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第23話 昏睡
兵藤は靄の掛かった真っ白な世界にいた
此処は何処だ?
辺りを見渡しても何もない世界だった
うろうろと彷徨っていると、目の前に少年が立っていた
キツい瞳をした少年だった
兵藤を見て、その少年は皮肉に嗤っていた
………誰だ?
寂しそうな横顔が………
その少年の孤独を物語っていた
その少年は何時も独りだった
傍に行ってやりたい気持ちがあった
だが……傍に逝くにはあまりにも………
その少年は………遠くにいた
あぁ………思い出した
あの少年は炎帝だ……
炎帝と初めて会った日の情景だ
総てを諦めて……
炎帝は生きていた
傀儡と呼ばれ
子供でいるなら安堵された
だが成長が始まると危惧され……
皆が遠巻きに接する様になった
朱雀は黒龍と仲が良かった
四龍の兄弟とは仲が良かった
青龍に至っては四神として一緒にいる時間も長かった
そんな付き合いで炎帝の傍に逝った
冥府の破壊神
酒を酌み交わしている時には感じない
普段の時だって……
だが炎帝の中身は底のない……空っぽだった
炎帝は何も詰まっていなかった
それが怖くあり……哀しかった
誰が傍にいても炎帝は……距離を取った
朱雀は炎帝の飲み仲間として傍にいた
もっと近くに逝きたい
そう想っても……炎帝の傍には逝けなかった
黒龍が常に炎帝を護っていたから……
炎帝は黒龍のモノだと………
みんなが思っていた
なのに突然………炎帝は青龍と人の世に駆け落ちした……
信じられない想いは凄かった
炎帝……
お前を初めて見た日から………
何時も想っていた
お前の傍に逝きたい………と。
お前のためになりたい………と。
炎帝……
炎帝……
そんな哀しい顔で笑うな!
周りを見てみろよ!
お前を心配しているのは………俺だけじゃねぇ!
炎帝……
炎帝………
朱雀は立ち尽くしていた
何時か……お前の隣に逝ける日があるのなら……
俺は………
見てるじゃねぇ………
お前を助けるって決めたんだ……
兵藤の身長は鳩村遊星よりも5センチ高かったから、心臓からズレて刺さった
………と久遠は言った
後数センチ……ズレてれば刃物は心臓を一突きにしていた……
心臓を刺せば……即死は免れなかったろう……
心臓をギリギリ避けられた………のが唯一の救いだった…………
が……予断は許さない………状態だった
大量の出血があった
……俊敏な処置やオペが出来る医者が総合病院にいた事だけが……救いだった
一分一秒を争う症状だった
刃物を抜いた後が………大変だった
破損した箇所を見つけ出し止血と縫合
肋は……ヒビが入っていた
当分の間、クシャミしても激痛が走るだろう……
久遠は兵藤のオペに全力を注いだ
この日、久遠は康太に謂われて古巣だった総合病院へ出向いていた
『………運ばれてきたら……助けてくれ……』
康太は久遠に頼んだ
誰が………何故運ばれてくるかは告げずに……
運ばれてきたら助けてくれ………
とだけ言葉にする
久遠は『俺は医者だからな!』と言った
どんな状態にいる患者も………
医者だから全力で力を尽くす
久遠は素早い処置を施して、オペに突入した
CTを通して場所を確認すると手を打った
オペは………3時間を超えても……終わらなかった
病院に美緒が昭一郎を連れてやって来た
康太はまだ手を血で染めて……待合室に座っていた
「………康太……」
美緒が声を掛けると、康太は顔を上げた
「………美緒……すまなかった……」
「謝るでない!
貴史が自らした事だ」
「………鳩村光恵はどうした?」
「………警察に……連行された」
「そうか……死なれる前に保護されて良かった」
美緒は首をかしげた
「………康太……?」
「楽に逝かせるかよ……
生きて針の筵の上で償うべきであろう……」
康太は果てを見据えて……言葉にした
ある意味……一番辛い選択なのかも知れない……と美緒は想った
美緒は康太を撫でた
そしてナースステーションに向かうとお手拭きを貰い受け、康太の前に跪いた
美緒は康太の手を拭いてやりながら
「貴史は大丈夫じゃ…」と言葉にした
康太を置いて死んだりはしないだろう
美緒は……中等部辺りから……息子の執着を知っていた
息子が康太を欲して、康太を選ぶのであれば……
それで良いと想っていた
決められた道を素直に逝く子じゃないのは、美緒が一番知っていた
康太と疎遠になった日々は見ているのも……辛い……程に兵藤は気張っていた
康太の傍にいられる日々は本当に嬉しそうに……
時を刻んでいる
美緒は康太の手を綺麗に拭くと
「貴史を頼んでもよいか?」と言葉にした
「………美緒はどうするよ?」
「我はお前の意思通り、鳩村遊星を政局に送り出してやろう
それには……時間が足りぬ……
我は我にしか出来ぬ事をする」
康太は美緒を見ていた
我が子が目の前で刺されたのだ
半狂乱するやも知れぬ出来事だ
美緒は愛情が乏しいのではない
息子の『未来』を信じているから………
息子の為に動くのだ
「美緒、腐った家は滅びの一途を辿るしかねぇんだ
今 此処で……空気を入れ換えて……意識も切り替えねぇとな
先へは逝けねぇ……それを解らせねぇとな……」
「下拵えはしておいてやる!
仕上げはお主が出て来てやればよい!
その頃なら貴史も意識を取り戻すであろうて!」
母は信じて止みません
お前が時間を止める事などあってはならぬ!
だから母は……
お前の逝く道を……照らす光になろう
貴史……
お前の愛するモノを護ろう……
お前の逝く道を護ろう……
その為なれば……母は鬼にでも蛇にでも……なんにでもなれるのじゃ……
康太は美緒の瞳の中の覚悟を見ると……
「美緒、刃物の前に飛び出す子はお仕置きだぜ!」
と言いニカッと嗤った
「だな。仕置きはお主に一存する故、後は頼む」
美緒はそう言うと夫 昭一郎と共に病院を後にした
昭一郎は美緒の肩を優しく抱き締めた
「………昭一郎……」
「何です?美緒さん」
「我は……お主の妻で良かった」
美緒はそう言い嫣然と笑った
昭一郎は優しく笑い
「それは光栄です
ずっと憧れていた人と……結ばれた私は幸せ者ですね
流石、飛鳥井家真贋 私の為に用意してくれた妻です」
「飛鳥井家真贋が予言しておったのか?」
「源右衛門ではありませんよ?」
「………え??それは………どう言う?」
昭一郎は笑って
「兵藤丈一郎の曾祖父が……遺した忌日です
私は三木敦夫の秘書と結婚して、父 丈一郎を凌ぐ息子を産む……と言う予言です
私はそんな忌日より予言より………憧れている女性がいたのです
美緒……君です
私はそんな憧れの女性と結婚出来たのですから……
幸せです
そして貴史は父 丈一郎を凌ぐ政治家になる
飛鳥井家稀代の真贋 それは即ち康太です
前世の稀代の真贋の忌日を曾祖父に託されて遺った兵藤の家の忌日です」
昭一郎は楽しそうに言い、妻の手を取った
結婚して一度も手を繋いで歩いた事などなかった
美緒は昭一郎の手を強く握り返した
「昭一郎、貴方と私の子が……弱い訳……あるまい」
「ええ。君と私の息子は最強の男です」
「……昭一郎……我も……お主と結婚して良かった……」
こんな勝ち気な自分に尽くしてくれて……ありがとう……と口にした
「美緒、子を作る勢いで愛してますよ」
「おお!それは良いな!
貴史も兄弟が欲しいであろうしな
昭一郎、我も愛しておる」
きっと………今更……兄弟を作られたとしても……
迷惑だろうな
と、昭一郎は想った
が、妻を愛しているのだ
「きっと真贋夫妻のラブラブが感染したのですね」
昭一郎が言うと美緒は笑って
「あれは強烈だからな」と答えた
夫婦の絆はより強くなって逝った
何があろうとも……
兵藤昭一郎の妻として死ぬと決めていた
兵藤昭一郎こそ、我が愛する夫だった
夫を無視して……ない物として……暮らしていた時があった
そんな時でさえ、昭一郎は妻や我が子のために生きていた
この男で良かった
今は胸を張ってそう答えられる
美緒は夫と手を繋いで、やるべき場所へと出向いていった
康太……
お前の逝く道の邪魔などさせはねぬ
お前の視た未来の為に……
それが我が子の為になる
兵藤の意識は1週間経った今も………戻らなかった
康太はずっと兵藤に付き添っていた
毘沙門天が十二支天を引き連れて、見舞いに来ていた
康太は起きる気配のない兵藤を見て……
「転輪聖王に頼んで深淵まで下りるしかない気がする……」とボヤいた
毘沙門天は「だな……何故起きない?此奴は?」と手立てのなさにお手上げ状態だった
康太は夢を操れる存在を思い浮かべ「ナイトメアにでも囚われたか?」と呟いた
『ナイトメアではない!』と言う声が響くと、弥勒が姿を現した
「弥勒?ナイトメアじゃねぇって言えるのかよ?」
「ナイトメアの夢に囚われたら、永遠の迷路からは出られない……永遠に目が醒める事なく葬り去れるであろうて……
それを成し遂げるのに1週間も要らぬ」
弥勒が言うと康太は表情を強張らせた
「ナイトメアじゃねぇなら何?
朱雀を捉えた理由が見えて来ねぇんだよな?」
悪魔一族が危害を加えているのではないとするなら‥‥
ならば…ナイトメアでないなら誰が?
こんな芸当が打てるのは……悪魔の他に思い付かなかった
アマイモンに逢う必要があるのか?
悪魔一族がここに来て炎帝を裏切るとは……
考えが着かなかった
「…………聖地に逝くか……呼び出すか……」
康太が呟くと弥勒が
「彼奴はお前が呼べば……何処にいても来るであろう……」と言葉にした
「………悪魔一族を人の世に呼ぶ……それは人の世のバランスを崩す事になるからな……」
それはしたくねぇ………と康太は押し黙った
康太が黙った以上は手立てがなく……
皆も何も言えずにいた
「悪魔一族がオレとの契約を破るなんて想いたくねぇ……」
康太は本音をポロッと零した
その時静まり返った部屋に
『悪魔一族は貴方を裏切ったりはしていません!』と声が響き渡った
その声は聞いた事のある声だった
康太は「真嶋?」と名を呼んだ
真嶋央人
闇(魔)を操り
闇(魔)を支配する事の出来る一族の長だった
正式な名を『魔使魔』と謂う
その真嶋の登場に………康太は驚いていた
「悪魔一族が最近、闇の攻撃を受けたそうです』
「……え!……闇から攻撃を受けたと謂うのか?」
『そうです。闇を使うは魔使魔一族
アマイモンはそう言いました
で、その真意を確かめるためにアマイモンは魔使魔を訪ねて来られたのです』
真嶋は康太にそう説明した
「アマイモンはお前の所に来ているのか?」
『ええ。大天使ガブリエルに導かれて、やって来ました』
「真嶋……お前と同格の力、嫌……それ以上の力
それは即ち……韜晦された奴だよな?」
『多分そうだと想います
この人の世に俺よりも闇の力を扱える人間などおりません!
俺と違わない力を使い悪魔一族を襲わせた
短絡的な奴が報復だと叫んでいるのを抑えて、確かめに来られたそうだ。』
「悪魔一族が教われたと謂うのか‥‥‥」
それは悪魔一族のナイトメアが朱雀を襲いに来る暇などない事を物語っていた
『今、この時期に悪魔の足止めをして朱雀を眠りの世界に足止めする
目的は何なんでしょう?』
「目的が解るなら打つ手はあるが解らねぇからな‥‥どんな手も打てねぇんだよ
取り敢えず朱雀を目醒させねぇとな‥‥」
『俺が想うに朱雀はナイトメアではなく、夢を喰う妖怪に囚われてると想います』
「………妖怪?」
妖怪は想ってもいなかった
そうか………この倭の国には妖怪も沢山棲息していた
遥か昔から人と妖(あやかし)は共存していたのだった
「………妖怪は……オレの範疇を超えてるわ……」
康太は手上げだった
真嶋は『なれば俺が妖怪に詳しい方と連絡を付けます』と提案した
「………妖怪に詳しい?
頼めるか?」
『はい。任せてください
総て整ったら本体で伺うので待っていてください』
真嶋そう言い姿を消した
弥勒も「我も状況を探って来ることにする!」と言い姿を消した
毘沙門天も「………妖怪かよ?」と呟いた
康太は毘沙門天に「お前はどう思う?」と問い掛けた
「俺は倭の国を守護しているからな
妖怪がいるのも知っている
妖怪にもいろんな種類がいるのも知っている
そして真嶋が話に出向く輩も知っている
それを持ってしても……朱雀を夢に留めておく意図が見えて来ない……」
毘沙門天の言いぐさに康太も「だな……」と頷いた
毘沙門天は「なら俺も動くとするわ!」と言い姿を消した
静まり返った部屋に………康太は「………見えねぇな」と呟いた
兵藤貴史は人に堕ちる前は輪廻を司る神 朱雀だが………今は人だ
人だから……万が一 その命を断たれたとしても……人の世の人生が終わるに過ぎなかった
人の命が終われば元は神の体躯を持つ存在
魔界に還って朱雀として生きるのに何の支障もなかった
なのに……夢の中に閉じ込めておく真意は……
何一つ
見えて来なかった……
「また……気持ち悪い事がおこってるじゃねぇかよ?」
と溜飲が下がらない現実を……
言葉にした
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