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第30話 崩御

崑崙山の八仙の屋敷にいると、人の世から閣下と呼ばれた存在の従者がやって来た 従者は炎帝様に取り継いでくれ!と焦った感じだった 康太が姿を現すと従者は傅き 「………炎帝様……閣下が……崩御致しました……」 と途方に暮れて現実を告げた 康太も「……え?……」と唖然となり聞き返した 「………閣下って……今世の……閣下か?」 「はい。………本来影は……その命さえ陛下のモノで勝手など出来ない筈です……」 従者の言葉に康太はやはり‥‥こうなってしまったかと想った 毘沙門天が危惧していた事が現実に起こった 「………昭和が……長すぎたのか?」 昭和の陛下が崩御されても尚、閣下として裏の世界を支えてきた 平成の世に手渡すには……… 余りにも平成の閣下は優しすぎた 「………今の皇太子の影は教育されているのか?」 「はい。王位継承第一位と第三位の殿下の影を、閣下としてご教育を施してる最中に御座います」 「………今回の件、他の職員はどう考えている?」 「総ては十二支天の判断に委ねられました そして十二支天が一人、毘沙門天様が炎帝様に決断を下して貰えと仰られました」 「………そうか……なら王位継承第三位の弟君を閣下の席に就かせろ」 「…………順当なら王位継承第一位の閣下の筈では?」 「王位継承第一位の閣下では……平成の二の舞になりかねぇからな……」 謂われてみれば……お二人の資質は良く似ていた 「…………では……王位継承第一位の影は……どうなさいます?」 皇務貴族典範に則って直ちに廃棄するべきかと尋ねた 「…………あれは役務に据えれば……自爆するしかない 己の重責を背負えぬ者は……生きては行けまい 名も戸籍もない者が外にも出れぬなら……(皇務貴族典範で言うなら)廃棄は死を意味する」 「………死なせてやれと?」 「それが幸せな時もある……」 名もなく戸籍もなく……陽の光の当たる場所で生きては来なかった影は…… もう陽の光の当たる場所へは逝けはしまい 「………昭和の御方なら………」 こんな事態など招きはしなかった…… それにしても口惜しい…… 従者は己が仕えていた閣下を想った 昭和の時が過ぎても立派に己の立場を護り通した御方を…… だが……あの御方だって弱い部分は持っていた 自分達は傍にいて、そんな部分を知っている 『この次産まれるのならば……… 陽の光の下……蝶を追い掛け走り回れる自由が欲しい…… ただ息をしているのを生きているとは謂わない……』 そう謂われた詞書が脳を駆け回る そうかも知れない 名もなく戸籍もない…… 裏の世界に閉じ込められ、雁字搦めにされている それは………生きているとは謂えない…… あの御方の詞書が今更の様に……重くのし掛かる 想いに耽っていると、康太の声が現実に引き戻した 「昭和の閣下の弟君の影を平成の閣下の後見人として一人立ちするまでサポートに当たらせろ 年々、この馬鹿げた風習の持続が難しくなって来ているのは事実だよな それは制度事態見直す時期に来ているのかもな 立ち枯れに消滅しない為に……後継者は最優先事項だ 必要なのは“血”ではなく後継者だ」 従者達はその言葉を黙って聞いていた 全く同じ言葉を聞いたばかりだった 王族の存続の為に表向きの“血を”絶やしてはならない だが、“血”は必要ない 必要なのは後継者 ……だと。 ならば……もう少し……あの御方に変わってこの世を見届けよう あの御方の護って来たこの世を見届けねばならない 長い時間を生きて来た 閣下の崩御の後、眠りにつく筈だった だが…平成の閣下が優しすぎるお方故に…… そのままお仕えして教育して逝く筈だった なのに…… 総てが狂った 陽の光ばかり求めた閣下は…… 自らの命をもって呪縛を解いて…… 解放の道を選んでしまったのだ それを止められなかったのは……その命は己の勝手には出来ないであろうと想っていた油断からだ…… あの御方なら絶対にしなかった それを押し付けていた己の想いが……目を曇らせていた 康太は従者達の想いを汲んで言葉にした 「昭和の閣下は往生した だが普通は気の遠くなる程の長い時間…… 影でいろと謂われたら……己を消したくなるのは……当然の事だと想う 昭和の閣下はオレに言った 『名もない、戸籍もない、この世の何処にも生きている証もない それは生きているとは謂わない…… 我等は……生きている実感もなくば……生きている証もない…… 死こそが解放の手段だと……幾度となく死を選択する自分がいた だけど……自分の肩にはこの倭の国がのし掛かっている以上……その命さえ自分のものではないのだ……』と……。 あの御方もまた……狭間の中を生きていた 外を恋しがる金糸雀みてぇにな 目の前の大空を飛びたいと謳う……金糸雀の様に泣き叫んでいた……」 「………炎帝様、我等はどうしたら宜しいのですか?」 「お前達を眠りにつかせる筈だったのにな…… すまねぇな」 「………炎帝様……謝罪など要りませぬ 我等の指針を示して下さい……」 「後少しだけ力を貸してくれくれねぇか」 「はい。あの御方に変わって我等は見届ける義務が御座います 平安の世が続く事を望まれていた……あの御方の意思を継いで見届け様と想っております」 「皇族は新しい血を入れて風通しと濁りを浄化し始めたばかりだ まだまだ年月は要するが倭の国は滅びねぇ! 王位継承第三位の閣下は裏からこの世界を支えてくれるだろう そこから……この世界は繋がり果てへと続く……」 心強い詞書だった 従者は安堵した………が、次の言葉に息を飲んだ 「だが……この蒼い地球(ほし)は混沌の夜を迎えた…… 未だかってない大規模な混沌の世となるだろう だからオレは手だてを考える為に崑崙山に来ている」 混沌の夜…… どれだけの災厄が幕を開けるのか…… 想像すら着かなかった 「人々の心に巣窟う闇は大きくなりつつある…… 人は……ポンッと背中を押されれば死を簡単に選択する 日常に闇が蔓延り、感染させ染めて逝くんだよ それが続けば……人は簡単に核爆弾のスイッチを押してしまい……この地球(ほし)は終わってしまうしかなくなる…… そうして……消滅した星を……オレは知っている 創造神はこの蒼い地球(ほし)を創る前に幾つかの星を産み出した だが……人間ってやつは何時の世も愚かで破壊を望む…… 己の星を己の手で消し去る行為で幾つ星が消滅した事か…… だがオレは必死に生きてる奴等も知っている だからこの蒼い地球(ほし)は絶対に消滅させたりはしない!」 この世界の混乱は……混沌の始まりだと口にしたも同然の言葉だった 「炎帝様……我等に出来る事が御座いましたらお申し付け下さい」 「踏ん張ってくれ……どんな衝戟が来たとしても、踏ん張り堪えてくれ」 「御意!では人の世に還り直ちに皇位継承第三位の弟君を閣下に据えて、昭和の閣下の弟君を後見人に据えて参ります …………王位継承第一位の君は………典範に則り……廃棄の道を辿って戴きます」 やりたくないであろう仕事だ 人の命を断ち切る仕事など……したい筈などないのだ 「お前達が手を下す必要はねぇ」 「……え?……」 「王位継承第一位の閣下は……死神に狩らせよう どの道……その命には期限がある…と言う事だ」 「………炎帝様……死神は本当に存在するのですか?」 「存在する その姿は見えずとも……閻魔大魔王が持つ閻魔帳と大天使ガブリエルが持つ命の期限を見極めて、その命を狩る存在だ」 初めて聞く事だった 「では我等は手を下す必要はありませんね」 「お前達にこれ以上の負担はかけさせねぇつもりだ」 「解りました 指針が示され我等の存在意義が示された 我等は示された果てへと逝き、再び眠りに着くだけに御座います」 「では逝け! 毘沙門天にオレの言葉を告げれば後は毘沙門天がやる!」 「解りました!では失礼!」 従者達は姿を消した 朱雀は「………己の命を断つ愚かな行為をする奴は……何処へ逝っても救われねぇ修羅の道へと落とされる……」と魂を司る立場で言葉を述べた 「それでもな朱雀 自分の存在意義が解らぬ生は……生きているとは謂わねぇんだよ 人はそんなに強くはねぇからな……」 朱雀は天を仰いで「………想像がつかねぇ孤独か…」と呟いた 青龍は「………死神……存在していたのですね」と炎帝に問い掛けた 「あぁ、人の命を狩る死神は閻魔とガブリエルしか存在を知らない……… また存在だけは知っていたとしても……その姿は視る事は叶わない存在だ」 「……人の命は朱雀の仕事じゃねぇのか?」 「朱雀の仕事は輪廻転生、死期回生は朱雀の務めだけどな、人の命を狩るのは死神の領域なんだよ 朱雀がこの世の総ての魂を狩って再生させるのは無理な話だかんな」 「………それもそうだな…… それより、これからどうするのよ?」 「………人の世に還ったら召集されるだろうからな、まずは還る 魔界に行ったとしても銘や夏海が元気になる訳じゃねぇからな」 もっともな事だった 「魔界は兄者頼めるか?」 炎帝に謂われ閻魔は「解っております」と答えた そして続ける 「貴方の言う通りに炙り出して真価を問います」 閻魔は覚悟の瞳をしていた 「ならボクを連れて逝ってよ!」 突然声がして閻魔は辺りを見渡した 「………誰ですか?」 「ボクは小妖精界の王子の一人クロスです 朱雀の胸ポケットに入っています」 謂われて閻魔は朱雀の胸ポケット辺りを見た すると可愛い容姿の妖精が閻魔に手を振っていた 「ボクはゆくゆくは魔界の小妖精族の王に立つ者 妖精と魔族とを繋ぐべく存在に御座います」 閻魔はニコッと笑って 「クロス殿、なに故に朱雀の胸ポケットに?」 「炎帝に連れられて人の世に参りました 朱雀の怪我も治りました故に魔界に還りたいと想います 人の世の状況も朱雀のポケットに入って把握して参りました 混沌が来ると謂うのであれば、ボク達妖精族がヴォルグの意思を継いで阻止したいのです」 虹色に輝く魔界をこよなく愛した妖精ヴォルグ 彼の意思は妖精達を奮い立たせ、妖精達の奥深くに根付いていた 閻魔はクロスに手を差し出した 「クロス殿、私のポケットで宜しければどうぞ!」 と燕尾服のポケットを開いた クロスは閻魔の手に飛び乗りトコトコ歩いて、燕尾服のポケットに収まった 「では私と共に!」 「嗚呼、何処までも逝こうぞ閻魔様」 閻魔は黒龍と金龍を伴って、八仙の屋敷を出て逝った 朱雀は「……行っちまったな…」と小さき者を想った 「淋しいなら此処に傷を癒している妖精を持って逝くか?」 「嫌……いい。 混沌の夜の始まりだって言うのに連れ帰るのは可哀想じゃねぇかよ……」 朱雀が言うと八仙が 「クロス殿は清らかな妖気に包まれておった お主の家は妖精に最適かも知れぬな」と猫耳の妖精を朱雀のポケットの中に入れた 「……おい!八仙……」 「その子は妖精族では手当ては出来ぬ程の深傷を負ったから託された子じゃ 任務で人の世の浄化に当たっておって、人も植物も動物も……妖精さえも奪って逝った震災に出会した……以来、この子は癒えぬ傷の治療をしておると言う訳じゃ」 「………治療出来ねぇぞ俺は……」 ポケットに入れられたら突っ返す訳にもいなくて、朱雀はそう言った 「綺麗な空気と蜂蜜と植物がいれば妖精達には最適界なのじゃ お主の所にはそれが揃っておるのであろうて! と言う事で朱雀殿、宜しくお願い致す」 「………何でこの子は猫耳?」 「不思議では御座らぬ 妖精の種族は多種多様 犬耳も御座るし、絵本に出て来る様な薄い羽根を持つ妖精もいる 魂の循環の果てに植物に宿る魂が妖精になるとも謂われておる その神意は解らぬ……我等は全知万能の神ではないからのぉ」 ほっほほほほ!と八仙は笑っていた 炎帝は朱雀に「なら逝くとするか!」と言った 青龍と手を繋ぎ外へと出て逝く 外に出ると司命が「赤いの龍になりなさい」とサラッと言った 赤龍は仕方なく龍になると司命と炎帝と青龍が乗り込んだ 朱雀も赤龍の背中に乗ると「落とすなよ」と注文をつけた 赤龍はカチンッと来て「なら自分で飛んで逝け!」と怒った 司命が「カルシウムが足らないのですか?一生?」ととぼけて言う 「………家に還ったら煮干し食うわ」 「そうしなさい! 些細な事が気になるのは右京さんだけで十分です」 「………」 反論する気をなくした赤龍は黙って空へと昇り気流に乗って人の世を目指した 朱雀が「俺の家の屋上に下りろよ!まだ呪文壁が残っている筈だ」と赤龍に言った 赤龍は「了解!」と言い兵藤の家を目指した それにつけても……… 「………道を踏み外した魂は……何処へ逝くんだろうな……」とセンチになり赤龍は口にした 名もなき皇は………何を目指して飛び立ったと謂うのか? 赤龍には解らなかった 「赤いの……この世の中に居場所のない辛いさは……死に筆頭する辛さなんだよ 外に出たって生きていく術がねぇってのは……死んだも同然の存在と言う事だ」 「………何故……そんな馬鹿げた慣例を打ち破らねぇ?」 「それはただの慣例じゃねぇからだろ? 倭の国に根付いた仕来りでもあるからだ そう言う古い仕来りは中々撤廃は無理なんだよ 表の閣下 裏の閣下 表と裏の皇がこの倭の国を護るとされている 表の閣下だって戸籍はねぇ 裏の閣下だって戸籍はねぇ 表に産まれたら倭の国の顔になる 裏に産まれたら誰にも知られず消えるのを待つだけとなる……それだけの違いだ」 「………報われねぇ……」 「………そうだな……」 報われる為に生きている訳ではない 報われないのなんて誰よりも知っている…… だが人の世が作り出したルールに口出しは無用なのだ それが如何に馬鹿げた愚かな行為だとしても…… 赤龍はもうなにも言えなかった 司命はポコンッと赤龍の頭を叩いた 炎帝は「司命、人の世に還ったら十二支天と共に亜細亜圏内の世紀末に誕生し救世主の実態を掴みに逝ってくれ!」と頼んだ 司命は「御意!ついでに救世主以外にもこの世に産み出された存在 戦犯や偉人……そう言う存在の誕生も調べて来ます」 と異常事態の把握を告げた 「頼むな」 炎帝が言うと朱雀も「それ、俺も加えろよ!」と名乗りをあげた 「人の転生は朱雀が領域! 領域侵犯は神を冒涜する行為そのもの! 反魂や輪廻の軌道を歪める存在は何があっても許せねぇ! 俺は反魂を施したウィッチとか言う魔女も追跡をする!」 「………なら弥勒を連れて歩け! そして異変を感じたら……オレを呼べ! それが約束出来るなら逝かせてやる」 「約束………出来ないと言ったら?」 「絶交………するか?」 「………それだけは止めて下さい……」 朱雀は二度と絶交は御免だった あの地獄のような日々は……二度と味わいたくなかった 「弥勒、朱雀を頼むな」 『解っておる! 暴走する朱雀を止めて怪我しない様に気を付けるのであろう? 暴走するならば……我の呪縛で釈迦の悟りを拓いた木にでもくくりつけてやろう!』 それは嫌だわ…… 絶対に嫌だわ…… 朱雀は「お手柔らかに……」と弱々しく呟いた 弥勒は爆笑して 『童なお主を止める事など蚊を叩く程の苦労もないわ!』 ハッハッハッと豪快に笑われて、朱雀は項垂れ 「………じじぃ……」と毒づいた そりゃあ……転輪聖王よりは年若く童だけどさ…… 弥勒は『ほほう!朱雀殿は相当我にしばかれたいらしいとお見受けする』と地を這うような声で脅した 炎帝はそんな弥勒と朱雀の会話を聞いて笑っていた 赤龍は気持ちよさげに気流を泳ぎ、人の世に還って来た 目的地の兵藤の家の屋上に下りると、皆を背中から下ろして人の姿になった 人の世に還った康太達は目的の為にバラバラに散らばって行動を取った 康太は榊原と共に飛鳥井の菩提寺へと向かった 菩提寺の駐車場に車を停めると紫雲龍騎が待ち構えていた 「康太……逢いたかったです」 紫雲が言うと康太は紫雲を抱き締めた 「龍騎、体躯の調子はどうよ?」 「もう大丈夫に御座います」 「そうか。」 康太は紫雲の背中を撫でてから離れた 「頼んでおいたの、目星がついた?」 「はい。亜細亜圏の反魂の可能性の存在総て洗いました」 「最終的には何体になった?」 「………最終的に残っているのは……安倍晴明と芦屋道満……彼らだけでした」 意外な言葉に康太は「………?他はいなかったのか?」と確認した 「いなかった訳ではないのです 反魂でこの世に甦らされた魂は総て……自我を封印して本来の体躯の持ち主の奥深くに眠りにつきました この世に生きるのを拒否った……と言う事になります」 紫雲はそう言いリストと写真をファイルした報告書を康太に渡した 亜細亜圏内に誕生した反魂は総てで54体 その殆どが中国圏だった 偉人と呼ばれし武将が甦らされ生を成した だけど彼等は『時期ではない』と体躯の持ち主の精神の奥深くに眠りに着いて……生を終えたも同然の状態になっていた 名武将と謂われた存在も墓を荒らされ、仏舎利を遣われ無理矢理この世に引き摺り出されていた 平和の世に我等は生きられぬ 生きていては戦が始まるしかない…… と……生きるのを拒否して眠りにつく選択をしていた 「………何て罪を……人の命を何だと想っているんだ!」 康太は叫んだ グツグツと腸が煮え繰り返る想いを溜飲して、果てを見据えた 紫雲は「………康太……」と苦しげに名前を呼んだ 「龍騎、朱雀と共に動いてくれねぇか?」 「御意。何なりとお申し付け下さい」 「魂の救済は朱雀が領域 オレは朱雀に総てを託そうと想う」 「貴方は……何をする気ですか?」 「オレか?オレは芦屋道満と安倍晴明の決着を着けさせる 翻弄された人生を終わらせてやらねぇとな…… 後……近いうちに宮中から呼び出しが掛かる……」 「………休まる日が御座いませんね どうか……無理はなさらぬ様に……」 「解ってんよ! お前も病み上がりだ絶対に無理はするな! 約束しろ!」 「約束致します……絶対に無理は致しません…… 貴方のいない世界では生きられないのですから……」 「なら往生しねぇとな!」 「はい……何時までも貴方と共に……」 紫雲は康太の前に傅いた そして手を取り、手の甲に口吻けを落とし約束した そして立ち上がると己の職務を全うする為に菩提寺の方へと走って逝った 榊原は康太の肩を引き寄せて 「これから……どうなさるのですか?」と尋ねた 世の中は夏休みと呼ばれている大型休暇の真っ只中だった 兵藤が倒れる少し前に約束していた逗子の方でリゾートを満喫しよう……って言っていたのに…… 連れて逝けれてなかった 「子供達との時間を作る…… でねぇと夏休みは終わっちまうじゃねぇか……」 「ですね……淋しい想いばかりさせてますからね……」 「子供といられる時は傍にいてやる どうしても……片付けねぇとならねぇ時は……逝くしかねぇからな……」 榊原は携帯を取り出しカレンダーを見た 兵藤が刺され治療中に夏休みに入り、兵藤の傷が治り冥府から還る頃には……… 夏休みも中盤……とあと少しで夏休みは終わりとなっていた 「伊織、白馬に逝くか…… 白馬で永らく続いた遺恨に決着を着けさせようと想う」 「それがよいでしょう あの者達は過去に囚われすぎているのです 一歩踏み出せば現世に生きられるのに……あの者達は未だに過去に囚われ、過去に生きていますからね」 「今世に産み出された意味が憎しみしかねぇなんてな……哀しすぎるじゃねぇか 復讐だけが……己が産み出された意味だってな無意味だと解らせる為にケリを着けさせる ある意味……あの者達も……己の意思とは関係なく生かされている……閣下と同様なのかもな」 「康太……」 榊原は康太を強く抱き締めた 「僕は……君がいれば何処でも生きられます 君こそが……僕の生きる理由なのです!」 康太は榊原の背を強く掻き抱き 「オレも青龍がいれば生きていられる! 青龍こそが……オレの生きている理由なんだ」 「終わらせましょう 哀しき魂に救済の手を差し伸べ解放してあげましょう……」 「軌道修正は炎帝が務め! 曲がって逝くのなら……正すしかねぇ!」 抱き合う康太の影の中から、真島央人が姿を現した 『康太……俺が蘆谷に声を掛けたばかりに…… 大変な事に巻き込んでしまって……すみませんでした』 「真島、お前が気に病む事はねぇ 定めなんだよ……これは お前が悪い訳じゃねぇ」 『彼が………蘆谷道満……本人とは想いませんでした』 「身勝手にこの世に呼ばれた魂は過去に囚われ…生きている そろそろ決着を着けさせてやらねぇとな 真島、今日より10日の後、蘆谷を白馬に連れて来てくれねぇか」 『解りました。必ずやお連れ致します!』 そう言い真島は気配を消した 榊原は車の助手席を開けると、康太を乗せた そして運転席に乗り込んだ 「さぁ、我が子に逢いに行きましょう!」 榊原はそう言い車を走らせた 我が子に逢いに逝く 「そして瑛義兄さんに無事な顔を見せてやってください。 そしたら今宵は皆を呼んで宴会にしましょう」 「伊織……」 「若旦那にも連絡入れなさいよ 三木や正義さんにも……あ、勝也さんにも連絡しないとダメですよ」 「解ってる……幼稚舎に着くまでに電話を入れる」 榊原は飛鳥井の家まで車を走らせた 車が走り出すと康太は、戸浪海里に電話を入れた 電話に出るなり『康太!』と言う叫び声が聞こえた 「若旦那、久しぶりだな」 『何度も電話を掛けました』 「電話が繋がらねぇ秘境にいたかんな……すまねぇ 何か用だったのかよ?」 『逢いたかったのです……君に……それだけです』 「今夜は家にいる 伊織の家族も呼んで酒でも飲もうと想っている 若旦那も良かったら一緒にどうだ?」 『………今宵は……無理です また誘って下さい……私もまた誘います』 「そうか、残念。また連絡するかんな」 康太はそう言い電話を切った 榊原は「若旦那、どうかしましたか?」と尋ねた 「………直接視ねぇと解らねぇけど……混沌の夜は明けた……何があってもおかしくねぇ状態になってる可能性も捨てきれねぇな……」 「海神(わだつみ)に護られし一族ですよ?」 「災厄は護られていたとしてもおこる出来事だ 守護がいれば安泰と言う訳じゃねぇ……」 「………調べてみないといけませんね 人の世に帰っても……休まりませんね 白馬に逝く前に久遠先生の所へ逝って診察も受けないといけませんね」 「………それらを引っ括めて明日考えようぜ…… 今は一生達も呼び寄せて、家族や仲間で過ごす時間を作ろうぜ……」 「………そうですね……そうしましょう…」 榊原は康太の手を強く握った 三木と堂嶋と安曇に電話を入れると泣き付かれた 会う約束をして電話を切る頃には飛鳥井の家に到着していた 地下駐車場に車を停めると、康太は榊原と共に飛鳥井の家の中に入って逝った 家の中に子供達の姿がないと、榊原は慎一に電話を入れた 「慎一、今どこにいますか?」 『伊織!帰られたのですか?』 「はい。たった今帰りました 慎一は今どこにいるのですか?」 『ファミレスにおります 流生が行きたいと申したので瑛兄さんが仕事を早目に終わらせて繰り出したのです」 秘書が怒りまくっているのが思い浮かばれて康太は苦笑した 「ならオレもファミレスに逝くわ 慎一はバラバラに散った一生達に連絡を取ってくれ!」 『承知しました』 慎一との電話を切ると康太は再び車に乗り込んだ 榊原が車を走らせると、康太は瑛太に電話を入れた 「瑛兄、秘書が怒るぞ」 『お前が子供達を放っておくから悪いのです』 「瑛兄、ただいま」 『おかえりなさい康太 早く無事な顔を兄に見せて下さい』 「後少し待ってくれ! ならな瑛兄」 康太はそう言い電話を切った やっと人の世に還って来たと言う実感を噛み締め我が子を想った ファミレスに到着すると一生も兵藤や聡一郎も車を停める所だった 康太は一生達と一緒にファミレスに入って逝った 暫し……休もう 子供達との時間を作ろう 家族との時間を作ろう

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