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第55話 君から遠く離れた地で‥‥ ①

緑川一生は心の何処かで‥‥ 踏み出さねばならぬ現状を把握していた だが‥‥踏み出すには多くの想いを残して康太の傍を去らねばならない決意をせねばならなくて‥‥ 踏み出せずにいた だが‥‥あの日 安曇貴也、貴之、貴教兄弟が夢に近付く為に旅立つ姿を目にして一生は…… 焦っていた 牧場の今の現状は……篠崎にオンブに抱っこの状態だった 康太を優先した結果……牧場を蔑ろにしてしまった結果となった 慎一はもう飛鳥井になくてはならない人間となった 慎一が白馬に逝けば……飛鳥井の家は困ってしまうだろう 本当は慎一が馬の調教を手掛け、一生が経営で牧場を支える 筈だった だが現実は……総て白馬で管理されサポートされているだけに過ぎなかった 慎一は経営をちゃんとせねば!と大学の学部を、経営学部に移動して勉強を始めた そして専門学校に通い勉強を始めていた 慎一は歩き始めていた そんな自分が……留まっていて良い筈がない だが……康太の傍を離れたくなかった 傍にいたかった…… そんな想いが……牧場を狂わせてしまった 親父が生きていたら……怒るだろう 何をやっているんだお前は! 総てが半端なんだよ! そう怒るだろう…… だから一生は……在るべき場所に逝こうと想った 決意を決めてからも……中々言い出せなかった だが兵藤が着実に留学に向けて動いているのを見ると…… このままじゃダメなんだ……と心が逸った 在るべき場所に逝く それを康太に告げた 「俺、白馬に逝くわ!」 やっと口に出した言葉だった 「おー!逝って来い!」 「…お前に何かあっても……今度は還らねぇと決めて旅立つつもりだ」 「それで良い それでなければ旅立つ意味がねぇからな」 「本当は!………逝きたくなんかねぇんだよ…」 「……解ってる……解ってるよ一生」 「だから怪我なんてするんじゃねぇぞ! 一度還れば……逝けなくなる……」 「お前は心配性過ぎるんだよ オレはまだ死なねぇ!絶対にな! だからお前はお前のやるべきことをやって来い! どの道、伊織も映画が始まるとそっちを優先させるつもりだ 回り始めているんだよ一生 弾かれねぇ様に踏ん張って逝かねぇと、振り落とされんぜ?」 「とうとう……映画が始まるのか?」 「そう。副社長の座を代理を立てて伊織の負担を軽減するつもりだ!」 「………康太……それだと伊織は還る場所がなくなったと……想うんじゃないのか?」 「それでもな、逝かねぇとならねぇなら逝くしかねぇんだよ! 慎一も勉学を優先させてやりてぇからな サポート出来る奴を入れるつもりだ」 「………俺は……還って来るって……」 言っても……人を入れるのか?とは聞けなかった 一生ばかりか慎一も忙しくなるなら、サポートが必要になるのは当たり前の事なのだが…… 還る場所を盗られたみたいで…… やるせない気持ちになった…… 「後で聡一郎とかから聞くよりは良いだろうから……今言っておく事にした 飛鳥井の家にお前達以外の人間を入れるけど……それはお前達の還る場所を奪う為じゃねぇって事だけは覚えておいてくれ」 後で聞くよりも“今”聞いておいた方が心積り出来て良いのかも知れない でも頭で解っていても……心がそれは嫌だと訴える 言える資格なんてないのに…… 自分達以外に子供達が懐くのは嫌だと訴える 「………康太……俺は…還って良いのか?」 「お前が還りたいと願うなら……還れば良い…… 還りたくないと想うなら……お前は好きな場所へ逝けば良い お前の思う通りにすれば良い」 「還るよ!還りてぇよ! だけど俺の不在に……他の誰かがいるなら…… 子供達は忘れてしまうかも知れねぇ…… 俺達の居場所がなくなっちまうかも知れねぇ……それが怖いんだよ」 「んな事は考えなくて良い…… お前はお前の想うまま……生きて逝けば良いんだ! もう…煩わされる事なく進んで逝ってくれ! それだけがオレの願いでもある」 一生は康太を抱き締めた 「康太……遥か昔から……過ごして来た時間より……今…共に生きてる時間が……輝き過ぎて…… 離れたくないと想うんだ 一緒にいたいと願っちまうんだ…… 出来る事なら……可愛い盛りの…アイツ等の成長を見ていたかった…… 他の奴に……明け渡したくなんかなかった……」 「……一生……大丈夫だ! 誰もお前達の場所は奪えねぇ…… お前達が還って来るまでサポートさせたとしても、それは永遠に一緒にいられる訳じゃねぇ 時が来たら送り出してやる存在 傷を癒して羽ばたける様になったら……送り出してやるつもりだ だから誰もお前達の場所を奪う訳じゃねぇ……」 「奪われたとしても奪い返してやる! 俺達の絆は誰にも亀裂一つ入れさせる気はねぇからな……康太……お前の声を聞くと……還りたくなるから……電話はしない……」 「あぁ……それで良い」 「だから……怪我するんじゃねぇぞ!」 「解ってる!」 「………夜が明けたら逝く……」 「ん……体躯に気を付けて頑張れよ」 一生は泣いていた それを隠す様に背を向けて……踏ん張っていた 「さよならは……謂わねぇ…」 「またな!一生」 「おう!じゃ……ちょっと逝ってくるわ!」 一生はそう言いリビングを出て逝った その足で部屋に戻り荷物を持って飛鳥井を出るのだ 覚悟の背中を見送り、康太は目を閉じた 朝、一生は皆に別れも告げずに家を出て逝った 康太は朝食に皆が集まった時 「一生、家を出て逝った」と告げた 事前に一生が牧場を背負う為に家を出て逝く……と言う話は聞いていた 一生と一緒に北斗も白馬に行く事になっていた 前日、皆に転校の挨拶をした また還って来るからね…… そう約束して別れた また還れるか解らない 不安はあった だが義理の父の一生が自分を置き去りにして白馬に逝くんじゃなく 一緒に逝こう!って言ってくれたのが嬉しかった 義父と共に……牧場を支える一員になりたい そう思っていた そして何時か……義父から牧場を受け継ぐと決めていた だから……皆と別れるのは淋しかったけど悲しくはなかった 白馬に着くと、空気が綺麗だと想った もう……康太や飛鳥井の人々に逢えないんだ……… と、澄みきった空気を吸って実感した 涙が溢れそうになり……北斗は空を仰いだ 一生も………空を仰いでいた 一番……離れたくないのは……一生なんだと北斗は想った 誰よりも康太を想い 康太の傍にいたいと願った一生だったから…… 白馬に着くと篠崎が、一生親子の家に案内してくれた 一生の家は一軒家で……… 庭には……あずきが尻尾を振って一生を待ち構えていた 「………あずき……なんで……」 一生が呟くと 「玲香さんが寂しがり屋の一生の為に、あずきを貸し出してくれたんです そして縁側の猫は貴史から預かって来ました チェリーと言う一生の為にペットショップで買った猫らしいです」 一生は詳しく説明してくれる人間を見た 信じられなくて…… 「……何で……来たんだよ?」 何で康太の傍を……お前も離れたりするんだよ? 一生は信じられない想いで……涙が溢れそうだった 「僕は白馬に出来る結婚式場の管理を任され白馬に来たのです 結婚式場の責任者と、白馬で上がる馬の報告の為に辞令を経てやって来たのです この家は康太が買ってくれた……僕と一生、北斗の三人の家です 北斗、僕と一緒に暮らすのは……嫌ですか?」 力哉は不安そうに北斗に問い掛けた 北斗は「康太ちゃんから力哉君が来るのは聞いてたの!やったー!ヨロシクね力哉君」と喜んで力哉の手を取った 「あ、そうそう、康太から北斗君の通学のサポートも頼まれているんだ 白馬は都会と違って通学時間が長いからね 付き添ってやってくれと頼まれているんだ 北斗君の足の事、康太は心配してたからね」 「力哉君、車で送り迎えとかは辞めてね 都会の奴は軟弱だなんて謂われるのは嫌なんだ ごめんね……なるべく……自分でやりたいんだ」 力哉は北斗の頭を撫でた 「解ってるよ 三人で頑張ろうね」 還れる、その時まで頑張ろうね 力哉はじっと待っていようと想っていた 足手まといにだけは、なりたくなかったから… 一生の帰りを待とうと想っていた だが康太が『逝ってこいよ力哉』と謂い送り出してくれた だから力哉は犬と猫を乗せて、白馬までやって来たのだ 力哉の方が早く白馬に来ていた 家の掃除をして犬小屋と猫の寝床を作り、一生達を待っていたのだ 庭にあずきを繋いで、猫は抱っこして一生達が来るのを待っていた 力哉にだって不安はある 白馬から一生が還るまで待とうと想っていた 一生の浮気は心配してないが…… そんなに離れて暮らして…… 手の届かない距離にいたら……どうなるのか? 不安で仕方がなかった 一生は還って来る 還って来ればまた恋人として暮らせば良い そう思おうとしていた だが離れたくない……と言う心が何処かに在って…… 着いて逝きたい気持ちが爆発しそうだった 康太はそんな力哉の気持ちを知っていたから…… 力哉を白馬に逝かせたのだった 『白馬の結婚式場が起動に乗るまで還って来なくて大丈夫だ!』 そう言い送り出してくれたのだ 力哉は涙を拭こうとしてポケットを探って、朝倉への手紙を思い出した 「あ、僕、朝倉さんに手紙を渡さねばなりません!」 そう言い頑丈に封をしてある手紙をフリフリした 一生は「飯食いに行くついでに渡せば良いだろ?」と謂い北斗を車に乗せた 力哉も車に乗り込むと、一生は事務所に向かった 事務所に顔を出すと、仕事を終えた朝倉に出くわした 力哉は朝倉に「康太君からです!」と謂い手紙を渡した 朝倉はニコッと笑って手紙を受け取った 朝倉は胸ポケットに手紙を入れると…… 恋人が待っているので!と謂い一生達と別れた 白馬での生活が始まった 出足は順調 後は一分一秒でも早く還れる様に頑張るしかねぇ! 一人では乗り越えられない壁なれど 二人なら乗り越えられる壁に近付ける 三人ならば乗り越えられない壁はない 大地に踏ん張り、一生は走り出した 白馬は秋の色が濃くなって来ていた もうじき一生が白馬に来て一年になる 白馬での生活に慣れた 慣れたが物足りなさが‥‥なくならない 毎年、長期休暇には白馬に訪れていた飛鳥井の家の者達は‥‥白馬には来なくなった 白馬に来て初めての年 康太達が来ると想っていた だが康太達は白馬には来なかった 一生が知らない所で康太は幾度も白馬に来ているらしいが、一度も逢えずに今日に至る 一生は死物狂いで学べる事は学んでいた 時々、飛鳥井の家に入ったと言う新庄高嶺と城之内星と言う男が、康太の代理でやって来ていた 飛鳥井の家に入って康太のサポートを当たっている存在だと朝宮に聞かされた その時の衝撃はなかった 解っている 人手がなくなれば‥‥サポートを入れるしかないのは解っている だがこうして‥‥現実を目にすると‥‥ もう還れる場所はないんじゃないか‥‥と思ってしまう 康太を最優先にして成すべき事に目を背けて来たツケが来たのだ もう康太優先の生活には戻れない 一生と慎一兄弟には成さねばならぬ事があるのだから‥‥ 高嶺は野球選手をしていたとあって立派な体躯を持ち、康太の好きそうな和顔をしていた 何度か白馬で出逢ったが、話し掛けた事はない 城之内星は保父をしているだけあって優しげな雰囲気を持っていた 星は白馬で始動した結婚式場の中に併設された託児所の監修の為に何度も白馬に足を運び打ち合わせをしていた 星を白馬に連れて来ているのは聡一郎だった だが聡一郎は遠目で一生の姿を見たとしても決して話し掛けては来なかった 白馬に来ると早々に四宮の仕事へ向かう そして星が帰る時に迎えに来て、一緒に帰って行っていた 榊原も結婚式場の仕上がりを見に白馬に来た事もあった 榊原が一人で白馬に来る事はまずない 最終チェックは必ず康太自らやらねばならないのに‥‥白馬で康太を目にした事はない 来てるのに‥‥康太は逢ってもくれなかった 何だか‥‥物凄く遠くへ来てしまった感じがする‥‥ 「‥‥なぁ力哉‥」 食事の後に一生は堪えきれなくなり力哉に問い掛けた 「何?一生」 「お前、康太に逢ったか?」 「逢ってないよ この前、伊織が来てたよね あの日、康太も来ていた筈なんだ だけど僕は康太の姿を見る事すら叶わなかった 朝宮さんとか夏生君は、康太と逢ってたみたいだけどね‥‥ 後、藍崎さんも康太と逢ってたみたいだよ」 「‥‥気配はあるのに逢えねぇのは辛いな‥‥」 「‥‥うん‥‥」 沈む一生と力哉に北斗は話しかけずらかった 北斗は康太と逢っていた 何度も何度も康太と逢っていた その夜はイライラした一生と力哉から離れて、北斗は本を読んでいた その本はこの前、康太がくれた本だった 辛くないか? 康太は聞いた 辛くないよ と北斗は返した すると康太は北斗の頭を撫でた 「向こうにいるお前は何時も幸せでいて‥‥と願っている だからお前は誰よりも幸せでいなきゃな‥」 北斗は全部覚えていたし 生まれた時から知っていた 忌み嫌われた存在の自分は魔界へと送られ切り離された 北斗も願う もう一人の自分が幸せで笑っています様に‥‥と。 一生は白馬に来てから北斗を構えてないのを気にしていた 北斗は文句一つ言わず学校に牧場に頑張ってくれていた 遊びたい盛りの子に何を強いているんだ‥‥と思う時もある 転校させて白馬に連れて来てしまった負い目もある 北斗は何時も大人しく本を読んでいた 一生は北斗を見ると、飛鳥井の家から持って来た本とは違う、覚えのない本を読んでいたから、ついつい声をあらげて 「その本、どうしたんだ?」と問い詰めてしまった 「‥‥貰ったんだ‥」 「誰に?」 「‥‥康太君に‥‥」 「お前‥‥康太に逢ったのか?」 北斗は頷いた 「貰った本を見せろ!」 詰問している自覚はあったが、止められなかった 力哉はこれ以上は北斗が傷付くと想い 「北斗、自分の部屋に行きなさい」と言った 「力哉、俺は聞いている最中だぞ?」 「そんな事聞いてどうするのさ! 北斗を責めるのはお門違いだよ!」 「解ってるさ!」 解ってる‥‥ だけど止められない想いがあるんだ‥‥ 北斗は一生に康太に貰った本を渡した 本は全部で七冊 7回は康太と逢っていると言う事なんだろう‥ 「何で言わなかった?」 北斗は泣きそうだった 「康太君が‥内緒だよって‥‥」 「内緒だって謂われたらお前は親を蔑ろにする気か?」 一生が怒鳴ると力哉は「北斗はそんな事言ってないじゃないか!」と止めた 力哉は北斗を庇った 北斗の目の前で一生と力哉が喧嘩をしていた 悪いのは僕なのだ‥‥北斗は想った 僕がいなきゃ‥‥この二人は喧嘩しなかったのに‥‥ 北斗は手を強く握り締めて想った やはり僕はこの世に生きてちゃダメなんだろうか‥‥ 北斗は消え入りたい想いで一杯だった 雪‥‥君の所へ行きたいよ‥‥ 僕なんてこの世にいちゃダメなんだ‥‥ 北斗は耐えきれなくなり泣き出していた 力哉の悲しい声が部屋に響いていた 一生のやるせない声が部屋に響いていた 北斗の絶望した声が‥‥聞こえるか聞こえないかの小声で震えていた ドアをノックする音で、力哉と一生は我に返った 一生は自己嫌悪を噛み締め‥‥ドアを開けに行った ドアの向こうに立っていたのは、朝宮と藍崎だった 藍崎はニコッと笑うと 「北斗、おいで!」と声をかけた 北斗は怯えた瞳で藍崎を見た 藍崎は「失礼!」と言い部屋の中にズカズカ入ると、北斗の前に立った 「北斗、泣かなくて良いんだよ 北斗が悲しむと雪君も悲しくて‥‥消えてなくなりたくなっちゃうんだよ」 「‥‥藍崎さん‥‥」 「雪君に逢いに連れて行ってくれるそうだから、僕と一緒に行こうね!」 「‥‥行っても良いの? 迷惑にならない?」 北斗はおどおどとして問い掛けた 「君はさ我慢ばかりし過ぎなんだよ! 康太は君に我慢させる為に生かした訳じゃないんだよ? 君が子供らしく楽しく生きて欲しいって何時だって願っているんだよ この世で生きられなかった子の分も、北斗‥‥君は幸せにならなきゃならないんだよ?」 「‥‥藍崎さん‥‥僕‥‥」 「大人は放っておいても大丈夫 少し冷静になって頭を冷やした方が良いんだよ でなければ康太に見切られる それが嫌なら頭を冷やしなよ! この子は君達を思いやって我が儘一つ言った事がないじゃないか! 我が儘を言わない 本当に欲しいモノも口に出さない これじゃあ何時か壊れてしまうよ! それを康太は危惧しているんだよ! 本の世界は北斗の唯一の逃げ場だった! それさえ奪うなら‥‥北斗はもう貴方達には渡せない! 少し冷静になられよ! そして考えると良い 康太が何故貴方達を避けているのか? 康太は貴方達の道を歪めぬ様に遠くから見守っていたんだ 逢えば貴方は想いを飲み込み断念してしまうだろうから‥‥ 貴方達の為に距離をとってるのも解らないなら‥‥此処にいる意味はない!」 藍崎はそう言い北斗を抱き上げると帰って行った 力哉は冷水をぶっかけられた想いだった 白馬に来て一年 北斗は我が儘一つ言わず、力哉や一生を思いやって過ごしていた 友達が遊ぼうと誘っても、牧場の仕事があるから‥‥と断っているのを知っていた 知っていたが‥‥何一つ北斗の為にはしてやらなかった‥‥ 力哉は北斗の本を手に取って 「白馬に来て北斗に本の一冊も買ってやってないね‥‥」と呟いた 本が好きな子が強請った事なく同じ本をずっと読んでいた 欲しいと謂えば買ってやるつもりだが、北斗は強請る事をしなかった しなかったから何も与えてやらなかった それが現実だった 一生は「‥‥もう北斗を預けては貰えねぇだろうな‥‥」と口にした 藍崎が来たと言う事は北斗の精神状態がヤバかったのだろう それにも気付かずに保護者など‥‥名乗れはしない‥‥ 「本の一冊も買ってやってねぇ親だもんな‥ 友達と遊ぶ事もなく、何時もお手伝いさせてたら友達もいなくなるよな? 学校でのアイツ‥‥孤立してねぇか‥‥考えてもやらなかったな」 「本が好きな子だって知っていたのにね‥‥ 同じ本を読んでるから、それが好きなんだって想っていた 違ったんだね 他の本がないから同じ本を幾度も幾度も読み返していたんだね‥‥ 何で気付かなかったんだろう‥‥」 藍崎と共に逝く北斗は少しだけ透けてしまっていた そうさせたのは自分達だった 此処にいたくないと想わせてしまったのだ 一生は顔を覆って泣いていた 力哉は何度も何度も‥‥ 「康太‥‥ごめん‥‥君から預かっている子を‥‥苦しめてしまった‥‥」 と、謝っていた 後悔が部屋の中を包んでいた 静まり返った部屋に突然、玄関の開く音が響いた 一生と力哉は唖然としていると、ドカドカと部屋に入ってくる足音が響き渡った 部屋の中に入って来たのは聡一郎と隼人だった 聡一郎と隼人はソファーにドサッと座って足を組んだ 聡一郎は「この家は客人にお茶も出さないのですか?」と鷹揚に言い放った 隼人も「横浜から飛んで来るのは大変だったのだ!早くお茶を出すのだ!」と催促した 一生は慌ててお茶を入れて聡一郎と隼人の前に置いた すると隼人が「お前達もお茶を飲め!」と言い自分達の分も用意しろと言ってきた 一生は自分と力哉の分を用意するとソファーに座った 隼人は立ち上がると拳を握り締めて 「歯を食い縛るのだ! 何故かはお前が一番知っているのだ!」と告げた 「‥‥何で聡一郎じゃなく隼人?」 殴るなら聡一郎じゃないのか? 一生はそう想った 聡一郎は優雅にお茶をしながら、包帯だらけの手を一生に見せた 「訳あって君を殴るのは無理なので隼人を連れて来たのです 隼人は今仕事でボクサーの役作りの為にウェイトを引き締めている所なので頼みました」 「‥‥何で康太じゃない?」 自分を殴るなら康太だろう‥そう想っていた 「康太も少々訳あって君を殴れないのです」 聡一郎が言うと一生は顔色を変えた 「何があった?」 「何も‥‥君が気にする事はない!」 「康太‥怪我しているのか?」 「歯を食い縛りなさい!」 聡一郎は言い放った すると隼人は一生を殴り飛ばした 一生の体躯がソファーに埋まり‥‥その衝撃でソファーが倒れた 一生は物凄い勢いで殴られ‥‥ 唇の端から‥‥鮮血が流れて落ちた 「康太の事は伊織がする! 一生が気にする事など何一つないのだ!」 隼人は一生を殴り倒して言い捨てた 聡一郎は冷酷に嗤い一生を見ていた 「神取羅刹は母親と歪んだ関係を築いていた 羅刹を愛してしまった母は愛に生きる為に我が子との子を産もうとした だが羅刹は生まれて来る我が子に呪いの呪文を放った 生まれて来るな!と謂い呪い‥‥生まれて来たのが神取雪 真っ赤な髪をして頭に角を持つ御仁として生れれた 赤子はこの世に生れ落ちた瞬間に喋った 康太は異質な容姿を持つ雪を魔界へ送って、人の世に生きる子を北斗と名付けた 知っているよな一生?」 「‥‥あぁ‥‥知っている」 「雪は羅刹に『僕には罪などなかったのに…お前だけが、被害者か? 道理を違えれば…次は…僕が…お前を狩りに行くと…伝えて下さい』と羅刹に告げ魔界で生きて逝く事を決めた そんな雪にとって人の世で暮らす北斗の幸せだけが願いだった 人の世で暮らす北斗にとって魔界で暮らす雪の幸せだけが願いな様にね! 此処までで何か間違った事はある?」 「‥‥ない。」 「北斗はあと少し遅かったら‥姿を消していた 幾ら康太でも姿を消した子を再生するのは無理がある だから消すな!と藍崎を送った 藍崎が来た経緯は理解してくれましたか?」 「‥‥あぁ‥‥すまなかった‥‥」 「朱雀が使えぬ今、消滅した北斗を救う道はない 君と同様、康太は貴史も使う気がないですよ 絶対に逢わないと決めた それは康太の為ではなく君達の為に‥‥ 康太はそう決めたのです 康太の想いが解らないなら‥‥もう還らなくて良いよ一生‥‥」 聡一郎が言うと一生は泣きながら 「何でそんな事を言うんだよ!」と叫んだ そんな一生を見ながら隼人は口を開いた 「オレ様もアメリカのロケの時は一年間、日本に帰れなかったのだ 康太に逢いたくて何度も泣いた そのたびに伊織や聡一郎、一生も電話をくれた オレ様はだからこそ頑張れた 皆がいてくれる そう思えるとその想いの影に康太が見えた 康太を感じられた そう思うと一人じゃないって想えた 一生、お前は何時電話しても忙しいからと切ってしまうのだ お前にとってオレ様達は要らない存在なのか? オレ様は良い オレ様は康太の持ち物だと言うだけで一緒にいられるのだからな だから相手にされてないのは仕方がないと想う だけど聡一郎はお前の仲間じゃないのか? 聡一郎に聞くと‥‥お前、聡一郎にもそんな感じなんだってな 聡一郎とお前には切っても切れない絆が有るんじゃないのか? そんな人間を拒絶して、お前は一体何を掴みたくてこの地に来ているのだ?」 隼人は悲しそうな顔で、そう言うと一生に背を向けた 「聡一郎、オレ様はいない方が良いかも知れないのだ‥‥」 隼人が言うと聡一郎は立ち上り隼人を抱き締めた 「僕はそんな事一度も想った事はありません 隼人は大切な仲間です 我等は四人いてこその四悪童なんですよ? 一条隼人は僕にとって大切な大切な存在です 君を蔑ろにした事は一度たりともありませんよ?」 「聡一郎‥‥」 「一生、飛鳥井に今二人、サポートをしてくれる子達が入っています 彼等は‥‥栗田達が巻き込まれた事故の犠牲者なんです 高嶺は野球選手としての華々しい未来を‥‥ 星は生まれてくる筈の我が子と妻を‥‥ 亡くして傷付いた心と体躯を癒すべく飛鳥井にいるとの事です ですが、彼等も飛鳥井から旅立つ時が来る 君が気にして意固地にならなきゃ良いと思い口にしました 彼等は今羽根を休めているだけです 星はゆくゆくはこの地で保育園を開いて、君達が飛鳥井に帰った後、この家を星に渡すつもりでいるみたいです」 「‥‥え?‥‥」 「飛鳥井康太は適材適所、配置するが務め 総てを正しき果てへと配置する務めがある その康太が‥‥幾度も一生の果てはねじ曲げようとした アイツが望む果てへ送ってやりてぇんだよ!と言い彼は君の果てをねじ曲げ‥‥自由にしようとする 君は‥‥そんな康太の想いを踏み躙ったも同然の事をしたんだよ?」 一生はガクッと崩れ床に崩れ落ちた 「少し力哉と今後の事を話し合えばいい 僕と隼人と伊織はホテルにいます 何かあったら明日までならホテルに来て下さい 今は無理です 多分、北斗を魔界に連れて逝ってるので遠慮して下さい」 「‥‥康太には‥‥逢えねぇのか?」 「逢ってどうするのです? 君は君の信念を貫く為にこの地にいるのじゃないのですか?」 聡一郎は隼人の肩を抱くと、部屋を出て逝った 北斗は藍崎と朝倉と共にホテルへと向かっていた 藍崎はずっと優しく北斗を抱き締めていた そしてホテルに着くとエレベーターに乗り込み最上階の飛鳥井の家族の専用フロアへと向かった 幾つかある部屋の中の一部屋に向かって藍崎は北斗を連れて逝った 朝倉がドアをノックすると、部屋の中から 「入れ!」と言う声が掛かった 朝倉はドアを開いて藍崎と北斗を部屋の中へと入れた そして自分も部屋に入ると、ドアを閉めた 部屋の中にいたのは飛鳥井康太と榊原伊織だった 藍崎は北斗の背中を押して、康太の方へ逝くように言った 「‥‥康太君‥‥」 北斗は泣きながらそう言い康太の前に逝った 康太は北斗の腕を掴むと優しく抱き締めた 「辛い想いをさせたな」 康太が言うと北斗は首をふった 少し透けてしまった北斗の体躯を抱き締め、康太は辛そうな顔をした 榊原は「‥‥もう一生達と一緒にいたくないですか?」と問い掛けた 「僕がいると力哉君が僕を庇って喧嘩になるから‥‥力哉君に悪い‥‥」 「力哉は本当に君を大切に想っているんですよ‥‥」 北斗は知っているよ‥と頷いた 「君が辛いと雪が辛いんですよ? 君が笑っていると雪も笑える 君が幸せだと雪も幸せだと想えるんです そんな雪の事を‥‥忘れないで下さいね 君が消えちゃいたいと想えば‥‥ 雪も消えちゃうのです 雪を消さないであげて下さい‥‥」 榊原は健気な雪の姿を思い出していた やはり二人は元は同じ一つの存在なのだ 本当にそっくりすぎて‥‥見ている此方が辛くなる 雪が消えそうだと閻魔から連絡が入った 魔界の雪が消えそうなら、現世の北斗も消えそうなのだろう‥‥ 慌てた康太は藍崎に連絡を取った 藍崎を逝かせている間に聡一郎と隼人を一生の所へ逝かせた 少し頭を冷やさせて、その間に北斗を雪に逢わせる決断をした 康太は北斗に「雪に逢わせてやんよ!」と告げた 元は一つの僕の半身‥‥ 北斗はまさか半身に逢えるとは想ってもいなかった 藍崎と朝倉は北斗を康太に引き渡すと、部屋から出て逝った 康太は立ち上がると北斗に手を差し出した 北斗は康太の手を取った 榊原も北斗の手を取り笑った 康太は呪文を唱えた するとグニャッと視界が歪み、時空が歪んだ 北斗は我慢して立っていた 榊原は北斗を足に掴まらせた 北斗は榊原の足にしがみ着かせると、時空の歪みに耐えていた 康太達は崑崙山へと向かうと、崑崙山から魔界へと天馬と風馬に乗って移動した 榊原が北斗を背に乗せ一緒に魔界へと駆けて逝った 天馬は久しぶりに炎帝に乗ってもらいご機嫌に駆け抜けていた 風馬はどよーんとなり走っていた 康太はどよーんとなっている風馬に 「風馬、どうしたよ?喧嘩でもしたのか?」と話し掛けた 天馬はプンッとそっぽを向いた 天馬は閻魔の邸宅の前の庭に康太を下ろすと、その場を離れようとした が、鬣を持たれて‥‥それが叶わなかった 「どうしたよ?ご主人様に言ってみろ、ほれ!」 『‥‥風馬が‥‥黒龍んちの牝馬にポッとなっていたから‥‥そんなに良いなら牝馬の所へ逝けと喧嘩した』 「牝馬の色気にクラクラしたか?風馬」 風馬は『違うよ‥‥ポッとなってない‥‥誤解なんだよ‥‥』とメソメソ泣いていた 康太は、これは犬も食わない奴だな!と笑った 榊原は風馬に「牝馬の色気に参ったのですか?」と詰め寄った 『違う!違うんです‥‥黒龍んちの牝馬のアクセサリーが綺麗だったから天馬にと想っていたんだ‥‥ ボクがプレゼント出来たらなぁって石を拾って来たなら加工して着けてくれないかなぁって‥‥』 風馬は秘めた想いを口にした 康太は「うし!兄者に頼んでおくから天馬に綺麗なアクセサリーを着けてやるよ それで仲直りしろよ!どうだ?天馬?」と取り成してやった 風馬は『‥‥風馬が浮気してるんじゃないのなら‥‥許せる』とボソッと答えた 全く犬も食わないって奴である イチャイチャする馬を捨て置いて、康太と榊原は北斗の手を引いて炎帝の邸宅へと向かった 炎帝の邸宅のドアを開けると、真っ赤な髪で御仁の角を持つ雪が顔を出した 「炎帝‥‥北斗は?北斗はどうしました?」 雪も少し透けていた 康太は北斗の背を押して雪の目の前へと押しやった 雪は「北斗‥‥」と名を呼んだ 北斗は「雪‥」と名を呼んだ 元は一つの存在だった 雪は北斗を抱き締めて 「君が‥‥消えちゃったら魔界の僕も消えちゃうんだよ‥‥」と訴えた 北斗は泣きながら「ごめんなさい」と謝った 「僕がいるから喧嘩が始まる‥‥ 僕を庇って力哉君が父さんと言い合いになる ‥‥僕はそれが見たくないんだ 僕さえいなきゃ良かった‥‥そう思いたくないんだ‥‥」 「君が幸せでないのなら‥‥僕も幸せじゃないんだよ‥‥ 僕達は元は一つの存在だった 僕は君で、君は僕なんだよ‥‥」 雪は北斗に泣きながら訴えた 康太は北斗を抱き上げると応接間に向かった 榊原は雪を抱き上げて、その後へ付いて行った ソファーに二人を座らせると、榊原は康太を膝の上に乗せた 康太は北斗に「雪はこの家に住み込んで、家の管理をしているんだ」と雪の生活を教えた 北斗は人の世と対して違いのない部屋を眺めていた 「雪は今‥‥幸せですか?」 北斗は雪に問い掛けた 「僕の姿じゃ人の世では生きられない 人の世にこんな御仁の様な真っ赤な髪をして角のある人間はいない‥‥ 僕は生まれながらに御仁として生まれてしまった‥‥ 生れた瞬間から解っていたのは‥何時か僕を殺しに来るであろう存在の事だった 僕をその日が来るのを待っていたよ その日が来れば‥‥こんな姿で生まれて来た自分を消せる‥‥そう思って生きて来た 炎帝が僕と北斗を分離させ、僕は魔界に来た この姿でも違和感のない世界が僕を受け入れてくれた 炎帝を待って暮らしている僕に閻魔は炎帝の家の使用人として暮らす場所を与えてくれた 夏海さんとか銘さんは何時も遊びに来てくれ 黒龍さんや毘沙門天さんも来てくれるので寂しくありません 今じゃ外に買い物に行っても炎帝の家の使用人として認識されて‥‥此処が僕の生きる場所となりました」 雪は静かに語った そしてニコッと笑って「僕は幸せですよ」と言った 北斗は言葉もなかった 北斗より大変な想いをして生きていたのは雪だった 北斗の中に雪としての記憶もある 北斗は言葉もなかった 静まり返った部屋に突然「おーい!雪!何か食わせて!」と言う声が響き渡った 雪は嬉しそうに立ち上がると、玄関まで迎えに行った 「毘沙門天さん、何が食べたいですか?」 「何でも食えればいい! ほれ、これは人の世のドーナツだ!」 「何時もありがとうございます」 雪はドーナツを受け取り嬉しそうに笑った 「炎帝もいるので応接間へどうぞ!」 「お、アイツ来てるのか?」 毘沙門天はそう言い応接間へと顔を出した 顔を出し‥‥固まった 「‥‥北斗だろ?この子‥‥」 少し透けて北斗が座っていたからだ 「少し透けてるやん‥‥どうした? 何があったんだよ?」 飛鳥井の家に良く来る気さくなお兄さんだった 北斗も何度も逢ってるお兄さんだった 何故魔界にいるのか? 北斗には訳が解らなかった 「白馬に行っちまったから、この一年逢えてなかったな‥‥」 毘沙門天は北斗を抱き上げると、膝の上に乗せて撫で撫でと撫でた 「お兄さん‥‥」 北斗は呟いた 康太は一生と力哉が喧嘩して‥‥北斗が気に病み‥‥消えたいと願ったから薄くなったと説明した 毘沙門天は「赤いの殴る!」と怒って言った 「赤いのは隼人に殴られたから止めといてやれ! 隼人は今、仕事柄シャドーやってボクサーさながらのウェイトになってるんだよ 奥歯がヒビ入ってるだろうからな‥‥止めといてやれ!」 「なら止めてやるけど‥‥何してるんだよアイツは! 「一年オレはアイツに逢ってない 逢えばアイツはオレを優先しちまうのが解るからな‥‥白馬に行ったとしてもアイツと力哉だけには逢わないでいた 北斗には何度と逢って本を渡してやっている それが一年経ってやっとこさ解った‥‥と言う事だ で、北斗に八つ当たりして力哉と喧嘩になった」 「つくづく想うが本当にアイツはアホだわ!」 毘沙門天がボヤくと「俺もそう思う」と言う声がした 振り向くと黒龍が立っていた 毘沙門天は笑って「どうしたのよ?」と尋ねた 「閻魔が俺んちに来たんだよ 俺の馬に着けてるアクセサリーは何処で手に入れたんだ?って聞いて来たからな 何でそんな事を聞きたいのよ?と聞いたら 『我が弟炎帝が魔界に来ておるのだ そして兄に天馬に黒龍んちの馬と同じようなアクセサリーを付けといてくれ!と言うから来たのです!』と当然の様な顔して来やがったんだよ!」 かなりお怒りモードで応接間に入りソファーに座った 黒龍は北斗にニコッと笑いかけると 「北斗、黒いお兄さん、覚えてる?」と問い掛けた 「白馬に来たお兄さん」 黒龍は夏生(スワン)に用があり何度も白馬に顔を出していた その時、一生に内緒で逢っていたのだ 一生が知れば怒り出すだろうから内緒にしておいたのだ 「おー!覚えててくれたか」 黒龍は嬉しそうに笑った 雪が料理を作って応接間に運び込むと、毘沙門天は相当空腹なのか、食らい付いていた 雪は黒龍の分も配膳した 黒龍は良く此処で食べるのか、慣れたモノで美味しそうに食べていた 雪は北斗にお菓子とお茶を用意して、テーブルの前に置いた そして康太と榊原には炎帝のお気に入りのお茶と果物を置いた そしてニコニコと皆が食べる様を見ていた 北斗は皆に大切にされているな‥‥と思うと嬉しくてたまらなかった 黒龍は北斗を見て「何があったのよ?」と尋ねた 榊原は兄に総てを話した 「やっぱしアイツはアホだわ!」 黒龍は不器用な弟を想い口にした 雪は北斗に「僕は幸せです北斗」と口にした 北斗は嬉しそうに笑って 「此処が君の場所なんだね」と口にした 「この場所は炎帝がくれた僕の場所です 君は、もう少し我が儘を言って大人を困らせても大丈夫だと僕は想います 僕は結構、我が儘を言いますよ? 毘沙門天さんに美味しいお菓子を強請ったり 黒龍さんに怪鳥の卵を取りに一緒に行って貰ったり、閻魔様に大飛びクラゲの捕獲に付き合って貰ったり、天照大神には天蚕糸のやり方を教わったり、本当に毎日楽しくてたまりません 最初は人に頼むと言う事はせず、一人で何とかしなければ、と気張っていました だけど皆が一人で気張らなくても大丈夫だと教えてくれました こうして、この屋敷に気にかけて来てくれる人もいる 此処は僕の居場所です なら北斗、君の居場所は?何処ですか? 飛鳥井の家が君の居場所なら還れば良い 赤いのといたければ、赤いのの邪魔にならない様にいるのでなく、いたいからいると言えば良い 君は邪魔にならない様に生きているけど 誰も邪魔になんてしてないのは知っているよね? 君は何処で誰といたいの?」 雪は魔界で大切にされ居場所を見付けていた そんな雪の言葉が北斗の心を揺さぶった 「僕は和希や和馬、康太君の子供達と一緒にいたかった そんな僕の想いを知っているから、父さんは残っても良いと言った 白馬に逝くと決めたのは自分だよ 父さんの牧場の跡を継ぐのは僕だから‥‥ そんな想いが強かった 白馬で父さんと力哉君と過ごした日々は楽しかったよ でも‥‥父さんは何時もイライラしていた それが少し‥‥怖かった 僕の所為で力哉君と父さんが喧嘩するのも嫌だった 僕がいなきゃ‥‥喧嘩しないのかなぁ‥‥ そう思うと僕は消えたいと願ってしまった‥」 「飛鳥井に還れば? 君はしたいと思う事をすれば良い 時には我が儘言って困らせても良いじゃない 僕達はまだ子供なんだよ? 甘えて我が儘言いまくれば良いんだよ まぁ僕の場合は君が成人してもこの姿のままなんだけどね‥‥」 「え?どうして?」 「魔界は時間の流れが遅いんだよ だから君より僕の方が小さいだろ?」 謂われてみれば小学生の北斗よりも雪は幼く感じた 「君が寿命を全うしても僕はまだ対して変わらない姿でいるよ それが魔界で生きるって事なんだ 君達人間はさ、年を取るんだよ 大人になったら嫌でも我慢しなきゃならなくなる だからさ子供のうちは羽目を外しても構わないと僕は想うんだ ねぇ、どう思う毘沙門天さん」 毘沙門天は爆笑して雪の頭を撫でた 「だな人の寿命は高々100にも満たない そのうちの十年そこそこが我が儘を言っても許される年だろ? 北斗の場合、早く我が儘言わねぇと、言えねぇうちに中学生になりそうだな 我が儘言う中学生は‥‥勘弁して欲しいと我は思うぞ!」 毘沙門天が言うと北斗はケラケラと笑った 「なら僕、もっと我が儘を言わなきゃね」 毘沙門天は北斗の頭を撫でて 「我慢は美徳ではないぞ!」と告げた 透けていた北斗の体躯が、少しずつ赤みを帯びて元に戻りつつあった 黒龍は康太に「怪我はどうよ?」と尋ねた 「‥‥少し痛いけど大丈夫だろ? あれ?黒龍、オレの怪我、誰から聞いたよ?」 「司録、アイツ八仙の所で怪我に良く効く薬を頼んでいた 誰の薬よ?と聞いたら我が主が怪我した!と騒いでいたからな」 「‥‥不意を突かれて剣で斬り着けられそうになった時‥‥司命とオレは想わず手で止めて‥‥5針縫う怪我をしたからな‥‥ めちゃくそ不便だぜ?手をやると?」 そう言い康太は包帯だらけの手を見せた 「あのバカ、こんな怪我を知ったら気にするんだろうな‥‥」 「黒龍、言うなよ」 「俺はアイツには逢ってない アイツが俺を避けてるからな俺も敢えて逢う事はしないでいる」 「‥‥孤立してんな赤いの‥‥このままだと限界が来るのは早そうだな」 「それも己が招いてる事だ」 黒龍は愚かな弟を想い‥‥呟いた 毘沙門天は腹が膨れると、ソファーを下りて床に敷かれた毛皮の上でグーグーと寝始めた 雪は毘沙門天にブランケットに似た布を被せて寝させてやった 黒龍は康太に「‥‥逢ってやってくれねぇか‥」と頼んだ 康太は榊原の首に腕を回し甘えて 「どうしょう?伊織」と榊原の頬にチュッと口吻けを落とした 「僕からもお願いします‥‥そろそろ逢ってやってくれませんか?」 「それは一生が望めば‥‥で良いか? 一生が望めばオレは逢う」 「それで良いですよ 一生の心が壊れてしまう前に‥お願いします」 「逢わないと決めたのはアイツだからな‥‥」 康太が言うと黒龍は「だからアイツはバカなんだよ!」と言葉にした 自分を殺して 想いを殺して 逝けないと解っていて逝く奴を‥‥ バカとしか謂わない‥‥と黒龍は口にした 「言ってやるな」 「お前はアイツに甘いんだよ!」 「お前はオレに甘いから丁度良いやん」 「言ってろ!」 黒龍は唇を尖らせて拗ねた こう言う拗ね方は流石同じ血が流れていると痛感させられる 「何時帰るのよ?」 「今夜は北斗と雪を一緒に寝かせてやりてぇからな明日だな んでもってオレは疲れたからな寝る 後は頼むぞ伊織‥‥」 康太はそう言うと意識を飛ばし眠りに着いた 眠りに着いた康太の顔を見て黒龍は 「疲れてるのか?」と尋ねた 「怪我の治りが悪いのです それで司命が司録を使い薬を手に入れようとしたのです」 成る程、と黒龍は事の経緯を理解した 「このまま朝まで眠るので此処で宴会は遠慮して下さいね! 今回は本当に北斗の為だけに来たので‥‥雑音は入れたくはないのです」 「解ってる」 黒龍は北斗を見ていた 段々元に戻って来た姿を見て黒龍は安心していた 榊原は雪に「今日はもう良いですから北斗と時間を過ごしなさい」と告げた 雪は頷いて北斗と共に応接間を後にした 雪は北斗を自分の部屋に招き入れた 「此処が僕の部屋だよ」 雪のイメージからすると殺風景な部屋かと想ったら、まるで王宮の寝所かと思える豪華さがあった 「この部屋はね炎帝のお母様の天照大神様が用意してくれた部屋なんだ」 「凄いね‥」 「僕は明日死ぬ為に生きていた それは君も知っているよね?」 雪が言うと北斗は頷いた 「僕はね‥‥本当に命なんて惜しくなかったんだ‥‥ でも今は違う、僕は死にたくない 僕は人の世では生きられなかった 年を重ね‥‥僕はどんな大人になったのかな? それはもう‥‥解らないんだ 僕は年を取らない 多分君が死んでも僕は‥‥この地で生きている それが魔界に生きる者の寿命だからね だから僕に見守らせてよ北斗 君が精一杯生きて年を重ねて逝く姿を見せてくれないかな? 君は僕が生きられなかった世界に生きている 生きていたら無限の可能性が掴める 北斗には今未来を決めなくても、幾つもの可能性があるんだよ? それでも未来に向けて頑張ると言うなら、その道を逝けば良い でもね北斗、君は生きているんだから 今しか出来ない事を沢山して欲しいんだ でなきゃ‥‥何の為に生きているか解らないじゃないか‥‥」 「雪‥‥僕‥‥黙っていた方が楽だから謂わなかったの‥‥ 何か言う事で誰かを傷つけたくないのもある だけど結局は僕は自分が可愛いんだと想うんだ 卑怯者なんだよ僕は‥‥」 「それは違うよ 北斗は本当に優しいんだよ ずっと見ていた僕が言うんだから間違いないよ 優しいから人を傷付けちゃわないか‥‥不安になる そこは北斗の良い所だと僕は想うよ」 「‥‥雪‥‥ありがとう‥‥そしてごめんね もう僕消えちゃいたいなんて想わない」 「うん!君が消えたら僕も消えちゃうからね 君は僕で、僕は君なんだからね」 「不思議だね雪」 「うん!不思議だね北斗」 二人は想っている事を沢山話して、疲れ果てて眠りについた 夜の帳が優しく二人を包んでいた 一生と力哉は一睡もせずに朝を迎えた 「‥‥もう朝か‥‥」 あれから何も話す事なく二人は黙ったままだった 「一生、僕はやはり北斗を手放したくない」 一晩中想っていた事を力哉は告げた 「俺も北斗を手放したくはねぇよ‥‥ だけど北斗を傷付けた‥‥この事実は覆らねぇ‥‥」 一生は何時もの元気さもなく‥‥自分を責めていた 「ねぇ、北斗を交えて話し合おうよ」 「‥‥俺達は北斗の事を何一つ解ってなかったのに‥‥何を謂えと謂うんだよ‥‥」 一生は自分を責める言葉しか謂わなかった ドアがノックされ力哉は玄関に向かいドアを開けた すると‥‥黒龍が立っていた 「我が弟は在宅か?」 黒龍は力哉に問い掛けた 力哉は唖然となり黒龍を見ていた 「安西力哉、俺の話を聞いているか?」 黒龍に謂われて力哉はハッと我に返った 「はい!います!」 力哉が言うと黒龍は「では失礼!」と言いスタスタと部屋の中に入って行った 「バカな弟に逢いに来た」 黒龍が言うと一生は泣きそうな顔をした 「少し付き合え!」 「何処へ?」 「別邸に青いのがいる」 「‥‥何故?‥‥」 「俺は落ち込んでいる愚か者の弟を励ます為だ 青いのは愚かな兄を殴り飛ばす為だとか言っていたな まぁ今殴られたら顎が外れるだろうからな治ったら張り飛ばすらしいぜ」 「‥‥あぁ‥殴ってくれて構わない‥‥」 一生は覇気もなく呟いた 黒龍はこのまま逝けば‥‥ぶっ壊れるな‥‥と危惧した 黒龍は一生と力哉を連れて源右衛門が住んでいた別館へと向かった 別館の屋敷の玄関のドアを開けて、応接間へと向かう 応接間のドアを開けると、一生と力哉を部屋に押し込んだ 応接間に入ると‥‥ ソファーには康太が座っていた その横には榊原が座り、反対側には隼人が座っていた 榊原の横には聡一郎が座り、隼人の横には慎一が座っていた 「よぉ!一生!元気だったか?」 康太は知っていて、そう声を掛けた 一生は両目を見開き‥‥夢じゃないかと想っていた 逢いたくて‥‥ 逢いたくて‥‥ 幻覚が見えて来たのかと想った 榊原は「寝てるんですか?」と声を掛けた 「寝てねぇよ!」と叫んだ 聡一郎は「ならボケてるんでしょ?」と揶揄した 「ボケてなんかいねぇよ!」 隼人は「ならオレ様が殴った頬が痛むのか?」と笑った 「‥‥頬より心がけ痛てぇよ‥‥」 慎一が「俺もお前を殴るつもりで日々鍛練して来ました!」と一回り逞しくなった慎一が笑っていた 「奥歯が抜けた‥‥殴られるのは勘弁だ」 一生が言うと康太が「しみったれ臭せぇツラしやがって!」と言い捨てた 「‥‥康太‥‥」 やっと逢えたのに一生は身動きひとつ出来なかった‥‥ 「声を聞いたら逢いたくなるから電話は掛けない 逢えば‥‥帰りたくなるから‥‥お前には逢わない そう言ったのはお前だよな?」 そう言って白馬に旅立ったのは一生だった 「なのにお前の為に逢わずにいてやったのに‥‥北斗を責めるって了見を聞きてぇんだけど?」 康太は一生の意固地な心をへし折る為に追い詰めていた 後ろめたさが正常な判断を鈍らせるのだ 「‥ごめん康太‥‥」 「何処にいたって我らは共に‥‥ そう想っているのはオレらだけかよ?」 「違う‥‥違う康太‥‥ だけどお前がいない世界は‥‥想像している以上に辛くて長かった‥‥ 何かが物足りなくて‥‥そう思えば逢いたくて‥‥逢いたくて‥‥どうしようもなくなって‥‥力哉や北斗に八つ当たりをしていた 自分から望んで行ったのに‥‥俺はこの場所にいるのが辛いんだ! 辛くて‥辛くて‥‥止めどなく不安になっていたんだ 飛鳥井に誰かが入ったと聞けば‥‥もう戻れる場所はなくなったのかと‥‥不安で仕方なくなった お前の所へ還りたくて‥‥還りたくて‥‥ でも還る場所なんて本当にあるのか不安で仕方がなかった‥‥」 一生はボロボロと泣いていた 「この現状を作ったのはお前だろ? 聡一郎も隼人も慎一も伊織もお前を気にして連絡を入れていた それらを無視する様に拒絶したのは‥‥お前じゃねぇのか? オレはお前が常にオレを優先させて狂わせたから、今度はお前の道を逝かせてやりたかった だからお前の望み通りにしてやった 逢えば心が揺らぐなら逢わないで帰った なのに、今のお前は何やってるんだよ?」 「‥‥‥オレは‥‥本当に何やってるんだろうな‥‥ お前の気配を感じたら逢いたくて‥‥ 夏にはお前達が来るのかな‥‥と心は逸った だけど来なくて‥‥逢えなくて‥‥逢えなくて‥‥逢ったら心が揺らぐのに‥‥逢いたくて‥‥仕方がなかった お前が俺の為に逢わないでいるのは解る 解るけど‥‥ 逢えない状況にイライラしちまっていたんだ 八つ当たりだ‥‥何一つ我が儘を言わない北斗なのは解っていた 我が儘を言わないから、見逃して来てしまった そんな北斗がお前と逢っている事を知って‥‥もう止まらなかった ごめん康太‥‥俺は北斗を傷付けた‥‥」 ボロボロだった 心も体躯もボロボロだった 康太は一生に「こっちに来いよ!」と言い放った 一生は動けなかった その一生の背中を力哉は押してやった 押し出されてやっと一生は康太の前に行ったのだった 康太は一生の手を取ると引き寄せた グラッとバランスを崩した一生は、康太の胸の中へダイブした 懐かしい匂いが鼻孔を擽る 逢いたかった匂いが一生を堪らなくさせた 優しい手が一生を撫でた 「過ぎた事は良い これからは良き父になって北斗を育ててやってくれ」 「‥‥俺にそんな資格‥‥残ってない‥‥」 「一生、北斗はお前の子でいたいんだと」 「え?‥‥」 「力哉おいで」 康太に呼ばれて力哉は一生の横に跪いた 「力哉と一生とこれからも暮らしたい そして大和のファームを継ぐ後継者として共に学びたい と謂うのが北斗の想いだ」 康太が言うと力哉は泣き出した 「ごめんね康太 君に預けらるた子を消えたいと想わせて透けさせてしまった‥‥ もう預けてさせては貰えないと想っていた」 「力哉、北斗は力哉が自分を庇って一生と喧嘩するのが嫌だったんだ 力哉が傷付くのを見るのが嫌だったんだ 力哉が傷付く位なら自分なんか消えてしまえ‥‥と想っていたから薄くなっちまったんだよ 我が儘一つ言わない子は、遠慮していた訳じゃなくお前達と一緒にいたかったんだ」 北斗の想いが嬉しくもあり辛かった 一緒にいたいと聞けば、力哉もこれからも一緒に住みたいと願っていた 「康太、北斗は?」 「北斗は他の部屋で弥勒に封印を掛けさせている 封印を掛けたら此処に連れてきて貰う予定になっている」 「‥‥封印?」 「今の北斗は雪と繋がっている 北斗が消えたいと願ったら雪まで薄くなっちまう だから薄くならねぇ様に封印を施しているんだよ この先、今回の様な事がねぇとは言い切れねぇ お前達とじゃなく学校でも何処でも、その可能性はあるかんな」 一生は震える声で‥‥ 「‥‥北斗と過ごしても良いのか?」と問い掛けた 「お前、アイツの父親だろ? 親なら子の面倒を最期まで見るのが筋じゃねぇのかよ?」 「‥‥アイツを透けさせてしまったから‥‥」 「オレはこの一年、来るたびに北斗に本をやった 何時も同じ本を擦りきれるまで読んでる北斗が忍びなかったからな‥‥ 何時気付くかなと想っていたら、一年経たねぇと気付かねぇ‥‥ 見てねぇのにも程があるぜ? 余裕がねぇんだよ お前も力哉も心に余裕が全くねぇ‥‥ ギリギリの心で生きていたら何時か今回の様な事態になると想っていた だから藍崎に何かあったら動いてくれと頼んでおいた 藍崎は喜んで承諾してくれ動いてくれた 力哉、お前は藍崎に負い目を感じているみてぇだけどな、それこそが朝宮を蔑ろにしているって気付かねぇか?」 「‥‥藍崎さんは兄さんが弄んだ‥‥」 「終わった事だ 今の藍崎に過去は不要なんだよ 藍崎は新しい世界を手に入れた」 力哉は俯いて「‥‥ごめんなさい‥」と謝った

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