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第56話 君から遠く離れた地で‥‥②
源右衛門が好んで使っていた和室で北斗に封印を掛けた弥勒が、応接間に北斗を連れてやって来た
応接間に入った北斗は透けてはいなかった
それを見て力哉と一生は胸を撫で下ろした
良かった
本当に良かった‥‥
一生は「‥‥北斗‥‥ごめんな‥」と謝った
力哉も「北斗ごめんね‥‥」と言い北斗に謝った
康太は立ち上がると「親子の話は親子でしろ!」と言い部屋から出て逝こうとした
一生はもうこれで康太に逢えないんだ‥‥と想い俯いた
「一生」
呼ばれて一生は顔をあげた
「ちゃんと北斗と話し合え
子供騙しな建前で話すんじゃなく
ちゃんと今後の事を話すんだ」
「解った‥‥」
「話が着いたら2階にいる呼びに来い!
今後の事を話さねぇとな」
まだ終わりじゃないと解り一生は安堵していた
また逢える‥‥
それだけが一生の心の支えだった
「解った‥‥ちゃんと話をする
それて終わったら2階に行く」
康太はクルッと振り返ると一生の前まで逝き
「お前らしくない!」と言い捨てた
「え?‥‥えええええ???」
「消炭みてぇなお前は見たくねぇんだよ!」
「‥‥けしずみ‥‥ひでぇな‥‥」
「お前は何があっても背を向けねぇ不屈の男じゃねぇのか?
あんで簡単に背中を向けちまうんだよ!
それだと背中をバッサリ斬りつけられちまうぜ!」
康太はそう言い一生の顎を持ち上げ目を覗き込んだ
「釣り上げて1ヶ月経った魚の様な瞳をしてるぜ?」
釣り上げて1ヶ月‥‥それは酷い
「それって腐ってますやん‥‥」
「そんな濁った瞳には何も映らねぇぜ?」
康太はそう言いニカッと笑った
あの人懐っこい顔で笑った
一生の濁った瞳から鱗が取れた様に‥‥
目の前がハッキリと見えていた
「今後の話をする
それはお前を切り捨てる話じゃねぇ
そろそろ飛鳥井に戻って来い!とのお誘いだ」
康太はそう言うと背を向けて歩き出した
「おい康太!」
一生が叫んでも康太は後ろ手にバイバイと手をふり‥‥部屋から出て行った
一生の心は軽くなっていた
何であんなに鉛の様な心だったんだろう‥‥
康太がいるってだけで‥‥
心は軽やかになる
傍にいたいと軋んでいた心が、鉛が取れて軽くなっていた
一生は穏やかな気持ちで北斗と話し合うと思った
力哉も肩の力が抜け、頑張らなきゃ!と言う意固地なまでの決意が揺らいでいた
自分が北斗を護る
そう決めて踏ん張っていた
踏ん張っている間に‥‥回りが何も見えなくなっていたのか?
空回りしていた心がやっと回り始めていた
一生は北斗の手を取るとソファーに座らせた
力哉もソファーに座らせると一生も座った
一生は北斗に「ごめん!」と謝った
力哉も北斗に「ごめんね!」と謝った
北斗は慌てて「謝らないで!」と声にした
「謝らないで‥お願いだから‥‥
僕もいけなかったんだ
僕は黙っている事で上手く逝くなら、誰も傷つけたくないから黙っていようと想った
だけどそれは狡い考えだった
言わなきゃ伝わらない
それが解っていて僕は楽な方を選んだ
ずっとずっと‥‥父さんと力哉君といたかったから‥‥僕は口を噤む方を選んでしまった
本当にごめんなさい」
北斗はペコッと頭を下げて謝罪した
一生は「北斗、お前が悪い訳じゃない
なのに謝るな‥‥俺も覚えて早く還る事しか考えてなくて余裕をなくしていた
お前が何も言わない事を良い事に、手伝いばかりさせていた
友達だっていたのにな‥‥
こんなに手伝いばかりさせていたら、クラスで浮いてしまうかも知れねぇのに‥‥
気付かないフリをしてお前に甘えていたんだよ
本が好きなお前に、一冊の本だって買ってやらなかった
なのに康太に貰った本を責めたのは‥‥不甲斐ない自分に腹が立ったからだ!
お前が悪い訳じゃないのに怒ってごめんな」
一生は想っている事総てを口にして北斗に謝った
力哉も「僕も‥‥北斗を護らなきゃと想いつつ我慢ばかりさせてごめんね
お手伝いしてくれから、ついつい頼んでしまっていた
君には君の時間があるのに‥‥
友達と遊んだりする時間も大切な時間なのに‥‥
後になって考えてみたら、クラスで浮いた存在になりかねないのに‥‥気付かなかった
本も‥‥欲しいって言ってくれたら買ってあげるつもりだった
だけど君は一度も買ってと言わなかったから‥‥気付かなかったんだ
何時も同じ本を読んでるのは好きだからなんだと想っていた
違うんだよね‥‥それしかないから何度も何度も同じ本を読み返していたんだよね?
そんな事も気付かずに‥‥君を護りたいなんて‥‥僕は驕っていたね‥‥」
力哉は涙を流して後悔していた
「違うよ力哉君
友達と遊ぼうって言ってもね、友達は皆遠いんだ
とてもじゃないけど遊びに行ける距離じゃない
それに本屋さんも遠い‥‥
お買い物に出る所にあれば本屋さんに寄ってって言えるけど‥‥
ショッピングモールにある本屋さんには、僕の欲しい本はないんだ
だから買ってとは言えなかったし‥‥欲しいとも言えなかったんだ」
北斗が言うと一生はあの土地にある本屋、無難なモノばかりだったな‥と思い浮かべた
「北斗、これからどうしたい?」
一生は北斗の思う通りにしてやろうと想っていた
「父さんと力哉君と一緒にいたい‥‥
僕の願いはそれだけだよ!
僕は父さんの牧場を継ぐ夢があるんだからね
だから父さんと力哉君と一緒にいたい
飛鳥井の家に帰っても僕の気持ちは変わらないよ
僕は父さんの子でしょ?」
一生は北斗を抱き寄せて
「あぁ、お前は父さんの子だ
決まってるじゃねぇか!
血は繋がらねぇかも知れねぇ
でも俺はお前に牧場を渡すと決めた日から、お前を我が子として育てて来た
俺は我が子に渡す牧場を‥‥守りたかったんだ
このままだと大和の牧場は潰されるかも知れねぇ‥‥
仕方ねぇよ‥俺が歪めてちまったんだから‥‥
でも俺はそれだけはしたくはなかった
親父の為じゃねぇ、お前の為に‥‥
あの牧場は潰したくなかった
その為に‥俺は白馬に来た
死物狂いで学んだ
それもこれも大和の牧場を潰さねぇ為だ!
俺はお前に遺してやれる唯一のモノだと想っているからだ!」
一生は北斗を引き寄せて抱き締めた
「北斗‥‥我慢ばかりしないでくれ‥‥
我が儘言って困らせても大丈夫だ‥‥
俺には仲間がいるからな
皆が考えて‥‥解決してくれる
だからどんな無理難題だって言って良い‥‥」
「僕、飛鳥井の家に還りたい‥‥」
「なら康太に頼んでおく」
「違うよ!父さんと力哉君も一緒でなきゃ還らない!」
北斗が言うと一生は困った顔をした
力哉は北斗と一生を抱き締めた
「週末は白馬に来て学ぶ
平日は大和の牧場で、それを実践する
慎一が還って来たと謂うのは、そう言う事だと想う
それで良いと想う」
力哉は穏やかな顔をしていた
一生は何時もの愛嬌のある顔で笑い
「ならガソリン代を捻出する為にチャンピオンを出さなきゃな!
でねぇと通うのも無理になっちまうもんな」と言葉にした
言葉にすれば‥‥道は広がる
もう還っても良いのだと想えた
長かった一年‥‥
康太は何してるかな?
怪我してないかな?
苦しんでないかな?
片時も離れない想いが一生を雁字搦めにした
久しぶりに逢った康太は‥‥やはり学生時代の様に怪我をしていた
生傷が耐えない
康太は何時だって怪我をしていた
一生は力哉を見た
「力哉、ごめんな」
「僕の方こそごめんなさい
少し肩に力が入りすぎてました」
「お前は凄いよ
北斗の母として北斗を守り通してくれた」
「一生‥‥」
北斗は力哉に甘えて抱き着いた
優しい力哉の匂いが北斗を包み込む
何時だって優しく抱き締めてくれた人
「大好きだよ力哉君」
「‥‥北斗‥‥」
「僕は父さんと力哉君が大好きだ」
一生は力哉と北斗を抱き締めた
そこには一つの家族が在った
話し合いを終えて2階に上がると、黒龍と何故か毘沙門天がソファーに座っていた
聡一郎や隼人、慎一もその横に座っていた
毘沙門天は北斗に「ちゃんと言えたか?」と問い掛けた
北斗はニコッと笑って「言えたよ!」と伝えた
黒龍は「我が儘言ったか?」と問い掛けた
「我が儘はこれから!
沢山言うよ!困らせる位言うよ!」
北斗は笑顔で答えた
黒龍は北斗を膝の上に乗せると
「沢山言ってやれ!」と北斗の頭を撫でた
一生は黒龍に「顔見知りだったのか?」と問い掛けた
北斗は「お兄さん達とは何度も逢ってるよ!」と屈託のない笑顔でそう言った
毘沙門天は一生に「赤いの殴らせろ!」と言った
「‥‥勘弁‥奥歯が抜けた‥‥」
「なら我慢してやるよ!
でも二度目はない!覚えとけ!」
「覚えとくよ‥‥でも何故毘沙門天が?」
「俺は雪に頼まれて何度も北斗に逢ってるんだよ
北斗が幸せなら、北斗が笑っててくれたら、北斗が‥‥そればかりだアイツは‥‥
逝けない地にいる自分の半身が幸せで生きて逝けます様に‥‥それだけを願い‥アイツは魔界で生きている
そんなアイツの願いだからな
時々北斗に逢っていた
そしてアイツに伝えていた
だから‥‥今度やったら俺は許しちゃおかねぇ!絶対にだ!覚えておけ!」
「‥‥心に刻んでおく」
一生は深々と頭を下げ毘沙門天に謝罪した
その覚悟をみて毘沙門天は引く事にした
黒龍は「目は醒めたか我が弟 赤龍よ?」と問い掛けた
「我が兄、黒龍よ!
目から鱗も飛び出てスッキリ、サッパリ目が醒めました!」
「それは良かった
お前を殴る予定で来たが‥‥既に満身創痍か」
黒龍が言うと康太が
「顎、ヒビが入ってるから、この後医者に行く事をお勧めする!」と続けた
黒龍は「軟弱者めが!」と弟に発破を掛けた
榊原は何も謂わず冷酷な瞳で一生を見ていた
一生は「‥‥青龍‥‥」と声を掛けた
榊原は何も謂わなかった
「青龍!なぁ青龍‥‥何か言ってくれよ‥」
「僕が言うべき事はなにもありません!
何もないから何も言わないのです!」
「‥‥え?‥‥」
「北斗は選んだのでしょ?
なら僕の言うべき事は何もない!
文句はありますけどね
言い出したら止まりませんよ?
それで良いなら文句、言いましょうか?」
文句‥‥ブツブツ文句しかないと謂われて‥‥
一生はガクッと肩を落とした
康太は「で、話し合いの結果を聞かせて貰おうか?」と問い質した
力哉は康太を真っ直ぐ見据え
「僕は北斗と一生とこれからも生きて逝きたい‥‥
北斗が大人になるのを見守って逝きたいです
雪君が果たせなかった明日を、雪君に変わって見守り続けたい‥‥
北斗と雪君
二人は元は一人の人間だった
北斗には雪君の分も‥‥幸せになってもらいたい‥‥ならなきゃダメなんだ!
年を重ね‥‥人としての人生を終える
雪君だって‥‥そうやって大人になりたかった筈だ‥‥
一番、そう願っていたのは雪君なんだ
そんな雪君の想いを‥‥僕は雪君の想いと共に見守り続けたいんだ‥‥」
「ならずっと傍にいて支えてやってくれ!
それを一番雪が望んでいる事だからな」
「はい‥‥」
力哉は堪えきれず泣き出した
聡一郎がそんな力哉を抱き締めて背中を撫でてやっていた
「聡一郎‥‥」
「頑張ったね力哉
でももう肩の力を抜いて大丈夫だからね」
力哉は聡一郎に抱き着き‥‥堪えきれずに泣いた
一生は康太をちゃんと見て
「俺は‥‥回りを拒絶している間に‥‥自分の事しか考えられない奴になっていた
お前に逢いたくて‥‥仕方がなかった
お前が怪我してないか‥‥苦しんでないか‥‥
想いばかり募って‥‥見ないフリをしているうちに‥‥イライラと八つ当たりする様になった
苦しくて苦しくて‥‥何処にも行き場のない怒りを北斗や力哉にぶつけていた
最低の奴だと想う‥‥
北斗は何も言わなかった
何も言わないから見過ごして来てしまった部分は大きい
我慢ばかりさせて‥‥何も言えない所まで追いやった
北斗は大切な俺の息子だ
だけど‥‥現実、泣かせて苦しませてしまったのは事実だ
北斗と話し合ったよ
何を考えているのか‥‥解らなかったが、話し合って少しは見えて来た
やはり俺は北斗を手放したくない
北斗と力哉を手放したくない
頼むから‥‥もう一度チャンスをくれ‥‥
頼むから‥‥」
一生は祈る様に言葉にして‥‥目を瞑った
康太は呆れた顔をして、一生の顔をあげさせた
「一生、オレに乞うのはお門違いだぜ?」
「‥‥え?‥‥」
「力哉も北斗もお前といたいと言ってるんだ
一緒にいれば良い、それだけだ
無理矢理引き裂いて‥‥誰が得するのよ?」
言われてみればそうだけど‥‥
全くもってそうだけど‥‥
「オレは北斗が消えなきゃそれで良いのよ!
北斗が幸せでなきゃ、雪だって幸せじゃねぇんだよ!
北斗が消えれば、雪だって消えてしまう
この世から弾かれて魔界へ逝った雪の居場所を‥‥奪うなと言ってるだけだ、解るな?」
「‥‥ごめん康太‥‥本当にごめん‥」
「終わった事はもう良い
それよりお前はどう言う結論を用意して来たのよ?」
「飛鳥井に還る‥‥って言っても週末は白馬に来て学べる事はまだあるから学ぶ
でも普段は飛鳥井に還って大和のファームで実践を生かす事にする
北斗も桜林に復学させて和希や和馬と共に通わせる」
「ならお前は白馬の家から出て逝け!」
「‥‥え?‥‥」
「だってそうだろ?
飛鳥井に還るならあの家は要らねぇよな?
お前は社員の宿舎で泊まれば良いだろ?」
「‥‥あぁ‥‥それで良い」
「あの家は星に住まわせる
犬と猫は置いて行けよ!」
「お前の言う通りにする」
「ここ最近、聡一郎を白馬で良く見掛けるだろ?」
「あぁ‥‥」
「この地に保育園を作る事にしたんだ
星を園長にして身の立つ様にしてやる
それがオレの務めだ‥‥
亡くした家族は還らねぇ‥‥けどな、生きてる奴は今を生きなきゃならねぇんだ
星に逢わせるから星の力になってやって欲しい
お前もまだまだ白馬に来るのなら、星を気にかけてやってくれないか?
星の家に悟も住まわせるからな‥‥どっちも気にかけてやってくれねぇか?」
星と悟‥‥どちらも愛する妻を亡くし‥‥
心に傷を持つ二人だった
「白馬に来る時は必ず顔を出すと約束する」
一生が言うと力哉も
「僕もまだ結婚式場の打ち合わせて白馬に来るから、その時は必ず二人を見に行くと約束するよ!
何かあったり、ヤバそうな時は必ず康太に言うと約束する」
と心配な二人を見ると約束した
「頼むな力哉
で、お前は結婚式場の完成をもって本社に転勤だ
それで良いな?」
「はい!」
「北斗もそれで良いか?」
北斗はニコッと笑って
「ありがとう康太君
僕の初めての我が儘を聞いてくれてありがとう!」と礼を謂った
北斗は康太に初めての我が儘を言ったのだ
『康太君、僕は父さんと力哉君と離れたくないんだ
本音はね飛鳥井に還りたい‥‥
でも白馬で学ばなきゃならない事もまだあるの
だから康太君、僕の初めての我が儘を聞いて下さい!』
と初めての我が儘は可愛いモノだったが‥‥
結構手子摺るであろう我が儘だった
北斗は黒龍の膝の上でニコニコしていた
康太は「話は着いたな、一生、お前医者に行けよ!」と締め括った
「‥‥隼人‥めちゃくそ強かった‥」
一生はボヤいた
康太は爆笑して
「当たり前やん
隼人は今、次の仕事の為にトレーニングを受けているんだ
ボクサーの体躯を作っていると言う事は、パンチも強化しているって事だ
まだ手加減したんだろうな‥‥隼人なりに‥。
でなければお前の顎は粉砕されて、粉々になっていたぜ?」
ゾミッーっと後から震えが来た
粉砕‥‥されてなくて本当に良かった‥‥
しかし解せないのが‥‥
「兄貴と毘沙門天とお友達ってのが‥‥本当に解せない」
一生が言うと黒龍は
「毘沙門天はかなり前から北斗に逢ってるぜ?
俺は夏生に用があって人の世に来た時に、北斗と逢って話をした
夏生を交えてお茶したりしただけの事だ」
と、サラッと説明した
毘沙門天は黒龍の膝から北斗を貰い受けると、北斗の頭を撫で
「雪の願いだからな」と告げた
重い想い言葉だった
「アイツが人の世で生きた年は、本の数年だ
しかも‥‥化け物として扱われて生きるのを諦めて‥‥死ぬ事だけを望んで生きていた
人の世で生きる北斗だけが雪の希望であり、未来なのだ‥‥」
北斗は毘沙門天に抱き着いた
雪がそうする様に抱き着いた
「毘沙門天さんお願いがあります
聞いてくれませんか?」
北斗は毘沙門天に想いを伝える為に口を開いた
「何だ?聞ける事なら聞いてやろう」
「僕が人としての寿命を全うしたら‥‥
僕の魂を雪に還してくれませんか?」
「‥‥北斗‥‥」
「それでやっと‥‥僕と雪は一つになれる
僕は雪へ還ると決めている
だから僕の命の灯火が消えたら‥‥僕の魂は雪の所へ還して下さい」
毘沙門天は天を仰いで
「その願いしかと聞き届けよう!」と言葉にした
康太は立ち上がると、背後から毘沙門天の頭を掻き抱いた
自ら辛い場面に飛び込まなくても良いのに‥‥
「お前は本当に‥‥何でも背負い込むのが好きだな‥‥」
「お前に心臓を渡したからな‥‥似るんじゃねぇのか?」
「‥‥そんな辛い事引き受けて大丈夫か?」
「‥‥俺がやらなくて‥‥誰かがやるんだよ?
北斗の意思は固い
オレがやらなくば‥‥その時が来たら‥‥お前は願いを叶えてやるんだろ?
だったらその役は俺で良い‥‥俺がやる」
「お人好しの毘沙門天‥‥皇帝炎帝としてお前に逢った日から変わらずいてくれるお前が好きだよ‥‥」
「何があろうともお前はお前だ!」
康太は毘沙門天の目を両手で隠した
「誰も見てない‥‥」
「‥‥そりゃ‥‥有難い‥‥」
康太の掌から幾筋もの水滴が流れて落ちた
一生は両手を握り締め‥‥目を反らす事なく見ていた
聡一郎は何事もなかった様に
「毘沙門天、飲みますか?」と声をかけた
「それは良いな!」
毘沙門天の声は‥‥くぐもっていた
「では宴会と逝きますか!
一生、力哉、隼人、材料の調達に逝きますよ!」
そう言い聡一郎は一生と力哉と隼人を連れて、部屋を出て行った
慎一はお茶を淹れに逝くと、毘沙門天と康太と榊原の前に置いた
北斗の前にはジュースを置いた
榊原は毘沙門天の頭上にバスタオルをぶっかけると、康太を抱き上げて膝の上に乗せた
「毘沙門天、君さ、Mr.Children好きでしたよね?」
「‥‥あぁ‥‥ああ!何だよコレ!」
毘沙門天の頭上に掛けられたバスタオルはMr.Childrenのコンサートで買ったモノだった
「コンサートに行った時のモノです」
「ズルい!」
子供みたいに駄々を言う毘沙門天を見て榊原は笑っていた
「誘いに行ったのにいなかったのは君ですよ?」
「‥‥行きたかったな‥‥」
ガクッと肩を落とし残念がる毘沙門天に
「なら今度一緒に行きましょう!
しかし世俗にまみれた神って‥どうなんでしょうね?」
「‥‥虐めないでくだされ伴侶殿‥」
情けなく謂われて榊原は笑った
「非常に残念ですが止めておきましょう」
毘沙門天の涙は止まっていた
「そのバスタオルは持って帰って下さいね」
「無論!貰う!」
毘沙門天は笑った
やはり毘沙門天は笑顔が似合っていた
暫くして食料を調達して来た聡一郎達が帰って来た
慎一は材料を受け取り、榊原と共に調理に向かった
その夜、黒龍と毘沙門天は康太達と飲み明かした
黒龍は康太の手を取ると包帯を取り去り軟膏を塗った
「生傷耐えないのは昔から‥‥お前は本当に何時も怪我して俺の前に現れる」
「黒龍は何時だって治してくれるな」
「お前が痛いと俺も痛いんだよ」
康太は黒龍に抱き着いた
「包帯が巻けねぇだろ?」
黒龍が言うと榊原が康太の手に包帯を巻いた
黒龍は康太の背中を黙って撫でていた
そして何時しか黒龍の胸で寝息が聞こえ‥‥
榊原は康太を抱き上げて膝の上で寝かせた
黒龍は聡一郎にも手を差し出した
聡一郎は嫌な顔をしつつも黒龍の手の上に手を乗せた
「お前もご主人様同様、生傷が耐えねぇな」
「君に何時も手当てをしてもらってましたもんね‥‥
どんだけ上手く隠しても黒龍は直ぐに見破って、司録共々手当てをしてもらってましたね」
「おめぇ怪我するなよ」
「我が主が大人しくしてるなら、僕は借りてきた猫並みに大人しくしてますよ?」
黒龍は聡一郎の唇を摘まむと引っ張った
「昔も今もお前は口だけは達者だな」
「‥‥ん‥ん‥‥っ‥」
手を離され聡一郎は「痛い‥」と呟いた
黒龍は笑っていた
それを見た皆が笑っていた
北斗は幸せそうな顔で一生を見ていた
一生はそんな皆を黙って見ていた
遠く離れた地にいても
やはり心を占めるのは康太の事だった
考えないでいた
目ない様に目を閉じて‥‥耳を塞いだ
イライラ‥‥馬鹿みたいに‥‥イライラとしていた
自分で選んだ事なのに‥‥
キツくて辛くて‥‥心がひしゃげそうになった
今康太の傍にいて‥‥
埋められなかった心の穴が埋め尽くされる感覚を覚えた
一生は知らないうちに泣いていた
隼人が一生にタオルを渡した
そのタオルを見て一生は「お前も行ったのかよ?」とボヤいた
「オレ様は今、仕事をセーブしていたのだ
康太は母であり友でも師であり恩人でもある大切な存在なのだ
だからお前達がいなくなった今は、康太の傍にいると決めたのだ
だから何処へでも一緒に逝ったのだ
タオルはこのタオルだけじゃないのだ!
幕張のバンプのコンサートのタオルもあるのだ!」
ホレっと隼人は一生にタオルを放った
ミスチルとバンプ‥‥どんだけ楽しい時間を送ったのよ
そこに自分がいないのが悔しい
本当に「‥‥悔しいな‥‥」と一生は呟いた
隼人は一生に抱き着き
「ならこれからは一緒に逝くのだ!」と言葉にした
あぁ‥‥一緒にいても良いのだ‥‥
と心が安堵する
一緒にこれからも生きて逝けるのだと‥‥
心が喜び震える
一生は、うん‥うん‥と頷いた
北斗はこうして皆といる一生は子供みたいに安心した顔をしているな‥‥と感じていた
北斗はやんちゃなガキ大将みたいな一生の方が好きだった
北斗は笑って
「父さんは皆といる方が自然だね
やっぱり痩せ我慢しない方が良いよ」と一生に言った
一生は「‥‥北斗‥‥」と困った顔をした
還ると決めた日
心が楽になったのは確かだった
限界だった
もう‥‥限界をとっくに越えていた
一生は飛鳥井へ還る為に調整を着けていた
一生の住んでいる家は城之内星が住む事になっていた
星と共に悟も共に住む事になっていた
家の荷物は康太が用意してくれたモノだから、そのままに自分達の荷物を纏めて引き上げる
引っ越しの日、城之内星は一生の所に顔を出した
「こんにちは一生さん
僕は君の事は知っていました
なので、こんにちはと謂わせて下さい」
「星、初めましてと言わしてくれ!
俺はお前の事は知らなかったからな‥‥」
「康太が棘の道を逝く男がいる‥と教えてくれました
僕は‥‥産まれる事なかった我が子を想い‥‥
君は名乗れぬ我が子を想う‥‥
どちらが幸せかは解らない
だけど君は自ら棘の道を逝くと決めたのですね?」
「あぁ‥‥俺は‥‥棘の道だとは想ってはいない‥‥
俺は俺の信じた道を逝く‥‥それだけだ」
「貴方は本当に強い人だ‥‥」
「俺ほど腑抜けはいねぇよ‥‥」
「僕は‥‥我が子を取られても笑っていられる貴方が‥‥信じられませんでした
だから‥‥こっそり君を見に来ていました」
「俺は‥康太が引き取らねば何処か知らない所へ逝かされてしまうなら‥‥
親と名乗れなくとも傍で見守りたいと想ったんだ」
「僕の子は生まれて来ませんでした」
「お前の所に生まれて来なかった子は必ずまたお前の所に還してくれるさ
それが飛鳥井康太だからな!」
一生が言うと星は堪えきれずに泣き出した
「君は‥‥兄さんと同じ事を言うんだね‥」
「康太の子で音弥と言う子がいる
あの子は瑛太さんの亡くした娘の魂を持つ子だ
その他にも烈は真矢さんが亡くした子だった
それを還して‥‥烈が生まれた
伊織の兄の笙にしてもそうだ
不幸にも命を失った我が子を康太は返してやった
ちゃんと還ると約束した子には掌に十字の痣をいれた
その子はちゃんと笙に還り美智瑠と言う子として生きている
お前も何時か康太が還してくれる筈だ
生まれなかった子はちゃんとお前へと還る筈だ」
「‥‥一生さん‥‥」
「魂は巡る
時が巡る様に魂も巡る
巡り巡って必ず還る
俺はそれを信じている
だからお前も信じて明日を生きろ!」
「はい‥‥はい‥‥」
星は何度も頷き‥泣き崩れた
巡るなら信じて生きて逝こう‥‥
何時か還ると信じて生きて逝こう‥‥
星は心に誓った
信じて生きて逝こう
明日は続くと信じて逝こう
星は笑っていた
作り笑顔でなく
笑っていた
久しぶりの笑みだった
君から遠く離れた地で‥‥
僕はもう一度生きる作業をするよ
もう一度‥‥我が子に逢える様に‥‥
精一杯生きて逝くよ‥‥
星は心に誓った
慎一が還って来て程なく、一生も白馬から還って来た
北斗が還って来て和希と和馬は喜んだ
北斗は再び桜林学園の初等科へ通う事となった
仲間が全員揃った頃
飛鳥井の家から城之内星と新庄高嶺が出て新しい人生を歩む事となった
明日を刻む為にそれぞれの道を歩んで逝く
康太と榊原は、二人の明日が光に満ち溢れています様に‥‥と祈った
用意した先へと進む
そこからは己の力で進まねばならない道だった
星と高嶺も「「行ってきます!」」と謂い飛鳥井の家を出て逝った
康太と榊原はまた還っておいで!と想いを込めて
「逝って来い!」
「行ってらっしゃい」
と見送った
君の逝く道は険しく果てし無いかも知れない
だけど諦めなければ明日へと繋がる
諦めなければ明日を紡げる
だから諦めるな
歯を食い縛り、大地を踏み締めて頑張れ!
何時か‥‥
お前の花を咲かせる日まで‥‥‥
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