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第52話 終わりで始まり

死体同然になっていたアザエルの指がピクッと動き始めた頃 異空間を通って再生されたヴィンセントが球体に包まれたまま姿を現した お茶を飲んでいた鳳凰は立ち上がると、球体に近付き、鋭い爪で球体を引っ掻いた すると球体の中にいたヴィンセントが支えを失ったかの様にドサッと床に崩れ落ちた 再生されたヴィンセントは十歳は若返っていた 足掻き苦しんでいたアザエルは目を醒まし体躯を起こした そして若返ったヴィンセントを唖然として見ていた 「‥‥ヴィンセント?‥‥」 若返ったヴィンセントは別人の様だった アザエルの手は震えていた 失ってしまうんじゃないかと‥‥震えていた ヴィンセントの視線は虚ろぎ‥‥辺りを見渡していた そしてアザエルを目にすると「アザエル‥」と名を呼んだ アザエルは天使の煌めきは成りを潜め、艶が消された状態だった アマイモンはアザエルが目を醒ますのを確認すると康太の前に傅いた 「炎帝、上手く行きましたね これで私の役目は終わりました」 「助かったアマイモン 本当にありがとうな」 「我等悪魔一族は貴方の手によって生かされた 貴方が呼ぶならば私は何処へでも馳せ参じます!」 「アマイモン‥‥世紀末を迎える事になる 今後は今まで以上に闇の管理は大変になるだろう‥‥ お前達を大変な目にあわせるだろうが‥‥許してくれ‥」 「我等悪魔一族は道を違える事なく逝けるのは貴方の力があればこそ! 大変な道だとて、我等は喜んで貴方と共に逝くと決めている‥‥決めているのだ炎帝」 「ありがとうアマイモン」 康太はそう言いアマイモンに抱き着いた アマイモンも康太をギュッと抱き締めると、康太から離れた 「炎帝、我等は常に貴方と共に‥‥」 そう振り返り口にして微笑んだ そして姿を消した 康太は姿を消したアマイモンを想い 「あぁ‥‥共に逝こうぜ!」と呟いた 悪魔族達は悠久の地に戻り東西南北、四大悪魔の王によって統治され管理されていた アマイモンは四大悪魔と呼ばれる王の一人だった 康太はヴィンセントに目をやり 「気分はどうよ?」と問い掛けた ヴィンセントは「‥‥長い眠りから醒めた‥‥そんな気分です」と答えた 「何故生きているか不思議か?」 「はい。俺は確かに貴方に斬られた筈だ」 「あぁ、斬ったぜ! お前の後ろに積み重なる様にヘバリ着いていた屍を‥‥な。 お前は死に染まりすぎた‥‥死を受け入れすぎた そのままでは遅かれ早かれ‥‥お前の末路は『死』しか残らねぇ‥‥」 「‥俺は‥その日を待ち焦がれていた‥」 「ヴィンセント、拾ったんだろ? 簡単に捨てるのは許さねぇ! お前は拾ったんだから、その生がある限り責任取れよ!」 「‥え‥」 「人を愛せ、人の温もりを取り戻し‥‥人として生きていけ! そして人として生涯を終えろ!」 「‥‥そんな事‥‥許されない‥‥」 「ヴィンセント・セルガーは死んだ チャイニーズマフィアに報復され殺された 遺体など遺さす、骨の一欠片すら遺さす処分された‥‥事になっている」 「‥なら‥尚更亡霊の生きる所などない‥‥」 「お前はヴィンセント・セルガーじゃねぇ ヴィンセント・セルガーは死んだ お前の人生は今、この地からスタートする」 「‥‥そんな事‥‥許されない‥‥ 俺は‥もう終わりたかった‥‥」 「終わって総てをなかった事になんてさせねぇよ! お前は生きて贖罪を受けろ! それがオレが下したお前の罪だ!」 「‥‥貴方は神でもないのに‥俺に罪を課すのか?」 ヴィンセントは康太を睨み付けた アザエルは言葉もなく、その光景を見ていた 康太は皮肉に嗤って「今は‥神じゃねぇわな!」と答えた すると榊原が立ち上がって冷酷な瞳でヴィンセントを射抜いた 「ですが“神”の力はそのまま在ります」 そう言うと手に正義の槍を出し、槍の先でヴィンセントの顎を持ち上げた ヴィンセントの目の前で榊原は青龍に姿を変え嗤った 「我が名は青龍 四神の一柱にて法と秩序を司る者!」 榊原の瞳はヴィンセントを見ていた 康太はうっとりと青龍を見ていた 正義の槍を手にして、青龍の法衣を着た魔界の法の番人 ヴィンセントは唖然として‥ 「‥神‥なのか?」 と尋ねた 青龍はその瞳でヴィンセントの罪を推し量る その瞳で見られたなら、罪を犯したものは裸足で逃げ出す‥とまで謂わしめた瞳で見ていた 「人として生きてはいるが、神の力も在ると申したではないか! 私の瞳にはその人の罪状総てが見えます 貴方は此処で総てを精算せねば、無間地獄に堕としたとしても足りぬ罪状を持つ 此処まで血塗られた人間は、転生はさせられぬ! 魂を粉々に砕いて昇華する 再生の道を用意されただけでも有り難いと想うがよい!」 罪状を告げる青龍の口調だった ヴィンセントは青龍の神々しいまでの姿と法の番人として総てを見抜く瞳に‥‥観念するしかなかった 「‥‥俺は‥‥どうしたら良いのですか?」 観念したヴィンセントの目を見て、榊原は人に戻った そして康太を膝の上に乗せると、さっきの事は夢だよ‥‥と謂わんばかりに微笑んでいた 息が詰まる重圧感や緊張感‥‥総てを見抜かれてしまう焦りや脅迫感は成りを潜めていた 康太は何事もなかったかの様にヴィンセントに 「どうするよ? 別人になって人生をスタートさせるか? このまま青龍の手で昇華され、粉々にされ無間地獄に落とされるか? 今此処で決めろ!」 と容赦なく迫った ヴィンセントはアザエルを見て 「‥‥‥生きられるのなら生きたい‥‥」と口にした 康太は「なら生きれば良いじゃん!」と意図も簡単に言ってのけた ヴィンセントは今の現状が信じられずにいた だが目の前に‥‥神が現れ‥‥総てを見抜く瞳で見られたのは夢ではないと想っていた 「‥‥はい‥‥生きたいです」 ヴィンセントの心からの言葉だった 「ならば生きろ! それがお前に課せられた贖罪だ! だからこそ、お前は愛する人を見付けろ! アザエルの父として兄として、唯一の家族として生きて逝け! 総てのステージはオレが用意してやる! だからお前達もオレに手を貸せ! それでチャラにしてやる! 裏切れば‥‥総て消し去る事だけ忘れてなきゃ、人生のやり直しさせてやんよ!」 康太は榊原の膝の上から立ち上がると、ヴィンセントに近付き手を取った 「来いよ!お前はもうヴィンセント・セルガーじゃねぇってのを教えてやんよ!」 そう言い康太は姿見の前にヴィンセントを立たせた ヴィンセントは自分の姿に‥‥‥唖然となった これは誰だ? 確かに自分だが‥‥ さっきまで生きていた自分の姿ではなかった 「ヴィンセント・セルガーは死んだ 同じ容姿を持つ人間がいれば痛くもない腹を探られる お前を生かすなら別人にする必要があった だから鳳凰神に頼んでお前を再生して貰ったんだよ 異空間に飛ばされても意識は在っただろ? 鳳凰に頼んでそうして貰ったんだ お前は自分の人生の走馬灯を見た筈だ ヴィンセント・セルガーの人生は終わった 今此処にいるのは別の人生を逝く存在だ お前は生きて償うと良い それがお前に課せる罪だ 人の命の重さを想い知れ お前には一番苦しい選択を用意した 生きて生きて生き抜いて贖罪しろ! それがお前を生かした理由だ」 ヴィンセントは床に崩れ落ち、泣いていた 康太はアザエルに目をやると 「アザエル、来い!」と呼びつけた アザエルは康太の傍に歩いて行った 「アザエル、自分の姿を見てみろよ」 康太が謂うとアザエルは鏡に目をやった 鏡の中の自分は輝きも艶もなくしていた 何処から見ても唯の人にしか見えなかった 望んでいた姿が鏡の中に在った キラキラと人を捕食するオーラに男も女も群がった 自分を見て欲しいのに‥‥魅了された人間はアザエルを見ようとはしなかった 「‥‥これが僕‥‥」 アザエルは嬉しそうに笑った 「お前は妖魔と人間との間に出来た謂わば禁忌の子だった だから母の様な妖魔としての力はなく かといって人間として生きるには魅了の力が邪魔をした お前は何時も近付いて来る奴らは、自分を見てるんじゃない‥‥って、そう想っていただろ?」 「‥‥何で‥‥それを‥‥」 「人間になるにも妖魔になるにも半端な存在‥‥それがお前だ! だがお前は妖魔の力を捨てた もうお前を見ずに魅了される事はなくなった だからお前に魅了されるとしたら、それは妖魔としてのお前じゃなく、人間としてのお前を見てるんだと想え ずっと望んでいた事だろ?」 アザエルは康太に何度も「ありがとう」と言い泣いた 二人が落ち着くのを待って、康太は二人をソファーに座らせた 「んじゃ本題に入るとするか! 良いか?今後の事を伝えるぞ?」 康太が謂うとヴィンセントとアザエルは「「はい!」」と返事をした 「お前の戸籍、住む場所、収入と生活は保証してやる! だからお前達二人はオレの仕事を手伝え」 康太が謂うとヴィンセントは少しだけ眉を顰め‥‥ 「‥‥もう殺しは‥‥」とそれだけは出来ない‥‥と断った 康太は爆笑した 「話は最期まで聞いてから判断しろよ! もうお前は選択肢のない世界にいるんじゃねぇんだぜ? 話を聞いて選択をすれば良い 嫌なのを引き受けろとは言っちゃいねぇし、引き受けねぇと消すぞとも言っちゃいねぇんだからよぉ!」 そう言われてヴィンセントは 「ならば、お話をお聞きします」と答えた 「オレからの提案は、お前の情報収集能力をオレに寄越せって事だ! お前はターゲットの情報を個人的に収集して嗜好を読み取り行動パターンを予知して動いていた その諜報能力は捨てがたいからな 今後はオレの為に情報を収集して欲しい! 言っておくが、これは強制じゃねぇ 嫌なら断れば良い 強制して仕事をやらせても望んでいねぇ場所で人は生きられねぇ事は嫌と謂う程に見て来たからな だからこれは提案だ!」 「俺達に取ってのメリットは?」 「住む場所と戸籍と仕事を用意する 当座の生活費は用立てる それでどうよ?」 「願ってもない事ばかりで‥‥信じられない気持ちの方が大きいです 「お前とアザエルはオレの持ちビルの管理人になって貰う予定だ まぁ管理人と言っても管理会社が総て執り行っているからお前達はマンションの玄関の掃除と管理人室に来る住民の対処をして貰う それと一階のフロアに英会話教室を開くからお前とアザエルは先生をやれ! 人が集まると噂が聞こえる 時に噂は正体を伴って歩き出す それを見極めてオレに伝えてくれ!」 「それなら‥‥出来る、やらせてくれ!」 ヴィンセントが答えるとアザエルも 「僕もやる!やらせて下さい」と答えた 「うし!なら話は着いたな そこで、これから重要な話をする」 「「はい。」」 「お前達は人を愛し 愛する人と家庭を持ち、家族を持て 多くの人と接して人の裏と表を知るが良い 人は闇を抱えて生まれ堕ちる生き物だ 人は強くもあり、弱くもある だが脆くはないとオレは信じたい だからお前達がその目で見て確かめてオレに報告してくれ! 人の温もりに触れてお前達は日々学んで生きろ! それがお前を生かしたオレの願いだ‥」 康太の言葉の重さがのし掛かる 簡単そうに想えても、人を愛す‥‥と言うのは案外難しいモノなのだ ヴィンセントとアザエルはその言葉を胸に刻んだ ヴィンセントは少しだけ困った顔をして 「‥‥誰かを愛せるかは解らない‥‥けど、やり直せるなら‥‥と想っていた事をやりたい 太陽の下、隠れなくても良い生活を送れるなら、今此処から始めると誓う!」 ヴィンセントが答えるとアザエルも 「僕も‥僕らしく生きる為に頑張りたい‥ ちゃんと僕を見て貰える生活が送れるなら、僕はちゃんと自分の力で輝ける様に頑張ろうと想う‥‥」と訴えた 「んじゃ話は決まったな この地を離れて人の世に戻ったら、今の名は捨てる事となる お前達の戸籍は新しいのが用意される筈だ 戸籍を貰ったらマンションの方へ案内する そしたらお前達の人生のスタートを切る 悔いのない人生を送れ! この先の人生はお前達次第でどうにでもなる お前達の手で掴み取って逝け!」 「「はい!」」 ヴィンセントとアザエルの返事を受けて、康太は榊原を見た 「伊織、人の世に還るとするか!」 「ええ、君となら何処へでも共に逝きます ですが、人の世に還ったら‥‥また君は狙われたりするのですか‥‥それだけが気がかりです‥‥」 「李家の首領 暁慶が『飛鳥井康太に刃を向ける者、李家に刃を向けたも同然と見なし、必ずや報復をする!』と宣言してくれたからな、オレを狙おうとする物好きはいなくなったと想うぜ?」 「ならば安心です‥‥僕の目の前で君を奪うなら‥‥自我を崩壊させ‥‥この世の総てを葬り去るでしょう!」 康太は榊原を抱き締め 「そんな日は来ねぇよ‥‥」と囁いた 榊原は康太に口吻けた 大切な大切な宝物を腕に抱くかの様に大切に抱き、口吻けた ヴィンセントとアザエルは目のやり場に困っていた 弥勒は「イチャイチャは帰ってからにするが良い!」と困った顔をして言った 康太は笑って榊原は離れると立ち上がった そして榊原に手を差し出すと、榊原はその手を握り締めて立ち上がった 「それでは人の世に還るとしますか?」 榊原が謂うと弥勒は一歩離れて 「我は魔界でやる事があるので、此処で別行動とさせて戴く!」と告げた 康太は弥勒を見て「弥勒‥」と名を呼んだ 弥勒は康太を射抜き「何だ?」と答えた 「覇道は切るなよ?」 弥勒は覚悟を決めた瞳で康太を見て「承知した!」と告げて八仙の家を後にした 康太は八仙を見て「時は動き出した‥‥もう止められないのなら‥‥足掻き悪足掻きをするしかねぇな 近いうちに‥‥天界や仙界、神界、仙郷、妖精界、人間界、この地球(ほし)に生ける総てと話し合いの場を持つつもりだ 八仙、閻魔大魔王に伝達して場所を儲けてくれねぇか?」 「承知致しました! そろそろお声が掛かるだろうと皇帝閻魔と共に話しておりました所です」 「‥‥そうか‥‥やはり歯車は回り始めていたか‥‥」 「我等八仙はこの地球(ほし)と共に尽きようと想っております 他の惑星(ほし)になど逝く気は皆無に御座ります なれば‥‥この地球(ほし)を護る為に死力を尽くすだけに御座ります」 「オレも‥‥この地球(ほし)と共に在ろうと想う この地球(ほし)が尽きる時、オレと青龍は地球(ほし)と共に逝くと決めている」 「‥‥幾つもの惑星(ほし)が消えて逝きましたな‥‥ この地球(ほし)も‥‥同じ道を辿ると謂うのであれば‥‥我等はこの命を擲ってでも‥‥死力を尽くすと決めております」 「この地球(ほし)は美しい 青龍の様に蒼いこの地球(ほし)をオレは愛して止まない 八仙‥‥共に逝くか?」 「最初からそのつもりに御座ります」 「なら最後の最期まで足掻いて暴れようぜ!」 「‥‥ですな‥‥」 康太は断ち切る様に八仙に背を向けると 「じゃ、オレは逝くとするわ!」と告げた 八仙は深々と頭を下げ 「悔いのない日々を!」と言葉にした 康太は頷いて歩き出した 榊原はヴィンセントとアザエルに「逝きますよ!」と告げ、康太の背を追った 八仙の屋敷から出ると康太は呪文を唱えていた 時空が歪むと‥‥ヴィンセントとアザエルは踏ん張った 康太の横顔が淋しげで‥‥榊原は堪らなく抱き締めた ヴィンセントとアザエルは刹那の恋人を目にして‥‥この人に仕えようと心に決めた 康太と榊原はヴィンセントとアザエルを連れ立って真壁のビルの屋上に降り立った ヴィンセントとアザエルと共に真壁のビルの屋上に降り立った康太と榊原は、そのまま真壁のビルの中へと入って行った 飛鳥井の管理する部屋の前に立つと、康太は網膜認証でロックを解除した そして部屋の中へと入って行った 事務室の様な作りの部屋に入ると、康太はソファーにドサッと座った 「伊織、東青を呼び出してくれ」 「解りました」 胸ポケットから携帯を取り出すと榊原は顧問弁護士の天宮東青へと電話を入れた 天宮は快く真壁のビルへと向かうと約束してもらい、榊原は電話を切った 康太はヴィンセントとアザエルに 「お前達は兄弟として共に生きる事となる 互いを見届ける事を望んだからそうした もうじき顧問弁護士がお前達の戸籍を持って来るだろう」 ヴィンセントもアザエルも信じられない想いで一杯だった だが覚悟ならもうした もう引き返す道はないと腹を括った ヴィンセントは「新しい名前‥‥ですか」と呟いた アザエルも「何だか信じられません‥」と不安げな瞳をした そんなに待つ事なく天宮が真壁のビルの部屋までやって来た ドアベルを鳴ると、榊原がドアを開け天宮を部屋に迎え入れた 天宮は康太の姿を見付けると深々と頭を下げた 「真贋、総ての手続きを終えてお持ち致しました!」 そう告げると、ソファーに座り書類を康太の前に置いた 康太はその書類を手にすると、中から書類を取り出して確かめる様に目にした そしてヴィンセントとアザエルへと渡した ヴィンセントがその書類を貰い受け、アザエルと共に見ると‥‥ そこには自分達の貰った名前の戸籍が出来ていた どうやって手にしたのか解らないが‥‥ 日本で暮らすには必要となる日本の戸籍だった 信じられない想いでヴィンセントとアザエルは康太を見た 康太はニカッと笑って 「お前等がこの国で生きて逝く為の書類だ お前等が住む場所はこれから案内する お前達は書いてある経歴と生い立ちを頭に叩き込んでおけ!」 殺し屋に狙われずに生きられる術を総て用意してくれたと謂う‥‥ 殺し屋以外の人生をずっと送りたいと想っていた その人生が叶うと謂うのか? この戸籍さえあれば‥‥殺し屋ヴィンセント・セルガーとは別人として生きて逝けるだろう‥‥ 殺し屋に狙われずに平穏な日々を送れるだろう‥‥ ずっと望んでいた事だった ずっと憧れて止まない夢だった 殺し屋以外の人生を送りたい‥‥ 死に囚われ過ぎた人間が見る泡沫の夢‥‥ その人生が叶うと謂うのか? ヴィンセントはアザエルを見た アザエルは縋る様な瞳でヴィンセントを見た 現実を受け入れるには‥‥ 自分の手はあまりにも血塗られ過ぎている‥‥ ヴィンセントは自分の手を‥‥黙って見詰めた 康太は不安に翳る二人を見て 「借り物の戸籍だろうが、信じて生きて逝けば自分の人生になる! 恥じず挫けず日弱らず、真っ直ぐに逝くならば、その道は己の道となる!」と謂う言葉を送った 二人はその言葉を胸に刻んだ 天宮は「住所はこれから管理するマンションに入れておきました 移住の手続きにこれから幾度か伺わねばなりませんが、この国で生きて逝ける為に協力は惜しみませんので、何でも申し付けて下さい 貴方達がこの国で生活する上での身元責任者は私、天宮東青が致します 宜しいですね?」 具体的に現実の話が出て来て夢のような時間は終わりを告げる 「「はい!宜しくお願いします」」 「ヴィンセントさんはドレイク・ナッシュ・クローズ アザエルさんがヨゼフ・ナッシュ・クローズと謂う名前になります 貴方達はアメリカからの移住を希望して日本に帰化する申請をしている最中です 宜しいですか、詳細はこの書類に書き記してありますので、頭の中に叩き込んで覚えて下さい」 ドレイクとヨゼフは覚悟を決めた瞳で「「はい!解りました!」と返事をした 天宮はその瞳を見て大丈夫だなと確信した 天宮は「マンションへは真贋が?」と尋ねた 戸籍を引き渡したら、次は住居へ案内する段取りとなっていたからだ 康太は「おー!オレと伊織が連れて逝く!」と返した 「では何かありましたらお呼び下さい!」 天宮はそう言い康太を抱き締めて、還って逝った 康太は天宮を見送ると、立ち上り 「お前らが管理するマンションに連れて逝くわ!」と告げた 部屋を出るとエレベーターに乗り込み階下へと下りて逝く 榊原は「車を取って来ます!君達は正面玄関で待ってて下さい!」と言いエレベーターが開くと早足でエレベーターから下りて車を取りに向かった 康太はドレイクとヨゼフと共に正面玄関で榊原を待つ事にした 真壁のビルのマンション入り口で立っていると、目敏く康太を見付けた久遠が姿を現した 「康太、体調はどうよ?」 「‥‥まぁ‥‥良くはない‥‥ 色々と事情があったかんな‥‥食べられなかったりした」 「だろうなプレミアム試写会の映像が病院で流れていたからな見た お前、かなり無理しているのが伺えれたからな‥‥心配していた」 「伊織のスキャンダルと時を同じくして、命を狙われていたからな気が休まる暇がなかったんだよ オレと共にいると謂う事は巻き添えを食らう事になるかんな‥‥病院にも来れなかった」 「それでも!‥‥それでもだ康太‥‥ お前が倒れたら本末転倒じゃねぇか‥‥ 俺は何の為にいるんだよ? お前の主治医は俺じゃねぇのか? なのにお前は‥‥俺以外の奴に治療をさせたりするし‥‥」 サザンドゥーク共和国へ逝った時の事を根に持っているのだ あの時、久遠に診せずに、あの国の医者に治療をさせた事を未だに根に持っているのだ 「久遠‥‥」 康太が何か言おうと口を開くと同時に、榊原の車が康太の前で止まった 榊原は車から下りると久遠の前に逝き、深々と頭を下げた 久遠は「何処かへ逝かれるのか?」と尋ねた 「その二人をマンションまで送らねばならないのです」 久遠は榊原に 「やる事を終えたら病院に来て下さると約束して下さるか?」と迫った 榊原は苦笑して「この二人をマンションに送ったら、必ず病院に来ます 僕も限界を突破しているので近いうちに久遠先生に診て貰おうと想っていた所です」と顔色の悪い康太を心配して言葉にした 「なら病院で待つとしよう! 来る時には電話を入れてくれ!」 「解りました」 榊原は久遠に約束すると康太を助手席に乗せた ドレイクとヨゼフを後部座席に乗せて、運転席に乗り込み車を走らせた 榊原は真壁のビルから然程遠くない場所に建つ、一際豪華なマンションの前に車を停めた その建物は10階より下はテナントや店舗、企業が入っていて、有名店も犇めき合って入店していた 10階から上は居住スペースとなっている大きなマンションと謂うよりは複合施設型のビルに近かった ドレイクとヨゼフは一階の玄関入り口にある管理室に常駐する事になる 車を停めた榊原は、助手席のドアを開け康太を下ろすと、後部座席のドアも開けた 康太はスタスタとマンションの中へ入って逝くと、管理会社に電話を入れた 管理会社のスタッフは然程待つ事なくにマンションに現れ、康太に管理室の鍵を手渡した その鍵を使って管理室のドアを開けると部屋の中へと入って逝った マンションの正面玄関横に備え付けの窓があり、そこから見える部屋は事務的な部屋だった 「此処が管理室だ! お前達はマンションの正面玄関の掃除や、此処の住民の苦情受付みたいな仕事を遣って貰う! 対処できない様な案件なら、そこの管理会社の『内村』に連絡を取り、その都度対処してくれ!解ったな?」 「「はい!」」 ドレイクとヨゼフが返事をすると、管理会社の内村が二人に名刺を渡して挨拶した 内村が事務的な仕事を教えると、二人は真剣に聞いていた 康太は管理人室に入ると、ソファーにドサッと座った 康太は管理会社の内村に 「内村、この二人が英会話教室を開いてくれる事になっている! 管理人と英会話教室の教師も兼任して貰う事となる で、その教室に二人を案内してくれねぇか?」と頼んだ 内村は喜んで了承すると二人を連れて英会話教室へと向かった 英会話教室は然程広くないがアットホームな感じの教室だった 「これから生徒さんを募集致します まずは管理人としての生活に慣れて戴いて、色々と資格を取って戴いてからの開業となります そんなに人数は集めず、アットホームな感じの教室を一緒に作って行きましょう! 御協力出来る限りの事はさせて戴く所存ですので、解らない事は気兼ねなくお聞き下さい」 ドレイクは「ありがとうございます」と礼を言った 一通りの説明を受けて管理人室に戻って来ると、内村は鍵を一つ康太に手渡して還って逝った 管理人室に戻って来ると康太は二人に座れよ!と声をかけた 新しい人生の始りが具体的になるにつれ‥‥ ドレイクは自分が許されて良いのか? と自問自答していた ヨゼフも‥‥自分達が追い詰めた人間に‥‥甘えて新しい人生を送って良いのか‥‥と不安になっていた 康太はドレイクとヨゼフに 「これからの人生をどう生きるかは、お前達次第だ くれぐれも後悔のない様に‥‥な。」 とエールを送った 自分を殺そうとした人間を生かす 二人には信じられなかった 二人が康太を裏切る事なんて想ってもいないのだろうか? 「‥‥俺は‥‥」 ドレイクが言い掛けると康太は遮る様に 「ドレイク・ナッシュ・クロー ヨゼフ・ナッシュ・クロー お前達の進むべき道が光に照らされてる様に祈っている だから幸せになれ!」と言葉にした 榊原も二人に 「飛鳥井康太と謂う人間は適材適所配置するが務めの存在なのです 君達が生かされたと謂うのは、君達にはやらねばならぬ事があるからなのです 生きていて良いのだろうか?なんて疑問は抱かないで戴きたい でなくば‥‥己の命を削って貴方達を生かした康太の想いが無になります 生きて生きて生き抜く事こそが、貴方達に与えられた贖罪なのです 愛する人を見付けなさい 大切な人の温もりを知りなさい 何もない所に咲き誇る花を沢山育てなさい それが君達が生きる意味だと知りなさい 虚無の心に大切な何かを抱くなら、それは我等の願ってやまない明日へ続くと想いなさい 人はそうして日々を生きて糧を稼ぐ 平凡な日常 平凡な人生 溢れる程の愛で満たして、生きて逝きなさい 解りましたね?」 と言い聞かせた 二人は頷き、深々と頭を下げた 榊原はニコッと笑うと 「んじゃ、お前達の部屋へと逝くか!」と言い管理人室を出て行った 康太は榊原やドレイク達と共に管理人室を出るとエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押した 「お前達の部屋は最上階にある 最上階までエレベーターを乗るやん」 エレベーターは最上階で止まり、ドアが開いた 「んで、最上階で下りる! 最上階はセキュリティが厳しいからな、良く見ておけよ!」 エレベーターから下りるとフロアの中に入るパネルが設置されていて暗証番号を押すシステムになっていた 「暗証番号は後で教える事にして、まずはゲートを開けねぇと中へは入れねぇ仕組みだ! このフロアは一般の奴は入れねぇシステムだ! お前達の様な奴には持ってこいの部屋だろ?」 康太は笑いながら暗証番号を打ち込み、ゲートを開かせた ゲートが開くと中へと足を踏み込んだ 最上階には6部屋分のドアしかなかった 下の階とかはその数倍のドアが見て取れたのに‥‥ 一番奥の部屋の前に立つと 「此処がお前達の部屋だ!」と言い鍵を差し込み部屋を開けた 部屋の中へ入り込むと‥‥ そこには家具が入っていて直ぐにでも生活が始められる様になっていた 「此処がお前達の部屋だ! 伊織、キーと暗証番号を渡してやってくれ!」 康太が謂うと榊原は二人に部屋のキーと、ゲートの暗証番号を書いた紙を手渡した 「この部屋の家具は総て揃えさせたから、直ぐにも生活は出来る筈だ!」 部屋の中を見渡すと家具は総て揃っていた 「3LDKあるから一人一部屋ずつあるぜ!」 康太そう言い部屋の中を歩いて見せた 何から何まで整えて貰って新しい人生のスターとを切れる‥‥ そんな自分に何が返せると謂うのか? ドレイクとヨゼフはそう考えていた 「何時か‥‥貴方の役に立てる様に生きようと想う」 ドレイクが謂うと康太は 「んな事は考えなくて良いぜ! オレは適材適所配置するが務めだからな お前達を生かす為に役目を与える お前達は生きた情報をオレにくれ! これは互いのニーズに合った取引だ だから恩には感じなくて良い オレに役立とうと思わなくて良い お前達はお前達の人生を送れ! それだけだ!」 「「はい!」」 ずっと望んでいた道にいる 恥じる事なく、その道を逝くと決めている 康太は顔付きの変わった二人を見て、何も心配する事はないな‥‥と感じていた 一通り説明を終えてると康太はソファーに座った 榊原もその隣に座ると、ドレイクとヨゼフもその前に座った 榊原は二人の前に封筒を置いた 「これは当座の生活費です! 少し多目に入っていますから、服とかは自分達で見繕って下さい」 生活費がないと生活は出来ない‥‥ それは解っていたが‥‥そこまでされると居たたまれなかった ドレイクは「ヨゼフに渡そうとした金があるので‥‥」それを使う‥と辞退しようとした 「ドレイク、殺し屋ヴィンセントは死んだ だからな、その金は棄てたと想った方が良い! でねぇと火の気のない所から火の手が上がる事となる 総てを棄てたと謂う事はそう謂う事だ 新しい人生を歩み出した瞬間、お前達は何もかも棄てた‥‥違うか?」 図星を突かれてドレイクは言葉もなかった 総てを棄てたのだ‥‥ ヴィンセント・セルガーは死んだのだ ドレイクは苦笑すると封筒を受け取った 「そうでした‥‥これは戴いておきます!」 「んじゃ、新しい人生を悔いなく生きろよ!」 「「はい!」」 「管理人は明日からで良いからな まずは服でも買って飯でも食いに逝くと良い!」 そう言い康太はドレイクとヨゼフの肩を叩いた ドレイクは深々と頭を下げた 言葉もないから態度で示すしか出来なかった 「総て終わったのなら、此処から始めれば良い 終りは始まりの第一歩って謂うしな」 ドレイクとヨゼフは新しい人生を歩みだした 終わりじゃない 此処から始める為に‥‥ 康太は「今度は仲間を紹介するかんな!」と言い榊原と共に還って逝った ドレイクとヨゼフは今日から始める為に、街を知る事にした この街で生きる その為に買い物へと出掛けた 必要なモノを買って、ご飯を食べて家へと還る それが当たり前の様になる日を想う この街で生きる日々を想う ドレイクとヨゼフの足取りは軽かった 二人は生きる為に自分達の足で歩き始めた

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