒は、康太達を背中に隠して、通夜の席に出席した 兵藤昭一郎の姿を見て、声を掛けて来る存在から顔を隠して康太は立っていた 俯いていれば兵藤の弟位にしか想われなかった 遊星も康太同様に俯いて……兵藤の横に立っていた 派閥の要職に着く兵藤昭一郎は、親族の横の席を用意されていた 昭一郎や美緒は用意された席へと向かった 席に座り、葬儀を待っていると 「何でこんな子がここにいるのよ!」と言う威圧的な叫び声が響き渡った 今にも掴み掛からんばかりに…………物凄い形相をした女が近寄って来た 「何故……お前がいる……」 女は低い声で呟くと係員を呼び出し、遊星を排除する様に言い付けた 係員は遊星の手を掴もう手を伸ばした 康太は「触るな!」が払い除けた 係員はどうしたら良いか解らず躊躇していると 「康太!」と言う声が響き渡った 声の方を向くと、そこには安曇勝也と堂嶋正義と三木繁雄が立っていた 「君、此処は良いので持ち場に行きなさい」 安曇は係員にそう告げると、係員は深々と頭を下げ、その場を離れた 堂嶋は鳩村恒星の妻に 「お黙りになられた方が賢明ですよ?」と威嚇した 「……偉そうに……一介の議員ごときが……」 「貴方の亭主も一介の議員ごときでしたが?」 堂嶋はそう言い卑下して嗤った 安曇は堂嶋を後ろに下げると 「此処で騒げば……貴方の不利になりますが?」と警告した 恒星の妻は……自分の席に戻った 康太は立ち上がると葬儀の関係者に 「喪主は鳩村遊星となる!」告げた 会場はザワザワと騒ぎ始めた 「認めません!その子に喪主の権限はありません!」 恒星の妻は言い張った それを無視して康太は立ち上がった 「喪主は鳩村遊星! それが嫌なら鳩村の一族は……終焉を迎える事となる! 契約した古来の神は鳩村遊星と契約した 遊星を喪主にせぬ限り……鳩村は終わる! それで良いなら、何も言わねぇけどな」 恒星の妻はワナワナと戦慄いた 「……貴方……なんの権限があって!」 激怒する恒星の妻を冷ややかに見て 「権限?権限ならある!」 康太は胸ポケットから委任状を取り出して見せた 康太はそれを鳩村の妻ではなく、兵藤昭一郎に渡した 昭一郎はそれを受け取り開いてみた 確かに鳩村恒星の直筆で署名も入れられていた 「確かに……恒星さんの字です」 「あたりめぇだろ?オレを誰だと想ってる!」 康太は唇の端を皮肉に吊り上げて嗤っていた 知っている者は、その力を思い知り黙り 知らぬ者は、たかが小僧……と高を括る 康太の前を安曇のSPが警護を始めた その前に堂嶋正義が立ちはだかった そこまで来てやっと鳩村の一族は……事態を把握し始めた 康太は堂嶋の横に立つと遊星の手を引っ張った 「鳩村の一族に告ぐ 次代の鳩村の当主は鳩村遊星だ! 彼は十二支天と契約を交わした 十二支天は遊星を次代の後継者と認めた お前達がそれを認めねぇと言った瞬間! 十二支天は鳩村一族との契約を解除する!」 康太はそう告げると一族を見渡した 一族の中から長い髭を蓄えた仙人みたいな容姿の男が姿を現した 「儂の名は鳩村極星(きせい) 一族の世話人をやっております! 失礼ですが……貴殿の名を拝聴しても宜しいですかな?」 「オレの名は飛鳥井康太!」 鳩村極星と名乗った世話人は康太を視た その体躯に秘めた力を見せつけられは極星は深々と頭を下げた 「稀代の飛鳥井家真贋であられますね 恒星が………貴殿に……依頼されたのですか?」 「そうだ!委任状もある!」 康太はそう言い委任状を極星へ渡した 極星は委任状を受け取ると、恒星の字を一字一句確かめる様に見ていた そして正真正銘、鳩村恒星からの委任状だと確信すると、深々と頭を下げた 「飛鳥井家真贋が……鳩村の明日を導いて下さると申すのか?」 「オレは適材適所、配置するが役目 間違った道に逝くならば、軌道修正をしねぇとな しかも鳩村はこのまま捨てておけば一族同士殺し合い………自滅の道しかねぇしな」 「…………それは……どう言う事か……お教え願えますか?」 「極星、蠱毒って知ってるか?」 蠱毒の単語が出て極星は顔色を変えた 「………知っております……筺……に御座いますね?」 「そうだ!鳩村恒星は蠱毒に殺された」 「………筺………は、どうされました?」 「その場で処分してやった だからな鳩村は葬儀を立て続けに出さねぇとならねぇな!」 そう言い康太は身も凍る笑みを讃えて嗤った 「………筺は……一族の者が……置いた……と?」 「恒星は鳩村の後継者は遊星に譲るつもりだった だが………祐一を後継者に……と望む輩には……恒星は邪魔だった 恒星さえ処分すれば鳩村の後継者は祐一がなれる そんな風に焚き付けられて………それに乗った愚かな行為の果てに恒星は死んだ だがお前等は勘違いをしている! 恒星を殺しても鳩村の後継者にはなれねぇって事を!」 極星は押し黙った 「鳩村の一族は古来の神と契約している 契約内容は倭の国が歪まない為! 忘れた訳じゃねぇよな? 神が能なしと判断した以上は、契約は打ち切りだ 古来の神は鳩村祐一を認めなかった それは恒星を殺しても、遊星を排除しても一緒だ! 古来の神は能無しとは契約はしねぇ! そうだろ?毘沙門天!」 康太が言うと毘沙門天が姿を現した 視える者は平伏して……… 視えぬ者は………その声を神の信託……と想い…… やはり平伏した 毘沙門天は神の装束を着て姿を現した 何時もは弥勒と同じTシャツとジーパンと言う軽装だが……… こうしてみると毘沙門天は威厳のある神だった 「あの警備の中、筺を置けるのは、恒星の息子の祐一だけの筈だ 踊らされたんだよ……政界の黒幕に…… 恒星を殺したとしても我ら十二支天は祐一など守護したりはせぬ! 我等は資質のなき者を守護はせぬ 鳩村の家に次代を継げる存在がいなくなれば契約は終わるのは遥か昔からの約束! 我等の守護がなくなる………即ちそれは鳩村の終焉! それを履き違えるなよ!人間達よ!」 身も凍る地を這う様な声だった 「筺は地獄に墜ちた 即ち筺にかけられた呪詛は本人に返った事となる この後死する輩が鳩村恒星を抹殺した犯人であり黒幕となる!」 毘沙門天は毅然として伝えた 「我等十二支天は鳩村遊星を次代と認め守護すると決めた 見届け人は飛鳥井家真贋! これを覆すと言う事は……即ち鳩村の終焉となる!」 そう毘沙門天に宣言されれば…… 誰も……言葉など出なかった 兵藤美緒は立ち上がると遊星の手を掴んで立たせた そして毘沙門天の前に立つと、跪いた 「毘沙門天様 鳩村の次代の後見人に名を連ね 鳩村遊星を政界に導こうと想っております」 美緒は事実上の後見人に名乗りを上げた その後ろに堂嶋正義、三木繁雄……… そして現 総理大臣 安曇勝也が並んで立った 安曇は「なれば、私も鳩村遊星の後見人に名を連ねたいと想います! 行く末は我が弟子正義と共に国会の場に立つ存在となる 飛鳥井家真贋がそう判断されたからこそ、この場におられる事となるのでしょう! なれば安曇勝也、微力ながらも我が息子康太の為になる事をしたい!」 と惜しみない協力を約束した そして康太の事を『我が息子康太』と………言葉にした 息子の為ならば……大義名分がある以上は揺るがないと告げたも同じ言葉だった 美緒は鳩村の妻の席まで逝くと 「退くがよい! 鳩村恒星の喪主は鳩村遊星! 次代の後継者がやる! お主の出る幕などない!」 と告げ引導を渡した 鳩村の妻はワナワナと戦き……係員に排除された 親族席に形だけ座らされ…… まるで魂の抜けた様な息子 祐一の横に座っていた 「………祐一?」 息子に声を掛けると祐一は崩れ落ちた 地面に寝そべる息子は………息をしていなかった それは即ち……鳩村恒星の枕元に筺を置いた犯人となる…… 参列者は『………あぁ……やはりな……』と納得して……憐れむ瞳を鳩村の妻に向けた どうやったとしても……もう後継者は覆らない 飛鳥井家真贋が出て来た以上は下手な事をして…… 反感を買いたくない 飛鳥井家真贋を敵に回す……即ち滅びの序章の始まりとなるから………だ。 鳩村遊星が喪主となり葬儀はしめやかに行われた 名実共に鳩村恒星の後継者は遊星だと知らしめた出来事となった 鳩村の一族は遊星を頭に挿げ替えて、存続を図ることにした 神との契約 それは一族の栄華と繁栄もたらす絶対の契約なのだから…… その日………自進党の影の黒幕と呼ばれた議員 斎木主水がこの世を去った 黒幕が逝去した事によって派閥関係は崩壊の一途を辿った 口にそこ出さぬが……鳩村恒星を殺させたのは……斎木主水で、呪いを跳ね返されたから死んだ……と噂になった 真相は闇の中で…… 人々は……口を噤むことにした 触らぬ神に祟りなし 誰もが自分の命が惜しかったから…… 一生と聡一郎が葬儀場へと駆けつけた頃には葬儀は終わっていた 一生は康太に近寄ると「お前の命令通り動いてきた」と告げた 「それと、飛鳥井の家の前を通ったらお前の客人を拾った。だからホテルを借りて聡一郎と共に先に行かせた」と耳打ちした 「なら逝くか……後の話し合いは頼めるか? 鳩村極星」 極星は深々と頭を下げて「はい。承知致しました。鳩村を繋げ下さりありがとう御座いました」と礼を述べた それを見届けて康太は会場を後にすることにした 榊原と共に会場を出ようとすると兵藤が近寄って来た 「帰るのかよ?康太」 「あぁ、用が出来た」 「それって俺が着いていったら不味い?」 「構わねぇよ!なら来いよ貴史」 康太が言うと兵藤は康太と共に会場を後にした 駐車場へ出向き車に乗ると、兵藤は後部座席へと乗り込んだ 車を走らせ、一生が取ったホテルへと向かう ホテルに着くと、康太は部屋へと向かって歩いて行った ホテルの部屋へ入ると、見知らぬ顔をした輩と共に聡一郎はソファーに座っていた 康太の顔を見ると聡一郎は「貴方に逢いに来たと仰られるので連れて参りました」と告げた 康太はその人物の顔を見ると笑った 「嘉門 久しぶりだな」 「この後お時間……宜しいか?」 「おー!筺の事か?」 「あぁ…あの筺は依頼により創った筺だ もう既に竜宮家の筺だと知っているだろう?」 「あぁ。オレは筺には文句はねぇよ! お前は依頼通り創った それだけだろ?」 「そうだ。だが……今回………同じ依頼が同時期に……四つ……来た どれも鳩村恒星に筺を贈る……との依頼だった 同時期に四つ……此れは滅多とねぇ事だ で、調べたら、どの道……鳩村恒星の天命は尽きていた……その時間は蝋燭の火が消えるのを待つばかりだった 筺を贈った所で……その命……ほんの数日縮むだけの事……と、想い……全員の依頼を受けることにした まさか……貴方が……出て来られるのでしたら…… 儂は……この仕事は引き受けはしなかった」 「筺……無間地獄の釜の中に堕として……悪かった」 「それは構いはしない…… 儂は……貴方に牙など剥く気はない…… それだけ……知らせたくて姿を現した」 「竜宮嘉門がオレを殺す日なんて来ねぇのはオレが一番知ってる!」 康太はそう言い笑った 「で、依頼主は鳩村光恵と斎木主水、その他に二人いるという事か?」 「守秘義務があるからな……依頼主の名は死しても教える訳にはいかねぇ! だから情報と言う事で……聞いてくれ ターゲットは鳩村恒星だけに非ず 安曇勝也や堂嶋正義も狙われていた……とだけ伝えておこう だが安曇勝也や堂嶋正義の暗殺は…飛鳥井家真贋からの報復が必ずやあるからな それを引き受ける輩などおりはせぬ! だが……万が一引き受ける術者がおれば……狙われる事も視野にいれておかねぇとならねぇ と警告もしねぇとならねぇから来たんだ」 竜宮嘉門は康太に総てを話した 「ありがとう嘉門 来たついでだ、お前が逢いたがっていた海神(わだつみ)に逢って逝くか?」 「………海神……の血を与し者か?」 「戸浪は始祖返りの海神をこの世に輩出した その始祖返りの父親と逢わせてやろうか?」 「………それは……縁の深い話だ…… 我等竜宮家と海神は切っても切れぬ縁があるからな…… いつの世にか……疎遠なったが……また繋げるのであれば、それも縁であろうて!」 康太は胸ポケットから携帯を取り出すと、戸浪に電話を掛けた 「若旦那、少しお時間取れませんか?」 『康太!探しました! 葬儀場におられなかったので電話をしようと想っていた所です』 「海神に縁の深い存在を若旦那に紹介したい ホテルまで来て貰えませんか?」 「解りました、君に逢えるのであれば向かいます」 康太はホテルの名前と部屋番を告げた 暫くすると戸浪がホテルへとやって来た 竜宮嘉門は戸浪の顔を見ると 「………おぉっ……確かに……この血は海神の血…」 と懐かしそうに微笑んだ 戸浪は康太を見た 「若旦那、その昔、竜宮城には乙姫は本当にいた 竜宮城にはそれを守護する海神もいた 海神は人の世に還る人間について人の世に着いてきた 時間から取り残された人間が不憫で……… その者の一族を護ってやる約束を人間としたから……人間の守護に着いた 竜宮は海神を欠いて……守護をなくして程なくサメに襲われ陸に上がった 陸に上がっても海神を奪った人間とは……関わりを持つ事を嫌った 蠱毒を生業として存続し今に至った 海神はずっと悔いていた 自分が去ったから竜宮城は滅んだのだと……悔やんでいた 四半世紀悔やめば上等だろ? そろそろ歩み寄り互いを支え合い生きて逝く道に戻ってみねぇか?」 竜宮嘉門は戸浪の前に跪くと、戸浪の手を取った 「お主の周りに強い始祖の力を感じる お主はその始祖に護られているのが解る 我等は共にいた 我等はずっと海神と共にいた 傍に………置いては貰えぬだろうか?」 戸浪は竜宮嘉門を見た 自分の中の血が、懐かしいと教える 関わりのあった存在だと伝える 「私の中の血が……貴方を懐かしんでます 私達は……知り合いだったのですね」 「海神は竜宮城を守護してくれていた……」 「なれば……私の祖先を恨んではいませんか?」 守護していたのに人間に着いて来てしまったのだから…… 戸浪の疑問が解るから康太は邂逅の道を辿れる様に口を開いた 「昔話をしてやろう……助けた亀に乗せられて竜宮城に逝ったのは浦島太郎だ…… 浦島太郎には乙姫との間に出来た娘がいた 娘は母が父親に『筺』を贈るのを知っていた 開けたら……時間が戻る『筺』を渡すのを阻止する為に……人の世に父と一緒に還ると申した 浦島太郎の娘は海神と恋仲だった 海神は人の世に還る娘と共に……逝く事を決めた 人の世に還った浦島太郎と娘は海神の守護の元、海運の仕事を始めた それが海神がトナミ海運を守護した……始まりだ だから当然……お前達の中には海神の血が流れている そして今 始祖返りが産まれたと言う事は……… 浦島太郎の娘が……輪廻を経て生まれ落ちたと言う訳だ……」 戸浪は言葉もなかった そんな話は一度も聞いた事がない…… 竜宮嘉門はジーッと戸浪を視ていた 「………あぁ……戸浪を継ぐのは……海神の上位の血縁の者か…… 始祖返りの海神は……浦島太郎の娘と再び出逢い恋に落ちる それにはトナミ海運の社長と言う肩書きは邪魔なだけ…… よくもまぁ……この様に見事な采配が出来たモノだ トナミ海運がより強固な力を欲するなら…… 我等竜宮一族は協力を惜しまぬ事を此処に誓おう」 戸浪は嘉門の手を強く握り締めた 嘉門は笑って 「我等竜宮一族は呪術を主としてやっているが、そればかりではない 航路の力を買われてトナミ海運には多くの一族の者が勤めておる」 戸浪は、社員の中に『竜宮』と言う名前の社員が結構いるのを知っていた そんな繋がりがあったからなのか……と納得した 「我等 竜宮家は誰に教えられずとも………海神の傍で過ごしたいと想うのです トナミ海運に勤めている一族は何も知りません 本能が……求めた結果ですので……処分したりしないでやって下さい」 嘉門は深々と頭を下げた 戸浪は慌てて嘉門の頭をあげさせた 「処分したりなんかしません」 「………時々……逢ってくれぬか?」 嘉門はそれだけで良い……と少しだけ本音を言った すると康太は 「嘉門、おめぇらはさ海図を売りにすれば良いと想うぜ? 呪術より健全で、トナミの船を無事故に導いて送り出す仕事に就けよ」と提案した 「………康太……」 「お前の創る筺は……確実に死を招く だが……しんどいだろ?今の仕事?」 「………しんどいけど……だからと言って…… 何もなかった様に……生きては行けまい」 「もう良い嘉門……もう辞めて良いんだ」 「………康太……」 「なら嘉門、お前は呪術に堪能だ なれば呪術を祓う筺を創れよ 人を殺す道具を創って来たなら、これからは人を護る道具を創って行けよ」 「………出来るかな?」 「出来るだろ? 筺に勝つモノをお前は創れるよ それを海図ごと守護させて導く事を生業にしろ! それが竜宮家の役割だ」 「………何だか……肩の荷物が一気に落ちた……」 「トナミ海運の横の敷地にビルを建てておいてやったからな、そこに移り住め! 海の見える場所で、海と海神と共に生きろ! それこそが竜宮家の生き方だろ?」 海に還りたい 何度もそう想った だが……人を詛う仕事を選んだ時から…… 海には寄らぬ場所で生きてきた 今の自分たちには相応しい場所 そう想って生きてきた それなのな………海に還れと言うのか…… 海の見える場所で………海神と共にいても良いと………言うのか…… 嘉門は泣いていた 康太は戸浪に「蠱毒を創っていたのは……嘉門だ」と告げた 戸浪は会話を聞いていて、大体は想像がついていた 「今後は創られないのですよね?」 「あぁ……海を離れた始祖が……人を詛い海を詛い……始めた仕事だ…… そろそろカタを付けてやりてぇと想っていたんだ オレが生まれ変わっても……変わらず受け継がれていたからな…… そろそろ……竜宮城を海に還さねぇとなって想っていた」 「そうですか 君は適材適所 配置するが役目 我等の傍で生きるなら竜宮城も再生するでしょう」 戸浪は優しい笑みを讃えて、そう言った その顔は……海神がよくしていた顔だった 嘉門は耐えきれずに泣き出した 今まで蓄積されたモノが堕ちる様に…… 涙になって堕ちて逝った もう……呪術の筺を作る一族はいなくなった 後日 鳩村恒星の告別式が大々的に行われた 喪主は鳩村遊星が執り行っていた 一族の者は後継者を鳩村遊星と認めて仕えていた それが尚更面白くなくて………鳩村恒星の妻……光恵は悔しくて堪らなかった 息子 祐一の葬儀には……鳩村の親族は誰一人参列しなかった それどころか………光恵の実家の方からも誰一人参列してくれなかった 光恵の実家も議員を輩出する名家だった 倉敷家は鳩村との繋がり欲しくて……光恵を人身御供に出したも同然の婚姻だった 鳩村の妻として……生きてきた なのに……次代の後継者を産めなかった…… と言うだけで、妻の座を脅かされた 正妻の子の祐一が跡を継げない ………そんな理由だけで……恒星は愛人を作り子を産ませた その子は次代の後継者となると聞かされた その日から……息子 祐一が後継者となる様に……頑張ってきた 恒星も『………後継者は祐一で……』と言った時もある なのに………総て失われなけばならないの? 祐一は死んだ 惜しみなく愛した息子が死んだ…… 何故……総てを失われなけばならないの? 理不尽だ…… 理不尽だ…… 光恵は…………遊星を……この世から消す気でいた 竜宮家にまた筺を作ってくれと頼みに逝った なのに………竜宮家の当主 竜宮 嘉門は 『お断り申す……』と依頼さえ聞きもせず断った 『貴殿の殺したい相手では……何を送ろうとも返されるが必至 そもそも……我等が手に下せる方ではない! 諦めになられた方が身のために御座います』 お金なら……幾らでも!と言うと竜宮嘉門は身も凍る冷笑を浮かべて 『思い上がるな! 我等は金では動かぬ お前の依頼を受けてやったのは金ではない 政局の崩壊……即ち次代の後継者達に道を譲る為 同じ目的の依頼が来た故に筺を作り申した 相手が……あの方だと解っていたら……… 筺など作りはしなかった…… なのにお前は……あの方を詛い殺す筺を作れ……と? 二度とその様な依頼を持って来るのであれば、其方に筺を送り付けることにする』 とまで言わしめた 光恵は手立ては総て果てた事となる 光恵はならば………総てを奪った存在を……… それしか考えてはいなかった 祐一を哀しく逝かせた鳩村など消えてしまえば良い! 憎しみに囚われた女は…… 終焉の道を逝く事しか出来なかった 鳩村遊星は喪主として一族の最前列にいた 遊星に近付けるのは………たった一度 お焼香の時のみ その時………覚えておくと良い! 光恵はその一瞬に掛けた その一瞬に………人生の総てを掛けた 鳩村恒星の葬儀告別式には、各界の著名人有名人、派閥を超えた政治家が参列した 鳩村恒星の人柄と人脈の広さを知らしめた葬儀となった 一族は鳩村恒星の妻 光恵を形ばかりの妻の席に座らさせた それが光恵の怒りを膨れ上がらせていた お焼香のチャンスが来ると光恵はしおらしく頭を下げて……… 遊星に斬りつけ掛かった これで溜飲が下がる 鳩村など滅んでしまえば良い! 光恵はナイフを手に遊星に斬り付け掛かった 康太は咄嗟に飛び出した 榊原も一生も康太を護る為に動いた 光恵のナイフが遊星に到達するよりも早く飛び出したのは……… 兵藤だった 兵藤は光恵が何をするか危惧していた そして康太はそれを阻止するのを知っていた 絶対に康太を傷つけさせはしない…… 兵藤は神経を張り詰めさせて……その時を待っていた だから咄嗟に……康太を押し退けて……飛び出した 遊星を狙っていたナイフは………兵藤の胸に突き刺さって止まった 康太は駆け寄った 「この馬鹿!ナイフの前に出るな! おめぇは隼人か!」 康太は怒鳴った 一生は狂乱した光恵を捕らえると、康太を見た 「この女、どうするよ?」 「取り敢えず……捕まえといてくれ! それよりも救急車を呼べ!」 康太は兵藤の止血をした 祭壇に掛かってる白い布をす抜くと、歯で切り裂き、兵藤の止血として使った 康太は自分の服が汚れるのも構わず、兵藤の手当てをした 「康太…服が汚れる……」 「うるせぇ!黙ってろ! ナイフは抜いてねぇからな!喋るな!」 「……俺は……お前を護れるなら……本望だぜ?」 康太は兵藤の頭をポコンッと殴った 「お前が代わりに傷ついて…オレが何とも想わねぇと思ったか!」 康太は怒っていた 「……てめぇ……死ぬなら未来永劫……逢わねぇからな!」 「……それ……は……かんべん……しろ………」 「もう喋るな……」 康太は手や服を兵藤の血で染め…それでも兵藤を助ける為に…… 叫んでいた 「早く!早く救急車を連れてこい!」 兵藤は苦しそうに眉を顰めていた… 康太が傷付くのを見るのが嫌だった 康太は逝く その道がどんなに危なくとも……康太は身を投げ出すだろう…… だから……この次は…護ろうと決めていた 兵藤は康太が傷付く事が耐えられなかった 康太が傷つく位なら……… 自分が怪我した方が楽だった 康太を護りたかったのだ…… 康太は泣いていた 「………この大馬鹿野郎が……」 泣いて救急車が来るのを待っていた 美緒は……動かなかった 昭一郎は妻の美緒を見た 美緒が動かない以上は昭一郎も動く気はなかった 「………こう……た……」 「喋るな!」 ナイフは……横から飛び出してきた兵藤を想定していなかったから…… 斜めに体躯に………突き刺さっていた…… 下手したら…… 考えるだけで怖い……… 榊原は兵藤の脈を取っていた 救急車が告別式会場に入ってくるのを、リアルタイムで報道機関が放送していた 突然の救急車に………告別式会場の周りにいた報道機関はざわめいた 救急隊員がストレッチャーを引いてやって来ると 榊原は状況を説明して、バイタルを伝えた 救急車に兵藤が乗せられると、康太と榊原が乗り込んだ 救急隊員は「……あの……お身内の方に限ります……」と言うと美緒が出て来て 「我はそこで寝ている息子の母親じゃ! 総ては………飛鳥井康太に託したのじゃ! グズグズするでない!早く運んで逝け!」と怒鳴った 救急隊員は処置が済むと、救急搬送する先の病院と連絡を付けて走り出そうとした それを止めて「横浜市総合病院へ運んでくれ!」と頼んだ 「………此処からだと遠いですよ?」 「打っ千切りで走れば速いだろ?」 聞く耳を持たなかった 救急隊員は横浜市総合病院に連絡を入れた すると事前に話が通っていて……医者が早く連れて来い!と怒鳴った 救急車は横浜市総合病院へと向けて物凄いスピードで走りだした 貴史…… 貴史………死ぬな…… お前には……この日本を護る使命がある お前が立つのは国会だ その前に………死ぬなんて…… 「許さねぇからな!」 康太は兵藤の手を強く握り締めた

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