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第21話 苦悩

野坂は一切、編集部に顔を出さなくなった 女性社員や男性社員は野坂の事を心配していた 「編集長、野坂先生…… 何故編集部に来ないんですか?」 女性社員が脇坂に問い掛けた 桃源郷へ連れて行ってくれ…… そう言ってたのに…… 野坂は行く事はなかった 「………何だろ? ……野坂……怖がってるんだ……」 「……?怖がってるんですか?」 何に? 女性社員は意味が解らなかった 「………何が怖いんですか?」 「それは僕には解らない だけど外に一切出なくなったのは事実です」 「編集長が外に出さないなんて事‥‥ないですよね?」 「………僕が野坂を監禁してる訳じゃない…… 嘘だと想うなら…代表で何人かうちに来て野坂に逢えば解ります」 「良いのですか?」 「構いません 来たいからと言って入れるマンションには住んでませんから!」 セキュリティは万全だと言われたも同然の言葉だった 女性社員からはチーフと主任 男性社員からは編集長補佐と次長が来ることになった 脇坂は社員を自分のベンツに乗せて、自宅のマンションへ向かった 社員は………凄い高層マンションに言葉もなかった 「………物凄いマンションですね……」 「親が金持ちですからね!」 脇坂は笑った 編集長と言えどもベンツになんて乗れないのに脇坂はベンツに乗っていた 「………家賃……幾らなんですか?」 男性社員は思わず聞いた 「このマンションは僕の持ち物ですからね…… 家賃は解りません…」 男性社員は言葉をなくした 働かなくても食べてけるのに…… と想ったのは言うまでもない 脇坂はエレベーターのボタンを押した 最上階まで上がるとエレベーターを下りた 暗証番号を入れて鍵を開錠して部屋へと入った 脇坂はエレベーターの前の防犯カメラを指さした 「あの防犯カメラはこの階に不審人物を見付けたら警察に通報が行くシステムになってます」 と告げた セキュリティは万全……と言う意味を身をもって体験させられた 脇坂はドアを開けて入ると、スリッパを人数分出した 「この時間は……ベランダですかね?」 脇坂はそう言いベランダへと出た 野坂は芝生の上で寝そべっていた ここ最近、また野坂が花の手入れをして綺麗な花を咲かせていた 脇坂は野坂の前にしゃがむと 「眠ったら風邪をひきますよ?」と注意した 「………大丈夫だ……俺丈夫だし」 野坂はニコッと笑った そして………脇坂の後ろに…… 見慣れない人間を見ると身を強張らせた 「……脇坂………誰?」 「うちの編集部の社員です」 脇坂は野坂を起こそうとした 野坂は脇坂の手を振り払って立ち上がった 「………俺……部屋にいる……」 「………君に逢いに来たんですよ?」 「………俺は逢いたくない……」 野坂は俯いた 脇坂は強引に野坂の手を掴んだ そして応接間のソファーに座らせた 「お客様をベランダで帰す訳には行かないでしょ?」 「………俺……部屋に行く……」 野坂は俯いて震えていた 「………野坂……」 「………触るな……俺に触るな!」 触ろうとする脇坂の手を振り払って野坂は怒鳴った 「………知輝……?」 「………ごめん……」 野坂は俯いた ポタッ……ポタッ……と涙が零れて落ちた 女性社員は野坂の前に座った 「野坂先生……恐いですか?私達……」 「………違う……違うんだ……」 男性社員も野坂に近寄った 「野坂先生……俺達が怖いですか?」 「…………俺は……ゴミみたいに扱われたくないんだ! 蔑んだ瞳で見られ距離を取られ… そしてばい菌でも移ると逃げてくんだ… そんな想いは……もうしたくない…… 俺は………汚い……汚いんだ……触るな……俺を見るな!」 野坂はそう叫び……倒れた 脇坂は野坂を抱き上げソファーに寝かせた 「………悪いね……少し待っててくれるかな?」 脇坂はブランケットを取りに行くと、野坂の上に被せた 野坂の横に座るとため息を着いた 「…悪かったね……せっかく来てくれてのに……野坂は不安定で…最近はこんな調子なんだ」 脇坂の苦悩が見て取れた 女性社員は脇坂に 「この前編集部に来てから……編集部に来ませんね…… 見てない……と言いましたが…… 気にしてとか…… それと何か関係あるのですか?」 「………野坂は言わないから解らないんだ…… 誰もゴミみたいに扱った事なんてないのにね…… 野坂にはそう言う経験があるって事なんだろうな……」 脇坂は哀しい顔をした 「編集長、私達タクシーで帰ります 編集長は野坂先生に着いてあげて下さい」 「………いいえ。 僕も編集部に戻ります 片付けねばならない仕事がありますからね……」 「………野坂先生……大丈夫ですか?」 「………帰ったら話をするよ」 「そうしてください」 思った以上に野坂の心の傷は深く…… 何もしてやれない口惜しさがあった 誰が……野坂を傷付けたんだろう…… 生い立ちも壮絶だった 母さん…… 生まれてごめんなさい…… 恋すれどの作品の中の主人公は…… そう言ってた 野坂はそう言いながら生きて来たのだろう…… 安易な慰めや同情なんて出来なかった 脇坂は野坂の事が気になったが、編集部へと戻った

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