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第27話 傀儡

いつも…… いつも……いつも…… 自分の目の前を遮る存在がいた そして自分はいつも……… その人間には敵わなかった 安倍晴明 アイツは何時の世も……私の前を歩き 私は何時も…… 安倍晴明の影に……押し潰され……消された 一つの時代に 二人の陰陽師 安倍晴明が藤原道長お抱えの陰陽師であったのに対し 蘆屋道満は藤原顕光お抱えの陰陽師であった 敵対し合う政治家の道具にされ、競わされた 挙げ句……藤原道長の政敵である左大臣藤原顕光に道長を呪祖で消し去れと命じられた ………命じられれば……断れなどしない 命じられるままに……手を下した ………が、安倍晴明に見破られ阻止された 同じ時代に同等の力を持つ安倍晴明さえいなければ…… 見破られたりなどしなかったのに…… 失態を犯した人間を生かしておく気はないのは一目瞭然 蘆屋道満は安倍晴明と式紙対決と言う 表舞台に乗せられた 断れぬ状況を作られ式紙対決と言う試合を用意され…… 式神対決で晴明に敗れると、播磨へ追放された 表舞台から抹殺されて……… 地べたを這いずる様な生活を余儀なくされた 培った信用など……地に堕ち…… 絶えきれぬ程の誹謗中傷を受けた…… それでも……陰陽師を捨てなかったのは…… 陰陽師としての誇りと……自信 安倍晴明に劣らぬ力を持っていると…… 何時か……世間に知らしめる為… いつも…… いつも……いつも…… 自分の前に立ちはだかる安倍晴明を倒す事を夢見て…… それだけを望んで……蘆屋の一族は生きて来た 今こそ……無念をはらす時 今こそ…我等が光を奪う時 蘆屋道満の名を……知らしめる時が来たのだ…… ある日、蘆谷道満の末裔の元にクレメンス・モーガンと言う男が訪ねて来た モーガンは魔女と呼ばれるメアリー・S・ウィッチと言う人物と共に……やって来た 「あなた方は蘆谷道満の末裔で間違いはありませんか?」 いきなり来た男は確信を突いて来た 「…だったら……なんだと言うのですか?」 「蘆谷道満の末裔の方達よ! 今こそ雪辱を晴らす時が来たのです 我等はその手助けが出来たらと想い参りました」 「………我が一族は……貴殿に払うお金は……調達が出来ぬであろう……」 蘆谷家の当主は私財などないにも等しい……と呟いた 「お金は有り余っております故に請求などしません! 御要りようなら、支援を致しましょうか?」 「……何で……あなた方の得にならな事を…」 当主は不思議がった 「我等は損得では動いてはおらぬ 目的の為に動いておるだけだ その中に蘆谷道満の転生……嫌……反魂も組み込まれていると言うだけ あなた達の悔しさや雪辱を晴らす時が来ましたのです 何も言わず喜びなさい あなた方は蘆谷道満本人の魂を転生させて、この世に生を成させて…… あの日の決着を着ければ良い その為に魂の器となる人間と、蘆谷道満の仏舎利を手に入れなさい 用意が整ったら、鏡に向かってメアリーと叫びなさい それが返事と見なして受け取ります」 魔女はそう言い姿を消した 一族の無念を張らす…… その日の為だけに生きて来た だが……あまりにも蘆谷の家は……地に堕ち過ぎた …一縷の望みに縋るしかなかった 時すでに遅し……解っていても受けた屈辱は一族を雁字搦めにしていた …『安倍晴明』の血縁者は、安部姓を捨てて逝ってしまって…… この世にはいないと解っていても…… 安倍晴明と蘆谷道満の因縁の対決 ……なんのために……血を吐く日々を送って来たのか? 当主は……安倍晴明の転生を望んだ 今こそ決着を着けさせてくれ……とモーガンに頼んだ モーガンは「最高のステージは御用意して戴きますので御安心を!」と総て用意する事を約束してくれた 一族の者の中から傀儡になる体躯を選ぶ……予定だった だが……誰も……悪魔に我が子を売り渡す事が出来る者はいなかった…… だから……当主である蘆谷正道が我が子を悪魔に差し出した それしか……先祖の受けた屈辱は果たせないと想ったから…… それが総ての ………間違いだった そして……それが総ての始まりだった 歯車は既に動きだし…… 誰にも止めらなくなっていた 蘆谷家当主 蘆谷正道は我が子の体躯を差し出した 7才になる我が子の名は蘆谷貴章 我が子の背骨を、呪術で蘆谷道満の仏舎利と変える 我が子の体躯の関節を折って、骨を取り替えやすくする 「ぎゃぁぁぁ ぁぁぁ!!!!! やだやだやだやだやだやだ……とうさん!!」 貴章の悲鳴が響き渡る 正道は泣きながら……我が子の関節を折った 悪魔に魂を売った瞬間から……父は……人である自分を捨てたのだ…… 力なく横たわる貴章の体躯から骨を抜きとり 蘆谷道満の仏舎利と交換する オペをする訳でなく…… 体内から骨を取りだし入れ換える 常人には出来ない施術を目の当たりにした 「………ゃめろ……とうさん……たす……け…」 抵抗する貴章を見てメアリーは嗤った 「……ふふふ……人って結構しぶといのね」 痛みに気絶して意識を取り戻し…… 再び……気絶する 気の遠くなる時間、蹂躙され……苦悶が続いた このまま永久に続くのか? そう想う前に施術は終わった 「仏舎利の入れ換えは終わった この体躯が仏舎利に慣れた頃、この器に魂を移そう! それまでは拒否反応を起こさないように、これを飲ませなさい! メアリーはそう言い小瓶を正道に渡した 「飲み物に一滴混ぜて飲ませなさい」 施術が終わるとメアリーは帰って逝った モーガンはトランク一杯の札束を置いて逝った 正道は……意識を失った我が子を抱き締めて……泣いた 後悔しても……既に遅い 引き返す道などないのだ 幕は……開けられてしまったのだ 「………貴章……お前の命が絶える時……父も共に逝こう……お前を一人になどしない……」 我が子を化け物にする もう……人とは呼べない存在にする…… 住良木晴充の所にもクレメンス・モーガンと言う男が来た その頃、安倍晴明の遺した力は弱りはじめていて 妖怪達を抑えていた封印が弱まったのか…… 妖怪達は何かにつけて暴動を起こしていた 妖怪の為に作った空間だった 妖怪が人の世界に逝かない様に引いた境界線だった だが日々、妖怪達は凶暴になり…… 制御は不可能になりつつあった モーガンは言った 「安倍晴明の血を与し者 あなた方は力を失って久しい 当たり前でしょ? あなた達は『安部』の生を捨てた 当たり前と言えば当たり前の事です 姓を捨てても同じ力が宿るなんて、思っていませんよね?」 モーガンは嗤って、そう言った 春充は「………それはどう言う意味なのですか?」と問うた 「名は力を示す あなた達は自ずから力を放棄したと言っているのです」 「………政治的な策略に巻き込まれるのは…御免なのです」 「だから『安部』の姓を捨てた? それでも力は残ると想っている辺りが滑稽ですね 名は力を示す礎なのです 安倍晴明の血を放棄したも同然 愚かな方達よ 安倍晴明の力が欲しいなら……授けて差し上げても宜しいですよ? そのままでは妖怪達を押さえる事が出来ないでしょう そのうち制御不能になり暴走させてしょう そうなるのが嫌でしたら、安倍晴明をこの世に呼び出せば良いんですよ 彼の力をもってすれば、敵わぬ事はない 妖怪達の行く末を想うのでしたら……望みなさい そしたらあなたの望む明日を私が与えて差し上げます」 妖怪の為…… 先祖か護って来た事を守り通す為… 大義名分の為に…… 我が子を……差し出した 体躯の弱い我が子は……長くは生きられないだろうと言われた 我が子のため…… 一族の為… 妖怪の為…… 大義名分は沢山必要だった そして……それらの大義名分の為に…… 我が子を化け物にした 晴充は我が子の悲鳴を耳にして…… 泣きながら祈った 妖怪を押さえて護らねばならぬのが、我が一族の務め… 堪えてくれ晴葵…… 父を許してくれ…… 同じ時代に二人の陰陽師が生を成した 同じ力を持つ二人の陰陽師は…… 表と裏の生き方をし 悲運に泣いた 何時の世も光輝く表舞台にいたのは………      安倍晴明 そして裏の舞台にいたのは      蘆谷道満 奇しくも同じ時代に生を成した悲運だった 蘆谷道満は今度こそ……自分こそが表に立つと心に決め 安倍晴明は移り行く時代に……自分達の存在こそ……異端だと想い知る 争いは何も生まない 今は戦国の時代ではない 何かに翻弄されるのは…… もう嫌だった 己の意思で……生きると決めたのだ 好戦的な蘆谷道満と戦闘を否定する安倍晴明 対極的な二人は…… 闘うしかないのか? 住良木晴葵は自分が何であるのか……知っていた 幼少期の頃の記憶は鮮明にある 幼少期の頃の自分は泣き虫で体躯が弱く…… 幾度も死にかけ父を心配させた 出産さえ無理だと謂われていた母は、無理して子をこの世に産み出した後に……命を落とした 息を引き取る瞬間まで……我が子を……晴葵を気に掛けて……死んで逝った 晴充は妻が遺してくれた子を必死で育てた ………そして………傀儡にした そんな父の苦悩を晴葵は知っていた 傀儡になった頃から体躯は丈夫になった 風邪一つひかぬ体躯は……もう人間であるはずなどない…… 力が漲り……人ではない力を感じていた 安倍晴明が使ったであろう呪文が頭を掠める 妖怪達は……口を揃えて……晴明様……と呼んだ 『違うよ…僕は安倍晴明じゃない……』 そう言っても妖怪達は……懐かしむ様に僕を見て……『晴明様』と言うのだ そんな異常さに……何も感じずにはいられない いられる訳などないのだ…… 僕は………人ですか? 僕は………みんなと同じ……人ですか? 誰か教えて下さい…… 誰か……助けて…… 僕は……こんな力……要らなかった…… 僕も……要らなかった…… いらない いらない…… こんな化け物なんて… 生きてちゃいけないんだ…… 眠れない夜は外に出て空を見上げた 虫の音しかしない庭にいると…… この世でただ一人になった気になる 唯……空を見上げた 自分の存在も……この空の星の如く…… 小さなモノだと想えるから…… 「おめぇの心は空っぽだな まるで自我を持たない人形だ お前の心は何処に在る? 自我を持つのは罪のように‥‥‥ おめぇはこの先も生きて逝くのか? ならば‥‥‥それをお前は生きていると謂うのか?」 確信を着いた言葉が投げ掛けられ……晴葵は振り向いた すると何時来たのか…… 飛鳥井康太が立っていた 「………康太さん……何を言って…」 「生きるのは罪か?」 「………罪でしょ? 僕は‥‥‥晴葵の人生を奪ったんだから‥‥」 「それはお前の罪じゃねぇ 思惑は何処に在るか知らねぇが、お前が不幸なら、お前の体躯の持ち主も不幸なんだろうな お前が生きるのを諦めたら、親のエゴで殺された体躯の持ち主は二度殺されるんだからな」 康太の言葉に晴葵は瞳を見開き戦慄いた 「‥‥‥僕は‥‥生まれたらいけなかったと想う‥」 「お前は人形か?」 「………僕は……」 答えられなかった 答えれる『答え』は持ちあせてはいなかった 「お前は人間だよ 何故、僕は人間です!って答えねぇ?」 「………僕は人でした でも今は……人なのか……解りません」 「人だよ!紛う事なく人間だろ?」 「………そうでしょうか? 僕は……化け物です だって……教科書でしか知らない筈の安倍晴明がどんな人間で、どんな事を考えて…… どんな人生を送ったか……嫌と言う程に解るのです……」 「昔話をしてやろうか?晴葵」 「………昔話?なんの話ですか?」 「皇帝炎帝と言う神の話だよ 何時の世にも翻弄されて創られた傀儡…… 彼は……望んで産まれた訳じゃない だからこの世を呪った……総てを羨んだ 苛立ちと空虚感に苛まれ……生きている証を求めた 彼はいつしか破壊神と呼ばれる荒くれ者となった 誰もが……彼を疎んだ そんな事……彼は誰よりも知っていた 生まれてきてはいけないと知っていた だから彼は……魔界に呼び出されると解った時、自ら呼び出されてやった 再び傀儡として生きる道を選び、冥府を後にした 魔界に逝っても彼は……皆に恐れられた 何処へ逝っても破壊神と呼ばれる荒くれ者は…… 癒せぬ空虚や虚無感に常に苛立っていた 自分が生きている事すら煩しく……総てを殲滅してやろうかと想っていた 誰も求めず誰も見ず……空っぽだった」 「……康太さん……」 「そんな破壊神より…お前は十分人間だろうが…」 ………総てを殲滅してやろうかと想う程の孤独…… そんな孤独は味わった事はない…… だから予想もつかない 「……その神は……今も……孤独なままなのですか?」 「魔界で手のつけられなかった破壊神は、大量の人の命を選別出来ずに……昇華させてしまい…… 人の世に堕とされた……」 「…人の世に?……今は人として生きてらっしゃるのですか?」 今も孤独に? 生きているのだろうか? それだけが気掛かりだった 「そう。今は人として……飛鳥井康太として生きている」 「……え?……貴方でしたか… 」 「オレ達は……出逢ってる筈だ晴明 覚えているか?」 遥か昔に出会った時は……こんなには小さくはなかっですよね? でも面影はある 細胞が覚えていると教えてくれる 「………覚えています……やはり貴方でしたか」 「……あの時……お前を逃がすんじゃなく…… 闘わせてやれば良かったな…… 鬼と化した蘆谷を魔界に堕としたのはオレだ 魔界に堕とするんじゃなく決着を着けさせれば…こんな今はなかったかも知れねぇのにな……すまねぇな……」 「………あの時……ですか…… 言ってもせんのない事です あの時闘っていても……遺恨は残ったかも知れません… それは……誰にも解りません……」 「解らねぇからな……実際に闘わせてやれば良かったと…後悔が残るんだよ 晴葵…住良木晴葵として生きるお前は……幸せか?」 「……飛鳥井康太として生きている貴方は…… 幸せなのですか?」 修羅の道を逝く…孤高な神…… 康太はニコッと優しく微笑むと「伊織」と名を呼んだ 逞しい腕が背後から康太を抱き締めた 愛する男の体温を背で感じ康太は幸せそうに笑った 「オレは愛する者を手に入れた! だからオレは世界一幸せだ! オレ程に幸せ者はいねぇって事だ!」 背後から愛する男に抱かれ幸せそうに笑う顔を見れば解る 「世を儚む不幸な時間は終わったんだ オレはもう一人じゃねぇ…… 愛する男と仲間と家族がいる お前は?お前は幸せなのか?」 「………どうなんでしょう? 不幸かと聞かれれば……不幸ではないです 父さんは優しく……当たり障りない日々は…… それなりに満足してます」 「おめぇは……誰も受け入れねぇからな…… 友達を作れよ晴葵 傍にいてくれる友達を作れよ」 「………僕には……無理です…」 「それは何でだよ? 自分が化け物だからか?」 晴葵は驚愕の瞳を康太に向けた 「……康太さん……」 メラメラ妖炎が上がると……康太の髪が伸び始めた 真っ赤な紅蓮の炎を上げて……嗤う姿は……畏怖さえ覚える…… 髪の毛は康太の足首まで伸びて……揺らめいていた 「我が名は皇帝炎帝! 冥府を護る四天王の一柱! これがオレの本当の姿だ オレは神の力も、神の記憶も総てを持って転生した 人の世に堕ちて……幾度も愛する男と共に転生した 統べての記憶がある……気の遠くなる程の記憶がある 人の世が出来る前からの記憶がある……」 莫大な記憶があると言うのか? 自分なら堪えられない 記憶に飲まれて……発狂してしまうんじゃないかって……恐れて……堪えられなくなりそうだ…… 「本当なら……お前はまだ封印して転生すべきではなかった命だ 況してや同じ力を持つ者同士、同じ時代に生を成す事など避けねばならぬ事態だって解るよな? 悪意の元に産み出された命だから……」 ジリジリと康太は晴葵に近寄った ジリジリと晴葵は……後退った…… 「…………ゃ……やめ…………」 怖い…… 恐怖に……毛穴から汗が吹き出る 壁まで追いやり身動き取れなくすると、康太は晴葵の顎を上げた 「なら……殺してやろうか? 転生など出来ない位に……その魂、バラバラに殲滅してやろうか?」 喉の奥でクックックッと嗤う 本当に……怖い…… 冗談などではない 殺られる…… そんな絶望に追いやられる… 「止めとけ……んとにお前はよぉ……」 追いやられていると……止めに入った声が聞こえた 「朱雀、殺してくれと頼まれたんだよ!」 「ずっと見てた! 殺してくれとは言ってないだろうが!」 「そうか?でも心が生きるのを拒否っている奴がこの先生きてても仕方ねぇじゃねぇかよ?」 「んな事、想ってもねぇのに言すうな!」 「ちぇっ……貴史の癖に……」 「はいはい!伊織、亭主なら妻を止めとけ!」 兵藤はブツブツとボヤいた 榊原は笑って妻を抱き締めた 「妻が望むなら、僕は鬼でも悪魔でも何でもなります」 「おめぇは妻が望まなくても鬼や悪魔じゃねぇか!」 「心外です!!」 榊原はプリプリ怒った 「康太、拗ねんな……何でも食わせてやるから機嫌を直せ!」 「何でも?」 「あぁ、俺の小遣いで買える範囲にしてくれよ!」 「お!!なら帰りにハンバーグ!」 ご機嫌を直した康太がニコッと笑うと、兵藤はホッと息を吐き出した 「プリンもアイスも着けてやるさ」 「貴史!!」 康太は兵藤の背中に張り付いた 「……ぅ……重い……」 「気にすんな!」 「少し待て、一生、頼む」 兵藤は一生の名を呼んだ すると一生が康太を引き剥がした 「俺が背負ってやるからか!」 ほれ!と一生は背中を向けた 康太は一生の背中におぶさった 「連れて来て正解だったな」 兵藤はひとりごちる 「んじゃ、俺は俺の仕事をするとするか!」 そう言い兵藤は本来の姿へと封印を解いた 真っ赤な火の鳥の姿をした鳥が鋭い目をして、晴葵を射抜いた 「炎帝も名乗ったし、一応やっとくか…… 我が名は朱雀、魂を司る神である!」 「………朱雀?鳳凰じゃないんですか?」 晴葵は言っちゃいけない事をサラッと口にした 「鳳凰は翼が少し大きくて、赤が強い!! 俺は朱雀、鳳凰ではない!! ………殺るぞ?……てめぇ……」 兵藤はギロヅと睨んで脅しにかかった 聡一郎が「……こらこら……そんな事言っちゃダメでしょ? …康太と変わらない事はしてはダメですよ」と止めた 「………聡一郎……見も蓋もねぇ事を言うな……」 「では、僕達も名乗りますか? この美しい僕は司命と申します 閻魔大魔王の書記官をしております! そして、此方が相方に御座います」 司命からフラれて 「魔界一の男前と謂われる俺は司録と申す 俺等の主は炎帝だけど、閻魔大魔王の書記官をしてる 司命と司録 二人合わせて閻魔大魔王の書記官だ! 俺達がいるって事は、忌日を遺す為に遣わされたって事だ!」 と自己紹介した 司命と司録が二人並ぶとかなりの迫力があった 「さぁ僕達は気にせずに決着を着けて下さい」 「そうそう!俺は主さえ無事なら手も口も出しはしない!」 司録は不敵に言うと 「手出ししたら書記官っての忘れて暴走するけどな!」と脅しにも似た言葉を放った 兵藤は「……んとに……コイツらは来なくていい!……余計面倒くせぇ事になるじゃねぇか!」とボヤいた 「そう言わないで下さい 僕も仕事で来ているのです」 聡一郎はそう言い苦笑した そして胸ポケットから単行本らしき本を出すと、晴葵の手を取り無理矢理持たせた 「………これは?」 「白秋の詩集です 君は白秋が好きですか?」 「………好きも嫌いも……見る機会がなかった」 「思ひ出と言う詩集の中に『夜』と言う詩があります 僕は……夜空を見上げている君を見て……その詩を思い出しました 夜となればわれは泣きにき。 いひしらぬそのおそろしさ。 うるはしきかかる世界に、 くらき夜のなどて見ゆらむ。 いひしれぬそのおそろしさ。 夜となればわれは泣きにき。 君は……何を想って夜空を見上げていたんでしょうね… 暇な時に目でも通してみると良いです 紙の本を読みなさい、ページをめくる度に人生の重みを感じさせてくれる筈です」 晴葵は詩集を受け取った ずっと黙って晴葵を見てい慎一が、何を想ってか晴葵の傍へと近寄って行った 「お前の心は……頑な……だな そんな心では……人の世で生きていくのは辛くないか?」 「………っ!!……辛くなどない…」 晴葵は叫んだ 辛くなんかない 辛くなんかない!!! 「お前が回りを受け入れないから、どんどん孤独に追い込まれて逝くんだ 解ってるんだろ? 自分が頑なだって……孤独だって……知ってて虚勢を張っているんだろ?」 ガンガンと衝撃を食らわせて、バキバキに分厚い殻を砕いていく 「煩い!何も知らない奴が偉そうに言うな!」 「偉そうに聞こえたか? それはすまなかった」 「……何なんだよお前…… こんな化け物に……誰も近寄ろうとしないに決まってるじゃないか!」 「……化け物は孤独じゃないとダメなのか? ならば、俺は何百年も過去から主を追って転生したゾンビみたいな奴だから……化け物には変わりないが…… そこの聡一郎も一生も元は神だって言うし…… 人じゃないには変わりはない だけど今は『人間』として生きている 俺らは『今』人間なんじゃないんですか? 俺は人間です 人間として生を終えたいと想っています だから!………生を終える瞬間まで手は抜きません! 主に誇れる人生を送ると約束したのです だから毎分毎秒、必死に生きています ………君は……? 生きるのを拒否って……それを生きていると言いますか? 俺だって前世の記憶はあります 何故なら……主に出逢った時に何も解らない自分ではいたくはなかったからです! 記憶など些細な感情の一つ そんなモノに囚われてはいけません 君は何を成す為にこの世に産まれたのですか? 俺は……人に騙されて……この世を呪った前世を……違うモノにする為に……主の辿った道を辿って転生して来ました」 「………き……君は人間なの?」 「俺は前世も人間でした 今も人間です! 人間じゃなかった『時』など一度もない あなたも、そうでしょ? 前世、『神』だった訳じゃないんでしょ? だったら人で問題ない! 別に神でも今人なら問題ない! そうでしょ?違いますか?」 晴葵はカクンッと体躯の力の抜けるのを感じ…… 崩れ落ちた 地面にペタンッと座り……慎一を見上げた 「……人で……いて良いの?」 「あなたをこの世に産み出すには色々と思惑があったのでしょう…… でも、そんなのは関係ないでしょ? 住良木晴葵、君はこの世で一人しかいない 元々の晴葵さんの為にも、悔いのない日々を送らねばなりません! 晴葵さんの遺された時間を奪った… それはあなたの罪ではないですが…… あなたが生きて、オリジナルが消えた その責任は負わねばなりません それが二人分生きると言う事です! あなたは二人分 晴葵さんの分の人生にも責任を持たねばならないのです 晴葵さんの時間を奪ったのですから、晴葵さんの分も精一杯生きて下さい! それがあなたの生きる使命です 他の事はどうでも良いのです あなたが背負う事ではない 友を作りなさい 仲間を作りなさい 少しは我が儘を言いなさい 過去を生きるのは止めて〝今〟を生きなさい 君の時間は時を刻んでいるのを忘れてはならない その時は…今を刻めない晴葵さんの想いも重ねているって事を…忘れないで下さい」 慎一を見上げる晴葵はボロボロ泣いていた 誰かに言って欲しい言葉だった 誰かに救ってもらいたい言葉だった 自分は自分らしく生きていい そう言って欲しかった 晴葵は泣いた 泣いて、泣いて……力尽きるまで泣いて意識を手放した 慎一は晴葵を抱き上げた そして影で見守っていた晴充の方へ振り向いた 「この子の部屋は何処ですか?」 「………此方へ…… 康太さん達も…此方へお願い致します」 晴充は背を向けると家の中へと入って行った 玄関を開けて招き入れる 応接間のドアを開けると 「この部屋でお待ちください 慎一さんは……此方へお願い致します」 そう言い晴葵の部屋へと案内した 慎一は晴葵を抱き上げたまま、晴充に着いていった 康太は応接間の中へと入って行き、ソファーにドカッと座った 榊原は康太の隣に、兵藤は反対側に座った 聡一郎と一生は康太の後ろに立った 司録は兵藤の隣に『不本意』だけど座った 本当なら主の横に…… プルプル震えて……兵藤を睨み付けたが、兵藤はベーッと舌を出して笑った 「………朱雀の癖に……」 「司録の癖に!」 兵藤に返され、プルプル怒りに震えた 聡一郎は司録の肩を叩いて 「司録、大人しくしてなさい そのうち朱雀には仕返ししてあげます」 「………司命……我が相方よ… 」 司録は嬉しそうに笑って引いた 兵藤は嫌な顔して聡一郎を見た 晴充が部屋に戻って来ると、皆、押し黙った 慎一は静かに空いてる所に座った 晴充は真っ赤な紅蓮の髪をしている康太を見て…… 深々と頭を下げた 「………あの子の為に……済みませんでした」 「これは……そう簡単に戻らねぇんだよ 今夜は……家に帰れねぇかな……まぁ気にすんな」 「………皇帝炎帝様で間違えはないですか?」 「あぁ、間違いない だが今は人だ……」 「はい!飛鳥井康太さまに御座います」 「何時から、あの場にいた?」 「外を見ましたら……神々しい赤い光に包まれていました 何かが起きてると想い……庭に出た所存です」 「アイツは………孤独だな…… 今世を受け入れないかの様に頑なで必死だ あんなんじゃ生きてくのが辛れぇに決まってるやん……おめぇも親父なら何とかしてやれよ」 「………私が何をしようとしても…… あの子は『晴葵』の為にしてるんだと……受け入れないのです」 「借りもん体躯に生きるって言うのは…… 受け入れるか拒絶するしかねぇのかもな だが、この世に産み出した責任をとれ晴充 遠巻きに見ていても何も伝わらねぇぞ」 「………そうですね……私は…晴葵にも父親らしい事はしてやれませんでした 体躯が弱い子で部屋に籠りがちな子でした 話をしたり……親子らしい時間など持っていませんでした 私は我が子よりも……使命を優先にしていました こうして……我が子との時間を取ったり…心配するのは……今の方が多いのです……」 「だろうな……オリジナルは消えちゃいねぇ 安倍晴明の魂と同化しただけで、消えちゃいねぇ 心の奥深くでひっそりと様子を伺っている 元々、そんなタイプだったんだろ? オリジナルの晴葵は自分なら言えない事や感じられなかった事が出来て毎日夢のように想っている オリジナルは、これで良いのです……ってオレに言った 生き長らえ日々を送る それは僕には夢のような日々なのです 僕は……それだけで充分です オリジナルはそう言ってた」 「………あの子が……視えたのですか?」 「オレの『瞳』は特別だかんな 住良木晴葵の奥深くに隠れている存在だって視れる 視してやっても良いぜ! お前だって我が子の『言葉』位聞きてぇだろ? 近いうちに弥勒に紡ぎに行かして『夢』を見せてやろう それで知るといい その言葉が総てだと思うがいい」 まさに……神の声だった 晴充は深々と頭を下げ…… 「………ありがとうございます……」と礼を言った 「礼は要らねぇよ晴充 妖怪はお前達が管理して暴動なんて起こさせるな! でねぇと……人に害成す輩は総て殲滅する! この日本から妖怪が総て消えても良いのなら捨てておけ そうじゃねぇなら本腰いれて闘う準備をしやがれ!」 「住良木晴充、この命を賭けて安倍晴明が護ろうとした存在を守って見せます! 絶対に暴動など起こさせません!」 「話はそれだけだ お前から視えたしな」 「………え?何がですか?」 「お前の前に現れた魔女たとか言う輩の事だ」 「………っ!……そう……でしたか」 「あれは火炙りされた魔女の末裔 いや……魔女そのものだな この世に甦った魔女は恨みや私怨に囚われて、この世が滅ぶ夢を見る 平和ボケしている今は最高の反撃の時間となる 天界も魔界も冥府も……平和ボケは否めない そこを狙われ……ピンチなのは人の世だけじゃねぇ!」 「……え?……」 「神も人も殲滅した後の世界がご所望らしい…… まぁ、そう簡単にさせねぇけどな!」 「………私に手伝える事はありますか?」 「あるぜ!お前と晴葵の命を……オレに寄越せ! 下手したら死ぬかも知れねぇ…… だけど……今世で決着、着けようじゃねぇか! 長く続いた因縁の糸はぶち切らねぇとな!」 「そうですね……そろそろ決着……着けねばなりませんね それは我々の望みでもあります あなたに謂われるまでもない この命……賭しても……本懐は遂げる所存です」 「お前の敵は蘆谷道満 他じゃねぇ……因縁の決着 それだけを念頭にいれておけ! 他は……オレが蹴散らしてやる」 「有り難き幸せに御座います 欲を言えば……妖怪達の事……お願いしても宜しいですか?」 「それは嫌だ! 妖怪達もそれは望んでねぇだろ? 安倍晴明の末裔以外の者には見守られたくねぇって想っている以上は死なねぇ様に気を付けねぇとな」 康太はそう言いケタケタ笑った 「……康太さま……我が一族は……あなたに支払える財力などない なのに……何故こうして助けてくださるのですか?」 「晴充、タダより安いのはねぇんだよ タダで手を貸してやるかんな てめぇの命はてめぇで 護りやがれ!」 「はい!」 「今度、妖怪を紹介してくれ 妖怪が増えれば空間も狭くなる その時は移動できる空間の用意も必要だかんな 色々と視ておかねぇとな その前に因縁の対決だ 晴葵と話をしろ 親子になれ! そしたらアイツは一歩踏み出す アイツにもオリジナルの想いを見せてやる まぁ仕上がりはそれからだな さてと、帰るか 弥勒、結界張れたのかよ?」 康太は笑って果てを視てそう言った 『誰に申しておる! 結界は張り終わった 覗いていた魔女が悔しがるだろうな! それほどの完璧な結界だ!!』 「Thank You!近いうちに飯に連れて行ってやんよ!」 『二人だけでか?』 「おう!食いたいの考えとけよ!」 『おぉ!それは楽しみだ!』 弥勒は嬉しそうに言い気配を消した 「って事で帰るとするか! 多分……外に出ると覗いていた奴等が待ち構えているだろうからな…」 康太が言うと榊原は険しい顔をした 「んな顔するな……」 康太はそう言い榊原の肩をポンッと叩いて立ち上がった 晴充も立ち上り、見送りのためにドアを開いて立っていた 晴充は外まで康太達を見送ると、家の中に入って行った

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