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第50話 ジャパンプレミアム試写会
康太は翌日からジャパンプレミアム試写会の成功の為に打ち合わせに余念がなかった
榊原は毎日撮影現場に顔を出し、監督と打ち合わせをして映像をチェックして、より良い映画を目指し色々と検討してから、康太に紹介してもらった鷹司 緑翠が経営する経営塾で勉強を始めた
鷹司翡翠は年の頃なら40代半ばで霞でも食べてそうな、掴み所のない雰囲気を持つ男だった
鷹司は榊原に経営の基本概念を叩き込むべく最初から飛ばして課題を出して来た
榊原は経営の事なんて熟知している……と高を括っていたが、基礎中の基礎が出来ていない!と基礎から叩き込まる事となった
自分は飛鳥井建設の副社長と言う立場にありながら、未熟だったと謂わざるを得ない…現実に、榊原は本腰を入れて一年間学ぶ事にした
今しか出来ない事をする
榊原は精一杯、我が子に恥じぬ日々を送っていた
そして迎えるジャパンプレミアム試写会だった
村松監督はジャパンプレミアム試写会に監督として映画の宣伝に出向く予定が入っていた
映画監督の村松と脚本家の榊原伊織とスポンサーであり総合プロデューサーの飛鳥井康太とが出席すると事前に申請してあった為だった
その日の為に村松を始めとするスタッフは、より良い映像を仕上げて観客の心を揺さぶる映像を用意する必要があった
クランクアップ前に宣伝を入れて、映画公開日まで煽れるだけ煽って興味を燻らせたい!
そんな想いで挑むジャパンプレミアム試写会だった
榊原と康太は控え室で呼び出されるのを待っていた
聡一郎と西村が忙しく力哉の代わりに動き回っていた
高嶺が康太が何か食べてカクテルスーツを汚さないか世話を焼いていた
康太の耳にはイヤホンが既に着いてて、目まぐるしく変化する情報が流れ込んでいた
康太は呼び出しまで控え室で待機していた
控え室には出番はないが、清四郎、真矢、笙の三人が着いて来ていた
ステージに上がる事は出来ないが、自分の作品がどうプレゼンされるのか間近で見たい!
…そしてプレゼンの場に出ていく康太達を見守りたい…と同行を申し出た
村松は快く了承してくれ、本番当日 康太達と共に清四郎、真矢、笙は会場まで共に来て控え室に入ったのだった
控え室では出演の予定のない清四郎が一番緊張していた
今までどんな舞台に上がっても緊張などしなかったのに…
自分が出る訳でもないのに緊張してドキドキしていた
真矢は笑ってお茶を飲み、笙は黙って康太を見ていた
榊原は役者として生きられなかった自分が、役者である両親や兄といられる事が不思議で…
榊 清四郎と謂う役者を見ていた
父の映画を撮るのが夢だった
時代劇が衰退した時代だからこそ後世まで受け継がれる倭の国の美しさと武士の魂を描きたかった
自分の書いた脚本で演じる榊 清四郎の作品を残す
それが脚本家 榊原伊織の悲願であり……夢だった
その夢があと少しで叶う
あと少しで………
榊原は涙が溢れてしまいそうで……天を仰いだ
この日が来る事は夢にも想ってはいなかった……
何かを成そうとするなら……
何かを疎かにせねばならないから……
飛鳥井建設副社長と謂う立場になり……榊原は諦めた
康太の護るモノを守りたかったから……
だが愛する妻は……悲願を達成させる機会を作ってくれた
康太は榊原は手を優しく握った
その手のぬくもりから康太の愛が伝わって来た
「……‥康太……」
「あと少しで本番なのにメイクが崩れるぜ伊織?」
「解ってますが感慨無量で……」
「伊織、まだ登り始めたばかりだ!
登りきるその日まで油断は大敵だぜ?」
「……ですね……それは解っていても……僕の悲願を達成させてくれる君の愛に…胸が熱くなりました」
康太は優しく榊原を見詰めて笑った
何も言わずとも想いは共に……
康太は歩み出した映画を想った
一時は断念するしかないと想った程の怪我だった
よくぞ……此処まで来てくれた……
康太は清四郎に目をやった
一時は再起不能と謂われ、役者生命を断たれたも同然の怪我を負った
なのに……映画のスクリーンの中の榊 清四郎はそんな影さえ匂わせない貫禄があった
血反吐を吐きながら耐えに耐えて……
成し遂げた“今”だった
何度も何度も挫けそうになる清四郎を支えたのは、長年連れ添った妻だった
二人して乗り越えた……
人生最大の困難だった
一人では無理でも、二人なら乗り越えられた困難だった
清四郎は妻を見ていた
清四郎が現役に復帰するまで、真矢は女優業を休んで清四郎を支え続けた
『あなたも役者なら、私も役者なのです
あなたが演じられないのに、私が演じられるとお思いですか?』
真矢はそう言い清四郎に付き添った
同じ道を歩む夫婦だった
同じ道を歩むからこそ……
どちらかが欠けたら共に歩めぬ道を逝く夫婦だった
真矢は清四郎が役者生命を断たれたなら……
自分も舞台から下りるつもりでいた
演じられない苦しみは誰よりも知っていたから……
此処まで来る道は楽ではなかったろう……
一度は役者生命を断たれそうになり、血反吐を吐くリハビリに耐えて、もう一度掴んだ栄光の場所なのだ
この映画の成功は清四郎の肩に掛かっていると謂っても過言ではない
役者として絶望や挫折……断たれる恐怖を体験して幅を広げ更に成長した
どれだけの苦難を乗り越えて……
この場にいるのかと想ったら……康太は胸が熱くなった
清四郎は康太の視線を感じて、康太を見た
康太は清四郎を見ると
「Dream as if you’ll live forever, live as if you’ll die today.」と言葉を送った
綺麗な発音が紡ぐ言葉に笙は目を見開き……
真矢は目頭を覆った
意味を解りかねている清四郎に村松は
「James Deanの名言ですよ…清四郎さん
『永遠に生きるつもりで夢を抱け。今日死ぬつもりで生きろ』。
彼の言葉は今も皆の心に紡がれているのです…
康太は貴方の日々が……その名言の様だと言ってくれたのです
此処まで来る道は……楽ではなかったでしょ?
私も……清四郎さんの怪我の状況を聞いた時には……断念せねばならないか……
と想いました
だけど貴方は不死鳥の如く甦った
この映画に併せて貴方は写真集を出しましたね?
それを見て…貴方の血の滲む日々を私は知りました
貴方は……演じられるなら今日死んでも良い気持ちで演じていたのでしょ?
本当に素晴らしい……
まだ映画は撮り終えてはいませんが……
貴方なしでは成り立たない映画でした
本当に貴方の努力には頭が下がります
そんな貴方を見ているからこその康太の言葉だと想いますよ」
と康太の想いを口にした
康太は「流石村松だな……オレの想いを良く知ってる
しかし、あれが直ぐにジェームスディーンだって解るのもすげぇな」と笑った
「私はエデン東を見て映画監督に憧れ、映画と言うのに興味を持ったのです
夭逝の俳優、ジェームスディーン
もし彼が寿命を全うしたら…あの名声は手に入らなかったのか?
天才とは時として薄命で数奇な運命に翻弄されるものなんでしょうね…
でも想ってしまうのです
彼は短命だったが、生きてさえいれば……
どんな困難な壁だって乗り越えて……
彼は自分の手で掴んでいたでしょう……
そして夢の中で生きて年を重ねていたでしょう……
今も彼の映画を見て想いは尽きません
そして清四郎さんを見てると…
清四郎さんの生き様にジェームスディーンの生き様が重なるのです
今回……康太が送った言葉通りの生き様を見せ付けられ、今日死ぬつもりで私は悔いのない作品を撮る……
そして私の作品が永遠に誰かの胸の中で生きてくれたら……
私の想いは永遠に生きていられる……夢を遺せるのでるのですからね……」
清四郎は村松の言葉に……泣きそうになった
自分は知らなかったが、ジャパンプレミアム試写会の前に併せる様にして写真集が出た
何年か前に出すつもりでいたが、立ち消えになっていた
写真集は二冊発売された
一冊は康太が撮り溜めていた写真を約束通り、一冊に纏めて出版となった
もう一冊はここ最近……
役者 榊 清四郎として生きられないと宣言された時から撮られていた
絶望の淵に立たされた役者が血反吐を吐くリハビリの末に……
立ち上り……役者として再びスタートをさせた……
役者としては見せたくない一面でもあった
その写真集には夫を支える妻の姿もあった
その顔は女優 榊原真矢の顔ではなく
妻の顔だった
夫を支え……不安に泣く
それでも歯を食い縛り夫と共に困難を乗り越えようと努力する妻の姿だった
夫婦付随の姿が、そこに在った
分厚い重厚感のある写真集は、値段高めの6000円と言うお値段が着いていたが
写真集が発売されるなり完売の書店が相次ぎ、増刷になる程の売れ行きとなった
最近の写真集の見開きには撮影者の言葉が贈られていた
『これは155日に渡る役者生命を懸けた闘いの記録である
苦しみや絶望を乗り越えて
役者 榊 清四郎 今此処に立つ
撮影者 飛鳥井 康太」
康太が贈る役者人生の集大成だった
写真集を思い出し、清四郎の脳裏に今までの日々が走馬灯の様に流れた
家族を省みず役者として生きて来た日々
兄に報いる為だけに家族を犠牲にした
家庭を省みず……演じる為だけにがむしゃらに生きて来た
気づけば……何時しか家族はバラバラだった
暴君と化した男に家族は見向きもしなかった……
そんな家族を一つにしてくれたのは康太だった
何が大切か気付かせてくれた
師匠……として何が足りないか教えてくれた
だから今があるのだ
そしてどんな時も傍にいてくれた妻
真矢の存在があればこそ……生きていられた日々だった
妻の愛を再確認出来た日々は不自由で血反吐を吐く程に辛かったが……
無くせない大切な日々だった
役者として生きられない……と、死刑宣言をされた日から……
再び役者としてステージの上に立つ“今”を手に入れられたのも……
我が妻の献身と、師匠、貴方のお陰です
写真集を思い出し、清四郎の脳裏に今までの日々が走馬灯の様に流れた、涙が溢れて止まらなかった
榊原は父の涙を拭った
「父さん、まだ夢の途中です」
「伊織……そうでしたね」
清四郎は覚悟の瞳を息子に向けた
その瞳を受けて榊原は、絶対に成功させる!と心に誓った
真矢と笙も榊原の瞳に映る覚悟の光に、作品の完成を願った
その為ならば、どんな事でもする
どんな辛い事があったって、乗り越えられない壁なんてない
真矢の瞳は自信に満ちていた
笙はそんな母を眩しげに見ていた
そして心に誓う
伊織にとってこの映画が悲願なら……
笙にとっても悲願なのだ
父と共演して父に負けぬ演技をする
その日が来たのだと、笙は胸を押さえた
父に並ぶにはまだまだ未熟かも知れないが……
父に負けぬ演技をしょう!
母に恥じぬ演技をしょう!
笙は心に誓った
村松はそんな家族を見て羨ましいと想った
同じ方向を向いて進める家族など……そうそういない
この家族は……康太が示す方を向いて歩いているのだと感じていた
それ程、この家族にとって飛鳥井康太は欠かせぬ存在なのだろう……
絶対の信頼と揺るがない絆
自分はない世界だった
だが康太は……そんな自分にも絶対のモノをくれた
妻と息子と……生きて逝く果てをくれた
自分達も同じ方向を向いて歩いて逝けたら……
村松は想わずにはいられなかった
ジャパンプレミアム試写会は、国内外に発信される国内最大規模のイベントだった
上映間近の映画を選考し、選ばれた代表が上映権を獲得し上映が出来る
上映を控えた作品は宣伝の場を手に入れられるチャンスの場だった
映画を作る者にとって最高に凄い事だと、村松は興奮が収まらなかった
ほんの一握りの作品にしか当てられぬ光
その光の下に立てれると謂うのだから至極光栄な事だった
『熱き想い』は翌年公開予定の映画部門での宣伝PRをする予定となっていた
控え室のモニターには会場の様子が映し出されていた
ジャパンプレミアム試写会は午前中と午後からと二部構成で行われる事になっていた
康太達は午後からの予定だが、午前中から会場の様子を見る為に詰め掛けていた
康太のインカムに会場の様々な情報が入って来ていた
だが未だに殺し屋の情報は入って来なかった
会場は仙郷と繋ぎ神の眼が会場を見張り、邪魔者を通さぬ様に結界が張ってあった
(創造)神の祝福を賜った光で満ち溢れて、人は無意識に居心地の良さを感じるであろう空間が作り上げられていた
誇り高き殺し屋ヴィンセント・セルガーがこの場所に足を踏み込む可能性は五分五分
勘の良い男なら構わないが、勘だけでないのなら……
それは何を意味するか……考えねばならない
康太は天を仰いで「弥勒、気配は感じられねぇか?」と問い掛けた
『何も掴めてねぇ状態だ
仙郷の古狸達もお手上げだろ?これでは』
「やっぱオレ達が出ねぇと動かねぇか…」
『仕事の依頼がそれであれば……標的はお前だろう
お前を苦しめる目的なら標的は伴侶殿であろう
二人に決定打を与えたいつもりなら村松監督が標的であろう
絞れぬ以上は下手に動くでないぞ!』
「誇り高き殺し屋は回りくどい策は取らねぇだろ?
狙った標的は確実に仕留める!
それが何度も狂って仕留められていない
奴は確実にオレを仕留める為に来るだろ?」
『させるか!
お前に薬莢を擦らせる気はない!』
弥勒は断言した
康太は曖昧に笑って……果てを視た
午前の部は無事終わり休憩を挟んで午後の部が始まった
康太達の控え室にスタッフが呼びに来て、康太達はステージへと向かった
司会者に呼ばれて村松監督と脚本家 榊原伊織、飛鳥井康太はステージへと立った
会場は割れんばかりの拍手が響き渡った
男性司会者がゲストである村松監督、脚本家 榊原伊織、総合プロデューサー飛鳥井康太を壇上に迎えて紹介を始めた
「皆さん、お待ちかねの方々に登場して戴きました
熱き想いの監督、村松監督
脚本家、榊原伊織さん
製作総プロデューサーの飛鳥井康太さんにお越し戴きました。
この映画は製作前から物凄い話題の映画です
早々たるスポンサーが名を連ね
日本を代表する俳優の方々が出演され
その役者が着る豪華絢爛の衣装は国宝級だとも謂われ
それらは日々話題に上がり注目を集めています
まずは村松監督、撮影状況はどうなっていますか?」
「役者の仕上がりは勿論、脚本家の榊原君も副社長業を一年休んで映画に取り組んでいます
より良い作品にする為に常に話し合って最高の瞬間を遺す努力を惜しまない
なので明日の出来は今日よりも良いモノになると謂う確信の元で全力を注いでおります」
何時になくにこやかな笑顔で村松監督は話をしていた
男性司会者は榊原に話をふった
「脚本家 榊原伊織さんは副社長業もやられている多才な方だとお伺いしております
時代劇が衰退しつつある今、最高に素晴らしい時代劇を作りたいと想われていたとか…
どうですか?映画の出来は?」
「映画は水物です
机上の空論では成し得ない現実に、何処で手を打つか……落とし処を間違えると取り返しが着かなくなる
そうならない為に常に現場に目を向け、監督や役者さん達と話し合い進めていかねばならない
その都度、脚本の手直しをしてより良い作品へと改良を加えております」
榊原は胸を張りあくまでも脚本家として立っていると謂う顔をした
スキャンダルは噂になった役者自ら弁明して、榊原に謝罪した
『迂闊にも二人きりで話し合うべきではありませんでした
ましてや、それがさも何かあったみたいに週刊誌に載るなんて想像もしておりませんでした
本当に榊原さんと、真贋にはご迷惑お掛け致しました
本当に何一つ疚しい事はありません
より良い映画を作る
それが証明になるべく日々精進して参ります』
その声明を受けて榊原のスキャンダルは立ち消えになった
榊原は臆する事なく胸を張り続ける事こそ、伝える者の使命だと凛とした顔をしていた
スキャンダル後、初の榊原と康太のツーショットと言う事もありカメラは康太と榊原の姿をカメラに納めようと、躍起になった
ステージ横のスクリーンには、映画の映像が流れていた
村松監督は映像を踏まえて見所を解説していた
会場の観客はため息が出る程に豪華絢爛な衣装や殺陣の迫力に釘付けになっていた
村松監督は上映する日が楽しみになって来ていた
映像が終わると、もう一人の司会者であり、女優の瑠璃川春美が康太にマイクを向け
「この映画の素晴らしさは殺陣の迫力でもありますが、私は衣装も人々の目を引くと想っています
ため息が出る程に豪華な衣装の数々
その中には、値が付けられない程の着物もあるとか?
この着物を御用意なさったのは真贋だとお聞きしています
なので総合プロデューサーの飛鳥井康太さんに是非とも、お話をお伺いしたいと、ずっと想っておりました」と、話をふった
「映画の中に出て来る着物は、当時と同じ手法と行程で作らせました
当時の雰囲気を伝える為に敢えて挑んで戴きました
西陣織りの職人に10年前から依頼して作り上げて貰った着物です
手間と暇が掛かる行程でしたが、引き受けてくれた職人さんがいたからこそ、映画に花を添えられる事が出来ました
あの着物は一枚織るのに最低でも三年は掛かります
総て出来あげるまで10年掛かった
撮影に間に合って良かったと想っています」
「私も出演させて戴いてますが、本来に素晴らしい着物の数々で出演出来ただけでも光栄に想っおります」
康太は嬉しそうに笑って「そう言って戴けて本当に良かったです」と返した
「真贋はスポンサーであり、総合プロデューサーとして映画の監修にもあたられていらっしゃる
是非映画の意気込みをお聞かせ下さい」
「作家、野坂智輝が書き上げた世界を如何に遜色なく再現出来るか
作り手は常に悩んで世界を手にしようと足掻き
演じ手はそれに応え様と役になりきる
誰一人欠けても映画は完成を迎えられはしない
映画が完成する日まで気は抜けませんが、村松監督を初めとする製作スタッフ、それに関わる役者達が魂を削って頑張っております
より良い作品を皆様にお届け出来る日まで我等は気を抜く事なく精進して参ります
そして再びこのステージに立ち完成した映画を皆様にお届けする事を約束します」
鳴り止まぬ拍手とスタンディングオベーション
村松監督、榊原伊織、飛鳥井康太は深々と頭を下げた
フラッシュがたかれ、歓声は鳴りやむ事なく響き興奮冷めやらぬ状況だった
ジャパンプレミアム試写会は十分な手応えを感じて、熱き想いのPRを終えた
殺し屋に命を狙われているのを承知で参加しただけに何事もおこる事なく終えれて……安堵すべきだろう
だが……壇上に立つ飛鳥井康太の額を常に銃の照準が狙っていた
Silencerに取り付けられたレイザーサイトが一点を狙い続けていた事実は……誰も気が付かなかっただろう
殺し屋ヴィンセント・セルガー
彼は絶対に失敗しない殺し屋として名を馳せていた
孤高の殺し屋
彼が狙った標的は百発百中
仕損じる事はない
そんなヴィンセントが断れない筋から飛鳥井康太の殺害依頼を受けた
断れば……命がない……現実を突き付けられ引き受けるしかなかった
気は進まなかった
ヴィンセントと常に行動を共にしている青年は勘が働き、今回の依頼は断れと幾度も言っていた
幾度となくピンチを救って貰った事があった
何時の頃からか仕事に出掛けるヴィンセントに付いて来る様になった
天性の勘と洞察力で常にヴィンセントの手助けをしてくれる青年、アザエル・ブラウンは今回の依頼は断れと幾度も言って来た
ヴィンセントとアザエルの出逢いは数奇なモノで……
ヴィンセントが殺した家にいた子供だった
その家には子供がいるとは記されてはいなかった
なのに蓋を開けてみれば……子供がいて
ヴィンセントが両親を殺す様を……
騒ぐでもなく黙って見ていた
そして引き上げようとするヴィンセントに
「親を殺したのはあなただ……
このままだと僕は施設に逝かされ、大人の玩具にされるのが落ちだ……
貴方が責任取って連れて逝ってよ」
と……僅か5才になるかならないかの少年が、冷酷な笑みを浮かべてそう言った
ヴィンセントは放って逝こうとすると、アザエルは何処までも着いてきて……今に至った
アザエルを拾ってから13年
少年が青年になり……天使の様に美しく育った
金髪に紫暗の瞳……
凶悪な程に美しく育った
そのアザエルが今回の依頼は胸騒ぎがする……と幾度となく言った
そしてトドメは会場に入るなりアザエルはぶっ倒れた
これ以上は逝けない……と結界を示唆した
それでもヴィンセントは会場を狙える照明の裏に隠れて標的を狙った
スコープ越しに標的を狙い、仕留める瞬間を待った
赤いレイザーサイトの光が、獲物を捕らえようと狙いを定めていた
今まで失敗した経験はない
そんはヴィンセントが飛鳥井康太を狙って二度、失敗した
長引けば長引く程に……集中力は散漫になり……
蟻地獄に堕ちて逝くみたいに雁字搦めになり、身動きが取れなくなってしまっていた
だからこそ、次は絶対に仕留める!
早く仕留めて日本の地から旅び立ちたかった
絶対に仕留めねば……
待っているのは【死】のみ
仕留め損なった殺し屋の末路は【死】しかない
組織を裏切れば世界中の殺し屋から命を狙われる事になる
それが殺し屋の世界だった
契約はその者の死をもって果たす
しくじった殺し屋の末路は死しかない
そんな焦りがヴィンセントを捉えて離さなかった
ヴィンセントは機会を伺ってスコープを覗いていた
スコープ越しに康太と目があった
そんな事など一度もない……
え?………ヴィンセントは康太に捉えられた瞳を離せずにいた
康太の唇が「殺れよ!」と動いた
その挑発に乗ってヴィンセントは引鉄を引いた
ヴィンセントの放った銃弾が康太目掛けて飛んで逝き………
直前で消えた
時空がグニャッと歪んで消えるのをヴィンセントの瞳は捉えていた
康太は嗤っていた
ヴィンセントは会場を後にした
早足で歩いていると、何処からとなくアザエルがヴィンセントの傍にやって来た
「どうだった?」
「銃弾が……標的の前で消えた……」
「……だろうね」
「スコープ越しに目があった……」
「彼なら……あり得る事だろうね」
「……お前……彼の正体を知っているのか?」
「だから何度も貴方は“神”に喧嘩を売るようなモノだよ?と言ったじゃないか!」
「……神……なのか?」
「会場に張り巡らされた結界は神々のモノで、会場を包む光は天使の祝福された光
僕は……あの中に入るのは不可能だった…」
「……アザエル……」
「貴方の手は血に染まりすぎた……」
「アザエル、逃げろ
そして二度と帰って来るんじゃない
当座のお金は何時もの銀行にある
お前は一人でも大丈夫な年になった……」
「嫌だ……嫌だのヴィンセント……
何でそんな事を謂うのさ!!」
コツコツと靴の音が近付いて来る
ヴィンセントはアザエルを突き飛ばした
「逝け!」
ヴィンセントは叫んだ
だがアザエルは首をふってヴィンセントの服の裾を掴んで離そうとはしなかった
康太が近寄るとヴィンセントはアザエルを背中に隠した
「ヴィンセント・セルガーだな?」
康太が問い掛けるとヴィンセントは観念した瞳を康太に向け
「そうだ」と答えた
「一緒に来て貰おうか」
「あぁ解っている……だが……コイツは関係ない……此処で見逃してくれないか?」
「解った……でもそいつは離れそうもないぜ?」
ヴィンセントの服を手が白くなる程に握り締めたアザエルを見て、ヴィンセントは
「離せ……」と諭した
だがアザエルは「嫌だ!貴方に貰った命だもの……貴方が死ぬなら……一緒に逝く!」と言い聞かなかった
ヴィンセントは困った顔をした
康太は「離れねぇもんは仕方がねぇ!一緒に逝くしかねぇだろ?」と言った
康太が謂うと足音も立てずに影が近付いて来た
黒龍、地龍、毘沙門天、弥勒がヴィンセントを取り囲んでいた
「……離せアザエル、お前はやり直せる……」
「貴方を楽させてやると約束したじゃないか!
まだ約束は果たされてないのに……嫌だよ」
アザエルが謂うとヴィンセントは困った顔をした
「埒があかねぇから場所を変えるぜ!」
康太が謂うと弥勒が足元に魔方陣を出し呪文を唱えた
時空がグニャッと歪み……
視界が歪んだ
気持ち悪さにヴィンセントは足に力を込めて踏ん張った
何処へ連れて逝かれるかは不安があった
………が、アザエルを救わねば……と言う想いが強かった
自分の手は血に染まりすぎた……
相当の報いは常に覚悟して来た
だがアザエルは違う
アザエルだけは助けて貰うつもりだった
拾ってから10年
家族を知らないヴィンセントにとって、唯一の家族だった
物心着く頃から人を殺す訓練を受けて生きて来た
人を殺す事に躊躇をせぬ様にと、物心着く頃から訓練を受け……
10才にかるかならない頃には……
実践で人を殺した
人ではなく標的だと殺しの訓練に明け暮れ……何時しか人としての感性を失った
殺人兵器
殺人マシーン
それに耐えれる人間だけが……訓練施設を出られ蒼い空を見れる
ヴィンセントはその一握りの殺し屋として、逝き長らえて来た
今回の仕事は成功させれる気は皆無だった
運は尽きたのだ
そもそも最初から運などなかったのかも知れない
運を与えてくれたのはアザエルだった
共に行動して運を呼び寄せてくれたのはアザエルだった
でなくば……もっと早く運など尽きていた
ヴィンセントは時空の歪みに吐きそうになりつつも耐えていた
アザエルは時空の歪みに耐久性があるのか、ヴィンセントよりも顔色は良さそうだった
人間場馴れした美貌を持つ青年アザエル
ヴィンセントはその美しさに、本当に生身の人間なのか?と疑問を持っていた
彫刻や絵画の中にしかない造形美
完璧な美など想像の中にしか存在などしない
左右対称の顔を持ち、標本の様な骨格を持つ
愛される事が当然のような美しさ
人間と謂うにはかけ離れ過ぎているのかも知れない
だがそんな彼がヴィンセントの唯一無二の“家族”だった
ヴィンセントはアザエルに大丈夫か?と問い掛けた
アザエルはニコッと笑って
「僕よりも貴方の方が死にそうですよ?」と揶揄した
何時ものアザエルだった
「放っておけ……お前が結婚して俺から離れるまでは……護ってやると約束した……
だから……まだくたばらないさ」
お前の家族になってやる
そう約束してくれ傍にいてくれた
父のように愛してくれ
兄のように護ってくれた
弟のよう手がかかり……
アザエルを家族として愛してくれた唯一の人間だった
小さい頃から見目のよさだけを取り立てられて生きていた
産みの親を亡くすと施設に入れられ欲望の対象にされて来た
幸い人間を操れる特技を持っていたから、汚される事はなかったが……
常に性欲の的にされる視線を送られ続けて生きて来た
里親は……僕の容姿を見せびらかす目的か、金儲けになるかでしか引き取ってはくれなかった
最後に引き取られた家は子供がいなかった
マフィアのボスをしている男は、僕を好色家に差し出し、自分に有利な契約をもぎ取るつもりで引き取ったのだ
その前に殺し屋に殺られて他界したが、僕はもう他の誰かに利用され養われるのは嫌だった
だからヴィンセントに強引に着いて離れなかった
この男は至極難しい性格をしていたが、強引に着いて逝く僕をもてあましつつも捨てようとはしなかった
過去は話そうとはしない男だったが、一度だけ……
(愛する女との間に子が)生まれていれば……お前位の子供がいた……とポロッと口にした
愛情深い男は我が子の様にアザエルを愛して育ててくれた
後から何となく解ったのは……
ヴィンセントの愛する人は……報復で殺され……
ヴィンセントは愛する人と生まれてくる我が子を失った
ヴィンセントは僕を性欲の対象にはしなかった
そんな大人……珍しくて着いて行っただけだが……
今は離れたくないと想っていた
何時か殺し屋を辞める時が来たら……僕が養ってあげる
だからヴィンセントは孫に囲まれて幸せな余生を送ればいいよ
そう約束した
約束したのに……
アザエルは泣きそうな顔でヴィンセントを見ていた
「ヴィンセント……死ぬなら……僕も連れて逝ってよ」
もう一人にはなりたくなかった
もう一人になんかなれなかった
「……バカ……お前は生きてくれ……
生きられなかった俺の子の代わりに……生きてくれ」
ヴィンセントはそう言いアザエルの頭を撫でた
その光景はどこから見ても親子だった
康太は榊原を見た
榊原は康太を抱き締めて、つむじに口吻けを落とした
吐きそうになる時空に耐えていると、時空の歪みが収まった
すると目の前に……
荒れた土地が現れた
何処までも見渡す限り……雑草も花さえ咲かぬ枯れた土地が続いていた
此処は……何処だ?
此処は日本なのか?
何故……一瞬にして……
こんな何もない土地に移動したのか?
こんな誰にも知られぬ土地ならば……
葬り去られても誰にも知られる事はないか……
ヴィンセントはそう思った
だが……アザエルだけは死なせる訳にはいかなかった
連れて来てしまったが……
アザエルだけは……
ヴィンセントは康太を睨み付けた
ともだちにシェアしよう!