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第5話 想い

担当編集者として脇坂が野佐のマンションに来ると、野坂はスッキリした顔で 「仕事を調整して貰いたいんだ」 と謂った 「………調整?………何故ですか?」 「書きたい話があるんだ」 「それ電話で言ってましたね」 「一ヶ月………総て掛けて……… その話を書きたいんだ」 野坂が言うと脇坂は考え込んだ 「僕の判断で、許可は出せません」 「………そうか…… 俺はあれこれ書ける器用な奴じゃないから… 書くとしたら総てを掛けたいんだ」 「………その本、うちの出版社で書くつもりなの? それとも他の出版社で?」 「……え?………出版社………決めてなかった……」 「うちで出させてくれるなら君の希望に添えれる様に努力する」 「なら……脇坂の所で出す」 「ちなみに、どんな話を書きたいの?」 脇坂が言うと野坂はプロットを脇坂に差し出した 「………大まかなプロットはこう」 「拝見します」 脇坂は野坂のプロットを受け取ると目を通した 「…………いい話ですね 編集長に掛け合います!」 野坂は顔が赤くなった 主人公は女だが、どう見ても……野坂と脇坂の話だったから…… 脇坂はプロットに目を通して 「このプロット、お借りして良いですか?」と尋ねた 「はい。」 野坂は即答した 脇坂は野坂の頬に手を伸ばし 「体躯……辛くないですか?」と問い掛けた 野坂は真っ赤な顔をした 「……まだ挟まってる感じする……」 「でも頭の中、空っぽになりませんでしたか?」 「なった……だから書きたいと想った」 「そうですか。 君のサポートを全面的にします して欲しい事があったら言って下さいね」 「………お腹減った…」 「では何か作ります お風呂に入ってらっしゃい」 優しい脇坂の顔は好きだった だけどそれが素だとは想っていない 素の脇坂はぶっきらぼうな奴なのだから…… 野坂は浴室に向かった お湯に浸かって体躯を休める 長風呂して浴室から出ると、食事が出来ていた 脇坂は野坂の為に夕飯を作っていた 「あ~ん、して下さい」 おかずを箸でつまむと野坂に謂った 「………俺は似合わねぇだろ?」 「良いんですよ ほら、あ~んは?」 野坂はお口を開けた そのお口に脇坂は夕飯を食べさせた 甘い時間だった 恋人にすらした事のない 甘い時間だった 「許可が下りたら直ぐに書き始めますか?」 「おう!そうしたい」 「解りました なら僕の家に来て下さい 書き終えるまで僕の家で過ごして下さい」 「……え?……」 「君が書き終えるまで全面的なサポートをすると言ったでしょ? 僕の家に来て下さい 君の部屋は作ってあります 仕事中は邪魔しません その代わり甘えたい時は、何時でも来て下さい」 脇坂は……… 野坂の最後のサポートとだと心に決めた 野坂が……書き終えたら……   野坂から離れる 他の編集者に変わって引き継ぎを終えたら…… 会社を辞めようかな…… 次の恋人を見付ける野坂を見たくないのかも知れない 野坂の家の鍵を手に入れたら…… 入り浸るのは目に見えていた だから自分の家に連れて行く それで終わりにする 長い恋に終止符を打てるのだ…… 脇坂は編集長に、野坂の今入ってる仕事は一時中断して、書きたい小説を優先に書かせる様に話を付けた 野坂が今、掛け持ってる他の出版社にも掛け合って調整を付けた 期間は一ヶ月 野坂は脇坂の家へと移り住んだ 脇坂の部屋は会社の近くのタワーマンションだった そのマンションは脇坂の生前贈与だと言った 自分のマンションの最上階に脇坂は住んでいた 30畳あるリビングにはピアノが置いてあった 調度品が自然な感じで置かれた部屋はホテルの様な高級感があった 脇坂はそのマンションの一番良い部屋を野坂の部屋に提供した 「この部屋を使って下さい」 野坂は部屋を見渡して 「……すげぇ部屋だな…」 と呟いた 「この家には誰も入れてません…… そして誰も来ません 安心して書いて下さい」 「脇坂ありがとう」 「僕は君を直木賞作家にして見せます と言う意気込みですからね どんなサポートでもします」 「脇坂……」 「君の負担になる事は何一つ有りません」 野坂は脇坂に受け入れられ、脇坂のマンションで過ごす様になった 脇坂の至れり尽くせりの生活が始まった 夢中に書くと時間を忘れる すると脇坂が仕事から帰って来て、野坂を見に来る それが日課になりつつあった 「野坂、少し休みなさい!」 その声が掛かると、野坂は顔を上げた 脇坂は野坂の唇に口吻を落とした 「ただいま野坂」 「お帰り脇坂」 「ご飯にしますか?」 「え?もう……そんな時間?」 書き始めると野坂には時間の感覚はなくなってしまっていた 脇坂は笑って野坂の頭を撫でた 「朝、僕が家を出て、この時間まで何も食べてないんでしょ? そのうち倒れますよ?」 「書くと時間を忘れるからな……」 「僕が面倒を見ると連れて来たのです 忘れて構いませんよ」 脇坂に手を取られキッチンへと向かう 脇坂は野坂を椅子に座らせると、その横に座った 「あ~んして下さい」 野坂は顔を赤らめ……あ~んと口を開けた 野坂は素直だった 脇坂を全面的に信じている 「君は可愛い人ですね」 脇坂はうっとりとして言った 「………お前…眼医者に行けって言われるぜ…」 脇坂は爆笑した 「今日はこれからまだ書くつもりですか?」 「………嫌……お前に甘えるつもりだ」 「なら優しく甘えさせてあげます」 脇坂はズブズブに甘やかす それを楽しそうにやるから…… タチが悪い 食事を終えると寝室に向かった 脇坂に抱かれるのも慣れた 人って順応力があるんだと脇坂に抱かれて想った 大切に舐められる 時間を掛けて優しく抱かれる 愛撫に一時間も掛ける奴なんて見た事なかった 体躯が作り替えられる 脇坂を覚えて細胞が歓喜する ………脇坂…… お前をなくしたら…… 俺は生きて行けるのかな? 野坂は脇坂の背中を抱き締めた 不安と 幸せと 野坂は‥‥この時間が止まれば良いのにと想った

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