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第9話 授賞

直木賞 受賞作品 恋すれど 野坂は直木賞を受賞が決定した テレビのインタビューで野坂は 「本当に書いて来て良かったです 野坂知輝として今後は活動して行きたいと想っています 支えてくれた友人であり編集者の脇坂君には本当に感謝しています 本当にありがとう 君がサポートしてくれたから俺は書くのを止めずに来られました… 応援して下さった方々 編集の皆様 本当にありがとう御座いました」 野坂はテレビのカメラを見つめて言葉にした 脇坂は事前に報道関係者に、野坂の実家や家族には取材はしないように……との根回しをした 野坂の家族や親族が、野坂を受け入れないなら、野坂は受け入れられる場所で生きて行けば良い 脇坂はそう思っていた 野坂は幾ら甘やかしても野坂だった 変な所で頑固で融通がきかない だがそれさえも愛しい 野坂が野坂である限り…… 脇坂は野坂の盾になるつもりだった あの日…… 互いの道は別れてしまった 別々の所で生活し、過ごしていた だが何時も心の中は…… 学生時代の穏やかな時間が…… 忘れられなかった 素でいられる時間 作品にはそんな二人の気持ちいい時間が刻まれていた 記者会見には脇坂も同席した 野坂知輝の編集者として同席した 「野坂知輝の担当編集者の脇坂です この度は野坂が直木賞を受賞出来ました事を感謝致します 本当に野坂の担当になり良かったと想っています これからは野坂知輝と言う本名で書く始めるので野坂を宜しくお願いします」 脇坂は感謝の言葉と本名で書く事を告げた 受賞式は後日行われる その時、正式に直木賞作家となる 脇坂は感慨深かった 受賞パーティーは出版社が主催者として、授賞式後に開いてくれる事となった 直木賞受賞を受けてのインタビューを終えると、野坂は帰り支度を始めた 「脇坂……腹減った……」 「何が食べたいんですか?」 「ラーメン」 「……駄目ですよ 午後8時以降に消化の悪いのは食べさせられません」 「なら何でも良い」 「物凄いハングリーですか?」 「違う何か食いたいだけ」 「解りました 適当に食事をして帰りましょう あ……君、締め切り前ですから寝たら駄目ですよ!」 「………え……寝れないの? あ……締め切りか……チェッ……締め切りか……」 野坂はふて腐れた 「締め切りに余裕なら抱いてあげます」 「俺は余裕なくても欲しいけどな…」 「…………ではご要望にお応え致します」 「……え?……飯……」 「僕が食べたいと言ったじゃないですか」 脇坂は野坂の腕を掴むと歩き出した 駐車場まで向かい、野坂を助手席に乗せた もうすっかり野坂を乗せてる事に馴染んでいた 脇坂は受賞を視野に入れて、二人の関係を編集長に報告した 野坂も同席して東都日報 社長の東城洋人氏が立ち会う中 編集長へ野坂と脇坂は話しをした 脇坂は「野坂知輝と一緒に暮らしています」とケジメを付けた 東城は「唯の同居ですか? それとも同棲ですか?」と尋ねた 脇坂は「同棲です」と答えた 東城は野坂に 「野坂先生、それで間違いないですか?」と本人に問い質した 「はい。俺は脇坂と同棲してます 反対されるなら……別れます ですから脇坂を処分しないで下さい」 そう言い深々と頭を下げた 「………あぁ……恋すれど……は、二人の話なんですね…… 野坂先生、顔を上げて下さい プライベートな事ですので、我々は口は挟みません お二人が……そう言う仲でも我々は何も言うつもりはありません ………少し前に聞いてますし……」 東城が苦笑すると脇坂は 「……え?誰に聞きました?」と問い掛けた 「飛鳥井家真贋からです …彼は……少し前に…お前は直木賞作家の身をどこまで護れるんだ! 何としてでも護らねぇなら潰すぞ!と脅されてます 彼の瞳には野坂知輝先生の未来が視えていたのでしょう 我々はどんな事をしても野坂先生を護ります ですので、何も言いません」 「………社長……」 編集長の黒岩も 「……二年前は………お前を守り切れなかった…… 今度は違う……社をあげてお前達を護る所存だ 何処かで……お前は……愛する人と出会えてないんだと感じていた 今のお前は……魂の半分を手に入れ……強くなったな……」 と護る事を約束した 「これで僕もやっとケジメを着ける事が出来ます!」 脇坂は清々しく笑って 「編集長、やっと胸ポケットから出せます」 と、退職届を取り出し黒岩に渡した 「僕は野坂だけサポートしようと想ってます これからの人生を……野坂と共に生きるつもりです」 脇坂の退職届を黒岩はその場で破り捨てた 「あぁぁ………編集長……」 「寝言は寝て言ってろ脇坂! 俺が上に移動になったらお前が編集長になるんだよ! 誰が退職させてやるもんか!」 「………ケチ……」 脇坂は粉々になった退職届を見てため息を着いた 「新婚生活したいんだろうが、そうは問屋が下ろすかよ 野坂先生の担当は永遠にお前がしろ! だが、他の作家さんも育てて行け サポートを付けるから、お前だけが動く訳じゃない それで良いか脇坂?」 「はい。それで十分です」 「なら話し合いは終わりだ あ………瀬尾……先生が野坂君に逢いたいと言ってますが…… お知り合い……ですか?」 野坂は脇坂を見た 脇坂は東城と黒岩に問い掛けた 「………野坂の顔……誰かに似てませんか? そして瀬尾先生が……20代の頃書かれた作品を想い出せば……自ずと逢いたい理由は見えて来ると想います 野坂……この名前で、この顔なら……瀬尾先生は野坂が誰か…… 探り当てたのだと想います」 東城と黒岩は野坂の顔をまじっと見た 瀬尾利輝……50代後半 妻と子供がいた瀬尾が本気で愛した女の作品は有名だった その作品で直木賞を受賞したのだから…… …………野坂は不安な瞳を脇坂に向けた 「………篤史……」 野坂が心細げに呟くと…… 脇坂は「どうします?」と問い掛けた 「………どうしよう……」 「逢っても損はないと想います 君を傷つけたりしない様に僕も同席します それなら逢えるでしょ?」 「………篤史に迷惑掛ける……」 「迷惑じゃないです この先も逃げるのは嫌なんでしょ?」 脇坂が問い掛けると、野坂は頷いた 「では逢いましょう 君の不利になる事はないと想いますよ?」 「………なら逢おうと想う……」 「編集長、そう言う事なので瀬尾先生のご都合の良い日に予定を立てて下さい」 社長と編集長に暗黙の了解を得て二人で暮らし始めた この先も脇坂が担当者であるのは変わらない……と言われた それが堪らなく野坂は嬉しかった 直木賞 授賞式は厳粛に執り行われた 受賞者は一人一人賞状を貰い、祝辞を述べられ 野坂は式典の受賞者を目にして、やっとその賞の重みを感じていた 式後に受賞者は会見に参加した その行程だけでも野坂は目が回る忙しさだった 早く普通の日常に戻りたいと野佐は想っていた が、授賞式の後に出版社が主催者としてパーティーを開く事になっていて‥‥ それを終えて、やっと一通りの慌ただしさは収まると謂った感じだった 直木賞 受賞パーティーは、授賞式から然程間を開ける事なく行われた 野坂は正装をしてパーティーの主役として引っ張りだこだった チャンスとばかりに野坂に近付こうとする人間は、脇坂が想像する以上に凄かった 正装して立っていれば、やはり瀬尾利輝の血を引くだけあってイケメンだった お近付きになろうとする輩が増えても不思議ではない だがとうの野坂は主役なのに……パーティーの喧騒に疲れて中庭に逃げて行った 中庭で涼んでいると…… 男が近付いて来た 瀬尾利輝だった パーティーに出席するので、パーティー会場でお会いしましょう、と言われた その方が日時を決めて逢うより自然じゃないか…… と、脇坂が考えたのだ 「野坂………知輝君……ですか?」 50代後半のやけに紳士な男が野坂に近づいた 「そうです……けど? あ……瀬尾先生……ですね」 「初めまして、瀬尾利輝です」 瀬尾は手を差し出した 野坂はその手を取り握手して 「野坂知輝です」 と名乗った 「…………君は……何故……僕が逢いたいと言い出したか…… 知っているのだろうか……」 「………貴方の血を引いてるからですか?」 「………やはり……君は智恵美さんの……子供なんですね」 「………母さんは父親の違う子供を………離婚覚悟で産んだ 父さんは妻を愛してるから……自分の血を引いてなくても認知した… その子供が俺です…… 俺は戸籍上…野坂の父の実子になってます」 「…………君は………今……幸せかい?」 「…………ある人と出逢うまで……俺は生まれて来てはいけない子だと…… 自分の生まれを……呪いました あの人も……愛せないなら……俺なんて産まなきゃ良かった…… 何故……俺から目をそらすのに……産んだんですか…… そう呪いの言葉なら……際限なく……出てました」 「……今は?」 「今は生まれて来て良かった そう思ってます 俺は生まれて来たから…… アイツと出逢えた 俺の命よりも大切なアイツと出逢えた人生は…幸せです」 野坂は胸を張りそう言った 「………恋すれど…… あれは……君ですね…… そして……相手は脇坂君……ですか?」 「…………俺の……総てを綴りました アイツは……あの作品をラブレターだと言ってくれました 俺は……アイツを心から愛してます」 「そうですか…… 良かったです 君に愛する人がいてくれて…… 本当に良かったです……」 瀬尾は泣いていた 「……去年……智恵美さんに逢いました 智恵美は……… 『もし……貴方に似ている人間が現れたとしたら……どうしますか?』と聞いて来た 僕は……別れた時に智恵美さんが妊娠していた事は知りませんでした…… 智恵美さんは笑って…… 『………貴方にそっくりなの……モノを書く人間になった事までね……そっくりなの……』と嬉しそうに言いました」 野坂は驚いた瞳を瀬尾に向けた 「………あの人に……逢ったのですか……」 「ええ。逢いました 智恵美さんは悔いていました 我が子を愛してやれなかったの……と哀しげに言ってました 智恵美さんと逢ってから… 僕は……そっくりな存在に逢いたいと想いました そんな時……君が直木賞を受賞した…… 妻も『この子…貴方に似てるわね……野坂と言う名前なら……貴方の子の確率は高いわよ……』と言ってくれました ですから逢いたくて…… 逢いに来てしまいました!」 「俺……貴方にとって邪魔な存在……ですか?」 「戸籍上は僕は君の父親にはなれない…… だけど……僕は……君の父親でいたい…… あの時……君がお腹の中にいたと知ったら…… ……嫌…言ってもせんのない事だね……… 僕には妻も子供もいた だが……総てを投げ出しても良い程に智恵美さんを愛していた…… そして智恵美さんは僕の愛を貫いた その証が君だ…… 忘れないで欲しい」 瀬尾は野坂の頬に手を当てた 「………俺……生まれて来て……… 良かった子ですか? 俺の存在はこの先…… 貴方の脅威になりませんか?」 瀬尾は野坂を強く抱き締めた 「………君はそうやって…… 生きて来たんだね…………」 誰の迷惑にもならないように息を潜めて… 生まれて来た事を呪いながら…… 愛を知らずに…… 彷徨っていたんだね 高校時代の……… 想いだけが……支えであり…… 誇りだった あの時…… 確かに…自分は存在した 証が胸に刻まれていた 脇坂篤史との出逢いこそが…… 野坂を作っていた 「………生まれて来てくれて…… ありがとう………」 瀬尾は野坂に言った 野坂は、その言葉に……泣きじゃくった この人の息子として生まれて来て……… 認められた言葉だった 「直木賞 受賞おめでとう 僕が受賞したのは28……君と同じ年でした その時愛した女性の話で直木賞を取りました 君も僕と同じ年に愛した人の話で直木賞を取るなんて…… 親子だと想いました 陰ながら……君を見守らせて下さい 脇坂君……良いですか?」 野坂は瀬尾の胸から顔を上げた 脇坂がいる? 顔を上げると脇坂が優しい顔をして立っていた 「……篤史……」 「おいで」 野坂は瀬尾から離れて脇坂に抱き着いた 野坂の肩が震えていた 「この子は……子供みたいに穢れていない 心は生まれ落ちた産子の様に……清らかだ 生きてく上で、その心に武装して殻を厚くして生きていた だから変な所で頑固で……ネジが、ぶっ飛んで足らない… 困ったお子ちゃまな野坂知輝は、間違う事なく貴方の子供です」 「…………君……去年まで僕の担当してたものね……」 瀬尾は苦笑した 「……ネジが足らない所は……」 瀬尾が問い掛けると脇坂は笑って 「貴方と一緒です 渋茶を飲んで新聞を見てる姿は……一瞬……貴方かと想いました ………僕は貴方は趣味ではないので安心して下さい あの時を過ごした野坂だから、一緒にいたいだけです」 脇坂が言うと瀬尾は爆笑した 「タラシの君が……変わるもんだね」 「……先生は趣味ではないです 口説いた事もないじゃないですか!」 脇坂が言えば言う程、瀬尾は笑い転げ…… 脇坂は言うのを諦めた 瀬尾は涙を拭いて 「僕の子供だ……間違いなく僕の子だ…… あの時の愛が詰まった子です 泣かせないで下さい」 瀬尾は深々と頭を下げた 「泣かせませんよ」 「君がいるから……知輝は光を浴びたんだね 暗闇から知輝を救ったのは間違いなく脇坂君、君なんだね」 瀬尾は野坂と脇坂を優しい瞳で見ていた 「また逢ってくれるかな?」 瀬尾が問い掛けると野坂は 「貴方がご迷惑でなければ……」と答えた 「迷惑じゃないよ 近いうちに妻にも合わせよう 妻は君に逢いたがっていた 君の作品の主人公の母親、妻が演じる事になったから、余計……君に逢いたいみたいです」 「………え?……俺の作品……」 野坂は脇坂を見た 「恋すれど、は映画化すると言いましたね?」 野坂はコクコクと頷いた 「配役が決まったんですよ 主人公の母親役は瀬尾愛那さん……瀬尾先生の奥様です」 「………え?……良いの? 俺……母さんが嫌いだった…… でも……時々……心配そうな瞳で俺を見る母さんは好きだった 家庭教師に弄ばれてる俺を……刺したのは……家から逃がしてくれる為……だったのかな? そう想って、あの作品を書いたんだ 書いてたら……やっぱし……逃がしてくれたんだと想った ………そんな難しい役なのに……」 「………妻は、あの時の僕と智恵美との想いが 解った…… 智恵美なりに愛を貫いた……と妻は言っていた だから今、その役がやれる事が凄く嬉しいと言っていた 今度……妻と……逢ってやってくれないか?」 「はい!是非、俺も逢いたいです!」 野坂は脇坂から離れて、瀬尾の前に立った 「………俺は脇坂と出逢えたから生きながらえられたと想っています 恋すれどは俺の総てです 俺の総てから………何かを汲み取って貰えたら…… 恋すれどを書いた意味があります!」 瀬尾は野坂の頭を撫でた 「また逢おうね」 「はい。」 「制作発表は近いうちにある 君も出席するなら、妻と逢えるね」 「ええ。」 「彼女は……もう役に入ってる…… 僕もギョッとする程に……智恵美だ…… それで気付いた…… 僕は……同じ女を愛していたのか……と。 君も逢えば解る…… こんな機会を作ってくれて本当にありがとう」 瀬尾は泣いていた 野坂は瀬尾の涙を拭いた 「………お父さん……」 「知輝……」 「1度だけ呼んでみたかったんです」 「何度でも呼べば良い 僕の職業は書く事だ 恋すれど……この映画を撮り終えた時、妻は……何を語るのか それを見届けたら……二人の女性に……ラブレターを書こうと想う… そして君にも………ラブレターを書くよ」 「楽しみに……待ってます」 瀬尾は深々と頭を下げると、二人に背を向けて… 歩いて行った 野坂は瀬尾の姿が見えなくなるまで…… 瀬尾を見送っていた

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