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第40話 杜絶
龍は神通力を使う時、天地の気候を乱してしまう事がある
大地の気は乱れ雨雲を呼び、雷雲を呼ぶ
強風を連れて来て大地は荒れ狂う
榊原が神通力を使えば使う程に乱気流はサザンドゥーク共和国の上に集まって来る
榊原は天候を元に戻す為に龍になる事を康太に告げた
「康太、空を飛んできます
少し神通力を使いすぎたみたいです
大地の気が乱れてしまいました」
「オレも逝く
青龍の頭に乗って良いか?」
「良いですよ
でも濡れてしまいますよ?」
「良い、お前と離れたくないんだ……
離れたなら……怖くて息も出来なくなりそうだ……
まだお前を失った恐怖から抜け出せねぇんだ……」
「僕も君から離れたくはありません
一緒に空を飛びましょう」
榊原は康太の手を取ると病室を後にした
屋上へ行き龍に姿を変えると頭を差し出した
康太は青龍の頭に乗り髭を掴んだ
「掴まってて下さい」
青龍はそう言うと上昇を始めた
雨雲の上に顔を突き出すと、そこは目映いばかりの晴天だった
雲の下はハリケーンばりの天気で、雲の上は砂漠と特有のカラッとした湿気のない天候だった
青龍が天気を狂わしているのが伺えれた
青龍は雨雲を蹴散らし、雷雲を吹き飛ばした
あっという間にサザンドゥーク共和国の空の上に掛かっていた分厚い雨雲は蹴散らされ、晴れ間が広まった
雨雲が完全にいなくなるのを確かめて、榊原は屋上の上に康太を下ろした
そして自分も人に姿を変えた
二人ともビッショリと濡れて濡れ鼠になっていた
「大丈夫ですか?康太」
「大丈夫だ伊織
オレ、龍の神通力が天候を変えてしまうって初めて知った」
「龍は天気と一体ですからね
力を使えば気流が乱れます
我等龍族は気流に乗って何処へでも逝ける
それは気流を自在に操れるからです
当然天気も操れるのです
まぁ神通力の場合、操ると謂うより……操作不能な所まで力を吐き出すと謂う感じなのでコントロールは効きません」
「でも楽しかったな
やはり青龍に乗せて貰って飛ぶのが一番好きだ
お前を愛してる
どんなお前もオレには一番愛せる姿なんだ
だから……オレを置いて逝くな……
オレは……お前のいねぇ世界では一秒たりとも生きていたくねぇんだ」
離れ離れになった事が後を引いていた
魂を結びつけあった二人だから逝く時は一緒だと安心していたのかも知れない
榊原は康太を引き寄せて強く抱き締めた
「僕も……君の傍を離れる日なんて来ないと想っていました……
共に……それしか望んでいなかったので、今回は本当に不本意でした
しかも僕は……完全に粉砕され粉々にされてしまっていたらしくて、想いが粉々に散ってバラバラ状態だったとガブリエルが言っていました
君の傍を離れたばかりか…君の事を忘れてしまっていた自分が許せません……」
「………伊織……お前が総てを忘れてしまっていたと謂うなら、オレは総てを忘れたくて意識を深淵に沈めた
お前がいない事を知るのが怖かったんだ
青龍がいない世界……
オレは狂って総てを破壊してしまいそうになった……
だけどそれを止めたのは青龍、お前だ
この地球(ほし)を消し去ると謂う事は我が子の明日も奪う事なんですよ……って謂うお前の言葉がオレの暴走を止めた
だけどお前のいない現実は辛すぎて逃げたんだよ
狂って何もかも殲滅出来ないのなら己が消えるしかない……
青龍……オレはお前がいないと感情も持たない殺人兵器にしかなれねぇんだ……」
榊原は康太を強く抱き締めた
「康太……もう二度と君を殺人兵器になんかしません!
そんな日は来ません!」
康太は愛する男の背を強く抱き締めた
二人は一緒にいないと軌道を外れてしか生きられないのだ
二人一緒だから正常に軌道するが、どちらかを欠かせば…軌道は逸脱するしかないのだ
二人は愛する存在を確かめる様に抱き締めていた
愛しているのだ
この命よりも大切なのだ
なくしたら生きてはいけない程に……
互いのぬくもりを確かめていると、屋上のドアがバターンと開いた
「おい!青龍………てめぇ……」
地を這う様な声がして、二人は声の方に振り返った
「……一生……サザンドゥーク共和国に何時来たのですか?」
一生は相当怒っていた
何故か二人よりずぶ濡れの濡れ鼠になっていた
「てめぇ……雨降らせやがったな……」
「先程の天気の事を言ってますか?」
「雨曇蹴散らしていたのはお前だよな?」
「そうです……見たのですか?」
「お前が気流を乱しやがった所為で飛行機が着陸出来なくて引き返したんだよ!
俺達はイルメキシタン王国の飛行場まで行き着陸した
イルメキシタン王国は快晴だった
だがサザンドゥーク共和国の頭上はハリケーンが到来したかの天候だった
仕方なく俺達は車でサザンドゥーク共和国を目指した
途中、車が強風に煽られた横転
そこからは徒歩で此処を目指した
俺等の頭上では蒼い龍が雨曇を蹴散らしていやがった!
お前だろ!青龍!」
かなりお怒りの一生だった
一生の後ろには黒龍と地龍がずぶ濡れで立っていた
榊原は「神通力を使いました」と天候の悪さの原因を話した
黒龍が「神通力?何故に使われたのだ?」と問い掛けた
「龍は想いを成し遂げる時に力を使う
僕は……死にかけのこの体躯を少しはまともに動かす為に力を使いました」
死にかけのこの体躯を……
その言葉を聞いて一生は顔色を変えた
二人の姿を見て安心したが、榊原伊織が死んで……康太は深淵に意識を封印し……衰弱して逝ったと兵藤から聞いていたのだった
「………体躯は?」
大丈夫なのか?とは聞けなかった
大丈夫じゃないから神通力なんて使ったのだろうから……
「康太が風邪をひいてしまいますので、話の続きは病室に還ってからで良いですか?」
榊原は康太を腕に抱き締め、そう言った
そして返事は聞かずにスタスタ歩き出した
一生や黒龍、地龍は康太を抱き上げて連れて行くと想っていた
怪我はしようとも青龍なら、そうすると想っていた
だが相当悪いのだろうか……
榊原は康太を抱き寄せたまま病室へと向かった
一生や黒龍、地龍は想像以上に榊原の体躯が元に戻っていないのを知った
病室に戻った榊原は甲斐甲斐しく世話を焼いていた
そこは普段の二人だった
だが濡れた髪を拭いて乾かし、パジャマに着替えると辛そうにベッドの上に寝転がった姿を見ると……
即死だったと言う言葉が重くのし掛かって逝った
青龍を亡くせば炎帝は生きてはいまい
それは即ち二人を永遠に失うと言う現実を突き付けられたも同然だった
一生は「……旦那……」と話し掛けたが、言葉が出て来なかった
重苦しい空気がのし掛かって言葉を失った
そこへ兵藤が堂嶋と共にやって来た
一生達を見付けると
「……お前ら……濡れ鼠みたいやんか」と呟いた
堂嶋は病室の外に出ると、看護婦に着替えとタオルを借りて病室に戻ってきた
一生は平静を装って「飛行場が着陸出来なかったんだよ!」と怒って兵藤に言っていた
兵藤は「あぁ青龍が神通力を使っていたから気流が乱れていたからな」とさらっと答えた
「お陰で俺等の車は強風に煽られ横転して仕方なくサザンドゥーク共和国まで歩いて来る事になったんだよ!
蒼い龍は頭上で楽しそうに雨曇蹴散らしていたし……ったくめちゃくそなタイミングだったぜ!」
髪を乾かし民族衣装みたいな服に着替えて一息つくと一生はボヤいた
兵藤は「許してやれよ!カタを着けねば還れねぇからな……動ける体躯を手に入れる為に仕方なくだったんだよ」とフォローしてやった
一生は「そんなに酷かったのか?」と目にしていないから問い掛けた
「岩盤の下敷きになって伊織は脊椎を折って圧迫され即死だった
ガブリエルが即死の体躯に魂は入れられないと命に関わる部位は修復し、天使の玉子の中に入れていた
俺は伊織の魂を回収に逝っただけだったが、天使の玉子の中にいた伊織は満身創痍だった
伊織に庇われて一命は取り止めた康太も、岩盤の下敷きになってるんだ無傷じゃねぇ……
目の前で爆破のスイッチを押されれば巻き添えを食って当たり前って事だ」
「………そのガイド、即死だったんだろ?
魂は……どうしたんだよ?」
二度と人間になれぬ様に拈り潰してやりたい衝動に駆られた
「閻魔大魔王が四鬼を遣わして無間地獄に葬り去った……あの方も許せなかった想いをなさっていたのだろう……」
「無間地獄なんて甘い……」
「鬼が相当発破を掛けてたから……甘くはねぇと想うぞ……」
気合いの入った閻魔大魔王は和装で古来から伝わる閻魔大魔王の絵図の様に迫力があった……
「閻魔大魔王の和装姿……見てないから甘いなんて言えるんだよ……」
兵藤はボヤいた
あの迫力……四鬼は相当怖かっただろう
だからこそ発破を掛けるにも力が入っていたのだ
一生は「閻魔大魔王の和装……和装になられたと謂うのか??」とヤバい…と冷や汗をかいた
和装の閻魔大魔王…
久方ぶりに和装になられたと謂うのか?
どんだけ気合いが入ってるんだよ…
洋装の軍服とタキシードを合わせたみたいな衣装が閻魔大魔王の衣装だった
だが気合いが入っている時は歴代の閻魔大魔王が着ていた和装を着る時があった
十二単ばりに幾重にも着重ねた着物と冠
手には杓を持つ
あぁ……裸足で逃げ出したいわ……
「………それは怖いな……」
一生がそう呟くと康太が「和装の兄者かぁ」と懐かしんだ
榊原は「和装位僕もしてあげます!日本に還ったら飽きる程に見せてあげます」と張り合った
康太は「本当か?それは嬉しいなぁ」と嬉しそうに笑った
やはりこの二人はこうしていなければ、不安で仕方なかった
堂嶋は康太の前に立つと
「総ての調整が整った!」と告げた
康太は静養中だが人を動かし、堂嶋は康太の命令で動いているのが伺えれた
「第三王女とその息子は?」
「第三王女は事の現状が見えてないみたいだが、王子の方は総てを悟ったかの様に冷静だ」
「そうか、あの王子もある意味の被害者なんだよな
母が父を殺し、愛人を殺したのを見てきたんだろう
だから裁かれる日が来るのを覚悟していたんだろうな」
「カザィール卿が評議会を立ち上げた
その審議には第二王子も来させるんだよな?」
「あぁ、出さねぇと話は終わらねぇからな」
「なぁ聞いていいか?
何故この城の連中は、第二王子の事を知らないんだよ?」
「第二王子は幽閉されていたんだよ
后が何時か手を下すかも知れないのを感じていた王は、王子を隠して育てていたんだよ
幽閉されている場所は王しか知らなかったから、王が死ねば居場所さえ掴めなくなった
だから第二王子は王が死んでからなにも食えずに虫の息だった
と謂う訳だ」
「幽閉され……王はどれだけ后を驚異に想っていたんだよ
俺には想像もつかない……な」
「愛されていない人間と生活するのは地獄より辛い事なんだろ?
そんな日々が人を鬼に変えてしまうのかも知れねぇな……」
「政略結婚か……それでも愛は芽生えもしなかったと謂う訳か……酷な話だぜ」
「出逢った瞬間に永遠の愛をしてしまったんだよ王は…
后にするつもりで連れ帰った女を側室にするしか出来なかった
貴方の正室はこちらに御用意してあります!と謂われて婚礼しても……
王は一生分の愛を使い果たしてしまった後だった
だが世継ぎを作るのは使命
子作りまでこの国の老元達が立ち会う程の力の入れようだった
正室が子を成さないのに側室が子を成してはならない
側室は正室よりも先に出産した
だが正室が子を成すまではカウントすらされなかった」
「……それって………」
「そう。第二王子の方が先に生まれているんだよ
だがこの国はそれを許さなかった
王は后の手の者に亡き者にされては堪らないと我が子を隠した
サザンドゥーク共和国よりもイルメキシタイン王国の方が力も土地も持っていたからな……婚礼と謂う奴隷的繋がりは力関係を示していた
この国は后の方が力を持っていた
王が驚異に想うのも当たり前だ
しかも王は最愛の人を……不慮の事故で亡くしている
后の手の者の仕業だと解っていても王は何も出来なかったんだよ
愛のない婚姻が招いた不幸だな……」
「力を持ってれば殺人の言い逃れも出来るのか?」
「自ら手を下したりしてねぇからな」
「最悪の女だな」
「振り向いて欲しかったんだろ?」
「……???」
「一目惚れしたのはイルメキシタイン王国の第三王女の方だった」
………あぁ………そう言う事か……
堂嶋はやるせない想いを想像して
「罪もない場所に罪が芽生えるのか……」と呟いた
好きな人の傍に逝きたい
その想いだけで嫁いだのに……好きな人は既に一生分の愛を使い果たしてしまっていた
これは悲劇………としか言い様がなかった
嫁いだ以上は還る場所なんてなかった
后は少しずつ……闇に囚われて逝ったのだろう
愛する人の背中を見詰めながら……
振り向いてもらえない現実を見るしかなかった
「康太……第三王女も……」
「人は憎しみに囚われると道を誤るからな……
正しき道へ導いてやらねぇとならねぇんだ
その命を持って……償わねばならねぇ罪なんだからな」
康太の言葉が重かった
堂嶋は康太の指示通りに動いて下拵えをした
後は康太が出て適材適所、配置する仕事が残っていた
そして石を手に入れねばならなかった
石の真実を突き止めねばならなかった
その為だけに、この地に来て留まっているのだ
一生と地龍はNASAに逝き宇宙的観測から、この地球(ほし)の断面図を計測しに逝って結果を持って康太の所に来た
兵藤と黒龍と妖精のクロスも北極と南極に逝き、クレーター跡地みたいな穴を色んな観点から観測して結果を持って康太の所に来たのだ
結果を出していないのは康太と榊原だけだった
「オレもこの地に来た結果を出さねぇとな……」
総ては決められし理
足掻いてももがいても逃れられない蜘蛛の糸に搦めとられていた
突破口を掴めば総ては一つなんだが……
康太はそう呟いた
出口の見えない迷路はまだまだ続いているかのように…
何一つ見えては来なかった
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