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第68話 芽吹く

康太が種を巻いた中東の地図にも乗らぬ程の小国 インシュアラーが世界中の注目を浴びセンセーショナルな台風を巻き起こした 今枝浩二が撮った写真は全世界へ配信され 当時の人権擁護団体の無責任な仕事が問題視され改めて浮き彫りにされた そして今、海賊として生計を立てねばならぬ、現実を全世界の人間が知る事となり人々は支援の手を差し伸べ動き出した 一人の日本人カメラマンが撮った写真が、世界の人間を動かし支援の輪が出来、立ち上がろうとしていた イルメキシタン王国の内政も落ち着き その国の美しさや織物の美しさなど特集を組まれ何度も何度も組まれた特集は周知の認知を得られる結果となり観光客が増えたとの事だった サザンドゥーク共和国も然り 戴冠式は皆の眼にも鮮烈な光景として配信された 神秘的な国として観光客はイルメキシタン王国とサザンドゥーク共和国を回るツアーが組まれたりした 比較的治安が維持された中東諸国として受けいられつつあった インシュアラーの麻薬疾患の患者は、イルメキシタン王国に併設された施設で治療を受けていた 国はインフラが整備され、南国の地特有の建物に建て直されインシュアラーと謂う国が地図に載り新しい出発を切った瞬間だった 多くの援助を受けて水が通され、初めて清らかな水を口にする事が出来た人々は歓喜の声を上げて喜んだ 康太はNPO法人を立ち上げ学校建設に乗り出した 学校建設には宮瀬建設や蕪村建設も参加をしてくれ、それを皮切りに多くの建設会社や設備会社が参戦をしてくれインシュアラーにやっと学校が建設された NPO法人を通して教師も派遣され子供達は学ぶと謂う事を身を持って味わえる事となった 戸浪海運と赤蠍商事は約束通り、インシュアラーの地に倉庫を持ち運営して逝く為に合弁会社を設立した 現地の住人を雇用してその地に根付く為になる様に仕事が与えられた その地に倉庫が出来ると回りに飲食店等が出来て、街はちょっとだけ活気づいていた インシュアラーのアスラは精力的に国のインフラ整備をして海賊をしなくても生きて行ける様に‥‥今を生きていた 今枝はあれから幾度もインシュアラーに来て、話題だけで盛り上がって終わらぬ様に見届けるつもりだった 今枝のインシュアラー国の記事や、サザンドゥーク共和国やイルメキシタン王国の記事も好評で定期的に連載する事となった また国内情勢を脅かさんばかりの報道の在り方も見直され、インタビューをする側の記者の資質の基準も考え直させる事となった 公平でなければならぬ記者が標的にした相手を集中攻撃して貶める遣り方は、公平でなければならぬジャーナリストとしてどうか? また国賓級の相手に対して失礼なインタビュー等についても議論され連日話題となっていた 飛鳥井康太はそんな世間の喧騒を他所に、比較的に平和な日々を送っていた 妖怪の里の移動を前にして康太は、土御門孔明に反魂として生まれ変わった安部春葵と蘆谷貴章を紹介した 「師匠、逢えば解ると想うが‥‥安部春葵と蘆谷貴章だ!」 康太が紹介した二人を孔明はジーッと視ていた 春か昔‥‥資質の高い二人に陰陽道を教えた 陰陽道の神祖と謂われる孔明の教えは二人に根付き広がりを見せた今に至るのだが‥‥ この二人は‥‥あの時の二人だと孔明は想った 「土御門孔明です お久し振りですか?それとも‥‥初めましてでしょうか?」 孔明は二人にそう問いかけた 安部春葵と蘆谷貴章は懐かしそうに孔明を見ていた 春葵は孔明に「貴方を眼にして懐かしいと想えるので‥‥お久しぶりですと謂わせて下さい」と答えた 貴章も「そうですね、貴方は今も変わりなく在られる事が嬉しくて堪りません、なのでお久しぶりと謂わせて下さい」と答えた 陰陽の道を教えてくれた神祖 土御門孔明の姿がそこに在った 反魂ではなく‥‥ 遥か昔からそこに在る様に景色に馴染んで、そこに佇んでいた 「陵王、この者達は紛う事なく安倍晴明と蘆谷道満ですね‥‥逢えば解りました」 「まぁ御二人は反魂でこの世に生を成してしまわれた方だから‥‥不本意では在られるが今後は妖怪の為に力を合わせて下さると約束された」 「そうですか‥‥無理矢理呼び起こす不埒な者の存在は許せませんが‥‥起きてしまった以上はこの地球(ほし)の為に動いて下さるのですね」 「あぁ、だから師匠も二人に力を貸してやってくれ!」 「解っています陵王!」 孔明は穏やかな顔で笑っていた 春葵は「陵王‥‥とは?誰ですか?」と素朴な疑問を問い掛けた 「我が弟子、斯波陵王です‥‥‥今は姓を飛鳥井と名乗ってるのでしたね」 春葵と貴章は驚いた顔をした 斯波家の事は‥‥二人も覚えていたからだ 斯波家当主はキレ者で朝廷は彼の力を恐れ‥‥無き者にしようとした 斯波を無き者にした一派は‥‥破滅の序章を唱えられ‥‥悉く滅び去った 死して後末代まで斯波の名を恐れた御門は‥‥斯波の一族を封印したとまで謂わせた一族だった まさか‥‥今、その名を聞こうとは想いもしなかった二人は驚いていた 康太は皮肉に唇を吊り上げて嗤うと 「斯波の家は不本意にお取り潰しになったが‥‥大人しく潰される気はなかったんだよ! 斯波の名を捨て生き残る道を選択し、今は飛鳥井と名乗り今を生きている まぁ知ってる奴なんざもうこの世にはいねぇけどな!」と言い捨てた 飛鳥井康太ならば、それをやるだろうと想った それだけの力を秘めているからだ 「まぁ昔話は良い、それよりも師匠が何者か聞かねぇのかよ?」 「聞いても宜しいのですか?」 春葵はやっとの想いで口にした 「師匠は今も変わらず当時のままの姿で現界しているが、反魂とかじゃねぇのは解るな」 貴章は「ええ。此処まで遜色なくおられるのは反魂では有り得ません」と答えた 「師匠は桜の木に宿った妖精みてぇなもんだ! 故人との約束を守り、桜の木の下に歹を植えた 師匠はこの桜の里そのモノである 師匠は長らく生きて、人の世を視て来られた‥‥ だがもう黙って視ているだけなのは止められたと謂う事だから尽力戴ける事になった」 この里こそが土御門孔明の生命だと謂われ 二人は何故か納得した 春葵は「僕は今この世に生きている、なので僕にしか出来ぬ事をして倭の国を護ろうと想います」と決意を口にした 貴章も「僕の力は今の時代には不要な長物だと解っています ですがまだ僕の出来る事は在ると謂われましたので闘って逝こうと想っています 孔明殿 共にこの星の為に生きて逝こうでは在りませんか!」と覚悟を口にした 「安倍晴明は妖怪の為に隠世を作ったと申す この隣の山の地下をまるまる隠世にして妖怪の棲まう場所にするのですか?」 孔明は問い掛けた 春葵は「その予定です」と答えた 「なればルールを先に決めた方が宜しいでしょう! ある程度のルールと秩序を守らせる決まりを作る! 違反した者には罰則を与えて統制を図る 妖怪の生きる世界も共同生活する社会となります なのでルールは必要だし、管理する者も必要な訳です それらは最初に決めておかないと後から決めようとすると守らない輩も出て来ます ですから筋が通ったルールは必要なんです それと隠り世だけで使用出来る通貨も必要ですね 経済と謂う基盤を作らねば、破綻は目に見えてしまいます」 成る程と想った ルールを決めて暮らす社会を運営する その為に貨幣や通貨は必要不可欠なアイテムとなる それらの基盤を作り、その上で移動せねば破綻は免れないと言う事になる 貴章は「なればどの様なルールが必要かお教え下さい!後、経済を回すやり方も御教授下さい」とメモを取り出して勉強する気満々となった 孔明は提案と謂うカタチで二人に話をすれば、それが具体的にカタチを持ち始め枠に嵌まろうとしていた 康太は邪魔にならぬ様に教室を出て校庭へと出て行った 榊原も康太と共に校庭へと向かった 「傍にいなくて宜しいのですか?」 榊原が問い掛けると康太は笑って 「大丈夫だろ? 後は師匠の力を借りて妖怪の引っ越しをすれば大丈夫だと想う」 「そしたら君はどう出るのですか?」 「あの教団は捨てて置けねぇからな潰す! 人の命を弄ぶ行為を許しちゃおけねぇからな!」 そう言うと思っていた 「ならば動きますか?」 「あぁ‥‥今情報を集めてる それを閣下が調べて伝えてくれる筈だ この国だけじゃねぇ、世界の国々があの教団の情報を集めてる それ程にあの教団は人の命を弄び過ぎたって事なんだよ‥‥」 「国レベルの規模で一つのモノを追い詰めているのでるのですか‥‥ある意味凄いですね」 康太は笑って桜の里の中心に植えた桜の木を見上げた 「伊織、せっせと種を撒いて来た種子が根付いて芽を出した その芽が育ち花を咲かせる時が来た」 「芽吹いた木々は立派な花を咲かせ先へと続いて行ける道を手に入れましたね」 「だからな‥‥こんな所で立ち止まってちゃいけねぇんだよ‥‥」 榊原は康太の手を取って、手の甲に口吻けを落とした 「解ってます 君は前を歩けば良い 僕は君の後ろを護って逝きます」 「頼もしいな伊織」 康太は嬉しそうに笑った 「それに‥‥審議監理局ってのも今は動きがねぇかんな‥‥‥動向も解らねぇ 創造神が創ったかなんだか知らねぇが、不愉快極まりねぇかんな! ぶっ潰しておかねぇと気がすまねぇんだよ!」 康太は怒りの焔を燃え上がらせ口にした 「そうですね 総てを片付けるまでには時間は掛かりますね ですが必ず君の想いの通りになれると想います またそうならねばならないと想います 韜晦された件も何一つ片付いてませんしね それらの総てに関わりがあるとしたら‥‥‥ 僕だって怒り心頭ですからね、この命を賭したとしてもカタをつけますとも!」 榊原は宣言した 康太は黙って頷いた 桜の里へやって来た雪と夏海が康太の姿を目敏く見付けると駆け寄って来た 「炎帝!」 雪が嬉しそうに走って来る 「雪、走るんじゃねぇよ!」 康太は叫んだ 「炎帝!」 止まる事なく走る雪がバランスを崩す 夏海が慌てて止めようとするが‥‥‥‥ 二人してバタンッと倒れて‥‥‥ 「あーぁ、痛てぇだろうが‥‥」と慌てて雪と夏海を起こしに行った 雪は膝を怪我していた 夏海は肘を怪我していた 康太は雪を持つと、榊原は夏海を抱き上げて校舎の方に向かった 「師匠、雪と夏海が怪我した」 そう言い教室に入ると孔明が救急箱を持って立っていた 孔明は「走ってはなりませぬと申しましたよね?」と怒っていた 二人はとにかく良く転ぶ‥‥ 孔明は何時だって心配して教え子の手当てをしていた 雪は「ごめんなさい」と謝った 夏海も「ごめんなさい」と謝った わざと痛い消毒液で消毒されて二人は痛い!痛い!と叫んでいた 春葵と貴章は笑ってそんな光景を見ていた 雪は春葵と貴章を目にして 「お客様でしたか‥‥御免なさい邪魔しちゃいました」と謝った 「良いのです、君達の手当てが優先ですからね」 孔明はそう言い最近弟子から差し入れして貰ったバンドエイドを雪の膝と夏海の肘に張り、バシッと叩いた バンドエイドの便利な事 孔明はすっかりと気に入って擦り傷をして来る子にはペタッと貼ってやっているのだった 「せんせーもっと優しく‥‥」 雪がボヤくと孔明は笑って 「バンドエイドと謂うのは貼った後にバシッと叩かないといけないそうなのでね!」と答えた 夏海は「それ、誰が申したのですか?」と問い掛けた 「伴侶殿だ!陵王が怪我した時、バンドエイドなるものを貼った後にバシッと叩いておった それは何故叩くのだ?と問うたら、早く治るおまじないと申したのでな、私も早く治るおまじないをしておるのじゃ!」 夏海は恨みがましい瞳を榊原に送った 榊原はしれっとした顔で 「怪我をして来る輩には、こうして少しでも早く治る様にバシッと叩いておまじないをするのが一番です!」と言い笑った うわぁー悪どいわこの人‥‥‥ 夏海は想ったが口に出したら何倍返しで返されるのが解らないから止めておいた 貴章はもうダメっとばかりに爆笑した 夏海は桜の里に人の存在に‥‥ 「先生、この方達は人間ですか?」と尋ねた 「この方達は陵王のお知り合いの方です」 と紹介した 「そうなのですか!」 夏海は納得した 孔明は「妖怪が隣の山に越して来るので、その件でお見栄になられているのです」と事情を話した 雪は「妖怪ですか?雪は‥‥見た事はありません」と困った顔をした 「彼等は迫害を受けて晴明に保護され集まった存在です 晴明がいぬ今、暴動でもおこしたら調袱出来る者がいませんからね‥‥安住の地は必要なのですよ」 孔明は雪の頭を撫でて 「彼等は大人しい生き物です 危害を加えねば襲ったりはしません なので隣に越して来たとしても大丈夫です」と諭す様に言葉にした 雪は孔明を見上げて 「僕は‥‥人の世に生きられなかった様に‥‥ 彼等も‥‥逃げて来たのですね‥‥」と謂った 孔明は胸が痛んだ 雪がされて来た事を想えば‥‥ この里に住んでる子達は皆、人の世で生きられぬと烙印を押された子達ばかりだった 辛い想いの果てに辿り着いた安住の地だった 「雪は彼等と友達になってくれますか?」 「はい。僕はもう悲しい想いをしなくても良いよって教えてあげます」 「よゐこです 君は本当によゐこです」 孔明は雪の頭を撫でた 夏海は「先生、私も頑張るわ!」と身を乗り出した だから撫でてとばかりに謂う夏海に孔明は笑って夏海の頭を撫でてやった 孔明は春葵と貴章に 「この二人も引っ越しの時は手伝ってくれます 引っ越しの時は赤龍も手伝ってくれるそうなので里の子全員とで何とかなりそうですね」 と具体的な案を口にした 春葵は「心強いです!」と安堵して口にした 貴章も気負った心が溶けて行き笑っていた 「僕も貴方の事を先生と呼びたいです」と突拍子もない申し出をした 孔明は笑って「ならば私は貴方に教えねばなりませぬね」と答えた 「教えて下さい! 僕は世間知らずなので色んな事を教えて下さい!」 貴章が謂うと春葵も負けずと 「ならば僕も!僕も教えて下さい!」と申し出た 「夏海も雪も私の教え子です なので君達も時間がある時は通って学ぶと良いです それと君達の知っている事は、私の生徒に教えてあげて下さいね」 この地には異形の者が住まっている! と里に来る前に康太が二人に教えていた 目にすれば少しだけ驚いたが‥‥皆、良い子達ばかりなのは見て取れていた 貴章は「妖怪達の里がこの地の隣に来るならば、僕は先生の授業に顔を出します そして僕達が解る事なれば教える立場となり共に生きて逝こうと想います!」と伝えた 春葵も「僕も妖怪達と一緒にこの地に骨を埋めるつもりなので、この先は先生と共に生きたいと想います」と覚悟の言葉を告げた 孔明は「忙しくなりますね、手伝って下さいね雪、夏海!」と二人に声をかけた 夏海は「大変なら旦那も連れて来るし、遊んでそうな奴を引っ張って来ますとも!」と笑って謂った お転婆が更に磨きがかかっていた 康太は「お転婆!」と夏海に謂った 「真贋、それを謂いますか? 私と共に怪我だらけだった貴方が!」 康太は笑っていた 孔明も笑っていた 康太が植えた種が芽吹いて育っていた 妖怪達の引っ越し当日 やっと漕ぎ着けた日だった この日の為に連日、どうやって妖怪達を移動させるか協議をしあった 人の世で妖怪達を移動させれば、稀に見える者もいるからパニックになる事も想定せねばならなかった 人の世の移動はなしと謂う方向で逝くことにした すると‥‥ならどうやって移動させるかの問題が立ち上がり‥‥ 頓挫しそうになった そこでやはり孔明は康太を呼んで何とかしてくれ!と師匠権限で頼ったのだった 康太は孔明と春葵、貴章の前に一人の男を紹介した 「此方は魔界の四龍が一柱、赤龍だ 彼は全智万能生きる者総ての愛を守る神として総ての生き物の声を聞く事が出来るのでお連れした」 赤龍として紹介されたのは緑川一生だったから 春葵に「‥‥一生さん何やってるんですか?」と冷静に声をかけられ一生はやってられるか!と怒っていた 康太は爆笑し、榊原はじとーっと一生を見た 一生は自棄糞で「俺は総ての生き物の愛を司る神だ!」と叫んだ 貴章は「‥‥それでは赤龍さんとお呼びした方が良いですか?」と困った顔をした 一生は「康太‥‥俺はどうすれば良いのよ?」と困り果ててそう言った 康太は何故連れて来たかを話した 「一生は今は人だが、その体躯は神の記憶も力も秘めた赤龍と謂う神だ! 赤龍は妖怪の言葉が解る、当然、妖怪へ言葉を伝える事も出来るからな、妖怪と人の仲介役には持ってこいの神なんだよ」とフォローした 成る程 貴章と春葵は納得した 一生は榊原に「少し位‥‥兄を労れよ」とボヤいていた 「労ってませんか?兄さん」 「も少し優しくしてくれよ」 「これ以上ない程に優しいでしょ? さもなくば、ブリザードを吹き付けて叩き割ってますよ?」 酷い‥‥それは酷いわ‥‥ 一生はトホホとなり 「サクサクやろうぜ!」と自棄糞に謂った 康太は一生を撫でて 「妖怪は一度、崑崙山へ飛ばす! 師匠も崑崙山へ共に行って下さい」 と申し出た 「私も逝けるのですか?」 孔明は信じられない顔で康太を見た 「崑崙山には久遠の知り合いの獣医を借りたから健康診断をして貰い、一応健康状態を把握しとこうと想う」 一生は「妖怪だぞ?獣医で大丈夫かよ?」と尋ねた 「まぁ動物っぽいのが獣医で、人っぽいのが久遠に診て貰うつもりだ 妖怪の医者‥‥誰かならねぇかな?」 康太が呟くと蛇の様な容姿の子が 「ボク、獣医になれないかな?」と申し出た エルフの様に白い子も「僕もなりたいです!」と申し出た 「久遠に勉強を教えに来てくれる獣医がいねぇか聞いてみるしかねぇな! そしたら随分助かるしな、んとにおめぇ達は良い子だな! 流石師匠の教え子だ!」 康太は蛇の様な子とエルフの様に白い子の頭を撫でた 二人は康太に撫でられ幸せそうな顔で笑っていた 桜の里の子達は、この里に来て良く笑う様になった 最初は他の人間や魔族の存在に怯えていたが‥‥ 回りの皆が忍耐強く接してくれたからこそ、里の皆はやっと自分の足で立とうとしていた 将来何になりたいと夢も希望もなかった子達は‥‥ やっと自分の足で立って歩み出そうとしていた 里の一番年長者の子は黒龍が作った魔学校へ色んな事を学びたいと入学した 魔界で認証登録して魔界で過ごせる様に手続きして里を出て行った 巣立つ一人目の子は既に未来を見詰め、魔界で生きて炎帝の役に立つ部署へ行きたいと希望を現実に変えて生き始めていた 今も休暇のたびに帰って来て孔明の世話を焼いている 自由に魔界と里を出入り出来る存在を目にして、里の子は何になりたいか?を考える様になった 今日も崑崙山に桜の里を出た一人目の子、リンが来ていた 魔学校の制服に身を包み、また少しだけ逞しくなっていた 孔明はリンに近付くと 「元気にしてましたか?リン」と尋ねた 「はい!頗る元気です! 先生、僕は魔学校で魔術や魔界の事を学んでいます 僕の行動は魔界と里をより強固にして逝けば良いとの‥‥想いからでした 望めば行けるんだと‥‥あの子達にも教えたかったのです」 「リンの行動はあの子達の希望になりました スーとシロや里の達に受け継がれていますよ あの二人獣医になりたいと言い出しました 皆、それぞれの夢に向かって‥‥動き始めましたよ」 「先生、だったら嬉しいよ 皆が望む先へ逝ける様になると炎帝も謂ってくれている そうなる様に僕は僕のなりたい道を逝きます」 「ええ‥‥でも週末は顔を見せに帰ってらっしゃい‥‥君の家は桜の里ですからね」 リンは泣きそうな顔で孔明を見て‥‥嬉しそうに笑った 「当たり前です!僕の家は先生のいる里だけです だから還って来ます‥‥先生」 「待ってますね」 リンは涙を拭くと、崑崙山へ来た目的の為に動き始めた 久遠は人のカタチに似た者の健康診断を八仙としていた 久遠の知り合いの獣医は赤龍と黒龍を助手にして、妖怪の健康診断をしていた 妖怪の異空間移動は術を発動する側にも、そして移動を受ける妖怪の方にも体躯の負担は大きいと踏んで、空間を崑崙山と結んで、なるべく負担のない移動となった 総ての妖怪を崑崙山へ移動させ、元いた空間は康太が無に返した 結構な広さを持つ空間は、そのうち牙狼一族を移転させる為に取っておくつもりだった 崑崙山に総ての妖怪が集結した それは凄絶な光景となった だが久遠は少しばかり異形の者を顔色一つ変える事なく診察していた 康太は久遠に近寄ると 「久遠、インシュアラーで男の子を助けた時の事覚えてる?」と声をかけた 「麻薬中毒者?」 「嫌‥‥幼児性愛者の被害に遭ってた子」 久遠は治療の手を止め‥‥眉を顰めた 年端も逝かない小さな男の子が男の性欲の限りを尽くして嬲り殺しにされてごみ捨て場に捨てられていた 腸は破裂して命の危険にあった 男達は少年をごみ捨て場に捨て去ろうとした 久遠はその少年を拾って治療した その子は麻薬中毒で視点も合わないで今にも死にそうだった 「‥‥‥あれは最悪だった‥‥ごみ捨て場に捨てやがったんだぜ?アイツら!」 「その時の子がアスラと謂う、今インシュアラーのトップをやっている 今度倭の国に来る事になったからな‥‥逢ってやってくれねぇか?」 「‥‥‥今更だろ?」 「今更じゃねぇんだよ、アイツは‥‥生かされ命を精一杯生きて足掻いて抗って今がある 出来るなら、その時の医者に逢いたいと謂った オレは砂漠で砂を掴む様なもんだと謂ったんだけどな‥‥‥感謝を伝えたい医者は命を粗末にするなと何時も怒っていたって謂ってたからな‥‥探すまでもなく久遠、おめぇだろ?」 「‥‥‥あの頃の俺はスキャンダルから逃げていただけの愚か者だったからな‥‥」 「それでもな、お前が救った命が国を助ける力となり‥‥全世界を動かす力を産み出した 巡って来た命がおめぇに逢いたいと謂っている、逢ってやれよ」 「逢うのは構わん!」 「なら滞在中に連れて来るわ!」 「あぁ、待っている それと康太、コイツ等の栄養状況が悪すぎる! 一生が通訳をしてくれてるんだが‥‥何も食べてないと抜かしていたぞ!」 久遠はボヤいた 康太は安部春葵を「ちょっと来てくれ!」と連れて来て久遠の前に立たせた 「なぁ春葵、妖怪って何を食ってるのよ?」と尋ねた 「‥‥‥人と同じモノを食べる様に訓練してありますけど?」 「何も食ってねぇってよ?」 「え?‥‥そう言えば食事‥‥どうしてたんでしょう?」 春葵が呟くと黒龍は「仕方ねぇな!」と謂い八仙の屋敷の前で炊き出しを始めた 大きな鍋で適当な材料を放り込みグツグツ煮込み始めた 美味しそうな匂いが辺りを包むと‥‥空腹を我慢できない妖怪達が炊き出しの前に行列を作った 黒龍は地龍とで炊き出しをしていた 地龍の妻の銘は出来上がった料理を器に移して皆に振る舞った 器に盛ると皆が「ありがとう」と言い器を受け取って行った お腹が膨れると皆が整列をして大人しく待っていた 康太は春葵に「魔界の野菜を植えて育てたらどうよ?」と提案した 「魔界の‥‥野菜ですか?」 「あぁ、魔界の野菜の成長は早い それは人の世に持って来たとしても同じ速度で育つだろう それを育てて家畜を飼う、でねぇと食料不足で暴動が起きるだろうからな 見境のない奴等が人の世まで下りて人を狩ったらどうするよ?」 妖怪の移動を考えていて、食料事情まで頭が回らなかった そうだ、食べ物がなければ略奪してでも食べようとするだろう それが妖怪の本能なのだから‥‥ 「父さん‥‥食べ物どうしてたのかな?」 春葵は呟いた 貴章は「聞いてないの?」と問い掛けた 康太は「お前が管理するなら親父のやり方でなくお前が考えて逝かねぇとな!」と敢えて謂った 孔明は春葵から離れた所で康太に 「何を知っているのですか?」と問い掛けた 「春葵の親父は牧場を営んでいた 牧場の家畜を最初は与えていた だけど‥‥追い付かないから森の獣を乱獲して生態系を崩してしまったんだよ だからあの周辺にはもう食い物がなかったんだよ! だからコイツ等は空腹で飢えていたんだよ」 「食物‥‥‥この者達の総てを春葵が賄うのは無理があるでしょ?」 「だから自給自足、田畑を植えて家畜を飼う そして月に一度、被害が出てる猪とか何かを狩りに逝けば何とか賄えれねぇかなとは想う まぁどっち道、働かざる者食うべからず!だかんな働かせて流通の貨幣を産み出し経済を回していかねぇと果ては見えてる」 「難しい問題は多々とあるでしょうが、一つずつ改善して逝けば必ずや出口は見えて来ると信じて逝くしかないのです!」 「あぁ、師匠、この者をこの崑崙山に集めたのは、そう言う教育と‥‥‥資質の見極めの為だ 暴動を誘発する不穏分子は早々に摘み取っておきてぇからな‥‥」 健康診断をして八仙がその者の資質を見抜く 「不穏分子はどうなるのですか?」 「中に入れたら怖いからな一旦外す 矯正をして様子を見て入れる事にする」 「陵王、貴方は昔からやる事は総て準備万端ですね」 「二度手間になりたくねぇからな それより師匠、検診を終えたら移動を再開します そしたら妖怪の里へと向かいます」 「お引っ越しも佳境になりましたね 無事終われる事を祈っておきましょう!」 孔明はそう言うと妖怪の傍へと向かい、妖怪を励ましていた 久遠の健康診断は終わると、獣医の方の検診も終わりを告げた 獣医は康太に栄養状態が悪すぎて妖怪だって栄養失調になるだろか!と怒っていた 獣医の名前は八雲弘毅 そして助手の西条弓弦だった 西条は「八雲先生鼻の長い子、ごはん食べません!」と報告した 八雲は鼻の長い妖怪に近付くと 「おーい!久遠!コイツは飯は不要な生き物なのかよ?」と久遠に問い掛けた 久遠は「俺に聞くな八雲‥‥」とボヤいた 康太はその妖怪を見て「貘やんか!」と呟いた 久遠は「貘?あの夢を食う妖怪かよ?」と問い掛けた 「貴史の夢を食って貰う為に一度出向いて来て貰った事があるんだよ」 久遠は兵藤が起きなかった事態に、そんな裏事情があったのか?と納得した 「それよりも康太、コイツは食わなくても生きていける奴なのか?」 「‥‥‥夢だけで腹が膨れるとは想えんけどな‥‥おーい!一生、コイツに何故に飯を食わないか聞いてくれ!」 康太は一生を呼んで貘の声を聞けと命じた 一生は貘に近寄り長い鼻を撫でて 「あんで飯を食わないのよ?」と尋ねた 貘は何やら一生に訴えていた 話を聞き終わったって一生は困った顔をして 「熱い飯を出されても像みたいに鼻で吸い上げて口に運ぶから、熱いと鼻が火傷するってのと容器が平べったいと食べられないそうだ」 春葵は「え?気付きませんでした、謂われてみれば納得出来るのですが、聞かねば何一つ解りませんでした」と反省の言葉を述べた 「コイツは果物が好きだから山盛りの果物とか置いておけば食えるかも知れねぇな」 一生はそう言うと八仙の屋敷に果物を取りに行き貘目掛けて放った 貘は鼻でキャッチして美味しそうに果物を食べていた 春葵は「妖怪って難しいですね」と現実を突き付けられて弱音を吐いた 康太は春葵の肩を叩くと 「妖怪の里の横の山には魔界の果物を金龍達が植えてくれている筈だ その果物は10年間は季節も関係なく実を着けてくれる だけど10年経てば枯れてしまう だから予備を育てて逝かねぇと果物はなくなってしまうからな 妖怪の里の方も金龍達に頼んでおいたから、説明を受けると良い」 「ありがとうございました 何から何まで本当に‥‥ありがとうございました」 「お前達の家、安部の家と蘆谷の家を里の入り口に建てたから、お前達はそこで住め」 「解りました」 「おめぇの親父は‥‥里には戻れねぇ‥‥」 「え?聞いてません僕‥‥」 「我が子を生かす為に臓器を半分、我が子に与えていたからな‥‥人として生きて逝くのに限界が来てるんだよ」 「‥‥‥え‥‥」 「貴章ん所の親父と春葵ん所の親父は仲良く久遠の病院に入院中だ! 妖怪の引っ越しに何故親父が来てないか不思議に想わなかったか?」 「‥‥‥想いました‥‥康太さん‥‥父さんは‥‥長くはないのですか?」 春葵が問い掛けると康太は 「そこの名医が治療してるんだから、下手な事を謂うとドヤされっぞ!」笑って謂った そんな事を謂われても‥‥‥複雑な表情の春葵と貴章だった 久遠はブスッとした顔で 「俺は体躯を大事にしねぇ奴は許せねぇんだよ!」とギロッと睨み付けた きっとこんな調子で父達も病院にいるのなら、大丈夫だろうと想えた 春葵は久遠に「父を宜しくお願いします!」と頼んだ 貴章も「あの人頑固なんで‥‥大変かと想いますが宜しくお願いします」と頼んだ 「暇を見つけて逢いに来てやれ! それが何よりの特効薬になるからな!」と謂った 何とも医者らしくない言葉だった 八雲は「久遠ぉー!診察終わったぞ!」と診察の終了を告げた 助手の西条弓弦はカルテを手にして 「何体か治療な必要な方がいます それと診察すら受けない困った方もいます それ以外は概ね栄養失調なだけです!」と診察の結果を伝えた 久遠もカルテを手にして 「俺の方も栄養失調と診察拒否 性格に難がある奴は中にいれると反乱の兆しが否めねぇからなオススメはしねぇとだけ謂っておこう!」と伝えた 春葵と貴章は要注意妖怪の名前をメモすると、土御門孔明に相談に逝った 「孔明さん、中に入ったら確実に問題の芽になる妖怪はどうしたら良いでしょうか?」 春葵に相談され孔明は修行させてはどうですか? 魔界には妖怪など苦もなく止めれる猛者もいますからね 彼等は自分が一番強いと想っているのです なので鼻っ柱を折って貰える場所へ逝かせるのが一番です」と提案した 春葵と貴章はその提案を飲み込み、どう謂う訳か一生を見た 一生は嫌な顔をして 「俺を見るな!」と怒った 「赤龍さんお願いします!」と一生にお願いした だが一生は「魔界の事なら俺よりも康太が適任だ! 俺では動かせねぇ事も、アイツなら何とか動かせるんだよ!」と内情を知らせた 春葵は「閻魔大魔王の弟君でしたね康太さんは‥‥」と夏の白馬での事を思い出して口にした 康太は孔明と榊原と黒龍として、問題ありと謂われた妖怪を見ていた 荒くれで自己中で‥‥謂う事を聞きそうもない妖怪をどうするか?相談していた 康太は「無間地獄の鬼の下働きにでもして、性格を矯正するしかねぇやんか?」とボヤいた 黒龍は「ならば俺が無限地獄に連れて逝こうか?」と、その大役を買って出た 「兄者に無間地獄の扉を開いて貰って、鬼に迎えに来て貰えば良いやんか」 「いきなり無間地獄には送れねぇだろうが! 怯えて暴動始めたらどうするのよ?」 「ならドスッとやって気絶させて運び込む」 「‥‥‥‥この巨体を運ぶのは至難の技だろうが‥‥」 黒龍はボヤいた 康太は「弥勒!」と名を呼んだ 『我だとて無理だ!』 弥勒は姿を現す事なく断った 「あんで、んな事を謂うんだよ‥‥ 弥勒が動かねぇなら‥‥ポチを呼ぶしかねぇやんか!」 康太は謂うと弥勒は慌てて 『あの物騒なモノを呼ぶでないわ!』と怒った 康太はプンッとそっぽを向いた 『解った炎帝、何とか対策を練るから‥‥機嫌を直せ‥‥』 更にプンッとされて弥勒は姿を現した 「炎帝、拗ねるでない‥‥」 「拗ねてねぇよ! やっぱ兄者に頼むしかねぇな」 康太が謂うと黒龍も「だな!」と納得した 「兄者 無間地獄の扉を開けてくれ!」 「康太、我が送ろうか?」 御機嫌を取ろうと弥勒は焦っていた だが康太は弥勒は捨ておいて、閻魔に呼び掛けた 閻魔は予期していたかの様に即座に姿を現した 「何か用か?我が弟 炎帝よ!」 「不穏分子になりそうな妖怪を無間地獄に落として欲しいだけど?」 閻魔は妖怪達を見て 「いきなり無間地獄ではハードルが上がりすぎであろうて! この者を送るなれば魂の修練場へ逝くが妥当! そこへは我が送ってやろう!」と謂った 康太は閻魔の言葉に笑顔を見せ 「兄者良いのか?」と問い掛けた 「幾ら妖怪だとて前科のない者を無間地獄に落とすのはハードルが上がり過ぎであるからな」 閻魔は空間転送の呪文を唱えた 不穏分子になりそうな妖怪達の足元に呪文が現れ‥‥‥‥妖怪達は姿を消した 「矯正された後、戻してやるとしよう!」 「兄者、ありがとう めちゃくそ助かった」 閻魔は姿を現した一番の要件を口にした 「我が現れたのは、それだけの用件ではない‥‥ 炎帝、天界から使者が来た 冥府からも時を同じくして使者が来た その話をお前にもせねばと想っていたので、今回は出向いたのだ」 「天界と冥府からは何だって?」 「それは此処では言えぬ‥‥ 炎帝に逢う事があったなら‥‥と、書面を渡された その書面も此処では『目』があるからな渡せはせぬ」 「解った、この件が片付くまで待ってくれねぇか?」 「了解した では屋敷で待っておるから片付けたら参るがよい」 閻魔はそう言い姿を消した 康太は弥勒を見た 「何か知ってる?」 「知らぬ訳ではない」 「と謂う事は魔界にいたのか?弥勒」 「あぁ、我は建御雷神に用が在って魔界に行っておったのだがな お前が閻魔の所へ来るならば、我も屋敷でお前を待っておる事にする」 弥勒はそう言い姿を消した 康太は榊原を見た 榊原は「引っ越しも大詰めです!今は此方に集中なさい!」と康太の意識を引っ越しに向けた 「だな、八仙、栄養失調の妖怪ってどうしたら良いよ?」 康太は意識を引っ越しに引き戻し、八仙に問い掛けた 「薬を渡す故、それで調整を取れば弱っておるのは体力を取り戻すであろう! 継続的に薬が要るなれば黒龍が持って行ってくれるであろうて!」 「なら移動させて大丈夫だな!」 康太は八仙との話を終えると獣医の八雲の所へ向かった 「八雲、妖怪を移動させるわ 何か注意点とかあるかよ?」 康太は八雲に問い掛けた 「足が化膿した妖怪は今後の治療が必要となる 取り敢えず消毒と化膿止めの薬を渡すから容量を守って飲ませてくれ! 後はとにかく飯を食わせてやれ! それだけだな俺の方の注意点は!」 助手の西条が春葵に薬の使用法を書いた紙を渡した そして説明、春葵は西条の謂う説明をメモしながら聞いていた 八雲は貴章に連絡先を渡した 八雲は久遠の友人と謂うだけあって肝の座った男だった ボサボサの頭と無精髭をはやし、眼鏡をはめて白衣をだらしなく着た、整えればイケメンだろう男は不敵な面構えをしていた 康太は八雲に 「八雲、本当に今日は引き受けてくれてありがとう!めちゃくそ助かった」と礼を謂った 「俺は患畜がいれば何処へでも逝くさ それが例え妖怪と呼ばれるヤツだって、生きていれば診る」 「流石久遠の友人だな 魔界にも沢山の動物がいる それらが怪我したら頼みたいけど良いか?」 「あぁ構わない 診れるなら診るさ! 旅費と診察代さえ払ってくれれば、俺は患畜は選ばねぇんだよ」 豪快にガハハッと笑う 「勿論、旅費と診察代は払うさ! 今日の診察料もお前が望む金額を払うと決めている」 「暴利な請求したらどうするよ?」 「それが診察の正当な要求なら払うさ」 康太はそう言い嗤った 八雲は康太を見た 友(久遠)は舐めたら倍返しされるから気を抜くな!と謂った 本当に舐めたら喉元食い殺されそうで‥‥八雲は爆笑した 「一ノ瀬聡哉は俺の教え子だ! アイツからもお前の事は聞いている! まぁ名前だけなら結構前から聞いているから、どんなヤツか見に来たってのもある」 「で、オレはお前のお眼鏡に叶ったのかよ?」 康太は唇の端をつり上げて皮肉に嗤った 「想像以上の出来だからな、お前が呼べば何処へでも治療に出向くと約束してやろう!」 八雲は康太の瞳を真っ直ぐに射抜いて、そう言った 「ならばオレもお前が仕事しやすい様に導いてやろう! どんな動物も放っておけない性分ならば、採算に合わねぇ仕事の方が多いだろう! そんなおめぇに家賃タダで物件を提供してやんよ! 人の世に還ったら大阪に逝くから、その時新しい物件も教えられると想う」 八雲は康太の言葉が信じられなかった‥‥‥ 家賃タダでなんて‥‥どんな善良なヤツか詐欺の謳い文句か‥‥‥見当もつかない 「お前にメリットがないのに? 何故‥‥そんな話になるんだ?」 「メリットならあるさ オレは魔界での現状に危惧していた 魔界の動物はこの1万年近くで相当数の数を減らした 食う為に乱獲し過ぎたのと、手当ての甲斐もなく息を引き取ったってのが大きな原因だ 今残っている動物を保護してたしても、病気や怪我で死んで逝く現状に手を打たねばと想っていたんだ お前が魔界へ出向いて診察してしてくれれば、そんな動物も減るだろうしな 投資だよ、将来へ向けての投資だと想ってくれ! それに病院が大きくなれば職員も増やせるやんか! お前が魔界に治療に来たとしても、他の獣医で手が足りる様になればと想っている」 成る程 これ以上の説明は不要な程に八雲は納得した 誤魔化しも取り繕いもない、ど直球の説明だった 「でも今日の診察代は貰うぞ!」 何せ助手の給料を払わねばならないからだ! 「あぁお前の希望額を払ってやるさ 伊織が持ってるからな帰りに渡してくれると想う」 八雲が幾ら希望するか知ってて用意してあると言う口ぶりだった 八雲は勝ち目はないと豪快に笑った 「あーぁ負けた負けた」 八雲が謂うと久遠は「勝とうと想っていたのか?お前?」と驚いた顔をした 「勝とうとは想っちゃいないがな、俺の想いの遥か上をいかれれば負けるしかないじゃねぇか!」 「負けとけ!負けとけ!勝とうと想うな」 「んとにな、俺は果てしない未来へ歩みを進まされた気分だよ‥‥」 八雲のボヤきに久遠は笑っていた 「仕方ねぇだろ? 出逢った者のそれが運命だ 多分お前は岐路に立っていたんだろ? 俺が真っ先にお前の顔が浮かんだと謂う事は、もうその時点でお前の果ては繋がっていんだと想う‥‥‥」 「他にも獣医の友達がいたのに‥‥か?」 「あぁ、お前の顔が直ぐに浮かんだ そして連絡を取った‥‥総ては真贋の導きだ、諦めろ」 久遠の説明に八雲は何故自分に声が掛かったのかを知った 妖怪達は八仙の教育を受けていた 八雲の助手の西条は妖怪全員にチップを埋め込んでいた 一生は春葵と貴章に 「人の世に還れば埋め込んだチップで居場所が解る様にした 聡一郎を里に使わすからな、管理システムを立ち上げると良い また里には電波を受信する所がないから、康太が衛星から受信できる様にしてくれてる筈だ まぁこればっかりは起動させてみねぇと解らねぇけどな」と説明した 総ては準備万端 春葵と貴章は一生に深々と頭を下げた 一生は「引っ越しはまだ終わっちゃいねぇだろ?」と笑って肩を叩いた 妖怪達は、八仙の暗示にも似た説明を聞いていた 総てが整うと八仙は「移動させてよいぞ!」と告げた 康太は一生に「オレは兄者に用がある、頼んで良いか?一生」と後を頼んだ 一生はニカッと笑って 「後は里に連れて行くだけだろ? 春葵の家には聡一郎も慎一もいるだろうから、後は大丈夫だ!」と安心させる言葉を贈った 康太は春葵と貴章に 「オレは用が出来たから此処で離れる 一生が共に行ってくれるから大丈夫だ!」と切り出した 春葵は康太に深々と頭を下げ 「ありがとうございます康太さん!」と礼を謂った 貴章も「後は里の横の地下に住まわせるだけですので、大丈夫です」と謂った 康太は土御門孔明に「師匠、後を頼みます」と後を託した 孔明さ「大丈夫です陵王、手は沢山あります」と弟子を労る言葉を贈った 「要件が片付き次第顔を出します でも魔界と人の世は時間の流れが違います この仙界もそうです、人の世とは時間の流れが違います ですので八仙が人の世の時間を把握して送り届けると想うので、そこは心配はしてませんが‥‥慣れない地に住まわせると謂うのはやはりストレスを抱えさせるので、不測の事態も想定せねばならぬので、毘沙門天に師匠の警備をさせる予定です」 「陵王、ありがとう」 「ではまた後で師匠!」 孔明は頷いた 康太は榊原に「八雲に診察料を払ってくれ!」と声をかけた 「解りました」 榊原は康太と共に八雲の傍に逝くと胸ポケットから封筒を取り出し 「お疲れ様です八雲先生 これは少ないですが、診察料と出張費です お受け取りください!」と言い封筒を渡した 八雲は封筒を受け取り‥‥‥ 物凄い分厚さに驚き封筒の中身を見た この厚さの万札は有り得ない‥‥何も千円ばかり用意しなくても‥‥と想った だが中には諭吉さんがたんまり束になり封筒の中に入っていた 封筒の中には200万く入った札の厚みがあった 八雲は榊原を見た 「少ないとは想いますが、後日足らない分は清算致しますので、今回はこれだけお受け取りください」 「いやいや‥‥貴殿の計算は狂っておいでか?」 八雲が謂うと榊原は物凄く悲しげな顔をした 「やはり少なすぎましたか? 獣医さんの一般的な料金は一ノ瀬先生にお聞き致しました 今回は出張費と迷惑料を入れておいたのですが‥‥‥少なすぎましたか 人の世に還りましたら言い値でお支払致しますので、今日はこれで我慢して戴けませんか?」 榊原は謝罪の言葉を口にした 八雲は「違う!違う!払いすぎだろうが!これじゃ!」と怒った 「此処は仙界、人の世ではないと、妖怪と謂う特殊な動物の診察ですので払いすぎと謂う事はありません」 榊原はそう言った だがどの世に出張費と診察料とで200万近く支払うヤツがいるのよ? 借金もある 助手の給料も支払わねばならない 家賃も支払わないと追い出される だからお金は欲しい 欲しいけど貰いすぎは後が怖い‥‥‥ 仕方なく康太が口を開いた 「八雲、取り敢えずそれで、借金を支払って西条の給料を払い、たまった家賃を支払い備品を揃えたらトントンだろ? オレが大阪に逝くまでは身辺を綺麗に清算しておけよ! そしたら引っ越しだ!」 「本当に家賃をタダで用意してくれると?」 「オレは嘘は謂わねぇよ! 嘘は自分を苦しめ刃を向ける 使用方法を間違えると自滅するしかなくなる んな愚かな行為をやる訳ねぇだろ!」 借金を払い、助手の給料を払い たまった家賃を支払い、備品を揃えたらトントンとなる金額だった それを視て用意させたと謂うのだから脱帽以外の何者でもなかった 八雲は「有り難く受け取っておきます!貴方の果てへ逝ける様に腕を磨いて日々精進しておきます!」と言い不敵にニカッと嗤った 西条はさっさと八雲の持ってる封筒を奪うとバッグにしまった 「先生が持ってると落としますからね!」 しっかり者の助手は卒がなくテキパキと仕事をしていた 「弦弓、借金と家賃、支払っておいてくれ そしてお前の給料もそこから取っておけ!」 「先生、俺の給料は貴方が支払えよ! 給料出るまでは待ってやるからさ!」 「お前‥‥給料ないと困らないのか?」 「俺は養ってくれる人いるし でなきゃ先生の病院では働けないでしょ!」 西条はそう言い笑った 確かにそうだが‥‥あんまりじゃねぇ? 「俺の給料よりもさ、先生飯食えよ!」 助手は先生の体調を気にして謂う 康太は見かねて「何か食い物運ばせるか?」と謂った 西条は「それ助かります!」と笑顔で返した 「大阪には動いてくれそうなのもいるし、そいつに頼んで何か差し入れさせるよ」 八雲は「すまん」と情けなく謝った 康太は笑って「なら後少しだけ頼むな!オレは用が出来たからこの後は手伝えねぇからな」と後を頼んだ 八雲は「任せとけ!依頼された以上は最後まで診るさ!」と謂った 八雲の肩を叩いてその場を離れると、康太は久遠に声をかけた 「久遠、この後オレは逝かねぇとならねぇ用が出来たから離れるけど後は頼めるか?」 「俺の帰りの足さえ確保してくれるのなら良いぞ!」 「里の方には聡一郎も慎一もいる 後の事は慎一がやってくれる事になってる」 「なら大丈夫だな」 「久遠、本当にありがとう」 「気にするな!俺は目の前に患者がいれば診る!それだけだ!」 康太は笑って久遠の傍を離れた そして一生の所へ向かい 「後は頼んだぞ!一生」と声をかけた 「逝くのかよ?」 「あぁ、逝かねぇと話の内容すら解らねぇからな!」 「時間かかりそうなら閻魔の所に顔を出すわ!」 「頼むな!」 康太は一生の所から離れると黒龍に近寄った 「黒龍、逝こうぜ!」 康太が声をかけると黒龍は 「もう良いのかよ?」と問い掛けた 「あぁ後は一生がやってくれるし、八仙が送り届けてくれるかんな大丈夫だろ?」 「なら逝くとするか!」 「黒龍乗せてけ!」 康太が謂うと黒龍は龍に姿を変えた 康太と榊原は黒龍の背に乗り、天高く飛んで逝った 一生はそれを見送り気合いを入れた 「んじゃ、移動すんぞ!」 一生の号令で八仙の前に妖怪達は静かに並んだ 八仙の一人が呪文を唱えると妖怪達の足元に魔術盤が現れた 魔術盤は八仙の呪文の詠唱するたびにグルグルと旋回を始めた 言葉を発する八仙の一人が 「赤龍、人の子等と共に魔術盤に乗るがよい!」と命令した 一生は春葵と貴章と八雲と久遠と康太の師匠の孔明と共に魔術盤の上に乗った すると魔術盤は物凄い速度で飛んで逝った 他の妖怪達と魔術盤と共に姿を消していた 魔術盤は妖怪達を目的の地まで送り届けてくれた 聡一郎と慎一は八仙から連絡が来て、予定の地で待っていた スーっと姿を現した妖怪達と一生を見付けると聡一郎は近寄った 「お疲れ様一生」 「おー!まだ移動があるから気は抜けねぇけどな」 「あれ?康太と伊織は?」 聡一郎はその場にいない康太と伊織の姿に、一生に問い掛けた 「閻魔が連れて逝った」 「‥‥‥ならば声が掛かるかも知れませんね」 と聡一郎は臨戦態勢となった 「その前に妖怪の引っ越しが優先でっしゃろ!」 「ならテキパキやりますよ! 夏海と銘が沢山ご飯を作ってくれてますからね!」 聡一郎と一生は気合いを入れて妖怪の引っ越しを完遂させる為に動き始めた

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