51 / 100
第51話 彼の地にて
此処は何処なんだ?
と、ヴィンセントは辺りを見渡していると
康太が「此処は崑崙山だ!」と教えた
「…崑崙山?……それは本当に実在しているのか?」
物語の中にある場所じゃないのか?
昔、図書館で西王母の話を読んだ時に出て来た山じゃないのか?
ヴィンセントはそう想った
「この崑崙山は人の世に在る崑崙山とは場所も役割が違うんだよ
此処は仙界、仙人が住む地だ
この地は魔界にも冥府にも神界にも仙郷にも逝ける事が出来る分岐点だ
この地にオレと共に立っていると謂う事は、ヴィンセント・セルガー、お前は分岐点に立っている……と謂う事になる」
「……分岐点?……俺は殺し屋だ!
立つのは何時もギリギリの岩壁の先にしか立てない人種だ!
だから分岐点など存在はせぬ」
「物凄く断りたかっただろ?この仕事?」
ヴィンセントは、え?!と驚愕の瞳を康太に向けた
「詳しい話をしようじゃねぇかよ?
あの屋敷に、逝くとしようじゃねぇか!」
康太はそう言い八仙の屋敷を指差した
崑崙山に立った時には家など一つもなかった荒れ果てた土地だった筈なのに…
康太が指差す方向には……質素な感じの屋敷が建っていた
お世辞にも綺麗とは言えない家は機能重視で無駄な部分は総て弾かれて作られているかの様に殺風景だった
康太は榊原と手を繋いで八仙の屋敷にさっさと入って逝った
アザエルはヴィンセントに「逝ったら……殺されるかも知れないよ?」と言葉を掛けた
ヴィンセントは覚悟の瞳をして
「……逃げ道はない以上はそれを受け入れるしかない」と言葉にした
「ヴィンセント……僕は君を生かしたかった……」
「……ごめんな……」
「…謂う事聞いて欲しかったんだよ…」
「お前は還れるなら…還れば良い」
共に来なくて良いとヴィンセントは言葉にした
「そんな事……言ってないよ」
ポロポロとアザエルは泣いて俯いた
ヴィンセントはアザエルの手を引いて八仙の屋敷へと向かった
ドアは開け放たれていた
ヴィンセントとアザエルは八仙の家の中へと入って逝った
部屋に入ると康太達は既にソファーに座っていた
康太はヴィンセントに目を向けると無言で座れ!と合図を送った
仕方なくヴィンセントとアザエルはソファーに座った
康太はヴィンセントに単刀直入に切り出した
「引いてくれねぇか?」
「……俺からは引けない…お前が俺を殺せばそれで終わる…」
殺しの依頼は絶対!
仕事の失敗は即ち秘密の漏洩に繋がる
完遂せねば終わらないのだ…
「因果な商売だな殺し屋ってのは……
だがお前は絶対に失敗しねぇ殺し屋なんだろ?」
「今までは運が良かっただけさ
失敗した殺し屋の末路を知っているか?」
「‥‥いや‥‥」
「世界中の殺し屋から命を狙われる事となる
生きていても地獄だ……だから引く事は出来ない
だから終わらせたいなら俺を殺して終わらせてくれ…」
一歩も引く気のない瞳を見て康太は説得を諦めた
「んじゃ、リクエストにお答えして舌を噛みそうな呪文を解りやすく述べて消してやんよ!」
始祖の御劔に焔を上らせ呪文を唱えた
「我が裁き
我が生かす
我が糺し
我が許す
始祖から始まりし魂の再生
始祖から始まりし魂の終焉
回って回って巡って巡る
その理は一つに非ず
その理は果てない果てに続き
今終焉を迎えし先へと進む……これは世界の理なり
これは世界の不条理なり
一条の光となり此処に指し示せ!
“この魂に憐れみを” 」
噛みそうな原始の呪文を康太は詠みあげ
始祖の御劔でヴィンセント・セルガーを斬りつけた
斬られた瞬間、ヴィンセント・セルガーの体躯が燃え上がり…
ヴィンセントは断末魔をあげて足掻き苦しんでいた
「…お前は生き方を間違えた…
お前は死に囚われすぎている……
お前の後ろには死体がゴロゴロ連なり、もう背負えねぇ程になっているんだよ
お前を昇華すると謂う事は即ち、死者の魂の昇華となる
そろそろ眠らせてやれよ……
さてと、ヴィンセントが燃えてる間にアザエル、お前だ!」
アザエルは康太を見て、観念した様な顔をした
「……はい。」
「アザエル・ブラウン
お前は妖魔だな」
「………解りません……自分が何者だなんて……知りません…」
アザエルはそう言い康太を見た
「……そうか…何も聞いてねぇのか…」
榊原や黒龍、地龍は驚愕の瞳を康太に向けていた
妖魔……?
天使の風貌が妖魔だと謂うの言うのか?
「……天使ではないのですか?」
榊原は驚いた様に呟いた
このまま天界に逝き天使に混じっても違和感はないだろう……
「産みの親を早くに亡くしているからな……自分が何者だなんて知らねぇんだろ?
天使の様なナリしているが、本物の天使なら、地上に立った瞬間気配を消す
‥‥こんなに目立つ姿にはまずならねぇよ」
言われてみれば‥‥地上で天使はあまり目にした事はない
天使オーラを全開にしていれば解らない筈などないのに‥‥
「天使はオーラを消せるのですか?」
「消せねぇと地上に降り立っただけで騒ぎになるぜ?
天使のオーラを浴びた人間は至福の喜びを覚える
我先にその光に浴びようとパニックになるじゃねぇかよ」
「謂われてみれば‥‥」
「こんなに天使ですと謂わんばかりの派手なナリしていたら目立って仕方がねぇ
地上に降り立った天使と言うのは常に人間に気配を気取られない様にするものだ
幾ら天使に容姿が似ていたとしても‥‥
人目を引きすぎだし、目立ち過ぎだ‥
妖魔だって獲物を見付けるまでは気配は消して存在している‥‥
アザエルは異様なんだよ」
「妖魔も気配を毛せれるのですか?」
「だろ?でなきゃ魅了された人間が妖魔に群がり、妖魔は狩も出来やしねぇだろ?」
「‥‥ですね‥‥アザエルは自分が妖魔だと謂う事を知らずに生きて来たと謂う事なのですね‥‥」
「まぁそう言う事になるかな?
良くもまぁ無事だったと思うな
妖魔は己の容姿を武器に人を誘い込み精気を食らう……
アザエルは本人の自覚に関係なくフェロモン垂れ流しだからな
常に性欲の対象にされてしまうだろうに、よくもまぁ無事でいられたとオレは想うぜ
まぁこいつの場合、常に貞操の危機は感じていただろうから、里親を殺したヴィンセントに命乞いじゃなく……共存を持ち掛けたんだろうな‥」
「……彼は……自分の里親を殺した人間に共存を持ち掛けたと……謂う事なのですか?」
「そうだ!」
「……復讐ですか?」
榊原にはそれしか思い付かなかった
親を殺した奴を何時か自分の手で……
「復讐するなら一緒には逝かねぇよ
純粋に親を奪ったヴィンセントに、親に変わって育てろと言った
その言葉に嘘偽りはねぇ」
「……僕には理解出来ない領域です」
「そうでもねぇぜ?
突然親を殺された
警察が踏み込んで保護されたとしても……この容姿だ
どうなるかなんて嫌と謂う程に解っているんだよ
妖魔と人の半妖だが、自分の見せ方は誰よりも理解して把握していた
幾度も性的な危機に遇えば、本能的に無難な人間を選ぶって事だ」
「……ヴィンセントはアザエルに手を出してないのですか?
魅了されているから共にいるとか‥‥でないのですか?」
「魅了しなくてもヴィンセントはアザエルを拾ったさ」
「‥‥それが理解出来ないです」
「伊織、お前は美少年は好きか?」
「僕は君しか愛せません!
どれだけ美少年だとしても君でないのなら意味がないのです」
「ヴィンセントも
食指がわかない場合もあるって事よ
ヴィンセント・セルガーが愛したのは後にも先にも唯一人
その人以外は興味すらねぇんだよ」
「‥‥‥愛する人が彼にはいたのですね‥」
「‥‥だが‥‥ヴィンセントに逆恨みした輩が‥‥妻と子を‥‥殺した
生きていればアザエル位の年になっていた‥‥
我が子と絶望してヴィンセントを見ているアザエルとダブったんだろうな‥
だがアザエルは捨てておけなかったんだろうな…
本来身近にこんな目立つ奴を同行させる殺し屋はいない
ターゲットに気付かれる確率が上がる行動は控えるからな
だがヴィンセントは殺される事を望んでいた
もう…楽になりたがっていた
だが結果はアザエルがヴィンセントの仕事を助けて殺し屋としてのヴィンセントを長らえさせてしまった
背負うべく死体の山を築き……骸になる日を指折り数えて待っていた
自分が死んだ後アザエルが生活に困らぬ様に身元引き受け人を用意して、成人を迎える日までは生活に困らぬ金を遺し……
ヴィンセントは死ぬ日を待っていたんだよ」
康太の言葉に榊原は言葉もなかった
死を待つ為だけに‥‥
今を生きる‥‥楽になる日を夢見て生きていた‥‥
まるで力哉の様な刹那的な生き方に‥‥
榊原はやるせなくて仕方がなかった
アザエルは康太の言葉を聞き‥‥
ヴィンセントの想いを知った
何度も仕事を断れと言ったのに‥‥
仕事を断らなかったのは……この為なのか‥‥と漠然と想った
そんなに死にたがっていたなんて……
死んで欲しくなんかなかった
ずっと一緒にいたかった
そう想っていたのは自分だけなのだろうか?
アザエルは堪えきれずに泣き出した
康太は弥勒に「妖魔を人間にするのは無理があるかな?」と訪ねた
「妖魔を人間にする方法は我には…想像もつかんな」
弥勒は領域を超えすぎだと、両手をあげて降参のポーズを取った
「妖魔って何年位生きるのよ?
魔界に妖魔はいねぇから詳しく解らねぇんだよ…」
弥勒は困った顔をして「我も妖魔は解らぬ‥‥」と答えた
「妖魔って魔界の管轄か?」
康太が呟くと八仙が「悪魔族の管轄であろうて」と答えてやった
「悪魔族か…なら八仙、悪魔族の四大悪魔のアマイモンに炎帝が話があると連絡を入れてくれねぇか?」
「承知した」
そう言い八仙は奥へと消えた
榊原は康太に「…アザエルをどうするおつもりですか?」と問い掛けた
「それはヴィンセントが生き返らねぇと‥‥先に進めねぇんだよな」と答えた
「……そのヴィンセントは‥‥燃えまくってますよ?」
榊原は康太に問い質した
「ヴィンセントには浄化と昇華が必要だったんだよ
なぁ伊織、ヴィンセントの通り名を知っているか?」
「知りません」
「死神ヴィンセントと謂われていたんだよ
ヴィンセント・セルガーを目にしたなら死神に逢ったと想え
そう謂われて恐れられていた
‥‥骸の山を引き連れて逝く姿は死神そっくり‥‥
ヴィンセントは背負いきれねぇ“死”を背負いすぎたんだ」
だからヴィンセントごと昇華したのか‥‥と榊原は想った
「今まで運命に翻弄されて来た二人なのですね」
「そろそろ肩の荷を下ろさねぇと押し潰されてしまうだろう」
「…この世から抹消…するのですか?」
「殺し屋ヴィンセント・セルガーはチャイニーズマフィアに撃たれて殺された
遺体は飢えた犬に食い尽くされ、骨は薬剤で溶かし…完全に消した
そうチャイニーズマフィアに頼んで噂を流布して貰った
これでヴィンセント・セルガーを狙う輩はいなくなるだろう
普通の人生を送りたいと謂うからな……
チャンスをやるんだよ
アザエルも人と同じ寿命を与えて、人として生かしてやりてぇと想っている」
「康太…」
榊原は康太を持ち上げると膝の上に乗せて抱き締めた
そっと唇に口吻けを落とし、頬を擦り寄せた
「今は……朱雀を使えませんからね……」
どうするのか不安だった……と榊原は言った
「朱雀は使えねぇが鳳凰が朱雀の代わりに、魂の再生の為に動いてくれている
あと少ししたら来てくれる筈だ」
康太は兵藤貴史が還って来る日まで、私用で使う事は絶対にしてはならないと誓った
その通りに朱雀のいない今、朱雀の代わりを鳳凰にしてもらうしかなかった
暫くするとドアが開いた
年の頃なら50代半ばと言った真っ赤な髪をした男が入って来た
男は榊原の膝の上にいる康太を抱き上げると「久しぶりだな炎帝」と言い抱き締めた
「悪かったな呼び出して」
「お前が呼ぶなら我は何を差し置いても駆け付けると約束したではないか!」
男は康太を榊原の膝の上に戻すと、榊原に向き直った
「鳳凰に御座います青龍殿
以後お見知り置きを!」
にこやかに謂われて青龍は鳳凰をまじまじと見た
青龍は鳳凰を見るのは初めてだった
「青龍です!宜しくお願いします」
青龍が言うと鳳凰は黒龍や地龍、そして弥勒に目を向けた
「こんな所で逢おうとはな聖王」
弥勒は嫌な顔をして「全くだ」と答えた
「我が甥朱雀は未熟故、修行中だとかで出てくれと炎帝に頼まれたのじゃ!
小さき頃から炎帝の頼みは、三度の食事より優先させて来たからな
駆け付けて来た次第にござる」
「人の世の朱雀は学歴を修得すべくアメリカに逝っている
日本に還って来る日までは朱雀は使わないつもりだからな……」
「だが魂の輪廻は朱雀が役目
我は転生は出来はしない……」
「輪廻転生は出来なくとも輪廻を司る神なのには違いはあるまいて!
しかも格は朱雀より上であろうて」
「………言ってやるな……あれはあれで頑張っておる」
鳳凰が言うと弥勒は爆笑した
そうしてる間も榊原と康太は抱き合い……執拗な接吻をしていた
イチャイチャ……仲睦まじい
睦まじいが……場所を弁えろ……
黒龍はピキッと怒りマークをこめかみに張り付け
「青龍……」と名を呼んだ
「兄さん待って下さい」
榊原が言うと黒龍は仕方なく諦めた
榊原と康太のイチャイチャを真っ赤な顔してアザエルは見ていた
そんなアザエルを鳳凰は見ていた
「半妖、妖魔で間違いはないな
母をサキュバスに持つ夢魔の一族
だが人の血の方が濃く出て、妖魔の力は薄い
妖魔の血が入っているから人間を魅了出来る力はあるが、人に取り憑いて生気を吸って殺す程の力はない
そして何より半妖は長命ではない……短命だ」
康太と榊原がイチャイチャしていたのは、アザエルに警戒心を解かせて、鳳凰に視させる為だった
「短命か……ヴィンセントよりは長生きさせてやらねぇとな……」
「で、この妖魔どうなされるおつもりか?」
鳳凰は康太に問い掛けた
「今、アマイモンを呼びに逝かしている
アマイモンが来たら……手を打つつもりだ」
「ならこの燃えている存在を何とかしましょうか」
「頼む、その為にお前に来て貰ったんだ」
「始祖の御劔を使われたか?」
「原始に還すには……その剣しか効果はないだろう?
この男は……多くの骸を背負いすぎていた……」
「なら総て還されましたか……輪廻から外れた魂も原始の力を持って転生の輪に入る事を許された……見事な昇華を目に出来て役得でした
輪廻転生は朱雀が役目ではあるが、鳳凰は再生の力を持つ!
我がその男を再生して生かしてみせましょうぞ!」
鳳凰はそう言うと再生の呪文を唱えた
ヴィンセントの体躯を球体が包み込むと‥‥スーッと姿を消した
「全能の宇宙よ
母なる大地よ
聖なる風よ
魂を司る精霊よ
ヴィンセント・セルガーの魂を、体内を再生して甦らせたまえ!」
詞を言霊に変えて飛ばし鳳凰に姿を変えると八仙の屋敷をすり抜けて飛んで逝った
八仙はそれを見て眉を顰めた
「鳳凰の奴め、屋根を吹き飛ばしたら弁償させてやる所だな」
ブツブツ言っていると、スーッと鳳凰が人の姿に戻って笑っていた
「すまぬ八仙
屋根は壊さぬ様に気を付けたが、万が一壊れたら‥‥聖王が直してくれるであろう」
鳳凰はサラッと何でもない風に弥勒に放り投げた
この男はちゃっかりした男なのを久しぶりすぎて忘れていたな‥‥と弥勒は苦笑しつつも
「‥‥直しますとも!
直させて戴きますとも!」
とやけくそに言った
鳳凰は笑って康太に向き直って本題に入った
「ヴィンセント・セルガーの魂は今、異空間に飛ばした
人は輪廻の道を逝くが、ヴィンセントの場合は転生ではなく再生だから輪廻の道は使えない
だから異空間で再生をして元の状態を還すとしようぞ
でもそのまま戻すと殺し屋の容姿のままになるから、少しだけ時空を歪め若くして還す手法を取る事にした
これで違う人間としてやり直すことは可能だ!」
ヴィンセント・セルガーは再生の道を経て、生き返る事を約束された頃
四大悪魔の一人アマイモンが崑崙山へとやって来た
「お呼びですか?炎帝」
相変わらず高貴な顔して、悪魔にしておくのは勿体ない程の男前だった
「アマイモン、お前を呼んだのは‥‥妖魔は悪魔の管轄だと聞いたからだ」
アマイモンは部屋の中にいる妖魔に目をやった
「半妖の夢魔に御座いますか?
しかも力は相当人に近い‥‥妖魔一族は彼を迎え入れはしませんでしたか?」
「親をなくして施設に入れられ里親を転々としていたらしいからな‥‥母親は妖魔だったが、人間との間に子を成すのは禁忌だからな迎え入れられる事なく人の世で生きて行くしかなかったんだろ?」
「‥‥だが‥‥人の世で生きて逝くにはあまりにも‥‥魅了の力が大きい子ですね」
「あぁ、天使の様な容貌は人を魅了して止まないだろうからな‥‥
まぁ本当の天使なら決して目立たぬ様にもっと地味に己を消す
妖魔も然り
だがこの子は天使でも妖魔でもねぇ半端だからな己を消す事すら叶わねぇ
で、お前を呼んだ本題に入るとするか
アマイモン、こいつを人間にする事は可能か?」
「‥‥また無理難題を吹き掛けて来ましたね‥‥
出来ない訳ではないです‥‥
過去にも悪魔を捨てて人間になりたいと申し出た存在はいますから‥‥
貴方が悪魔である僕を呼ぶ
僕は僕なりに考えてみました
そしてある考えに辿り着きました
貴方の回りには何事もなし得れない事はない神々がいる
なのに悪魔である僕を必要とされるとしたら‥‥それは悪魔一族に関係ある事なのだろう‥‥
ならばそれに答えられる状態で向かわねばならない
と考えて‥‥そう言われても良い様に、薬を持って来ました」
アマイモンは掌に綺麗な小瓶を出すと、康太に渡した
「これは?飲ませたらどうなるよ?」
「この薬は彼が人間になる薬です
ですが飲んだ瞬間息絶えて一度死ぬ
死ぬが必ず生き返る
だが生き返った時にはもう何も持たぬ存在になる
何もかも捨てても人間になりたいと謂う者に与える薬だ
本当に生きたいと願う者にしか‥‥叶わぬ薬だ
だから生きたいと願って飲ませてくれ
気持ちが揺らいだら‥‥目醒める事はない
それでも良いなら‥‥飲ませるがよい」
アマイモンは苦しそうに顔を歪め‥‥そう言った
康太は小瓶を受け取るとアザエルに
「どうするよ?アザエル
お前がヴィンセントと生きたいと望むなら飲むと良い
人となり生きるのは楽じゃねぇぞ?
それでも願うならお前に人間としての未来をやんよ!」
そう問い掛け小瓶をアザエルに差し出した
アザエルは覚悟を決めて小瓶を受け取り
「僕はずっと‥‥普通に暮らしたかった
ヴィンセントを楽させてやりたかった
何時か僕が誰かと結婚しても傍にいて欲しかった
沢山の孫と暮らして‥‥余生を送って欲しかった‥‥
僕はそれしか望んでなんかいない‥‥」と答えた
覚悟ならとうの昔についていた
「それだけ強い想いがあるなら目を醒ますだろ?
ならば飲め!そして目を醒ませ!
第二の人生は飛鳥井康太が用意してやると約束しよう!
だから何も心配せず、お前は目を醒ます事だけを考えて飲め」
アザエルは頷くと、小瓶に口を着けゴクッと飲み干した
飲んだ瞬間、アザエルの体躯から力が抜け、バタッと倒れた
息は止まって死んでいた
黒龍はアザエルの体躯を抱き上げてカウチに寝かせた
康太はアザエルを見て「目を開けろ‥」と言葉にした
アザエルはスッーと意識が遠くなり闇の奥深くへ堕ちて逝く様に意識を手放した
呼吸が止まり、自分が死したのが解った
闇がアザエルの体躯に搦まり‥‥身動きを出来なくさせて逝く
ヴィンセント‥‥助けて‥‥
ねぇヴィンセント、何であの日貴方は僕を助けたの?
僕を捨てて逝ってしまう気だったら捨てておいてよ!
ヴィンセント‥‥ヴィンセント‥
貴方は僕の父であり‥兄であり唯一の身内でした
我が子の様に可愛がってくれた貴方の傍にいたかった‥
いさせてよヴィンセント‥
僕を貴方の家族にしてよ‥
アザエルは足掻き苦しみ抗い‥
それでも光を求めて望みを胸に抱いた
僕はヴィンセント、貴方と暮らす明日を願うよ
ヴィンセント‥‥ずっと一緒にいようよ‥‥
永遠に願い続ける
一縷の望みがあるならば願い乞う
それが明日に繋がる一歩になると信じて‥‥
康太と榊原は静かにお茶を飲んでいた
「伊織、これが終わっても終わりじゃねぇんだよな?」
「ですね、大元を叩いていませんからね」
「大元を一気に叩ければ楽なんだけどな‥」
「ですね‥‥でもそれは無理でしょうね
今回、こんな回り諄い遣り方で仕掛けて来たのは、人間界の遣り方で狙ってみただけなんでしょうね?
ですが何の関係もない人を弄び巻き込んだ‥‥その遣り方には腹が立って仕方ありません」
「だな‥‥今回は本当に沢山の人間が死んだ‥‥
まぁ殺し合いさせたのはオレなんだけどな
でなくば殺されていた‥‥
本当に趣味の悪い戦術で反吐が出る」
康太は言い捨てた
牽制の意味を込めて殺し屋同士殺し合いさせた
飛鳥井康太を狙う殺し屋を殺し屋に始末させた
想った以上の‥‥死体が上がったのを見ると‥‥
そこに転がっているのが康太でもおかしくはない‥‥状況だと想えた
自分は常に高みの見物で、人を駒の様に弄び愚弄する‥‥
まるで死ぬのは己の業だと謂わんばかりに消費させる遣り方は胸糞が悪くて仕方がなかった
神からは悪魔と呼ばれ
悪魔からは神と崇め奉られ
人からは創造神とまで謂わしめた存在
それが魔界と天界と人類が闘わねばならぬ存在だった
次は何時?
どんなカタチで?
どの様に来るのか?
全く解らない‥‥
戦法も手法も何も解らぬ存在
そんなのに挑むってのは、かなり無謀な事なんだろう
それでも闘わねば‥‥明日を護れない
だったら相手が誰であれ‥‥
闘うだけだ
「伊織‥もう引けねぇな‥‥」
「引く気など毛頭ありません!」
「創造神と同等の存在だぜ?
それでも‥‥逝くか青龍‥‥」
「君が逝くなら僕は共に逝くだけです!」
「ならば共に‥‥」
死せるその瞬間まで共に‥‥
死した後も共に‥‥
それしか望んでいなかった
「伊織、愛してんぜ!」
「僕も愛してます!奥さん」
揺るがない心があれば、それだけで逝ける
共に‥‥逝ける‥‥‥
そう心に誓った
ともだちにシェアしよう!