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第42話 戴冠式
サザンドゥーク共和国は朝から右往左往の騒ぎで使用人達は駆け回っていた
サザンドゥーク共和国の宮殿唯一の王の間を解放して戴冠式をやる準備をしていた
カザイール卿は朝から康太の所へやって来て打ち合わせに余念がなかった
カザイール卿は康太に戴冠式に『見届け人』として出席してくれる様に申し出た
「カザイール卿、人間のオレ?それとも神の方の立場?どっちが所望だよ?」
「神に守られし国……ならば下手に手出しはされないであろう……
なので“神”であられる貴方にご出席を願います
アラブ諸国連合はそれでなくても各地に内乱を抱えてテロリストの巣窟だと謂れているのです
ここいらでアラブ圏も安全だと印象づけたい想いもあるのです」
問題事の回避としては最高の案だった
「良いぞ、でも皇帝炎帝としては出られねぇぞ?
冥府はあくまでも中立、人になど荷担はしてはならねぇからな」
「炎帝様で宜しいです」
「なら出てやるよ
伴侶と共に…で良いよな?」
「はい。御二人はご夫婦なのですから共にで宜しいです」
「なら見届け人として出る
だが我等の姿はカメラには写らぬ様に細工するがよいか?」
映像として遺ってはならぬのだ
本来なら神が人の世に介入するのは、越権行為とみなされるから、してはいけなかった
カザイール卿は康太の前に跪くと、康太の手の甲に口吻けを落とし
「総ては貴方のお心のままに……」と言葉にした
「八仙がオレと青龍の正装を届けてくれたからな、それを着よう」
最初から解っていたかの様に魔界の正装を用意させたと謂うのか?
カザイール卿は敵わないと想った
人でいても侮れない存在
円城寺貴正は『舐めて掛かると一瞬後には命はありませんよ?』と言った
まさに……その言葉が身をもって解っていた
打ち合わせを終えると使用人が”朝食をご一緒にと王が申されています」と呼びに来たから仕方なく貴賓室へと向かった
本当なら仰々しいのは嫌いだった
魔界でも閻魔の邸宅で食べるご飯は仰々しいから嫌だった
だから別宅を建てて貰って気楽にご飯を食べれる様にしたようなもんだった
また肩が凝るな……と首をコキコキすると榊原は優しく肩を抱いた
貴賓室へ逝くと、堂嶋が戻って来ていた
「正義、ご苦労だったな」
「ホテルに尋ねたら王宮に向かったとお聞きして参りました」
「話を聞きてぇけど、オレらはこの後戴冠式に出ねぇとならなくなった」
「お聞きしています
我等、国連の特使も戴冠式に見届け人として参列致します
至急、正装を用意したりと駆け回っていました」
「戴冠式が終わったらドゥバイの王太子と逢うから、正義も一緒に来いよ」
「………坊主……それは荷が重い…」
敬語で話していた堂嶋だったが、あまりにも大役を謂れ……想わず本音が飛び出た
「正義、お前は外交での切り札が必要になる時がある
そんな時の切り札に王太子はなれると想うぜ!」
そりゃ……なれるだろう
なれるだろうが……相手は王族
下手したら首なんて軽く飛びやがるじゃないか……
「お前の生ある限りお前の事は護ってやると約束したやん
だから首が飛ぶ事態になっても相手が出るより早く、そいつの首を飛ばしてやるよ」
意図も簡単に謂われても………余計怖い
「………坊主……おじさんは……ショックで死ぬ事もあるんだぜ?」
「大丈夫だ正義
そこの朱雀が簡単には逝かせてはくれねぇからな!」
康太はそう言い笑い飛ばした
朝から康太は元気だった
それに反してアズィームは……借りて来た猫みたいに固まっていた
ルーチェは「アズィーム……」と声を掛けたが……
アズィームはギギギギギィーと油が切れたロボット宜しく振り返った
ルーチェは大丈夫かしら?……と不安になった
康太はルーチェに
「戴冠式にはルーチェ、お前も出ろよ!」と簡単に言った
ルーチェは飛びあがり
「えええええ!!!何で僕が!!」と叫んだ
「当たり前やん
サザンドゥーク共和国の摂政として顔を売る為やんか!」
その言葉を聞いてルーチェも油が切れたロボットみたく固まった
「………ぼ……僕は……影の身なんで……」
「アズィームとお前でワンセットなんだよ
どちらが欠けても歯車は回らねぇ
アズィームとお前が回して逝くって事を忘れるなよ!」
「はい……でも……着る服がありません」
「歴代の摂政が着る服があるんだよ
それを前王は用意していた
アズィームとルーチェ、お前が何時か国を背負う時に着る服を毎年毎年、型を取らせて作っていた
前王の願いなんだよ
その願いを叶える時が来たんだよ」
その言葉を聞けば……身勝手に逃げようなんて出来なくなった
日陰の身で王を支えようと想ったが……
そうじゃない!
同じ場所に立ち、共に逝けと道を照らされた
ならば同じ場所に逝くしかなかった
食事を終えるとアズィームとルーチェは支度に向かった
康太も榊原も控え室に向かった
やたら豪華な調度品が並ぶ高級ホテルばりの部屋だった
黒龍と地龍は閻魔への報告の為に魔界へと還った
取り敢えず総ての結果を持って閻魔大魔王の所へ報告に逝くと告げて還って逝った
榊原は康太に炎帝の服を着せた
そして着替えが整うと、自分も炎帝と対になった青龍の衣装を着た
この衣装は閻魔大魔王が婚礼した後に夫婦となった炎帝と青龍の為に……と作った公式の時に着る衣装だった
紅蓮の赤と青龍の蒼
閻魔の衣装に似た作りで軍服と燕尾服を掛け合わせた様なデザインの正装だった
そして最後に大綬を肩から通した
その正装は、何処から見ても王族にしか見えない気品を兼ね備えていた
一生と兵藤はスーツを着ていた
堂嶋は燕尾服を着ていた
国連の特使は皆、燕尾服を着て戴冠式に参列する事になっていた
急務故に堂嶋が倭の国の代表として参列する事になった
陛下と総理の名代を勤める堂嶋は大役過ぎて……胃に穴が空きそうだった
堂嶋達、国連の特使や他国の貴賓達が招かれ戴冠式を待つ
控え室にいる康太は天を仰ぐと
「弥勒、カメラに写らねぇ様にしてくれよ」と声を掛けた
すると弥勒が「………自分で出来なくない事だろうに……」とボヤいて姿を現した
「いいやんか!ほれ、オレと青龍に呪文を掛けろよ」
ニコニコ謂われれば……謂う事を聞くしかない
こんな蕩けそうな顔を見れただけでも呼び出された甲斐はあると謂うモノだった
弥勒は呪文を唱えると、康太と榊原に蜘蛛の糸の様なキラキラした糸を巻き付ついた
「炎帝、お前の正装をこんな場所で見えるとは思ってもいなかった
楽しまさせてくれたから謂う事は聞いてやろう」
「んとは魔界へと還った時に着る対の正装だ
兄者に無理言って持って来て貰ったんだ」
康太と榊原に纏わりついた糸はスーッと吸収されたかの様に消えてなくなった
「これでカメラに映る事はない
お前の…お前達の姿は人の世に流れて良いものではないからな」
「ありがとう弥勒」
「少しだけ人使いが荒い…と文句を垂れてもよいか?」
「なら時間を作る、そしたら静かに飯でも食おうぜ」
「それは楽しみだが…
宮中晩餐とか肩の凝るのは嫌だぞ?」
「オレも肩の凝るのは遠慮してぇよ
昨日の晩餐で懲りたかんな……
ガツガツ飯が食えねぇのはストレスだわ」
康太らしくて弥勒は笑った
目の前の康太は『炎帝』となり、遥か昔と同じ様相をしていた
そう言えば……炎帝はその身長であったな……
今世の小さな康太でないのが違和感に感じていた
だが何処まで逝っても炎帝は炎帝だった
何年経っても変わらぬ存在
人になっても、神で在っても、その魂は何一つ変わらない
「なれば楽しみな時間を待っておるわ」
弥勒はそう言い康太を抱き締めると、姿を消した
カザイール卿が呼びに来て、康太と榊原は戴冠式へと向かった
戴冠式の進行、後見人はカザイール卿がなると宣言し戴冠式は始められた
戴冠式には各国の報道関係者も招かれてやって来ていた
報道陣関係者はカメラとビデオを構えて総てを伝えるつもりで参列していた
その中に東都日報の今枝浩二の姿もあった
アズィームは正装の上に真っ赤なマントを羽織っていた
長いマントを引き摺り一歩ずつ一歩ずつ司祭の前へと歩いて逝った
その後ろをルーチェが純白の民族衣装に似た服を着て歩いて逝った
司祭の横には見届け人として炎帝と青龍が立っていた
アズィームは司祭の前に立つと、貴賓席の方を向いて一礼し
「今日は私の戴冠式に参列して戴きまして感謝致します」感謝の意を述べた
そして司祭の前に跪くと
「私はサザンドゥーク共和国国王となり国の為に誠心誠意働きたいと思ってとります」と誓いを立てて司祭の手の甲に口吻けを落とした
「これより戴冠式を行います
サザンドゥーク共和国、アズィーム、貴方に国王の冠を授与致します
これら我が国総意であり、世界へ発信する第一歩でもあるのです」
司祭は声高らかに宣言すると王冠を手にした
サザンドゥーク共和国の発展と未来永劫の英華を手にした司祭は、王冠の重さを体感した
王冠が重いのでなく、王冠の責務が重かったのだが……
光輝くサザンドゥーク共和国で採掘された宝石を散りばめた王冠は、それだけで目の眩む価値を放っていた
その王冠を納めようとフラッシュがたかれ、パシャパシャとシャッターを押す音が響き渡った
カメラをズームさせて豪華の限りを尽くした王冠を写し出していた
司祭はアズィームの頭上に王冠を掲げると
、アズィームは胸の前に手を組み、その時を待った
王冠がアズィームに乗せられると
「新国王の誕生です!」と司祭は声高らかに宣言した
アズィームは王冠を貰い受け立ち上がると、司祭から王笏(おうしゃく)を手渡された
此処にサザンドゥーク共和国の新国王が誕生した瞬間となった
カザイール卿は惜しみ無い拍手を送り、新国王の横に立った
「此処にサザンドゥーク共和国の新国王が誕生した!
魔界からお越しの“神”がその見届け人として姿を現して下さいました」
カザイール卿が“神”と紹介した二人をカメラが追う
だがカメラには二人の姿は映らなかった
カメラの故障か……と想われた時、炎帝は
『サザンドゥーク共和国 新国王の誕生をしかと見届けさせて戴きました』
と言葉を発した
その言葉は……声ではなく脳内に響き渡った
マイクでは拾えぬ声だった
そこまで来ると報道各社も……それが人ではないのだと認めるしかなかった
『我が名は炎帝、我は適材適所配置するが神となる
サザンドゥーク共和国の新国王は前国王の意思と、我の瞳に写った未来だ
此処にサザンドゥーク共和国の未来が繋がったのを見届けさせて戴いた』
炎帝が謂う横で青龍は静かに控えて立っていた
立っているだけでも存在感は凄い
そして青龍が放つ威圧感も凄かった
立っているだけで息苦しくなる存在
神々しいだけではなく威圧感も感じられていた
報道陣は何も謂えずに固唾を飲み込んで…伝え聞いた言葉を遺す為にメモしていた
立ち位置に写らぬ存在を詳しく伝えようと書き記す
そして録音出来ぬ言葉を書き記していた
青龍も一歩前に出ると
『我等は閻魔大魔王の名代として人の前に姿を現しました
アラブ諸国連合の一隅であるサザンドゥーク共和国に幸あれと願っています
サザンドゥーク共和国の友好国、イルメキシタン王国共々平和の象徴となられる事を閻魔大魔王は望んでおられます
人の世に平穏あれ!
それこそが我等の願い、我等の望みなのです』
カザイール卿は二人に深々と頭を下げると
「今日は魔界からわざわざのお越し、本当にありがとうございました」と礼を述べた
最期に炎帝はカメラを見据えた
『人の子よ、我等神々はこの地球(ほし)に生きる総ての人の幸せを望んでいる
人が笑って暮らせる社会を大切に……想って下さい
我等神々もこの地球(ほし)の総ての幸せを願っております
その橋渡しをサザンドゥーク共和国から始まる事を願っております』
炎帝はそう言うとアズィームとルーチェを呼んだ
アズィームとルーチェは炎帝の前に来ると傅いた
炎帝は二人に手を翳すと
『幸せになりなさい
貴方達が幸せでないのなら、この国の民は幸せにはなれない
だから誰より笑顔で幸せを実感しなさい
そすればこの国は幸福に包まれ、民は幸せを感じられるだろう
民と同じ目線で民を蔑ろにしない国を作って逝きなさい
それが貴方達の行く道であり定めなのです』
炎帝の言葉にアズィームとルーチェは
「「はい!」」と返事した
『この国が二度と道を違えない様に……ルーチェ、貴方に光を授けます』
炎帝が翳したルーチェが優しく光を放って輝いていた
ルーチェは「僕はこの国を照らす光となりましょう!そして行く行くはイルメキシタン王国をも照らして友好を築いて逝くと約束します」と言葉にした
アズィームも「私もこの国を命を懸けて護ると約束します!
そして私の血が繋がるイルメキシタン王国と最良の関係を築いて逝くと約束します」と宣言した
『我等は何時も人の世を見守っている』
炎帝が謂うと横に佇む青龍も
『我等は人の世が未来永劫続く事を望んでいる』と言葉にした
『『人の子よ、この蒼い地球(ほし)を愛し護って逝く事を願っております』』
神の神託と言っても良い言葉だった
アラブの地から和平を芽生えさせるには十分な言葉だった
長くは続かなくとも暫しの和平があれば良い
心休まる時間があれば良い
そんな願いが込められた言葉だった
総てを見届けると炎帝と青龍はスーッと姿を消した
人の目の前で“神”が今まさに消えられた
何のトリックもなければネタでもないと知りつつも……
狐に化かされた気分だった
白昼夢……と言って良い出来事だった
戴冠式は無事終わった
各国の報道陣は何度もビデオを再生して確認した
写真を確認した
だが何処にも“神”は映ってはいなかった
声すら残ってはいなかった
康太と榊原は戴冠式を終えて控え室に戻り正装を脱いでスーツに着替えた
本当はスーツなんか着たくなかったが、この後ドゥバイの王太子と逢うから、そんな事も出来なかった
康太は「……沢庵食いてぇ……」とついついボヤいた
そろそろ和食が恋しくなる頃だった
一生や兵藤、戸浪や田代は戴冠式での神々しい二人を見てきただけに、沢庵発言は……何だか本当に康太らしくて安心した
一生は「沢庵好きだもんなお前……でも此処には沢庵はねぇよな……和食じたいないやろな」と食わしてやれない歯痒さに愚痴った
兵藤は「これから王太子に逢うんだろ?」と大丈夫なのかよ?と心配した
堂嶋は東都日報の今枝を連れて、康太達の控え室にやって来た
今枝は康太の前に来ると深々と頭を下げた
「今枝、悪かったなサザンドゥーク共和国まで呼び出して」
「いいえ。素晴らしい戴冠式に御座いました」
今枝は東都日報の代表として、カメラマンを連れてサザンドゥーク共和国にやって来た
それは飛鳥井康太直々の指名だと謂われれば、飛んで逝くしか出来なかった
そして見事な戴冠式を目にした
多分、そこにいる神は今枝の知っている方だろうと想った
想ったが……言葉には出来なかった
それほどに神々しくて遠い存在に想えた
「今枝、お前さアデン湾付近の海賊を追ってたろ?」
今枝は驚いた顔をして康太を見た
「何でそれを?社長に聞きましたか?」
「お前は歯車の中に組み込まれた存在なんだよ!
分岐する時々にこうしてタイミング良く出逢うと謂うのは運命でしかねぇんだ」
今枝は報道記者として未だに前線で闘っていた
奥に引っ込むのを頑なに拒否し続けて報道人でいようとした
それがあの日、飛鳥井康太が視た自分だと想うからだ
「トナミ海運の船が拿捕されのは知っているだろ?」
「はい。なのに日本政府は動かなかった」
「あれはな動かなかったんじゃねぇよ、動けなかったんだよ
折衝や交渉に幾つかの国の助けを入れて話をするから金ばかり嵩んで突破口すら見付けられなかったんだよ」
「足元を見られていたのですか?」
「とも謂う!」
「ならば俺を此処にお呼びになった御用件を伺いましょう!」
「今枝、オレはこれよりドゥバイの王太子カラフ・ジャッシムと逢う
その後、カラフ・ジャッシムと共にアラブ諸国連合の大老と逢う
会談は密談だ
お前を入れる訳にはいかねぇ」
「なれば俺の役目は?」
「お前は海賊によって企業が受けた損害や信用の失墜を余儀なくされた会社の実情を伝えろ
そして海賊達を撮れ
そこにいるのは世界の現実だと伝えてやれ!
海賊は漫画や物語の世界にいる訳じゃねぇ!
何故海賊に堕ちたのか……知らしめてやれ
貧しさ故に犯罪に手を染める現実を撮れ
悪循環なこの世界を知らしめるのはお前達の仕事だ
お前にしか出来ねぇ仕事だ
好きで海賊に堕ちた訳じゃねぇ奴等の顔を撮れるのはお前だけだ
理不尽な世界で生きねばならない苦痛をお前は知っているだろ?」
「はい。それは俺にしか撮れませんね
俺が第一線に拘って踏ん張っているのは、貴方の手助けが出来る時にフットワークを軽くして直ぐに動ける為にです
動かずしてどうします!」
「動いてくれるならば、どの国よりも早く衝撃的な映像が手に出来る事を約束しよう!」
「ではピューリッツァー賞 狙えますね」
今枝は笑った
そんな賞などどうでも良いが、最高の映像を約束してくれるのなら、ジャーナリストとして最高の賞を口にしてみてもバチは当たらないだろうと想った
康太は真顔で「射程圏内だな!」と答えた
今枝は………「本当に欲しい訳じゃないです」と訂正した
「それでもな今枝、オレはお前に最高の瞬間を撮らせてぇんだよ!」
「ならば撮りますとも!絶対に!」
今枝の瞳は迷いはなかった
「ならば此処で少し待っててくれ!」
「はい!」
今枝は自信に満ち溢れ、果てを真実を見極めるジャーナリストの瞳をしていた
今枝はそのまま控え室で待機する事となった
康太は、榊原は残して戸浪と堂嶋と兵藤を連れて部屋を出て逝った
出向いた先にドゥバイの王太子カラフ・ジャッシムが康太を待ち構えていた
「コータ、待ち兼ねていたぞ!」
カラフ・ジャッシムは康太の姿を見ると近寄って来て抱き締めた
「カラフ、久方ぶりだったな」
カラフ・ジャッシムと謂う王太子は金髪の長髪で、瞳は金色だった
まるで天使と謂って良い造形だと榊原は想った
「逢いたかったコータ
そろそろ私の正妃になってくれも良い頃合いかと?」
「悪いなカラフ
オレは嫁に逝ったんだわ
夫が出来たからお前の所に嫁には逝けねぇわ」
「嘘……私は正妃に迎えると…あんなに約束したではないか…」
カラフは唖然として呟いた
「カラフ、オレなんて男が正妃になっちゃならねぇんだよ!
正妃にはちゃんとした女を据えろ
でねぇと世界各国からの笑い者になるぞ?」
「それでも良いと申したではないか……」
「お前が何を言おうとも国王はそれを許してはいない」
「勘当されてもよいと申したではないか」
「それでもカラフ・ジャッシムお前は偉大な後継者と言う名を背負っている以上は他の道には逝けねぇんだよ」
「………冷たい……久しぶりに逢ったのに……君はブリザードよりも冷たい」
カラフは拗ねてそっぽを向いた
「カラフ・ジャッシム、ドゥバイ王太子、オレの話を聞いてはくれませんか?」
「聞いても良いけど、私にメリットは?」
「んじゃ二択な
王太子としての手腕を発揮できる
オレと二人だけでディナーが出来る
どっちを選択するよ?」
「二人だけでディナー」
「うし!手を打った
その代わり古狸を引摺り出しやがれ!」
「勿論!私と君の利害は一致している
そうですよね?
でなくば君は私の前には姿は現しはしない」
「そうだ!古狸との話し合いが終われば世界へ向けて発信しろ!」
「君も同席されますか?」
「戸浪と円城寺が同席する」
「君が同席するならば、私は何でも謂う事を聞きますよ?
「………なら同席する!」
「それで宜しい!
君は私の妃にはなれぬ人となれど、この世の何よりも大切な存在なのに変わりはない
世界に向けてそれを発信して差し上げます
飛鳥井康太に刃を向けると謂う事は、ドゥバイ王太子カラフ・ジャッシムに刃を向ける事だと謂う事を!」
カラフ・ジャッシムはそう宣言した
そして未練を少し含めて
「世界で一番高いビルをぶっ建てたのは君に贈る求婚の品でした」
「オレは今、人妻だかんな!」
恨めしい事をさらっと謂う
本当に恨めしい……
「あの時……君をトランクに入れて連れ帰れば良かったです……」
そうすれば他の人のモノになる事などなかったのに……
口惜しい……
本当に口惜しい……
カラフは本当に残念がった
先程見かけた時に隣にいたのがご亭主ですか?と聞きたいが、聞いてやるのは止めた
聞けば喜んで惚気るのは解っていたから……
愛しき人の口から惚気なんて聞きたくなかった
物凄くお似合いだったなんて……腹が立つから言いたくなかった
カラフと康太が出逢ったのは十年以上前の事だった
日本に留学している時だった
王太子と謂う身分を隠して、カルー・リルゲイと偽名で日本の大学の留学生として日本に滞在していた
大学の近くのマンションを借りて住み始めた頃、康太はその横の道場で鍛練中だった
何時も傷だらけの少年に声を掛け、ハンカチを貸した
それが二人の出逢いだった
カラフはキツい瞳をした少年に興味を持って近付いた
留学中は……誘ってくれる日本人といるよりも鍛練中の康太といる方が楽しくて一緒にいた
留学を終えて帰国する時、カラフは身分を明かして康太にドゥバイに一緒に来てくれないか?とプロポーズした
流石に……まだ小さな康太を連れ帰るのは忍びなくて我慢した
本当はトランクに入れて連れ帰りたかった
離れたくなかった
でも……あの総てを見透かした様な瞳に視られれば……身動きとれなくなっていた
それからカラフは一年に一回は日本に極秘で遊びに来る様になっていた
日本に来る度にプロポーズして正妃として迎えると約束した
だが康太の返事は芳しくなく……この数年は康太のタイミングが悪く逢えなかった
まさか……結婚していたとは……
康太の為ならば王太子と謂う立場など捨てても良いと想っていたのに……
「……コータは……私の気持ち知っていたのに……」
ついつい愚痴が出る
出ても仕方がないではないか
惚れて惚れて惚れぬいた存在なのだから……
「お前は国や民を捨てきれる様な教育はされてねぇんだよ
オレを選べばお前は総てを捨てねぇとならねぇ……未練なくお前は総てを捨てるだろう
だがそれは……お前の本意ではない
お前は王となるべく教育された存在
何時か後悔する事になるんだよ
オレと国と国民と……天秤に掛けお前は苦しむんだよ
お前は偉大な後継者と謂う名を持つ者……
それ以外の道は逝けねぇ存在だ
悔やむと解っていて……オレは逝くのは嫌だ
悔やんだ顔したお前を見る度にオレは消えたいと想うだろう
お前とオレが一緒にいる未来は……苦しい選択の上に成り立つ
……そんなの嫌だろ?」
康太の謂う通り、自分は王太子としてしか生きられはしないだろう……
国に何かあれば還って何とかしようと想うだろう……
そして……己を悔やむだろう
康太の謂う事は正論だ
正論だが……恋い焦がれて身を焼かれたのだ……夢を見る位は許して欲しいと想う
「………君を想う位は……」
「んな想いまでは止めねぇよ
また極秘に遊びに来たら上手い所に案内するし、お前が必要とするであろう人間との橋渡しはする!
オレはお前が逝く絶対の道を照らしてやんよ!
だからお前は前だけ向いて逝けば良い
オレとお前は一緒に暮らす事は叶わなくとも……共に逝ける果てがある
共に闘う場所がある
オレはこれからもずっとお前を見て逝くぜ!
お前の果てを照らして逝けたら良いと想っている」
最高の賛辞だった
最高の約束だった
カラフは嬉しそうに笑うと、康太の手を取り手の甲に口吻けを落とした
そして顔を上げると自信に満ち溢れた王太子の顔をしていた
「それでは私の手腕をお見せしましょう!
古狸如きに私は負けていない所をお見せしなくては!!
愛しい人に贈る私の………想いですからね」
康太は優しく微笑むと「ありがとう」と言葉にした
カラフは侍従に「大老を別室にお連れなさい!」と命令した
侍従は命令を聞く為にお側を離れた
準備が整うと侍従は戻って来た
カラフは皮肉に嗤うと「さぁ古狸を炙り出しましょう!」と言い歩き出した
別室に逝くまでに康太は「カラフ、この男を紹介する」と堂嶋の肩に手を掛けた
「………君の夫なら紹介されたくもないです」
「カラフ、んな嫌がらせお前にするかよ!
この男は倭の国を代表する政治家だ!
立場で言えば総理(トップ)の懐刀
この男の外交での立場は総理(トップ)と同等!
倭の国への外交問題は外務省とか壁を入れるよりも直接言った方が手っ取り早い事もあるんだよ
間に人間を入れれば、入れる程に問題は解決より遠退く
今回の海賊問題が良い例だろ?
倭の国は幾つかの交渉国にたらい回しにされて交渉料を吊り上げられた
問題は一歩も進まず硬直している」
「あぁ、あれは非常にまずい事をしていると私も想った」
「だろ?本当に倭の国は交渉が下手くそで他力本願な奴が多すぎるんだよ」
「君が総理(トップ)になれば良いのに」
「………倭の国の総理になるのは、この男だ!
そしてこの男から引き継がれるのが……」
康太は兵藤の手を掴むとカラフの前に引き出した
「この男だ!
この男は革命児として常に正義と共に逝く存在となる」
カラフはそれはそれは、と言い兵藤に敬意を評して傅いた
「君が戦場に立つ時、私はドゥバイの王となって倭の国と友好関係を結ぶ事を約束しましょう!
その日が来るのが楽しみです」
カラフは兵藤に手を差し出すと、兵藤もカラフの手を取り、強く互いの手を握り締めた
「楽しみな事が増えました」
「これからはもっと増えるぜ!」
「私は君に人生の半分の愛を尽くした
だから……この先は王として生きると約束しましょう
君が望む果てに私は立っていると約束しましょう
だから……私と逢って下さい
君を懐かしむ位はさせて下さい」
康太はカラフを抱き締めた
「想いは自由だって言ったじゃんか!
オレはお前に逢いにドゥバイだって逝くぜ!
互いに立ち場所が違うだけで、過ごした時間が消える訳じゃねぇ……」
カラフはギュッと康太を強く抱き締めると……離した
「そうでしたね……君を愛して本当に良かった……」
「お前と過ごした時間があって本当に良かった
あの想い出はオレにとっても宝物だ」
「コータ……」
カラフはもう十分だと想った
想いは引き摺るが区切りは付けられたと想った
先に進もう……
君へと繋がる先に進もう……
この道は君に繋がるのなら……
真っ直ぐに進もう
カラフはそう想った
大老を待たせた部屋の前に立つと、カラフはノックした
部屋の中からしゃがれた声で「入れ!」と謂われカラフはドアを開けた
部屋の中へ入るのを許されたのは康太と堂嶋と戸浪だけだった
兵藤は榊原と一生と田代が待つ別室へと向かう事となった
大老は鋭い目付きでカラフと異国人を見ていた
そして康太の姿を見て確証する
「亜細亜の眼を持つ者か?」
その瞳は他とは違っていた
各国に女神から“眼”を授けられし人間がいた
だがこやつは他の眼を持つ者と少し色が違っていた
茶い瞳……かと想えば次の瞬間、紅く光り……そうかと想えば、果てし無い闇を纏った漆黒の瞳をしていた
康太は席に着くと大老を視た
「そう。亜細亜の眼を持つのはオレだ
だがオレの“眼”はそれだけじゃねぇぜ?」
「……だろうな……そんな瞳を持つ者はこの世にはおらぬ
そんな漆黒の色を持つのは冥王ハデスかサタンか……」
謂われても康太は顔色一つ変える事なく不敵に笑っていた
その底知れぬ瞳に大老は恐怖を抱いた
「お前を呼んだのは王太子じゃなくオレだ!
そろそろ見て見ぬフリを止めねぇか?って謂う打診をする為に呼び出した」
康太は単刀直入に切り出した
カラフは単刀直入過ぎだろう……と冷や汗をかいた
そうだった……
この子は色々と面倒くさい駆け引きが嫌いな子だった
大老は「訳が解らぬ!儂が見て見ぬフリをして何が得があるのだ?」と反論した
「得だらけじゃねぇのか?
自分の思い通りに動く海賊を飼い慣らすのは楽しいだろ?」
康太の言葉に大老は反応し睨み付けた
「証拠もない事を……たわけが!」
「証拠もねぇのにオレが謂う訳ねぇだろ?
証拠ならあるさ!
そしてその証拠を突き付けたら……お前の死後が確定するぜ?どうするよ?」
「その様な世迷言…」
大老はわなわなと震えた
「世迷言か世迷言じゃねぇかはお前が一番良く知っている事じゃねぇのかよ?
生前の行いは死後に直結するって知っているか?
己の行動が如何に非道で許されざるか、知っているのは自分しかねぇだろ?
お前はもう解っている
解っているから認めたくねぇんだろ?
良いぜ!お前の行いは総て閻魔帳に記されている
人の良し悪しは総て己の業になる
性善説はなまじっか嘘じゃねぇって事になる」
康太はそう言うと呪文を唱えた
「兄者、四鬼を遣わしてくれ
その時、兄者の閻魔帳も一緒に頼む」
康太の声を聞き届けた閻魔の声が高らかに響き渡った
何もない空間に声だけが響き渡った
『それならば四鬼だけでは役不足、我が逝ってやろうぞ!』
時空を切り裂いて姿を現したのは……
十二単ばりの着物に冠をかぶり手には杓を持ち閻魔帳を持っていた
そして閻魔の後ろには和装の四鬼が浄玻璃の鏡を持って姿を現した
浄玻璃鏡(じょうはりきょう)とは、閻魔が亡者を裁くとき、善悪の見きわめに使用する地獄に存在するとされる鏡だった
和装の閻魔大魔王は物語から飛び出した様な貫禄があり……畏怖を抱かせるには十分だった
そしてその後ろの四鬼も同じく…かなりの迫力で、しかも和装がその畏怖を掻き立てていた
康太は和装とは聞いていたが……こっちの方が迫力が違うな…と想った
『何を問うのだ?
我が弟 炎帝よ!』
閻魔は隠す事なく我が弟と言った
カラフはまさか……此処で閻魔大魔王を呼び出すとは想っていなかったから焦った
ただ者ではないとは想っていた
想っていたが……閻魔大魔王を呼び出すとは……
意外な展開に思考が着いて逝けなかった
康太は閻魔大魔王に
「此処に、一人の御老人がいる
此の方の行いを拝見したいのですが?」
閻魔大魔王は大老の方を視た
大老は……何かの手品か何かだと想おうとしていた
まさか本当に閻魔大魔王が出て来るなんて……有り得ない
そう想っていたが……
閻魔大魔王の瞳に視られれば……寿命が縮んだ
総てを暴きたてる瞳に……隠し通せる気はなくなった
閻魔大魔王は四鬼に「浄玻璃鏡に映すがよい!」と命令した
四鬼は大老を浄玻璃鏡に映した
すると浄玻璃鏡に大老の過去が映し出され始めた
この世に生を成した瞬間から駆け足で走馬灯の様に照らし出される過去だった
小さな嘘も大きな嘘も
小さな罪も大きな罪も
性善説を説いて逝く鏡は真実を映し出していた
希望と夢に満ち溢れていた青春時代
夢が散り希望も地に堕ち
生きる方向転換をした
この世はズル賢い奴しか上には上がれない
絶望で学んだ教えだった
だったらズル賢い側の奴になって這い上がってやる
汚い事をやった
人を貶め……這い上がった
人の命が……数字にしかならなくなった頃
自分は狂っているのだと想った
命の対価が……数字だけなんて……
そう想う心と
我等は革命の為に生きているのだ
革命に犠牲は付き物だ
と謂う大義名分が……感覚を鈍らせた
アラブの地は沢山の血を吸い込み……
まだまだ足りないと……血を要求する
だからこの地は……争いが終わらないのだ
真実なんて何一つなくても人は生きられる
大義名分なんてなくても人は闘えれる
人なんて……
人なんて……
人を見下し
……汚れきった自分
鏡は……余すところなく総てを映し出していた
知らず知らずのうちに大老は泣いていた
泣いているのに気付かず……涙していた
何なのだこれは……
認めたくはない
認めたくはないが…視せられているのは大老本人の人生だった
誰にも知られぬ事も…
力を持った人間の成の果てだと……自分を想った
総てを映し出し浄玻璃鏡は何も映さぬ曇った神器へと姿を変えた
大老は言葉がなかった
閻魔大魔王は閻魔帳を開いて視た
『人の行いは総てが死後の自分へと返る
現世の行いは死後の自分を映し出す鏡だと心に刻み生きねばならない
人の魂は死後の贖罪によって浄化される
生きている間の行いは必要なのだ
解るな大老?』
「………儂は……どうすればよいのじゃ?」
『このままでは畜生道にしか逝けぬのなら、これからの行いを改められよ
遅いと謂う事はない
人は間違いに気付いた時からやり直せる可能性があるのだ
これよりの人生は死後の自分へ捧げる贖罪の日々だと想って過ごされよ
そしてこの地球(ほし)の和平の為に貢献されよ
そすれば貴方の罪は浄化される
日々の行いを悔い改めながら生きられよ
視線を変えれば見えるモノも違って来るであろう』
閻魔大魔王の言葉は重かった
誰しもが己の死後と謂う眼に見えぬ世界に恐れをなす
それでいて眼に見えぬ世界を軽視する
人の心は時が経ち文明が進歩するに従って神憑りの現象を黙殺するようになった
親から謂い聞かされていた閻魔の恐ろしさも……語り継がれる事なく廃れた
神々の存在事態……過去の虚像と化しつつある現在に……
神の声など届かないも同然となった
だが神は存在している
死後の世界は虚像ではない
宗教によって湾曲された世界でもなければ、物語の世界の話でもない
人の死は必ず来る
どんな人の上にも等しく平等に死は来る
大老はそれをやっと己の眼で確信した
「やり直せると謂うのであれば……安らかな眠りを手にいれる為に……やり直そう
……で、儂は……何をすれば良いのだ?」
大老の強固な姿勢は軟化した
閻魔大魔王は優しく慈愛の満ちた笑みを浮かべると
『次に遇う事はなきように過ごされるがよい
死後の世界は己の気心一つで変わるのだ
これよりお主は和平の使者となられるがよい
日々、己の贖罪をして逝けば……死して視る世界は天界のモノになるやも知れぬ
それは総てお主気心次第と謂う言葉を心に刻まれよ』
「はい。心に刻みまする!」
閻魔大魔王は使命を終えると、康太を抱き締めた
「兄者、呼び出して悪かったな」
『愛する我が弟の声は何時でも聞こえる事にしてあるのでな』
閻魔大魔王はそう言い微笑んだ
カラフは閻魔大魔王の弟と聞き、やはり端から手が届かない方だったのか……と気落ちした
閻魔大魔王はカラフに眼を遣ると
『天使……?』と問い掛けた
カラフは天上人の様な輝く容姿をしていた
神の加護を身に纏った存在として閻魔の瞳には映った
「カラフは出逢った時から天上人の様に清らかで美しかった
この瞳の金色はその名残り
今は“その時”でないから忘れているのであろうが、“その時”が来れば配置された存在と知り動き出す」
『やはり……この光りは……そう言う役割の方なのですね』
カラフにはさっぱり解らなかった
解らなかったが身に覚えは在った
「兄者、今日は助かった
浄玻璃鏡まで持ち出させて本当に悪かった」
『気にするでない
これは必然な事なのであろう
お前は軌道修正するが役目
軌道修正に必要な事であったのであろう?
なれば我はお前の手助けが出来て良かったと謂うものである!』
「和装の兄者、やっぱし迫力があるな」
『時々、こうして和装もせぬと虫に喰われてしまうからな』
閻魔はそう言い茶目っ気を含んだ笑いを溢した
閻魔は康太を抱き締めて、魔界へと還って逝った
閻魔がいなくなると静まり返った部屋が戻った
康太はカラフを視た
「な、オレなんて好きになったら大変だろ?」
自虐的な笑みを浮かべてそう言った
カラフは変わる事なく
「どんな貴方も愛しき人です
貴方は私のピンチには……駆け付けて下さるのでしょ?」
「あぁ、その命、潰えそうなら繋げて生かしてやる!」
「本当に君は心強い方だ
好きになって良かった」
カラフは変わらぬ想いを告げた
告げてずっと愛していくと……心を渡した
康太はその心を受け取って
「カラフ・ジャッシムお前に未来永劫の絆を……」と言い約束を渡した
そして本題に入る
「大老、和平の為に働いてくれますか?
貴殿を動かす為に……強行策に出てしまいました事をお詫びします
お詫びしますが、真実はねじ曲げない
貴殿は此処で改心せねば人の道から外れてしまう
分岐点だったのです
オレは関わりある人の分岐点に必ず出逢う存在として軌道修正を図る者
貴殿の軌道修正を図らせて戴きました
貴殿は言葉を聞かぬ
何人の言葉も聞かぬ……固執した者
だから貴殿の人生に関わりのある存在を出させて戴きました」
大老は康太を見て……
「お主は何者じゃ?」
と問い掛けた
「オレは人間です」
康太はそう答えた
「その体躯は人の体躯であると謂うだけであろう……
その魂は……誰だと問い掛けておる」
やはり引かぬ姿勢に康太は真実を口にした
「オレは元々は冥府の神、皇帝炎帝
この地球(ほし)の創造神が一柱、皇帝閻魔を父に持つ神だ
だが魔界に呼び出されてやったからなただの炎帝となった
閻魔大魔王の弟神になる」
「………皇帝閻魔……冥王ハデスの後継者か……
その眼は……ハデスの眼か?」
「そう。だからオレの眼は特別だと謂った」
「………儂は……何をすれば良いのだ?」
「和平の立役者になってくれ!
平和の象徴となり絶対の存在になってくれ
そして貴殿の寿命が尽きるまでに後継者を作られよ!
それが貴殿の人生を賭けた使命となる」
「では、その通りに動こう!
でも海賊を黙らせて、押さえるのは容易いが、彼等は餓えておる
貧困は人を狂わせる
貴方は神だと申すなら知っておいでだろうが……それらをどうすると申すのだ?」
「学べない環境ってのが更に貧困を加速させているのは解る
飛鳥井建設は貧窮の地にある人間が学べる学校を建て教師を送ろう
学ばねば解らぬだろう
革命と謂う大義名分の為に命を落としている者の半分も、自分の命の価値を知らずに散っている
それは解らないからだ
己で考える能力がないからだ
オレはそう言う地に学校を建てる
そして学ばせる
学んだ奴等が働ける場所を作る
インフラが強すぎるから出稼ぎに逝くか、テロに走るか…それしか選択肢がねぇんだよ
地道な作業を続け人々の意識改革をまずする
そして少しづつ命の価値を解るようにしていく
それをやらずして革命は成し遂げられはしないだろう
それをやるのは大老、お前だ!
我等は手は貸せるが口は出せねぇ
それがその国のルールだと想うからな」
康太が謂うとカラフも口を開いた
「ではドゥバイもそれに協力致しましょう
教育する上で必要になる人材を呼び掛け貧富の差を減らして逝ける協力を致します」
話が盛り上がって逝くといつの間に来たのか円成寺貴正が
「それは謂い案です
では我等、赤蠍商事は売り上げの何%かを発展途上国の為に遣う事を約束致します」
と協力的な言葉を約束した
堂嶋は「何時おみえになったのですか?」と問い掛けた
円成寺は笑って
「飛鳥井康太、彼のいる場所に私は常に存在しているのです
それが私と彼の……絆であり契約なのです
ですから総てお聞きしておりました」
と何でもない事の様にさらっと答えた
それに突っ込みを入れる者はいなかった
康太は「これで全員が揃ったな」と口にした
全員揃えば詰めて逝かねばならぬ事がある
「若旦那、貴方はアラブ諸国に倉庫を持つつもりはありますか?」
「……ありますが……治安の悪い所は中国で懲りました……」
「ならば赤蠍商事と資金を出しあって倉庫を持たれては?
運営する会社を立ち上げられて持てばどうです?
そこのドゥバイの王太子も損がないと謂うのであれば協力は惜しみ無くしてくれる事でしょう」
康太が謂うとカラフは笑顔で
「康太が1ヶ月に1回顔を見せてくれるなら、安いものだと想えるのですが……」
と、ちゃっかりと要求した
「……懲りないね王子様」
「恋する男は懲りないのです
で、お返事は?」
「んなに毎月ドゥバイには行けねぇぞ」
「なら香港とかでお茶でも良いですよ
それだと日帰りが可能でしょ?」
「うし!それ乗った!
これで海賊やらなきゃならねぇ失業状況を打破出来ると良いんだけどな」
「総て整ったら記者会見するのでしょ?
大老が出るなら異論を唱える奴はいないでしょう」
「悪循環を断たねぇとな」
康太が呟くと大老が立ち上がった
「これより海賊を束ねる者と話をして参る
総て整ったら記者会見を開く…その時に人質の解放も明らかにされる」
「ならジャーナリストを一人、同行させてくれねぇか?」
「構わぬ、お主の謂う通りにしよう!」
大老はそう言い、自分の仕事をしに逝く覚悟を決めた
今枝浩二は大老と共に、話し合いの場へと出掛けて逝った
話し合いを終えてカラフは
「総てが整ったら用意された場所に出る事を約束しましょう!
直ぐには記者会見は無理なので私は一旦帰国しますが総て整ったらお呼び下さい」と言った
「今日は悪かったな」
「君の役に立てて良かった」
康太はカラフの手を取ると、手の甲に口吻けを落とした
「どんな事があろうとも貴方の命をオレが護ると約束します」
「康太…やはり私は君が好きです」
「王太子殿下、貴方の幸せを誰よりも願っています」
康太がそう言うと少し憎らしくて、カラフは康太を引き寄せて抱き締めた
そして離れると、康太に背を向けて歩いて逝った
カラフの姿を見送って、康太は「ふぅー」と息を吐き出した
カラフを見送って円成寺は
「王太子殿下は今日も熱烈ですね」と笑って言った
「応えてはやれねぇけどな……」
「それでも好きなのは仕方がないのです
それより……傷、着いたのですって?
無傷で還せと言ったのに……」
円成寺は怒っていた
榊原が死にかけ、康太が深淵に閉じ籠った事を後から聞いて……
傷一つ付けないと約束したのに……と怒っていた
「貴正、終わった事だ」
「此処に来る前に……あの腐れ親父を蹴り飛ばして来ました……」
円成寺はそうでもしなければ溜飲は下がらぬと溢した
腐れ親父……蹴り飛ばされた相手が解るだけに康太は「そう気にするな」と言った
「頼んでおいたんですよ!
あの腐れ親父もサザンドゥーク共和国に逝くと仰っていたので、わざわざ頼みに逝ったんですよ
なのに……あの腐れ親父は何をしていたのですか?」
「別行動だったんだよ」
「……それでも……護ると約束してくれたのに……」
「責めてやるな、あれはオレのミスでもあるんだ……オーディーンの所為じゃねぇ
勝機を呼んでたし勝ち目はあると想って油断してたんだよ
まさか目の前で爆破スイッチを押すとは…思ちゃいなかった……オレの油断だよ
だけど……オレの青龍を傷付けやがったのは許せねぇけどな……」
死者に鞭は打てない以上は溜飲を下げるしかなかった
「そう言えば伴侶殿は?」
「カラフがいるからな……控え室に逝かせた
事を運ぶ以上は……伊織の存在は邪魔になるからな」
「君は本当に昔からモテますね」
「オレは青龍さえいれば良いんだけどな」
康太はそう言い笑った
戸浪はそれを黙ってみていた
円成寺は戸浪の傍に逝くと
「私に連絡してくれたのですよね?
連絡がつかなくて本当に申し訳なかった」と謝罪した
戸浪は「お忙しいのですから気になさらずに……」と言った
「忙しいのは貴方の会社と同じ、海賊に船を拿捕されから、解放に向かって動いていたのです
でも……一筋縄でいかないのがアラブ諸国連合なのです
国の繋がりは石より強く強固なので万策尽きていました」
「……私も……そうでした……無力で何も出来なくて……会社の信用は失墜してしまうのを恐れていました」
「私も一緒です……君だけが無力な訳ではないのです……」
「円成寺さん……」
「さぁ闘いの前に腹拵えをしましょうか?
若旦那、腹が減っては本気は出せませんよ」
円成寺が謂うと康太も「だな!別室に伊織と貴史と一生と田代がいる」と別室で合流した後に何か食べに行こうと話しかけた
部屋の外に出るとアズィームとルーチェが待ち構えていた
アズィームは「一緒に食事はどうですか?」と尋ねた
そろそろガツガツ食いたい康太は
「………肉に食らいつきてぇ…」と呟いた
ルーチェは「バイキングをご用意致しましたので好きなだけ食べて下さい
記者の方達もまだ王宮にいますの気兼ねなく食べれると想います
カラフ殿下が総てが整った時の記者会見の場を探しておいででしたので、この宮殿をご提供致しました」とテキパキ仕事を始めた様子を伺わせた
アズィームは「僕も今日は疲れたので無礼講って事でお願いします」と肩が凝った付き合いは御免だと伝えた
別室に榊原達を迎えに逝くと、榊原は康太を抱き締めた
王太子殿下の手前我慢したが…王太子がいないのなら抱き締めていたかったのだ
康太は部屋に入ると「飯食うぜ!」と食事を伝えた
兵藤は「何処で食うのよ?」と問いかけるとルーチェが答えた
「広間にご用意致しましたのでどうぞ!」
兵藤は康太を見た
ガツガツ食いてぇんじゃないのか?
そりゃぁ付き合いもある
付き合いもあるけど、ガツガツ食べさせてやりたかった
ルーチェは「バイキングに致しましたのでガツガツ好きなのを食べて下さい
康太さんの好きな『たきぅあん』と謂うのもご用意致しました
カラフ殿下がTOKYOに逝った時に買って来たみたいで、食べさせてやってくれと持ってきて下さったのですよ」と誘い文句満点で言ってのけたから皆がその気になった
皆で広間へと向かう
広間にはバイキングが沢山並べられていた
各国の報道関係者も混じってバイキングを食べていた
世界共通語、英語が飛び交う不思議な空間へと康太達は足を踏み出した
康太はデカいロブスターを皿に取ると席に戻って格闘した
榊原が見かねてロブスターを食べやすくしてやっていた
何時もの光景だった
一生は榊原の分も皿に盛って来た
そこへルーチェが沢庵を持ってやって来た
沢庵と共にご飯も一緒に持って来た
ルーチェとアズィームも一緒に食べるべくお皿を持ちバイキングから好きなのを盛って来た
康太はご飯と沢庵に上機嫌でご飯をかっ食らっていた
「そのご飯はチンする奴なので……何時も食べられてるのよりは落ちると想いますがカラフ殿下の想いなので……」
「おう!後で礼を言っておくよ!
ルーチェどうよ?今の感想は?」
「不思議な感覚に御座います
僕は……狭い空間に閉じ込められていたので……テレビやPCしかなかった
こんな広い城の中を歩いていたりすると疲れてしまいます」
ルーチェの言葉に康太は笑った
「アズィーム、ルーチェ、カサイール卿がお前達の家庭教師を連れて来るからな焦らずに勉強して逝け」
「「はい!」」
アズィームとルーチェと親しく話していると、報道関係者が近寄って来た
康太に近寄ろうとすると一生と兵藤は立ち上がって「寄るな!」と伝えた
「お話を聞かせて下さいませんか?」
新王と摂政と仲の良い存在と謂うのが気になって取材をすべきだと想った
東洋人の顔した少年が何故その場にいるのか?
気にならない方がおかしかった
榊原は険しい顔をすると「食事中なのが見えませんか?」とにべもなく断った
食事中なのが見えない程に愚か者なのか?
そう言われたも同然だった
報道関係者は仕方なく……引き下がった
康太は沢庵を堪能しご機嫌だった
食事を終えると康太達はホテルへと還った
宮殿にいる方が落ち着かない
と想ったからだ
どの道、夜明けと共に動き出すのだから……
サザンドゥーク共和国に新しい夜明けが明けると同時に……
混迷を続けていた海賊の問題も片付くだろう
新しい朝陽が上る
この異国の地にも……朝陽が上る
康太は果てを見ながらサザンドゥーク共和国に来た半分の目的が終わろうとしているのを感じていた
石は何処かへ逝った後だった
何処かへ逝った石が今後何処へ逝くのか?
……イルメキシタイン王国みたいに……操られ利用される可能性もある……
その時は……その国は石ごと滅んでしまうかも知れない……
これ以上……被害出す事なく……
康太は目を瞑った
願わくば……
この蒼い地球(ほし)が……
何時までも輝いています様に……
願わずにいられなかった
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