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第2話
「浩司?」
ウォルターは不審そうに眉を寄せ、腰掛けたところに俺がメニューを渡すと、それをざっと流し見してから体の陰に隠すようにしてそっと指先で手の平を撫でてくる。
「っく……やめ、」
小声で窘め、ぎゅっと指先を握り返した。体の奥が熱い。本当はこの熱をどうにかしたい。いっそのこと一回表に出たら冷えるだろうか。制服である白いシャツと黒いパンツに腰に巻くタイプのエプロンを着けているだけの格好なので、普段なら真冬に外は願い下げだ。でもこうなっちまったら仕方ない。明らかに風邪の時の悪寒とは違う震えと体の奥から焦がすように湧き上がる熱をどうにかしたくて、俺は取り敢えず手を握ることで耐えた。
「何か下手打ったんだな」
きつく眇められた眼差しが痛い。何も言えずにそっと握っていた指先を離すと、
「マスターを呼んでくれる?」
「っウォルター!」
「いいから」
被せるように言い切られて、俺は渋々スイングドアをくぐってマスターに声を掛けた。
少し腹の出始めた、けれどそれなりに鍛えてある立派な体格のマスターと数分話し込んだ後、少し離れた場所に控えていた俺のところへウォルターがやってきた。そこが従業員用の通路口だったため、そのまま腕を掴まれて控え室の方へと引っ張られていく。
「ちょっ、ウォルター……って、」
情けないことにそんな強引にされても抗う力が出ない。小さな和室になっている上がり框に膝かっくんされる形で俺は尻餅を付いてしまった。
「何やってんだよ」
そう言いたいのは俺の方なのに、いつになく怒りを含んだ眼差しで見下ろされ、俺は言葉を飲み込んだ。
「馬鹿か? 浩司」
「っく……そこまで言わんでも……」
「じゃ、間抜け」
ぎんっと睨まれて、俺はしおしおと項垂れる。といってもほぼ寝転んだ上体を肘で支えているだけなので、実際は下を向けないわけだが。
畳の上に軽く畳んだコートを置いてから、ウォルターがのしかかってきた。するりとエプロンの紐を解かれ、シャツのボタンに手を伸ばされる。
「何するんだ、よ」
肌に直接触れられた部分が官能の疼きを伝えてくる。
「いいから脱いで」
「こんなとこで出来っかよ……」
その手を押しのけようとしても、いつものように力が入らない。しかも刺激に反応する体が更なる熱を生み出してきていて、もうどうにかなりそうなくらい頭の中も蕩けていた。
手早く俺の衣服を剥ぎ取ると、今度はウォルターが自分の服を脱ぎ始めた。
何? まさか本当にこの控え室でやろうとかそんなまさか流石のこいつでも。
ぐるぐる考えているうちに、今度は俺が着ていた制服を身に着けていく。
「え? あれ??」
身長はウォルターの方が五センチほど高いけど、体格が似ているからどうにかなったらしい。パンツが明らかに短めで申し訳ない……腰履きにすれば足元はそんなに見えないはずだから勘弁してくれ。
「ここで休んでろ。今日だけ代わってやるから」
苛立たしげに言った後、服は自分で着られるかと問うてきた。家から着てきた衣類はすぐそばのロッカーの中だ。流石にそれくらいの体力はあるだろう。俺が頷きながら上半身を起こすと、ひらりと手を振ったあいつは営業用スマイルを浮かべて店内に戻って行った。
それからあいつがどんな風に働いたのかまでは判らないが、俺はのろのろとした動きでどうにか服を身に付け、大学生のバイトが出勤するまで軽く意識を飛ばしてしまっていたらしい。驚く相手にたどたどしく具合が悪くなったことを告げ、代わりに連れがホールに居ると説明し、相変わらず熱の篭った体を持て余しつつあいつが戻ってくるのを待っていた。
控え室のドアを開けて中に俺しか居ないのを認めるや否や、外交用の笑顔が消え玲瓏たる美貌がむっつりと黙り込んだまま流れるような動作で借り物の服を脱ぎ自分の衣類を身に着けていく。脱いだものをまとめて手に持つと、ようやくこちらに視線を向けてきた。
「タクシー呼んどいたから、外で待とう。立てるか?」
一度寝転んでしまったところでかなり気が抜けてはいたけれど、俺はどうにか気力を振り絞って立ち上がった。
「勿論」
肩を借りたりすればまた変な風に体の火照りが増してしまうだろう。それよりはなるべく触れないようにして家まで行った方がいい。バイクで来ているから駐輪場に置きっ放しになるのが気がかりだったけど、悪戯されないことを祈るしかねえよな、この場合。
行き先を告げた後は黙り込んだまま、なんとなく居心地の悪い思いをしながら俺たちは帰宅した。つっても勿論ウォルターの家の方にで、いつも通りの土曜の夜のコースだ。体調不良といっても病気でもなし、ましてやこのままの状態で自分の家に帰れるわけがなかった。行くあてがあって逆に良かったと言うべきなんだろうか。
無理矢理意識を外に集中させて気を散らせてきたものの、体の方はかなり体力を消耗していた。本当は今すぐにでも自慰で出してしまいたい。風呂で一回抜くかなー、なんてぼうっと考えていたら、ぐいぐい手を引かれて寝室に放り込まれた。
え、えーと……。怒っていらっしゃる。
初めて見る怒りも顕な顔に、立ち尽くしてしまう。
「あ……あの、今日は悪かったな。代わりにバイトまで入ってくれて……ありがと、な」
それでも言うべきことは伝えないと、とおどおど口を開いた。
くっと唇を歪めて苦しそうな表情になり、ウォルターはコートをぱさりと足元に落とした。手に持っていた俺の制服は玄関の辺りに放って置かれているのを目の端で捕らえていたから、いつもきちんと室内を整えているウォルターしか知らない俺にとっては青天の霹靂だった。
「──そうじゃないだろ」
セーターも脱ぎ捨ててからぐいを抱き寄せられ、そのぬくもりを感じただけで熱い吐息が漏れてしまう。バサリと俺の皮ジャンが床に落ち、手の平がシャツをたくし上げながら肌を撫でていく。
「あっ、んんん……っ」
やっぱり普段以上に感じているらしい。猛る中心はジーンズの下で痛いくらいに張り詰めていた。苦しさを少しでも和らげようと、自分でボタンとチャックを開ける。上半身を覆っていたシャツとTシャツは、ボタンを外すのも面倒なのか頭からスポッと抜き取られてしまった。
言葉の意味がわかんねえよ……。「そうじゃない」って何?
じゃあ俺、どうしたらいいんだよ……。
もう風呂は諦めて、このままこいつの手でいきたい。いかせて欲しい。そう思いを込めて、自分から唇を強請り舌を絡めた。その時目を閉じていた俺には、相手の表情の変化に気付けなかった。口付けもそこそこにベッドに押し倒され、下着ごとジーンズを抜き取られる。あっという間に俺だけが真っ裸にされていた。
「──たまたま俺が居合わせたから今ここにいるけどさ……そうじゃなかったら、あのいけすかない三人組にお持ち帰りされてたんだぜ? 浩司」
ねっとりと上から見下ろされて、羞恥に竦むどころかそれを性感に変えてしまうクスリの恐ろしさを肌で感じてしまう。あの三人……が相手でも、俺は同じように反応してしまうんだろうか。素面なら嫌悪しか感じないのに、大した反抗も出来ずに何処かに連れ込まれて、それで。
「ほら、こんなこと言われても萎えるどころかますます先走りで濡らしちゃってさ……本当はあのまま輪姦されてた方が良かったんじゃないの?」
「んなわけあるかよっ」
怒りの中に哀しそうな寂しそうな陰りを見つけて、俺はうろたえる。
「俺はっ、お前としか……んなことできねえって、前にも」
「ああ、言ったよね……憶えてるさ。けど、こんな状態にされたらどうにも出来ないよね」
「そ、それはっ──……」
不可抗力。避けられなかった。それでも、言い訳にしかならない。
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