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第57話 画竜点睛 ①
話は半年前まで遡る
緑川一生、慎一兄弟がまだ飛鳥井の家に戻る前の所まで
話は遡り‥‥
そして果てへと繋がる
話は半年前まで遡る
康太は新庄高嶺と城之内星の為に道を作る為に忙しく飛び回っていた
まずは白馬に飛鳥井の傘下の保育園を作る
その土地の買収から始った
白馬に一足先に事業を立ち上げていた四宮聡一郎がサポートに辺っていた
「保育園はどこら辺の土地を望んでいるのです?」
「ホテルの近くが良いだろうな
広大な土地を生かした保育園を作ろうと想っている」
「‥‥‥広大な土地?
一体どれ位の広大さを求めてるんですか?」
「一ヘクタールは欲しいなぁ」
「‥‥‥1ヘクタール(ha)は約3000坪ですよ?
約3000坪という事は、畳に直すと6000畳位あるんですよ?
そんな広大な敷地に建つ保育園なんて聞いた事がありませんよ!」
聡一郎はお怒りだった
「あたりめぇじゃねぇかよ!
使用目的は保育園だけじゃねぇかんな!
強い癖に集客が見込めず潰れそうな球団を買収した
だから球団のトレーニング施設も併設して建てる予定なんだよ
保育園の方も広大な敷地に球技場や体育館を設備して基礎を教え込込む未来のアスリートを作り上げる英才教育的なモノにする
子供は伸び伸びと過ごしながら体躯に実技を教え込まれる
その為にはある程度の敷地が必要となる」
「‥保育園と球団のトレーニング施設ですか‥‥それなら一ヘクタール位必要としますね」
「だろ?」
「だけど、それ(球団の買収)僕は聞いてなーずですが?」
「そりゃそうだろ?今謂うんだもんよー!」
「球団の買収‥と謂う事は高嶺ですか?」
「そうだ、維持が難しく解散寸前のアマリーグの球団を買収した
そして政治家を使って全国規模の独立リーグを正式に立ち上げさせる算段の最中だ
プロ球団の予備軍的な存在になり選手を育てる
プロへの登用が目に見えるカタチで解るなら選手も奮起する事だろう‥‥
だが石頭のクソ爺共がアマチュアとプロの境界線を引きやがって介入を許そうとしねぇからな
頭が痛てぇ問題だわな
政治的に動かそうと想っても横槍を入れやがる議員がいてな‥‥中々進展しやがらねぇんだよ」
「三木では役不足ですか?」
「対抗馬にすらならなかった‥三木はめちゃくそ落ち込んでいたな‥‥」
「そうでしたか‥何か落とせるネタでもあれば良いのですけど?」
「勝機はオレの手の内にあるんだけどな‥‥」
康太はそう独りごちた
「勝機が貴方の手の内にあるなら目的地までノンストップで逝けるでしょ?」
聡一郎はそう言い笑った
そしてノートPCを取り出して秘書へとメールを送った
飛鳥井のホテルのリニューアルを皮切りに、白馬は今、あっちこっちで景観を損なわない様に配慮されながらの建設ラッシュとなっていた
土地の価格ははね上がり‥‥そんな中ホテルに近い場所に一ヘクタールは難しい話となっていた
PCを叩きつつ‥‥ふと仲間の事を想う
飛鳥井の家から一生が消えて慎一が消えた
二人は二人のやるべき事があるから仕方がないと理解はしている
だが行ったきり音沙汰がないのは‥心配になる
「‥‥心配‥‥なんだよね‥‥」
聡一郎はPCのキーを叩きながら呟いた
慎一は「どう?元気なの?」とラインを入れておけば返信は返してくれる
そして元気な顔を送ってくれる
その写メをどんな顔して自撮りしてるの?
と何時も想う
聡一郎に送れば主にも伝わるだろう‥‥
そう思い慎一は“元気な顔”を送り続けてくれるのだろう
ならば‥‥アイツは?
どれだけ連絡しても返信はない
康太には白馬に行ったとしても絶対に逢うな!
と言われてるから声すら掛けられない‥‥
ねぇ‥‥一生‥‥君の顔はもう笑顔すらないじゃないか‥‥
育ての親とも言える友を心配する
一生‥‥お前を失ったら僕はどうやって生きたら良いんですかね?
何時もいてくれるのは当たり前だと想っていた
傍にいて支えてくれるのは当たり前だと想っていた
一生‥‥こんなにもお前が遠いよ‥‥
掴もうと差し出した手が‥‥
届かないよ‥‥
聡一郎は手を握り締めた
考えに浸っていると背後から抱き締められた
暖かな温もりが聡一郎を包み込んだ
「聡一郎は一人にしておくとロクな事を考えないのだ」
聞き慣れた声が耳元でした
「隼人‥‥」
聡一郎は首に回された手を握り締めた
最近隼人は聡一郎の傍にいてくれる
こうして考えに浸っていると良く温もりを与えてくれるのだ
「ただいまなのだ康太」
聡一郎を抱き締めつつも母にただいまと謂う
聡一郎はそんな隼人がおかしくて笑っていた
康太は「おっ!お帰り隼人」と隼人の帰還を喜んだ
隼人はロケで金沢の方に行っていたのだ
「康太、蟹なのだ!
金沢から福井の方に行ったから蟹を買って来たのだ!」
一頻り聡一郎と触れ合い満足すると隼人は、保冷バックを手にして榊原へと差し出した
榊原は「蟹‥‥ですか?」と受け取り中を確かめた
保冷バックの中にビッシリと越前ガニが入っていた
榊原は瞳を輝かせ「康太、今宵は蟹鍋です!」と今夜の献立を口にした
康太は「蟹鍋!瑛兄にメールしとこ!」と携帯を取り出してメールした
直ぐ様瑛太から電話が入る
『康太、蟹鍋なのですか?』
榊原は食い付きが良すぎだろ?と苦笑した
「瑛兄、隼人が蟹を買って来たんだよ」
『隼人?隼人は確か金沢でロケでしたね?』
「金沢から福井の方でロケがあったらしくてな」
『ならば越前ガニですね!
直ぐに還ります!
伊織に鍋の材料は私が買って還ると伝えておいて下さい!』
そう言い電話は切れた
康太は「鍋の材料は瑛兄が買って還るって」と伝えた
「聞こえてました
ならば僕は鍋の準備をして来ますかね」
榊原はそう言い応接間を出て行った
隼人も聡一郎も榊原を手伝うべく応接間を出て行った
一人遺された康太は思案中だった
白馬の土地は何とか見付かるだろう
星はそこで保育園を開けるのは視えるから、何とかなるのだと想う
ならば‥‥高嶺か
高嶺の果てはまだ視えない
靄に包まれ視えては来ない
海外でオペをさせて選手として復帰させようか?
とも思案したが久遠は検査をした結果選手としては無理だと告げた
それでも海外でオペをすると謂うなら止めはしない
だが期待し過ぎるのは止めておいた方がいい
そこまで謂われたら止めるしかなかった
傷は問題なく治癒している
粉砕した骨も今は総て取り除かれ、神経もちゃんと融合して動く様になるだろう
現役は無理でも日常生活位は送れるだろう
だが、それはあくまでも日々のメンテナンスを受けた状態でだ!
彼は死ぬまでメンテナンスを受けてリハビリを続けねばならないだろう
将来を考えてやるならば現役復帰ではなく、生涯の伴侶でも見付けてやれ!となるだろう‥‥
なんにしろ、支えは必要だ!
そう言われて、支えの方を調べた
その資料を手に取り見る
女優の二階堂亜希
当時騒がれたから康太でも知っている元恋人だった
ん?‥‥二階堂?
二階堂‥‥
「まさかな‥‥こんな偶然‥‥ねぇよな?」
康太は呟いた
偶然‥‥それは必然なのか運命なのか?
どちらにしても‥‥逝くしかねぇ‥‥
その風向きは莫大な威力となり回りを巻き込み膿を出しきるまで吹きすさむだろう
奇しくも、総裁選の真っ直中
意中の人間は総裁選の立候補だった
榊原と聡一郎が応接間へと戻って来ると、康太は何やら難しい顔で考え込んでいた
榊原は康太を背後から優しく抱き締め頬に接吻けを落とした
「どうしたのですか?」
「二階堂‥‥亜希‥‥これって本名なのかな?」
「そんなの相賀に聞けば簡単だと想いますよ」
所属事務の社長なのだから‥‥
「相賀んちの商品なのか?」
「でしょ?母さんが先の映画で同じ事務所の亜希ちゃんと共演なの!と嬉しそうでしたからね」
「なら伊織、調べてくれねぇか?」
「解りました!
では相賀に聞いてみます」
榊原は携帯を取り出すと相賀に電話を掛けた
ワンコールで相賀は電話に出た
『伊織!事態は終結したのですか?』と開口一番、嬉しそうな声がした
榊原は相賀に「それはまだですが、康太がちょっと聞きたい事があったので電話をしました」とやんわりと事態は収集していない事を伝えた
『何を聞きたいと申すのですかな?』
「相賀さんの事務所にいる二階堂亜希さんの本名を聞きたがっているのです
解るなら教えて下さいませんか?」と単刀直入に切り出した
『伊織殿、まだ我らは‥‥康太には逢えぬのですか?』
殺し屋に命を狙われている以上、傍にいる奴等を巻き込む事になる‥‥と距離を取って来た
榊原は観念するように溜め息を着いて
「飛鳥井に来て戴けますか?と言いたいのですけど‥‥康太は今殺し屋に命を狙われてますからね‥‥巻き添えになったら本当に大変なんです‥‥」
『飛鳥井の家に‥‥お邪魔致します
その時に資料を持って逝くので宜しいですかな?』
相賀は全く聞く耳を持たなかった
「相賀さん‥‥命を狙われてしまうかも知れませんよ?」
『そんなのは構わぬ!
我は康太に貰った命を康太の為に使うと決めておる!』
相賀はそう言い豪快に笑った
そして直ぐに事務所を出ると言い電話を切った
「康太、相賀が来てくれるそうです」
「‥‥なら弥勒に頼まねぇとな」
康太がごちると『相賀の命、我が護り通してやるから安心するが良い』と弥勒の声が部屋に端響き渡った
暫くして相賀和成がハイヤーを飛ばし飛鳥井の家に駆け付けて来た
インターフォンが鳴らされ、榊原はカメラを作動させた
カメラに相賀が映ると榊原は「今開けます」と言い玄関のドアを開けに行った
「お呼び立てして申し訳ありませんでした
まだ危ない状態なのに来て戴いて‥‥」
「気にするでない伴侶殿
で、康太は?」
榊原は相賀を応接間に招き入れた
相賀はソファーに座ると「女優、二階堂亜希の資料に御座います」と言い、康太の前に二階堂亜希の資料を置いた
「二階堂亜希さんの本名を聞きたいとか‥‥どうしてか聞いても良しいですか?」と少し心配そうな声で問い掛けた
うちの事務所の女優が康太に何か気に障る事を言ったのだろうか?
心配になるのだ
康太は相賀を安心させる様に笑って
「二階堂亜希の恋人は知ってるな?相賀」と問い掛けた
「はい。プロ野球選手の新庄高嶺だと聞いております
結婚を視野に入れた交際だと(亜希から)報告されております‥‥
あの事故さえなければ‥‥亜希は間違いなく結婚していた筈だ‥‥
我等は亜希の結婚を心から祝福して盛大な披露宴を開く算段をしておりました」
「その新庄高嶺は今、飛鳥井にいる」
「‥‥‥え?‥‥貴方の家に‥‥お聞かせ戴けますか?」
相賀は真相を聞こうと想った
結婚を間近にして幸せの絶頂にいた亜希だった
それが恋人が事故に巻き込まれ‥‥一方的に結婚を破談にされ‥‥目の前から消えた
連絡を取ろうにも電話は繋がらず‥‥そのうち携帯電話は解約され‥‥
今ではどこにいるかさえ解らない‥‥と。
探偵を雇って調べても‥‥居所さえ掴めないの‥‥憔悴しきった顔で亜希はそう言った
飛鳥井康太が関わっているならば‥‥
完全に新庄高嶺の痕跡を消すのも容易い事‥‥
生半可な探偵では居場所を知るはのは不可能だろう
「亜希は恋人の居場所を必死に探しているのです‥‥」
亜希が不憫で仕方がなく現状を訴えた
なのに康太は無慈悲にも
「亜希にはまだ高嶺の居場所は教えるなよ!」と想いもよらぬ事を言い捨てた
「え‥‥どうして‥‥」
「今教えたら総てがオジャンになるしかねぇかんな」
「君がそう言うなら‥‥教えません」
「運命ならば再び出逢うしかねぇだろ?
どんなに抗っても‥‥離れられねぇ運命ならば‥‥な!」
あぁ‥‥運命ならば‥‥再びあの二人を出逢わせてやってくれ‥‥
相賀が心からそう想った
康太は相賀が持って来た二階堂亜希の経歴が載った資料を手にした
鋭い瞳が一字一句逃さぬ様に文字を追う
そして唇の端を吊り上げてニャッと嗤った
「二階堂亜希の父親は二階堂晃嗣か‥‥
そうか‥‥運命はこんな所で繋がっていたか‥‥やっぱし勝機が流れているのは間違いじゃねぇな‥」
康太は果てを見て確かなモノ手応えを感じていた
相賀は「亜希に逢わせますか?」と問い掛けた
「嫌、良い
下手に警戒されても困るからな真矢さんに頼む事にする」
「そうですか‥‥わしには何も手伝える事はないのか?」
「相賀、来てくれてありがとう
殺し屋に狙われているから最低限の付き合いしかしてなかったから‥‥こうして来てくれて本当に嬉しい」
「信じられない話でした
でもこの業界にも響き渡る程に‥‥飛鳥井康太の暗殺は知れ渡っています
我等は黙って見ているしか出来ない現状が悔しくて堪らなかった
だから何か役に立ちたいと想っておっただけじゃ‥‥」
「相賀‥‥ありがとう」
相賀は頷き‥‥静まり返った飛鳥井の家に‥‥非常事態なのだと思い知らされた
「家族は?」
「還って来てるよ今回は‥‥
危ねぇから避難しろと言っても今回は嫌だと聞いちゃくれなかった
警察や呪術師に護られ日々を暮らしているが‥‥危ねぇ事には変わらねぇ‥‥」
「それでも康太といたい想いは解る‥
わしもどんなに危険でも‥‥康太の役に立ちたいし逢いたい‥‥それで命を落としたとしても後悔などはせぬつもりじゃからな」
「相賀‥‥長生きしろって言ったやんか」
「殺されたとて易々と死んでやる気は毛頭ない!
まだまだ貴方の役に立つ存在でいたいからな!」
相賀はそう言い笑った
康太は苦笑したがもう何も言わなかった
瑛太が鍋の材料を買って帰宅すると、清隆や玲香も帰宅した
家族は久々の客人を知ると
「相賀さん今宵は蟹鍋で飲みましょう!」と誘った
相賀は蟹の甘言に今夜はとことん飲むつもりだと心に決めた
家族は久々の一時を楽しむように宴会に雪崩れ込み酒を酌み交わした
久し振りに飛鳥井の家に楽しい声が響き渡っていた
翌朝、相賀は還って逝った
翌朝から康太は精力的に動き始めた
榊原も撮影に心血を注ぎ込む日々となる
そろそろ反撃に出ねば‥‥と算段を着ける
そんな中、康太は真矢に頼んで二階堂亜希に連絡を取って貰っていた
逢う算段をする
互いに想いを遺しているのは解る
二人は再び愛の炎を燃焼させるだろう‥‥
だが問題は、二階堂亜希と逢ってからだ
二階堂晃嗣
安曇勝也と総裁選を闘う増渕洋三率いる派閥のトップの議員だった
何かにつけて安曇に突っ掛かりネチネチ口撃する姿を見掛けていた
そして二階堂晃嗣こそがアマチュアとプロとの線引きをしている独立リーグの反対派の筆頭の議員だった
アマチュアはプロより劣る
劣る者がプロと同じ活動の場に立つのは烏滸がましい!
そう言い全国規模の独立リーグの立ち上げに反対し認可すら出そうとしなかった
二階堂晃嗣の妨害はそれだけに留まらず‥‥白馬で目を着けていた土地も妨害され白紙になった因縁もある
飛鳥井康太は安曇の“息子”だと周囲に知れ渡っているからこその妨害なのだろうが‥‥
そろそろ我慢の限界を超えそうだった
二階堂亜希に逢い突破口を見いださねば‥‥
野望の塊、二階堂晃嗣が相手では一筋縄には逝かないのは覚悟はしていたが‥‥膠着状態な上に後がなくなった状態となり‥‥
二階堂晃嗣の娘、亜希に望みを託す事にした
真矢と連絡を取り亜希の覚悟を確認した後でなければ‥‥何一つ動けない事を感じていた
康太も不用意に動けぬ時期にいた
殺し屋に命を狙われている状況では、逢いに逝くと謂うのは巻き込んでしまう事になる
だから康太は殺し屋の一件が片付くまで、二階堂亜希に逢いに行けずにいた
康太は殺し屋の騒動が終結して落ち着いた頃
榊原の母、真矢の所へ逢いに来ていた
色々と動けぬ状況があり、榊原の家に迷惑を掛けないように距離を取っていた
だがそれもやっと落ち着き、逢いに逝ったのだ
やっと総てが動きだし、歯車が回り動き始めていたのだった
真矢は撮影現場にまで逢いに来た康太に喜んで迎えてくれた
「義母さん、今日は頼みがあって来ました」
康太は礼儀正しく真矢に頭を下げた
「康太、頭をあげて‥‥逢いに来てくれて嬉しいわ」
「総て‥‥カタは着きました
なので飛鳥井の家に遊びにも来て下さい」
「そうなの?
それは嬉しいわ
で、頼みって、何かしら?」
「義母さんは二階堂亜希と言う女優を知っていますか?」
「‥‥亜希ちゃん?知っているわよ?」
「ならば出逢わせて下さい」
「‥‥事情を聞かせてくれるかしら?
康太が女優と逢いたいなんて‥‥伊織は何かしたのかしら?」
真矢は心配そうに呟いた
榊原は母に「心配無用です!僕も同席しますから!康太を誰かに渡す気は皆無です!」と説明した
真矢は息子らしくて、クスッと笑った
「まぁ伊織ったら‥‥」
「飛鳥井の家に高嶺を預かっているのは知っていますよね?」
そう言われてやっと真矢は康太の意図する事が解った
「‥‥高嶺の為?」
「そうです
先に逝くには‥‥誰かの支えがなくば難しい
総てを無くした人の心は諸刃の剣ですからね」
真矢は高嶺と二階堂亜希との噂は聞いていた
高嶺の母から結婚式には出てね!と謂われていたからだ‥‥
真矢は「解ったわ!愛する息子の頼みは聞いてあげなくてはね!」と言い康太を抱き締めて頭を撫でた
榊原はピキッと怒りマークを額に張り付け
「貴方の息子は僕の筈ですが?」と言い捨てた
「貴方の嫁は私にとっても子供も同然なのですよ!」
真矢は何時も私の愛する息子と康太の事を謂う
真矢の口癖だった
真矢は笑って「何時逢わせたらよいのかしら?」と問い掛けた
康太は「一生が還って来たら高嶺達の居場所はなくなるだろうかんな‥‥
早ければ早い方が助かります」と慎一が還って来た今、後は一生を白馬から還す算段をしている事を明かした
榊原は高嶺の恋人が二階堂亜希だと伝えた
真矢はマスコミを騒がせていたっけ?と思い出していた
康太が高嶺を飛鳥井の家に引き取ってくれた事を聞き、真矢は頼みを聞いてくれた事が嬉しくて堪らなかった
高嶺の母とは女学校時代の友だった
名家に嫁いだが、高嶺を連れて離婚したと聞いて何かと力になってあげたいと想っていた
久しぶりに逢った友は看病疲れで窶れていた
我が子の事を心配し、何もできない現実に助けを求めて来たのだった
真矢は榊原に相談した
榊原に謂えば康太が出て来てくれるかと‥‥頼ったのだった
康太はそんな真矢の願いを聞いてくれた
真矢は嬉しそうに笑って
「慎一も還りました
一生も還りますか‥‥離れ離れに過ごした日々がやっと終わりを告げるのですね」と呟いた
ならば星と高嶺はあの絆を見せ付けられれば居場所はないと想うだろう‥‥
「高嶺はもう選手として生きて逝くのは絶望的だそうです‥‥
アメリカへ逝かせてオペをしたら少しでも希望はないものか‥‥久遠に頼んでいたんだが‥‥野球選手としての生命は既に断たれていると謂われた
ならば第二の人生を用意してやらねぇとな
それが飛鳥井康太のせいで人生を狂わされた者達への償いになればと想っている‥‥」
「‥‥‥康太‥‥高嶺の事故は貴方には関係ないのよ?」
「それが関係あるんですよ
高嶺は“その場に”居合わせただけで‥‥狙いは飛鳥井康太の懐刀、栗田一夫と陣内博司でした
当然、二人も今は治療中の身です
生きてるのが不思議な程だと謂われた程の怪我だった
それは看病してくださった義母さんが一番よく知っていると想います
高嶺は飛鳥井康太のとばっちりで人生を狂わせた
だからオレは高嶺に償いをしてなくてはならないんです」
「‥‥‥康太‥‥」
真矢は言葉もなかった
誰も悪くなんかない‥‥
誰かが悪いんじゃない
悪いとすれば事故をおこした方なのに‥‥
康太は自分が関わって起きた被害者を救おうと動くのだ‥‥
真矢は「解ったわ、今、亜希ちゃんの予定を確かめて直ぐに逢える手筈を整えるわ」と席を立って応接間を出て逝った
康太は携帯電話を取り出すと電話を掛けた
ワンコールで相手が出ると「オレ!」と答えた
本当に何時も想うが良くも「オレ!」で伝わるものだと感心する
『康太、久しぶりだな!
逢いに逝くのも止められて‥‥淋しかった』
「オレも淋しかったぜ!繁雄」
名前を呼んだのを聞いて電話の相手が三木繁雄なのを知る
『それでは御用を聞きましょうか?
貴方がわざわざ掛けて来たんですから、俺を動かしたいのでしょう?
三木繁雄、貴方の為ならどんな頼みでもお聞き致します!』
畏まった言い種に康太は笑って
「そう構えるな繁雄」
『久々に声が掛かったので力が入ってるんだ!そこは見逃しなさい!』
と三木は笑った
それに対して康太は単刀直入に「お前、二階堂晃嗣を知っているか?」と切り出した
『‥‥!!!!この時期に二階堂晃嗣ですか?』
三木は叫んでいた
この時期‥‥と三木が叫んだ様に、政界は今、総裁選挙の真っ只中だった
現総理大臣の安曇勝也と二階堂晃嗣
この二人が対峙しての総裁選挙となった
この時期にその二階堂晃嗣と逢いたいと謂うタイミングを三木が勘繰ったしても‥‥
仕方がないと言うモノだろう
康太は今更ながらにクスッと笑って
「そう謂やぁ総裁選挙の真っ只中だったな」言い放った
『意図はないと?』
「まぁな、然るべき定めだ!」
『‥まさか‥俺に二階堂に関わる仕事をさせるつもりですか?』
「まぁお前が適任だからな
正義だと警戒させるからな」
三木繁雄は飛鳥井家真贋の懐刀だと、周知に知れ渡っているから下手に警戒されるんじゃないか‥‥と三木は想った
『‥‥‥余計警戒されませんか?』
「オレが二階堂に逢いに逝く時、お前はオレの指示を待って動いてくれ
事前に書を渡すからな、それを二階堂の秘書にでも渡してくれ!
そしたら二階堂の方も考えるだろう」
『了解しました!
で、その書は何時取りに伺ったら宜しいですか?』
「慎一に連絡を取れば直ぐに慎一が渡してくれる」
『解りました‥‥これより慎一に連絡を取り行きます
そして指示通り書を二階堂の秘書に渡しに逝きます』
三木はそう言い電話を切った
康太は電話を榊原に渡すと‥‥果てを視ていた
繋がるべき明日を視ていた
「‥‥‥これは‥‥運命でしかねぇな‥‥」
「ですね、総てが繋がっていましたね」
真矢はそう言い強く手を握り合う我が子を見ていた
康太は真矢の存在に気付くと
「義母さん、どうでした?」と問い掛けた
「これから逢ってくれるそうです
彼女がホテルを用意してくれるそうなので、ホテルが取れたら連絡をくれるわ」
「なら着替えに逝くとするか?伊織」
「そうですね、その為にスーツを持って来たのですからね」
榊原が大きな袋を持参で来た理由がそこに在ったのか‥‥と真矢は感心した
康太と榊原は榊原の家にある自分の部屋へと向かい着替えに逝った
康太と榊原はスーツに着替えて部屋を出るとバッタリと笙と出逢った
笙は康太を見るなり康太に飛び付いた
「康太、逢いたかった!」
「笙、元気か?」
「あぁ、元気でやってるよ!」
「明日菜とは仲良くやってるか?」
「勿論!大切な奥さんですから!」
笙が謂うと康太は笑って「伊織、惚気けられたな」と言い笑った
笙は慌てて「惚気じゃないよ!」と否定した
康太は「幸せならないい!これからも幸せにしてやってくれ!」と言い笙の肩を叩いて一階に下りて逝った
応接間に顔を出すと真矢も綺麗に化粧して着物を着ていた
「連絡がありました
これより30分後にホテル・ニューグランドのロビーで待ち合わせとの事です」
康太は頷いた
真矢と榊原と共に外に出て榊原の車に乗り込んだ
榊原は康太を助手席に乗せ、真矢を後部座席に乗ると運転席に乗り込み車を走らせた
比較的空いてる道路に車は順調に走行してホテル・ニューグランドに到着した
車寄せに車を停めるとキーをベルボーイに預けてホテルの中へと入って逝った
ホテルの中へ入ると二階堂亜希が既に待っていた
真矢の姿を見付けると「真矢さん」と声を掛けた
真矢は艶然と笑って「無理言って御免なさいね!」と女優の顔でそう言った
二階堂亜希はフロントに向かいキーを貰うと、案内は丁重に断り
「それでは逝きましょうか?」と声を掛けた
フロントを離れて部屋に向かおうとすると
「康太様、お久しぶりに御座います」と声が掛かった
康太は振り返ると声の主に
「ご無沙汰だったな副社長」と返した
「今日はお泊まりに御座いますか?」
「違う、待ち合わせをしてたからな、これから部屋で話をするだけだ」
「そうでしたか、ではご迷惑でないのであれば、お部屋の方にお茶を差し入れさせて戴きますが?」
「良いのか?」
「はい。貴方に喜んで貰えるのが私のホテルマン人生の総てですから!」
「近いうちに部屋を用意して貰わねぇとならなくなる」
「何時でも御用意致しますとも!
貴方は何時でも気軽に申し付けて下さるだけで良いのです」
「ありがとう」
「帰られる時にお声をお掛け下さい
ティータイム(お茶一杯の)の時間を下さい」
「あぁ、帰る時に声を掛けるわ」
康太がそう謂うと副社長は深々と頭を下げて見送った
二階堂亜希は何者?と戦々恐々としながらも、真矢達と共に部屋へと向かった
部屋は話し合うには充分の広さだった
部屋の中に入るとドアがノックされた
榊原はドアを開けに逝くと給仕が立っていた
副社長からのサービスだった
給仕はお茶と茶菓子をそれぞれの前に置くと、部屋を出て逝った
二階堂亜希は給仕が出て逝くと、真矢に誰なのか?尋ねた
「私の愛する息子達よ!」
真矢はそう言い康太を抱き締めた
榊原は貴方の息子は僕なのですが?と想ったが堪えていた
二階堂亜希は「息子さん?」と呟いた
康太は真矢から離れると二階堂亜希をジーッと視た
そして単刀直入に「二階堂亜希、お前は今も新庄高嶺を愛しているか?」と問い掛けた
二階堂亜希は驚愕の瞳を康太に向けた
総てを曝け出させ嘘はお見通しだと謂わんばかりの瞳に‥‥亜希は観念するしかなかった
「‥‥はい。愛してます」
「なら単刀直入に謂おう!
お前は高嶺を支えて生きて逝け!」
その言葉に視界が明るく輝き‥‥目の前が一気に広がって逝く様に感じていた
「‥‥でも‥‥あの人はそれを望まない‥‥」
‥‥現実はそんなに簡単じゃない‥‥
「望もうが望まなかろうが関係ねぇんじゃねぇのか?
お前が後悔していないのか?後悔しているのか?だろ?
悔いを遺しての別れは何時までもお前をそこに留めて先へは逝かせてはくれねぇぜ?」
図星だった
今もあの日‥‥高嶺の謂う別れを承知しなければ良かったのに‥‥と悔やんでいた
その思いは常に自分の中に在って‥‥
想いを留めていたのだ
「‥‥私は‥‥どうすれば良かったんですか?」
亜希は呟いていた
「どうしたって壁にぶち当たるなら、後悔しない方を選べば良かったんだとしか言えねぇな
絶望の中にいる人間を支えるって謂うのは至難の技だ
聞く耳を持たねぇ奴には何を言っても聞いてはもらえねぇからな
だから何が正解だとはオレには謂えねぇが‥‥
後悔する位なら玉砕覚悟でやれる総てを懸ければ良かったんだよ」
康太の言葉が胸に染み込んで‥‥
心の壁を取っ払って逝った
「‥‥本当に‥‥玉砕覚悟でブッ倒してやれば良かった」
「ならさ、今からブッ倒してやる気はあるか?」
「え?‥‥」
「新庄高嶺の手をもう一度掴む気はあるか?と聞いている」
亜希は康太の瞳を射抜いて真っ直ぐに見た
「ある!」
「辛い事ばかりかも知れねぇぞ?」
「あぁ、それでも後悔するよりはいい
そうだろ?」
「相手は無職だぜ?それでも背負えるのか?」
「私が稼げる時は稼いで食わしてやろう!
アイツが一人で立てる様になったら楽させて貰うさ!」
その顔は晴れやかに輝いていた
「高嶺にもう一度、野球に携わる仕事をさせてやりてぇ
それにはお前の父親にも動いて欲しいんだが?
親父を動かせれるか?」
「親父を?それはどうだろ?
今、アイツは総裁選挙の事しか頭にないだろ?」
「その総裁選挙だけどな、アイツは一度身を引いた方が今後の政局の要になれるんだけどな」
「アイツは目先の損得しか目に入らないからな
自分の得になるならば娘だって‥‥武器にしようとする鬼畜だ
私は父に利用される気はなかったからな政略結婚の出汁に使われる前に家を出た」
「お前の瞳には‥‥いい父親には映っていねぇんだな‥‥」
「私は父は大嫌いだ
そんな父に従っている母も好きではない」
「‥‥‥高嶺同様、おめぇも真実を何一つ視ていねぇんだな‥‥
先入観を棄てて、その瞳に両親の本音を映し出しても良いと想うぞ?」
「それは不可能に近い‥‥」
「‥‥‥まぁ親の事は嫌でも視るしかねぇからな
今は何も言わねぇが、高嶺とはこの先一生を共にしても良いと謂うんだな?」
「あぁ、私の想いは変わってはいない」
「ならさ、飛鳥井の家を出る高嶺を支えて共に逝ってくれねぇか?」
「願ってもない事だ!
高嶺の一人くらい背負って逝ってやる」
男前な発言に康太は笑った
康太は榊原を見て「何とかなりそうだな」と言葉にした
榊原は康太を引き寄せて「ええ‥‥後は高嶺ですね
まぁ高嶺が動かないのなら、蹴りあげて発破をかけてあげます
亜希さん共に蹴りあげる事にしましょう」と亜希に話をふった
亜希は「榊原伊織?」と問い掛けた
結婚式の招待客リストに載っていた名前だった
親族席に入れてあるから身内なの?と聞いた事があった
親族よりも親身になってくれる人達だ
身内はそっぽ向いて助けてもくれなかったが、母の友達だけは精一杯の事をしてくれた
母を励まし支えてくれたのは榊原真矢と言う女優さんなんだ!と高嶺は言った
あぁ、何で解らなかったんだろう?
榊原清四郎、榊原真矢、榊原伊織‥‥結婚式の招待客リストに名前を連ねていた人達なのに‥‥
榊原は「はい。僕が母の息子の伊織です」と答えた
亜希は「え?‥‥」なら‥‥私の愛する息子と謂うその子は?‥‥
亜希は怖くて聞けなかった
真矢は笑って康太を抱き締めて
「私の愛する息子よ!」と答えた
聞いちゃダメそうな気配を感じる
聞かないでおこう‥‥
そうしよう‥‥
亜希がそう結論に至るのを見透かした様に
榊原は母から康太を奪い返した
そして膝の上に乗せて大切そうに抱き締めた
真矢は「本当に伊織はケチね」とボヤいた
「勿体ないですから!」と笑って答えた
その姿は何処から見ても親子だった
康太は亜希に静かに話し出した
「オレには6人の子供がいる
そのうちの三人の子が真矢さんが生んでくれた子なんだ!
真矢さんは我が子の為に子を成してこの世に産み落としてオレに託してくれた人なんだ」
康太が謂うと榊原は優しく康太の額に接吻けを落とし
「それとなく解りますよね?
僕と康太はマスコミに騒がれていた事もありますから‥‥」
榊 清四郎と榊原真矢の次男はゲイで、飛鳥井康太と事実婚とも言える生活を飛鳥井の家で送っている‥‥と言うスキャンダルが出た事があった
亜希はそれを思い出していた
亜希はコクッと頷いた
「僕の愛する人は同じ性を持つ存在だけど、恥じはしない!
僕は妻を愛していますから!」
世間の風は冷たいだろうに‥‥榊原は堂々とそう言った
羨ましいと想った
その潔さ
その生き方に‥‥羨ましささえ感じていた
私も‥‥あの人を恥じる事なく愛していた
何時かあの人の妻になる日を夢見ていた
愛しているのだ
昔も今も‥‥‥
愛している
愛している
その想いはちっとも消えてなんかいなかった
亜希は康太を見た
「私と高嶺の間には何一つ障害なんてないじゃない!」
愛しているなら籍を入れればいい
世間に堂々と公表して夫婦になれるのだから‥‥
「良い顔してるじゃんか!」
「高嶺に逢わせて!
アイツに逢ったならもう離してやらないんだから!」
「そうだ!掴んだ手は絶対に離すなよ
愛していて離れるなんて愚か者する事だ
手の届く範囲にいるなら‥‥
その温もりを感じていられるなら、絶対に離すんじゃねぇぞ!」
「はい!」
「愛は日々育てて逝かねぇと枯れてしまうんだ
二人の愛を育てて逝け!」
「受けて立つとも!」
何処までも男前な女性だった
「取り敢えず高嶺のサポート面は亜希に任せて
後は生き甲斐となる人生の部分だな‥‥」
「‥‥ですね」
「そろそろ繁雄から返事が来るかな?」
康太が謂うと榊原は胸ポケットから携帯を取り出して康太の手に乗せた
「良い返事だと良いですね」
「‥‥‥総裁選挙真っ只中なのがネックなんだよな?」
「そうですね
敵対している陣営と逢うのは難しいでしょうね」
「だよな‥‥」
「でも大丈夫です
慎一が君の書いた書を繁雄に渡したのなら、返事は必ず来る筈です」
君が飛鳥井家真贋であるなら無理は絶対に出来ないのだから‥‥と榊原は言った
榊原は康太を膝の上から下ろして、ソファーに座らせると近くの鞄を取り書類を取り出した
それを亜希に手渡した
亜希はそれを受け取り「これは?」と問い掛けた
「貴方にして戴く事です
貴方は既に歯車の一つに過ぎない
1つでも歯車が噛み合わなければ回らないのです!
その書類を見て答えを聞かせて下さい
直ぐでなくて構いません!
飛鳥井康太が動くと謂う事は嵐が来ます
大海原を乗り切れない者は、そこで終わります
そうなりたくないのならば、踏ん張りなさい!
貴方はとんでもない人間を動かしてしまったのです
飛鳥井康太が動けば無傷では終われないでしょう
だが一つだけ謂えるのは、踏ん張れば先に未来が見えるであろう確かな果てです
それを掴みたいのであれば君も荒れ狂う大海原に共に逝くしかないのです」
目の前で‥‥とてつもない運命が動き出そうとしていた
その運命は回りを巻き込み‥‥
広がって逝くだろう
「覚悟から出来ております!
考えるまでもなく私も駒の一つとして寸分違わず動く所存です」
亜希はそう言い深々と頭を下げた
迫り来るハリケーンから逃れる術なんて持ち合わせていない
巨大なハリケーンは総ての膿を出しきるまで唸り吹き荒れるだろう
ならば己もその大海原の中に身を投じ
踏ん張ってみようと想った
康太は亜希の覚悟の瞳を受け取り
「話は終わりだ!」と果てを見て言った
回り出した歯車はもう誰にも止められはしなかった
亜希との話を終えてフロントに向かうと、副社長からお茶に誘われた
康太と榊原と真矢は亜希と別れ、副社長の部屋へと招かれた
副社長自ら紅茶を淹れ、美味しそうなケーキを皆の前に置いた
副社長は紅茶に口をつけ味わうとティーカップを置いて康太を見た
「康太様はオリンピック開発事業を何処まで知っておいでですか?」
「開催地に近いこの街も特例ではなく、開発構想に入ってて住民を無視した開発プロジェクトが持ち上がっている事くらいだな」
副社長の謂わんとする事をズバリと言ってみせた
「この近くにモノレールを通すと言う案も出ています
モノレールで会場まで行き来する
ホテルの入り口までモノレールが止まる
それも総てオリンピックでの観光客を見込んでの構想です
その流れに乗った客を横浜まで足を伸ばさせようと必死に集客率を上げようと算段した陣営が押しきる様に進めている‥‥と。」
そうすれば‥‥横浜の本来の外観が壊れる‥‥
開発を推奨する派と推奨反対派と対立は免れない構図となっていた
推進派に二階堂高嗣の名前を頭に浮かべ
「そう言う事か‥‥総ては繋がりし理なりだな伊織」
「ですね」
「副社長、堂島正義が部屋を取りに来たら最高に良い部屋を頼む!
この街がちゃんと美しく見える部屋を頼む」
「畏まりました!
私はこの街を愛しております
この街が変わるのは仕方がない事だと想っておりますが‥‥過度の変化は必要ないと想うのです」
副社長は窓の外を眺めてそう言った
窓の外には美しい横浜の外観が映し出されていた
「住民を無視した開発は廃るのも早い
それで見向きもされなくなった街も‥‥多いからな
この街はそうならねぇ様に未来に生きる者達に、(あの大人達は)誇りまで捨てたのか‥‥と謂わせねぇ為に踏ん張らねぇとな」
「そうですね
街は人と共に発展するものです
虚勢の富を誇示しようとしても、そこで生きる者には無益なお祭り騒ぎにしかならないですからね‥‥」
「やはりキーは二階堂高嗣か‥‥」
康太が呟くと同時に携帯がけたたましく鳴り響いた
康太は「失礼!」と謂い電話に出て
「繁雄か?どうなったよ?」
『慎一に連絡して預かっていると言う『書』を受け取り、二階堂高嗣の秘書に渡しました
すると直ぐ様『即座に動きます』と連絡が入りました』
「そうか、なら正義と調整を取って動いてくれ」
『了解!』
「ホテル・ニューグランドの副社長には堂嶋正義が部屋を取りに来たら最高に良い部屋を用意してくれ!と頼んでおいた!
だから部屋は取りやすくしておいてやったぞ?」
『正義に言っておきます
でさが‥貴方が取っておいて下さっても宜しいのに‥‥』
そこまでしてくれるなら部屋を取っておいてくれても良いだろうに‥‥と三木は呟いた
「部屋を取るのは正義じゃなきゃダメなんだよ!
お前等が無益な開発構想を反対するのなら、そこに住む街の美しさを知るべきだろうが!」
『‥‥‥そう言う事なのですね
解りました!ホテルまで足を運んで最高に美しい景観の部屋を取るように言っておきます
俺が見ても納得の部屋を選びたいと想います』
「最高の舞台を頼むな繁雄
この勝負は結婚をかけたカップルの今後の人生にも影響して来るかんな‥‥」
‥‥‥え?‥‥それは大役ではないですか‥‥
康太は笑って
「総ては決められし理だ繁雄
これよりオレが起こすハリケーンの最大級の嵐の中へと突入する事となる!
もう誰も途中下車は許されねぇ檀上へと強制参加となる
吹き荒れて狂う嵐は既に始まっている」
三木は息を潜めて‥‥覚悟を決めた
飛鳥井康太が動くならば嵐は巻き起こる
知っていた筈だ
彼の起こすハリケーン級の嵐を幾度も目撃して来た筈じゃないか‥‥
『康太、覚悟も命も俺はお前と共に在る!』
引き返す道なんて元よりない‥‥と三木は覚悟を決めていた
「んじゃド派手にやるとするか!
風が静まった時、膿は総て吐き出される筈だ」
『俺はお前と共に動ける事が嬉しくて堪らない
お前の役に立てると想う事こそが誇りだ!』
「これが片付いたら一緒に飲もうな!」
『あぁ‥‥目の前に人参を吊るされたなら突き進むしなねぇな』
「んじゃ正義が部屋が取ったら連絡してくれ!」
『了解した!ではまた』
康太は電話を切った
そして果てを視て‥‥
「盤上に駒は総て配置された‥‥」と呟いた
榊原はにこやかに「それでは副社長、堂嶋の事を宜しくお願いします」と謂い立ち上がった
榊原は康太に手を差し出すと、康太はその手を確りと掴んで立ち上がった
真矢も立ち上がると康太は副社長に背を向けた
そして後ろ手にヒラヒラと手を降り還って逝った
副社長はその姿を見送り‥
康太様、今日の貴方は嵐を呼び起こすお背中をしておいででしたな
と呟いた
彼は何時も糺す為にいる
適材適所、配置するが為に彼は動く
これが間違った配置ならば‥‥
彼は必ずや糺してくれると信じて‥‥
彼は深々と頭を下げた
城之内星が飛鳥井の家を出て逝った
飛鳥井の家には一生も還って来ていた
仲間が揃った今、高嶺の居場所はないと感じていた
そんな頃、康太にホテルに呼び出された
「高嶺、そろそろ先の事を話そうか?」
そう切り出され高嶺は息を飲み込んだ
高嶺は「飛鳥井の家を出て逝けば良い、それだけでしょ?」と何を今更‥‥と想った
「それでは何一つ解決はしてねぇんだよ!
お前が進むべき明日へ繋げられねぇなら、お前の果ては屍も同然になるしかねぇんだよ」
屍‥‥まさに‥‥果てを視られる者の言葉だった
「‥‥俺に‥‥何を望みますか?」
「オレはおめぇの幸せしか望んでねぇよ!
そのままこの家を出て逝っても、おめぇは絶望の中から抜け出せねぇじゃねぇかよ」
図星過ぎて言葉がなかった
「おめぇの逝く道は決まっているんだよ!
星を果てへと送り出した様に、おめぇも果てへと送り出してやる!」
「‥‥‥康太‥‥」
高嶺は言葉もなかった
康太の謂う果てがどういうモノなのかは知らない
だけどそこへ逝ったって‥‥
無くしたモノは手には入らない‥‥
俯く高嶺をジーッと視て康太は
「随分、体躯が出来て来たじゃん!」と言葉にした
康太は高嶺に子供達のスイミングスクールへと送り迎えを頼んだ
そして高嶺も一緒に子供達が学んでいる間は、基礎体力を着ける為に訓練すると良い
そう言い子供達と共にスイミングスクールへと通い始めた
鈍っていた体躯は直ぐに悲鳴をあげ‥‥
こんなにも自分は‥‥柔くなっていたんだ‥と自覚をした
その日から慎一と共にマラソンに出掛け、体力作りに精を出していた
ある程度体力が着くと、今度はスポーツジムへと榊原に誘われた
そこで体躯を鍛え上げて鍛練を積み重ねて逝った
現役の当時には程遠いが、結構筋力も着いて来ていた
康太は高嶺に書類を手渡した
「これは?」
「見てみれば解る
この為に結構大変な目に遭ってきたかんな」
‥‥‥?何の事やら高嶺には解らなかった
書類を出して目を遣ると、そこには‥‥
「‥‥‥独立リーグのコーチ‥‥ですか?」
高嶺は驚いて呟いた
「あぁ、取り敢えず関東近郊のチームと独立リーグの契約を結びリーグを立ち上げてみた
そこでお前は選手を育てて逝け!
独立リーグに留まるんじゃなくプロへの足掛かりになれる選手を育てて、自分が叶えられなかった夢を紡いで逝って貰いたい
本当なら‥‥お前のその腕を‥‥元に戻してやりたかった
だけどそれは無理みてぇだからな‥‥」
康太は苦しそうに言葉にした
康太が悪い訳ではないのに‥‥
何でこの人はこんなにも道を示してくれるのだろう???
「‥‥コーチなんて俺は出来ませんよ?」
「グランドに立てばお前の血は滾る
選手として立てない無念を感じるだろう‥‥
だけどお前の夢は潰えてはいねぇ‥‥
選手としての夢は叶えられねぇが、お前の魂を受け継いだ選手を育てて逝く事は出来るだろう
何の経験もないおめぇをコーチとして雇うのは球団側としても賭けだ
その賭けに勝つも負けるも‥総てお前次第だ
試合を放棄するのも敢闘を続けるのもお前の意思次第だ
オレはお前の果てを用意してやった
それだけだ‥‥」
「‥‥‥俺の果て‥‥‥」
高嶺は呟いた
選手生命を断たれた時に自分の将来は放棄したも同然となっていた
将来の事など考えていなかった
愛する人を手放して‥‥
人生を手放して‥‥
絶望の中は真っ暗で‥‥何も考えてなんかいなかった
将来を考える
俺の人生は終わってはいなかったと謂うのか?
終わってはいなかったと謂うのなら‥‥
俺はどうやって生きて逝けば良いんだ?
何も解らない
目の前が真っ暗になった
足元がグラグラと崩れ出す感覚に‥‥ソファーを想いっきり掴んだ
怖い‥‥
怖い‥‥
怖い!!!!
高嶺は初めて‥‥怖さを感じていた
「高嶺」
康太は静かに高嶺の名を呼んだ
「はい‥‥」
「今も愛している?」
誰の事を言ってるのか?
康太の瞳には総てお見通しなのだろう‥‥
「‥‥‥離してやる事こそが‥‥俺の出来る最大限の愛でした‥‥」
「馬鹿だなお前は‥‥
寄り掛かる選択肢もあっただろうに‥‥」
離れる事こそが愛だと‥‥共に逝く事を拒絶し別れた
想いは残し‥‥
愛を残し‥‥
無理矢理意識を遠ざけようと‥‥離れた
高嶺は知らないうちに泣いていた
静かに涙を流していた
視界がボヤけて何だろう?と頬に触れ‥‥
やっと自分が泣いているのを知った
愛しているのだ
今も心が叫びたくなる程に‥‥愛しているのだ
「彼女はこんなになった俺でも捨てる事はしない‥‥それが解るから‥‥彼女に寄り掛かってはダメだと想った‥‥
こんな将来のない男など‥‥彼女に相応しくなんかい!」
「ちゃんと話し合うべきだったんだ高嶺」
「‥‥‥え?‥‥‥」
高嶺は涙で揺れた視界の先の康太を見た
「話し合って納得した別れなら、悔いなんて遺していねぇんだよ」
そうだ‥‥
全くその通りだ‥‥
ちゃんと自分の想いを口にすれば良かったのだ
想いに耽っている高嶺とは裏腹に康太はケロッと真髄をズブズブ突いて来ていた
「お前の為に今回オレは結構無理を通したんだ
政治的介入を蹴散らし
根回しと莫大な資産の投入
腹筒み叩きまくる狸親父との攻防戦の果てに勝ち取った未来だ!
総てはお前にかかっていやがるんだ!
悩む暇に働きやがれ!
んで、オレに還しやがれ!」
焦れったくて康太が叫ぶと榊原が康太を抱き締めた
「今回、本当に君は頑張りました
御褒美はちゃんとあげたでしょ?」
康太の首には今も生々しい紅い花が見え隠れしていた
何だか生々しい会話に高嶺はいたたまれなくなった
康太は榊原を睨み付けた
榊原はしれっと笑っていた
「さてと、高嶺、悔いは日にちが経つ程に未練となる
未練は残りの人生を費やして杭を打ち続けるだろう
だから話し合え!
そしたら答えは見えて来る筈だ!」
康太がそう言うと榊原は立ちあがりドアへと向かった
そして来客を迎え入れると「高嶺」と名を呼んだ
顔を上げた高嶺は唖然とした
康太は立ちあがり
「と謂う事で話し合え!」と謂い榊原と共に部屋を出て逝った
高嶺は言葉もなく‥‥俯くしか出来なかった
部屋に通されたのは別れた恋人の二階堂亜希だった
亜希は高嶺に「座っても宜しいかしら?」と問い掛けた
高嶺は「どうぞ。」と謂い固まった
前のソファーに座るのかと想っていると、亜希は高嶺の隣の席に座った
そして高嶺の手を掴んだ
「君はさ直ぐに本音を隠すからな!」
そう笑い手を掴む姿は‥‥別れた時のまま‥‥
いや、別れた時よりも美しくなった
高嶺は降参するしかなかった
亜希は本題にさっさと入った
「高嶺」
「何?」
「お前さぁ、何で私と別れたのよ?」
「‥‥君は了解してくれたよね?」
「お前が聞く耳を持っていなかったからな
総てを拒絶している人間に謂う言葉は見つからなかった‥‥
だけど‥‥それは逃げだった
私は怖かったのだと想う
変わってしまった高嶺との明日が不安だったのだと想う
何を言ったら貴方が明日を向いてくれるのか解らなかった‥‥
私は逃げたんだよ高嶺
貴方との明日を‥‥手放してしまったんだよ」
本音で語る
そんな彼女の本音が聞けて良かったと高嶺は想った
だったら自分も真摯でなくてはフェアではないと感じていた
「‥‥‥俺は‥‥総てを失って絶望の中にいた‥‥こんな絶望しかない自分の人生を背負わせるのは忍びなかった
と謂うのは建前だ‥‥俺は怖かったんだと想う
野球選手として生きて来た総てを失った俺が‥‥お前の隣にいて良いのか‥‥
そればかり考えていた
輝かしい道を逝くお前と‥もう光在る道には逝けない自分‥‥
共にいても‥‥何時か自分が重荷になるしかないのなら‥‥早目に手放そう
そうした方が傷は浅い‥‥そう考えて君と別れた‥‥
結構俺は‥‥セコい奴なんだ」
「貴方のそんな一面、私は見ようとはしなかった
貴方は何時も格好よくて‥‥弱音なんて聞かせてくれる人じゃなかったからね
最初はそれで謂いと想っていたの
何時か貴方が総てを委ねてくれた時、貴方の本音を聞かせてくれるなら‥‥それで謂いと想っていたの」
亜希は綺麗な笑みで高嶺を見ていた
こんな顔‥‥交際中には見せてくれなかったのに‥‥
「俺は‥‥別れるしかないと思っていた
釣り合わないからな‥‥」
「釣り合いって何?」
「‥‥‥無職の‥‥障害者を背負わせる訳にはいかないと想っていた‥‥」
「確かにね、あの時君を背負うのは無理だった
私は別れる気はなかった
貴方が働けないのなら私が養えば良い
そう考えていたからね!
でもそれだと貴方のプライドを傷付ける‥‥
だから引くしか出来なかった
でもね、後悔ばかりしていた
あの時、貴方の手を離さなきゃ良かった‥‥
そう考えて後悔ばかりしていた
あの日‥何故私は貴方の手を離してしまったんだろう‥‥
未練たらっしく‥‥考えてばかりいたの
だからもう後悔なんてしたくないの!」
「‥‥‥俺も‥‥後悔ばかりしていた
何でああなったんだろ?
君と別れるしか方法はなかったのかな?
幾度も幾度も考えて‥‥後悔ばかりしていた
だからもう後悔はしたくない」
「ならば謂おう!
好きです生涯の伴侶になって下さい!」
謂おうとしていた事を先に謂われて高嶺は唖然とした
「君が謂うのか?」
「お前が謂わないからな、謂ってやるのさ!
これより生涯、共に生きてくれないか?」
高嶺は亜希を引き寄せて強く抱き締めた
「男前過ぎだろ?お前‥‥」
「嫌いか?」
「好きだよ!愛しているよ!」
この想いは何一つ変わってはいない
それどころか離れて互いを想った分強く深くなった
「私も好きだ愛しているぞ!」
「きっとお前の収入の半分もいかない情けない奴だけど‥それでもお前を愛する気持ちだけは誰にも負けてはいない‥‥そんな男だけど‥傍にいさせてくれないか?」
「願ってもない事よ!
収入は気にするな!
稼げる奴が稼げば良い
私が落ち目な女優になったらお前が食わしてくれれば良い
私は女優を止める気は皆無だからな
それを許してくれる奴は大変貴重な存在なのだ!」
「君は女優でいれば良い
天職な仕事を授かったんだから‥‥その分夫の出来が少し悪くて帳尻合わせになるか」
「愛があれば殆どの事はなんとかなる
愛が潰えた時の方が厄介になるんだと康太が教えてくれた
だから愛し合えるうちはガンガン押し進めば良いらしいぞ!
そして今宵、私はお前の子を孕むらしいぞ?
だから私を抱け!
そしたら私もお前を抱き締めてやろう」
高嶺は立ち上がると亜希を抱き上げた
「俺を‥‥抱き締めてくれ‥‥
そしたら子を孕む位お前の中に俺の愛を注ぎ込もう」
「お前、それ言ってて恥ずかしくないか?」
「恥ずかしいよ!
俺は役者じゃないから台詞なんて吐けないに決まってるじゃないか!」
「どんな言葉(台詞)よりお前の言葉は私を熱くしてくれる‥‥」
「‥‥お前‥‥本当に女優だよな?」
「そうか?」
「こんなに俺を狂わせてどうしてくれるんだよ!」
「それより高嶺、私を抱き上げたりして腕は大丈夫なのか?」
「お前と別れて幾度となくオペをした
世界に名だたる名医にオペをして貰った
だからな俺の手は選手にはなれなかったが、お前を抱き上げる位、平気になったのさ」
「そうか、では期待できるってモノだな」
高嶺は顔を赤くした
なにを期待なさるのですか?亜希さ~ん
「初い奴だなお前」
「あぁ、もう黙れ!」
高嶺は亜希をベッドに放り投げた
「妻を放り投げるとは‥ぞんざいな奴だ」
「本当に君‥‥交際中はこんな性格じゃなかった気がするんですけど?」
「お前に一度捨てられたからな‥‥」
それで少し性格が捩れたのだと亜希は言った
「この性格を知っていたら‥‥俺は一緒に地獄に堕ちてくれ‥‥と頼んでいたのに‥‥」
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