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第12話 編集者

脇坂は野坂に直木賞を取らせて暫くした頃に、編集長へと昇進した 忙しい日々を送っていた だがそれは野坂も同じで、相変わらずの生活を送っていた 「知輝、ご飯作ってありますから、ちゃんと食べるんですよ?」 「……ん…篤史……仕事?」 「そうです。もう出ますからね」 「篤史、キス……」 脇坂は野坂にキスを 落として、慌ただしく家を出て行った 「………最近……構ってくれねぇな…」 野坂は寂しそうに呟いた 野坂の携帯が鳴り響いた 「もしもし?」 『知輝?』 電話の相手は………… 瀬尾利輝だった 「瀬尾さん……何か用ですか?」 『君、今忙しい?』 「………それなりに……」 『ねぇ今度、一緒にテレビ出ない?』 「……テレビですか?」 『ダメ?』 物凄く哀しそうに言われて…… 野坂は可哀想になり、ついつい 「……良いですよ」と謂ってしまう 『やったー!なら来週の月曜日に迎えに行くからね!』 「………はい。」 慌ただしく電話は切れた 小雑館のエッセイが評判で、野坂は今エッセイを書いていた それが終わったら暫く仕事は入れないでいた 「……気晴らしに出掛けようかな……」 野坂は呟いた 脇坂に「気晴らしに出掛ける」とメールして家を出た 家を出たからと言って…… 何処へ行きたい…… と言うのもない 野坂はノートPCを鞄に入れて財布を入れて部屋を出た 近くのカフェで珈琲を飲みながらPCを出して時代劇の小説を書いていた 気分転換………と言っても…… 野坂の行動範囲は狭い 物凄い集中力で作品を書き上げて一息着くと… 野坂の前の席に脇坂が座っていた 想わず「脇坂……」と呟いた 脇坂は少しだけ心配そうな顔をして 「どうした?外に出るなんて珍しい……」と問い掛けた 「………何となく……」 「犬でも飼いますか?」 「……そう言うのとは違う……」 淋しいなら……ペットでも飼いますか? ずっと脇坂はそう言ってくれていた 「まだ、此処にいるつもりですか?」 「…帰る……」 「なら送って行きます」 脇坂は野坂が立ち上がるのを待っていた 野坂はPCを鞄に片付け立ち上がった 「誰かに話しかけられないで…」 脇坂は野坂にそう言った 「………え?誰とも喋ってないけど?」 「……僕が来た時、君の前に……見知らぬ人が座ってました」 「………知らない……」 「君は目を離すとこれだから……」 脇坂はため息を着いた 野坂は何か解らなかった… 脇坂は野坂をマンションまで送って行くと仕事場に戻った ソファーに座ると携帯電話が鳴った 野坂は気なしに電話を取ってしまった 受話器からは見知らぬ男の声が聞こえた 『東栄社の高村と言います 野坂先生の携帯で宜しいですか?』 東栄社……なら脇坂なのに? 何で……他の人? 何故‥‥携帯電話を知ってるの? 野坂は疑問に想って少しだけパニックになっていた 『週間フォーカスの高村と言います』 「週間フォーカスってカメラの本ですよね?」 『ええ。ご存知でしたか? 野坂先生に写真を見てエッセイを書いて頂きたくご連絡致しました』 高村は仕事の依頼をして来たのだった だが野坂の仕事の管理は脇坂がしていて、直接野坂の所へ来る事はなかった 「………脇坂通してくれないか?」 『……脇坂君には…断られました』 「……なら出来ません……」 電話を切ろうとすると高村が 『待って下さい!』と訴えた 『一度逢ってお話だけを聞いて下さい』 高村は粘った 一日に何度も何度も着信があり 愛手が出るまで執拗に電話を掛けてくるから野坂は辟易していた それもあって普段なら言わないのに‥‥‥ 「……話だけなら……」と妥協した 『明日、この近くのカフェに午後1時に来てください』 「……1時に……ですね」 野坂は予定を入れて電話を切った 脇坂に言わなきゃ…… と想いつつ…… 忙しい脇坂の手を患わせる事を考えて… 言うのを辞めた それでなくても脇坂は忙しいのだ 編集長と謂う立場になり手が抜けなくなったとボヤく程に‥‥ 翌日、午後1時にマンションの近くのカフェに向かった 高村は既にカフェで待っていた するの待ち合わせの場所に少し遅れて高村がやって来た 野坂を目にすると 「野坂先生ですね!」と寄ってきた 「……あ……はい……」 「週間フォーカスの高村です」 高村は名刺を野坂に渡した 野坂は名刺を受け取る事なく 「仕事は脇坂に任せてあるから……」 勝手に引き受けられない……と高村に言った 高村は侮蔑した様な瞳を野坂に向けると 「その仕事の選択に貴方の意思がないのは不自然だと想いませんか?」と謂った 「……不自然って?」 「貴方がどんな仕事をしたいか? 脇坂君は知ってるのですか? 直木賞を取らせたのは脇坂君かも知れないけど、野坂先生だって色んな仕事を引き受けて、視野を広げられた方が良いと想います」 「………視野……狭い?と言いたいのか?」 野坂の問いに高村はしまった‥‥と謂う顔をした 「……あ!いえ……そうではありません……」 「直木賞取ったからと言って名前だけ欲しさに依頼されるのが増えたんだ だから実務は脇坂に任せた 俺は昔からこんな感じでやって来ていた 昔の俺を知らずに決め付けて言われたくないから出て来ただけだ!」 「………野坂先生……」 高村は野坂の手を握り締めた 野坂はその手を振り解いた 「……俺に触るな……」 野坂は唸った…… 高村は悪意を隠そうともせず 「瀬尾先生の隠し子だとか…… 名前だけで当分は食べてイケるでしょ?」 と言い捨てた 野坂は傷付いた瞳をした 「悪いけど……仕事は引き受けない」 「お前、ゲイだろ? 相手してやろうと思ったのに…」 野坂は驚愕の瞳を高村に向けた 何を謂ってるの?この人は‥‥‥ 「……何を言って……」 「お前みたいなつまらない男だけど今は名前で本が売れる だから書かせようとしたのに……仕事を選べる身分だと思ってるのか?」 野坂は震えた… 人の悪意が……此処まで恐いとは想わなかった 野坂はカフェから飛び出した 高村は追い掛ける気もなかったのか追い掛けては来なかった だが……野坂は走った 走って……逃げて行った 怖い…… 脇坂に大切に……されてたから見えてなかったのか? 人の悪意が痛かった 野坂はマンションに帰らなかった…… 脇坂が様子を見にマンションに帰ると野坂はいなかった 今日は何処へ逝くか謂ってなかった 野坂は移動する時、必ず知らせてくれていた 「……知輝……?」 脇坂は家中を探した 「………何処へ行った?」 野坂はマンションの近くのカフェに野坂を見に行った だが…カフェには野坂はいなかった カフェの店員に野坂の事を聞いた 「すみません野坂は来てませんでしたか?」 「あ!野坂先生、おみえになりましたよ 編集者らしき方と話していらっしゃいましたよ?」 編集者らしき方? 脇坂は眉を顰めた 「……すみません防犯カメラ、見させて下さいませんか?」 「構いませんよ、どうぞ!」 脇坂は店員に案内されてスタッフルームに向かった 防犯カメラをチェックすると野坂が映し出された 野坂の前に座るのは……見知った男の顔だった 「………高村……?」 何故……高村が野坂に逢っているのだ? 脇坂には解らなかった 確かに高村からの仕事の依頼の話は受けたが、断っていた それよりも‥‥野坂の連絡先をどうやって入手した? 最近、野坂の携帯に見知らぬ番号から電話が入る様になっていた 野坂は怯えて脇坂に話すから、脇坂は最近、携帯を変えたばかりだった そしてその携帯は誰にも教えてはいなかった筈だ 脇坂は会社に電話を入れた 「これから会社に向かいます 週間フォーカスの高村を編集部に呼んでおいて下さい」 脇坂はカフェの店員に礼を言い…… マンションへと向かい、その足で会社へと向かった 野坂は不安で家には帰れず、歩いていた 歩いていると涙が溢れだした 悪意の言葉は野坂を傷付けた 痛い‥‥痛いよぉ‥‥ 野坂は泣きながら……歩いていた…… 野坂は止まらない涙を拭きながら歩いていた すると野坂の横に見知らぬベンツが停まった 助手席に乗っていた男が窓話を開けて 「乗れよ!」と謂った 野坂は首をふった 知らない人の車に乗ったら‥‥脇坂が怒るから野坂は断った 「んな、泣いた顔で歩いてたら危ないだろうが!」 車から下りた男は野坂の手を掴んで、後部座席に座らせた 野坂はしくしく泣きながら…… 膝を抱えた 「………伊織……東都日報に向かってくれ」 「解りました」 「ほら!飴やるから泣き止め!」 野坂は飴を貰った 口に入れると甘ったるい匂いがした 「……美味しい……」 そう言いながら野坂はまた泣いた…… 脇坂は高村を呼び出しておいたブースに向かった ブースを開けると高村が不貞腐れた顔で座っていた 脇坂は高村に近寄ると 「君、野坂に逢いましたね? 君の仕事は断った筈なのに、何故野坂に逢ったんですか?」と問い掛けた 「仕事の依頼をしただけです」 「君の仕事は受けないと言いませんでしたか?」 「貴方が話を通さないから、本人に聞いたまでです!」 高村はフンッと小バカにした顔で吐き捨てた 「何を言ったんだ!あの人に!」 「何も!瀬尾利輝の息子ってネームバリューで仕事出来る今のうちに書いて下さいと言ったんですよ ゲイの癖により好みしやがって」 「高村、永遠に野坂は君の仕事は引き受けはしない! 今後一切近寄るな!」 脇坂が唸った時…… 「脇坂さん!社長がお呼びです!」 と編集部の人間が呼びに来た 脇坂は高村を殴り飛ばしてやるつもりだった が、社長が呼んでるとなれば別だった 脇坂は仕方なく踵を返した 「社長室に行けば良いんですか?」 「ええ。東城社長が今すぐに来てくれと言ってます」 脇坂は社長室へと向かった 本当なら野坂を探しに行きたかったのに…… 泣いてないか…… 脇坂は考えたら少しでも早く野坂を迎えに行きたくなった 社長室をノックすると「入りなさい!」と声があった 脇坂は社長室のドアを開けて部屋の中に入った 社長室の中へ入ると…… 野坂がソファーに座って泣いていた 「野坂!何処にいたんですか!」 脇坂は少し怒り野坂に近寄った 「………脇坂……」 野坂は脇坂と謂うと……ベソベソ泣き出した 脇坂は野坂を抱き締めた 野坂は脇坂に縋り付いて泣いた 脇坂は冷静になって社長室を見渡した すると社長の他に…… 年若い男が2人ソファーに座っていた 「………社長、こちらの方は?」 「泣いてる野坂を連れて来てくれた、飛鳥井康太君と伴侶の榊原伊織さんだ」 脇坂は2人に深々と頭を下げた 「野坂を連れて来て下さって本当にありがとうございます」 脇坂が礼を言うと 飛鳥井康太が 「ベソベソ泣きながら歩いてるのがいたからな……拾っただけだ!」と脇坂に告げた 「知輝、PCは?」 野坂は脇坂に鞄を差し出した 「書いてたの?」 「………今日は書いてない……」 「……高村には2度と逢わなくて良い…… 本当なら君が逢う必要なんてなかった人物なのに……」 「……ごめん……携帯に電話がしつこくて………」 「携帯はどうしたんです?」 「…………踏み付けた……」 またか‥‥と脇坂は溜め息を着いた 「………解りました 君に新しい携帯を作ってあげます」 「………俺………」 野坂は泣き出した 脇坂はPCを榊原伊織に渡した 「……これは?」 「知輝が2年以上書いてる時代劇の小説です」 榊原伊織は脇坂が差し出したPC画面を目にして 「………これが……そうてすか……」と感極まった声で謂った 榊原は「見ても良いですか?」と脇坂に尋ねた 「どうぞ!」 脇坂は野坂を抱き締めた 「……ん?君……甘い匂いしますね?」 「………飴……貰った……」 「知らない人に貰ったらダメだと言いましたね?」 「………ごめん……俺……」 ベソベソ泣いて野坂は俯いた 「これからは止めて下さいね!」 野坂は何度も頷いた 脇坂は野坂の背中を優しく撫でていた 少し落ち着くと野坂は脇坂から離れた そして瀬尾と話した時に聞いた詳細を脇坂き告げた 「……月曜日……瀬尾先生と逢う……」 「ええ。聞いてます」 「………俺……」 野坂は考え込んで黙った 今も高村に謂われた言葉のショックからは抜けだせれていなかった 脇坂は優しく野坂に 「高村が何言ったか知りませんが、君の仕事は僕が管理してあげますと言いましたよね? ですから僕を通さない仕事は聞かなくても良いのです」と謂った 「………言葉が痛かった……」 「………だから……僕を通した仕事だけしてれば良いと言ったでしょ?」 「………俺……俺の存在が………脇坂を傷付けるなら……別れてるしかないのかなって…想った」 高村の言葉は野坂に脇坂と別れても良い決意をさせていた 「知輝……本気?」 野坂は胸を掻き毟った 「………俺……脇坂の邪魔にしかならない……」 ベソベソ泣く野坂を撫でながら、脇坂は2人に目を向けた 「野坂……泣いて歩いてたのですか?」 脇坂が尋ねると榊原が 「康太が見付けたのです そして車に乗せて連れて来ました」 と答えた 榊 清四郎を若くした様な顔をしていた 脇坂は彼が飛鳥井家真贋の伴侶だと知っていた 「………知輝……そんなに泣くと目が溶ける……」 「………ごめん……篤史……」 「君は僕の傍にしか行くところなんてないでしょ? 泣きながら……何処に行く気だったんです?」 脇坂が訪ねると飛鳥井康太が 「野坂は本能的に、お前に助けを求めてた お前の会社まで行って待って様としてたんだよ だからオレは野坂のマンションじゃなく会社に連れて来た」 脇坂は立ち上がると康太に深々と頭を下げた 「本当にありがとうございました」 飛鳥井康太はニコッと笑って 「野坂…良かったな 愛する男が迎えに来てくれたぞ!」と声をかけてくれた 「康太君……ありがとう…… 伊織君も本当にありがとう」 野坂は二人に礼を謂った 脇坂は東城社長に深々と頭を下げた 「社長……本当にご迷惑おかけ致しました」 東城社長は確信を脇坂に問い掛けた 「高村は野坂に何をさせたかったのですかね?」 「………さぁ……野坂の原稿の依頼は……聞いてましたが僕が断ってました まさか……本人へ行くとは想ってませんでした……」 「……その携帯の番号 編集部の人間でも一部しか知らないんだろ? なら何故野坂の電話番号を知っていたのか…… 一度本人に問い掛けてみます」 脇坂はここ最近の不穏な生活を口にするしかないと想い口を開いた 「……社長には言ってませんでしたが…… 野坂が携帯を壊すのは……これが初めてではないのです 誰とも知らぬ人間から電話があって……変えても変えても…… 番号が知れます…… 不安になった野坂は幾度か携帯をぶっ壊しました 今回も……それだったみたいです それが続くと野坂は書けなくなります 野坂を潰したいのか……解りませんが…… 精神的に……限界が来てるのは確かです」 脇坂からの言葉は東城を驚かせた 「………それも高村に聞きます 電話番号の入手先を特定せねばなりませんからね……」 康太は何も言わずに野坂を見ていた そして東城に耳打ちした 「………え?……」 東城は言葉を失った 脇坂は「……何ですか?」と尋ねた 「………何でもないよ 脇坂……この件は……私に一任してくれないか?」 「解りました」 「では野坂先生を連れ帰ってくれて構わない」 「はい。」 脇坂が立ち上がると榊原はPCを脇坂に返した 「今度、ちゃんと見せて下さい」 「解りました」 脇坂は野坂を抱えて社長室を後にした 飛鳥井康太は東城に 「………野坂を潰したい存在が……動き出した…… 腹を括るしなねぇぞ!東城!」 と発破を掛けた

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