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第31話 歹(がつ)①
康太は子供達の傍にいるべく夏休みに突入した
残った仕事を片付け
逢いたいと言う人達に逢って
無理矢理、夏期休暇に突入させた
白馬には休暇以外の目的もあった
この地で終わらせてやるのだ
哀しき魂の終焉の地として康太は白馬を選んだのだ
白馬には兵藤も来た
傷を癒す目的と、やはり見届ける為に着いて来た
白馬で休暇を取る頃、閣下から召集が掛かった
だが康太は動こうとはしなかった
康太が動かないから閣下は白馬まで十二支天を従えてやって来た
「飛鳥井家真贋、何故……出向いてはくれぬのだ?」
聡明で若き閣下は裏で生きる覚悟を決め、空白期間を埋めるかの様に精力的に動いていた
裏にしか逝けぬなら……
倭の国を護る為に裏から支えよう
その覚悟が伺えれた
「閣下、オレには子供がいるのです…
役務の為に家を空ける事が多いから、ずっと我慢させている子供がいるのです
今は人の世も夏休み
今暫く此処で子供達と過ごす位多目に見て下さい」
「貴殿のこと故……それだけてはないのであろう?」
「永らく続いた諍いの決着を着ける為にも……オレは此の地を離れる訳にはいかないのです」
「なれば私も……裏を支える者として、その諍いを見届け申そう!」
「閣下……」
「私も夏休みに突入致します
どの道………貴方の助言なくして道筋は立てられないのですからね」
「閣下……悠久の世にいた陰陽師、安倍晴明と蘆谷道満…あの二人の永きに渡った私怨に決着を着けさせてやりたいのです」
「何時の世も政治の歯車に犠牲は付き物だ……
その者達の運命の歯車に我が先祖の影もあり申した筈であろうて」
「閣下……」
「ならば………御二人の行く末を見届けるのも……私の務めだと想います」
「閣下、外に出る時は護衛を着けてサングラスを外してはなりませんよ?」
「解っています」
「ではオレの知り合いとして家族と過ごして下さい…
今、裏の山の中腹にある地に封印を施し、誰にも邪魔されぬステージを作っております」
「ならば十二支天も使えばよいではないか
私は此処を動かない
彼等は暇をもて余しているでしょうから…
きっと喜んで働いてくれる事でしょう」
「それは良い。」
康太が笑うと閣下も声を出して笑った
この閣下はよく笑う
今を生きる覚悟が違うのか……
喜怒哀楽が存在していた
「さてと本題に入っても構いませんか?」
一頻り笑うと閣下は真摯な瞳で康太を見た
「はい。どうぞ!」
「君はHoly cultと言う教団を知っていますか?」
「聖教団?………白の教団とはまた別の教団ですか?」
「………白……根っこは一緒でしょう……
魂の救済を謳っている教団ですからね」
「魂の救済?それは何かの冗談ですか?
その教団って反魂で魂を甦らせてるんでしょ?
それら総てが救済の為だなんて笑えない冗談ですね……」
「やはり……そこまで知っているのですね……
総ての全容をご存知なのですか?」
「安倍晴明の末裔の所に来たクレメンス・モーガンと言う男を調べて解ったんだよ
クレメンス・ モーガンと言う人物は聖教団の総帥者で、その時連れて来たと言うメアリー・S・ウィッチと言う人物は魔女で生きながらに教祖と崇め奉られている存在だ
実際に……あの女は魔女だ
ジャンヌダルクの再来と呼ばれている
オレは……火刑で死滅しなかった本人だと想っている」
「………ジャンヌダルク……本人だと?」
「だろ?心も体躯も悪魔に売り飛ばして今なお生きている魔女だ」
「………死のない生は……生きているとは言えるのですか?」
「さぁな……終わらない生に神になったつもりでいるのかもな……」
「………炎帝……貴方は……この一件をどう対処なさるのですか?」
「オレの方からは出る気は皆無だ
どの道、因縁の対決を片付けねぇとな……
それに……その件は……もっと奥が深いんだよ
魔女は前座にしか非ず……と言う訳だ」
康太は遠くを眺めて、そう呟いた
「………話せる所までで良いのでお聞かせ下さい」
「混沌の夜が………明けたんだよ」
「………離宮の奥深くにある……忌日に示された…予言ですか?」
「それはオレは目に出来ねぇから知らねぇけど……混沌の夜が明けたのは確かだ
その歪みがあっちこっちで芽吹いて害を成している……
人の心に掬う闇が……これからどんな事件を産み出すかは解らねぇけどな……
混沌の夜があけた事によって……破滅の夜が明けたと想って良い……」
閣下は顔色をなくして康太を見た
事態は……そこまで切迫していたと言うのか……
「この事態は……人の世にだけに非ず………
天界や魔界、冥府………この地球(ほし)の危機となる」
「………この地球(ほし)の総てを……
飲み込もうと……してるのかい?」
「そうだ……残るか……消えるかの闘いとなる」
「………そうか……だから……あの方は……」
命を落としたんだ………
そんな話を聞いて正気でいられる方が異例なのだ
明日……この地球(ほし)が消える……
なんて聞いて正気を保てる方が……不思議だ
夢物語なら良い…
だが今話しているのは総て現実なのだ
明日……起こるかも知れない真実なのだ
心弱気者なら……破滅を考えただけで……滅する事を選ぶかも知れない
自分の生きている地球(ほし)が消える可能性がある現実
それを直視出来る人間が何人いると言うのか……
考えるだけで……
莫大な闇に囚われそうになる
怖いのだ
自分達が迎えねば明日が……怖いのだ
怖くて……堪らないのだ
破滅の夜が明けた
人の世が狂い出す
人と人が傷つけ合い殺し合う
人を殺すのはやはり人なのだと……
想い知る
壊れて逝く世界を見守る覚悟なんてない
ならば……壊れた世界諸とも……消えよう……
閣下の瞳がそう物語っていた
閣下は康太を真摯な瞳で射抜いて……
「私は倭の国を裏から護る御門の血を与し者
私には見届ける義務がある
どんな状態になろうとも……私は背を向ける事は出来はしないのです
それが……私が存在する意味なのですから。」
閣下としての言葉だった
「なら見届ければ良い
だが、どんな明日を築くかは己次第!
指を咥えて唯見ているしか出来ねぇのは嫌なんだろ?
なら闘えよ!
明日はオレらの一歩先にある!」
逝くのは自分達で
創るのも自分達だ
そして明日を生きるのも自分達次第だと………
心強い言葉を貰って閣下は、闘いの闘志を燃やした
「必ずや、新しい朝を迎えましょう!」
「あぁ、だが今回は相手が悪い‥‥
閣下は創造神が創ったとされる審議管理局なるモノを御存知か?」
「それは知りません」
「その機関に“神が”殲滅されている
実際、天界の大天使カマエルを殲滅してコアを抜いて逝きやがった
時を同じくして冥府の四天王の二柱を葬り去った
天界は天使総出で祈りを捧げて大天使カマエルを創造神から賜る儀式に入った」
初めて耳にする事ばかりだった
混沌の世を乗り越え新しい朝を迎えましょう………
閣下は敢えて言葉にした
だが現実は難局が目白押しと謂う‥‥
康太は笑うと
「それでも逝かねぇとならねぇんだよ!」と口にした
「解っています
人はそんなに弱くないと想いたい
きっと我等は‥‥明日を生きて逝けると信じています」
康太は頷いた
「閣下、家族にオレの知り合いだと紹介します
勘の良い家族は貴方を誰かと……勘づくでしょうが、踏み込む事はしません
なので……この地におられる時は『閣下』でなくても大丈夫です」
「………こんな嬉しい機会を持てるなんて……」
閣下は嬉しそうに笑った
そう言う顔は幼く彼を見させた
「では、家族のいる応接間に逝くとするか」
康太は閣下を客間に通していた
家族は閣下の顔を見れば……何かを察するだろう
だが察しても何も言わない
飛鳥井家真贋が何も言わない事は何も聞かない、何も言わない
康太は立ち上がると榊原に手を差し出した
榊原は康太の手を取った
閣下も康太と共に立ち上がると、御付きの者が周りを護衛した
客間を出て応接間のドアを開けると、流生が康太に抱き着いて来た
「かぁちゃ……ろきょにいたにょ?」
「流生、母ちゃんはお客様を出迎えていたんだよ」
「おきゃくぅ?」
「そうだ。母ちゃんの知り合い閣下だ
ほれ、ご挨拶しろ!」
康太は流生を抱き上げると、閣下に流生を逢わせた
「りゅーちゃれちゅ!よろちく!」
流生の挨拶に微笑み閣下は「宜しく」と挨拶した
康太は流生を閣下に渡した
閣下は恐る恐る流生を受け取り抱っこした
「………柔らかい……」
初めて触れる子供の柔らかさだった
康太は閣下を応接間の中に招き入れると
「オレの知り合いだ
愛称は『閣下』
高貴な顔してるからついた愛称だ!
暫く一緒に過ごすから宜しくな」
家族は閣下の顔を見て、何かを察した
玲香は「我等一族にはない高貴なかんばせ(顔)であるな。」と言い笑った
康太は「オレだって高貴な顔してるじゃねぇかよ?」と言うと、兵藤が
「止めとけ……悲しくなるだけだぞ……」と止めた
康太は「閣下、何処にでも座れば良い!御付きの奴等は母ちゃんと飲めよ!
そんなに二十四時間見張られたら息も抜けねぇだろ?」と言い捨てた
閣下は笑って瑛太の横に座った
「宜しいですか?」
「はい。構いません!
飲みますか?」
そう言い瑛太はビールかウィスキーかブランデーかワインか問い掛けた
「ではビールで」
閣下が言うと瑛太はグラスを渡しビールを注いだ
玲香は御付きの者の首根っこを掴むと横に座らせた
「さぁ飲むとするか!」
玲香が言うと京香が「はい。お義母様」と言い御付きの者にグラスを渡した
「まずはビールからだな!」
御付きの者は肩の力を抜いた
少し遅れて美緒と昭一郎が白馬にやって来ると、すっかり宴会に突入していた
御付きの者は美緒の顔を見て…
「玉響様!」と呟いた
美緒は「それは祖母じゃ!」と一笑に付した
「我は兵藤美緒!
玉響は祖母に当たる
その祖母も鬼籍の人となり、その名を覚えている者がいる事が驚きだわな」
美緒は訝しんだ瞳を康太に向けた
康太は視線だけで閣下を指した
美緒はそれを見て、総てを悟った
「真贋、我等はおらぬ方がよいか?」
美緒は敢えて『真贋』と呼んだ
「構わねぇってば!
オレ等は静養も兼ねて来てるんだ!」
「そうか!なれば玲香、飲み明かそうぞ!」
美緒はご機嫌で玲香の傍に逝った
暫しの安らぎを……
御付きの者も玲香達と仲良く飲み明かしていた
閣下も瑛太や神野達と静かに飲んでいた
閣下のお膝に音弥が近付き「おとたん」と自己紹介した
「どうしたのですか?」
「きゃなちそーなきゃおちてる」
音弥はそう言い閣下の顔に手を伸ばし撫でた
「らいじょうび?」
「大丈夫です
ありがとう…君は母さんに似て優しい」
音弥は嬉しそうに笑って兄弟に振り向いた
兄弟は音弥の傍に逝った
翔は閣下を黙って視ていた
その瞳に閣下は「君は次代の真贋ですか?」と問い掛けた
「あい!ちょうれちゅ!」
「君の瞳に私との関わりは在りましたか?」
「ありまちた……かけゆは、あちゅかいのちんぎゃんれちゅ!」
「そうですか……君も背負うモノが大きいですね」
閣下は翔を見て悲しげに笑った
「れも、かけゆはまけにゃい!
じぇったいに、まけにゃいにょ!」
「そうですか…なら私も負けていられませんね
君と出逢った意味が……解った気がしました
君が前を向き続ける限り、私も前を向いて行きましょう」
「やくちょく?」
「はい。約束しましょう」
閣下が言うと翔は小指を出した
閣下はその小指に自分の小指を巻き付けて『約束』した
そして太陽と大空と烈を見て
「君達は伴侶殿に良く似ておいでだ」と言葉にした
翔は瑛太に酷似して
流生は一生に酷似して
音弥は一条隼人に酷似して
太陽、大空、烈は榊原に酷似していた
それぞれの遺伝子の解る顔をしているが、六人の兄弟はどの兄弟よりも強い絆で結ばれていた
閣下は子供達を撫でながら
「私は……子供に触れた事がないので……
子供がこんなに柔らかな存在だと知りませんでした……」と呟いた
閣下の回りには子供はいない
また己も子供を望めはしない
子供と言う存在事態がない社会で生きていたのだと今更ながらに想う
こんな柔らかな存在を知ってしまったら………
この子達が傷付く明日など作れはしないと想う
だから康太は我が子と逢わせてくれたと言うのだろうか?
儚き存在
この小さき存在のいる世界を護らねばならない義務を感じていた
子供達が眠りに着くと、慎一は一生と二人で部屋へと運んで逝った
閣下は康太に「この様な時間を…ありがとう」と礼を述べた
「この地は結界の中だかんな
誰の瞳も気にする事はねぇ……だから寛がれよ」
「ありがとう…でも自分は……こんな時間を持って良いのでしょうか?」
「昭和の方とは良く上手いのを食ったぜ!
館でだったり、料亭だったり、その時々の旬な料理を食いに逝った
なぁ侍従の者達、子供なオレの前でグビグビ飲んでたよな?」
康太が言うと侍従の者は想い出し笑いをして
「そうでしたね
あの方は本当に珍しいモノ好きで御座いました
テレビで見たモノを炎帝様と共に逝かれるのを楽しみしておいででしたね……」言葉にした
「だからさダメなんて事はねぇんだよ
昭和の方は変装が上手かったぜ!
息抜きは大切だ
凝り固まる方が怖い……
仕来たりや儀礼を気にして息抜き出来ねぇって事は、休まる時間はねぇって事じゃねぇかよ!
上手く付き合って逝くんだよ
何もない世界に自分の空間を作って足跡を遺して逝く作業にも似た時間を持たれると良い」
それが生きる術だと謂われた気がした
閣下は取り繕う自分を棄てる事にした
この地にいる時は………
唯一人の人間でいたい
「それでは飲みましょうか?」
「飛鳥井の家系はザルかうわばみばかりだぜ?
んな奴等と飲もうとする酔狂な奴になると言うのかよ?」
「はい。私もザルなので破れた者同士飲もうじゃありませんか!」
閣下は飛鳥井の家族や榊原の家族、兵藤夫妻も巻き込んで飲み始めた
楽しい夜だった
とても楽しい時間だった
白馬で10日間
のんびり過ごした
康太や榊原、一生、聡一郎、慎一、そして兵藤は忙しく動き回っていたが、家族はそれを見守りつつ過ごしていた
10日目の朝
康太は御祓に入った
裏山の滝に逝き、無心で滝に当たった後に真贋の着物に袖を通した
真贋の着物を着た康太に家族は誰も話し掛けなかった
子供達に至っても……遠巻きに深々と頭を下げて父と母を送り出していた
閣下はその光景を見て、胸を痛めた
子供なのに……
純白の真贋の着物を着た母が出向く光景を見守って送り出しているのだ
甘えたい盛りの子供が……
康太は我が子に「オレの後を追うな!」と告げた
翔が「わかっちぇおりまちゅ!」と答えた
「お前達は巻き込む訳にはいかねぇからな……」
「あい!きをちゅけて……かあちゃ……とぅちゃ…」
翔は祈る様に言葉にした
流生は握り拳を握り締め……歯を食いしばって
「きをちゅけて……」と言葉にした
康太は我が子には触れなかった
御祓をした後に触れれば……今日の儀式は無駄になるからだ
振り切る様に背を向けると、榊原が我が子を抱き寄せ
「お留守番していて下さいね……
必ず帰って来ます
君達の所へ必ず帰って来ます」と誓う様に言葉にした
駐車場の方から真島の姿が見えると
「中へ……母ちゃん……頼む」と母、玲香に頼んだ
玲香は子供達を家の中へと入れると、深々と頭を下げた
その唇は………ご無事で……と呟き……頭を下げた
康太はそれを横目で見届け、背を向けた
真島は康太との約束通り蘆谷貴章を連れて来た
少し遅れて住良木 晴充が息子の晴葵を連れてやって来た
康太が「晴充!」と呼ぶと晴充は「真贋…お約束通り……参りました」と告げた
康太は頷き、真島に声を掛けた
「真島もご苦労だったな」
真島は「いいえ。俺は貴方の駒だと自負しておりますから!」と笑った
康太は貴章を視た
「蘆谷貴章…時が来た
この戦いは蘆谷の悲願なのではないのか?」
なれば何故一族の者はいないのだと……暗に問い掛けた
「この戦いは我等当人の戦いで終わらせるつもりです
一族は関係ない……此処に置いて一族うんぬんと申す程に……俺は道化ではないつもりだ」
「ならば心置きなく決着を着けろ!」
「決着は着ける
だけど闘いに関係のない存在にはご遠慮を願おうか」
貴章は閣下を見て、そう言った
閣下は蘆谷貴章を見て
「私はこの倭の国を裏から支える存在
貴殿達の決着を見届ける見届け人となるつもりです」とキッパリ言い切った
「見届け人?………此の方は?」
貴章は康太に問うた
「蘆谷貴章、お前はこの顔を見ても………オレに説明を求めるのか?」
閣下の顔は倭の国を象徴する血筋を想わせた
「………見届け人に御座いますか?
その心意は……いか程に?」
「何時の世も政治の影に泣いた存在はいる
御門の血を与し御方が見届けるのは筋ではないか?………と言う事だ」
貴章は、御門の……と呟き
「それではお見届け下さい」と口にした
康太は晴充に「其方も依存はないな?」と問い掛けた
晴充は「はい。御座いません」とキッパリ答えた
康太はそれを見届けて歩き始めた
「お前達の戦いの場は、この山の中腹にある
総結界を張って、この世界に影響のないステージを用意した
後はお前達が遺恨を遺す事なくケリを着ければ良いだけだ」
総ては用意してやった
後は煮るなり焼くなり好きにしろと、言い捨てた
源右衛門の館を山の方に歩いていくと、舗装された道はなくなり、段々険しい獣道と変わって逝った
道なき道を歩いていくと、開けた場所が出て来た
その場所には一生を始めとする康太の仲間が待っていた
兵藤は「待ち草臥れたぜ!」と文句を言った
「悪い……時間の指定は忘れてたかんな……
到着を待つしかなかったんだよ……」
普通、約束するなら何月何日、何時に待ち合わせ場所に来てくれ……と約束するものだろうが……
康太らしくて兵藤は笑った
「お待ちかねの方達がおみえだ……んとにお前は大変な御方を呼び出すなよ……」
兵藤が視線を促した先には黒龍と素戔男 尊が立っていた
彼等は魔界の見届け人として姿を現してした
「叔父上が来てくれるとは思わなかった」
康太は素戔男 尊の傍まで逝って声を掛けた
「閻魔が人の世に逝くと言うのを聞き付けた建御雷神が、閻魔じゃなく自分が逝くと強引に我を道連れにしたのじゃ
まぁ我も人の世は一度は目にせねばと想っておったからな良い機会であった」
ガハハハッと笑われて、康太は父者を探した
建御雷神は一生に酒を注いで貰って、ご機嫌に飲んでいた
「父者……」
「赤いのもっと注ぐがよい!」
ご機嫌な建御雷神は一生にもっと注げと注文していた
そして康太の姿を見つけると立上がり
「おー!炎帝!愛する我が息子よ」
と抱き締めた
「父者が人の世に来るなんて……想わなかったな」
まさかの建御雷神の登場に康太は口にした
魔界の絶対的存在
天魔戦争の覇者として君臨する建御雷神が、人の世にいる事事態、信じられない出来事だった
「そうか?だが我は人の世に来るのは始めてではない」
そんな事は聞いた事なかった
「父者は人の世に来た事あるのか?」
「ある……幾度となく人の世に来て……
お主を見ていた……
人の世の時間の流れは早い………
幾度生まれ変わろうとも、我は我が子を見守り続けると決めたのじゃ!
だからお前が生まれ変わるたびに人の世に来て……お主を見ておった」
父の愛だった
愛する我が子を見る為に建御雷神は幾度となく人の世に来ていたと言うのだ
「………父者……」
建御雷神は泣きそうな顔をした康太の頬に手を当てると
「そんな顔をするでない
何時の世にいてもお主は我の子に変わりないだけの事であろうて!」
「今日は………兄者に変わって見届けに来てくれたのかよ?」
「閻魔ばかり逝くのは不公平だと駄々を捏ねたら、快く変わってくれた」
困り果てた兄の顔が目に浮かぶ
「では、確と見届けて下さい
他意は在ろうとも、この世に翻弄された魂の決着を……」
「嗚呼、確と見届けさせて戴く!」
康太は建御雷神の声を聞いて深々と頭を下げた
そして姿勢を正すと蘆谷貴章と住良木晴葵の方へと向き直った
「此より幾千と続いた遺恨の決着を着ける
お前達は何時の世も啀み合い競い合った
同じ時代に…陰陽師が二人……それが総ての間違いであったかの様に、お前達は同じステージに立たされ競わされた
それが本意であろうが不本意であろうが、二人が生きてきた歳月に遺恨が残ったのは確かだ
だが、それら統べて今世で終わらせようぜ!
この地でケリを着けて終わりにしようじゃねぇか?」
貴章の顔を見ながら康太はそう言った
全面的に敵愾心を持って挑発していたナリは潜め……今は終わる事を望んでいる顔をしていた
誰よりも終わりたかったのか………蘆谷貴章……その人だと康太は想った
榊原は二人の間に立つと
「君達の闘いの見届け人をご紹介致します」
と言うと紹介を始めた
「魔界から素戔男 尊、建御雷神、そして十二支天」
何時の間に来たのか、素戔男 尊と建御雷神の横に十二人の神の装束を着た者達が立っていた
「閻魔大魔王の書記、司命、司録、此の方達には御二人の決着を閻魔大魔王に御報告する為に同席をお願い致しました
そして我が妻炎帝と我等四神、そして四龍が総てを見届けさせて戴きます。」
青龍の右横には炎帝が立っていた
炎帝の横には朱雀、玄武、白虎ら四神が立っていた
そして青龍の隣には黒龍、赤龍、青龍、地龍の四龍の兄弟が立っていた
「君達を見届ける為にお越し下さいました方々です
そして……倭の国から御門の血を与し御方が見届け人として名乗りを挙げて下さいました
我等は永きに渡った貴殿達の闘いの終焉を見届ける所存です
さぁ永きに渡る遺恨を清算する時が来ました
御自分達の闘いで決着を着けて下さい」
榊原が見届け人を紹介すると、晴葵と貴章は深々と頭を下げた
十二支天が一柱、毘沙門天が一歩前に出ると
「この空間はどんな妖術を使っても破る事は出来ぬ空間故、好きに闘うが良い!」といい闘いの火蓋を切って落とした
……………が、二人は向かい合っているだけで……闘うとはしなかった
晴葵は「君が……何時の世も苦渋を飲まされている事は知っていた………
君を……追いやったのは私だ……
君の好きに……私は抵抗する気はない」と告げた
「安倍晴明……お前は何時も我の前にいた
何時も競わされ闘うしか道はなかった
そんなお前と……決着を着けろと謂われても……
この世はあの時とは違う……
そして無垢な命が失われた
我等一族は安倍晴明を憎むしか生き逝く術はなかったにても……
罪なき命を奪ったのには変わりはない
安倍晴明……お前も反魂であるなら……我も反魂で産み出されし存在……
我は安倍殿……貴殿に消されて体躯を持ち主に総てを返したいと想っている……」
その言葉を聞いた晴葵は
「何勝手な事を言ってるんですか!」と怒った
「私だって貴方に消されて本来の持ち主に体躯を返す事を望んで来ているのです!
お互い本体から出て精神だけで闘っては如何ですか?と言おうとしていたのに……」
「安部殿、精神だけで闘っても持ち主に体躯を返せるかは解らないそうです
我等が消えた後…中身のない傀儡になるのだけは避けねばと想っています」
「何か方法を考えてますか?」
互いだけ消し去る方法を知っているかと晴葵は問い掛けた
「知っていたなら、この方法でお願い致す!と申し出ております……」
「そうであったか……しかし困り申した……
このままでは埒があかないではないですか!」
晴葵が怒ると貴章は困った顔で
「安倍殿、貴殿は我よりも高名な陰陽師ではないですか!」
「それは買い被りすぎです!
貴方と私は力は互角ではないですか!
今までの闘いは私が少しだけ運を利用出来ただけに過ぎない……」
「………安倍殿……運とか言われると我が運のない人間みたいでは御座らぬか!
そりゃ……運はなかったで御座るけど……力が及ばぬと想っておった我の根底を覆すのは止めて戴きたい!」
「………それは済まなかった……
ならば……私は鬼だから……と言おうか?
鬼の力を使えたからこそ貴殿より少しだけ勝っていた……」
「なら今、その鬼の力を駆使して我を消しては下さらぬか?」
「………反魂で生まれ変わった私には鬼の力は継承されてはいません
本来鬼の力は生れた瞬間に受け継がれる力なのです
住良木晴葵として生れたてこの体躯には鬼の力は継承されてはいない……
そもそも鬼の継承は『安部』の姓を持つ長兄にだけ与えられた力
『安倍』の姓を棄てたこの一族には継承はされてはおらぬのが現状」
晴充は驚愕の瞳で息子を見ていた
我等一族は政治的策略に翻弄されるのを嫌って『安倍』の姓を棄てた
以後、力を持った子供は望めなくなった
安倍晴明から引き継ぎし妖怪の管理も年々難しくなって来た
それらの原因の総てが………名を棄てたからだと言うのか……
晴充が呆然自失になっていると康太が横に立った
「晴充、名は姓を現す
お前達が安倍晴明から名を引き継いでいたとしても、お前達は姓を棄てた
安部の姓が引き継ぐ権利を放棄も同然だと言う事だ
前世のオレはお前ら一族に言った筈だ
『姓を捨てれば引き継がれる力はなくなるぞ?』と。
それでも第一線に立って翻弄される事を拒んだお前達は姓を棄てた
安倍晴明は鬼だった
鬼だからこそ妖怪を従わせ自在に操る事も可能だった
まるで式紙を操る如く妖怪を操り従わせた
それは安倍晴明として生きているから出来る所業だ
安倍の姓を棄てた今、幾ら反魂で甦らせたとしても晴明は本来の力は出ない筈だ
それはお前達が安倍を棄てたからだ
捨てておきながら結局は安倍晴明に頼る
人を翻弄するのも大概にしろよ!とオレは言いてぇ……お前は罪を作った
その瞳に刻み付けろ……」
晴充は「はい。はい……」と何度も頷いて泣いていた
罪の自覚なら誰よりもある
我が子を傀儡にした自覚はある
それでも……代々護って来たモノを手放す事は出来なくて縋り着いてしまうしかなかった
晴充は視界を揺らしながらも、確りとその瞳に我が子を見続けた
康太の横に兵藤が来ると「これは決着つかねぇぞ」とボソッと告げた
「だな……父者や叔父上まで呼び出し……四神に四龍も見届け人として名を連ねてくれてるのに、決着つきませんでした………はねぇよな?」
「司命、司録も何も書かずに魔界には還らねぇだろうしな……」
「だよな…司録は怒るとタチの悪い性格してるからな……決着着かないから二人とも消し去って差し上げます!とか言いそうだな」
司命より司録の方が性格が良くない
普段は頼りになる兄貴タイプで温厚な雰囲気だが、焦らされるのは大層嫌いで、イラッとすると纏めて消し去るタイプだった
「お前の回りにいるのって……こんなんばっかりだな」
主以外はどうでもいい!
そんなタイプばかりだと兵藤はボヤいた
「ならお前もその仲間入りになるぞ?
それともオレから離れる良い機会って事か?」
ブチッと忍耐の切れる音が聞こえる程に兵藤は怒っていた
「仲間入りで良いよ!
離れる気ねぇから……知ってて言うのはこの口か?」
兵藤は康太の口を掴むと引っ張った
「………っ……ひたい……」
康太は榊原に瞳を向けて助けを求めた
榊原は兵藤の手を離すと、康太を抱き締めた
「貴史……僕の奥さんの唇がアヒルみたいなります」
「でも今のは康太が悪いぞ?」
「ですね、康太、貴史に謝りなさい」
榊原が取り成すと康太は、チェッと舌打ちした
「だって貴史が先に言ったんじゃねぇかよ?」
「それでも知ってて言ったのは君でしょ?」
「………貴史……悪かった……」
不本意そうに言うと兵藤は笑った
「さてと司録がキレる前に動くぞ」
「だな!…でもどうするよ?」
どうする……と言われても困った顔で互いを見合わせた
そこへ閣下が立ちあがり康太と兵藤に近寄って来た
「少し宜しいですか?」
声をかけられ康太は「はい。何ですか?」と問い掛けた
「このままでは決着は無理でしょう?」
「ですね」
「ならば妖術で互いを闘わせては如何ですか?」
「それしか決着が着かないのであれば……仕方ありませんね
毘沙門天、妖術で決着を着ける様に告知してくれ!
このままじゃ何年経っても決着は無理だかんな」
康太が言うと毘沙門天が「承知した!」と告げ、二人の前に立った
「安倍晴明、蘆谷道満、お前達は悠久の時を経て決着を着ける為にこの地に来たのであろう!
なれば互いの妖術で決着を着けろ!
さぁ始めろ!遺恨は遺す事なく総ての力を懸けて闘うが良い
それが見届けに来てくれた御方に報いる術となる」
晴葵は「承知した」と告げ式神を出した
貴章は式神として妖獣を具現化して出した
真っ白な体躯に9本の尾を持つ狐を呼び出した
晴葵の式神は一反もんめんみたいな防御の式だった
貴章と晴葵が睨み合いをする中、式神同士が闘っていた
貴章は「式鬼神を召喚なされよ!貴殿の式鬼神は鬼で有り申したな」と晴葵に告げた
晴葵は「今の私には鬼は召喚は無理です……」と抵抗した
「いや……今も貴殿の傍に仕える鬼は顕在であろう……さぁ式鬼神(しきがみ)を出されよ
でなければ決着は着かぬ
負けてくれる為に出さないと言うのは無しでお願い致す」
「では呪文を唱えてみます」
晴葵は懐かしき呪文を唱えた
すると目の前に………鬼が姿を現した
悠久の昔から一緒に闘った同士だった
『久方ぶりだな晴明』
鬼は晴葵を見てそう言った
「久しぶり…呼び出して直ぐで悪いけど……
あの狐を倒して欲しいんだ」
鬼は『承知した』と言うと九尾の狐に飛び掛かって逝った
火花を散らす攻防戦が目の前で繰り広げられた
一歩も引けを取らない闘いだった
九尾の狐は軽やかに交わして、術を唱え
鬼は力で狐を捩じ伏せようと向かって逝った
力を使う二人は手を抜く事なく式に力を送り込んでいた
素戔男 尊は建御雷神に
「これ程に力を持つ人間が同じ時代に産まれた……と言う事実に詮索せずにはおられぬな」と互角の闘いを見てそう言った
建御雷神も「時が違えば……競い合う事などなかったのには……これは偶然……などと片付けられる事態ではないな」と応えた
それを思っていたのは素戔男 尊と建御雷神だけではなかった
四神は九尾の狐がただの式神だとは想えなかった
九尾の狐の力は凄まじく、式神レベルの力ではなかった
これ程までに威力の持つ式神を呼び出せると言う事は、その力……神にも匹敵する持ち主だと認めさせたも同然だった
しかも安倍晴明が呼び出した式鬼神
この平安の世に安倍晴明に仕えし式鬼神に、一同固唾を飲み込んだ
安倍晴明が呼び出した式鬼神は一般的に知られる半裸で虎柄パンツをはいている赤だとか青だとかの鬼ではなく、銀髪に赤い瞳で透き通る程に色の白い男が真っ白な着物を着て召喚されていた
康太は「………あれが……鬼?」と呟いた
素戔男 尊は康太の呟きに
「鬼とは架空の生き物で人間がおどろおどろしく描いた存在なのじゃ
だからこの世に赤鬼も青鬼も存在などしてはおらぬ……
地獄還りの輩が地獄の門番を描いた所、それが広まり恐ろしく脚色したのが今現在の鬼と呼んでいる存在だ
本来、『御仁(おに)』と謂われる存在は、異形の者を指していた
倭の国にとって見た事もない異国の血を持つ存在
それを御仁と呼び調伏したのが始まりだと謂われておる」
と、それは詳しく説明した
「叔父上はどうしてそうも詳しいんだよ?」
人の世で暮らしていたが、そこまでの事情は知らなかった
「地獄の門を潜った人間を蹴り飛ばし生き返らせた事がある……
その者は……まだ来るべきではなかったからの
その者が意識が戻って描いたのが後に鬼と呼ばれる絵だった
それが脚色され各地に根付いて広まった
と謂うのが事の顛末だから誰よりも詳しく説明出来ると言うものじゃ!」
「叔父上は……この勝負、どちらが勝つと想う?」
「安倍晴明であろうと想う」
「理由は?」
「式神を遣うと言う事はかなりの体力の消耗が激しい
蘆谷道満は既に息が切れておる
安倍晴明は……御仁だけあって、息をするかの如く式神を動かしておる
後数刻で決着は着くであろう」
蘆谷貴章は全力を式神に注ぎ込み、尽きるのも時間の問題に見えた
…………なのに九尾の狐が放った術を式鬼神がまともに食らい、安倍晴明の式鬼神は消えた
そして住良木春葵が血反吐を吐いて倒れた
「勝負は……着きました……」
春葵が言うと兵藤が前に出て
「お前さぁわざと負けるのは感心しねぇな」と言い放った
「………わざとでは……」
御座いません……と言う言葉を飲み込んだ
「おめぇの命は朱雀の手にある!
おめぇは死ぬ気だったかも知れねぇが
おめぇはまだ死ねねぇぜ?」
兵藤が言うと春葵は驚愕の瞳を兵藤に向けた
「俺等は決着を着けろと言った筈だ
なのにお前はその闘いを愚弄してわざと負けようとした」
「………すみませんでした……
これ以上……式鬼神を酷使したくなかったのと…やはり終わりたかったのです……」
終わって……無になり……何もなき者になる
それだけ夢見て生きて来たのだ……
これ以上の生など要らない……
蘆谷貴章は春葵を見て笑っていた
「何時の世も……あなたは……我を生かそうとするのだな……
あなたが下手な情けをかけるから……我は惨めに流されて生きるしかなかった……
あなたがあの時……我を殺していてくれたら……
幾度も想った事か………
なのに………あなたはまた我を生かそうと謂うのか………
だが今回ばかりは……あなたの望み通りにはいきそうも………っ……グハッ……ぅ……」
貴章はそう言うと血を吐いて倒れた
康太は倒れた貴章の頭に手を差し込み……起こした
「限界を超えたな……」
限界を超えれば、その魂を燃やして寿命も体躯も限界を尽きてしまう事を知っていて……
それをやったと言うのか?
「真贋……この世に二人の陰陽師は必要はない
そう謂われて常に競わされ生きて参りました
だが…………何時も想っていました……
競わなくても良い関係だったら……友達になれたかなって……
笑って語りたいと想っていました……」
貴章は苦しそうに康太に話した
口からは止めどなく血が溢れだし、康太は話すのを止めた
それでも貴章は清清しい顔で笑っていた
「この命も体躯も……貴章に返してやれなかった
それだけが心残りですが……
もう疲れました…憎しむのも…競うのも……」
「貴章……嫌、蘆谷道満……限界超えれば体躯が持たないのを知っててやったな」
「もう終わりたいのです……終わらせて下さい」
貴章の訴えを康太は「それは無理だな」とあっさり一蹴した
「え?……まだ我に生きろと申されるのか?」
「毘沙門天、治癒を!
菩提寺の姫巫女が力を送ってくれている」
康太が言うと毘沙門天は貴章の傍に行き、貴章の体躯に手を翳した
体躯が治癒されて逝くのが解る……
貴章は絶望の瞳を康太に向けた
「………終われないのですね……」
「んなに死に急ぐな貴章
お前の命は人と同じ100になる前には尽きる
お前の命が尽きた後は魂の管理委員会の管理の元眠りに着く事になるだろう
今度は同じ時代に同じ力の者がいない様に管理され生を成す事となる」
「………我を生かす理由をお聞かせ下さい」
「それはな貴章、これより人の世は混沌の時代が来るんだよ!
混沌の夜が明けた世界は……この地球(ほし)の滅亡へと導くだろう
だけどオレ達はそんな事は受け入れる気はねぇ!
力を併せて抗い阻止するんだよ!
それには一人でも多い力持ちの存在が必要となる
お前等の他にも反魂で甦らされた奴等はいるんだよ
そいつ等は時期ではないと眠りについたけど、叩き起こし、これより来る災厄の為に闘って貰う
背中を押されたら核爆弾のスイッチを押され、世界は破滅に向かうしかない……なんてのを阻止する為に抗うんだよ!
だからお前等は死なせねぇ!
倭の国には……この蒼い地球(ほし)は絶対に消滅させたりなんかしねぇ!
その為に力を持っている存在には動いて貰わねぇと力が足らねぇんだよ」
地球が消滅する?
そんな事がこれから起きると謂うのか?
そんな夢物語みたいな事態に突入すると謂うのか?
「蕩滅呪法を遣う……それしかこの地球は守れそうもねぇからな……」
「蕩滅(とうめつ)………と申しますと?」
「相殺以上の力を持って混沌の世を迎え撃つって事だ
力には力をもって!
魔術には魔術をもって!
この蒼い地球(ほし)を護る為に力を合わせるんだよ!
一人だと弱い力も束になれば強靭な力を発揮でる
お前もその駒の一人だと謂う事だ
勝手に命を断つ事は禁止する
お前は貴章に託された筈じゃねぇのか?
父を頼みますって謂われなかったか?」
貴章の言葉を思い出し……胸の中に想いが溢れる
康太には貴章の心の変化が詠めていた
だから生きる使命を与える
命を繋ぐ明日を与えた
「蘆谷貴章、おめぇの式神は九尾の狐なんだな
お前は狐使いなのか?」
「狐だけでは御座りません」
貴章はそう言うと懐から式神を取り出し、ふぅーっと息を吹き掛けた
すると式神がコンクリートの壁の様な姿を現した
春葵はその式神を見て「ぬりかべ……」と呟いた
「………古来より多くの契約をしているから妖魔を呼び出せるだけです」
貴章が言うと春葵は
「遥か昔からあなたが出す式神は狐……でした…
そんなに色んな妖魔が出せるなら……何故出さなかったのですか?」
そしたら……道は変わって来たかも知れないのに……
「本当は……どの式神も闘わせたくはなかった……
だけど命がなくなるばかりか……一族の者まで根絶やしにされると謂うから闘うしかなかった
管狐と九尾の狐は契約を交わした時に、共に逝ってくれると約束した
そして我の為に……共に果てる覚悟で出てくれただけの事……
だから(他は)出さなかった……」
貴章は静かに語った
共に逝くと約束した妖魔と共に果てる覚悟だったのだろう……
それなのに何時も何時も……安倍晴明は蘆谷道満を生かし続けた……
命を断つ事も許さず……生きろと送り出していた
その道が棘の道だとしても……
生きて欲しいと願ったのだ
康太は貴章にふと想った事を尋ねた
「貴章」
「はい。」
「おめぇさ妖怪を調伏出来るんだよな?」
「はい……ある程度の妖怪なら……」
「蘆谷の一族は憎しみに囚われて……過去しか目を向けちゃいねぇ
近くにいるお前は良く解っているよな?」
「はい。あの一族は憎む事でしか……生きる糧を得れないのでしょうね……」
「もう長きに渡った憎しみに決着を着けようぜ?」
「はい。……僕は決着を着ける為にこの地にいるのです」
だからもう終わらせてくれ……
貴章は叫びたい想いを堪えて、唇を噛み締めた
「蘆谷の一族の者は黙らせてやる!
お前の親父とは既に話がついている
お前の親父は蘆谷の一族を解体した
この闘いで蘆谷道満は消えて、何も持たぬ息子が還って来たのだから……
一縷の望みさえ断たれたと謂う事になる」
「………父さんは……総て知っていると謂うのですか?」
「あぁ、総て理解してお前を送り出している
そしてその後、蘆谷の一族を解体した
十二支天が同行して一族の解体を手伝ってくれた
十二支天はそれを見届けてから、この地に飛んで来てくれている
お前の親父は蘆谷の家を売り払い、オレが用意してやった家に引っ越している頃だ
煩かった一族の者も『神』が出て来たら何も言えず去るしかなかったけどな!
でもスッキリ一族は解体され、もう担ぎ上げる存在はいなくなった
これからの人生は貴章の分も親孝行してやってくれ!」
貴章は唖然として、事が飲み込めなかった
父は総てを知っている?
知っていて真島が迎えに来た時送り出してくれたと謂うのか?
貴章は視界が揺れるのを感じて、天を仰いだ
父さん……僕は……貴方の子供でいて良いのですか?
康太は「晴充!」と春葵の父を呼んだ
晴充は康太の傍に逝くと、康太の前に傅ずいた
「晴充、此処に妖怪を使える奴が現れた
共闘して共に逝くが良い」
「はい……ありがとうございました」
「お前達は名を『安倍』元に戻せ
そして安倍の姓を捨てた一族を切り捨てろ
安倍晴明の意思を継いで妖怪達を護りたいのであろう?
なれば本来の目的を忘れるな!
妖怪を滅ぼすってなんなら何も言わねぇが、違うなら動き出せ!」
「はい!………はい。貴方の導きの通りに……我等は逝きます……」
「晴充、蘆谷貴章だ!
妖怪の里を移転させ、管理の手伝いをしてくれる」
「………え………宜しいのですか?」
「お前達は啀み合う必要はなくなった
なれば共に逝くが良い
同じ力を持つ者同士、助け合い生きてみてはどうだ?」
「………許されるなら……共に……生きたかった…
晴明が……黄泉に旅立たれる時に遺した言葉に御座います
あの方も…闘い合わねばならぬ現状を苦しく思っておいででした……
今世で……その願いが叶うのでしたら……私は何をおいても晴明の意思を尊重致します
あぁ……長きに渡った闘いは……やっと終わりを迎えられたのですね」
晴充はそう言い目元を拭った
康太は貴章の前に立つと
「蘆谷貴章、お前は父と共に妖怪を世話して暮らすが良い
お前の父は………そんなに長くはない……」
「………え?………それはどう謂う……」
「お前の父は…我が子を愛していた
蘆谷道満を呼び出す器にしたのは……既に命の灯火が消えかかっていた我が子を永らえさせる為でもあった……
我が子に痛みや苦痛を与えるのだから、自分も罪を背負わねばならない……とお前に自分の寿命を分け与えた…
お前が成人したのを見届けたら……逝く様に……その命を削ったんだよ
だから……後数年もしたら……」
康太は言葉を濁した
だが最後まで謂わずとも伝わっていた
「……父さん……何故……」
貴章は泣いていた
「親だからな……親なれば我が子を想わない筈などねぇだろ!
我が子が一分一秒でも長く生きられると謂うのなら……自分の命を擲ってでも助けたいと想うのが親なんだよ!
蘆谷道満の歹で出来た体躯であろうとも、その身は蘆谷貴章として生きている……
誰よりも愛すべき我が子なんだよ!
お前の父親の総てはお前自身なんだよ
歹が違っていたとしても……お前はお前だろ?」
「………父さんに……僕の寿命を返すので……
父さんとの命を奪わないで下さい」
「運命なんだよ貴章
お前は蘆谷貴章
それ以外にはならなくて良い
お前の奥深くに眠る奴だってそれを望んでいる
だから生きろ!
明日を生きろ!
安倍晴明が遺した妖怪の里を護る手助けをして共に生きて逝け
それが蘆谷道満の望みでもある
蘆谷道満の望みは一つだったろ?
時代が違えば争わなくても良かったのだろうか?
何時か……笑って共に逝ける時が来たら…それだったろ?
なれば今はその時が来たと謂う事だ受け入れろ!」
貴章は泣いていた
その時を……ずっと望んでいた
時代が違ったら……そう想わなかった時はなかった
今、長かった闘いが終わった
もう啀み合わなくても良いと謂われても……
どうして良いか……解らなかった
そして何より……自分が存在しているから父親の命が削られていたなんて……知らなかった
康太は貴章に「人は死ぬものだ貴章」と声をかけた
貴章は「え?」と思いがけない言葉に驚いた瞳を向けた
「だが命は尽きたら終わりじゃねぇ
尽きた時から輪廻の道は開かれて始まりへと向かう
そうして人は幾世も生を成し、終わりを迎える
終わりで始まりなんだよ貴章
人は繋がり先へと進む
縁(えん)を繋いで縁(えにし)を結ぶ
何時か…お前達は出逢えるさ
それが人だろ?貴章」
「真贋……」
「親がいなきゃ親孝行は出来ねぇんだぜ?
お前には親がいるじゃねぇか!
そこから始めて逝けば良い……違うか?」
「……そんな簡単で……」
良いのですか?と言う言葉は飲み込んだ
まだ混乱している
終わらせる為に……悪意を向いたのに……こんな簡単に許されて良いのか?
解らなかった
始めて良いと謂われても……
身動きとれないでいた
「オレは幾度転生しても30代に命が尽きていた
力を遣う者の宿命だ……ましてや飛鳥井の真贋は毒を食らう
その毒が全身に蔓延して……体躯を蝕む
そうしてオレは幾度も死んで転生を繰り返した
伴侶はオレと魂を結んでいるから、オレの命が尽きる時……共に逝ってくれた
何度も何度も……
愛する男はオレの為に……その命を共にしてくれた
そうして今オレ達は共にいる
オレ達はやり残した事も沢山あった
なのに逝かねばならない人間の気持ちが解るか?
今世も……多分オレは長生きは出来ねぇ……
オレには6人の子供がいる
我が子を遺して逝かねばならねぇ親の気持ちが……お前に解るか?
逝かねばならねぇから……時間は大切なんだよ
共にいる時間を刻む為に生きるんだよ
生きる長さじゃねぇ……共に逝く時間や絆、そして密度だ
後悔なく生きろ貴章
一緒にいられる時間を大切にしてやれ……」
貴章は泣いていた
年相応の顔をして泣いていた
康太は兵藤を見た
兵藤は貴章の前に出ると
「お前達の命は朱雀が預かろう」と申し出た
春葵と貴章は頷いた
司命と司録はにこやかに笑うと
「誠、見事な采配でした」
「我が主、無血で解決なさとは流石に御座います」
と主バカを発揮していた
司命は「今後、運命に翻弄される者がなき様に一層の管理が必要だと閻魔に申しておきましょう」と、運命に翻弄された安倍晴明と蘆谷道満を記すと約束した
司録も「我等、一層の精進と管理を心がける教訓にすべきだと閻魔に注進しておこう」と管理体制の強化と見直しを口にした
総てを見届けた素戔男 尊と建御雷神は立ち上り深々と頭を下げた
素戔男 尊は「総て見届けさせて戴いた……我等は人の運命を預かる者としてより一層の管理体制は必要であろう……
すまなかったな……お前達を同じ時代に下ろしてしまった事を申し訳なく思う……」と謝罪を口にした
建御雷神も「時代が違えば…競い合う事などなかった筈だ…
力に差があれば…競い合う事などなかった筈だ
総ての歯車が狂ったまま回りだしていた……
止めてやれず…本当に申し訳なかった」と深々と頭を下げた
貴章と春葵は「お止め下さい」と頭を下げる神を止めた
総てを見届けていた十二支天が一柱、帝釈天が「総ては炎帝、貴方の敷かれた軌道に乗りましたか?」と尋ねた
康太はニコッと笑って
「あぁ、総ての軌道修正がなされた!」と言葉にした
梵天が「なれば……この世は先へと進めますね?」と柔和な笑みを浮かべ
「あぁ…この者達は自分の中の歹を受け入れ、運命を受け入れた
共に逝く仲間を見付けた、もう大丈夫だ」
毘沙門天が「なれば大丈夫だな」と言葉にした
「あぁ、もう大丈夫だ」
「なれば共に……炎帝……」
毘沙門天は炎帝の前に傅くと、炎帝の手を取り、手の甲に口吻けを落とした
「共に逝こうぜ十二支天!
まだまだお前達を楽にはさせねぇけどな!」
「んな意地悪を謂うでない…」
「オレは週末に横浜に還る
そしたら本格的に動くかんな
その時は共に動いてくれ!」
「謂われてなくても共に逝く
ではまたお前んちに飯を食いに逝く」
「おう!何時でも来いよ!」
毘沙門天は立ち上り炎帝を抱き締めると、十二支天と共に消えた
素戔男 尊と建御雷神も見届ける大義を終えて……胸を撫で下ろしつつも気が抜けない現状を炎帝に告げた
建御雷神は愛する息子 炎帝の頬を撫で
「総て見届けた……我等は還る」と告げた
「父者、悪かったな」
「………炎帝、この先我等はどう動いたらよいのじゃ?
どんな状況になろうとも、我等は精一杯出来る限りの事を尽くす
だが前代未聞の終末を迎えるやも知れぬ事態をどう闘ったらよいものか……見えはせぬのじゃ…
雷帝は今にも倒れそうじゃ……
そうしたら……お前がいない魔界をどうしたらよいと謂うのじゃ?」
建御雷神は少し気弱に…そう言った
兄者の衰弱ぶりは釈迦が精霊を寄越し伝え聞いていた
黒龍が毎夜愚痴を謂いに弟の前に現れて知っていた
他にも不安に思う者が炎帝の前に進言する為に現れて来たから知っていた
トドメは八仙から『アレを人の世の久遠に見せるがよい』とまで言って来た事だ
康太は苦笑して
「父者、近いうちに兄者を飛鳥井の家まで来させてくれねぇか?
そしたら久遠に兄者の様態を見て貰うつもりだ」
と告げた
「神の癖に弱りおってからに……」
情けないと建御雷神は口にした
「仕方ねぇよ父者
オレら神と謂われる存在は完全無欠じゃねぇ
人と違うのは長生き出来る寿命と少しの力だ
その力だって万物を変えれる力がある訳じゃねぇ
天魔戦争で治癒の神が消えて以来、我等の不老不死はなくなった……」
「……炎帝……」
「兄者は色々と考えすぎるんだよ」
「否定は出来ぬな」
「兄者に母者の様な強さがあれば良いのにな
父者の様な豪傑さがあれば良かったのに…
あんであぁも繊細なんかな?」
「炎帝、我もほら繊細だからのぉ故に似るのじゃ!
なんたって親子だからのぉ!」
「それ兄者に謂うと嫌がるかもな…」
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