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第20話 明日へ

野坂は当初の予定より大幅に遅れて、ハードサスペンスモノを書き終えた 主人公は探偵 かなり過酷な試練を乗り越えて依頼者の依頼を完遂する そして事件も片付けると同時に……家族の絆も直す 人情も織り成して書いた 書いてる最中はかなり部屋を飛び回って脇坂に怒られた インドア派な野坂にとってアクションが即座に想像が出来る筈もなく‥‥ 表現に苦悩した 脇坂からアドバイスを貰いボクシングジムに体験取材をさせて貰う事にした 軽いスパーリングをしたり、打ち込みを体験した スパーリングではパンチを受けて‥‥吹き飛んだ 受け身を取れずにまともにパンチを食らって、壁に激突してぶっ倒れた 顔を腫らして帰った時は脇坂は心配して大変だった 実際体験しないと書けない…… と言うのが野坂の難点だった 作中の濡れ場は……脇坂を想い出し、仕草や動作を書けば良いけど…… アクションはそう言う訳にいかなかった 殴られる と言うのがどんな事なのか…… 解らない で、ボクシングジムに体験取材して、カタを見せて貰ったり有意義な時間を過ごせた ただ想定外だったのは‥‥パンチが重すぎて吹き飛んだ 野坂は満身創痍と引き換えに……よりリアルな話を書く事が出来た その他にも腕だけで崖を登るクリークライミングとかも体験した それは崖から落ちる‥‥と謂う恐怖が良く解った 野坂は打ちっぱなしのコンクリートの壁を補助を着けて上がっただけだったが‥‥ それでも足を踏み外して落ちる、と謂う恐怖は味わった そんな大変な体験して瀬尾光輝にやらせる話を組み立てて書いた 結構リアルに書けたと想う この頬の痛みさえなければ…… だけど……。 野崎の書いた女々しい作品 「恋しい想い」 は遠距離恋愛した恋人たちを描いた女々しい作品だった 遠距離恋愛で不安な女心が詳細に書けていて…… 神野は感激し、監督は乗り気で、編集部は書き下ろし小説と言う事でタイアップで単行本化した 年末の2時間ドラマで放映され、火がついた 映画化の話まで上がった 主人公の母親役で瀬尾愛那が復帰作品となり話題にもなった 榊原 笙が刹那い胸の内を演じきって新境地を開拓したのは言うまでもない 作中で泣く笙が綺麗だと、話題にもなった 野崎はそんな喧噪を余所に…… 日々探偵会社に取材に行き ボクシングジムに殴るポーズを考察にいき 忙しくしていた 「知輝……起きなさい」 脇坂に揺るられて野坂は目を醒ました 「……もぅ……朝……?」 「違います 頬、どうなりました?」 脇坂は帰宅すると野坂の顔を心配した 「……ん……どうだろ?」 「顔には傷は作らない様に…」 「解った……ごめん…… 篤史……今何時?」 「午後2時です」 「………え?……2時……篤史、仕事は?」 「編集部に午後1時に待ち合わせしてませんでしたか?野坂先生?」 忘れてた…… 朝何度も念を押されたのに…… 「………あ……ごめん…寝てた……」 「なのでお迎えに来ました」 野坂は起き上がって部屋着を脱ぎ捨てた 「えっと……スーツ?」 「普段着で構いませんよ?」 適当に服を着てクローゼットの鏡でチェックした 「これで良いかな?」 「良いです……着替えないと押し倒しますよ?」 「押し倒されたい……けど仕事の調整してもらいたいからな……打ち合わせにいく」 「そうですか……残念です」 脇坂は真顔で言った 野坂は真っ赤な顔になり……素早く着替えた ノートPCを小脇に抱えて野坂は脇坂の横に行った 「支度出来ましたか?」 「おう!支度出来た」 「では行きますか? 帰りは家まで送って来ます」 「俺…タクシーで帰れる…」 「送っていきます 僕が心配で仕事が手に着かないんですよ!」 野坂は真っ赤な顔をした 脇坂は……タラシだ…… 本当に心臓に悪い事をサラッと言う…… こっちはドキドキなのに…… 脇坂は顔色一つ変えない ズルいよな…… これ以上好きにさせてどうするんだよ? 野坂はドキドキする心臓を押さえた 部屋を出て車に乗り込むと脇坂は 「どうしました?」 と、どう見てもきょどってる野坂に声をかけた 「………何か……篤史の言葉にドキドキする」 キラキラの瞳を脇坂に向けて、頬を染める野坂には自覚はない 「………僕の方が……ドキドキさせられっぱなしです……」 「………え???」 「………無自覚の天然程恐ろしいものはない……」 脇坂は呟いた 「何か言った?」 「今日も可愛いですよ知輝」 「………バカッ……その言葉は俺には似つかわしくないって!」 真っ赤になる野坂は…… 押し倒したい程に可愛い 「………僕……狼になりたい気分です……」 仕事なんて放って…… 野坂を自堕落に抱いて…… 噛み付きたい 自分の中にこんな凶暴な気持ちがあるなんて知らなかった…… 野坂は顔を押さえた その手にはキラキラ光る指輪が輝いていた 脇坂は野坂を連れて編集部に戻ってきた 脇坂の姿を確認した社員は 「編集長、第二会議室使えます」 と報告した 「ありがとう 野坂、第二会議室に行きますよ」 「…ん……解った」 脇坂に連れられ野坂は会議室へと向かった 会議室に入ると脇坂は電話を取った 「良いと言うまでお茶もお菓子も要りません」 そう言いスーツの上着を脱いだ 「野坂先生、では打ち合わせをしましょう!」 「おう!打ち合わせをしてくれ!」 「仕事、調整をして欲しいとの事ですが?」 「熱き想い を書き上げたいんだ ラストは桃源郷へと行きたい」 「………中国に行く気ですか?」 「………それは無理だし…嫌かな… 俺は恋人とそんなに離れて生活は出来ない…… だけど桃源郷で書きたいんだ 季節的に……花が凄くて桃源郷に近い所はないか? 探して欲しい…… そこで書き上げたいんだ……」 「野坂先生……その桃源郷には恋人の方も行かれるのですか?」 「………どうだろ? 書き上げたら……一緒に過ごしたいけど……」 野坂は脇坂へと手を伸ばした 脇坂はその手を握り締め…… 「完成の瞬間は……恋人の方も一緒に迎えたいと仰いますよ…」 「なら誘ってみる」 「そうして下さい で、桃源郷に近い場所には何時頃向かいますか?」 「……もうじき桜の季節だから……咲く頃に行きたい……」 「そうですか? なら仕事の調整を致します」 「……打ち合わせは終わりか?」 「はい。打ち合わせは終わりです お茶を持って来る様に連絡を入れます」 野坂は脇坂の手を掴んだ 「まだ良い…… 今は恋人の篤史……なのか?」 「ええ。君の恋人です」 「篤史……部屋を探して……」 「解りました」 「そして…ちゃんと逢いに来て……」 「当たり前じゃないですか… 僕に禁欲させる気ですか?」 「………させない……って言うか…俺が我慢できない…」 脇坂は野坂に軽く口吻けを落とした 野坂は慌てて脇坂から離れた 脇坂は笑って 「それではお茶とお菓子を運ばせましょうか?」と確認をした 野坂は笑って「……ん……」と頷いた 電話を取ると 「打ち合わせは終わりました 野坂先生にお茶をお願いします」と内線を入れた 『編集長、編集長の机の方へ場所を移しませんか? 皆 野坂先生に逢いたがってるんです』 「解りました……野坂先生を編集部にお連れします」 脇坂は電話を切ると 「何時もの様に編集部でお茶を飲んで下さいって言われてる」と笑って謂った 「良いのか?」 「良いんだろ? 女性社員がそう言ってるんだ聞いてやってくれ」 野坂は、ん……と頷いて席を立ち、脇坂と共に編集部に向かった 編集長の椅子に座ると女性社員がお茶とお茶菓子を持って来た 「野坂先生 お会いできて光栄です」 ………今日も忠犬だわ うんうん……こんなに可愛い子はそうそういないわ 女性社員は野坂を見て微笑んだ 野坂は出されたお菓子を食べていた 「野坂先生、野坂先生ってお酒とか飲まれるのですか?」 お菓子をパクパク食べながら 「………お酒?……少しなら舐めるかな?」 飲むじゃなく‥‥舐める? 女性社員は顔を見合わせた 野坂は困った顔をして 「強くないんだ‥‥起きたらごみ捨て場にいたって事、沢山あったし‥‥」と説明した どんだけ弱いのよ! 女性社員は想った 「ウィスキーボンボンとかでもアウトですか?」 「どうだろ?ウィスキーボンボンは食べた事ないしな‥‥ 呑みに誘われた時はコークハイしか飲まなかったし‥‥」 「ビールは飲まないのですか?」 「………ビールは飲まない……苦いから……」 「………カクテルですか?」 「………ん、甘いのは少しは飲めるかな? でも飲みすぎると‥‥ごみ捨て場で寝てた事何回もあったから気を付けてる」 ごみ捨てに捨ててあったら必ず拾います! 女性社員は心の中で想った しかし可愛いわ!この人 可愛すぎるわ 女性社員はツボにはまりすぎて……喜んでいた 野坂の指には……銀色の綺麗な指輪が光っていた 女性社員は…… 『……野坂先生……首輪を付けられたんですね……』 とますます忠犬に磨きをかけた野坂にやられた 女性社員が「その指輪、綺麗ですね 恋人からのプレゼントですか?」と問い掛けると 野坂は真っ赤な顔をして 「違うよ!」と答えた 首輪だわ 首輪付けられちゃったのね 女性社員は真っ赤になる野坂に紅茶のお変わりを煎れた 「あの……これには触れないで……」 野坂はボソッと言った 解ってますとも! 首輪の事には触れません! 男性社員は野坂の横で 「野坂さん、虐められたら言って下さいね! うちの女性社員を止める位は頑張りますから!」 と野坂に飴を差し入れた 編集部全体が………ゆるーい空気に包まれる 原稿を取って戻った男性社員は喜び勇んで野坂に近付いた 「野坂先生来てたんですか! 野坂先生が来るなら桜餅買ってくれば良かった!」 「桜餅……美味しいよね」 「食べたいですか?」 「……ん……食べたい……」 「解りました! 帰りに編集長に渡すんで待ってて下さい!」 「ありがとう……」 にぱっと笑うと男性社員は野坂の笑顔にやられた 男性社員からは弟キャラとして人気があった 「桜の咲く頃ね限定でサクラアイスが売られるんだ アイスの中に桜の花が入っててね 桜の季節になると食べたいって想うんだ」 何気なく呟くと 「サクラアイスですか? 探してあったら編集長に 渡します!」 と男性社員は何としても食べさせようと燃えた 女性社員は野坂の顔を見て、やっと腫れが引いたのを喜んで 「顔、やっと治りましたね」と謂った ボクシングジムの体験取材の後、野坂の顔はかなり腫れて真っ黒に打ち身が広がっていた 野坂は腫れて打ち身になった顔で編集長に来ていたから…… 皆 かなり驚いていた 脇坂編集長がやる筈はない なら何故……この子はこんな顔してるの…… 女性社員はかなり心配して問い掛けた 「ん……やっと治ったね でも擦り傷は跡が残った」 野坂は服を捲った すると……体中………キスマークの方が凄かった 「……背中のこの辺ね……」 野坂はそう言い背中を見せた だが……背中にも物凄いキスマークが着いてて…… 怪我所の騒ぎじゃなかった 目のやり場に困る…… 脇坂が背中を見せる野坂を見付けて…… 「野坂先生……目の毒ですので、このような場所で服を捲るのは駄目です……」 「……え?‥‥」 訳が解らないと謂う感じの野坂、脇坂は耳元で 「キスマークが着いてますからね、見せてはいけません!」と囁いた 野坂は真っ赤な顔をした 「…………ごめん‥‥見られたかな?」 そりゃぁ見るでしょう…… と想っても…… 「見てないと想います! 作家先生の服の中を覗く様な編集者はうちにはおりません」 脇坂は野坂の服を整えてやった 野坂は「見てないのか……良かった」と呟いた そこ……安心する? するか……忠犬なら…… 疑う事を知らないから…… 女性社員は納得した 「野坂先生、ご自宅までお送りします」 脇坂が立ち上がると野坂も立ち上がった 「野坂先生、また来て下さいね! 何も見てませんからね!」 と強調した 野坂は立ち去る時に…… 「キスマーク……そんなの着いてたんだ…知らなかった……」 と呟いた 「……野坂先生……ブツブツ何を言ってるんです?」 脇坂は野坂に問い掛けた 野坂は脇坂を見上げて、にぱっと笑った 「帰りますよ!野坂先生」 脇坂が編集部を出て行くと、その後ろを野坂は着いて行った 女性社員は…… 「………野坂先生……色白いから余計目立ってましたね……」 とボヤいた 男性社員は 「………あれ……着けたの……あの人だよな?」 と呟いた 女性社員は男性社員を睨み付けた 「私達は何も見てないの! いい!何も見てないのよ! 野坂先生が来なくなる様な事を言わないのよ!」 女性社員を敵に回る者は皆無だった 男性社員も野坂の可愛さは知っていた 弟キャラのまま接する気だった 脇坂は野坂を車に乗せて送って行った 「野坂、服は捲らない様に!」 「………ごめん…… 背中の傷を見せようと想ったんだ……」 「……君は無頓着ですからね あまり自分の体躯……チェックしたり自分で見る事ないですからね……」 お風呂に一緒に入っても、野坂は鴉の行水ばりの早さで出るから、仕方なく脇坂が洗ってやっていた 髪のセットさせても寝癖だらけで、最終的に直さねば外出もままならなかった 野坂はボサボサの髪とヨレヨレのスウェットで外に出ようとする 実際、脇坂が担当者になる前は、ボサボサの髪とヨレヨレのスウェットで編集部に来ていたらしい‥‥‥ 野坂は寝惚けながら歯を磨く 顔も寝ながら洗う あんまり自分を見る事がない 脇坂は野坂を自宅マンションに連れて帰ると…… 浴室に連れて行った 洗面所には等身大の鏡があるからだ 洗面所に立たせて服を脱がせると…… 「見なさい知輝」 「………え?……ええ……え……」 赤いキスマークの散らばる体躯を見た 「………俺………倒れそう……」 「外で絶対に服を脱いだり捲ったりしたら駄目手すよ?」 「……ごめん篤史……」 「この背中の傷……特に吸ってキスマークが着きまくってます……」 「……そうなの?知らなかった…」 「もしキスマークが着いてなくても…… 知輝の体躯を誰かに見せるのは……恋人として気分は良くないよ?」 「………もう見せない……」 「知輝の目の前で僕が誰かに服の中身を見せたら…… 君は……どうします?」 目の前で他の誰かに…… 服の中身を見せる…… 想像して野坂は泣いた 「………それは凄く嫌だ……」 「嫌でしょ?」 野坂は頷いた 「なら君も辞めて下さいね!」 「解った……ごめん篤史…」 脇坂は野坂にキスを落とした 野坂が落ち着くのを確かめて脇坂は会社に戻る事にした 「知輝、僕は会社に戻ります」 「解った……俺は眠る……」 「食べたいのはありますか?」 「カレー」 「では帰ったら作ってあげます」 脇坂は野坂にキスして会社へと向かった 野坂はついでに着替えて、自分の部屋に行った 何か疲れて……ベッドに上った 「………俺は鏡とかこまめに見るタイプじゃないからな……」 あまりにも無頓着で大雑把す過ぎて、脇坂が手を出して、世話を焼いてくれる 野坂はそんな生活に慣れて……自分の体躯がどうなってるかさえ……解らなかった…… 「………見てませんから……… って言ったけど……見てるよな皆……」 野坂は身震いした 『汚いんだよ!ホモ野郎』 働いてた会社で……脇坂に似た奴を好きになった ついつい度を超して…… 傍にいたいと思ったから…… ゲイなのがバレた バレてからは会社でゴミの様に扱われた ホモ菌が移る…… そう言われるたびに…… 自分がボロ雑巾みたいに思え…… 生きてる事を止めようと想った 何で忘れていたんだろ? 指輪を貰って…… いい気になってたのかな? 脇坂の横が許されたからって…… 自分がゲイなのが許される訳じゃない ごめん……脇坂…… 野坂は自己嫌悪に押しつぶされそうになっていた この日を境に野坂は編集部へは行かなくなった……

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