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第24話 住良木 晴葵

飛鳥井悠太は桜林学園の高等部 生徒会の仕事を終えて帰宅の途に着こうとしていた 悠太の足はまだびっこは引いているが…… 春頃の瀕死の重傷の時に比べれば、学園にも通い始めて、尚且つ、生徒会の仕事も熟せる程に回復していた 悠太の骨は‥‥暴行を受けた後遺症で、成長に追い付かず近い将来歩行すら困難になる時が来るだろうと謂われていた だが悠太は兄や家族に支えられ普通の生活が送れるうちは学校に通い、普通の高校生活を送れるうちは‥‥‥と学校に通っていた 心優しき悠太は人気があった この日 悠太は生徒会を終えて帰宅に着こうとしていたが、下駄箱へ行く前に忘れ物に気付き教室に向かっていた 「………課題のプリント忘れるなんて……」 薄暗い廊下は気味が悪く…… 心霊モノの映画とかに出て来る感じに似て程よく気味悪かった 悠太はクラスのドアを開けた 自分の席に忘れ物を取りに走る クラスの中は……誰もいなかった 当たり前と謂えば……当たり前だが…… 忘れ物を取ってさっさと還ろうとすると 「飛鳥井悠太」と声が掛かった ひっ…………悠太は飛びはねる程に驚いた 恐る恐る振り返ると……… そこには住良木 晴葵(はるき)と謂う同級生が立っていた 「………住良木君?」 名前を呼ぶだけで……精一杯だった 住良木 晴葵  彼はクラスの中でも異端の感じのするクラスメートだった 晴葵は悠太に近付くと 「飛鳥井……康太と言うのはお前の身内か?」 と尋ねた 「康太は俺の兄です」 晴葵は「へぇ……」と言い、悠太をマジマジ見た 「何?」 悠太は怪訝な顔で晴葵を見た 「僕を飛鳥井康太の処へ連れて逝け!」 「俺が簡単に康兄の処へ連れて逝くと想ったか!」 「連れて逝かないなら……お前を人質にするだけだ!」 晴葵は悠太の手を掴まえようとした 悠太の周りを………結界の焔が走った 「へぇ……君……護られてるんだ」 晴葵はそう呟きニヤッと嗤った 「飛鳥井、僕は敵じゃない 多分……お前の兄貴の役に立つ筈だ 今 向こうも俺の存在を探してるはずだ!」 「康兄の役に立つ? 本当なら俺と来い!」 悠太が言うと焔は鎮火した 晴葵は哀しそうな顔で立っていた 悠太は晴葵の手を取ると、足を引きずりながら歩き出した 晴葵は「お前の兄貴って優しい?」と問い掛けた 「優しいけど、一番怖いな」 「そうか……俺は兄弟はいないからな…… 聞いてみた………」 「俺は上に四人兄がいる」 「へぇ……大家族だな……」 「まぁ、俺とは年が離れてるから……兄弟って感じはしないけどね…」 悠太はゆっくりと歩いて飛鳥井へと向かった 春葵は悠太の歩調に合わせて歩いていた 康太は悠太の異変を感じて立ち上がった 春頃の事件以降、悠太の異変を直ぐに察知出来る様に、護符を携帯に偲ばせておいた 悠太に何かあれば発動する様に、携帯の中に仕込んでおいたのだった その護符が発動したのだ 悠太に何かあったという事だった 榊原は康太を抱き上げると、玄関まで向かった 二人は魂を結びつけている為、康太の感じることは直ぐさま榊原にも伝わっていた 榊原は康太に靴を履かせると、自分も靴を履いて外へと飛び出した 早足で桜林学園へと向かう 学園へ向かう道すがら、康太は悠太を見つけた 悠太は見た事のない人間と歩いていた ぱっと見は悠太と何ら変わりのない人間だが…… その内に秘めている力は……康太達、人間や神と呼ばれる者達とは違う異質なモノだった 康太は「悠太」と名を呼んだ 悠太は康太を見付けてニコッと笑って 「康兄!」と名を呼んだ 悠太が康太の方へと歩いて行こうとすると、晴葵は悠太の腕を掴んだ 康太は怪訝な顔をして、悠太の隣にいる人間を視た 康太の瞳が紅く光る その光を晴葵は見逃しはしなかった 晴葵は「飛鳥井康太?」と名を呼んだ 康太は「そうだ!」と言い、悠太の手を掴んだ バチバチッと火花が散ると……… 榊原が晴葵の手から悠太を離した 「悠太、家に還りなさい!」 「……はい!」 悠太は兄を気にしつつも、足手纏いになると想い…飛鳥井の家へと帰って逝った 康太は天空高く両手を挙げると、呪文を唱えた すると時空がグニヤッと歪み……… 辺りは荒廃した山々が寒々と立ち尽くす山の中腹へと変えて逝った 晴葵は顔色一つ変えず康太を視た 康太は晴葵の前に立つと 「オレの名は飛鳥井康太 悠太の上の兄になる」と自己紹介した 飛鳥井悠太よりも小さく……子供みたいな顔をしているのに…… 晴葵は悠太の上の兄だと謂う康太を不思議そうな顔で見ていた 晴葵は「此処は………何処ですか?」と問い掛けた 「此処は……」 康太が謂おうとすると、康太の後ろから 「崑崙山じゃ!」と声がした 晴葵は「崑崙山?」と呟いた 声の主は八仙だった 「仙界と魔界と冥府の入り口になる」 初めて耳にする場所だった 「………仙界と魔界と冥府? 此処は人の世じゃないのですか?」 「だから仙界じゃと申しておるではないか!」 八仙は宙に浮いて移動していた 宙を歩く……仙人だと謂う存在? 崑崙山と謂う異世界へ繋がる入り口? 自分はこの先……… この異空間から出られるのか? 晴葵はそれでも取り乱す事なく康太を視た 康太は晴葵に「で、オレに何の用なんだよ?」と問い掛けた 「……父が……あやかし達に異変があった時には飛鳥井家真贋を尋ねろと……申してました 今……あやかしの里は……崩壊寸前 父には内緒ですが……僕は……不安でたまらない 同級生に飛鳥井悠太がいたので、確かめさせて貰った」 晴葵は凜として、そう答えた 「…………あやかしの世界も異変が起きたか……」 「そうです」 「……変革期が来たって事だな」 「え?」 「で、お前はどうしたいんだ?」 問いかけられ… 晴葵は………返答に窮した……… この異変や不安……先の事をどう伝えて良いのか… 考えていると……康太の横に当然のようにいる榊原が気になった 「貴方は誰ですか? 何故当然のようにこの場にいるのですか?」 「僕は妻が心配なので……傍にいたいのです」 「…………妻?………誰が?」 榊原は康太の腰を引き寄せ「僕の妻です」と惚気た どう見ても………男だろう…… その上……計り知れない力を持っている その瞳は……… 総てを透かして見通せるのかも知れない……… 榊原は「僕の妻は未来永劫、唯一人です」とキッパリ言い切った …………何だか………言い返す言葉も………見つからなかった 康太は晴葵に「お前は敵か?」と問い掛け ………近寄った 「お前は………人間か?」 と謂い……もう一歩近付いた 晴葵は「その質問、ソックリそのまま返させて貰います」と康太を射抜いて問い掛けた 「………貴方は人間ですか?」 「質問を質問で返された…か……」 康太は唇の端を吊り上げて皮肉に嗤った 「少なくともオレは、おめぇの敵じゃねぇ!」 そう言い晴葵の手を掴んだ 「…………え?………」 晴葵はいつの間に………こんなに近付いたんだ? ………と慌てたが……遅かった 総て呪縛出来る距離まで近付かれたら……観念するしかなかった 「そして………オレは……“今”は人の子だ!」 紅蓮の妖炎を立ち上げて謂われても……… 信じがたかった 「“今”………は人だと謂うならば、問おう! 貴方の瞳に現し世はどう映っているのですか?」 「お前の瞳にはどう映っているんだよ?」 質問を質問で返され、やられたと思ったが晴葵は答えた 「何もかもがおかしい… 闇が濃くなった頃から………妖怪は……我を忘れて…暴動が続いた……… このまま逝くなれば……破滅しかないのかも…… と、晴充が……謂う 破滅?………何故破滅しかない? それはおかしいだろう!と謂ったら…… 晴充が『もしもの時は飛鳥井康太殿を訪ねるが良い』と申した 飛鳥井康太、貴方に問おう! あやかしの世は………どうなってしまうのですか?」 受けて立って康太は、瞳をそらさずに晴葵を見ていた 「オレは妖怪とかは存在は否定はしねぇが…… 逢ったことがねぇからな……何とも言えねぇ だが、おめぇらのいる世界も……… やはり歪んだんだとオレは想う 闇が濃くなったからな……… 食い止めたとは謂え、影響はないと謂う事はねぇって事だ」 「………闇を食い止めた? 貴方は………何者……なんですか?」 「オレか?オレの名は飛鳥井康太、今は人だ!」 「………なら……人になる前は………」 「“神”だ!」 ………え??この人今………何言った??? 晴葵は唖然としていた 康太の言葉が理解できずにいた 「………神?………」 なんと………畏れ多い事を……… 「人の世の影は……闇を濃くして……バランスを崩した…… ヴァンパイアがダンピールに狩られ……殲滅されそうになった その煽りを喰らって狼男や牙狼の一族も……殲滅されそうになった 総てのバランスが狂ったからな…… 妖怪の世界に影響が出てたっておかしくねぇんだよ!」 「…………あやかしの世界は……破滅しかないのですか?」 「晴葵、おめぇはどう感じている?」 「総てが………おかしい…… 何かが狂い始めている それが定めだと謂うなら……… 受け入れるしかないと晴充は謂った だが僕は……それを受け入れるのは厭だ 何故訳も解らず受け入れなければならないのですか? ならば最期まで僕は足掻き苦しむことにしたのです」 「お前、自己紹介がまだだぜ? オレを動かしてぇのなら! まずは自己紹介して詳細を話さねぇとな!」 話すしかないと想った 逆らうより従う方が賢明だと、自分の中の意識がそう判断する 「僕は住良木 晴葵 安倍晴明の子孫に御座います 晴明は人の世よりも、あやかしを護る為に尽力した 以来、我ら子孫は妖怪を護る為に存在しております! 住良木はあやかしを護る存在 我が父 住良木晴充が筆頭になり遥か昔より携わって参った 僕は父 住良木晴充を継ぐ者に御座います」 「お前は人か?」 「僕は人間です!」 おかしなことを言うな………と晴葵は想った 「人の気には程遠い…… 何だ知らねぇのか?」 「…………??」 何を知らない………と言っているのか? 晴葵には解らなかった 康太はまぁ良い!と気を取り直した 「そのうち解る事もあるだろ?」 康太はそう言うと立ち上がった 「晴葵、オレは炎帝!神だ そしてオレの伴侶は青龍 四神の一柱だ……聞いた事はあるだろ?」 「………はい……耳にした事はあります」 「で、何が見(知り)てぇんだ?」 「………あやかしの世界の存続に繋がる…そんな世界を見せて下さい」 「なら見せてやんよ! そのうちお前ら妖怪も棲み分けが必要になる時がくる そしたら妖怪は何処へ逝く? 魔界か?天界か? どちらかが欲しいと戦争でも仕掛けてくるかも知れねぇかんな どっちも見せてやんよ!」 「………宜しいのですか?」 康太はダンッと脚を開き踏ん張ると嗤って晴葵を見た 「キッチリその瞳で見てろよ! その代わりお前はオレに何を見せる?」 「………貴方の望むモノを……」 何を望まれるか……… それは解らない だけど……その答えしか用意されてはいないのだ…… 「その瞳に真実を映せ! そしたら答えは後から着いてくる!」 重い言葉だった 晴葵は覚悟を決めて「はい!」と変動した 「ならば来い!」 康太は天向かって大きく息を吸い込み、口笛を吹いた すると天空の彼方から馬が駆けて来た 「お呼びですか?炎帝」 馬(天馬)が喋った その後ろには風馬も付いて来ていた 「天馬、その人の子を背に乗せて閻魔の邸宅まで乗せて逝け!」 天馬は晴葵のお尻を鼻で突っ突くと、乗れ!と合図した 榊原は康太を風馬に乗せて、後ろに乗った 「ちゃんと掴まってろよ!」 康太が言うと晴葵は手綱を握り締めた 天馬は天高く駆けて逝くと、晴葵は目を瞑った 高い所は苦手だし……… 空を駆けていく馬なんて………初めてだから…… 空を駆けていると 『お前、変わった気を纏っているな』と馬が喋った 「……そうかな?僕は人だよ?」 『……人かぁ…そう言う事にしとくか…』 天馬はニカッと笑うと、足取り軽く駆けて逝った 閻魔の邸宅の中庭に着くと、天馬は静かに地に降り立った 榊原は閻魔の邸宅の中庭へ降り立つと、風馬から下りた 康太の手を取り、馬から下ろすと腰を抱いた 晴葵は自ら馬から下りて一息ついた 「………こ……ここは?……」 お城のような建物の中庭へ下りると、晴葵は辺りを見渡した お城……? と呼んでも差し支えのない建物だった 「………此処は……何処なんですか?」 晴葵は問い掛けた 「此処か?此処は魔界だよ!」 康太は簡単に言い捨てた 「………魔界?……」 そんな所が本当にあったとは……… 晴葵は信じられない想いで……辺りを見渡した その時、閻魔の邸宅の玄関が開かれた その奥から真紅の燕尾服に似た服を着て、大礼(だいらい)を付けた男が姿を現した 真紅の燕尾服に似た服は、贅沢な金糸を施されて、身分の高さを物語っていた 「炎帝!我が弟よ!」 燕尾服を着た男は康太の傍に駆け寄ると、康太を抱き締めた 晴葵は何が何だか……解らなかった 「さぁ入りなさい」 閻魔は弟の肩を抱くと、部屋の方へと案内した 応接間に通されて、ソファーに座るとメイドがお茶を運んで来た 閻魔はソファーに座り足を組むと、楽しそうに弟を見た 「で、今日はどうしたんだ? 何やら……変わった気配の人を連れているな」 肘を着いて閻魔は、弟が連れて来た人間を見た 「兄者の瞳には……どんな風に映ってる?」 閻魔は晴葵を視て……懐かしそうな顔をした 「………昔……人の世に安倍晴明と謂う妖術師がいた かの人も……人の世の寿命を全うし……黄泉を渡った 黄泉で力の強い人間がいると聞き、魔界に連れて来て審議した その時に逢った人間は不思議な気を纏い…… 物凄い妖力を纏っていた 初めで逢った時に……その名を刻んだ その人に……此奴は似ておるな」 「その子孫だそうだぜ?」 「………子孫と謂うよりは……本人に近い……その気を私は知っている……」 閻魔は懐かしそうに、晴葵を視た 「現世(うつしよ)の泡沫の果てに或る存在    それは人の世に棲む妖怪と謂う…… 我はその妖怪が棲む世界を創る…… そして何時か……妖怪の世と魔界を繋いでくれぬか……と謂われた その時が来たら話に乗ろう……とだけ約束はした」 閻魔は懐かしそうに“約束”を口にした 「へぇ……やっぱ繋がっていたんじゃねぇかよ」 康太はそう呟きニカッと笑った 「弥勒、コイツを人の気配を消して、魔界の奴に見える様にしてくれよ!」 上を仰ぎ、そう呟くと…… 弥勒が姿を現した 弥勒は「此奴に魔界を見せるのか?」と問い掛けた 「繋がりし未来はコイツの手中にあるのかも知れねぇな……」 「………へぇ……そんな星の下にいる奴なんだ…」 弥勒は晴葵をマジマジと視た 「変革期なんだよ! 変わって逝かねぇと…先へは繋げられねぇ時が来てるんだよ!」 康太が言うと晴葵は「……え?……」と驚いた顔で康太を見た 弥勒は晴葵に術を掛けた 傍目には何も変わってはいない 晴葵には何が変わったのか……解らなかった 「これで魔界の何処を歩いても人だとは想われまい」 弥勒はそう言い「我も着いていこう!」と言い消える気がない事を告げた 康太は笑って歩き出した 魔界を歩く 交通便は何もなく 魔界を照らすのは……何やら訳の解らないガス灯みたいな外灯だけだった 「此処が………魔界ですか?」 大きなクラゲみたいなのが空に浮いて 怪鳥みたいな鳥が…ギャーッと叫んで飛んでいる 「おい!お前、何時還って来たんだよ!」 康太に近寄って来たのは黒龍だった 黒龍の質問に「今さっき来た!」と答えた 「今さっき? 当分は来る予定じゃなかった…と言う事か?」 「そう。さてと時間が惜しいかんな オレ達は魔界をコイツに見せねぇとな」 黒龍はその言いぐさに、やっとこさ見掛けない顔に目を止めた まじっと見掛けない顔を見る 誰なのか解らぬが……… ただならぬ気を纏っている様を見て…… ただの人間ではないと想った 「俺も行って良いか?」 「良いぞ!なら逝くとするか!」 黒龍も加わって、魔界を見て回った 魔界には多様な種族が生息していた 人に近い姿を持つ者から、獣に近い姿を持つ者もいる 異形にしか見えない者から、神々しい神にしか見えない存在まで…… 魔界という世界の中で共存していた 「魔界を見てどう思う?」 康太は問い掛けた 「………多種多様な集まりなのに……驚きました」 「この世もあの世も……多種多様な存在が集まれば、反乱もあるし内乱もある それを一つに纏め上げて統制を取る 団結と絆、信頼と未来を信じて逝くしかねぇんだよ お前らの護ろうとする物の怪だって、同じだろ? 護ってるだけじゃダメな時は必ず来るぜ? そしたらお前はどうするよ?」 その問いは………父 晴充に問われた言葉だった 『我等は物の怪を守護する者 だが守護する物の怪は多種多様 何時か護ってるだけじゃダメな時は来るだろう その時、お前はどうする?』 父に問われた時……何も言えなかった そんな日が来るなんて…… 想わないから…… 想いたくないから…… 康太はそんな晴葵の心中を見透かして言葉にした 「そんな日は来ねぇって想っているか?」 「……え?……」 晴葵は驚愕の瞳を康太に向けた 「そんな時は来ねぇに超した事はねぇ だけどな、その日が来ても大丈夫な風に用意しておく必要はある! “絶対”って言葉は未来永劫、使える言葉じゃねぇ オレは常に魔界の先を考える 兄者が護る魔界を、オレはぜってぇに護ると決めている だからどんな事がおきたって! 太刀打ちできる様に日々警戒は怠らねぇ! それが平和を維持するって事だ 何もしねぇで、皆仲良く平和に………なんてのは机上の空論だ! 種が多く集まれば、諍いは必ず起きる 物の怪だって例外じゃねぇだろ? 今は平気だとしても、種が増えれば? どうするよ? 現状維持だって難しくなるぜ? その時、お前はどう動くよ?」 …………頭から冷水をぶっ掛けられた衝撃だった 目から鱗が取れた様に…… 目の前に真実が突き付けられた 「…………僕は……何を見ていたんでしょう?」 「上っ面しか見てなかったんだよ! でもこれこらは違うだろ? それで良いじゃねぇか! 気付いた時から始めれば良い 遅いって事なんかねぇんだからよぉ!」 「はい!」 力強い声だった その瞳は果てを見て光っていた 「何時か………力を貸して欲しいと想った時 オレは力になると約束しよう!」 「………康太さん……」 「お前の護る道が光りに守護されます様に……」 康太はそう言い晴葵の手を取ると…… 晴葵の掌に呪文を唱えて、口吻けた 晴葵の掌が………発光して……印が残った 康太は晴葵の手を離すと、馬を呼んだ 天馬と風馬が駆けてきた 弥勒は天馬の背に晴葵と一緒に乗った 風馬の背に康太と榊原が乗り込み 黒龍は自分の馬を呼んだ 皆で馬で駆けて逝く 広大な土地は木々で覆われ 木々は花が咲き、実をつけていた 畑には見たこともない野菜が植わっていた 蝶が飛び交い………え?……蝶?………蝶じゃない? まるで妖精みたいに淡い光を放ち…… 飛んでいるのは………絵本とかで見た妖精みたいだった 綺麗な羽根は虹色に輝き辺りを照らし光り輝いていた 思わずうっとりと魅入ってしまう…… 「綺麗だろ?」 問われて晴葵は頷いた 「魔界の住民は獣を殺して食べていた だが近年、魔界の住民が増えたからな 食糧不足が否めなくなって来た そりゃそうだよな 獣だって無限にある訳じゃねぇ その食糧不足の解消の為に、通年通して食べれる食材を必要とした 魔界も変革の途中だ 何度も何度も膿を出し、犠牲者も出した 幾度膿を出そうとも……何度も何度も反乱は起こるし…… 改革されたくねぇ奴らは抵抗する 少しの綻びを見つけると、その穴を大きく裂いて謀叛を起こそうと躍起になる そうなったら、とことんやるしかねぇんだよ! 半端な事ならしねぇ方が良い 多少の犠牲も血も、大きな改革には欠かせねぇ儀礼だと想えば良い そうしてでも逝かなきゃならねぇんだよ」 康太の言葉が、胸を貫く 半端な事ならしねぇ方が良い まったくその通りだった 父親に謂われている事、そのものだった 「…康太さん、貴方は何故僕に魔界を見せてくれたのですか?」 「お前は今分岐点にいる どっちに転ぶか解らねぇ分岐点だ だから示してやんだよ! てめぇの進むべき道を示してやってんだよ! 逝くんだろ? 己の逝く道は………一つしかねぇって確信したんだろ?」 「はい!」 「オレが魔界を見せた理由も解ったな?」 「はい!」 晴れ晴れとした顔をしていた 康太はその顔を見て、やっと本題を切り出した 「住良木 晴葵 オレもおめぇに逢わなきゃいけねぇ理由があんだよ!」 本編を切り出され晴葵は顔を引き締めた 「はい!貴方も僕に用があると想っていました」 「なら話が早ぇ!オレに見せろ!」 「はい!総て貴方の想いのままに……」 晴葵が謂うと康太は黒龍に向き直った 「黒龍、オレはこのまま還るわ 兄者にそう言っておいてくれ!」 康太が謂うと黒龍は康太を抱き締めた 「無茶はするなよ?」 「解ってんよ黒龍!」 「………お前はお転婆だからな……俺も閻魔も心配が絶えねぇんだよ」 黒龍はそう言い康太を離した 「無茶はしねぇって兄者に謂っといてくれ!」 「あぁ、伝えとく 伝えとくが、俺らの心配は減りそうもねぇのがお前だろ?炎帝」 「失礼な!オレは青龍の嫁として慎ましやかにしてるやんか?」 「‥‥‥‥それは‥‥誰の事よ?」 黒龍は笑っていた 康太も笑っていた 「オレしかねぇでしょ?」 「そうしといてやるよ! 本当に無茶するなよ!」 「あぁ、解ってる」 康太は黒龍の傍から離れると、晴葵に 「お前が逝きたい場所強く念じろ!」と言った 晴葵は瞳を瞑ると、還るべき場所を強く念じた 時空が歪むと康太は黒龍に片手を上げて 「またな、黒龍!」と別れを告げた 黒龍はそれを見送った グニャッと時空が歪むと……… その時空に吸い込まれる様にして……… 康太達は姿を消した 少しの間、その場に立ち尽くし……黒龍は馬に乗った 天馬と風馬に「還るぞ!」と謂うと駆けだした 天馬と風馬も駆け出し、黒龍と共に走って逝った 時空の先に見慣れた場所を見つけ、晴葵はホッと息を吐き出した 康太は「此処はどこよ?」と問い掛けた 晴葵が答えようとすると、それよりも早く 「此処は安倍晴明が開いた異空間 妖怪達の住み処に御座います」 と答える声があった 振り向くとそこには……… 晴葵を少し老けさせた容姿の男が立っていた 「失礼申した 我は住良木 晴充に御座います そこにいる晴葵の父にあたります」 晴葵はやっと「父様……」と言葉にした 「貴方様は?お伺いしても宜しいでしょうか?」 晴葵は息子の言葉を無視して、康太に問い掛けた 「オレの名は飛鳥井康太! 飛鳥井家真贋と言えば覚え聞き位はしてるんじゃねぇのかよ?」 「あぁ……貴方が……飛鳥井家真贋であられるのすか……で、我が空間に何の用があって来られた?」 「夢魔を操る妖怪に用がある」 …………やはりな………と晴充は想った 「夢魔を操るは……貘に御座います……」 「貘って……妖怪だったんだ」 康太は珍しそうに「へぇ~」と呟いた 晴充は「夢魔に何の御用がおありか?」と問い掛けた 「ある男が夢魔に囚われて起きねぇんだ このまま夢魔に囚われれば……確実に死ぬ だからな、それは阻止しようと動いたまでだ」 そう言い康太は唇の端を皮肉に吊り上げ嗤って 「しかも……人の世に墜ちた神の夢を食おうなんて……百万年早ぇんだよ!」とサラッと言葉にした 「……神?………神が人の世に在られるなんて聞いた事はない!」 晴充がそう言うと、それまで隠れていた弥勒が爆笑した 「………誰だ……お主は……」 晴充が問うと弥勒はニヤッと嗤い 「弥勒厳正が息子だ!」 封印を解いて……力を全開にして……人だと言った 「………弥勒厳正なら知っている……」 知っているが………弥勒厳正には……そんな強い力など……ないのは知っていた 「何故か今世は人の世に“神”が大勢墜ちているらしくてな………我もその一人だとだけ言っておこう」 「………貴方達は……何の目的で……ここに来られた」 「だから夢魔を食べる貘を寄越せ」 康太は単刀直入に述べた 「………貘は……ここにはいない……」 「何処へ逝ったんだよ?」 「…………解らない……闇が濃くなった頃から…… あやかしの里も異変が起こり始めた 貘は………一瞬にして……姿を消した 我等がどれだけ探そうとも………見つからなかった」 「闇が濃くなった頃………なら闇に乗じて好き勝手に動ける奴の仕業しかねぇわな」 弥勒はキッパリと言った 康太も「だな!」と頷いた 晴充は息子に「何処へ逝っておったのじゃ?」と問い掛けた 晴葵は「魔界に逝っておりました」と答えた 晴充は顔色を変えた 「…………魔界?………我等は……足を踏み込められはせぬ領域………そこへ逝ったと謂うのか?」 信じられない………と、晴充は戦いた 「なぁ晴充」 康太は晴充を呼んだ 「はい……」 「この空間は古いな」 「この空間は妖怪達の為に安倍晴明が切り開いた空間に御座います」 「なぁ、あんでお前達は、安倍の姓を名乗らねぇんだよ?」 「その名前は……現世に影響を及ぼし……何時の世も……政治の道具にされて参りました…… 我等は妖怪を護り、人知れず生きる道を選んだ なので………その名は不要に御座います」 「で、お前はオレの事を何処で知った? 息子に何かあればオレを頼れと言った理由を聞かせろよ!」 「貴方を私に教えたのは……弥勒厳正に御座います」 晴充の言葉に弥勒は「海坊主の仕業か……」と呟いた 「この空間も……そうそう長くは保たないでしょう……そうしたら妖怪達は何処へ逝けば良い? もしもの時を考えない日はない 来なければ良い……… だが……我等は護るべき者……最悪の事態の想定もせねばならぬ…… お力を……貸してくだされ……」 「力なら幾らでも貸してやんよ! この空間が保たねぇなら、新しい空間を提供してやんよ! 総ては、夢魔を何とかしてくれたらな!」 晴充は押し黙り……思案していた そして康太の方を向いた時には…… 覚悟を決めた瞳をしていた 「貘を調伏致しましょう! 夢魔に囚われていると言うなれば! 貘は傍にいる筈! チャンスは一度……直接貘に近寄り捕まえ調伏致します!」 「やってくれるのかよ?」 「はい!我等は物の怪を護るべき者! 貘は悪夢を食らう為にいる物の怪です 人の精神を食らうモノではないし、悪夢を食べて尚捉えて離さないのは本来の貘ではない 一刻も早く貘の傍に逝って、調伏してやらねばと想っております」 「ならばオレはお前達の逝く道を照らしてやろう! オレは適材適所、配置するが役目! お前達の逝く道を示してやろう!」 晴充は深々と頭を下げた 「それでは宜しくお願い致します 我に何かあれば……総ては我が息子が完遂いたしてくれるであろう! 我は果てへと繋ぐ礎で在れば良い! それで、何処へ参れば宜しいのですか?」 「空間を繋げるか? ならばオレが繋げてやろう! ついでにこの世界の結界も強化する必要があるかんな!」 康太が謂うと弥勒は「サポート致す!」と申し出た 康太は天空に手を高く掲げて呪文を唱えると…… 雷鳴が響き渡った 「………兄者?」 康太が呟くと鋭い閃光が辺りを包んだ 晴充は異空間に轟き渡る雷鳴に……言葉をなくした 弥勒は「この雷鳴は閻魔大魔王が放った 閻魔大魔王は雷帝で在られる方だからな」と説明してやった それが更なる混乱を生むと弥勒には解らなかったのだが…… 「……何故に閻魔大魔王様が?」 晴充は唖然として呟いた 弥勒は「……あぁ済まぬ……言葉が足らなかったな 閻魔大魔王は……そこにいる炎帝の兄に当たる方だ」と補足を入れてやった それが更に混乱させるとは……弥勒は本当に思わなかった 晴充は康太を見た 一体……何者なのだ……と恐怖に戦く瞳が物語っていた 榊原が収集が収拾がつかなくなる前に 「説明は後で宜しいでしょうか? 話せば長くなります 夢魔に囚われた者は一刻も早く解き放ってやらねば……長くは保ちはせぬ 貘だけ調伏して下されば、あなた方の聞きたい事には総てお話致しましょう! そすれば我が妻があなた方の望むべき道へと導いてくれるでしょう! さぁ、行きますよ! 閻魔がこの空間に結界を張ってくれました この空間は閻魔の守護の元に護られた なので今すぐどうこうせねばならぬ事はないでしょう!」 榊原はそう言うと呪文を唱えた 榊原が自ら結界を切り開く事は珍しかった 弥勒はその華麗な術捌きに「ほほう」と感心した 錯覚しそうになるが………青龍と言う男は…… 魔界随一の術者だった 冷静沈着で裁きを下す法の番人 魔界の秩序として君臨していた 榊原は兵藤の病室へと時空を繋げた 一歩足を踏み出した先は兵藤の病室だった 兵藤は静かに寝ていた 兵藤は総合病院でオペの後、飛鳥井記念病院の方に転院していた 病室には一生が付き添っていた 静かな病室にピキッと謂う音が響き渡ると…… 突然時空が歪み……康太達が姿を現した 一生は突然姿を現した康太達に唖然となった 「………康太?」 呟くと同時に、歪みはなくなり正常な空間に戻った すると……康太と一緒にいる見知らぬ人間に、やっと気付いた 康太は一生に説明する気はないのか、兵藤のベッドの横へと向かった 晴充はベッドの周りを見た 気配は消しているが……確かにいる 物の怪の気配を感じ取っていた 康太は起きない兵藤の頬に触れ 「この男は一週間……経った今も目を醒まさない」 そう言った 住良木 晴充は息子に 「お前はベッドの前へ逝け」と告げた 晴充は足下に立ち、晴葵は枕元に立った 一生はそれを……何も言わず見ていた 邪魔はさせない そんな気持ちでドアの前に立っていた 晴充が「チャンスは一度」と告げると、晴葵は 「解り申しています」と目を開いて兵藤を視た 兵藤は汗を浮かべて魘されていた 晴葵は兵藤の頭上に立ち 『六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)を清めよ! 』 と言い兵藤の額に印を切った 晴充は足下に立ち九字を切った 「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」 九字を切った後に『鬼門』を封じた 『鬼門』とは、艮(うしとら/東北)の方位のこと 陰陽道では鬼が出入りする方角といわれている方角だった 「これで邪魔者は来られません」 晴充が言うと晴葵は掌から蜘蛛の糸のみたいなモノを投げ付け……… 兵藤を搦め取った ベッドの回りを取り囲む様に九字が蒼白く光って、ベッドの上の兵藤を呪縛した 晴充は呪文を唱え続けた 晴葵は貘を捉えた 晴充と目で合図し合い、一瞬の時を待つ! 『六壬式』の術を晴充は唱えた 六壬式とは、西洋占星術で使用する『ホロスコープ』にとてもよく似た 『興(よ)』と呼ばれる十二支などが記載された地を象徴する台座に 『湛(たん)』と呼ばれる十二神、十二天将を記載した天を表す円形の盤から成り立つ式盤を使って、呪縛する術の一つだ 発動したら、その式盤からは逃れられない 今 まさに式盤は発動され、貘は式盤の上で呪縛されていた 晴充は呪縛した貘を見た 貘の瞳は虚ろで、闇を濃く吸収しているのか…… 姿も色も……変わって……疲れ果てた様子をしていた 『ギギギギィ…離せ……』 貘が低い声で唸る 「お主はもう逃げられぬ」 『煩い!お前ら人間など……呪い殺してやる!』 そんな台詞……吐くような妖怪ではない 作り替えられてしまったのだ 康太は晴充に近づくと 「闇の影響を受けてんだよ!」と言った 「……近寄らないで……下さい……」 「……闇に堕ちたコイツを調伏出来るのかよ? 無理だろ?お前らに……コイツは捉えられねぇ… コイツを捉えてお前達の空間に連れて逝ったとしても…… コイツは正気じゃねぇかんな……暴走を繰り返すぜ?そしたら……お前はどうするよ?」 言葉もなかった…… 「オレがコイツを昇華してやんよ! 殲滅する訳じゃねぇ! 邪悪な部分を昇華して、本来の姿に戻してやるだけだ!」 康太はそう言い呪文を唱えた 「לחזור לצורתו המקורית תחזור למקום כדי להחזיר אבל בחזרה את המראה!」 晴充や晴葵が聞いた事もない呪文だった 貘は抵抗する様に暴れた それを力で押さえて呪縛して、更に呪文を唱えると…… 貘の体躯か光った 「ギャァー」 断末魔を放つと………貘は倒れた 巨漢がドサッと地面に崩れた 貘の体躯は元の色に戻っていた 闇に侵食された部分は何処にもなかった 康太は晴充を見ると 「オレの昇華は闇を祓う 本来の姿に戻す事も出来るんだよ 昔は殲滅しか出来なかったからな破壊神と呼ばれてたけどな……」 康太はそう言い榊原を見た 榊原は優しい顔で康太を見ていた 晴充は「……生きているのですか?」と問い掛けた 一生は「あに聞いているんだよ!」とプンプン怒って……貘に触れた 「コイツの本来の姿になったんだよ! 目を醒ませば本来の性格にも戻っている筈だ どうするんだよ?コイツを!」 晴充は慌てて貘を物の怪の存在する空間へと送った 貘を捕縛出来、晴充は康太に深々と頭を下げた 「本当にありがとうございました」 康太は晴充を見て 「貴史は無事か?」と問い掛けた 晴充は兵藤を覗き込み、額と額を合わせた 兵藤の深淵まで覗き込む そして深淵で倒れている兵藤を見付けると 『起きなさい 目を……醒ましなさい もう大丈夫…… 貴方の友達が心配してますよ』 と語り掛けた 意識を取り戻すまで、晴充は兵藤に語り掛けた 『………ん?……此処は?』 兵藤が意識を取り戻して問い掛けると 『此処は君の深淵です 私が導きますので…一緒に来てください』 『………解った……世話を掛けるな』 晴充は兵藤の手を取ると 『さぁ逝きますよ 君の友達が心配してます』と言い、回りの人間の感情を送った 兵藤はその感情を全身で感じて……覚醒した 晴充に導かれて逝く先は眩しく神々しい光に満ちていた 「さぁ目を開きなさい」 導かれて……目を醒ます すると……そこには心配した顔の康太がいた 康太は目を醒ました兵藤の頭をポコンッと叩いた それを一生が慌てて止めた 「こらこら……貴史は怪我人だって忘れたらいかんがな?」 「怪我してなかったらタコ殴りにしてやんよ! んとによぉ!何時までも眠ってんじゃねぇよ!」 康太は怒っていた だがその言葉には安堵が滲み出ていた 兵藤は「………悪かった…俺はどんだけ寝ていたのよ?」と問い掛けた 「一週間だ……後……数日目が醒めなかったら……体躯の衰弱は……避けられなかった」 康太の握り締めた手が震えていた 兵藤は手を伸ばすと康太を抱き締めた 「………済まなかった…」 「世間は既に夏休みに突入したぞ!」 「………悪かった……」 「うちの子はお前が海に連れていくのを首を長くして待ってるんだ!」 兵藤は………たらーんとなった 「………すまねぇ……」 「なら、約束しろ!」 「………え?何を???」 「二度と刃物の前には飛び出さねぇ!って!!」 康太か怒鳴ると、ソファーから声が聞こえた 「そうなのだ! 刃物の前には飛び出した怒られるのだ」 ふぁ~とアクビをして隼人が起き上がった 一生は「お前が言うな……」とボヤいた 「オレ様は約束を守っているのだ」 「………なら二度と出るなよ!」 「……多分……」 「ちゃんと約束しやがれ!」 一生は怒っていた 「一生もオレ様には謂えない筈なのだ」 と隼人の反撃に合い一生は「うっ!‥‥」と黙った だが兵藤にはそれさえも嬉しいBGMだった 兵藤は「……心配掛けた……」と謝った 「一番心配してるのは……美緒と昭一郎だ この場をオレに預けているが…… 誰よりも我が子の無事を信じて、お前達が逝く果てを確かなものにする為に動いている」 康太の言葉は重かった 康太は一生を見ると頷いて、病室の外へと出て逝った 「………寝てた分は……取り戻す…」 「それは美緒と昭一郎に言え」 「親父と美緒に言う お前や一生、隼人や聡一郎や慎一にも言う そしてお前の子供達にもな」 兵藤はそう言い笑った 意識が戻った事を主治医の久遠にも告げると、病室に久遠が入って来た 脈を取ったり、診察していると、美緒と昭一郎か病室に顔を出した 康太は立ち上がると「美緒……貴史の意識が戻った」と告げ深々と頭を下げた 美緒は病室に入ると康太の肩に触れた 「謝るでない」 優しく康太を抱き締め……我が子を見た 「意識は戻ったのかえ?」 美緒が問い掛けると兵藤は 「ご迷惑をお掛け致しました」と謝罪を述べた 「心配かけさせられたな……だが我は…… お主が死ぬとは想っておらぬからな信じておった」 妻 美緒の後で昭一郎は優しく妻と息子を見て微笑んでいた 大人しく寡黙な男は、いつもいつも不器用に…… 妻と息子を愛していた 今ならそれが解った 「………親父……心配掛けました」 兵藤が言うと昭一郎は息子のベッドの側まで行き 「これを!」と言い胸ポケットから紙を取り出し 兵藤の上にパラパラと落とした 兵藤はそれを一枚手に取り「これは?」と父に問い掛けた 「見れば解りますよ 君へのラブレターを預けられました とても可愛い子達からのラブレターです」 兵藤は紙を開いて見ると……… 絵が描いてあった 覚えたての文字でクレヨンで描かれた紙を全部開いた どの紙にも兵藤の絵が描かれていた その下に「ひょーろーきゅん」と、たどたどしい字で翔が書いていた 流生が「はやく」 音弥が「げんちに」 太陽が「なってね」 大空が「まってます」 と、それぞれ書いて一枚の手紙になっていた 兵藤はその手紙を目にして……泣いた 飛鳥井の五人兄弟の想いが伝わって来て…… 耐えきれず泣けてきた 昭一郎は「可愛いラブレターでしょ?」と言い我が子の涙を拭った 康太は兵藤のベッドから離れると 「美緒、オレは客人を送らねぇとならねぇ! 後は………親子水入らずで過ごせ」と言った 美緒は康太に「……本当に……ありがとう」と礼を述べた 康太は「今回はオレのゴタゴタに巻き込まれたのは貴史の方だ‥‥‥謝らねぇとならねぇのはオレの方だ……」と言葉にした 「あれは貴史のした事 お主には責任はない」 「……美緒……」 「用事は早目に済まして着いててやってくれ! 我等はあやつの進むべき道の小石は取り除いておこう! 雑草は自分で引っこ抜いて逝くであろうて! 多分……退院まで来る事はない だから康太、貴史を宜しく頼む」 「………美緒……」 「我は稀代の政治家になる兵藤貴史の母だからな! 我が子を信じて先を逝く! だから今は康太、お前の頼む事にする」 美緒はそう言い艶然と笑った 美しい笑いだった 気高く穢れず貴い笑みだった 「なら退院までオレが面倒みるかんな! でも今も客人を送らねぇとならねぇ!」 「その方に貴史は世話になったのかえ?」 「そうだ!」 「なれば、礼を謂わせてたもれ!」 美緒と昭一郎は晴充と晴葵の前に立つと深々と頭を下げた 「「ありがとうございます このご恩は何としてでもお返しいたします!」」 晴充と晴葵は何も言わず立っていた 言える言葉など……持ち合わせていなかったから…… なのに康太は「おおぉ、それはチャンスだわ」と言いニカッと笑った 「広大な土地を用意してくれ! 表向きは使用はしねぇからな公園でも何でも使えばいい だけど空間を使いてぇ!」 美緒は「承知した!近いうちに用意しようぞ!」と約束した 「ならオレは客人を連れ帰る」 そう言うと住良木晴充と晴葵親子を連れて逝った 一生と隼人は気を効かせて退席しようとした それを美緒が止めた 「一生、お主はそこにおれ! 隼人、なにか食べたいモノはないか?」 美緒に言われて隼人は「お肉!」と答えた 隼人は兵藤が刺されて、意識が刺された時に戻っていて不安定になって仕事を休んで兵藤に付き添っていたのだった 見ている方が痛々しくなる程に兵藤を心配して付き添っている姿は…… 掛ける言葉すら奪う程に……辛いものだった 美緒はそれを知っているから隼人に労いの言葉を掛けたのだった 「お肉か、一生は何が食べたい?」 「俺は寿司」 「そうか!昭一郎、寿司と肉を病室に運ばせてたもれ!」 妻に言われて昭一郎は秘書に電話して肉と寿司を飛鳥井記念病院の個室に届ける様に頼んだ 個室に肉と寿司が届けられると、美緒と昭一郎は兵藤を抱き締めて………還って逝った 兵藤は飛鳥井の五人の子供達からの手紙を手にして……疲れていつの間にか眠りに堕ちた 慎一が病院に交代に来た時、一生も隼人も眠りに着いていた

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