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第26話 禍
康太と榊原が飛鳥井の家に着くと、玄関の前に見知らぬ男が立っていた
男は康太を値踏みする様に、頭の先から爪先まで見て
「飛鳥井康太って、てめぇか?」
と、問い掛けた
榊原は康太を背中に隠し皮肉に嗤うと
「だったら……なんだと言うのですか?
己は名乗らずに人に名を訪ねて答えると想ったのですか?
礼儀がなってませんよ?
蘆屋道満の血筋の方よ」
榊原の言葉に男は顔色を変えた
「………覗いていた気配を詠んでいたのか?」
「あんなに、然もありなんな気配でしたらね……
あの病室にいた全員が解っていたんじゃないんですか?」
暗に……無能だと言ったも同然の言葉だった
「…………一筋縄で逝かぬか……魔使魔の言う通りか………」
「真島が何を言ったかは知りませんが、敵に回ると謂うのなら……残像すら遺さずに消し去りますよ?
世の中は貴方の為に在る訳ではない
出る杭は打たれる
まぁ……貴方はそれを誰よりも解っていると想いますが……
誰彼構わず敵を作るのもどうかと想いますよ?
真島に伝えなさい
蘆屋の手などもう必要はない……と!」
男は榊原を睨み付けると……
「これでは終わりはしない
また来る……その時は俺の前に平伏させてやろう」
そう言い姿を消した
榊原はその姿を見送って
「…何であぁも敵意しかないのですかね?」
と呆れた声で呟いた
「憎悪しかねぇ……な」
榊原は康太を抱き締めて
「視れましたか?」と問い掛けた
榊原が矢面に立って、蘆屋道満の末裔を挑発していたのは、康太に視させる為だった
「………あれは末裔なんかじゃねぇ……」
康太の言葉に榊原は驚愕の顔をして
「……え?……まさか……反魂……ですか?」と呟いた
「…………二つの魂が、現世に同時に呼び覚まさせられた……
反発しあっていた魂が……幾千の時を超えて……
現世に呼び覚まされた……」
「………それは偶然ですか?
それとも………」
何か作為的な………
「それはオレには解らねぇ……
だけど現し世に敵対していた陰陽師が甦った
………のは確かだな……」
「これは何を意味しますか?」
「………お前はどう考える?」
榊原は康太を引き寄せると玄関へと向かい、鍵を開けた
そして家の中に入ると鍵を掛けた
「真実はどうであれ……火蓋は切って落とされた
………と言うのが現実です」
「だな……時代は巡る
そして運命は繰り返す……
そろそろ長年の恨みに決着つけろって事か……」
家の中に入ると、応接間に入り
ソファーにドサッと座った
そして両手を広げて天を仰いで呪文を唱えた
「兄者……頼みがある」
康太が呟くと閻魔の声が部屋に響いた
『何を頼むのじゃ?我が弟炎帝よ!』
「蘆屋道満と安倍晴明は黄泉を渡った後、どうなった?
調べてくれねぇか兄者……」
『………それはどういう意味じゃ?』
「仏舎利だけあれば反魂が出来る
だが………あの憎悪は……反魂だけじゃ辻褄が合わねぇんだよ」
『………魔界に手引きする者がいたと申すか?』
「手引きと言うより略奪だろうな……
誰かが……魂を手に入れて
寸分違わぬ本人を甦らせた……」
『………どっちの魂を調べろと申す?』
「両方、安倍晴明と蘆屋道満
両方の魂の行方が気になる」
『………なれば部下に申し付けて調べよう……
炎帝……これは何を示すのだ?
魔界にもこの件は影響を齎すのであろう?』
「魔界はオレが護る!
兄者の護る魔界には絶対に手出しはさせねぇ!」
『………炎帝……我が愛すべき弟よ……
兄は何も心配はしておらぬ
お前が逝く道を兄は照らすと決めたのだ……
兄はこの命が無くなろうともお前を照らすと決めたのだ
そうだろ?炎帝』
「………兄者……」
『青龍殿、炎帝を……』
閻魔は青龍に弟を託した
青龍は閻魔の想いを受け取って
「この命に変えても我が妻を護ります!」と返した
閻魔はその言葉を受け取って、気配を消した
榊原は康太を引き寄せ膝の上に乗せた
榊原は…不安で仕方がなかった
「ねぇ奥さん」
「あんだよ?伊織」
「部屋に戻って、愛し合いましょう」
康太は笑って榊原の首に腕を回した
「今日はオレの好きにさせてくれるって?」
「僕の好きに?…ではないのですか?」
「伊織の忍耐力を見せてくれるって?」
康太はそう言い笑った
榊原は康太を抱き締めたまま立ち上がると、寝室へと向かった
「見せますとも!
僕がどれだけ君を愛しているか……身をもって教えてあげます!」
「なら伊織は生板の鯉だな?」
「美味しく調理して下さいね!」
「任せとけ!」
康太はそう言うと榊原の腕から下りた
そしてズンズン寝室に向かうと服を脱ぎ始めた
その姿は色気は皆無だった
康太は自分の服を脱ぎ捨てると、榊原の服を脱がせて全裸にした
そしてベッドに押し倒し上に乗った
「伊織……気にするな……」
康太はそう言い榊原の唇をペロペロと舐めた
「………心配しますよ?
君をなくせば僕は生きられないのですから……」
「未来永劫、オレはお前を愛す
お前だけを愛す
他は要らねぇ、青龍、お前だけが欲しいんだ」
その台詞に榊原は嬉しそうに笑った
「明日……この命を落とそうとも……僕は君を愛せて良かったと想います」
榊原はそう言い口吻けを強請った
康太は榊原に口吻け
「この命……なくなろうともオレはお前だけを愛すから……」と呟いた
榊原は康太を強く抱き締めた
そして康太を押し倒すと
「君の好きにさせてあげるつもりでしたが……
無理です……もう限界です……このままじゃ……狂う……」
滾った股間を押し付けた
康太の性器に滾った熱い塊を押し付け……擦りあげた
「……あぁっ……好きに……させてくれるって……んっ……ダメッ……あぁん…ゃ…」
「今度好きにさせてあげます
だから……一度イカさせて下さい……」
そう言い榊原は康太を抱き締めると、股の間に滾った肉棒を挟んだ
ドクドク脈打つ肉棒が、榊原の欲望を知らしめる
二人は……強く抱き合い……イッた
はぁはぁ……荒い息を吐き出しながら、康太は笑った
「伊織……何が気になるんだ?」
「……康太……」
身が入ってなかった訳じゃない
だが……漠然としない不安に……
集中出来ないでいたのだ……
榊原は康太に口吻けた
「………僕は……君の魂さえ入っていれば……
愛せるのです……」
傀儡だとか……反魂だとか……
そんなモノは別にどうだって良い
自分は炎帝を愛しているのだ
炎帝だけを愛しているのだ
普段は気になりはしない
今も気にはしない
だが……愛する康太が……この件を気にせずにいる訳などないのだ……
「伊織……オレは魔界に呼ばれて良かったと思ってる
魔界にはお前がいた
オレは……お前を見てるだけで幸せだった
幾らオレに冷たかろうと……
お前を見ていられれば……それだけで良いと想っていた
冥府にいたなら知り得ない想いだ……
傀儡と謂われようとも……
化け物と謂われようとも……
魔界に逝かねば……青龍……お前と知り合えなかった……
お前が一緒に人の世に堕ちてくれてから、共に生きてきた……
オレにとってはかけがえのない日々だ……
傀儡のオレが……誰かを愛して良いのか?
不安で仕方がなかった……
青龍がオレが……傀儡だと知ったら…
オレを侮蔑するか畏怖するか……
そう想ったら怖くて仕方がなかった……
総て知れた時……
オレは総てを無くしてしまうだろう……
そう想っていた
オレが魔界に呼び出された経緯も……
オレが……皇帝閻魔の子として生を成した経緯も……
もう……総てお前は知っているだろう?
皇帝閻魔との会話を聞いてれば解るよな?
オレは………皇帝閻魔が亡くした子供の器の中に入れられた……存在だと解っているよな?
産まれながらの傀儡なんだよ……オレは……
そんなオレが…お前に恋した時から始まった想いを……成就させられた事事態は奇跡だと想う程に……オレは……今が幸せで仕方がねぇんだ
青龍が傍にいてくれる…それだけでオレは……
生きて逝けるんだ」
「愛してます奥さん…だから僕を置いて逝かないで下さい
僕は…君がどんな器に入っていても構わない
君の魂さえ感じられたら…生きて逝ける……
君以上に愛せる人なんて……いません
君をなくして僕は……生きていける自信はありません……ですから共に……」
康太は榊原を強く抱き締めた
「絶対に離すかよ!
この腕がもげて取れようとも…オレはお前を離さねぇ……」
二人は強く強く抱き締め合った
そして欲望の尽きるまで互いを貪り合い求め合った
その行為こそが……互いの愛の確認なのだから……
康太と榊原は何度も何度も愛し合い……抱き合って眠りに着いていた
康太の携帯がけたたましく震えているのに気づけない程……疲れ果てて眠りに着いていた
寝室のドアがドンドン叩かれていた
榊原は寝惚けた頭でベッドから起き上がり、ドアを開けに行った
ドアが開くと一生は榊原の無事を確認した
「何処もなんともねぇか!」
「………一生?どうしました?」
「………病室を見ていた気配……旦那が知らねぇ筈はねぇよな?」
「……あぁ……あれですか……」
「一旦 気配は消えたが、先程から再び気配が充満しているからな……貴史がお前たちを見に行けと言い出したんだよ
………心配無用のようだったな……悪い邪魔した」
今更ながらに全裸の榊原に気付いた一生は、情事の後なのを知った
慌てて出て逝こうとする一生を、榊原は押し止めた
「少し待って貰えますか?
シャワーを浴びて支度して来るので待ってて下さい
そしたら貴史の病室に顔を出します」
そう言って背を向けた榊原の目元が少し腫れぼったいのに気付くと一生は
「……どうしたよ?
何か……あったのかよ?」と心配げに問い掛けた
「………少し情緒が不安定になっていたみたいです……
でも、もう大丈夫です」
「………俺には……言えねぇのか?」
「一生……シャワーを浴びた後で良いですか?
そしたら……話します」
「………旦那……」
「一生、康太が出て来たら腹が減ったと言い出すと想うので、何やら頼みます」
「キッチンに用意する?
それともリビングにか?」
「ではキッチンに行くので支度をお願いします
ではシャワーを浴びて来ます」
榊原はそう言いベッドの上の康太を抱き上げて浴室へと向かった
一生はリビングを出るとキッチンへと向かった
キッチンには慎一がいた
慎一は一生を見て「どうしました?一生」と問い掛けた
一生は「康太が腹減りらしいからな何かねぇか覗きに来た、お前は?」と、病室にいた筈の慎一に問い掛けた
「俺は夕飯の支度に来たんだよ」
「康太と旦那が食えそうなのある?」
「あぁ、大丈夫だ用意する
一生、お前も食べろ
最近食べてないだろ?
ちゃんと食べないとダメだろ?」
「………夏バテだよ慎一、心配するな」
「心配するさ
この世にただ一人の兄弟なんだからな」
慎一はそう言い笑った
この世に血を分けた唯一無二の兄弟
一生は慎一に抱き着いた
「………慎一……今度……墓参りに着いてってくれ……」
ずっと逝けずにいた
憎んでいたから……
慎一だって憎くない筈などない筈なのに……
月命日は自分の母親の墓参りの他に、一生の母親や慎吾の墓参りを欠かさず参りにいっていた
慎一は何時も一生に『死者に鞭打つな……』と言う
主に仕える者は……
主同様……底知れぬ寛容な懐を持ち合わせていた
慎一は一生を抱き締めると
「あぁ…逝こうな…」と約束した
そして「腹減りな主が来る前に支度を手伝ってくれ!」と言葉にした
一生は笑って「あいよ!」と慎一から離れると食器を取り出した
準備をしていると康太と榊原がキッチンにやって来た
榊原は康太を椅子に座らせると、自分もその横に座った
そして一生に「病室は見張られた感じですか?」と問い掛けた
「………だな、悪意がめちゃくそ伝わる視線が部屋に充満してる」
「………貴史はこれ以上動かせないで下さいね!」
「解ってる……だけど、勘繰るなと言う方が無理な状況だから………っ……誰よ?」
ブルブル震える携帯を取り出すと、一生は電話に出た
「大人しく寝てねぇと怒られるぞ」
電話に出るなり一生はそう言った
康太は一生の電話を奪うと、黙って受話器に耳を澄ました
『康太はどうだった!
あんで早く電話を入れねぇんだ!』
様子が解らなくてイライラした声が響いた
「おい!貴史……」
地を這うような低い声に、兵藤はヒッと声を漏らした
『………康太……』
やっとの想いで口にする
「てめぇ、今度は大人しく寝るって約束したよな?」
『寝てる!寝てるって!』
「寝てる奴が……あに気にしてんだよ?
電話が繋がらなかったら………おめぇ……抜け出すつもりだったんじゃねぇのか?」
『………違う!そんなつもりはねぇ!』
「今度無茶しやがったら……絶交だかんな!
今度はオレが絶交してやんよ!」
『解った……解ったから……絶交だけは勘弁……』
泣きそうな声に……康太は「バカっ…」と優しく呟いた
「貴史、伊織が病室を出る時、夫婦の営みをして来ると言って出た筈だぜ?
電話に出られねぇって事は……最中……って事だ
最中に電話に出ろって事だな
解った!これからは最中でも電話に出てやる!
だから何も心配するな!」
『……ごめん……俺が悪かった…』
「気にするな貴史!
どんな状況でもオレは電話に出てやる」
『………虐めるな……』
「苛めてねぇよ!
あ、そうだ!
話もあるし病室に行ってやるから待ってろ!
飯食ってるからな、食い終わったらそっちに行く」
『……待ってる……』
兵藤はすっかり意気消沈して電話を切った
康太は「飯食ったら病室に逝くとするか」と言いガツガツと飯を食い始めた
一生は榊原を見ていた
その視線に気づいた榊原は、一生を見てニコッと笑った
そして食事を終えると
「………少し情緒不安定になっていたのです……」と話した
「情緒不安定になる様な出来事が合ったという事なのかよ?」
「………離れたくない想いは誰よりも強い……
僕は……炎帝と共に……それしか考えていません
それ以外……僕は何も要らないのです……
………と色々と考えて不安になって……いただけです
ねっ?康太?」
「泣いた伊織は可愛かったな」
康太は笑って答えると、榊原は頬を赤らめて
「……康太……言わないで下さい」と恥ずかしかった
一生は「………泣いたの?旦那?」と信じられない想いを口にした
「伊織は案外泣き虫だぜ?」
康太が言うと榊原は康太を引き寄せて口を押さえた
「言わないで下さい……恥ずかしい……」
そんな榊原と康太を一生と慎一は優しい瞳で見守っていた
食事を終えると康太は病院へと向かった
兵藤の病室に向かうと……禍々しい気を惜しげもなく放っていた
廊下からでもその気配が察知出来た
康太は病室のドアを開けるとスタスタと病室の中へと入って行った
「大人しくしてねぇ悪い子は何処よ?」
康太が言うと聡一郎が「そこにいます。」と兵藤を指差した
「久遠に怒られなかったのかよ?」
康太が言うと兵藤はバツの悪い顔をして
「………怒られたし……凄く痛む薬でわざと消毒もされた……」
「次やったら、それだけじゃ済まねぇぞ?」
「…………解ってるよ」
「解ってるなら良い!
絶対に治るまで大人しくしてろ!良いな」
「………解ってる……その前に……この気配……どう言う事なのか……説明してくれよ!」
兵藤は一歩も引かない瞳で康太を見ていた
「この気配は蘆屋道満………の、末裔の者の気配だ」
「………蘆屋道満の末裔?
何故、そんな人間がこの病室を覗いているんだよ?」
「真島が用意した存在だからだろ?」
真島は妖怪を操れる存在に声を掛けてみると言った
一生はそれで、榊原の不安定な原因を知った
多分……間違いなく……それだろう
「………末裔……と言うレベルの力じゃねぇだろ?
末裔で血を与しもの……と言っても……
ビシビシ感じる力はオリジナルじゃねぇと説明がつかねぇじゃねぇ程だな……」
康太は「………仏舎利が遺っているからな……可能だろ?」と言葉にした
だが魂を司る神は騙されてはくれなかった
「………仏舎利があれば……不可能ではねぇけどな……」
兵藤は思案する
「幾ら仏舎利があろうとも、オリジナル同様の力は無理だろ?
コピーは所詮コピー
オリジナルには劣る
況してや……それを人間がやれる事ではねぇだろ?
相当、力のある存在が魂を下ろす事は……
出来なくはねぇが……人間如きに出来る仕業じゃねぇ……
用意した器の中に魂を入れる……
嬰児の体内の骨を抜いて、仏舎利をいれ容器にする……
息絶えさせねぇように解体して、魂を下ろす
胸糞悪い作業をして魂を呼んだとしても……
呼ばれた魂は、相手を見る
自分よりも弱い力だと、食らわれるか……暴走は避けられない
それなりの覚悟と術力を兼ね備わっていても、強い魂を呼ぶと言う事は……代償も付き物だと言う事だ
不完全なモノのまま傀儡となれば、自我を忘れて暴走する
そうなっていないって事は……我ら神の領域侵犯……って事だよな?
黙ってられる訳がねぇ……」
魂を司る神は……
やはり騙されてはくれなかった
「…………お前は寝てろ……」
それでも声を掛ける
「……それは無理……俺は今は人だが……
神としての使命は在る!
輪廻転生は朱雀が務め!
俺の領域侵犯を見逃せる筈などねぇ!」
「今 兄者に安倍晴明と蘆屋道満の魂の行方を探らせている
能力の高い人間は、一般の人間たちのような輪廻転生は巡らない
人の世に害成す恐れがある魂は、転生させる前に分割して害なき者にするか
封印して時を待つ筈だ
何時の世にも乱世には救世主が訪れる
あの二人の魂がどうなったか……調べてみねぇと動く訳にもいかねぇんだよ
韜晦された一件と絡んでいるのか見極めねぇとならねぇし、今は動く時期じゃねぇと言ってるんだ」
康太はそう言い兵藤のベッドに近寄ると、兵藤の耳元で何やら囁いた
誰にも聞き取れない声で……
何かを告げた
兵藤は仕方なく「……良い子にしててやるよ」と康太の言い分を飲んだ
「うし!良い子だ!」
「でもよぉ、この悪意しかねぇ空間で過ごすって言うのは苦行だぜ?
この空間を見てる奴は、人を呪い、この世を呪い
総てを呪って……何も寄せ付けない……
まさに蘆屋道満、その人だな
安倍晴明に何かにつけて負けていた屈辱と恨み
そしてそれを認めなかった人間を恨み
この世を恨んだ
……憎しみは何一つ産み出さねぇって知らねぇ愚かな奴だわな」
兵藤が言うと……
気配は更に……ビシビシと悪意を感じ……その空間いれば、弱い輩なら自殺に追い込まれそうな悪意を持っていた
長時間、その悪意に晒されていれば……自殺者でも出かねない
康太はため息を着くと
「仕方ねぇな……この気配は弾き飛ばしてやるよ!
ちと待ってろよ!」と申し出た
「お前がやるのか?」
「オレじゃねぇ!
弥勒に特に念入りに結界を張らせる!
まぁあと少しだけ我慢してろ!」
「……結界であの視線を遮断出来るのかよ?」
「出来ねぇと困るんだよ!
だよな、弥勒?」
『誰にモノを申しておる!』
弥勒が文句を言いつつも姿を現した
「………え?……」
姿を現した弥勒は一人ではなかった
意外な人物との登場に康太は唖然となり弥勒を見た
「………弥勒……何で?………」
康太は訳が解らない……と言う視線を弥勒に向けた
弥勒は笑って敢えて自己紹介した
「魔界からお招きした雷帝殿だ
雷帝殿が雷電(ライディーン)で結界を張って下さると申すのでな……お連れした」
弥勒が説明すると、康太は「電磁結界?」と問い掛けた
「そうじゃ!我が念入りに結界を張ってやろう!」
康太の問いに閻魔が答えた
閻魔は優しく弟を見つめ、抱き締めた
「炎帝……元気であったか?」
「………兄者、元気だ
オレは青龍だけいてくれれば生きていけるかんな」
「そうであったな」
閻魔は嬉しそうに笑って
「この病院、そして近隣の光の届く範囲に結界を張る!
我が結界は広範囲に張り巡らせる事が出来る
そして我が結界は誰にも破れぬ!
人間には無理な所業
神だとて同様
我が結界は誰にも破れぬ
なので転輪聖王が逝くと申したから着いてきた訳だ!」
弥勒は笑って
「…我等の棲む魔界は、雷帝殿の結界に護られておると言っても過言ではない
雷帝殿の放つ雷(いかづち)は、強大な光と放電によって,光と音を発生させて、光の速度で結界を張り巡らして逝く
未だにかって、その結界は破られた事はない
なので【雷帝殿】に今回はお頼み申した訳だ」
と説明した
「そうか、兄者ってすげぇんだな」
康太はそう言い嬉しそうに笑った
雷帝は純白の燕尾服に身を包んでいた
閻魔になる前は、ずっと着ていた服だった
「兄者のその服……懐かしいな……」
閻魔は笑って「私はお前の兄 雷帝として来ている。だからこの服を(敢えて)着て来た」と説明した
「兄者……ありがとう」
「お前の為なれば兄はこの命など要らぬと申した筈だ……
お前は我の大切な弟……それは今も昔も変わってはおらぬ
お前の望む事をしてやろう
お前の望む為に生きていこう……そう誓った日の約束は違えてはおらぬ」
「……兄者……」
閻魔は康太を抱き締め…離すと少し離れて立った
そして呪文を唱えると雷鳴が轟いた
部屋をピカピカ閃光で照らす
光と雷鳴の音楽が響き渡る
遠くに聞こえていた雷鳴がどんどん近寄って来て雷鳴が近くで耳をつんざく
閃光を操り、雷鳴を操る
真上に雷鳴を轟いた瞬間……部屋に光が走った
綺麗な蒼白い光が部屋を………いや……建物に走った
音楽を奏でる様に呪文を唱え
雷鳴と閃光が想いのままに音楽に花を添える
魅入っていると光の中閻魔は笑っていた
楽しそうに弟を見つめ
弟の為だけに存在していた
「この病院の結界を破れる輩などおらぬであろう
これで大丈夫じゃ」
結界を張ると閻魔はそう告げた
「兄者ありがとう」
「来たのは結界の為だけに非ず
ついでじゃ炎帝よ」
「…!……じゃ…本来の目的を聞かせろよ」
「お前に頼まれていた件の報告だ
魂を封印してある山、カンチェンジュンガ山が破られ、封印してあった魂が略奪された…
門番は再生も出来ぬ程に壊された……
……我等は…臨戦態勢を整えて魂を奪還する
その前に……お前に報告に来たのだ」
康太はある程度予測していたが、現実におこった災厄に……瞳を顰めた
「兄者……」
「……人の世は危機に直面した時代に救世主が現れる事になっている
軌道修正させこの地球(ほし)の存続を優先する
その為だけに転生させる(人間の)魂を管理するのが、我等の役目だった
これは天界と魔界と冥府のルールによって決められる理なのだ
魔界は人の世と魔界の境界線にあるカンチェンジュンガ山に封印して管理していた
魔界からも人の世からも近付けぬ険しい地形は封印するには持って来いであった
滞りなく管理されている………筈だった
それがこんなにも呆気なく破られていたとは……
お前に謂われるまで気付きもしなかった
安倍晴明や蘆屋道満の魂はカンチェンジュンガ山に封印してあった
今回……他の魂も連れ去られると言う最悪の事態を招いた……」
「他の魂?それは一体誰なんだよ?」
「我等は亜細亜圏内の人の魂を管理、封印していた
偉人の魂は今回破られた場所に封印してあつた
封印してあった魂は5体
諸葛孔明、韓信、安倍晴明、蘆屋道満 そして聖徳太子
これらの魂は転生させる時期ではなかった
人の世の危機に転生させ救世主として転生させるのはもう少し先の筈だった
彼等がこの世に同時に生を成したらどうなる?
彼等が同時に同じ国に生まれたら?
想像するだけでも恐ろしい……
魂を手に入れた存在は何も手を下さずとも……
人が滅びるのを待てば良い……事になる
直ちに見付だし殲滅するしか道はない…」
閻魔は苦渋の決断を迫られているかの様な顔で悔しそうに呟き……唇を噛み締めた
失態だ……
魂を管理する者のしてはいけない失態だ
魔界は無法者もいる
その為に敢えて人の世と魔界との境界線でもある場所に封印したのに……
生きて出られたものはいない……と謂われる山だった
人間達はあの山の裾野には近づいても、奥へは入らない筈だった
魔界の者も同じく
魔獣を放ってある山に敢えて近付く者などいなかった
何処で間違えた……
「兄者!……兄者!!」
顔色をなくした閻魔に康太は声を掛けた
「……炎帝……」
「………その山の結界は何時張った奴なんだよ?」
「皇帝閻魔が張り巡らした結界で魔界は支えられていた……
我が閻魔になって魔界の結界は張り直した
だが……総ての結界は……手付かずで放置の状態であった……
我は……まさか皇帝閻魔の結界が破られる日が来るとは……思ってはいなかった……
絶対の安心が容易く破られてしまう結果を生んだ……
これは……我の失態だ……」
閻魔は悔しそうに唇を噛み締め呟いた
「見張りはいたんだよな?」
「いました。
魔獣も放ってありました」
「なのに……破られたって訳か
封印してある場所に限らず、皇帝閻魔の結界は弱ってきたって事か……
総てが歪んだ時があったからか……隙を突っつかれたって事か
兄者の結界は、封印してある場所に届いてなかったって事か?」
素朴な疑問を投げ掛ける
「………封印してある場所は我の結界が届かぬ場所であった……
魔界……と言うより人の世に近い場所であったからな、届く筈などない」
「封印してある魂は他の場所にまだあったりするのかよ?」
「ある。人の世に影響を及ぼす魂は審議して転生を決める
それが決まりであるからな
魔界には四ヶ所同じような場所がある」
「それらは破られてなかったのかよ?」
「確かめに逝ったが大丈夫であった
封印し直して幾十にもトラップを仕掛けて魔獣を放った
それらの指揮に当たったのは司命、司録だ!
誠、主譲りの采配で抜かりなく結界は張り直した」
閻魔が言うと聡一郎はニコッと笑って
「策を練るのが我等の務め
主から培った策でトラップを張るのは楽しい作業でした」
「………聡一郎……本性出過ぎ
お前の事だから残忍なトラップを仕掛けて来たんだろうな……」
「当たり前です!
それはそれは、幾十にも施されたトラップに生きるのが嫌になる筈です」
嬉しそうな顔に康太はうんざりして、話題を変えた
「なぁ、普段の転生の魂と、そいつらの魂の見分けなんて出来たりしねぇ?
だったら探しだすのめちゃくそ楽なんだけどな」
なんと言う言い種
「………」
閻魔は押し黙り……答えようと口を開いたした
それよりも早く
「ええ。偉人の魂は一目で解る筈です
他の人間と違う能力を秘めているのですからね
一緒ではない筈です
天界、魔界、冥府で管理してある魂は覇気で解ると想います
生まれ持っての本質
極悪人、戦犯者、偉人、彼等の魂が一般のモノとは違う
見れば違和感を感じる筈です」と聡一郎が答えた
閻魔は「…司命…」と名を呼んだ
聡一郎は気に求めずに説明した
「安倍晴明、蘆屋道満、聖徳太子、諸葛孔明、韓信、彼等は偉人として能力を分散して転生させるか、その力のまま人類の危機救済の為に投入するか、どの魂の順番に転生させるか審議中だった筈です
管理の者も職務怠慢だったのですかね?
破られていか程経っているかは知りませんが、定期連絡を入れていればもっと早く発覚した筈です
魔界は……根底から叩き直さないとダメなのですね……」
「魂の色は解るか?」
「解ります。
閻魔が司録を此処に呼び寄せれば司録が教えてくれるでしょう」
康太は閻魔を見た
閻魔は懐から鏡を取り出すと……
「………司録、扉を開けます
執務室の鏡に姿を写しなさい」と声を掛けた
執務室の事務机で仕事をしていた司録は、顔をあげると
「閻魔……お呼びですか?」と鏡の前に立った
「直ちに人の世に来て下さい
その時、偉人の魂の色を明記した台帳を忘れずに持って来て下さい」
「閻魔、そこに我が主、炎帝はいますか?」
「………います……」
「では、直ぐに参ります!」
司録は執務室の机の中を漁って目的のモノを手に掴むと、鏡の中に飛び込んだ
そして閻魔に導かれて、閻魔の鏡の中からでると……炎帝に飛び付いた
「我が主、炎帝よ!!!
お逢いしたかった……炎帝……炎帝……」
司録は炎帝を強く抱き締めた
その手が震えていて……康太は優しく司録の背中を撫でた
「司録、妻とは仲良くやってるか?」
「………っ!!」
司録は康太の肩に顔を埋めて、その質問には答えなかった
それが〝何〟を物語っているか……康太は察した
やけ酒に付き合っている玄武や白虎はさぞかし大変だろうな……とのみ仲間であろう二人を思い描いた
司録は康太を離すと、深々と頭を下げた
「我が主炎帝、貴方に逢えて総ては帳消しに出来ました!
我が主炎帝、貴方にこれを!」
司録はそう言い魂の色を明記した台帳を渡した
「一生、司録に珈琲とケーキを出してやってくれ」
康太は台帳を受取り、中身を確かめ、そう言った
一生は「あいよ!」と返事をして用意した
慎一も手伝って用意する
司録はベッドに寝ている兵藤に目をやった
「酷いのか?朱雀」
「……傷が深くてな……少し安静だ…」
「……お前は神の力も持つ人間
それ故に治癒が遅れる時がある
人の傷は上部だけ治るが、神の傷は治らないでしょ?
そう思って呼ばれた瞬間、この方もお連れ致しました」
司録はそう言い兵藤の上に目映く光り輝く小さな塊を置いた
兵藤は……何も言わず……光り輝く塊を見た
光り輝く塊は……
ちまちま歩いて……ニコッと笑った
黄金の髪は足首まで伸びて……小さい癖に目映すぎる
胸はペッタンこだけど、美少女?だった
「………司録……」
「この方は閻魔の仕事を手伝って下さってる小妖精界の王子の一人 クロス様です
ヴォルグと謂う妖精が魔界を去って、彼の願いが冥府で根付き各地へ散らばった
彼の願いは妖精を復活させ想いを繋げられた
クロス様はそんな妖精のお一人でありヴォルグの願いを受け入れ立ち上がられた方でもあるのです
彼は『治癒魔法』の使い手なのでお連れ致しました
クロス様、朱雀と申す神に御座います
今は愛する神を追って人の姿に御座いますが紛う事なく朱雀と申す神に御座います」
「知ってるよ、このオーラは神しか持ってないもん」
クロスと言う妖精は兵藤の患部に手を翳すと、呪文を唱えた
「炎帝様、我等小妖精は貴方と共に生きる覚悟を決め魔界へと参りました
何もせず多くの同胞が息絶えました
何も出来ず見ているだけは……もう嫌なのです
僕達は僕達にしか出来ない事をする
その手始めに魔界を知る為に僕は魔界に来ました
人の世に逝った同胞も、天界に逝った同胞もいます
我等 妖精族は今、世界に散らばり自分達の目で知る作業をしています
僕は……伝説の妖精ヴォルグが愛した魔界を知りたくて魔界を選びました
こうして炎帝、貴方にお逢いできて良かった」
クロスは恍惚と笑うと、目映い光で兵藤を包みあげた
優しい光が兵藤を癒して逝く
体躯が軽くなるのを感じていた
止まない痛みが和らぐのを感じていた
「どうです?傷は癒えましたか?」
「………痛くない……ありがとう」
兵藤はクロスに礼を述べた
「朱雀神、あなたは……神の摂理から離れた生命を感じましたか?
あなたの領域侵犯がなされてる事を感じていますか?」
「総ての命を預かるは朱雀、我一人!
その摂理を冒涜する輩は許してはおけぬ!
我は輪廻転生を預かる神として、捨て置けぬ事態になったと思っている」
「なれば朱雀神、人の魂を見るのが得意な僕を傍に置いて下さい
きっとあなたのお役にたてると思います」
「………貴殿を使う…それは閻魔殿の許可がなくば無理だと思う……」
「僕らは閻魔様の許可は必要はないのです」
クロスは康太を見て微笑んで、そう言った
「…え??……それは何故?」
兵藤には訳が解らなかった
「僕ら妖精族の所有権は炎帝に在るのです
妖精王との約束に御座います」
「………炎帝?……そうなのかよ?」
何時約束なんかしたんだよ……と兵藤はボヤいた
「貴史、手伝ってくれ!
クロスは必ずやお前の役に立ってくれる筈だ」
「解った、なら手伝って貰う
でも俺は妖精と暮らした事がねぇんだ
妖精には何を食わせたら良いか……教えろよ」
兵藤が言うとクロスは笑って
「お花と蜂蜜、後、綺麗な空気と光
それだけで生きて行けます僕達は……」
「花と蜂蜜はなんとかなるけど…綺麗な空気と光
それはどうしたら良いんだよ?」
兵藤は困った様に呟いた
クロスは兵藤の耳元で
「光は朝陽に当てて下さい
綺麗な空気は温室とか……排気ガスで汚れてない空気を吸わせて下さい」と説明した
兵藤は思案した
「俺んちの屋上に温室があるから、朝陽も入るしそこで良いか
この前、毘沙門天が何日かそこで過ごしていた場所だ……大丈夫だろ?」
「え?毘沙門天さんも来てる場所なのですか?
素敵な場所なのでしょうね!
そうと決まれば、僕を連れて行って下さい」
クロスは兵藤を急かした
兵藤は困った顔して康太を見た
康太は「………傷はどうよ?」と兵藤に問い掛けた
「治った感じがする」
「一生、久遠に言って退院の手続きを取ってやってくれ!
料金は鳩村が支払う事になってるから自動的に鳩村に逝くだろうから事務方には退院する事を告げてくれれば良い
それでダメならオレを呼べ!」
「了解!」と言い一生は病室を出て逝った
暫くして戻って来るとメモ用紙を兵藤に渡した
「何だよ?これは?」
問い掛けると「まぁ見ろって」と答えはそこに書いてあるとでも言いたげに言った
兵藤は紙を開いてみた
『兵藤貴史!
退院したいなら退院させてやる!
だけど定期検査には来やがれ!
後、具合が悪くなったら即病院に来やがれ!
でねぇと二度と見てやらねぇからな!』と脅しにも似た文句が書いてあった
兵藤は「……怖いな……この人は……」と呟いた
康太は「取り敢えず退院するとするか!」と告げ閻魔を見た
「兄者はどうするよ?」
閻魔に問い掛けると閻魔は「我は帰る」と答えた
「兄者、近いうちに崑崙山にて会議を設けようぜ
このまま逝くと……同じような事がおきてる可能性もある……」
「……最悪の事態も想定しろと?」
「違う!最悪の事態を回避する為に情報の共有は必要なんだよ!」
「解りました、手筈を整えます
総て用意が整いましたら迎えに来ます」
「おう!待ってるかんな」
閻魔は康太から少し離れると姿を消した
「さてと、オレはやる事があるからな帰るとする」
と康太は果てを睨み付けてそう言った
「………康太………」
「取り敢えず貴史は退院して、少し体躯を整えとけよ!
絶対に無茶をするな!
無茶すればクロスも巻き添えを食らう事になる
クロスは次代を担う小妖精界の王となるべき存在
……だと言う事だけは忘れるな!」
「……了解!」
「何かあれば連絡してくれ!」
「解った……」
「貴史、オレと連絡が付かなくても焦るな!
オレはオレのすべき事をする!
お前はお前のすべき事を優先しろ!良いな?」
「………解ってる……少し……刺されて臆病になっていた……のかもな
もう大丈夫だ!
俺たちはこんな所でくたばっていられねぇんだからな!」
「そうだ!オレ達はまだまだくたばるには早すぎる!
本格的に動く時は連絡する!
お前の領域侵犯だかんな
お前の手で決着をつけねぇとな!」
「あぁ、魂がそうも容易く転生出来るなんて想われては神の名が廃る!」
兵藤はメラメラ怒りに震えて、そう言った
康太は兵藤の肩を叩いて、病室を出て逝った
兵藤も自分のすべき事をする為に、病室を後にした
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