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第54話 実感
飛鳥井の家の前には既にバスが停まっていた
榊原は康太を下ろすと、車を地下駐車場へと停めに行った
慎一が榊原を待って、駐車場から上がって来ると駐車場のシャッターを下ろした
「皆、既にバスの中で待っています」
慎一は榊原をバスに乗せると、最後に乗り込み
「全員、いますか?」と確認した
清隆と玲香は康太の子を座席に座らせて笑顔で「我の方は既に揃っておる」と告げた
流生は「おきゃえり!しんいち!」と慎一の姿を見ると叫んだ
慎一は「ただいま流生」と帰還を告げた
翔も「おきゃえり!しんいち!」と嬉しそうに笑っていた
音弥は慎一に飛び付いて泣いていた
「音弥‥‥ただいま」
ヒックヒックと泣きじゃくり音弥は慎一の胸に顔を埋めた
太陽と大空は「「おきゃえり!しんいち!」」と嬉しそうに言い‥‥泣き出した
玲香が優しく太陽と大空を抱き寄せた
烈も兄に混じって「きゃえり!」と喜んだ
清隆は烈を優しく抱き締めた
その場に京香の姿がなく瑛智の姿もないから慎一は「京香は?」と問い掛けた
「京香は入院しておる」
それに答えのは玲香だった
「入院‥‥どうしたのですか?」
「‥‥無理しておったからな‥‥限界が来た‥‥
お前が留守の間、京香が頑張っておったからな‥‥明日にでも見舞ってやると喜ぶであろうて!
そして瑛智は菩提寺の寺で修行中じゃ!」
元々京香は体調を崩していた
飛鳥井の明日にない子を宿した
明日にない子は生まれ3ヶ月で‥‥この世を去った
母に抱かれる事なく‥‥
我が子は無数の管を付けられ生きながらえていた‥‥
最期に抱き締めた体躯はまだ温かかった‥‥
なのに‥‥我が子は‥‥この世を去った
京香の悲しみは深く‥‥
以来、京香は体調を崩していたのだった
だけど前を向いて、我が子の死を乗り越えようと頑張っていた
慎一の不在を一生懸命、頑張って埋めようと無理をして‥‥倒れた
康太達も大変な時期と重なり‥‥
京香に総てを押し付けてしまった
京香は総てを背負って‥‥限界を越えた
京香は愛する娘を失って以来、我が娘に恥じぬ生き方をせねばと‥‥気張っていた
琴音の魂が安らかであれ‥‥と願わぬ日々はない
母なれば我が子を思わぬ日々はない
琴音と3ヶ月しか生きられなかった我が子を想う
育てられなかった我が子を想うと‥‥
胸が苦しく涙が溢れた
瑛智はそんな母の想いを汲み取り、母のそばにずっといようとしてくれた
そんな我が子の想いが嬉しくて‥‥悲しかった
だからより一層頑張らねば!と頑張り‥‥
限界をとうに越えて‥‥倒れた
瑛太は妻に付き添い‥‥
「亡くした子は何時か飛鳥井に還る‥‥
我が子になれずとも‥‥その魂は‥‥還って来る‥‥
我等はそれを護って逝かねばならない‥‥そうではないのか?京香‥」
と亡くした哀しみに囚われるなと言い‥
妻を支えた
子を亡くした想いは同じ
瑛太だとて悲しくない訳がない
不器用な男は‥‥総てを背負って寡黙に耐えていた
京香はそれを知っていたのに‥‥
哀しみに囚われてしまっていた
「そうであったな‥‥音弥の中に琴音の魂を見る様に‥‥あの子も何時か‥‥還るのであったな‥‥」
瑛太は妻を抱き締め
「我等は飛鳥井の血肉の一部だ
この哀しみを吸い上げて飛鳥井は更に強くなる
お前は飛鳥井の女だ‥‥この哀しみを取り込んで強くなれ‥‥
母、玲香も我が子を亡くした事がある‥‥
産めずに亡くした我が子も、産まれて亡くした我が子も‥‥
何時か飛鳥井に還ると信じて生きて来た
お前も‥‥飛鳥井の女だ
立派に飛鳥井の女だ‥‥だから信じて生きて逝こう‥‥」
共に闘う盟友よ
我等は同じ意思を持ち、同じ魂を持つ者
どれだけ苦しくても途中下車はしてならぬ事を知っている
京香は一度は飛鳥井の轍から逃れた女だが‥‥
その業を再び背負う為に瑛太に寄り添った
京香は夫を見上げた
瑛太は妻の頬に手をやり慈しんだ
共に逝く覚悟ならとうに出来ている
京香は艶然と微笑み
「我はまだまだ逝かねばならぬな!
こんな所で哀しみに囚われいる場合ではなかったわな!」と言葉にした
そんな強さは母 玲香と酷似していた
「私の前では泣いて構いません‥‥」
「‥‥なれば‥‥今だけ‥‥あの子の魂を想い‥‥泣いても良いのだな‥‥」
「ええ‥‥泣いても構いません‥‥」
瑛太は妻を強く抱き締めた
京香は夫を強く抱き締めた
我が子を亡くし、二人の絆は更に強くなった
二人の愛だった
不器用な二人の愛だった
瑛太は『京香は大丈夫です。彼女は飛鳥井の女ですから!』と口にした
慎一は更に絆を深めた夫婦の愛の深さを垣間見た
自分がいなかった日々の重さを知った
きっと康太達の日々も大変だったのだろう
そう想うと悔しくて堪らなかった
バスは料亭の前に着くと停車した
駐車場には真矢と清四郎、そして和希と和馬が真矢に手を引かれて立っていた
その横には笙と妻の明日菜が美智瑠と匠を連れて立っていた
慎一がバスから下りると真矢は「お帰りなさい慎一!」と言い近付いて来た
「只今帰りました!
留守中は‥‥‥」
我が子がお世話になりました‥‥と言う言葉を言わせずに
「慎一、良いのよ
還って来てくれた‥‥それだけで良いの」
と優しく抱き締めた
この人は無償の愛を与えてくれる
どの子も変わらぬ愛を与えてくれるのだ
真矢は微笑んで「さぁ逝くわよ慎一!今宵は料亭の離れを貸し切って朝まで飲みまくるわよ!」と恐ろしい事を口にした
女将が駐車場に出迎えに来ると、全員料亭の中へと移動を始めた
料亭の離れを貸し切りにして今宵は慎一の帰還を祝う
宴会は夜通し続き
楽しい笑い声が響いていた
康太の子達はそんな楽しげな声を聞きながら眠りに落ちた
久し振りの皆の楽しい笑い声だった
尽きない話はお酒を進ませて
程よい酔いは皆を陽気にさせた
慎一は還って来た実感を噛み締めた
還って来たのだ‥‥
やっと‥‥この場所に還って来たのだ‥‥
もう離れはしない
もう絶対にそばを離れない‥‥
慎一の想いだった
和希はそんな父に
「お帰りなさい‥‥」とやっと口にした
還って来たと聞いても‥‥
還って来た父はどこか遠くに感じた
だが父は何一つ変わってはいないのだと想った
成長はしたが根底に眠る想いは何一つ変わってはいないのだ
和馬も「お帰りなさい父さん」と口にした
慎一は「ただいま」と口にして和希と和馬の頭を撫でた
父さんのデカい手で撫でられるのが好きだった
それは今も変わってはいない
父に撫でられると何故か涙が溢れそうになる
和馬は「父さん‥‥もう何処にも行かない?」と尋ねた
慎一は「俺は主の傍にいる為に還って来た。もう何処へも逝く気は皆無だ
だから安心しなさい」とハッキリと答えた
和希は耐えきれず涙が溢れだした
平静を装おうとした
父に心配をかけないように平気でいようと決めていた
だけど‥‥こんなにも父の帰還が嬉しく‥
不在の淋しさが堪えていた
慎一は和希と和馬を抱き寄せた
「俺のいる場所は(主のいる)此処しかない‥‥
何処へ逝こうとも必ず俺は此処に還って来る
だから何も心配しなくていい‥‥」
「「父さん‥‥」」
「一年間、お留守番ご苦労だった‥‥」
堪えきれなくなり和希と和馬は父に抱き着き泣き出した
年相応のその顔に真矢は胸を撫で下ろした
やはり親の威力は計り知れない程に強力だ
強がって平気な顔をし続けた子達の強がりを、こんなに簡単に崩させるんだから‥‥
淋しい‥とは一度も口にしなかった
父の事は一度も自分達からは口にしなかった
平気な顔をして過ごす子達が不憫だった
真矢は「やはりお父さんの前では素直になるのね」と微笑んだ
慎一は「真矢さんの前では素直ではなかったのですか?」と問い掛けた
「何時もね平気な顔をしていてよ
淋しさなんておくびにも出さない
素直で謂う事をよく聞く模範的な子だったわ
でも‥‥そんな子供が世の中にいる方が怖い‥‥違うかしら?慎一」
「そうですね
子供は我が儘謂う生き物ですからね」
「自分から進んでお手伝いをしてくれる、明るくて良い子なの
でもね‥‥ずっとそれだと壊れちゃうわ
私はそれが心配だった
でももう安心ね
うふふふ‥‥そんな顔も出来るのね」
嗚咽を漏らしながら泣く姿は年相応に見えた
慎一は我が子をギュッと抱き締めた
真矢は慎一の頭を優しく撫でた
「お帰りなさい慎一」
「‥‥ただいま真矢さん‥」
「全員が揃ったら飛鳥井でお祝いをする約束なのよ
あと少しね‥‥一生が還って来たら皆が揃う‥‥
私達も寂しかったわ慎一
飛鳥井の家に貴方達の姿がないと淋しくて仕方がなかった」
「‥‥真矢さん‥‥」
「もう何処へも行っちゃダメよ」
「はい!主から離れる事はありません!」
真矢は安堵の表情で微笑んでいた
和希と和馬は泣き疲れて眠りに落ちると、布団を敷いて貰い寝かせた
二人は何時までも慎一の手を掴んで離さなかった
やっと慎一が還って来たのだ
家族はやっとそれを実感する事が出来た
お帰り慎一
慎一は在るべき所へやっと還って来たと実感を噛み締めた
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