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第59話 跳梁跋扈
その日康太と榊原、隼人に聡一郎は二階堂晃嗣の指定したホテルに向かっていた
ホテルのロビーで新庄高嶺とその妻、二階堂亜希と合流して共に二階堂晃嗣の待つ部屋へと向かう事になっていた
この日康太は黒いスーツを着ていた
それに合わせて榊原や聡一郎、隼人も黒いスーツを着用していた
ホテルに着くと康太はサングラスをはめた
それに合わせて榊原、聡一郎、隼人もサングラスをはめていた
パッと見‥‥どこぞのギャングばりの威力があってロビーには緊張感が走った
高嶺は慣れているのか康太を見付けると
「康太さん此処です!」と手を上げて居場所を伝えた
亜希は‥‥どこぞのギャングよ‥‥と想いつつリラックスしているのを感じていた
亜希は康太の前に一歩出ると深々と頭を下げ
「今日は宜しくお願い致します!」と挨拶をした
康太は何も言わず頷いた
高嶺が片手を上げるとベルボーイがやって来て「お部屋にご案内致します!」と言いエレベーターのボタンを押した
エレベーターの中で亜希は
「その出で立ちは?」と間が持たず問い掛けた
「ホテル内にもし知り合いがいたとしても、声を掛けるなと謂う合図だ!」
今は声を掛けられても話している余裕などない!と謂う表現だったのか‥‥と亜希は感心した
エレベーターは最上階で止り、最奥の部屋へと案内された
ドアをノックすると「入れ!」との声が掛かった
その声を合図にドアが開けられた
ドアを開けたのは亜希の母、光代だった
「どうぞ!お父様がお待ちです」
亜希と高嶺は部屋に招かれ部屋に入った
亜希がドアを開いたまま康太達を招き入れると光代は「何方なの?」と尋ねた
その言葉に亜希は答えなかった
部屋に入ると亜希は父の待つ応接間を目指した
光代は慌てて亜希を追った
「お父様、お久しぶりに御座います」
亜希は晃嗣を見据えて声を掛けた
二階堂晃嗣は亜希に目を遣り‥‥その後ろの不審者を見て
「招いてはおらぬが?飛鳥井の者よ!」と言葉にした
康太は二階堂晃嗣を見据えて嗤った
「オレが来るのは百も承知なんじゃねぇのかよ?二階堂晃嗣!」
「そろそろ来るかとは想っておった
総裁選真っ只中だからのぉ」
「別にオレは総裁選になんぞ興味はねぇ話だが?」
「何故じゃ?お主は安曇の“息子”なのではないのか?」
康太はサングラスを外すとソファーにドカッと座った
その横に榊原が座り聡一郎と隼人は二人の後ろに立った
亜希は高嶺を空いてるソファーに座らせ、その横に腰を下ろした
「オレは適材適所配置するが役目!
オレの存在は歪みを正し正しい場所に配置する事だ
安曇勝也の総裁選には興味もねぇよ!
勝也は後一期総理をやるのが運命!
それは覆えらねぇ運命だかんな!」
その言葉に二階堂晃嗣は不愉快な顔をして
「安曇が総理をするのは運命だと?
笑止千万!アイツには次はない!」
「次がねぇのはおめぇだ!二階堂晃嗣」
康太は冷ややかな笑みを浮かべてそう言った
二階堂晃嗣は顔色を変えて康太を見た
「遣りすぎだ二階堂晃嗣!
矢面に立たされた傀儡として、何れ歪みが出来て屋台骨を揺るがす事になる!
それを一番承知しているのはお前じゃねぇのか?」
康太の言葉に二階堂晃嗣は沈黙した
そして射抜かれる瞳を見て、諦めた様な顔をした
「その瞳には総てお見通しか‥‥‥」
「何故解ってて担ぎ出された?」
「‥‥愚かな奴だとお想いか?」
「いいや、そうは思わねぇよ
だがな今正さねぇとお前は政治家として消えるしかねぇ‥‥
解っているんだろ?
総ての責任を押し付けられお前は責任を取るしか道はなくなる‥‥」
二階堂晃嗣は苦悩に満ちた瞳で康太を見た
「飛鳥井家真贋にお聞き申す‥‥我の政治家としての命は‥‥まだ残っておりますか?
残っているのなら筋を通さねばならぬ‥‥」
初めて国政に出た時の想いは今も胸に輝いている
輝いているからこそ‥‥己の引き際は弁えていた
「お前一人ケジメを取ったって割りが合わねぇ‥‥
それを知っててオレに聞くのか?」
「はい!‥‥‥我は引き際は弁えております‥‥
こうなる時の為に‥‥我が子に火の粉が掛からぬ様に然るべき所へ嫁がせた‥‥」
「一人息子を婿に出したのも‥‥我が子に火の粉が逝かぬ為か‥‥
財閥に嫁がせれば誰も手出しは出せねぇもんな」
康太の言葉に亜希は驚愕の瞳で父を見た
己の利益を優先しての政略結婚だと想っていたからだ‥‥‥
「政治家として生きるのは我の代で終わりで良い‥‥」
父の覚悟を目にして亜希は涙が止まらなかった
康太は二階堂晃嗣を射抜くとニカッと嗤って
「今、おめぇの岐路は繋がった‥‥」と言葉にした
二階堂は「え?‥‥」と躊躇した瞳を康太に向けた
「二階堂晃嗣、おめぇは覚悟を決めた
その瞬間、その命は決断を迎えた
おめぇは岐路に立たされていたんだよ!
恩義に焼かれるか牙を剥くか‥‥
おめぇの道は死か生かどちらかに逝くしかなかった
だが選んだんだよ!
生きて我が子を護ると魂に灯をともしたんだよ!」
二階堂は目頭を片手で覆った
「我が子を案じぬ親などおりませぬ‥‥」
「だからな二階堂、おめぇは逝くしかねぇんだ!
例えその道が棘の道だろうがな!」
「とうに‥‥覚悟は出来ております」
「ならば、おめぇは今日、この時より安曇勝也に下れ!」
無茶ぶりも良い所である
そんな所業‥‥誰も許す筈などない‥‥
なのに康太は言葉を続けた
「おめぇは勝也に下った後、勝也の左腕となり動け!
そして勝也が総理の任期を終えた時、お前が総理になれ!
そして総理の座を堂嶋正義に譲れ!
絶対に総理の席を守り通せ!
それがおめぇの遺された定めだ!
おめぇが総理の間は堂嶋は全力でお前をサポートするだろう!
おめぇは“正義”を掲げて弱者を救う為に政治家になったんだろ?
なれば最期は初志を貫徹しろよ!」
目から鱗が転げ落ちたかの様に‥‥視界がスッキリとしたかの様に感じていた
皆の代表として国政に出る!と夢を見て国会に出向いた日もあった
何時から保身を考え‥守りに入ってしまっていたのか‥‥
二階堂晃嗣は真っ直ぐ康太を見た
そして「承知致し申した!総て貴方の想いのままに動きましょう!」と言いおき背筋を正した
その言葉に胸を撫で下ろしつつも、問題はまだ残っているのだ
康太は「話はそれだけではねぇんだよ」と続けた
「続けて良いか?」
「はい!どうぞ!」
「アマチュアのリーグをプロの予備リーグとして活動する事に許可が欲しい
新庄高嶺をアマチュア野球チームのコーチに任命した
行く行くは監督になり実績を上げて行く
アマチームはその踏み台みてぇなモノだ
果てはプロ野球の監督まで引き上げるつもりだ
だからこそ今後の為にも今活躍の場を作らねば高嶺は埋もれてしまう
それはさせたくねぇんだよ
全国規模の独立リーグの擁立された後、成績を残した者へのプロへの登用やトライアウト、そしてスカウトを受ける権利を承認して貰いたい
プロへの道は開かれるべきだ
多くの者に挑戦する権利を与えるべきだ
チャンスは万人に与えて然るべきだ
それを踏まえて考えて貰いたい」
「真贋‥‥それを阻んでいるのは我ではない」
「え?‥‥」
「誰とは謂えぬが‥‥今の倭の国で一番強い球団の元オーナーでありスポーツ全般に顔が利く御仁が‥‥反対の音頭をを取られているのが原因だ
彼には誰も逆らえない‥‥逆らった輩は敗北と言う苦渋を飲まされ永遠に葬られる‥
それが縦社会の今の政治・経済団体の社会構造だ!
我は‥‥スケープゴードにされただけの事‥‥
多分あの御仁は貴方が出るのを承知していた
承知していたから頭はすげ替えやすい我を選んだ
我は‥‥総裁選などどうでもよいと想っておった‥‥
派閥争いの煽りを食らって干され日の目に当たらぬ場所へ葬られそうになった時もある‥‥
その時助け船を出してくれたのは‥‥あの御仁だ‥‥
あの方の力添えがなければ我は等の昔に葬られていた存在だ!
恩を返す為に忠義に励み‥‥何時しか‥‥担ぎ上げれ‥‥下りる事の許されない御輿に乗せられ‥‥今に至る
なので貴方の謂う様に‥‥安曇勝也氏に下れるか‥‥貴方の意向は飲みたいが‥‥
どんな制裁が待ってるのか‥‥良くは解らぬ‥‥」
「そんなんじゃ我が子に火の粉が逝かぬ様に‥‥と考えるしかねぇわな」
「はい‥‥我は‥‥子を護るにはあの御仁も手が出せぬ財閥との婚姻しかなかった‥‥
亜希の上の娘には好いた相手がいたが‥‥別れさせるしか道はなかった‥‥
それだけが‥‥悔やんでならない‥‥」
亜希は驚愕の瞳で父を見ていた
亜希の中の父親像がガラガラと音を立てて崩れ始めて逝った
「二階堂晃嗣、お前の敵は大きすぎた
己の出来る精一杯で護った‥‥
今後一切おめぇの子供に火の粉が掛からねぇ様にしてやんよ!」
「真贋‥‥」
「楽な道じゃねぇぞ?
共に逝くか?晃嗣、光代?」
康太の問いに光代は凛と背を伸ばし「はい!とうに覚悟は出来ております!」と答えた
その姿は亜希の知る物静かな夫の言いなりの母の顔ではなかった
康太は静かに口を開いた
「亜希、おめぇの両親は血も涙もない鬼じゃねぇ!
おめぇは両親の真意を見ようとせず逃げた
おめぇの両親は、芸能界に身を置くならば事務所が護ってくれるだろう‥‥と、巻き込まない為に距離を取った
お互いが理解するのを拒否った結果がこうだ!
おめぇにとって父親は身勝手で己の保身しか考えぬ自己中な奴で、母親は父に逆らえぬ古風な女としか見てねぇだろ?
違うぜ亜希!
おめぇの母親は後援会の人間を一手に纏めあげ選挙で手腕を発揮する策士だ!
物静かに人を観察して適材適所配置する
それが二階堂光代のこの家でのポジションだ!
晃嗣にとってなくてはならぬ存在!
それが光代だ!
それが証拠にお前が芸能界に入ると言った時、この母は反対こそしたが、お前の身の立つ様にして家から出してやったんじゃねぇのか?」
康太に言われ亜希は家を出る時、母はセキュリティの確りしたマンションに住みなさいと言い部屋を用意してくれた
ポッと出の女優にとっては分不相応な部屋だった
定期的に掛かってくる電話に亜希が切れると母は笑って電話を切った
家を出る時‥‥父は何も言わず見送っていた
その背が寂しそうに感じたのは気のせいではなかったのか‥‥
亜希は信じられない現実を知り涙が止まらなかった
二階堂光代は康太の前に立つと深々と頭を下げた
そして顔をあげると凛と背筋を正して
「飛鳥井家真贋にはご足労をお掛け致しました
夫の晃嗣は必ずや安曇氏の袂へと向かわせると約束致します!
この命にかえてもお約束致します
ですから何卒‥‥我が娘亜希にまで飛び火が逝かぬ様にお願い致します!
この子は己の道を逝く子‥‥巻き込まれて良い存在では御座いません!
高嶺さんと結婚出来ると謂うのなら‥‥この子にとってこれ以上の幸せはないでしょう
そしてお腹にはお子がいるのでしょ?
なれば貴方は貴方の道を逝きなさい‥‥
母は‥‥影ながら貴方の幸せを祈っております!」
と康太に頼んだ
康太は“親”であれと願った光代と晃嗣の想いに‥‥
共に親である想いを感じていた
康太は晃嗣と光代に「お前達は我が子を愛しているか?」と問い掛けた
晃嗣は「血を分けし我が子ですから‥‥想わぬ日など御座いません」と答えた
光代も「今でもこの子を生んだ日の事を思い出します‥‥お腹を痛めて生んだ我が子を愛さぬ母などおりませぬ」と亜希を優しい瞳で見つめて言葉にした
康太は亜希を見て
「お前は両親や兄弟の何も見て来なかった
何時も自分は部外者として身を置いて来た
そろそろ歩み寄ったらどうだ?
母になるなら己の母を知れ!
おめぇの母は不器用な愛しかおめぇに向けられなかった
夫を支え、夫を護って来るのに精一杯な母は我が子に掛ける愛情を見せる事が出来なかった
だが我が子を愛してねぇ訳じゃねぇ‥‥解るな亜希?」
亜希は「はい‥‥はい‥‥」と何度も頷き涙した
康太は「晃嗣、花婿の新庄高嶺だ!」と紹介した
晃嗣は立ち上り深々と頭を下げ
「二階堂晃嗣に御座います
以後お見知りおきを!」と自己紹介した
高嶺も立ち上り「新庄高嶺です!宜しくお願い致します!」と言い深々と頭を下げた
良い雰囲気が漂っていた
康太は「この結婚に異論はねぇか?」と問い質した
晃嗣は「御座いません!」と返した
「なら手始めに結婚式だな!
結婚式前におめぇは派閥を抜けると宣言しろ!
そして迎える結婚式はテレビ中継をする!
安曇勝也や堂嶋正義、三木繁雄他の政治家を招待して増渕派の人間を閉め出して行う!
それが完全訣別の狼煙とする!
おめぇに堂嶋正義と三木繁雄を着ける!
そしてボディーガードもな
増渕派の奴等は黙っちゃいねぇだろうからな、そしたら邀撃に出る
派閥を一つぶっ潰してやんよ!
その方が風通しが良くなるからな
それと‥‥その御仁も‥‥この機会に二度と表舞台に出られねぇ様に消し去ってやんよ!
それでおめぇは心置き無く安曇勝也と共にこの不安定な日本の経済情勢に固手入れ出来るってもんだろ?」
完璧且つ大胆な戦略に晃嗣は言葉もなかった
本当に‥‥その通りに逝けるかは解らない
解らないが‥‥もう逝く道はそれしかなかった
晃嗣が覚悟を決めた瞳をすると康太はそれを見て「決まったな!」と言葉にした
それで一件落着かと想われたが‥‥
康太は「後二つ、おめぇに聞いてもらわねばならぬ事がある‥‥良いか?」と切り出した
晃嗣は「はい!この命必要と申されるなら喜んで差し出す所存です!」と覚悟を述べた
「命は取らねぇよ!
話と謂うのは一つは白馬の土地の件だ
おめぇ、白馬に土地を持ってるだろ?」
「はい。持ち山を入れれば3ヘクタールは御座います」
「その土地、売ってくれと四宮興産が来なかったか?」
「参りました‥‥ですがあの土地はお売りは出来ない土地なのです」
晃嗣は苦しげに言葉にした
康太は「何か理由があるのか?」
そう問われ晃嗣は静かに目を瞑り沈黙した
「その土地は曰く付きの土地だからで御座います‥‥」
「曰く付き?
それはどんな曰くよ?」
「真贋は御饌(みけ)と謂うのをご存知で御座いますか?」
「御饌?
神の供物の事か?」
「その土地は代々贄を出す事で護られて来た土地に御座います
昔は親のいない子や旅人を毎年贄に出し神に土地を護って貰って来た
だが何時の頃からか贄を出す事が出来なくなり‥‥その儀式は途絶えた‥‥」
「そりゃあ戸籍が管理された今贄を出す訳にはいかねぇからな
行方不明になれば警察が関与して事件として乗り出して来るからな」
「その通りです
贄を出せなくなって干魃が続き天災も影響して、その土地には誰も住めなくなった‥‥
我が二階堂家は元々、その地を守護する一族として、皆を導いて来た
昭和の称号に変わった頃には領主として責任を持って(贄を捧げた)社を管理して参った者です
未だ土地神は贄を求める‥‥
牛や山羊‥‥家畜では足らぬと‥‥災厄を振り撒く‥‥
ですから‥‥3ヘクタール分の土地を神主に封印させ立ち入り禁止にした
今では誰も近寄れない土地になってしまった‥‥と謂うのが事の顛末に御座います
ですから乞われても‥‥あの土地はお売りもお譲りも出来ないので御座います
あの土地に足を踏み込めば‥‥祟られる
あの土地はこの時代にも贄を求めているのです
誰がネットに上げたのかは定かでは有りませんが‥‥あの土地は今、心霊スポットととして有名な土地になっております
まるで土地に呼ばれているかの様に、無謀な若者が好奇心で足を踏み込み‥‥還らぬ者となってきた
還らぬ者と謂っても体躯は現世に戻れても‥‥
心を食われ‥‥生気を吸われ‥‥怯えて死ぬまで祟られる
その実態を解っていても‥‥動く事すら出来ぬにいる
それが現状に御座います」
「それはすげぇな‥‥今も御饌は続いている‥‥ってか
血を吸い魂を食らった土地だかんな‥‥簡単には逝かねぇか
ならさ二階堂、その土地浄化したらオレにくれねぇか?
全部くれとは謂わねぇ、二階堂一族が良いって謂うなら半分はオレにくれ!
勿論、今後も二階堂の家の者が護れる様に浄化した後、土地神を呼び出してやんよ!
だからその土地で二階堂一族は今後も暮らすと良い」
二階堂は驚愕の瞳を康太に向けて
「そんな事が‥‥」
出来るのですか?と言葉もなく呟いた
「簡単じゃねぇけどなオレは適材適所配置するが務め!
今の白馬の土地は異常な事位解ってるんだろ?
ならば正さねばならない!」
二階堂は深々と頭を下げた
「我等一族があの地に還れるなら‥‥半分差し上げても誰も意義など唱える者はおりません」
「なら決まったな!」
「はい!」
「なら白馬の土地の件は任せてくれ!」
「宜しくお願い申し上げます」
「だからさオレは当分、忙しくなるかんな
二階堂は独立リーグの立ち上げに全力を尽くしてくれ!
独立リーグの所有権は全権おめぇに譲渡する!
おめぇは娘婿の為に尽力してやれよ!
そしたらおめぇの娘も喜ぶし、管理は光代にさせておけば光代は何時だって孫の顔が見れる環境にいられる
この機会に甘いじじぃとばばぁになると良い!
うちの父ちゃんや母ちゃんはめちゃくそ甘いじじとばばになってんぜ!
子の成長は早ぇかんな!目を離すとあっという間に忘れられちまうぜ!」
二階堂は優しく微笑みを溢し
「それは楽しみな日々で御座いますな」と心より嬉しそうな顔をした
「んじゃ、白馬の件は近いうちにオレ等がなんとかするとして‥‥もう一つの話に取り掛かるか
聡一郎、副社長を呼んでくれ!」
話がつくと康太はラストの話し合いへと段階を進めた
聡一郎が内線電話を取ると何処かへ電話を入れた
そして要件が終わると電話を切り
「直ぐに来られるそうです!」と言いドアへと向かった
然程待つ事なくドアがノックされた
聡一郎がドアを開けるとホテルニューグランドの副社長が立っていた
聡一郎は「どうぞお入り下さい!」と言い副社長を部屋に招き入れた
副社長は部屋に入ると深々と頭を下げた
康太は立ち上り副社長の傍へと逝くと
「二階堂晃嗣、この部屋の隣に部屋を用意させた
お前に二つ話があると言った二つ目の話だ!」
と申し出た
晃嗣は話の重大性を感じ立ち上がり
「では逝きましょうか、お話をお聞き致します!」と言い部屋を出て逝った
部屋に遺された亜希は不安げな顔をしていた
聡一郎と隼人は部屋に残った
康太と榊原が座っていたソファーに座り
「光代婦人、貴方は何故‥‥夫を軌道修正しなかったのですか?
逝く道が‥‥ずれて来てる事を一番解っていたのは貴方なのではないですか?」と問い掛けた
光代は諦めたかのような表情をして
「ええ!わたくしが一番解っております‥‥
解っていても‥‥もうどうにもならぬ所へ流されて‥‥手立てがありませんでした
ならば‥‥共に逝くしか術はありません
財産の整理をしておりました所です
白馬の土地は代々受け継がれた土地ですが、あの土地は人を食らうのです
このままでは処分する訳にもいかなく、管理する者もいなくなる
それでも‥‥逝くしかないと想っておりました
あの人は‥‥情に厚い人なのです
受けた恩は必ずや返す‥‥そうして利用されて来てしまったので御座います‥‥
そして気が付くと‥‥もう後戻りする道など御座いませんでした」
「死ぬおつもり‥‥だったのですか?」
「社会的に葬り去られたなら‥‥政治家など死したも同然‥‥
ならば共に逝くのが妻の務めだと想っております」
光代の言葉に亜希は「母さん‥‥」と言い泣き出した
光代は立ち上がると亜希の横へと移動して座った
そして涙する娘の優しく頭を撫でると
「幸せにおなりなさい!
己が選んだ道なれば死する瞬間まで愛して共に逝きなさい‥‥」
「母さんは幸せだったのですか?」
「幸せですよ
わたくしもあの人も不器用な愛し方しか出来なかったけど‥‥我が子の幸せだけを願っているのは解ってね‥‥」
「‥‥父さんは‥‥」
どうなるの?
‥‥それは口には出来なかった
「あの人は‥‥政治の歪んだ力で‥‥世界をねじ曲げた‥‥
淘汰されて当然の事なのです
総ては‥‥飛鳥井家真贋が決める事に従うだけの事です
わたくしは残りの人生を贖罪の日々としボランティア活動に励みたいと想っているのです
我等は許されてはならぬ‥‥解っているのです」
光代の言葉は重かった
聡一郎は光代に
「贖罪も良いですが、我が子にしてあげられなかった事をお孫さんにしてあげたら如何ですか?
亜希さんも女優業を再開させたらお孫さんは淋しい想いをするかも知れませんよ?」
と歩みよりを提案した
光代は亜希が見た事ない程に優しい笑みを溢し
「‥‥‥それは良い提案ですね
亜希の分までお子を可愛がりましょう
淋しい想いなどさせない様に連れ歩きたいと想います‥‥」
聡一郎と隼人は立ち上がると
「高嶺、自分の親同様に亜希の両親も大切にして下さいね
僕と隼人は寝室で仕事をしています
ですから親子水入らずで話す良い機会だと想います
亜希も自分の両親をもっと知らねばならないと僕は想います
亡くして気付いても‥‥もう遅い
そんな想いをしないで下さい‥‥」
重い言葉だった
亜希は頷いた
高嶺も聡一郎の事情は聞かされていたから知っている
聡一郎と隼人は寝室へと引き上げた
亜希は母を知る為に‥‥沢山母と話した
高嶺も自分の義母さんになる存在に家族が増えたのだと喜んでいた
やっと走り出した“家族”だった
晃嗣は康太と榊原、ホテルニューグランドの副社長と共に隣の部屋に来ていた
部屋に入るとそこには錚々たる面々がテーブルに着いていた
康太は晃嗣に「見知った顔ぶれだろうけど、紹介しておく!」と言いテーブルに着いている面々の右端の人物の後ろに立った
「右端から始める
横浜市の市長をしている林田
林田の横は日本経済団会長をしている蔵持
蔵持の横は日本オリンピック委員会理事の一人相馬
相馬の横が横浜市環境事業局委員古畑だ
そしてオレ達を呼びに来たのがホテル・ニューグランドの副社長だ
以上5名がお前に話があるとの事だ」
康太の紹介を受けて皆が晃嗣にペコッと会釈した
晃嗣は深々と頭を下げ
「我でお答え出来る事なれば嘘偽りなくお伝えすると約束しよう!」と宣誓の意を込めて口にした
榊原は晃嗣を空いてるテーブルに着かせるとその横に座った
康太は晃嗣に引き合わせた事情を簡単に話す事にした
「今日、お前と彼等を引き合わせた理由はオリンピック事業に着いてだ
東京のオリンピック開催地と横浜をモノレールで繋ぎ行き来しやすくする案が出ているのを知っているか?」
「‥‥‥それは‥‥まだ誰も知らぬ‥‥計画の段階なのではないのですか?」
「計画の段階を通り越して土地の買収はかなり強引な手を使い追い出し数年前から用意は始まっている
土地の確保は出来たから近々着工の準備に入ってる段階だ
早く着工しねぇと間に合わねぇからな数年前から既に着工は始まっている」
「それは初耳です‥‥
オリンピックの事業は‥‥貴方に話した御仁の鳴り物入りの事業として推し進められております
我が総てを把握している訳では御座りません‥‥
あの御仁の息の掛かった政治家は国会に沢山います
彼等を自由に動かせば公共事業など好き放題に動かせる‥‥それが現実なのでしょうな‥‥
オリンピックの公共事業の方には我は噛んではおりませぬ
なのでお役には立てぬかと想います」
「ならさ晃嗣、そのモノレールをホテルの前まで伸ばしてホテルからオリンピック会場まで逝ける様にする案が出てるのは知らねぇか?」
「ホテルと会場をモノレールで直結‥‥それでは横浜の外観が損ねてしまうではないか!
その案を考えた者は‥‥合理主義に走って、そこに住む住民の想いを踏みにじっている‥
我はこの地を愛している‥‥
それは許せぬ所業に御座いまする!」
晃嗣の言葉に林田が口を開いた
「では二階堂晃嗣氏は今後反対派に身を置いて下さる可能性もあると?」
「我は安曇勝也氏に下る約束を真贋と交わした
微力ながら‥‥貴殿達と力を合わせて逝けたと想っております」
晃嗣の言葉を受けて蔵持善之助は
「貴殿は鴻池の犬ではなかったか?」
と皮肉を込めて言い放った
鴻池と謂うのが、二階堂の謂うあの御仁の事だった
「我は鴻池仁左衛門さんに助けられた恩義を返すべく動いており申した
犬と謂われれば犬の様に従い忠義を果たす事こそが恩返しだと想っており申した
だが‥‥我はスケープゴードにされ蜥蜴の尻尾を切るかの様に‥‥総て被せられ葬り去られる所だった
‥‥それで恩が返せるならば‥‥と想ったが間違いだと気付いた
捨て駒にだとて五分の魂はある!
我は孫に誇れぬ自分でいるのは止めた
それでは信じては貰えませぬか?」
「いや疑ってなどおらぬ
飛鳥井康太が連れて来た‥‥それだけで貴殿は絶対の信用を勝ち得ておるのだからな」
飛鳥井康太への絶対の信頼‥‥
人を絶対的に信用出来る事が羨ましくて堪らなかった
信用で繋がる関係は晃嗣には無縁だと知らされる
日本オリンピック委員会理事の一人相馬が皆の顔を見て
「心強い戦力を得たので、そろそろ反撃に出るとしますか!!」と勝ちどきを上げた
横浜市環境事業局委員古畑も
「皆が守って来た横浜の地を我等の代で壊してしまっては先人達に申し出が立たぬ!
守り通すぞ!絶対的に!」
闘いを前にして覚悟を決めた
ホテルニューグランド副社長は
「我等の愛する地は我等の手で必ずやお守り致しましょう!
モノレールなど敷かれたら物珍しさとオリンピックの間は持て囃されるでしょうが、総て終わってしまえば不良債権になり外観は損なわれ手の打ち所もなく寂れてしまうでしょう!
それを阻止する為に!
我等は此処に立ち上がりましょう!」
副社長はそう言い手を差し出した
その手の上に皆が手を重ね
【愛する横浜の為に!】と想いを込めて誓いを立てた
その後、今後の対策を立てる為に堂嶋正義と三木繁雄を呼んで話し合いが行われた
話し合いを終え皆が帰った後、康太は堂嶋に二階堂を引き合わせた
皆が部屋を出て逝くのを確認した後に
「正義、二階堂晃嗣だ!」と紹介した
堂嶋は‥‥それは何かの冗談ですか?と笑えない話に躊躇した
「国会で嫌と謂う程に顔を合わせているので今更紹介は不要です!」
「だから、二階堂晃嗣だ!
今後はお前と行動を共にする!
勝也には話は通してある」
「ご冗談を‥‥彼は派閥が違う‥‥」
「派閥は抜ける!
繁雄、手筈は整えて来てくれた?」
堂嶋は唖然として三木を見た
三木はしれっとした顔で康太を抱き締めて
「君の想いのままに手筈は総て整えて来ましたよ!
二階堂晃嗣氏の事務所も只今引っ越しの最中です!
離党届けも委員長に叩き付けてやりました
彼等はかなりお怒りでしたが細かい部分は弁護士を交えて調整を取ったので大丈夫だと想います
ただ‥‥『こんな事をしてタダで済むと想うな!』と言う素敵な捨て台詞を戴いて参りました
彼や彼の身近な者には護衛が必要かと?」
「ご苦労だったな繁雄
まぁ裏切り者には報復は当たり前だかんな
身辺には気を付けて護衛を着けるつもりだ!
今後、二階堂晃嗣は安曇勝也の派閥に移る
そして安曇が総理を辞めた後、二階堂が総理になる
正義が総理になるまでの繋ぎが必要だったからだ!
これは既に決められた理だ!
もう歯車に組み込まれた存在となった
だから共に逝け正義!
お前が二階堂を守り通せ!
二階堂晃嗣を安曇勝也の後継者にしろ!」
「‥‥そう言う事ですか‥‥
安曇勝也が了承しているのなら俺が兎や角謂う筋合いはない!」
康太は唇の端を吊り上げニャッと嗤った
「勝也は何時も危惧していた
『我が総理を辞する時、正義では一歩届かぬであろう‥‥』と。
だから正義が総理になるまでの繋ぎがいるんだよ!
それこそが安曇勝也の願いだと言っておこう!」
「ならば俺が謂う事はない!」
康太は唇の端を吊り上げ、喉の奥でクックッと嗤った
「事態が動き出すぜ!
目にも止まらぬ速さで動くかんな見過ごすなよ正義!」
とカツを入れる言葉を吐いた
堂嶋は「元より!掛かって来やがれ!」とフンッと嗤った
そして二階堂晃嗣の方を向くと手を差し出した
「此より同胞となるならば、共に命の尽きる瞬間まで闘おうではないか!」
と言葉にした
二階堂はその手を取り固く握手すると
「共に闘う事を誓おう!
この老耄の命一つで賄えるとは想えぬが‥‥骨など遺さぬ様に燃焼させるつもりじゃ」
「俺は此より貴方の命を護ると誓おう!」
二人は固く手を握り果てへと想いを馳せた
その二人を横目で見やり康太は携帯を取り出した
「オレだけど、総ては軌道に乗ったぜ!」
やはり今回も『オレだけど』で良くも相手が解るなと‥‥正義は想った
『康太、ならば私に二階堂を紹介してくれるのですか?』
電話の相手は安曇勝也だった
「あぁ、正義がしてくれるだろ?」
「正義がでなく‥‥貴方が‥‥」
「それは無理!
オレはまだ命を狙われてる状況だ
接触は避けた方が身のためだ!
それにオレらは明日から当分白馬に逝くかんな‥」
『ならば此れより貴方のいるホテルへ向かいます』
一歩も引かぬ状況に康太は
「‥‥頑固者‥‥」と呟いた
その言葉に安曇は笑って
『君の心の父ですから似るのですよ!では後ほど!』と言い電話を切った
康太は堂嶋に「この部屋の番号教えといて!」と諦めて言った
堂嶋は笑って「了解」と言い安曇に電話を入れた
暫くして安曇勝也が部屋を訪ねて来た
ドアを開けたのは榊原だった
「お待ちしておりました」
榊原が謂うと安曇は榊原を抱き締めた
「逢いたかった‥‥」
想いが溢れて安曇は泣いていた
飛鳥井康太の命を殺し屋が狙っている‥‥
と聞こえて来た頃から距離を取られて心配すらさせて貰えなかった
榊原は安曇を康太の所へと連れて行き
「勝也さん康太ですよ」と言った
安曇は榊原から離れると康太を見て‥‥少し窶れた頬に手を当てた
「少し‥‥痩せたのではないか?」
「大丈夫だ勝也
あと少しで終わる‥‥それまでの辛抱だ」
「君の命を狙う輩など‥‥蜂の巣にしてやろうかと想いました‥」
「オレの足を止めたかった者の仕業だ
オレを動けなくさせ総てを手中に納める目論見だったんだろ?」
「‥‥‥君の命を狙うなど‥‥あってはならない‥‥
閣下も心配なさってました‥‥
君を亡くせば倭の国は他国の好き勝手にされる‥‥と危惧なさってました」
「んな事させるかよ!
もう手は打ってある!
総てはジャパンプレミアム試写会の後には片付く‥‥
あと少し‥‥あと少しで総てが元通りの日常になる
だから待っててくれねぇか?」
安曇はつい逢いたさに言ってしまった言葉に悔いた
今の現状を誰よりも理解して把握しているのは飛鳥井康太本人なのだ
「康太‥‥すみませんでした‥‥」
「オレは‥‥皆を巻き込みたくねぇんだよ‥‥
オレの所為で皆に銃口を向けられ‥‥まさかの事態を招くのだけは避けねえぇとならねぇんだよ‥‥」
「解っています‥‥」
安曇は康太を強く抱き締めると‥‥
「神の加護が貴方に降り注がれます様に‥‥」と想いを込めて口にした
そして康太を離すと二階堂晃嗣の前へと行き手を差し出した
「二階堂君、此れより君は我が派閥に入る事を許可する
今後は正義と共に切磋琢磨して行って欲しい」
二階堂は安曇の手を取ると固く握り締めた
「はい!二階堂晃嗣、貴方の為にこの命の尽きる瞬間まで仕えるとお約束致します!」
「そんなに肩に力を入れていると疲れてしまうよ?
まだまだ道程は険しい‥‥いざと謂う時の瞬発力さえあれば人は想いのままに動けるものさ
なぁ正義、そうであろ?」
安曇にふられて堂嶋は「ええ。いざと謂う時、敵よりも早く動きさえすれば問題はありません!」と返した
二階堂はそれってめちゃくちゃ無茶ぶりなんじゃないか?と想った
だけどそんな事を想っている自分はかなりリラックスしているのを感じていた
安曇は「増渕は鴻池の息の掛かった議員ですからね、嫌がらせは山程仕掛けてくるでしょう!
なので今は忍耐力を鍛える必要があるかも知れません
彼等の嫌がらせ妨害は執拗ですからね‥‥」と難局に乗り上げた現状を少しだけ憂いた
それ程に陰湿な嫌がらせの横行がなされて来たと謂う事だった
二階堂は「我が貴方に着くのは増渕のアキレス腱とまでは逝きませんが‥‥目の前の蝿位には感じているでしょう
なんせあの御方は‥‥離反者が出るのを想定して組織を作っている
一人や二人離反者が出たとて痛くも痒くもない‥‥
離反者は悉く潰す‥‥それがモットーですから‥‥
我がいる事で迷惑をお掛けする事になるやも知れませんが‥‥」
と現実を踏まえて言葉にした
堂嶋は「そんな事は百も承知してる!それでも真贋が導き出した果てへと逝かねばならねぇんだよ!」と妨害など百も承知だと答えた
康太はその光景を見て「決まったな!」と口にした
もう覆らない同じ目的を持った同士の姿だった
戦士の姿をした盟友として逝く者達の絆を垣間見た
康太は二階堂に「詳しい話は後日、と言う事で!」と話し合いの終了を告げた
二階堂は「はい。白馬へは何時逝かれますか?白馬へは我も一族の長として同行させて戴きとう御座います」と己の責任を口にした
「近いうちに連絡する!
白馬へ逝くには生半可な状態では逝けねぇからな‥‥こっちもある程度の準備がいる」
「承知致しました!
では我の連絡先を‥‥どうぞ!」
二階堂はそう言い胸ポケットから名刺を取り出した
そして康太へと差し出した
康太はそれを受け取り
「伊織、オレの連絡先を二階堂へ!」と謂うと榊原が康太の連絡先を二階堂へ渡した
互いの連絡先を交換すると康太は
「二階堂、おめぇは部屋に戻り娘と婿との時間を満喫すると良い!
部屋にいるオレらの仲間はお前が部屋に入ったら帰ってくる筈だから‥‥逝くがいい」
「はい。ありがとうございました」
二階堂は深々と康太に頭を下げると部屋を出て逝った
二階堂が部屋に戻ると聡一郎と隼人は、それを見届け部屋を出て逝った
亜希は二階堂に近寄ると「父さん‥‥」と心配そうに声をかけた
二階堂は見た事もない程に優しい笑みを浮かべ
「亜希‥‥二階堂家を上げて挙式を執り行う事となった
お前は一族に見送られ嫁ぐとよい!
幸せにな‥‥」と言葉にした
「父さんは‥‥大丈夫なのですか?」
派閥を抜けるなど‥‥並大抵な出来事ではないだろう‥‥
なのに二階堂は
「お前は何も心配せずともよい‥‥
お前はお前の幸せだけを考えておればよい」と言った
それが亜希の不安を募らせた
「そんな事出来る訳ないじゃない!
私は‥‥貴方達が大嫌いだった‥‥
己の利益しか考えない奴だと想っていた
それが全部嘘だと聞かされた今‥‥まだ混乱しているけど‥‥
父さんや母さんがどうかなっちゃわないか‥‥心配するのは当たり前じゃない!
私は貴方達の娘なんだよ?
産まれてくる子供を見せたい‥‥可愛がって貰いたい
そう思っちゃいけないの?」
「亜希‥‥飛鳥井家真贋が出られた
と謂う事は既に果ては決まった理と謂う事だ‥‥
もう誰にも抗う事は許されはしない
これより我は真贋の望む道を逝く‥‥
‥‥政治生命を賭けた大勝負となる
お前達を巻き込みたくはなかった‥‥だが今はこう言おう
[巻き込まれて]くれ‥‥とな。
高嶺君、君達の挙式は我が安曇派に下った証となる‥‥
君達の挙式を政治的に利用するのを許して欲しい‥‥」
二階堂が深々と頭を下げると、光代もその横に並び頭を下げた
高嶺は優しく微笑み
「お気になさらずに!
総ては飛鳥井康太の果てへと繋がる礎になるのです
俺は笑って彼に命を捧げます
俺を救ってくれたのは飛鳥井康太
俺を立ち直らせてくれたのも彼だ
そして彼は俺に最愛の人も我が子も与えてくれた
選手生命は途絶えたけれど俺にはまだ育てると謂う居場所がある
その居場所をくれたのも飛鳥井康太だ
彼の役に立って逝けるならば本望
我等の結婚式がどんな意味を持つか‥‥そんな事はどうでも良い事です
愛する亜希と挙式挙げれる
そんな幸せの上に、どんな雑念も思惑も関係ない
俺は俺の幸せをカタチにする
それだけです
ですから裏で暗躍なさろうとも俺等には関係ないのです」
亜希は愛する夫の名を口にした
「高嶺‥‥」
名を呼ぶと高嶺は毅然とした顔で笑っていた
「俺は女手一つで育てられて来ました
母を楽にする為にプロ野球選手になりました
今は選手ではいられないが‥‥最愛の母に孫を見せてやれる事が出来ました
母はお前の子が腕に抱ける日が来るなんて‥‥と泣いて喜んでくれました
俺は自分の親を大切にしたい
それと同じように亜希の両親も大切にしたい
どうか俺達に親孝行させて下さい!」
高嶺はそう言い頭を下げた
二階堂と光代は嬉しそうに笑っていた
光代は高嶺に「貴方のお母様の喜和子さんとは榊原真矢さんのご紹介で仲良くさせて貰っています
飛鳥井玲香さん、兵藤美緒さん達との飲み会で顔見知りなんですよ」と想像も出来ない言葉を投げ掛けられた
高嶺は信じられない顔で光代を見た
「母とは知り合いと謂う事ですか?」
「私は飛鳥井玲香さんや兵藤美緒さんの女学校の旧友に御座います
彼女達とは月に数度女子会を開いているのです
真矢さんの親友が新庄喜和子さんで、今も月に数度女子会を開く仲間です」
「嘘‥‥女子会‥‥ですか‥‥」
なんとまぁハイカラなことしてるんですか?母さん‥‥と高嶺は想った
でも一人で淋しい想いをしてなくて良かったと想う
高嶺は光代に深々と頭を下げ
「これからと母さんと仲良くしてやって下さい‥‥」と頼んだ
「謂われずとも彼女とは今度一緒に旅行に逝く予定です
今後も変わらずお付き合いをして逝くつもりです」
光代は優しく微笑みそう言った
そしてバックから封筒を取り出すと高嶺へと渡した
「何ですか?」
解らず聞くと光代は「写真です!お母様に渡しておいて下さい」と言った
「見ても?」
「ええ。構いません!
その写真は料亭に逝った時、記念にと写したモノです」
高嶺は封を開け中の写真を取り出した
そこには見た事もない楽しそうな顔で写ってる母の顔が在った
「‥‥‥これが‥母さん?」
母さんは何時も疲れた顔をしていた
女手一つで息子を育て上げ‥‥
無理ばかりして‥‥
何時も何時も自分は後回しで‥‥
そんな母しか見て来なかった‥‥
そう言えば‥‥母に逢ったのは何時の事だろう‥‥
プロ野球選手になってならは試合や練習と忙しくして母にゆっくり逢った事もなかった‥‥
今の今まで‥‥母に友達がいる事すら‥‥実感がわかなかった
離婚の時、母は親友と謂う榊原真矢さんに頼った事が一度だけあった
高嶺はその時、母に友達がいた事に安堵した
母は何時だって息子優先して己を犠牲にして生きていたからだ‥‥
母さん‥‥
母さん‥‥
居場所を告げず電話だけしで済ませてしまっていた息子を案じているであろう母を想った
高嶺は「親孝行するつもりだったのにな‥‥」と呟いた
亜希は「これからすれば良いじゃない!」と言い高嶺の背中を押した
高嶺は写真を見ながら
「母さんにこの写真を渡しに行きます」と言葉にした
亜希は頷いた
二階堂は高嶺に「ならば我等夫婦もご一緒しても宜しいですかな?
君の母上にご挨拶が遅れましたからな」と言葉にした
光代は「なら皆で逝けば良いじゃない!」と嬉しそうに言った
高嶺が連絡を入れ皆で遊びに逝く事を告げた
見ようとして来なかった時間を取り戻す為に高嶺は一歩踏み出した
問題は山積だが今は時間を忘れて‥‥
家族の絆を紡いで行こうと想った
二階堂を家族の待つ部屋に送り出した康太と安曇はフゥーっと息を吐き出した
簡単に逝く相手だとは想っていなかった
想っていなかったからこそ息が抜けなかった
康太は「なんとかなったな‥‥」と呟いた
安曇も「はい。これで私に何があろうとも‥‥繋げて逝けますね」と安堵の息を漏らした
「勝也‥‥それ死亡フラグに近けぇじねぇかよ?」とボヤいた
安曇は笑って「人の上に立つ者は‥‥常に情勢を把握しておかねばならない‥‥
今回の一件はそれ程に‥‥危ない橋を渡る様なモノなのです」と覚悟を言葉にした
康太は安曇に「おめぇは後一期は総理をやる定め!総理を終えた後は目を光らせて座ってる役目もあるかんな‥‥
そうそう簡単には逝けねぇよ」と言い笑った
安曇は肩を竦めて「隠居はまだ出来ませんか?」と落胆して問い掛けた
「まだまだだな!
オレの父ちゃんだってまだ楽隠居なんてしねぇんだぜ?
勝也もまだまだ頑張らねぇとな!」
康太はそう言い笑った
安曇は真顔になり康太を見た
「大丈夫なのですか?」
殺し屋に命を狙われている件を含んでの言葉と痛感する
「あぁ、オレはまだ死ねねぇかんな!
子供達に背負わせるにはまだ早ぇかんな」
康太が謂うと堂嶋が
「なら長生きしないとな!
お前の子供はまだ親の手の要る年だからな」
と我が子のために無茶はするなと、然り気無く釘を刺した
「無茶はしてねぇよ!
回りがオレを放っておかねぇんだよ!」
康太の言葉に榊原は笑っていた
堂嶋はこの二人が離れていないなら‥‥それだけで安心が出来た
聡一郎と隼人がディナーの準備をした給仕と共に部屋に戻って来ると、テーブルにディナーの用意を始めた
安曇は嬉しそうにディナーの席に着いた
久しぶりの時間だった
今暫し戦士は羽を休めて憩いの時間に興じていた
此より命を懸けた綱渡りをする‥‥
その前に静かな時間が流れていた
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