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第53話 新しい日々

殺し屋に命を狙われ やっとの想いで集束をもぎ取り、安息の日々がやっと始まった 康太と榊原は緩やかな日常へと戻りつつあった まるで何もなかったんだよ? と謂われれば、何もなかったのか?と錯覚しそうになる程に‥‥ 穏やかな日常が戻って来た ヴィンセント達殺し屋に狙わた日から半年が経過した頃 慎一が飛鳥井の家に還って来た かなり過酷な日々であったのだろう 端正な顔付きは、そんな苦労の日々を刻み付け、男らしさに磨きを掛けていた 「只今戻りました我が主!」 慎一は嬉しそうに謂うと、康太に深々と頭を下げた 自分の我が儘で主の傍を離れた 飛鳥井の家には既に自分達の場所はないかも知れない‥ そう想いつつも‥ 還る為だけに堪え忍んだ日々を送った自分が還る場所は一つしかなかった 康太は子供みたいな笑顔で慎一を迎えてくれた 「お還り!慎一」 その一言で‥慎一の想いが堰を切って溢れ出す 慎一は耐えきれなくなって‥‥康太に抱き着いた 「貴方の所へ還る為だけに日々を送って来ました‥」 「疲れただろ? 当分は家の事は良いからな、休養を取って休むと良い」 主からの労りの言葉だった 飛鳥井の家になくてはならない存在 それが緑川慎一だった 飛鳥井康太の執事として生きて来た男だった 主の為に生きている自負はあった その主に、少し休めと謂われて‥‥慎一は不安げな瞳で康太を見て 「‥‥康太‥‥俺は‥‥もう‥‥要りませんか?」と問い質した 「ちげぇよ! 修行から還って来た家族を労るのは当たり前じゃねぇかよ? 慎一、お前は今世に限らずオレに仕えるんじゃねぇのかよ? オレは要らねぇなんて想っちゃいねぇぜ!」 「‥‥康太‥俺は‥‥還る日の為だけに日々を生きて来ました‥‥ 俺も一生もいないなら人手が要るのは良く解っていました 解っていましたが‥‥現実には‥‥居場所がなくなりそうで‥‥不安でした」 一生と慎一がいなくなって、飛鳥井の家に新しい人が来たと、隼人から聞いた 聡一郎からも常に連絡が入っていた 飛鳥井に人が入ったと聞いた時、ショックを受けたのは‥慎一も同様だった 聡一郎は何時も電話で最後には口癖の様に 『あのバカ‥‥連絡も一切取らないで自分を追い込んでいるからさ‥‥ バカだと想っていたけど‥‥本当にバカだねアイツは‥‥ 限界をとうに越えているだろうに‥‥ それでもアイツは耐えているんだよ』と心配していた 隼人も一生の危うさを危惧していた 慎一も心配していた 常に連絡を取り合っていた慎一と違って、一生は一切の連絡を断ち切って挑んでいるのだと想うと‥‥やるせなくて堪らなかった 一年、飛鳥井の家を留守にした その間にやらねばならない事は総てした 我が子を飛鳥井に預けたまま家を出た 我が子は恨んでないか‥‥不安だった だが我が子は父にとんでもない条件を突き付け‥‥笑っていた 和希は「父さん、僕達の事は心配しなくて良いからね! それよりも父さん、家を出た以上はスキルを積んで役立つ様になって還って来るんだよ!」と父に発破を掛け 和馬は「父さんが選んだ道なら悔いのない日々を送って下さい! 僕達の事は一切お気になさらず精進して下さい! くれぐれも前と何が違ってるの?なんて疑問は抱かせない程度には意地を見せて下さいね!」と宣った 全く良い性格になったものだ 誰に似たのやら‥ 慎一はそんな我が子に背中を押され、勉強と鍛練の日々を頑張っていた 経営の資格習得が目的だったが、この機会に主を護れるだけの武術を学ぼうと決めた そう決めて都内へと移り住み日々勉学と鍛練の日々を過ごした 主を命を擲っても護れる為に! その為だけに日々鍛練を続けた 慎一が決意を決めたのを知ると、榊原が経営者として学ぶ学校を見付けて、総ての手続きをして送り出してくれた 鍛練の場は弥勒が紹介してくれた 何処で知ったのか、慎一の想いの通りの武術の道場を紹介してくれた 道場は慎一に、最初から別メニューでの特訓を受けさせていた 『護る』為の武術を伝授していた 後から聞いた話だと、政治家や財界人の護衛に着いている者達の半数以上が、この武術道場から排出されているとの事だった 『護る』を極めたプロを育てる道場だと知り、慎一は死物狂いで日々特訓を受けて来たのだった 道場と学校と言う二足のわらじの日々は大変だった 大変だったが、還ると謂う想いだけで‥ 慎一は耐えて来たのだった 経営学を叩き込まれ、経営者としてのノウハウ学んだ 経営に必要になる資格 経営アカデミーマスター 経営アナリスト 経営コンサルタント 経営管理士 経営財務士 経営士 経営情報士 経営総合診断士 経営調査士 経営労務コンサルタント 習得出来る限りの資格を修得し 自己資金を投入してのシミュレーションも行った 今の所、大きな損失もなく株価を運用出来ている それと同時に鍛練も欠かす事なく学び SPとして送り出せる程の腕前にはなった!との師範代のお墨付きを貰い、やっと還る事を決めたのだった これで我が子にも恥じずに逢える そして何より‥‥我が主に逢える‥‥ 貴方を護ると決めた 絶対に護り通す! あの人を主と決めて、今世あの人の傍に生まれ落ちた時から決めていた 目の前で何も出来ずに奪われるのは、自分が命を落とすよりも恐怖だ だから決めた 主の為に生きようと‥‥ 護って護って守り通す! 慎一がやっと還って来たのに‥‥ 康太は言葉が足らなかった‥‥と慎一に改めて「慎一、お帰り!」と言った 「お前が家を出て、人手が足らなくなったのは謂うまでもない でも飛鳥井の家に誰か知らない人間を入れるのは家族には抵抗があったから‥‥ 入れずに何とか皆で協力して逝こうと話もしていた それか家事だけ家政婦を雇おうかと想っただけど、飛鳥井の所為で総てをなくしたアイツ等だからな、放ってはおけなかったんだ そこんとこらへん聡一郎か隼人から聞いてねぇのか?」 「聞いてます 聞いてますけど‥‥ずっと不安だったんです‥‥ 還っても居場所がなかったらどうしょう‥‥と不安で仕方がなかったのです」 拗ねた様に謂う慎一の背中を撫でて康太は 「修練を終えて還って来た奴に、直ぐに家の事をやらせる程にオレは鬼じゃねぇつもりだ‥‥ 総てはおめぇに良かれと想って口にした 飛鳥井の家におめぇは必要だ! 今回、家族全員痛感したと想う! オレもな、おめぇに頼りっきりだったと反省したんだぜ? そろそろ一生を迎えに逝かねぇと壊れるのも時間の問題だ そうなると今いる奴等を送り出してやらねぇとならねぇかんな‥‥ そしたら慎一に子供の事も家の事も頼りきりになっちまうのは目に見えているかんな‥‥休めるうちに休ませてやりてぇんだよ」 主の想いだった その言葉を聞いて慎一は胸を撫で下ろした 「‥‥あの二人‥出されるのですね‥」 「適材適所配置するがオレの務めだかんな アイツ等を在るべき場所に送り出すしてやらねぇとならねぇんだよ!」 康太の言葉は想いに満ち溢れ優しかった やはりこの主に仕える自分が誇らしくあった 「なぁ慎一、頼みがあるんだけど‥‥聞いてくれねぇか?」 「はい!何でも言って下さい! 俺に出来る事でしたら何でもします」 「‥‥お前、少しの間‥‥星と一緒にいてやってくれねぇか?」 「はい。解りました 後で紹介して下さい」 「聖は‥‥妻と生まれて来る我が子を失い‥‥生きて逝く事を拒絶して‥‥ 幾度も幾度も‥‥死のうとした 見かねた聖の兄が俺に助けを求めたから預かっている 聖は生きる事を放棄して虚ろの中にいる‥‥ 愛する人を亡くしたお前なら‥‥星の想い、良く解るだろ?」 「はい‥‥嫌と謂う程に‥‥」 「力になってやってくれ‥‥星は城之内の弟だ‥‥ 城之内が目を離すと‥‥死んでしまう‥とオレに託して来たんだ 聖の瞳は死に囚われ過ぎている‥‥ このまま飛鳥井を出したら‥‥結末は見えているからな まだ出せねぇ状態だ だから慎一、その時が来るまで‥‥傍にいてやってくれ‥‥頼む‥」 「そうだったのですか‥‥」 「高嶺も未来を奪われて‥‥ 地獄に突き落とされたようなもんだ 約束された未来を奪われる者の気持ち お前には痛い程に解るだろ? ならば高嶺も気に掛けてやってくれ! 高嶺と星の未来を奪ったのは‥‥飛鳥井家真贋‥‥だからな」 「‥‥え?‥‥それは?」 「陣内と栗田が事故にあったろ? その時、偶然そこに居合わせてしまった故に‥‥高嶺は約束された未来を奪われ 星は妻と生まれ来る我が子を失った アイツらから未来も希望も奪ったのは‥‥オレだからな‥‥」 康太が謂うと慎一は「それは違う!」と叫んだ 「康太‥‥不幸な偶然です 貴方の所為ではない‥‥」 「それでもな‥‥身が立つ様にして送り出してやりてぇんだよ アイツ等は飛鳥井にはいられねぇからな‥‥この先、生きていく術を用意してやらねぇとならねぇんだよ」 慎一は胸を押さえた 誰が悪い訳ではない 不幸な偶然なのだ 故意な事故であろうとも‥‥ 巻き込まれたにしては大きなモノを失い過ぎた‥‥ 「‥‥運命は‥‥残酷な事をするのですね‥‥ 俺も‥‥運命を呪いました‥‥ なんで総てを奪うんだと‥‥呪って呪って‥‥死のうとしました‥‥」 慎一の腕時計の下には、死にきれなかった傷が今もある 運命に蹂躙され翻弄され、総てを無くす痛みを刻んだ慎一だからこそ、康太は同じ傷を持つ星と高嶺を慎一に寄り添わせようとしたのだった 榊原は慎一に「取り敢えず聡一郎や隼人、瑛兄さんには連絡しておきなさい! 喜ばれますよ あぁ‥‥そうそう、君の息子は今家にはいません‥‥呼び戻しますか?」と意外な事を謂われて慎一は困った顔をした 「‥‥我が息子達は何処にいるのですか?」 慎一は想像が出来なくて尋ねた そう言えば我が子の事をあまり知らないかも知れない‥‥ 主優先で我が子を後回しにした自覚はあるから、やるせなかった 「君の息子は榊原の家にいます」 「‥‥え?それは?‥‥どういう事なんですか?」 「父さんと母さん、兄さんと佐伯が北斗がいなくて淋しがっている二人を見て家に連れて逝ったのです」 父がいなくて‥‥ではなくて、北斗がいなくて淋しがっている‥‥と言われて、慎一は更にやるせなくなった 「母さんに慎一が還って来たと連絡を入れるので待ってて下さい!」 榊原はそう言うと携帯を取り出し、真矢に連絡を入れた 「母さん、慎一が還って来ました」 名乗りもせずに用件だけ伝える電話は変わらなくて真矢は苦笑しつつも 『あら、慎一還って来たのですね 子供達に伝えるわね!喜ぶわ』 「慎一、母さんです」 榊原はそう言うと電話を慎一に渡した 慎一は携帯を受け取ると電話に出た そして真矢と話して我が子の日常を聞いた 『夜には飛鳥井に連れて逝くからね』と真矢が謂うと電話を切った 慎一は榊原に携帯を返すと、榊原は携帯を受け取り、立ち上がった 「僕達はこれより出掛けねばなりません 君は荷物を部屋に戻して、皆に連絡を取ってあげて下さいね!」 「何処へ‥‥逝かれるのですか?」 「今日はこれから久遠医師の所へ逝き話をして来る予定があるので逝かねばならないのです」 「康太、何処か悪いのですか?」 「違います、高嶺のオペについて久遠先生に話があるのです」 「俺も逝って構いませんか?」 慎一は主と共にいようと行動を共にしようと想った 榊原は「では荷物を部屋に置いて来なさい。僕達は駐車場で待っています」とにこやかに話し掛けた 慎一は荷物を持つと部屋に荷物を置くべく急いだ 榊原は康太と共に地下駐車場へと向かった エンジンをかけて少し待つと慎一が走って来た 榊原は後部座席のロックを外すと慎一を乗せた 榊原は車を走らせ慎一に 「聡一郎や隼人、瑛兄さんや玲香さんに連絡を入れなさい」と伝えた 慎一はLINEで聡一郎と隼人に帰宅を告げた 瑛太と玲香と清隆にはメールで「只今帰りました」とメールした メールを送信すると電話が鳴った 『還るなら事前に言って下さい!』 聡一郎からだった その後ろで『慎一、お帰りなのだ!何処にいるのだ!逢いたいのだ!』と隼人が叫んでいた 「今康太と共に記念病院の方に逝きます」 慎一が謂うと聡一郎は『そちらに逝きます!』と言い電話を切った 切るなり電話がけたたましく鳴り響いた 『慎一!お帰りなさい! 父も母も君に逢えるのを楽しみにしています! 今宵は皆を呼んで君の帰還を祝おうと想っています 何か食べたいのはありませんか? 何処か逝きたい所はありませんか?』 矢継ぎ早に瑛太が謂う その声は嬉しそうだった 今何処にいるのですか?と、訪ねられ主と共にいると伝えると、その用事が終わったら連絡をして下さい!と謂われ約束した 車は飛鳥井記念病院の駐車場で停まると、榊原は車から下りた 助手席のドアを開けると康太を下ろして、後部座席のドアも開いてくれた 榊原は嬉しそうに「久遠先生にやっと慎一の帰還をお知らせ出来ます」と口にした スキップしそうな勢いで榊原は病院の中へと入って行った 病院へと入って逝くと榊原は、受け付けに院長との面談の予約を伝えた 受付の者が予約を確認して確かめると、「院長室にどうぞ!院長がお待ちです」と伝えられた 榊原と康太は院長室へと向かった 慎一はその後ろを何時ものように着いて逝った 院長室のドアをノックすると奥から「入れ!」との鷹揚な声が聞こえ 榊原と康太は院長室の中へと入って逝った 慎一も少し遅れて院長室の中へと入って逝くと、久遠が「慎一!!」と叫んだ 「お前!何時帰ったんだよ!」 久遠は嬉しそうに問い掛けた 「ほんの先程、帰還致しました」 「もう主の傍を離れる予定はねぇんだろ?」 「はい!ありません! 離れろと謂われましても、死んでも離れる気は皆無です」 それこそ慎一の台詞だった 久遠は「んじゃ、本題に入るか!」と言いレントゲン写真を取り出すと説明を始めた 新庄高嶺のレントゲン写真だった 康太は久遠に「‥‥結果はどうよ?」と尋ねた 「選手としては絶望的としか謂いようがない‥‥ ピッチャーは肩と腰が命だからな その肩と腕が粉砕されて神経も破損した状態では‥‥二度とボールは握れない」 「アメリカに渡っても? それは不可能だと謂うのか?」 「アメリカに渡っても選手には復帰は望めないだろう‥‥」 「ならさコーチとか野球に携わる仕事が出来る位には動かせる様になる可能性は?」 「それは‥‥本人の努力次第だな 気の遠くなる程のオペとリハビリに耐えるには、目の前に揺らぎない目的がなければ挫折しかないのが現状だ 時間を掛ければ、ある程度は腕は動かせる様にはなるだろう‥‥ 気の遠くなる程の時間を堪え忍んで逝くには、本人の相当の覚悟と意志が必要となる スポーツ医学が盛んなアメリカに渡ったからと言って、確固たる信念がなければ挫折してしまう世界だ 本人は‥‥どう想っているのか、まずは確かめてから答えは出したらどうよ? お前が義務や責任で背負って良い将来じゃねぇんだ!解るな?」 久遠に謂われて康太は考え込んだ 望むべき未来へ送り出してやる想いと 現実世界の厳しい現状‥‥ 望まない場所へ送り出したとしても、本人の意志が続かねば‥‥ 更に苦しめる事となる どうしたら良い? どうしたら‥‥ 康太は久遠の言葉に考え込んでいた 慎一は康太に 「俺が高嶺に話しましょうか?」と提案した 「この先、どうしたいのか? 何をやりたいのか? 望みは何か? 高嶺本人の口から聞かねば、何も解らないと想います 何もかも失ったのなら今は現実も未来も受け入れられないでいるのでしょう‥‥ 焦りやジレンマ‥‥無くした焦燥‥‥虚無‥‥ 新庄高嶺と言う男が何を想っているか、本人の口から聞いてみたいと想います そして話し合えば良いと俺は想います 逝きたい未来 なりたい自分 それに近付ける様に俺も協力出来たら良いと想っています」 慎一が謂うと久遠は 「ここは慎一に託してみるしかないと想う! その結果、どうしたいか話し合って対処するしかないな! それでどうよ?」 と康太に問い掛けた 「だな‥‥悪い、気ばかり焦りすぎたわ‥」 「‥‥‥良いさ‥‥んじゃ高嶺は慎一に託すとして‥‥なぁ康太、悟‥‥何処にいる? お前、知ってるんだよな?」 久遠は苦しそうに眉を顰めて康太に問い掛けた 「‥‥‥聞いてどうするよ?」 「悟を不幸にしたのは俺達‥親子だからな‥‥ 俺に出来る事ならば何でもする‥‥だから教えてくれ‥」 「‥‥罪とか責任とか‥‥贖罪の想いに囚われ過ぎなんだよお前は‥」 「‥‥罪は消えないからな‥」 「その言葉を二度と謂うな! お前が何時までも罪だと謂うならば、罪を作ったお前の母に罪を背負わせるしかなくなるぜ? それでも良いなら何時までも罪に囚われていろよ! お前は母親の作った罪を背負う必要なんてねぇんだよ! 罪を作ったのはお前の母と義恭だ! お前の母の罪は母親が背負う 義恭の罪は義恭が背負う お前じゃ背負えねぇんだよ!」 キツい瞳に射抜かれて久遠は言葉を失った 「悟は‥‥生きているのか? それだけ‥‥教えてくれないか?」 「オレが、んな簡単に逝かせてやると想っているのかよ?」 「‥‥あぁ‥‥そうだったな‥‥」 「どいつもこいつも‥‥死ねば楽になれるって想ってるらしいけどな、そんなのは‥まやかしでしかねぇんだよ! 己の命を断つ行為は大罪だ! 死よりも辛い罪を与えて、のたうち回って悔やむしかねぇ存在に堕とされる! それを解ってねぇから軽はずみな事をするんだろうけどな‥」 「‥‥悟が生きててくれるなら‥‥それで良い‥‥ 結局‥‥俺では何もしてやれないんだからな‥‥」 「久遠、一年位前に妻と産まれて来る子を亡くして幾度も幾度も自殺未遂をした患者、覚えてねぇか?」 「城之内星‥‥」 「アイツな、うちで預かっているんだよ アイツの兄貴と知り合いでな、幾度も幾度も命を断とうとする弟に‥‥ 城之内は一緒に逝ってやろうとしたんだ 救えないなら‥‥一緒に逝ってやるしかない‥‥ そんな城之内を押し留めたのはオレだ だからなオレは城之内星の行く末を導いてやらねぇとならねぇ責任があるんだよ! 悟もそうだ! もう楽にしてやりたいと共に逝こうとした志津子を、押し留めたのはオレだ! 生きるのが辛いんだ‥‥と言う悟をこの世に引き留めているのはオレだ! そろそろ死に囚われてばかりじゃなく“生きる意味”を考えて欲しいからな‥‥ 新天地に送り出してやるつもりだ!」 覚悟を決めた康太の言葉に、久遠は悟の抱える深い闇を垣間見る 「どうするつもりなんだ?」 それでも‥‥それでも‥‥聞かずにはいられない 「年の近い、同じ境遇、同じ傷や痛みを抱える者同士を一緒に住まわせる 同族嫌悪となるか同病相憐むか‥‥結果は解らねぇが‥‥ 何もかも亡くした者同士が何を見て何を想うか‥‥それに賭けるしかねぇと想っている これは最期の賭けだ‥‥このチャンスを逃せば‥‥悟は近い将来、必ず己の息の根を止めるだろう‥‥」 殴っても叩いて矯正しようとも‥‥共に逝くと言っても‥‥ 死に囚われた魂は、死ぬ事でしか解放はないとばかりに、逝く事しか望まぬ頑な存在として今を生きている 久遠は不安げに‥‥ 「(生を)望まぬ者同士ならば‥破滅に向かうしかないんじゃないのか? ‥‥悟を死なせないでくれ‥‥」と訴えた 「死なせる気はねぇよ! これは賭けだと謂わなかったか? まぁ直ぐにじゃねぇよ 当分、悟は起き上がれねぇだろうからな‥‥」 「何処にいるのかは教えて貰えないのか?」 「堂々巡りだ久遠! お前はお前の道を逝け! 何者にも囚われず逝くが良い! 志津子も義恭も悟はオレに託した 託した以上は口は出さねぇ筈だ だからお前ももう問い掛けるな!良いな?」 久遠は俯いて‥‥頷いた 「んじゃ、オレは逝くわ!」 「‥‥あぁ‥‥高嶺の事どうするか返答を待っている」 「死に囚われた人間ってのは視野が狭いんだよ‥‥知ってるか? 死ぬ事しか考えねぇからな‥‥総てのベクトルが死へと直結する そんな人間に謂う言葉なんてねぇんだよ 言葉は耳を傾ける奴にしか伝わらねぇ‥‥ 幾ら叫んでも訴えても‥‥耳を貸さない奴には届かねぇんだよ 命を繋げ生かしても、それは生きているとは謂わねぇんだよ‥‥」 「康太‥‥」 「だからお前は待っててやれ 何時か自分の足で立っていられる様になる日まで‥待っててやってくれ 今はそれしか言えねぇかんな‥‥」 「ありがとう‥‥それだけ聞ければ‥‥それで十分だ‥‥」 久遠は幾度もありがとうと言い‥‥康太の手を取り礼を言った 顔を上げた久遠の顔は憑き物が落ちた様に、優しい瞳をしていた 康太と榊原と慎一は院長室を後にすると、待合室へと向かった 待合室には聡一郎と隼人が康太達を待ち構えていた 慎一の姿を見ると聡一郎と隼人は駆け寄り 「「お帰り!」」と声をかけ飛び付いた 慎一は「ただいま」と言い懐かしそうに二人を見て目を細めた 聡一郎は康太に「会社に来いって瑛兄さんが言ってたよ!」と瑛太からの伝言を伝えた 「んじゃ会社に顔を出すとするか!」 康太が謂うと皆で病院の外へと向かった 駐車場まで行き榊原の車の前に立つと康太は聡一郎に「お前達何で来たのよ?」と問い掛けた 聡一郎は「タクシーです」と榊原の車に乗り込む気満々だった 最近、聡一郎は隼人が淋しいだろうと常に気遣い行動を共にしていた 榊原の車に皆で乗り込むと康太は 「そろそろ白馬に逝かねぇと限界な奴がいるからな‥‥」と呟いた 聡一郎は「あのバカは放っておけば良いんですよ!」と言い捨てた 連絡しても返って来ない一生に焦れて怒っているのだった 自分を追い込むにも程がある 隼人は聡一郎を優しく抱き締めた この一年、隼人のぬくもりにどれだけ救われた事か‥‥ 聡一郎の方こそ隼人に頼っていたのかも知れない 隼人が淋しいだろうから‥‥と言いつつ、自分が淋しかったのかも知れない 「隼人‥‥ありがとう」 「一生を迎えに逝く為に白馬に行きっぱなしだったのだ 一生が還って来たなら殴り飛ばしてやると良いのだ!」 隼人は笑いながらそう言った 聡一郎は「それは良いですね!」と楽しそうに言葉にした 離れ離れになっていた仲間が、ここに集結しようとしていた 長かった孤独が終わろうとしていた 聡一郎は少し窶れた慎一の頬に手をやると 「お帰り慎一 少し痩せましたか?」と心配して口にした 慎一は優しく微笑み 「ただいま聡一郎 主の傍にいられれば直ぐに元に戻るから大丈夫だよ」 「君らしい台詞で安心しました 還って来た君が変わらずで‥‥何だか‥‥」 そう言い聡一郎は顔を覆い‥‥声を詰まらせた 隼人は「最近の聡一郎は泣き虫なのだ」と言い聡一郎を抱き締めた 榊原は飛鳥井建設の地下駐車場へと下りて逝き、何時もの場所で車を停めた 車から下りる前に聡一郎は隼人の方を向いた 隼人は聡一郎の顔をゴシゴシとハンカチで拭った 涙の跡が消えると「大丈夫なのだ」と言葉を送る 最近の二人は本当に仲が良かった 隼人に大丈夫だと謂われて聡一郎は車から下りた そして康太と榊原と共にエレベーターへと乗り込み最上階へと向かった エレベーターの中で聡一郎は康太に 「白馬での準備は総て整いました 慎一も還って来た‥‥と言う事はそろそろですか?」 と問い掛けた 「だな、でも直ぐじゃねぇ 星がまだダメだろ?」 「‥‥僕の力不足で‥‥すみません」 聡一郎では星を救い出せなかった 総てを無くした星と総てがない聡一郎 パッと見、何もない所は共通するが、根底は全く違うから聡一郎は踏み込む事が出来ずにいた 親を切り捨てた聡一郎 何もない所は一緒だが‥‥自分で切り捨てたのだ 無くした‥‥のではなく、切り捨てた そこが違うから容易に身動きが取れなかったのだった 隼人は菜々子を亡くし‥‥今も傷から血が出ている心を抱えて‥‥ 星に近付けば‥‥自分を保っていられなくなりそうで‥‥距離を取ってしまっていた 隼人も「‥‥オレ様も‥‥役には立たないのだ‥」と呟いた 康太は隼人の胸を拳で軽く叩くと 「隼人は母を護っていれば良い! 頼もしい息子にオレは何時も救われているぜ?」と笑った 隼人は康太を抱き締めて 「オレ様は康太と伊織の長男だからな」と笑った 榊原は優しく隼人を抱き締めると「良い子です!」と頭を撫でた まだまだ甘えん坊な長男だけど、確実に大人の男に成長を遂げていた 最上階に着くとエレベーターを下りて社長室へと向かう 社長室のドアをノックすると瑛太がドアを開けて皆を迎え入れた 部屋の中には清隆や玲香がいた 清隆は慎一に「お帰り慎一」と声をかけた 慎一は深々と頭を下げて「只今戻りました!」と帰還の報告をした 玲香は「研ぎ澄まされた剣の様に鍛え上げて来た顔をしておるな」と慎一の頬に手をあてた 少し窶れた慎一の精悍な顔を見れば、かなりハードな日々を送ったのだろうと推察された 瑛太は「お帰り慎一、暫くは体躯を休めると良い」と労いの言葉を投げ掛けた だが慎一は慎一だった 「明日から飛鳥井の家の事はお任せ下さい!」 と既に飛鳥井康太の執事の顔をして、そう言ったから、何か言う事を諦めた 清隆は慎一らしくて安心した 「清四郎さんが君の子供達を連れて来てくれるので、今宵は料亭に席を設けました 飛鳥井の家にバスが来てくれるので、このまま帰宅してバスに乗り込みましょう!」 会長と社長と副社長が会社を早目に上がって良いのか‥‥と想いつつも、皆の想いが嬉しかった 後は秘書に頼んで、早々に会社を後にする 瑛太はスキップしん勢いで社長室を後にした 瑛太はエレベーターにのりこむと慎一に 「早く一生を迎えに行ってあげなさい! アレはもう限界でしょう」と流石社長、全部お見通しですか!と想わせる台詞を口にした 「はい!皆が口を揃えて言います 相当‥‥なんですね 桜林時代の仲間からも連絡は入ります 皆が口を揃えて‥‥同じ台詞を言います」 「私も白馬からの情報は上がって来るのです! 気力だけで乗り切って来たんでしょうが‥‥とうに限界を超えているのでしょう」 と困った顔で‥‥そう告げた 慎一は康太を見た 康太は笑って「一生の事は後で考える! んじゃ家に帰るか!子供も迎えに逝かねぇとダメだしな」と幼稚舎に逝く算段を着けていた 玲香が「流生達なら我が迎えに逝こうぞ!」と言い、優しい祖母の顔をしてそう言った 地下駐車場に到着すると、清隆と玲香は軽い足取りで車に乗り込み康太の子を迎えに行った 聡一郎は「瑛兄さんの車に乗ります」と瑛太の車に乗り込んだ 慎一も瑛太の車に乗り込むと、隼人も聡一郎の隣に滑り込んだ 榊原は康太を助手席に乗せると、運転席に乗り込み車を走らせた 榊原は康太の手を取り強く握り締めると 「還って来ましたね‥‥」 とバラバラだった日々を想い口にした 「‥‥‥あぁ‥‥還って来たな‥‥」 新しく始まる日々を想い康太は口にした バラバラだった仲間が還る場所に還って来た 新しく日々が始まろうとしていた

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