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第43話 カメラの眼
今枝浩二はアラブ諸国連合、相談役の大老と共に海賊のアジトへ同行する事となった
カメラマンは待機させ自分がカメラを持ち着いて逝く事にした
何かあった時に犠牲者は一人でも少ない方が良いからだ
空港からセスナに乗り3時間飛び
飛行機から下りた後は馬へと乗り換えた
馬に慣れぬ今枝の為に大老は馬車を用意させた
自分は馬を飛ばし、今枝は馬車に乗せる
大老は60代後半位の年なのに、馬を駆けて走る姿に、その年齢にはない力強さを感じていた
大老と共に馬を駆けるのは侍従と側近だった
海賊のアジトに出向く前に大老は
「儂が良いと謂うまで絶対にカメラには触れるな!命の保証がないぞ!」と注意をした
今枝はそれに従った
かなり走った頃海賊のアジトに到着した
アジトに入るには厳重なボディチェックを受けた
海賊側も警戒介しているのが伺えれる光景だった
大老は毎回の事だから慣れているのか、何をされても動じなかった
今枝も同様チェックを受けカメラを何故持っているか尋問を受けた
カメラを持った東洋人と謂うだけでかなり胡散臭い
海賊の下っ端は今枝と大老に銃を突き付け、他の者に責任者を呼びに逝かせた
すると態度も喋りも横柄な海賊が呼ばれてやって来た
「幾ら大老でもジャーナリストなんて連れて来るのは許されねぇぜ?
生かしては返せねぇな!」
脅しじゃない威圧感を含んだ声だった
大老は「笑止」と笑い飛ばした
「我等が何故この地に遣わされたのか?
儂が其奴を何故連れて来たのか?
意味もなく連れてなど来ない!
我等は神の意思で動いているのだ」
「へぇ……そんな御大層な神とやらがいるなら……何で俺等は貧しい塵扱いされなきゃならなかったのか聞きてぇな!
この世に神なんて存在してねぇんだよ!」
海賊は怒鳴った!
騒ぎを聞き付けて海賊のトップとおぼしき男が顔を出した
「何事だ?」
尋問をしていた海賊はその男を「アスラ様!」と呼んだ
アスラ様と呼ばれた男は大老を睨み付け
「事の原因は貴方か?」と問い質した
「アスラ殿、貴方に話があって来た」
「船の件か?」
「そんな小さな事ではない
貴殿達の将来の話、貴殿達の未来の話
それを儂は託されて来たのじゃ!」
「………世迷い言か?ボケジジイ」
アスラの言葉に大老は、ふんっ!と嗤った
「信じないのならそれでよい
だが儂は託された
この命を賭してでも完遂せねばならぬのだ
お主達が儂を殺そうとも、未来は変わらぬ
未来は神の手に………あるのだからな」
アスラは「それはまたクソ面白い事を抜かしやがる!」と言い剣を今枝に突き付けた
平和ボケした国に生きる者ならば、自分の命の危機に慌てふためくと想っていた
だが今枝は剣を突き付けられても……動じなかった
「これは嚇しじゃねぇぜ?」
今枝は静かに「でしょうね……」と答えた
剣には握る者の殺意が宿る
アスラはその殺意を臆面もなく隠してはいなかった
剣先からビシビシと憎悪が伝わる
だが今枝は顔色一つ変えなかった
「嚇しじゃねぇと謂ってるんだぜ?お猿さん?
それとも自分は殺されないって想っているのか?
あぁ、解った言葉が解らないのか?」
アスラはバカにして煽った
今枝はアラビア語で「يمكنك أن ترى كلمة(言葉はわかる)」と答えた
アスラは驚いた瞳で今枝を見た
そして………今枝の首に突き付けた剣に少しだけ力を込めて傷付けた
すると今枝の首から……血が流れた
だが今枝はまだ顔色一つ変えなかった
「へぇ……言葉は解るし、この現状が解るのに……恐れないんだ……」
「俺は伝えると約束した……まだ何も伝えてないのにこの場で死ぬ訳にはいかない」
「何か面白い事いってるじゃねぇか……
ならこの場で死んでみろよ…それでもその台詞が謂えるのか?」
アスラは今枝の心臓に剣を突き付けた
それでも今枝は平然としていた
その態度がアスラを駆り立てて逝った
何処までやれば……顔色が変わるんだ?
そんな想いの方が強かった
アスラは剣に力を込め、今枝の心臓を一突きに貫こうとしていた
剣が今枝の心臓に突き刺さろうとした瞬間………
今枝の体躯に触れた剣が……サラサラと砂の様に……砕けて消え去った
アスラは自分の手を呆然と見た
握っていた剣が……消えた?
俺の握っていたのは砂の剣だったのか?
嫌…違う……
アスラは地を這う低い声で
「お前…何した?」と問い質した
今枝は「それは俺にも……解りません」と答えた
「……お前が何かしたんだろうが!」
アスラは一歩も引かなかった
「俺は何もしていない
だけど…俺はまだ約束を完遂してはいないから死ねないのでしょう」
剣を突き付けられて怖いと謂う恐怖は抱いた
だが撮ると約束した以上は、撮らずには逝けぬ
それが約束だから……一歩も引かない!
それが今枝を支えていた
アスラが他の剣を手にしようとした時
「何度やってもお前の剣は砂の様にサラサラと消し去ってやる!
無駄な事に労力を遣うのは止めとけ!」
と言い、弥勒が姿を現した
アスラは「お前は何者だ?」と問い掛けた
何もない所から人が出て来る時点で……
それは神の聖域か、霊の領域としか言い訳が出来ない状態だった
転輪聖王は神の装束で姿を現していた
真っ白の胴衣を着て光輝いていた
その姿はどこから見ても“神”だった
「我は今枝の命を護る者だ……
それが……アイツの頼みだからな
だから今枝には指一本触れさせる気はない!」
アスラは折れるしかなかった……
それ程に目の前の存在は威圧感を放っていた
アスラは「話を聞こう」と言い、自分のアジトへと連れ帰った
一部始終見ていた海賊は弥勒が歩いて逝くと、消されては堪らないと逃げて逝った
アスラはアジトの一番大きな部屋へと通した
部屋に入るとアスラはソファーに座り…気を落ち着けようとした
そして大老に
「…それでは大老、貴方の話を聞こうではありませんか」と切り出した
大老はアスラを射抜いて
「倭の国の船を解放してはくれぬか?」
「………無償でか?」
「お前達が海賊に走ったのは働く場所もなければ旱魃や洪水で作物も取れず……貧しい暮らしに終止符を打つためだったな?」
「……あの小さな…俺達の国は……海賊を止めたら餓えて死んでいくしかねぇ……
それを解っていて……海賊は止められない
大老が倭の国の船を解放しろと謂うなら…解放してやっても良い……
だが海賊を止める云々の話は聞けねぇ……」
「貧困の果てに学べない悪循環を糺す……
幼き子は学問を学び、世界を学ぶ
その小さき国から世界レベルの知能や知恵を産み出せる程には追い付かねばならぬ
まずは…そこから始められては如何だ?」
「……学べか……学べる環境なら学んでる
貧しさは俺達に何を与えた?
男も女も親に売り飛ばれ毛も生えねぇうちから客を取らされる奴もいる
死ぬまで奴隷の様に働かされる奴もいる
字も書けない、読めない奴等の方が多いこの国で生きていくのは…
理不尽な扱いに耐えて…罪に手を染める奴だけだ…
この世界は貧しい国に誰も恩恵は与えない……
貧しい国には振り向きもしない……
家族や仲間が……売り飛ばされどんな目に遭ったか……ご存知ですか?
俺も……毛も生えねぇうちに親に売り飛ばされ客を取らされていた
客を取れるうちは売春をやらされ、売り物にならなくなったら奴隷の様に労働を虐げられる
それがこの国で生きていく術だ
無力なガキはゴミの様に打ち捨てられ死んで逝くしかい……
こんな理不尽が罷り通る国に……俺達は生きているんだ
想像つくか?ジャーナリストを生業にする者よ!
俺は運良く生きて来られたが、目の前で嬲り殺しされた奴もいた
何時死んでも不思議じゃねぇ生活をしていたんだ
俺は運が良かった
運の悪い奴は死ぬしかない国なんだよ!
そんな国に生きるしか出来ないのなら……
そんな不幸な奴を少しでも減らす為に……立ち上がるしかなかった
これは必要悪なんだよ……」
今枝は……アスラの思い出したくもない過去を話させてしまったと感じていた
そして誠心誠意、言葉を紡ぎだし問い掛けた
「アスラ殿……そんな奴を減らす為に動かれているのなら、学びは必要になって来る筈だ
あの方は俺を送り出す時に、『今枝、理不尽に生きなきゃならない者は知っていて罪を犯す……それはそれしか道がねぇからだ
誰にも照らされずに生きていくしかねぇからだ
だから照らしてやれ……お前の力で正しい道に導いてやれ!
でないと引き返す道さえなくなる
その眼で見極めて撮るんだ!』と託されて送り出されたのです
貴方達は楽しんで海賊をやっている訳ではないのなら、俺に撮らせて下さい
そして改革の旗を上げて下さい
俺は貴方にだけ罪を背負わせる今の現状が不安です
このままで逝けば武力軍に制圧され……その首を晒し首にするしかない……
貴方をスケープゴートにして手に入れる明日など……あってはならない」
「………お前……」
剣を突きつけられ……殺そうと脅したのに……
真実を伝える為に動いてくれると謂うのか?
アスラは見返りもなく動こうとしてくれている存在が……怖くもあり……嬉しくもあった
だが……総ては遅い……
「………お前、名前は?」
アスラは今枝の名前を問い掛けた
「今枝浩二です」
アスラは今枝の苗字を口にして言いにくいからコージと口にした
「コージ……もう…何もかも遅い…
何時か罰せられる日まで突き進むしかないんだ
そして…総てを終えたら…覚悟はしている」
総てを背負って消えるべき存在は自分なのだ…とアスラは言った
今枝は「貴方も此処では死ねませんよ!ですから俺を遣わされたのですから……」と事なげにそう言うと、大老に
「大老、今後の計画をアスラ殿にお伝え下さい!
そして俺は、それを撮ります!
撮影を許可して貰えますか?」と言った
その瞳は真実を伝える為だけに在る光を宿していた
大老は静かに口を開いた
「飛鳥井建設がお前達の国に学校を建てるそうだ!
子供達を学ばせよ
そして……理不尽に命を落としている事を解らせなさい
まずは気の長い話だが……そこから始めると申されていた
子供の明日は虐げられて良い未来ではない
だから学ばせ世界を見られる知識を持つ子を育てる
そしてお前達は海賊をしなくても食える様に職を提供する
お前達の国にトナミ海運と赤蠍商事が共同融資した会社を開き、その地に根付いた倉庫を建てる
労働者を雇う
職のなかった者達は働ける環境を手に入れられる
ドゥバイの王太子殿下も協力は惜しまないと申された
お前達の国はもう海賊などやらなくても良い国へと変貌を遂げるだろう
倉庫が出来れば働き手が収入を得られる
収入を得られれば、今以上に消費が支えられインフラが整うだろう
そして未成年は学ぶと謂う事を義務化し、保護する
親が売り飛ばそうとするなら保護し、罰せる……最初は上手くは行かないだろう
だが一年先はどうなっている
十年先は?……どうなっている?
国は定着させる為に改革を行う
何一つ改革せずに武力で変える事は出来ないのだ……解っているであろうアスラ」
大老はアスラを説得する為に……必死に語りかけた
今枝は「世界には恵まれない子供達を救おうとする人達が大勢います
そんな子供達を救おうとしてくれる人達もいるんです
俺は世界へ向けて撮ると謂う事で発信して逝く者です
貴方達の真実を伝えて世界に発信して逝く
人の力は小さいモノだけど、集まれば……世界を動かす力となる
燻っていても何一つ解決はしない
今なら……貴方の血も流す事なく……改革が始められる筈です
俺を貴方の国に連れて逝って下さい
そして撮らせて下さい
貴方の国の子供達だって笑顔がある
それを俺に教えてください!」
殺そうとしたのに……
なんてお人よりなんだ…
アスラは無償で動く人間と謂うモノを初めて目にした
今枝は更にアスラに話をした
「アスラ殿、俺も総てを諦めて生きていた時があります…
ジャーナリストとして己の仕事に命を懸けて生きていた
その道が……我が子の病気で途絶えた
妻はその子に付きっきりになり、俺はとにかく金を稼ぐ為にやりたくもないゴシッフを撮って生きて来た
この場所は俺の求めた場所じゃない……
俺は……世界に伝える仕事がしたかった
なのに現実は諦めるしかなった
だが夢は0じゃない……何時か……何時か夢の場所に立つ
その思いだけで生きていた
そんな時に……出逢った人がいる
その人が……明日のない我が子の命を繋げてくれた
そして『お前の眼は報道者として真実を伝えようとして輝いているな』と言ってくれた
お前の望む道に逝けば良い……
そう言い俺を望む場所に送り出してくれた
だから今の俺がある
今の俺は……あの人に生かされた存在
だから俺は真実から眼をそらしてはいけないんだ
俺はこの世の真実を撮る……そう決めて生きているんだ
だから俺に撮らせてくれないか?
貴方の国の……“今”を。
明日になれば変革と謂う風が吹く
そうした明日では撮れない“今”を撮らせてくれませんか?」
撮る為に必死に第一線で踏ん張って来た
それは総て……この日の為に在ったのか……と今枝は想った
アスラは今枝の嘘も隠しもない真実を聞いて……総て見せようと想った
この人になら真実を伝えてくれると想った
それ程に今枝の言葉は重く、アスラを動かした
アスラは「解りました……その前に……話を聞いてくれませんか?」と問い掛けた
「はい。話してください」
「コージ、お前はインシュアラーと謂う国を知っているか?」
地図にも下手したら載っていない小さな国を知っているか?
アスラはそう問い質した
今枝は正直に「知りません」と答えた
「我等はアデン湾から大分外れた小国、インシュアラーと謂う国だ
地図にも……載ってはいない……小国だ
我が国は資源も乏しい……若者は出稼ぎに出て逝くか犯罪に手を染めるしかない
その昔は阿片の栽培で国を支えていたが……阿片を巡って戦争がおきた
我が国は……色んな機関の介入を余儀なくされ……
阿片は総て処分された……
そして海外から批判を受けた
コージ、何故我が国は海外から批判を受けたか………解るか?」
今枝は総ての知識を総動員して考えた
ソマリアの最果ての小国 インシャアッラー
世界から叩かれたと謂う事は……ニュースになっている筈だ
インシャアッラー……インシャアッラー……
あ……インシャアッラー(إن شاء الله)とはアラビア語で「アッラー(神)の御心のままに」と謂う意味を持つ国、思い出した
国がかりで阿片を栽培していて、その阿片が国の収入源だった
だが、その阿片が世界均衡を狂わし、阿片の値崩れ引き起こし戦争がおきた
そこまでならこの世界で起こっても批判など受けないレベルだが……
阿片を栽培していた人間が商品にならない阿片を手にした
泣いてうるさい子供に阿片を吸わせて大人しくさせた
世界保健機関が踏み込んだ時には…阿片中毒の子供達が沢山見付かった
大人から乳飲み子まで阿片の犠牲者となり……国際人権擁護団体が騒ぎ立て問題は拡大
貧しい国は……批判を受けて……阿片栽培を取り止めた
「阿片で中毒になった子供達は…今どうしていますか?」
やはり知っていたかとアスラは、ジャーナリストとしての今枝の力を見極めた
「………この世に生を成した瞬間から……阿片を吸わされて育った子供は……阿片に精神依存して…治療さえ拒み……命を断つか廃人になるしかなかった……
脱力感、虚無感……精神を崩壊して……行き着く先は……廃人だ
阿片を覚えた人間は……その多幸感を薬でしか望めなくなる
薬を断てば狂うか……死ぬしかない……」
アスラは苦しそうに……そう言った
「………薬物離脱は本人の精神力に掛かっていると謂われるが……それを支える存在なくば……心が負けてしまうしかない……
それは壮絶な……地獄となったでしょうね」
「あぁ……薬物中毒者を支えようとした人間もまた薬物に陥り……堕落した
女は体躯を売り薬を買い……何度も妊娠した……そんな子供達が…我等の同胞となり海賊になった
あの子達は……国が狂わした可哀想な犠牲者だ……」
「此処で……変わりませんか?
世界規模で救いの手を借りようではありませんか!」
「……変わる機会なら……阿片で国際人権擁護団体が踏み込んだ時に……変わるべきだったと……想う
だが彼等は騒ぎ立て避難して……踏みつけて……見向きもしなくなった……それが現実だと……想う
世界はどうあっても……我等を見捨てたのだから……」
「見捨てられて良い命なんてない!」
今枝は大声を張り上げて訴えた
「誰も振り向かないなら……振り向かせる為に動く……
最初は小さな力でも、少しずつ少しずつ理解を得て見てくれる人を増やして逝こうとは想わないのか?
このまま海賊をして……何時か裁かれる日を待つだけだと謂うのなら……
理解される様に……動いてくれませんか?
貴方の力は小さいかも知れないが……
俺が……突破口を必ず開いて見せます
そしたら……そこから光が溢れ出せば……救いの手は必ず差し出されると…想います
我々は一人では何も出来ないけれど、人が集まれば世界も変えられます
変えましょう!
俺は……その為に遣わされたのです」
「……コージ……私は……夢を捨てなくても良いのか?」
「夢は掴む為にあるのです!
チャンスは一度!
“今”掴めと謂っているのです!」
「……コージ、大老……私達の国に……来て下さい……総てをお見せ致します」
「貴方が総てを見せてくれると謂うのなら……何時か……俺を救ってくれた人にも逢ってくれる事を望みます……」
「……あぁ……総て片付いたら……逢うと約束しよう……」
アスラは今枝の手を固く握り締めた
約束を違えない様に…固く固く……握り締めた
今枝と大老はアスラ達の国に出向く事になった
インシャアッラー
神の御心のままに……と謂う国へ向けかった
神よ
本当に貴方がいるなら……
俺は問い掛けたい
こんなに苦しんでいる人間がいるのに……何故貴方はこんなにも無慈悲なのかと……
取材で内乱の勃発している国に何度も足を運んだ
闘いは……人を多く殺し……
不自由な体躯を与えた
地雷で足を吹き飛ばした子は必死に落ちた木を支えに歩いていた
闘いで負けた大人は……心を殺して……無気力に時を過ごす……
頽廃した国は何処へ逝くのだろう……
子供を集めた養護院が、臓器売買の組織だと発覚して、多くの子が死に絶えた事件を追った時、憤りを感じた
里子に送られる子は綺麗に着飾り、美味しいモノや楽しい事をして幸せそうに笑っていた
幸せの絶頂で眠らされ臓器を摘発され…ゴミの様に秘密裏に捨てられる
そんな事件なら……嫌と謂う程に見て来た
眼を覆う事件も……
耳を塞ぎたくなる事件も……
限りなく見て……
何故自分はまだ……この場にいるのか何度も問答した
最前線に身を置くと謂う事は……
限りない不幸を目の当たりにすると謂う事だった
それでも続 けて来たのは……
そんな中から一人でも良い…救える存在がいるのなら……
救ってやりたいと想ったから……
現実から眼を反らしたら誰が真実を伝えるのか?
そう願った想いと……
その役目は自分でなくても誰かがやる
そんな想いが鬩ぎ合う
それでも……あの日救われた命は……輝き続け誰かを照らせる光となれば……
そう想って走り続けた
そう。救えなかった子達を……救ってやりたかった……
無念を幾度味わったろう…
無力な自分は何度叩きのめされ…泣いただろう……
それでも立ち上がり続けたのは、自分はジャーナリストと謂う使命感があったから…
真実から眼を反らしたら…この世の光を奪われる者が必ず出てしまうから……
真贋……貴方の瞳には俺は真実を貫き通せていますか?
今枝は乞うように考え込んでいた
アスラはインシュアラーへ向かう為に準備をしに行った
車の用意が出来ると部屋に戻って来た
今枝は何やら考え込んだ風だった
アスラは今枝にジャーナリストとして生きて悔いはないのか?訊ねた
「コージ、お前はジャーナリストは辞めようと想った事はないのか?」と訊ねた
「辞めたいと何度も想った
もう見たくないと何時も想った…
自分の無力さは誰よりも知っている
真実を伝えたって…真実など知らない方が良い…時もある
何度も何度も挫折したし、辛酸を飲まされた
辞めてやる!そう想って泣いた時もある」
「なら…何故今も…その立場にいるのだ?」
「此処が俺の望んだ場所だから…」
「…え?…」
「俺は……この場所に立てなかった時に散々願った
そして今、こうして望む場所に立っている
これは偶然じゃない
この場所は与えられた場所なんだ
あの人が俺に与えてくれた場所だから……逃げ帰る恥だけは晒せない」
「……導いてくれる人との出逢いは……奇跡に近い……お前は導かれた存在なんだな」
「あぁ、だから俺は……伝えねばならない死命があるんだ」
「何時か………逢ってみたいな……
お前を導いたと謂う人間に……」
「逢えるさ、これは偶然じゃなく必然な明日なら必ず逢える日は来る」
その自信に満ちた言葉は信頼なくば語れないと想った
信頼
自分は……その信頼を今枝と結びたいと想った
弥勒はいつの間にか消えていた
アスラがもう何もして来ないと踏んだのだろう
こうして離れていても護ってくれる康太の存在が今枝を支えていた
だから……まだ歩いて逝ける……と奮い立たせ、今枝は真実を伝える死命を完遂する
アスラが用意した車に大老と今枝は乗り込んだ
舗装もしていない道をガタガタ走り、砂漠を突っ切って逝く
容赦のない太陽が今枝と大老を襲う
アスラは今枝に布切れを被せた
「太陽がキツいだろう……」
「この太陽の下で生きるのは大変だな……」
下手したら容赦なくその命を奪って逝くだろう
ガタガタ道の衝撃はかなり腰に響いた
クッションがないに等しい車の座席は、衝撃がモロに伝わり体力を消耗させた
鉄板の上に乗って河川敷を走っている様な衝撃に、今枝は流石と眉を顰めた
そんな苦行を耐えてインシュアラーへと到着した
その国は本当に小さく、ほぼ東京位の面積しかなかった
一つの都市と国が同等の面積だと謂うのが不思議な感覚だったが……
広大な土地はあっても、砂漠が占めてて生活できるのはほんの一部しかない
イルメキシタイン王国の様な広大な土地も
サザンドゥーク共和国の様に豊富な資源もなにもない
砂漠の中のオアシスの様な国……
今枝は想像しているよりも重い現実を突き付けられたも同然だった
アスラは国の中へとゆっくりと車を走らせた
やはり国の中も舗装されていなくて、車が走ると土煙を上げて視界を悪くさせた
今枝は「下ろしてくれ!」と告げた
アスラは車を停めた
「どうするのです?」
「車に乗っていたら撮れない事もある」
「………危険ですよ?」
「危険を避けていたら真実は撮れない」
「………では俺が……共に行きます
今、無線で人を呼びます
それまで待ってて下さい」
アスラは無線で人を呼ぶと、車から下りた
大老も二人に続いて車から下りた
アスラの元にやって来た人間に、アスラは車を託して今枝と共に歩き始めた
道端に寝ている男がいた
無気力に瞳は虚ろいで宙を彷徨っていた
口からは淀が止めどなく溢れだし…見るからに薬物中毒の症状を見せていた
よく見てみれば、道路に寝ているのは、その男だけではなかった
今枝は「道路と家を整備して、水の確保をせねば……なりませんね」とインフラの先を見据えて言葉にした
大老は「インフラを整えれば、人は余裕が解るようになる。そうなったら人は方向性を失い犯罪が増える……」と整えた後の方が大変だと助言した
「ですね、それも追々考えて逝かねばなりませんね」
今枝はあっちこっちにカメラを向け、写真を撮っていた
何本のフィルムを交換したろ?
足は棒の様になるまで歩いた
それにアスラと大老は付き合って歩いてくれていた
アスラはもっと先に逝くと危険だと言った
治安などあってない様なモノだが……更に奥に逝くとスラム街さながらの柄の悪い奴等が生息していた
インシュアラーの闇の部分と言って良い場所だった
今枝は足を踏み込んだ瞬間、据えたような臭いに……鼻を塞いだ
道端に……半ば……白骨化している遺体が転がっていた
それが酷い臭いを放っていた
遺体にはナイフが突き刺さっていた
今枝はアスラに「何故遺体が回収されないんだ?」と問い掛けた
「回収しないんじゃない……出来ないんだ」
「何故?」
「この遺体を回収しても……収容出来る施設がないんだ
……遺体が残っているのは珍しい……下手したら砂漠に棄てられ……総てを砂漠が消し去る方が多いからな」
「遺体から出る蝿が病気を広める事もある
疫病が流行ってしまう……」
「……そうなったら皆……神に召されるだけです……
我らはなにも出来ないのです……」
今枝は……これがこの国の現実なのかと……痛感した
この国が異例な訳ではない
こんな風に文明から置き去りにされた国はまだまだ埋もれているだろう……
だが……そんな国に少しでも光が当たれば……
今枝はそう願って止まなかった
今枝が写真を撮っていると、柄の悪い男達がグルッと取り囲んだ
「部外者を引き連れて何写真を撮らせているんだよ!」
男達はかなり怒り心頭と言った感じだった
アスラは「この国が変わる為の起爆剤となる為にだ」と男達を見据えて言葉にした
男達は馬鹿みたいに笑って
「世界に打ち捨てられた国は……どうやっても救われなんかしねぇんだよ!」と喧嘩腰に言った
「………そう……俺もそう思っている……
だけど変わるなら……どんな切っ掛けだって縋り付いて足掻いてみるしかないと想っている」
アスラの真剣な物言いに男達は
「ご勝手に!精々頑張ってくれ!」と背を向けた
アスラは「………仕方ないじゃないか……」と言い唇を噛み締めた
今枝は歩みを止める事なく写真を撮っていた
国民は遠巻きにそんな今枝達を見ていた
国中を歩き回って広間に出ると、陽は沈みかけていた
夕方になると子供達が外で遊んでいる光景が見られ、今枝はカメラを構えた
そして……シャッターを押す手が……止まった
子供達は栄養が行き届いてないのかガリガリで異様にお腹が出て……
栄養失調なのが伺えれた
目は奥に窪み……骸骨に近い程痩せ衰えていた
これが……この国の将来を担う子供達だと謂うのか……
薬物に犯された大人は……無気力に路上で転がり……
子供達は痩せ衰えて……この状況が続くなら……近い未来で命は途絶えるのは確実だった
この国の未来は……繋がれては逝かない……
繋ぐべく存在が……
今枝は涙が止まらなかった
だが涙を拭うと写真を撮り始めた
アスラは今枝が好きなだけ写真を撮るまで何も言わなかった
この国の子供達の為に……涙を流してくれた
それだけで胸が熱くなった
今枝がカメラを置く頃には、辺りは暗闇に包まれていた
街灯が一つもない街と言うのは……暗闇に包まれ、先が見えない
アスラは懐中電灯を取り出すと行く先を照らした
「もう良いか?コージ」
「あぁ……ありがとう」
「なら来てくれ」
アスラはそう言うと歩き始めた
大老と今枝はその後を着いて行った
アスラはその国で一番大きな建物の中へと入って行った
「この建物は?」
今枝はこの国に不似合いな立派な建物に違和感を感じて問い質した
するとアスラは「この建物は海賊を始めて初めての身代金で建てたものです
拿捕した人を収容する為だけに建てたものです」と説明した
コンクリートで作られた建物は、この街の泥作りの建物よりも立派で……寒々として建っていた
「日本の船の乗員乗客はこの建物の中にいます」
そう言いアスラは建物の鍵を開けて、今枝達を中へ入れた
中に入ると直ぐ様施錠をして、幾つかそれを繰り返した
そこまでしなければ、中の人間の安全は確保されなかったのだろう……
建物の中へズンズン入って逝くと、ホテル並みの寛げる空間が出て来た
見るからに日本人と想える人間は、寛いで本を読んでいた
そして顔を上げると「アスラさん」とアスラの名を呼んだ
アスラはペコッとお辞儀をして
「不自由してませんか?
もうじき貴方達を解放します」と伝えた
奥から男性が出て来て「倭の国は身代金を出してくれると言って来たのですか?」と安堵した顔で問い掛けた
そして今枝の姿を見ると……怪訝な表情をし
「……日本人?」と問い掛けた
今枝は「はい。日本人です」と答えた
「アスラさん……これはどう言う事なのですか?」
男はアスラに問い掛けた
アスラは男の事を『Mr.タチバナ』と言った
「Mr.タチバナならasukaiと言う名前に心当たりがおありですよね?」
「飛鳥井……飛鳥井康太?」
橘は今枝を見て問い掛けた
「そうです。俺はあの人に頼まれてこの地に立っています」
「……あぁ……あの方が出られるのか……」
橘は安堵の顔を見せた
アスラは「知っておられるのか?」と橘に尋ねた
「私はトナミ海運の人間です
トナミ海運の人間で飛鳥井康太さんを知らない人間はいません!
そうですか…彼が出てくれるのですか……
なれば……この停滞した交渉も終わりを告げるでしょう……
アスラさんは…交渉を飲んだから東都日報の記者さんを連れて来ているのですよね?」
「Mr.タチバナ…貴方はコージの事も知っているのか?」
「わが社はその人の記事に幾度か助けられたのです
誰に叩かれようとも真実を伝える…
その記事が国を覆そうとも怯まず真実を伝える
それが東都日報の今枝浩二さんです
彼の写真は真実の先を写す
私は幾度となく彼の写真で涙しました
それらの写真で個展を開きませんか?と誘っているのに……ジャーナリストを辞めたら……と結構頑固なお方です」
橘は嬉しそうにそう答えた
今枝は「貴殿方は拿捕され……捕まっているんですよね?」と状況が把握できずに尋ねた
それほどに、この建物の中の人間は寛いで穏やかな顔をしていた
とてもじゃないが、理不尽に捕まっているのなら『アスラさん』とは謂わないだろう……
橘が何か謂おうとした時、部屋の奥から
「詳しい事は私が話しましょう」と言い、初老の男が姿を現した
「初めまして……ではありませんね今枝君」
そう言い男は今枝に笑いかけた
「雅祥さん……何で?」
今枝は唖然として呟いた
今枝の目の前に不動雅祥の姿があった
今枝はそれが信じられずにいた
ランプに照らされて立っている姿は紛う事なく不動雅祥本人に間違いなかった
「今枝君、康太は元気だったかい?」
「色々とありましたから……元気と言って良いのやら……解りませんが、彼はご自分の役割を解ってらっしゃって導いておられてました」
「………彼は……中東に……来ているのかい?」
「はい。イルメキシタイン王国の軌道修正を図り、サザンドゥーク共和国の内乱を止め新国王を送り出されました」
「………そうか……って事はかなり無茶したんだろうね……」
雅祥は想いを康太に馳せて……苦笑した
「かなり無茶したと言うか……伴侶殿が一時的に……この世を去られたので……
康太は……少し大変でした」
「……伴侶殿が……それで今は?
大丈夫なのかい?」
「ええ。俺はお二人に見送られ、この地にいるのですから……」
今枝の言葉を聞き雅祥は安堵しつつ、今枝に総てを伝えねばならない、それが優先事項だと踏んだ
「今枝君、私は赤蠍商事(レッドスコーピオン)の社員として船に乗っていたんだ
それが康太の命令だったからね
だから船が拿捕されても、恐怖はなかったよ
彼は……送り出す者の命を……常に護ろうとしてくれるからね……
トナミ海運の船もその後に拿捕され、乗員乗客が連れて来られた
アスラ殿は私達を客人として迎え入れてくれた
だから私達は客人として、この建物の中にいる
私達は……インシャアッラーの国の状況をアスラ殿から聞いた
苦しい立場を私達は理解した
そして決して危害は加えない……そう言ったアスラ殿の言い分を聞き入れて、此処に留まった
私達が出来るのは身代金で……アスラ殿の国が潤う事を願った
………この国の総てからアスラ殿は私達を護り矢面に立っている
それも総て……自分達の国を護る為……にだ。
そしてアスラ殿は国が少しでも豊かになったら……自らは裁かれに逝くんだと想った
そんな悲しい未来しか……用意されていないのかと想ってやるせなかったが、康太が出てくれたのなら……違う明日を用意してくれたのだろう
そして今枝君、君がその大役を担ったのだね?
ならば君は撮らねばならない!
私達を……インシャアッラー国で捕虜として、どう過ごしているか?
世界に伝えて下さい
私達は捕虜としてではなく
客人として扱われて過ごしている
海賊行為は人道的に許されざる行為だ
それを一番知っているのは……海賊をしている彼等だ
それでも国民を救う為に……彼等は海賊行為を続けるしか生きる術がないのが現実だ
だが……このまま“悪”として裁かれる日を待つだけなんて無情すぎないか?
悪い事はしている
だがそれをせねば生きられない者がいる真実が何処へも発信させずに断罪されるのは……あまりにも哀しすぎると想っていた
それが……私達捕虜の総意だ……
だから……どうか今枝君……この国をどうか救ってやってくれないか?
貧しい国はこの国の他にも沢山あるだろう
この国と同じ様な国は……沢山あるだろう
総てが救えないのも知っている
だが……誰の手も差し出されずに打ち捨てられた国があるのを……発信せずにはいられないのだ……
この国が特別なのではない
この国が悲劇に満ちているのではない
だがこの国の未来は……明らかに閉ざされている
わが社の社長は……この国の為に……協力してくれると言ってませんでしたか?
ならば変えて逝ってくれませんか?
無血で……終息させてやって下さい……
誰が裁かれる事なく……明日へ導きてやってくれませんか?」
雅祥は泣いていた
罪もなき命が……打ち捨てられて良い訳がない……
橘と言われた男も泣いていた
奥の部屋から顔をだしている人間も見守る様に泣いていた
彼等は本人の意思でこの地に留まり、身代金を手にしてくれと願っている
その金で生きる術を見付けてくれと……
祈りにも似た想いで静観しているのだ
今枝は静かに話を始めた
「確かに貧困で苦しんでいる国は多くあるでしょう
それらの国総てを救うのは不可能だ
だが海賊に身を落とし生きている彼等の現状を知った今、見過ごして逝ける程、非人道的な人間ではないつもりです」
雅祥は今枝の手を取り
「我等は飛鳥井家真贋に導かれた存在
共に逝きましょう!」と言葉にした
今枝は捕虜のいる建物の中で3日、過ごした
皆の生活を共に過ごし体感する
そして自然なカタチでカメラを向けた
そこに“在る”自然な風景を納める為に…
作られ切り取られた空間でなく、そこに在る総てを撮る
それが自分の死命なのだから……
今枝はひたすらシャッターを切った
総てを撮り終えると、今枝は飛鳥井康太の元へと還って逝った
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