72 / 100
第72話 窮途末路 ①
康太達が退院して直ぐの頃から、飛鳥井の家族は皆、多忙を極めていた
清隆や玲香、そして瑛太も夜遅くの帰宅となっていた
康太と榊原に至っては留守だった
両親の不在を補うべく栗栖と慎一が子供達のサポートをしていた
その日烈は焦った様に家を飛び出していた
慎一は忙しそうで、それに倣って家族も忙しそうだったから、烈は何も謂わず家を飛び出していた
「たいへんら……たいへんら……」
烈はそう謂い走っていた
取り敢えず榊原の家へ……そしたら誰かを呼んで……
そんな想いで走っていた
そんな烈を見付けたのは兵藤貴史だった
兵藤は早足で烈に近付くと、ヒョイと掴んで抱き上げた
「どうしたのよ?お子様がこんな早くに焦って走ってるのよ?」
兵藤は周りを見渡した
烈一人だけで何故慌てて走っているのか?解らなかったからだ
烈は抱き上げた相手が兵藤だと解り
「ひょうろうきゅん……おろちて」と頼んだ
兵藤は「下ろして欲しかったら何処へ行くのか教えてくれねぇとな!」と問い質した
烈は「じぃたんち いきゅの!」と答えた
兵藤は「一人でか?」と不思議に想い更に離すのを止めた
「一人で家を出たらダメだって謂われなかったか?」
「いわれてるけろ……はやくちないとちんじゃうにょ!」
と烈は叫んだ
死ぬ……穏やかでない発言に兵藤は眉を顰めた
「誰か……助けに行くのか?
それでお前はそんなに焦ってるのか?」
兵藤の問い掛けに、烈はコクッと頷いた
「それは俺でも大丈夫か?」
「ひょうろうきゅん……」
「俺が連れて行ってやるよ
お前が望んでいる所へ!」
烈は瞳を潤ませて兵藤を見た
「おねぎゃいれきるの?」
「あぁ、お前の望む果へ連れて行ってやるよ!」
そう兵藤が言うと烈は泣き出した
「かぁしゃんもとうしゃんもいにゃいのね
ちんいちもいそがしそーらから……
らから……じぃたんちいって……とおもったにょ」
康太と榊原は会社や他事で多忙なのは知っていた
他事の方は兵藤も絡んでいたのだ
まだ解決した訳じゃないけど、次へのステップへの移行まで時間が開いたから還ろうと想って歩いていたのだ
そこで大慌てで歩く烈を見掛けて、早足で近付いて持ち上げたのだった
でないとこのお子様は必死で何処かへ行こうとしてしまうからだった
烈は兵藤に「たしゅけて……」と悲痛な叫びを漏らした
何時もドシッと構えている烈しか知らない兵藤は驚いて………ギュッと烈を抱き締めた
「兵藤君に任せておけ!
で、その用は歩いて行ける距離なのか?」
そう兵藤が問い掛けると、烈は首を振った
「なら俺んちへ行くぞ!
そしたら俺の車でお前の目的地まで行くとするか?」
烈は涙で濡れた瞳を兵藤に向けて
「おねぎゃいちまちゅ……」と頼んだ
烈の逼迫具合を目にすれば、どれ程の緊急性を秘めてるか察しはつく
兵藤は烈を下ろすと兵藤家まで烈を連れて行った
兵藤は亜細亜圏を忙しなく回っていたから解らなかったのだが、つい最近兵藤の家が完成したようだ
実に2年の歳月をかけて兵藤家は完成して、飛鳥井の家の裏へと還って来ていたのだ
だがら兵藤は近くまで車で送ってもらい、歩いて自分ちの外観を確かめようと飛鳥井の家の前を歩いていたのだった
何という偶然か、そこで烈を見付けたのだ
兵藤は始めて目にする兵藤の家の玄関に立つとインターフォンを鳴らした
『何方じゃ?』と母親の美緒の声が響いた
兵藤は「息子の貴史です、開けてください!そして鍵を下さい!」と謂った
するとドアは直ぐに開かれた
ドアの向こうから美緒が顔を出した
「お帰り貴史、用はもう済んだのかえ?」と問い質した
「用は今出来たんだ、俺の車来てるよな?」
兵藤はそう言い烈を美緒の前に出した
「烈……どうしたのじゃ?」
美緒は烈の前に跪き、涙で濡れた眦をハンカチで拭った
「みおたん……」
「お主が一人で動いたと謂う事は余程の事なのであろう……」
美緒はそう呟くと立ち上がり我が息子に
「その命………賭してでも……完遂されることを願う……」と謂い家の鍵と車の鍵を手にすると兵藤に渡した
兵藤は家の鍵と車の鍵を受け取り
「烈の望む果てへと向かう所存です!」と告げた
烈は「みおたん……たぶれっとありゅ?」と問い掛けた
美緒は「昭一郎、タブレット下さらない?」と声を掛けると、兵藤の父 昭一郎がタブレットを手にして玄関へと来た
昭一郎は美緒にタブレットを渡すと、美緒は烈にタブレットを手渡した
烈はタブレットを起動するとカメラを作動させた
そしておでこにタブレットを押し当てると、目を瞑り苦しそうに唸りだした
兵藤の家族はそんな光景を静かに見守っていた
烈はタブレットを兵藤に渡した
「たぶん……ちかくまれはゆけるの……れもね……
かぁしゃんもみろきゅもちうんも……ちゅかめにゃいの……
はやくとないと……ちんじゃうにょに……」
烈はそう謂い悔しそうに唇を噛み締めた
強く噛まれた唇から血が流れる……
美緒は優しくその唇の血を拭い
「我が息子は強運の持ち主!
必ずや見つけ出してくれるであろうて!」と烈に言葉を掛けた
烈は体から力を抜いた
その時、烈の首から下げた携帯が鳴り響いた
その携帯を首から外すと兵藤が電話に出た
通話を押すと画面の向こうから
『烈!!何処にいるのですか?』と慎一の声が響き渡った
兵藤は「慎一か?烈は俺と共にいる」と伝えた
電話の向こうの相手が安堵する息が聞こえた
『貴史……君が烈を拾ってくれたのですか?
これから迎えに逝きます」
「来なくて良い!
此れより俺は烈と共に逝かねばならぬ所がある!」
『……ならば烈は貴方と共に過ごすと?』
「あぁ、何かあれば俺の携帯に連絡を入れてくれ!」
『解りました、でも烈は何も食べてません この数日……何も口にしておりません
なので今日は幼稚舎を休ませて久遠先生の所へ連れて行こうと想っておりました』
兵藤は烈を見た
そう謂えば……覇気はなく萎れた様な雰囲気の烈だった
「解った、美緒に何か食えるの作って貰ってから逝くとするわ!」
『烈を頼みます!
ここ最近変なのは解っていました
兄弟達も無口になり瞑想に耽る烈を心配してました
ですが……忙しさにかまけて手出しできなかった俺の落ち度です………
烈を家から出させてしまった………』
慎一の言葉は悔いていた
主に変わって家の事を取り仕切る慎一は想像を絶する多忙を極めているのたろう
「慎一、烈は何も知らねぇお子様じゃねぇ!
その時その時を見極めて動いている奴だ
だから今直ぐに動いてくれる奴を見極めて動いただけだ、気にするな
取り敢えず烈が焦って泣いていた程の用だから、俺が動くとする!
アイツにはそう伝えておいてくれ!」
『解りました
烈をお願いします!』
苦悩を秘めた慎一の声だった
だが兵藤は烈を優先して電話を切った
携帯の電源を切ると、烈の首にかけて
「美緒、何か食えるのを用意してくれ!
そしたら俺は出掛ける」
兵藤がそう謂うと昭一郎が奥から二人分のお弁当を手早く作り持って来た
美緒が出掛ける息子の状態を推し量り夫に目配せしたのだった
二人分のお弁当と水筒を紙袋に入れて、昭一郎は美緒に手渡した
美緒はそれを受け取り
「早く逝くがよい!」と謂い兵藤に手渡した
兵藤はそれを受け取り、烈を抱き上げると外へと出た
玄関を出ると駐車場へと向かう
この家の設計図なら康太に見せて貰ったから、場所は把握していた
駐車場に向かうと兵藤の新しい車、レクサスが停車していた
兵藤は車のドアを解錠すると助手席のドアを開けて烈を座らせシートベルトを嵌めた
そして運転席に乗り込むと、タブレットを取り出し烈が念写した地図を見た
「此処は何処なのか?烈には解るのか?」
兵藤が問い掛けると烈は首を振った
兵藤は携帯を取り出すとタブレットに写る地図を写真に映し、聡一郎に添付して送信した
そしてラインで「此処が何処か知りたい!」とメッセージを送信した
『調べます!少し待って下さい!』とラインに返信があった
兵藤は取り敢えず車を路肩に停めた
そして烈に美緒が持たせてくれたお弁当を烈が食べやすく取り出して食べさせた
「モリモリ食え!
でねぇと目的地に着いても動けねぇぞ!」
そう言い兵藤も弁当を食べ始めた
弁当を食べ終わる頃、聡一郎からラインがあった
『そこは熊本の秘境みたいな場所です
車でも行けそうにない立地ですが、ひょってして行く気ですか?』
兵藤は聡一郎からのラインを見て
「熊本……飛行機が必要な距離かよ……」とボヤいた
烈は「きゅまもと?」と不思議そうに呟いた
「はきゅばか、ちじゅおかじゃにゃく?」
「聡一郎がそう言ってるからな、確かだと思うぜ!」
聡一郎が『僕も連れて逝くならばチケットは取りますけど?』と問い掛けた
「頼めるか?俺と烈の分のチケットだ!頼めるか?」
『烈?烈と一緒なのですか?』
「おー!朝一人で走ってるの捕獲したんだよ!」
『解りました!
僕は偶然にも今 欧州から帰宅した所なので空港にいます
直ぐにチケットを取るので空港まで来て下さい!』
聡一郎はそう言い電話を切った
兵藤は携帯を鞄に放り込むと
「空港まで走るからな
お前はお茶でも飲んでろ!」
と謂い水筒を渡した
兵藤は空港まで走った
少しの渋滞には巻き込まれたが、無事に空港まで着くと、兵藤は駐車場に車を停めて車から下りた
車から下りると兵藤は助手席側に回り、烈のシートベルトを外して車から下ろした
「聡一郎が待ってるからな
背中に掴まれ、少し走るからな!」
と謂いしゃがむと烈を背に背負った
空港の国内線のカウンターまで向かうと聡一郎が立っていた
聡一郎は兵藤と烈を目撃すると傍に近寄った
兵藤は背中から烈を下ろした
聡一郎はチケットを見せると「直ぐに搭乗手続きをして乗り込みますよ!」と声を掛けた
慌ただしく搭乗手続きをして飛行機に乗り込み座席に座ると聡一郎は「経緯をお願い出来ますか?」と問い質した
兵藤は朝からの一連の事を聡一郎に詳しく話し、烈が念写したタブレットを渡した
先程送られて来た画像だった
聡一郎は「物凄いタイミングの良さなので狙ったのかと想いました」と口にした
それ程に税関を通過して、さぁ帰ろうかと想っているタイミングだった
そこへ兵藤から電話があったから、兵藤が動くならば!と聡一郎は荷物を秘書に預けて帰らせたのだった
そこからは地図の解析にあたり、地形から詳細に場所を割り出した
類似の地形が2箇所あり、迷ったが四宮が誇るホストコンピュータが熊本を指し示したのだった
康太が心血を注いで制作したホストコンピュータなのだ、間違いなどないと聡一郎は信じて地名を伝えたのだった
それを兵藤に伝え、共に動くつもりでいたのだった
そしたら烈がいて、どうやら兵藤は烈の用事で動いている風だから詳細を聞かねば!と待ち構え、兵藤が車を走らせ来るならば、と計算してカウンターへ向かいチケットを取ったのだった
兵藤からの話を聞いて総て納得した
兵藤は「烈は白馬か静岡じゃなく?聞いて来ていたな……そう言えば……」はそう呟いた
すると聡一郎は顔色を変えた
「烈がそう言ったのですか?」
「あぁ、俺も最初は白馬かと想ったんだよ
でも念の為にお前に聞いたんだよ
似たり寄ったりの地形だからな、解らなかったってのが本音だけどな」
「僕が調べて該当する地形にその2箇所が真っ先に出て来ました
ですが送られた画像にはもう一つを的確に弾き出確かなモノがあり熊本を導き出したのです」
「何か康太や弥勒や紫雲も探してるって言ってたな」
兵藤が言うと聡一郎は顔色を変えた
「この事、康太には?」
「伝えてねぇよ
慎一は伝えた
アイツには伝えといてくれと言っといたから大丈夫だろ?
でもよぉ慎一は烈を朝早くに一人で家を出させてしまったと後悔しまくりの声だったが、俺は烈を優先しねぇとならねぇからな、フォローはしてやれなかった」
「慎一なら後悔しまくりでしょうね……きっと……
況してや烈を一人で家を出させて何かあったら……考えただけで怖いですからね
烈の代わりはいません……今世に宗右衛門を欠かせてしまったら考えただけで怖いですからね……」
揺るがないポジション
飛鳥井の家にとって欠かせない存在
それが烈だった
「そう言えば一大事にはじぃさん出て来なかったのですか?」
聡一郎は話題を変えた
兵藤はそれに乗って
「烈は最近飲まず食わずだったらしくてな、久遠の所へ連れて行こうとしてたって慎一が言ってたからな、体力不足で出られねぇんじゃねぇのか?」
と揶揄して言った
聡一郎は「飛行機を下りたらまずは食事ですね」と烈の頭を撫でならが言った
2時間近く飛行機に乗ってやっとこさ、阿蘇くまもと空港に到着した
飛行機から下りると聡一郎は空港内にあるレストランに入り烈にメニューを見せ「何が食べたいですか?」と問い掛けた
烈はトーストのモーニングセットを頼んだ
「これだけで大丈夫なのですか?」
聡一郎は問い掛けた
烈はコクッと頷いた
聡一郎は兵藤に「なら僕達もモーニングで大丈夫ですか?」と聞いた
兵藤は「あぁ、それで良い」と答えた
聡一郎は店員にモーニングセット3つと注文し
た
そしてテイクアウトを幾つか見繕い注文した
軽く食事を取った後、テイクアウト商品を受け取り向かった先はレンタカー店だった
適当にすぐ乗れる車を借りて車に乗り込むと、聡一郎は後部座席に烈を乗せた
そしてテイクアウトした紙袋を烈に渡すと、早々に助手席に乗り込んだ
兵藤は運転席に乗り込んだ
聡一郎がナビに目的地を打ち込んだ
そしてナビを見て詳細を突き詰め予定を立てた
ナビを見て指を指し
「此処までは車で行けそうですか?」と問い掛けた
「どうだろ?
少し待ってろ!タブレットなら航空写真が見れるからな」
兵藤はタブレットを手にして行く先を拡大してみた
道は山に向かうにしたがって細く細くなって行っていた
航空写真を聡一郎に見せて
「山の中を突っ切らねぇと目的地に付きそうもねぇからな…どうするかな?」
と、兵藤は考え込んだ
「ですね、なら行ける場所まで向かいましょう
でもその後はどうします?」
「バイクならどうだ?」
「バイクだと通れますね
でもそこへ着くまでに、この場所に旅館があるので一泊してそこでバイクを借りたり着替えがないので洗濯したりしたいですね
旅館なら浴衣がありますからね
僕が予約を入れておきます」
「だな、取り敢えずこの旅館まで進むか」
兵藤が言うと聡一郎は「この場所まで来たら運転は変わります」と告げた
「助かるわ」
兵藤はそう言い車を走らせた
烈は聡一郎に渡された紙袋には目もくれず、瞑想に耽っていた
何時間も何時間も黙って瞑想を続ける
兵藤から聡一郎に変わり運転をする
目的地はかなり遠かった
半日車を走らせても旅館にすら到着する気配はなかった
途中、大きなデパートがあり、下着と着替えを買った
瞑想に耽る烈に紙袋の中の食べ物を食べさせ、注意深く面倒を見る
でなくば烈は何も食べず只管瞑想に耽るだろう
どれ程の力を使っているのか?
日も暮れ旅館にやっと到着した
今宵はそこで宿を取り休む事にした
聡一郎は車が停まると助手席から下りて、後部座席のドアを開けて烈を下ろした
烈は………驚く程に軽かった
下に下ろしてもらうと烈はグラッとその体を崩した
兵藤が慌てて抱き上げると、烈は青い顔をしていた
兵藤は烈に「どうしてこんなに弱ってるんだよ!」と声を掛けた
聡一郎は「気を何処かに飛ばしてますか?」と尋ねた
烈はコクッと頷いた
兵藤は怒りに任せて「どうしてそんな事をするんだ!」と問い詰めた
聡一郎は兵藤の手から烈を奪うと
「話は部屋に入ってからです!」と謂い歩き出した
受付に行くと女将が「お泊りの方ですか?」と問い掛けた
車に乗っている間に聡一郎は旅館に宿泊の予約を入れておいたのだった
兵藤は宿泊台帳に名前を書くと鍵を渡してもらい、部屋へと向かった
和室の部屋は静かで綺麗で、古風な和の庭園を眺められる部屋だった
聡一郎は座布団に烈を座らせると
「話して下さい!
でなくば協力も出来ません!」と強い口調で問い掛けた
烈は「きをおくらにゃいと……ちんじゃうにょ……」と答えた
兵藤が「誰が……虫の息なんだ?」と問い掛けた
「あしゅかいのはてぎゃくるうから……いえにゃい」
烈は弱っていても頑固な口調でそう答えた
聡一郎は携帯を取ると何処かへ電話をかけ始めた
「僕です、聡一郎です
今日は飛鳥井の危機だと宗右衛門が申してるので、菩提寺を上げて気を烈に飛ばして下さい!
でなくば烈は数時間後には衰弱して……死ぬやも知れません
もう食べる事さえ出来ずにいます
お願いできますか?」
その話を聞けば、何処へ電話してるのか察しは着いた
電話の相手は息を呑み聡一郎の言葉を聞いていた
その後で「烈と変われますか?」とやっと言葉にした
聡一郎は携帯を烈に渡した
烈は電話に出ると「なんれすか?」と問い掛けた
『城之内に御座います
大丈夫なのですか?
誰に気を送っておいでなのですか?
竜胆に御座いますか?』
竜胆の事は紫雲龍騎から聞かされていた
「りんろーじゃにゃいよ……もうちとり……」
『…………っ!!!』
そんな話は聞いていない……
だけどこうして烈が動いていると言う事は………飛鳥井の為の存在なのであろう
『菩提寺を上げて貴方に気を送ります
ですので、どうかご無事で……帰還されます様に祈っております』
それだけ話すと烈は聡一郎に携帯を渡した
携帯を受け取ると聡一郎は
「お願いできますか?」と問い掛けた
『はい!直ちに烈へ向けて気を送ります』と謂い電話を切った
暫くすると菩提寺から気が送られて来た
烈の顔色が少しだけ良くなっていた
「烈、食えるならご飯を食え!」
兵藤はそう言うと烈は、目の前の食事に箸を付けた
少しずつ少しずつ食事を始めた
兵藤と聡一郎はその姿を見て安堵して食事を始めた
暫くして烈は箸を置くと、首から下げた自分の携帯の電源入れた
すると烈の携帯の着信音が響き渡った
まさか烈の着信音が「烈!早く電話に出やがれ!」という康太の声だとは思わなくて兵藤も聡一郎もビックリしていた
烈は電話が掛かってくるのが解っていた様に、通話ボタンを押した
「あい!」
『烈、大丈夫か?』
受話器から愛する母の声が響いた
「はやくちないと……ちんじゃうにょ……」
『解ってる……だがお前の気を注ぎ続ければ、お前の体も弱ってしまうのを忘れちゃ駄目だ!』
「れも……きをおくらにゃいと……もうちんでるにょ……」
『そこまで………』
康太は言葉を失った
「りんろーもきけんらけど、いまちゃがしてるにょは……ちがうからね」
『竜胆じゃねぇって事は………っ!!!
あの方が………そうか……もうこの世に堕ちて来られたのか…………
あの方と竜胆……どっちも危険な感じだと謂う事か?』
「らね、れも、ゆうしゃぇんじゅんいは、こっちらから!」
『済まねぇ烈………オレも弥勒も紫雲も探していたんだけどな……探す相手も違って、場所も見当違いの場所だったと謂う訳か……同時に……こんな撹乱する様な出来事が………』
康太は言葉を失くしていた
「たぶんらけど……ははおやがあしゅかいからはじゅれたから……らとおもうにょ」
『飛鳥井から外れた?
それは離婚したって感じで良いのかよ?』
「それはわからにゃい………らけどほしは……かこきゅなうんめいをもたらちてしまったにょ……
ほんとうにゃら……はじゅれるはじゅにゃいのに……」
『果てが狂ったって事か?』
「きどーがそれてるにょね……らからはじかれてでるしかなかったとおもうにょね」
康太は言葉を無くした
「それれも……たしゅけにゃいとらめにゃにょ!」
『最近離婚した一族を一生に調べさせる』
「しゃがしても……おそいにょに?」
『遅い?それはどうしてよ?』
「ははおやは……せいめいをおえてるからにゃにょ……」
『………っ!!………それは黄泉に渡ったと謂う事か?』
「よみにはいっちぇにゃいよ
ははおやはわがこのそばにいて……たすけをよびつづけてるからね」
『逝かせてやらねぇとな……そして何故こうなったか?
原因を把握しておかねば一族の統制など夢のまた夢となる………
だから何故こうなったかを調べねぇとな!』
「しゅくってあげて…かなちきたまちぃを………」
『解ってる……だが烈……お前の気が弱ってるのを、お前に授けた剣を通して感じておられて叔父貴が心配している……』
「かぁしゃん まきゃいにゃにょ?」
『あぁ、用事があって出向いている
叔父貴がお前に気を送りに行くと申しているが……どうする?』
「あいたいにゃ………」
想わず烈は呟いていた
体も弱り気も弱っていた
何時だって心の中では偉大なる背中を想い奮起していた
『烈、母も父もお前を心配している』
「わかってるにょ」
『何時だってお前を愛している』
「わかってるにょ」
『無理するな……何かあれば母を呼べ
そしたら直ぐに駆けつけるから…』
「ひょーろーきゅんがいてくれるにょ
そーちゃんもいてくれるにょ
らから…らいじょうびよ」
烈の言葉は母を気遣っていた
宗右衛門が出られない程に弱っているのに………
烈は大丈夫だと謂うのだ……
「かぁしゃん とぅしゃん どうかごぶじで!
れちゅはいつらって……ぶじをいにょってまちゅ!」
『烈……あぁ………ありがとうな烈
なら此れより叔父貴がお前の元に逝くからな』
「あい!」
烈がそう答えると電話は切れた
すると烈の前に…懐かしき匂いを持つ偉丈夫が姿を現した
兵藤と聡一郎は突然現れた御人に驚きつつ………固唾を呑んで見守っていた
「烈……大丈夫なのか?」
優しいその人が声を掛ける
烈はその人を懐かしそうに見ていた
素戔嗚尊
閻魔大魔王の母上の弟であり
魔界の英雄の姿がそこに在った
ニコッと笑った烈の顔は……あの日儚げに笑って逝った哀しき子に重なり……素戔嗚尊は刹那くなり烈を抱き締めた
「こんなに弱って……これよりお主に我の気を分けよう…」
「ありがたきちあわせにごじいましゅ」
「烈……」
今世も過酷な道を逝く子に……言葉もなく……素戔嗚尊は自分の気を烈に分け与えた
そして烈を離すと掌に金色に輝く一粒の小さな金の玉を乗せた
「それは八仙の作る錬丹術の一つ丹薬じゃ
これを飲んで体を治すがよい」
素戔嗚尊が小さな金の玉を掴むと、烈は口を開けた
その口に小さな金の玉を入れると、ゴクンっと飲ませた
素戔嗚尊は烈を抱き上げると、兵藤と聡一郎に向き直り
「烈を宜しく頼む!」
と謂い深々と頭を下げた
兵藤と聡一郎はとんでもない!とばかりに
兵藤は「お止め下され!素戔嗚殿!」と謂い
聡一郎は「そんな事をされたら主から怒られます!」
と慌てた
素戔嗚尊は兵藤と聡一郎の頭を撫で
「主達も大変であろうが、烈を頼みましたぞ!
そして……甥の事も気にかけてやってくれ!」
と優しい言葉で頼み事をされた
近づき難き偉大な英雄は、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた
烈はギュッと素戔嗚尊に抱き着くと、振り切る様に離れた
素戔嗚尊は烈をそっと座布団の上に座らせた
おでこに触れて生気が戻った顔を確認すると
「もう大丈夫だな」と確かめた
烈はコクッと頷いた
素戔嗚尊は背筋を正すと
「では我は還るとする
烈 何時も見守っておるから……無理はするでないぞ」
烈は「あい!」と返事をすると素戔嗚尊は姿を消した
兵藤は五通夜の儀式の時、出した剣の経緯は聞いていた
聞いていたが……こうして目の前にあの御人が登場すると………その関係性に……信憑性と現実味を叩き付けられた気分になった
烈はご飯を食べていたが、力を使いすぎ眠気が襲って来ていた
烈は「ねむいにょよ」と目を擦り訴えた
聡一郎は「お子様が寝る時間を過ぎてましたね」と謂い烈を敷かれている布団に寝かせた
食後のお茶を飲んでいた兵藤はすっかり疲れが伸し掛かり
「俺達も寝るとするか
しかし……何度見てもあの御人は迫力あるな……」と少しだけボヤいた
聡一郎は笑って
「天魔戦争の覇者で魔界の英雄ですからね」と現実を口にした
「草薙剣を出し弥勒が魔界に行ったって経緯は聞いていたけどな………」
「ええ、僕も……聞いてはいましたが、烈の為にあの御人が人の世に姿を現すなんて夢にも思いませんでした……」
誰よりも重きを抱いて魔界のプロパガンダになっていた御人が……人の世に干渉する事など……想像を絶しているからだった
「俺も…話には聞いていたが、何処かで絵空事の様に感じていたわ…」
聡一郎は頷いて
「炎帝は誰よりも母上を愛されておいでだ
母上の血縁となれば……矢面に出ずとも何としてでも護り通す……それを実践されたのであろう……」
と我が主の思いを口にした
兵藤は笑って「明日は更に過酷な闘いとなるからな、寝ようぜ!聡一郎」と声を掛けた
「そうですね、寝るとしますか!」
そう言い布団の敷かれた部屋へと移る
聡一郎は真ん中に寝た烈の横の布団を少し離すと
「お休みなさい」と謂い布団に入り込んだ
兵藤は「何で離すんだよ!」と文句を言ったが、聡一郎は答えずに眠りに着いていた
兵藤は仕方なく布団に入った
疲れていたのか?兵藤は布団に入るなり睡魔に襲われ眠りに落ちていた
夜中に寝相の悪い烈が康太ばりのキックを食らわし、兵藤は目を醒ました
そこでやっと聡一郎が布団を離した理由に気付いた
兵藤は烈を暴れられない様に抱き締めると、再び眠る事にした
起きるには早過ぎるからだ
だがじっと寝てない烈に何度もパンチやケリを入れられトホホな気分で携帯を取り出した
すると康太からラインが入っていた
『バイクの手配は慎一に頼んでして貰ったから、手間掛けるが烈を目的地まで頼む!』
総てを見通して必要なモノの手配をしたと謂うのだ
兵藤は「助かるわ」と返信した
魔界にいると謂うならば、これを目にするのは先になるになるだろうと想いつつ
「命を賭してでも護れと美緒にも謂れてるしな、全力で乗り切しかねぇでしょ?」と呟いた
「美緒さんはやはり三木敦夫の秘書をしていただけありますね」と突然背後から声がした
振り返ると寝てると想っていた聡一郎か起きていた
兵藤は「どうしたのよ?」と問い掛けると
「君の独り言に感心していたのです」と嗤った
そして起き上がると
「来客があると連絡が有りました」と答えた
「え?来客?誰が来るのよ?」
想わず兵藤が問い掛けると聡一郎は
「貴史、外まで迎えに行って下さい
旅館の方を起こす訳にはいきませんからね
僕達が停めた駐車場に車を停めると想うので、そこまで出迎えお願いします」
と兵藤に迎えに行けと言った
兵藤は浴衣のまま部屋を出て旅館の外へと向かった
兵藤が外に出るとしばらくして、兵藤達が宿泊する旅館の駐車場にワンボックスカーが停まった
見た事のない車だったから、兵藤は車に近付いた
運転席を覗き込むと、運転席に乗っていたのは慎一だったから驚いて
「慎一!どうしたのよ?」と声を掛けた
慎一は運転席から下りると、兵藤に深々と頭を下げた
兵藤は頭を上げない慎一に
「堅苦しい挨拶は止せ慎一
それよりもこんな遠くまで越させて悪かったな……」と声を掛けた
慎一はゆっくりと頭を上げて姿勢を正すと
「構いません、俺の方こそ烈の面倒を見させてしまって申し訳ありませんでした」と再び謝罪の言葉を口した
「気にするな!
それよりバイクの手配をしてくれたって言ってたけど、バイクは何処よ?」
と話を反らした
「バイクは朝食の後、山の麓の駐車場に午前8時半に運んで貰う手筈は付いてます」
「そうか、ならバイクが来るまで部屋で休んでるとしようぜ!」
「今日、此処に来たのは俺だけじゃありません」
慎一はそう謂い後部座席のドアをノックした
すると「やっと到着したのかよ?慎一」と声がした
後部座席で寝ていた男が欠伸をしながら車から下りて
「よぉ、病人は何処よ?」と開口一番問い掛けた
慎一と共に来たのは久遠医師だった
久遠は「弱ってる烈を待ってたが来なかったからな此方から出向いてやったぜ!」と謂った
朝 携帯で話した時、久遠の所へ診察に連れて行こうとしていたと謂っていたっけ……と思い出した
取り敢えず兵藤は慎一と久遠を旅館の部屋へと連れて行った
久遠は部屋に入るなり烈を探した
布団の上で眠る烈を見付けると近寄り、服を捲くって触診を始めようとした
だが、そこで手が止まった
少し前に烈の診察をした時……こんなにも肋が浮き出て栄養失調の子供の様にガリガリに痩せてはいなかった筈………
「どうして?こんな短時間に………」
何故こんなに窶れて弱ってるんだ?
久遠は聴診器を鞄から取り出して診察を始めた
触診する久遠の手に烈は「くちゅぐったいにゃ……」と体を捩って抵抗した
それでも久遠は烈の抵抗を封じて診察をしていた
烈はパチッと目を開けると目の前にいる人物が何故此処にいるのか?不思議そうに見て、それでもニコッと笑って
「せんせー どうしたにょ?」と問い掛けた
久遠は烈の脇に腕を差し込み持ち上げると、その軽さにビックリしたが平静を装い
「朝来る約束だったじゃねぇかよ?」と約束を口にした
烈は困った顔をして
「そうらった……ぎょめん……せんせー」と謝った
久遠は烈の頭を撫でると
「どうしても外せねぇ用があったんだろ?」と問い掛けた
烈はコクッと頷いた
「なら仕方ないな
だから先生が出向いてお前のサポートをする事になったんだよ」
「え?」
「車の後部座席にはどんな対処も出来るように一式持ってきたしな
お前は目的を完遂しろ!
俺は此処でお前を待っててやる
俺は免許がねぇからな一緒に行けねぇけど、何かあれば直ぐに対処は出来る筈だ
その弱ってる奴を見付けたら直ぐにヘリコプターを飛ばせす段取りをして来たからな!
迎え入れてくれる搬送先も美緒さんに口利きして貰って確保して来た
だからお前は目的を完遂しろ!良いな!」
久遠の心強い援護射撃に烈は涙ぐみ
「せんせー………あいがとう……」と泣いた
久遠は泣いている烈を落ち着かせ何度も撫でていた
そして落ち着いたのを確認すると、布団に寝かせて、腕を持ち上げ消毒した
烈は「まちゃか……」と呟いたが、容赦なく点滴の針が烈の腕をぶっ刺した
「いちゃいにゃ……」と泣きそうになる烈に兵藤は
「耐えろ烈……」とエールを送った
久遠は点滴のパックをハンガーを使って上手く固定すると、兵藤と聡一郎に向き直った
「これから過酷な山登りだって?」
久遠が人の悪い笑みを浮かべて問い掛ける
兵藤は、たらーんとなりつつ
「俺は大丈夫なので……」と逃げようとした
が、久遠は「ホレ、途中でガス欠になる前に打っとけ!
その為に8時に間に合う様に来たんじゃねぇかよ!」と容赦ない態度で兵藤の腕を取ると、消毒をして針をぶっ刺した
その次は聡一郎、聡一郎は諦めの境地で大人しく点滴を打たれていた
久遠は処置を終えるとカルテを取り出して書き込んでいた
聡一郎は「支払いは還ってから行きます」とトホホな気分で言った
久遠はガハハハっと笑って
「お代は瑛太さんから既に徴収済みだ
ついでに飛行機のチケットを用意したのも彼だ!」
と手の内を明かした
聡一郎は不思議そうに「何故に瑛兄さんが?」と問い返した
「丁度慎一が俺の所に電話をして来た時、瑛太さんは胃の調子が良くないからと診察に来てたんだよ
診察の最中に机の上に放り投げていた俺の個人の携帯が鳴って、目敏い瑛太さんが電話して来たのが慎一だって見て取ると、診察中だってのに……あの人は俺に電話を取れと謂いやがったんだ!
どんだけ無茶ぶりなんだよ飛鳥井の家の奴等は!
それで慎一が烈の事を話したんだよ
そしたら笑顔で慎一と共に行ってくれますよね?と人を脅して来たんだ
これが顛末の一部始終だ!」
瑛太ならやりかねない………聡一郎はそう思った
飛鳥井の家にとって欠かせない存在
それが烈なのだ
ならば総代として全力で持ってお支えする!
それが総代の務めだと瑛太なら謂うだろう
慎一は点滴を打たれている兵藤に
「この先、バイク移動なのですよね?」
と問い掛けた
兵藤はタブレットを取り出し、烈の目指す地点が航空写真で映し出された地図を慎一に渡した
「車じゃ無理だ
かと言って歩きで行くとしたら何日かかるのよ?って感じだからな
バイクで行くしかないだろう……って結論を出した
康太オーダーならオフロードバイクを借りさせたんだろ?」
慎一は手渡されたタブレットに写る航空写真を見て
「烈は後部座席に乗せるのですか?」と問い掛けた
「それしかねぇだろ?」
「ならば烈は俺が背負って行きます!」と言った
兵藤はそれを止めた
「慎一、おめぇはいざと謂う時動いて貰わねぇとならねぇから、此処に残れ!」
「ならば虚弱な聡一郎が残った方が……」
と謂い掛けた慎一を聡一郎が止めた
「それは無理だよ慎一
ナビは僕がせねば辿りは着けない」
「聡一郎……」
「確かに僕は虚弱だけどさ、力を解放すれば堪えられないミッションじゃない
それより適材適所、慎一は連絡が来たら久遠先生を使って1分でも一秒でも早く……救ってあげる為に動いて……それは慎一しか出来ない事だから!」
「解った……」
慎一が押し黙るように答えると兵藤が
「朝 電話でも言ったけど烈は焦ってて飛び出したんだよ
このお子様はお前に気付かせねぇように気配すら消せる
そんなお子様相手なんだ、悔いる必要なんてねぇんだよ」
と朝出来なかったフォローをした
「そうなんですが……」
「烈はその時捕まる奴を見極めて探していた
だから俺が立候補して共に行っても良いかと了承を得た
もっと急いでいたなら烈は頷かなかった筈だ!」
烈の気難しさを理解している慎一は、悔いる事を止めた
そして自分が出来る事を全力でフォローしよう!と心に誓った
烈は慎一の方に手を差し出すと、慎一はその手を握りしめた
「ちんいち、ぎょめんね
いちょがちそーらったから……すぐにいかにゃきゃ!って、あちぇってたから……」
「今度からは報告してから出て下さいね」
「よゆーあれば……ね」
余裕がなければ突っ走るしかない……との意味だった
慎一はもう何も謂わなかった
烈に架せられた荷物の重さに……その動きを止める事だけはしてはならないと決めたからだ
点滴が終わると久遠は烈の腕から針を抜いた
久遠は「これが終わられたら少し入院して体を整えられよ!」と言った
烈は弱りすぎた体を誰よりも理解して頷いた
久遠は兵藤と聡一郎の点滴も抜くと、部屋に朝食が運び込まれた
聡一郎は「追加で後二人分お願い出来ますか?」と給仕に謂うと、給仕は急いで二人分の追加をした
皆で朝食を取リ終わると、久遠は空いてる布団に潜り込んだ
「俺は寝てるから、何かあったら慎一に連絡して叩き起こしてくれ!」
最終便で飛行機に乗って延々と車に乗って来たのだ
寝不足だった
それでなくても途切れる事のない患者の対応やオペで、疲労はマックスだったのだ
久遠は布団に入るなり眠りに落ちた
8時前に慎一に運転してもらい山の麓の駐車場へと向かう
すると既にバイク屋の車が停まっていた
バイク屋が入ってきた車を見つけると、手を振って合図をした
慎一は車を停めると車から下りバイク屋へと近寄った
バイク屋は早朝だと謂うのに爽やかな笑みをサーヴィスだと言わんばかりにたれ流し
「お約束のバイクです!」と荷台から下ろしたバイクを指さした
「メンテもバッチリなので、結構な山道も大丈夫です!」
バイク屋はバイクを受け渡すと、颯爽と還って行った
兵藤はバイクに跨ると慎一に
「烈を背に括ってくれ!」と頼んだ
慎一は烈を後部座席に座らせて、柔らかな紐で烈を兵藤の背に括り付けた
「んじゃ、行ってくるわ!」
兵藤がそう言うと慎一は深々と頭を下げて
「お気を付けて!」と言葉を述べた
聡一郎もバイクに跨りエンジンをかけると、兵藤と共に目的地へと走って行った
慎一は3人の姿が見えなくなるまで見送り、直ぐに動ける準備をせねば!と気を引き締めて車に乗り込んだ
どうかご無事で………
祈る想いは明日の飛鳥井へ繋げる確かな道標として繋がって逝くと信じて、慎一は主を想い動くのだった
烈を気にして悔いている慎一に康太からラインが入ったのは夕刻頃だった
その時既に久遠と共に瑛太の計らいで熊本へ向かう手筈は着いていて、不在中にやらねばならない事を前倒しにしていた時だった
『バイクの手配はした
お前も熊本に行くんだろ?
ならば登山道入り口の駐車場に午前8時半に運んで貰える手筈は整えた
後は頼むな慎一』
何もかも見通して手はずを整えた主からのラインに慎一は完遂する事を誓った
そして迎えた当日だった
慎一は何時連絡が来ても良い様に、旅館に戻り体制を整えて待とうと宿へ戻った
ともだちにシェアしよう!