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第23話 大切なモノ
その日野坂は家からタクシーで東栄社へ向かった
会社に近付くと野坂は脇坂に
『もう直ぐ着く』とメールを入れた
東栄社の正面玄関には脇坂が待っていた
野坂がタクシーから下りると
「野坂先生 お待ちしていました」
と、脇坂は深々と頭を下げた
脇坂は野坂を連れて編集部へと向かった
野坂は顔付きが変わっていた
書きたいモノを通させる意思が垣間見えていた
編集部に行くと編集部の人間が待ち構える様に野坂を見た
野坂はニコッともせずに立っていた
「野坂先生、打ち合わせを致しましょう!」
脇坂は「打ち合わせブース1を使います」と言い野坂を打ち合わせブースへ連れて行った
野坂がいなくなって……
編集部の人間は……野坂の変化を……複雑な想いで見送った
「……編集長と喧嘩したのかな?」
男性社員が零すと、女性社員は
「そう言うのとは違うわ
野坂先生は仕事しに編集部に来たんですよ」
「………帰り……寄ってくれるかな?」
「………寄って欲しいね」
編集部の社員は皆、楽しい一時を野坂と過ごしたかった
脇坂と共に打ち合わせブース1に向かった野坂は、キリッと前を見据えていた
ブースに入り椅子に座った
脇坂は野坂の横に座った
「………脇坂……近くない?」
「嫌ですか?」
「嫌じゃない……」
「なら良いですね?」
「………あんまし近いと大変なんだよ最近……」
「情熱的に誘ってますもんね」
脇坂が謂うと野坂は顔を赤くして
「仕事してくれ!」と頼んだ
「解ってます!」
「今朝まで触ってたから良いだろ?」
「僕は抱いてる時だって、そうでない時だって、君の近くにいたいのです」
「………挟まってる感じなんだ……」
あれから野坂は安藤との事を話してくれた
元々、野坂はそんなに多くの人間と関係を持った訳ではないと話してくれた
安藤と寝ていても、快感には程遠くて……
安藤と別れてからはタチばかりで、ネコの自分は忘れてたし……
安藤の時は……痛いだけだった
だから自分はネコには向いてないと想った……
と、呟いた
その告白に脇坂を歯止めを効かなくさせた
で、連日連夜、野坂を抱いていた
だが野坂が原稿を書き始めれば……出来なくなる
脇坂は椅子を離し、姿勢を正すと
「野坂先生、プロットは出来てますか?」と問い掛けた
「出来てる………って言うか……何も仕事してなかったから……
書き上げた……」
「………え?……書き上げたのですか?」
「………先月、桃源郷へって言ってたけど……
昔を想い出して……総て頓挫させただろ?
その時……書き始めていたんだ
そして脇坂が安藤と逢って……
安藤の想いを聞いたし……
脇坂が会社に行ってる時……
ちまちま書き上げた
使い物になるか……解らないけど……お前に一番に読んでもらいたかった
【邂逅 君へ贈る餞の歌 】と言うタイトルなんだ
自分を見つめ直す為に……
過去の自分を……振り返ったよ
あとがきまで……書けてる」
「そうですか……では見せて戴きます」
「でね、俺が編集部に来た目的は、熱き想い を書き上げるまで少し時間が欲しい……って事なんだ」
「熱き想い は連載が始まったばかりです
原稿は一年分は戴いてます
ですから、そんなに急がなくても構いません」
「…………最期の時は………
ばぁちゃんと過ごしたいんだ…」
「………知輝……」
「篤史、お前がホスピスを用意してくれたんだってな
末期の緩和ケアを行い終末医療を受けながら過ごす……施設を用意してくれのは……
篤史……お前なんだってな……」
「………誰に聞きました?」
「…………告知をしてくれた……担当医
この施設は脇坂さんのお父様がオーナーの施設で、ご子息の篤史さんがお連れになられたのですよ……って聞いた」
「………父は……自分の両親を癌で亡くしてます
そして長兄……篤人の上の兄……
篤之も……スキルス性の癌で亡くしました……
25歳でした……
父は………そんな両親や兄の為に……終末医療に携わって行こうと決めたのです
父に……頼みました……
知輝は怒るかと想いましたが……ちゃんと……微笑んで逝って欲しくて……入って貰いました……」
「………ありがとう……篤史……
ばぁちゃんの時間は……そんなに長くないと担当医に聞いた…
だから……当分仕事はしたくないんだ……」
「解りました
では当分は僕だけの知輝ですね」
「……ん……」
脇坂は野坂の手を強く握り締めた
「打ち合わせが終わったら編集部に寄ってやって下さい」
「ん……あの日……お菓子届けてくれた日……
紙袋の中に手紙が入ってた
俺……物凄く嬉しかった…」
「なら帰りに寄ってあげて下さい」
「まだ打ち合わせあるし……
ちょくちょく編集部には顔を出すよ」
「お待ちしております野坂先生
で、見せて戴ける作品の方は?
「このPCの中に入ってる
勝手に取り出して……帰りに持ってきて」
「解りました
ではお預かりします!」
脇坂は野坂のPCを受け取った
「では、野坂先生、編集部に顔を出しますか?」
「うん!どんなお菓子が出て来るか楽しみ」
野坂はワクワクと楽しそうに立ち上がった
脇坂は野坂のPCを受け取り、野坂と共にブースを後にした
編集長の椅子に何時もの様に座ると、女性社員は紅茶とお茶菓子を野坂の前に置いた
「ありがとう」
野坂はにぱっと笑った
「このお菓子、一度食べてみたかったんだ」
野坂が言うと女性社員はニコッと笑った
「野坂先生なら食べたいと言うと想って買って来ました」
「うん食べたいと想ってたんだ
ありがとう、凄く美味しいよ」
野坂はお菓子を食べていた
編集部はまったりとした空気が漂っていた
「あ!野坂先生!」
原稿の取り立てから帰って来た男性編集者が野坂を見つけて近寄った
「原稿の取り立て?」
「そうなんですよ!
あ、編集長に行ってこなきゃ……気が重いな……」
男性編集者は脇坂の所へ走って行った
「あの編集部で打ち合わせと言われてたんですけど…」
その時、まったりとした空気を蹴散らす様に、傍若無人な作家らしき男が編集部へとツカツカとやって入って来た
この日は……編集部は慌ただしかった
編集者が入れ替わり立ち替わり何やらやっていた
こんな風景は滅多と目にしない野坂は、少し不安そうに
「忙しそうだね……」と呟いた
「うちの編集部の横にラノベ部門が新設されて当分、編集部は共有となると想うので入り乱れて大忙しなんです」
「ラノベかぁ……」
「そうなんですよ」
女性社員とお茶をしてると
「あ!野坂知輝だ!」
と呼び捨てにされた
野坂が、え?……と驚いた顔をしていると
「野坂本人だよな?よろしくな」
野坂の手を強引に取って握手をしようとした男がいた
野坂はその男の手を振り解いた
「何なんだ?君は?
俺は初対面の人間に呼び捨てにされる筋合いはない!
こんな強引に本人無視して握手とかしたくない!」
野坂は言い捨てた
女性社員も男性社員も野坂の前に出て、野坂を守った
「貴方、急に来て失礼だと想いませんか?」
女性編集者は激怒した
その男の担当者が慌ててやって来た
「すみません!
この人はラノベ作家の笹波天羽さんです」
「貴方、この方の担当者なら、作家さんを呼び捨てにさせるのは辞めさせなさい!」
「すみません
急に走り出したので……間に合いませんでした……」
騒ぎを聞き付けて脇坂が厳しい顔してやって来た
「何かありました?」
ラノベ担当者は脇坂に事の事情を話した
「………野坂先生は触られるのは嫌ってます……
気を付けてやって下さい
後……先輩の作家さんを呼び捨てになさるのは自分の首を絞めてるのだと教えてあげなさい!」
ラノベ担当者は脇坂に平謝りだった
「へぇ……野坂クラスの作家だと敬語で話さなきゃ駄目なんだ……」
年若い男は挑発的な顔で野坂を見下した
「礼節を弁えなさい!
若くて無謀なのが良い場合もあります
ですが作品を生み出す以上は君も作家として生きているのでしょ?
ならば目上の人間は敬って挨拶位は出来ねば……人間として失格なのではありませんか?
何も言わず手を取って握手しましょう!
そんなやり方されて喜ぶ人間は君の容姿に惹かれた人間限定だと想いなさい
野坂クラスの作家……君が直木賞でも芥川賞でも取った時に言いなさい!」
脇坂は言い捨てた
野坂は何が起きたのか理解出来ずに、顔色をなくしていた
脇坂は「野坂先生、ご自宅までお送りします」と申し出た
野坂は「………良い……」と断った
「そんな顔色なくした貴方をタクシーに乗せる事は出来ません」
野坂は震えていた
編集部の人間はどうしたら良いか?解らずにオロオロしていた
野坂を護らなきゃ!
社員は全員想った
そんな緊張感が走る編集部に、突然脳天気な声が聞こえた
「あれ?知輝、どうしたの?」
急に声がして振り返ったら瀬尾利輝だった
利輝は野坂を見ると傍に寄り「顔色悪いよ?」と心配した
「………利輝さん……」
名前を呼ぶと、利輝は何かを感じて厳しい視線を回りに向けた
「ごめん‥‥吐きそう‥‥」
野坂が謂うと脇坂が慌てて
「此方へ!」と言い野坂を洗面所に連れて逝った
脇坂は洗面所に野坂を連れて逝く前に
「瀬尾先生は引かないので、そこのラノベ作家と共に会議室にお連れして下さい!」と指示した
小説部門の編集者達は瀬尾利輝とラノベ作家を会議室に連れて逝った
暫くして青い顔をした野坂を連れて会議室に脇坂が戻って来るまで、会議室は凍り付いた様に‥‥‥
誰も話をする事はなかった
会議室の椅子に野坂を座らせると
「編集長、医務室から医者を呼びますか?」
と心配した編集部の社員が脇坂に問いかける
脇坂は医者が来るなら人払いしないと…キスマークが見えると考えて
「医者は要らないです
また知らない人を見る方が本人の負担になります」と断った
編集部の社員は、野坂の極度の人見知りを理解してて納得した
「……あ……そうか……なら様子を見て病院にお願いします」
「解ってます」
小説部門は大慌てだった
ラノベ部門も大慌てだった
ラノベ部門の編集長の宮本麻子が出て来て、事の収集を始めた
「………知輝は大丈夫ですか?」
瀬尾利輝は青い顔色の野坂を気遣って話し掛けた
そして脇坂に「脇坂さん、何があったのか話してください」と一歩も引かぬ瞳を向けた
編集部の皆は固まっていた
重鎮とも謂える作家 瀬尾利輝の登場に‥‥
最悪の事態しか予測が着かずにいた
日本中の誰もが知ってる作家、瀬尾利輝だった
野坂に声をかけたラノベ作家でさえ……瀬尾利輝に登場に固まっていた
ラノベ部門の編集長、宮本麻子は瀬尾利輝に挨拶した
「……瀬尾先生、お久しぶりです」
「脇坂の下にいた宮本麻子さんだね?
知輝はどうしたか……教えて貰えるかな?
あの子は僕の大切か存在なんです!」
瀬尾は臆することなく、そう言い切った!
それを見ていたラノベ作家は
「……へぇ凄いな、親の七光りなら……大切にされるんだ
ひょっとして直木賞も親の七光りで取ったのかよ?」
と呑気に呟いた
ラノベ部門の編集長 宮本は瀬尾に総てを話した
「……へぇ……ラノベ作家って礼節を知らないのですね……
知輝クラスの作家?
それは直木賞を取った総ての作家を言ってるんですか?
なら僕も直木賞作家として馬鹿にされなきゃいけないんですか?
どうなんです?宮本君?
しかも彼は親の七光りで直木賞を取ったとも‥‥言ってますよ?」
宮本は平謝りで利輝に謝罪した
「……瀬尾先生……本当に……作家の躾がなってませんでした」
宮本は平謝りだった
「私のかけがえのない存在をの馬鹿にするなら……それ相応の対価を僕に見せなさい!
宮本、東城君を此処に呼んでくれ!
呼べないなら僕が電話をする!」
瀬尾は宮本が社長に連絡するよりも早く、携帯を取り出して東城へと電話を入れた
宮本は青色をなくして……気絶してしまいたかった……
『………もぉね辞めてよ……
うちも……野坂先生を招いてまったりとした空気が欲しい……』
宮本は小説部門のまったりとした空気に憧れていた
なのに……
畜生!今日は厄日か?
それとも天中殺から!
もぉ……辞めてよね……
まったりとした空気……憧れていたのに……
暫くして東城社長が小説部門の編集部にやって来た
編集部の社員に会議室に案内された東城は
「何事ですか?」と問い掛けた
編集部の人間は事の経緯を東城に話した
東城はムッとした顔をした
「………で、野坂先生は大丈夫なのですか?」
東城が問い掛けると脇坂は
「……野坂先生は体調を崩され…洗面所で嘔吐していました
今は少し安静にしたいのですが‥‥」と説明した
東城はため息着いた
「…で、瀬尾先生は……何故私をお呼びになったのですか?」
「野坂クラスの作家と言われて、黙ってられませんでした
野坂クラスの作家なら、僕も直木賞作家だ……変わりない
だとしたら……こんな若僧にこんな扱いされる謂われはないと言いたいのです」
東城は頭を抱えた
「………瀬尾先生……ラノベ部門を潰せ………と?」
「直木賞は親の七光りで取ったと謂ったんですよ?
親の七光りで取れる賞なら誰も必死で命を削って書きはしない!
そんな作家である者が‥‥蔑視する事を僕は‥‥許せません!」
と利輝は哀しげに訴えた
東城は「ラノベ部門は時期尚早でしたか?」と頭を抱えた
「東城社長、僕が東栄社で書かないと宣言するって言ってみたら……
どんな対応をしてくれるのかな……って想いました」
「………瀬尾先生……私を困らせる気ですか?」
「こんな誹謗中傷めいた言葉を編集部で投げ掛けられる方が‥‥おかしくないですか?
こんな失礼が罷り通る方が、僕は怖いと想いました
なんたって僕は親バカですからね!
僕の子供は大切なんですよ!」
「………解りました
ラノベ部門は取り潰します
そして、そこのラノベ作家は今後どの出版社へ行こうとも陽の目を見られない様に圧力を掛けます!」
「それ良いね!
礼節を弁えない人間は矜持もない……」
「瀬尾先生……所詮、作家界も上下関係を弁えないと生きていけないと、知らない愚かな人間が多いのです
それを身を持って知るしかないのです」
ならばスケープゴートにするしかない
東城は言い捨てた
ラノベ作家は顔色をなくした
意図も容易く……潰されると言うのか?
信じられなかった
ラノベ部門の編集長の宮本は何も言わなかった
シーンと静まり返った編集部に笑い声が響き渡った
「……茶番は辞めましょう
宮本、首を洗って止める位の意気込みを見せなさい!」
脇坂が謂うと宮本は
「首は何時も綺麗に洗ってますとも!
貴方が教えたんじゃないですか!
でも今回は……首を懸ける気もありませんでした
先輩の作家を呼び捨てにした挙げ句、こけ下ろす……こんな奴……どんな手を使っても潰してやろうと想います
野坂知輝を野坂クラスと呼べる程に、己の足元を知らない輩など…… うちの社で本を出してやる気もなくりました」
宮本は呆れて、足を組んだ
「それより野坂先生、大丈夫ですか?」
宮本は野坂に声をかけた
野坂は脇坂の背中にスッと隠れた
「……あら可愛い……」
「……宮本……野坂先生は放っておいて下さい」
「私、小説部門に野坂先生のお見えになった時の空気好きでした
一緒にいるだけで楽しい気分になれました
ですので、此処で間借りするの楽しみだったんです
うちの部署の子達全員、そうだと想います
なのに……このクソが!」
宮本は毒づいた
東城は苦笑した
東城はこのままでは解決はしないと踏むと
「………瀬尾先生……私は結果を聞いて、その通りにしたいと想います
それで引いて貰えますか?」と提案した
利輝は「………解りました
我が儘を言ったので……1年間切れる事のない執筆を引き受けます」
と提案した
東城は笑って
「それは凄い!では解決をするのに私は邪魔でしょうから戻ります」と謂い利輝の肩を叩いて会議室を出て逝った
野坂は脇坂に
「………脇坂、面倒事はお終いにしよう……
俺……当分編集部には来ないし、仕事もしない……」とそう告げた
「………打ち合わせには来ると……言ってくれたのに?」
「……脇坂……もう良い…」
「……僕は良くないです
君が呼び捨てにされたんですよ?
野坂クラスの作家……瀬尾先生が言う通り、直木賞作家を馬鹿にしたも同然ですよ?
こんな話……外に漏れたら……
他の作家やプロデューサーが発狂しますよ?」
「…………少し時間をくれ……
会議室で話した様に……当分は編集部には来ない……
仕事も……しない……」
「………それでは解決にはなりません?」
宮本は慌てた
「……野坂先生……編集部には来ないって……何故ですか?
仕事しないって……一体何があったのですか?」
宮本は食って掛かった
「……脇坂……家に帰りたい……」
野坂は脇坂にそう訴えた
利輝は辛そうな野坂が見てられなくて
野坂に「送って行こうか?」と声掛けた
「………利輝さん……」
「脇坂君、知輝は僕が送って行くよ……良いかな?」
「………野坂……どうします?」
「………利輝さんに送って貰います……」
「そうですか!
では今度またお話致しましょう!」
脇坂はそう言い編集長のデスクへと戻った
編集部の人間も一斉に仕事に散らばった
宮本も自分のデスクに戻った
ラノベ作家と編集者だけが唖然と立ち尽くしていた
利輝は野坂を乗せて帰ることにした
車に乗せた野坂に
「………仕事……しないって言ってたね……何で?」
と尋ねた
「………ばぁちゃんが……もう長くないんです……
俺……就職して…自殺未遂おこしたり……ばぁちゃんには心配ばかり掛けたから……
最期は……傍にいようと想って……」
「………そうなんだ……
自殺未遂……死のうと想ったの?」
「…………息するのが……辛かったんです
朝になるのが………怖かった
陰湿なイジメに……疲れ果ててた……
ゲイなのは……仕方がないんだ
俺は……母さんが嫌いだった
女は皆……母さんに想えて……近付けなかった……
ばぁちゃんだけが……そんな俺の傍にいてくれた……
だから……総ての時間を……ばぁちゃんの為に使おうと想ってるんだ……」
野坂は瀬尾に話した
「………知輝のお祖母様……お見舞いに行ったら駄目かな?」
「………え?……」
「一度……お詫びしておこうと、ずっと想ってた
智恵美さんと……続いていた時……愛してるなら別れてやってくれ……と言われたんです
あの人を苦しめて泣かせた……だから逢って……お詫び言いたい……」
「………一緒に見舞いに行って……ばぁちゃんに聞いてみる
逢ってくれるなら……呼ぶ
それで良いかな?」
「それで充分です……」
「………知輝……光輝を許したの?」
「光輝さん?兄馬鹿なあの人に何かありましたか?」
「………君の探偵モノ……あれの映画化、主演が光輝で本決まり……みたいな事を聞いた
瀬尾光輝の為に野坂知輝が書き下ろした新作だと聴いたので……」
「間違っちゃいません」
「………あの馬鹿……許してあげたのですか?」
「………許すとか許さないとか、もう良いかなって想って‥‥
あの人も苦しんだし、それで良いと想ったんだ
利輝さん……光輝さんののデレデレぶり……知りませんか?」
「…デレデレ?……知輝に?」
「………見ますか?」
「うん見たい」
野坂は携帯を取り出すと電話を掛けた
瀬尾は路側帯に車を停めた
電話に出るなり甘い甘~い声が受話器から漏れて来る
『知輝!兄さんだよ!どうしたの?
何でも言ってご覧?
買えるモノなら買ってあげるよ』
電話に出た第一声が……
兄馬鹿だった
利輝は野坂の携帯を奪うと
「何でも買ってくれるんですか?
僕にもその台詞言って貰いたいですね!」
受話器から聞こえる声に光輝は慌てて
『……と……父さん!何で……』と叫んだ
利輝は息子に
「今知輝といるんだ、良いだろ!」と自慢した
『……羨ましい……
知輝、兄さんとも遊ぼう!
知輝、何処にでも迎えに行ってあげるよ』
あまりの溺愛ぶりに利輝は驚き
「………君……いつの間に……
こんな兄馬鹿になったんですか?」とボヤいた
『僕は知輝が可愛い
知輝の為なら死ねます』
「………光輝……父さんの為に死になさい!」
『嫌です!』
「………可愛くない……」
『母さんも可愛げはないよね?
僕は母さん似なので……』
利輝は爆笑した
「知輝は編集部で体調を崩しました
今日は諦めなさい」
利輝はそう言い電話を切って野坂に渡した
そして車を走らせた
脇坂のマンションまで野坂を乗せてやって来ると車を停めた
利輝は心配して「部屋まで送らなくて大丈夫?」と野坂を気遣った
「大丈夫です
利輝さん ありがとう」
「今度食事しようね」
「はい。誘って下さい」
利輝は野坂がマンションに入るのを確かめて車を出した
少し走って路肩に車を停めた
胸ポケットから携帯を取り出すと電話を掛けた
「瀬尾です、今お時間ありますか?」
『知輝は自宅ですか?』
「ええ。今マンションまで送って行きました」
『電話で話せる内容なら、どうぞ!
違うのでしたら……会社まで来て下さい
部屋を用意します』
「……なら会社まで行くよ」
瀬尾は電話を切ると車を走らせた
東栄社まで車を走らせ地下駐車場に車を停めた
1階のロビーまで上がると脇坂が待ち構えていた
「利輝さん、此方へ」
脇坂は瀬尾が見た事もない部屋へと連れて行った
「………此処は?」
「編集長クラスの人間しか入れない会議室です
どうぞ、座って下さい
人払いしてあるので誰もこの部屋には来ません」
利輝は脇坂に怯えて青ざめた顔をしていた野坂の事を問い質した
「………知輝……どうしてああなったか話してもらえますか?」
「解りました
知輝は………少し前はもっと酷かったです
外には出ないで怯えていた
記憶が過去に戻ってるみたいです
知輝は……会社で陰湿なイジメを受けてたそうです」
「………自殺未遂……したって本当なの?」
「……聞いたんですか?
本当です……安藤と言う元同僚も言ってましたし、本人から聞きました」
「……イジメの原因は?」
「野坂がゲイだからです」
「………ゲイ……だから?」
瀬尾は言葉もなかった
「瀬尾先生は僕と野坂が……
そう言う仲なのは……知っておいで……ですよね?」
「………ええ。」
「僕は知輝を抱いてます
反対だと想いましたか?」
「………嫌……知輝のあの瞳を見れば……知輝は身も心も脇坂君に許してるのは伺える」
「知輝はタチ……挿れる側の人間だったんですよ?」
「……え……それは……僕は……コメントのしようがない……」
「抱かれたのは安藤と僕……だけだそうです
安藤と言う男は……僕に酷似した男でした……」
「………知輝は……その男の中に……君を見て愛したの?」
「………安藤を憎めば……安藤の中に僕を見た自分も憎まなきゃいけない……
陰湿な社内イジメは野坂の性癖をことごとく……貶め……人格も尊厳も踏みにじりました
知輝は……朝を迎えたくなくて……死を選びました……」
瀬尾は言葉もなかった
「今……知輝はその頃に戻ってるんです
なので僕しか触れません
誰が触ろうとすると……拒絶して怖がる
触るなホモ菌が移る……言われ続けたそうです
………知輝はその頃の小説を書きました……
貴方が読んだ後……返してくれるなら……データーを貸しても良いです……
既に出版も決まってます
なので……それ以前に見せるのは……僕としても首を洗っておく行為なのです」
「……知輝のお祖母様が……長くない……とか……」
「ええ……知輝の唯一無二の方です……
自殺した知輝を見付けたのはお祖母様です
そして苦しむ知輝の為に退職届を出したのもお祖母様です
お祖母様は僕に……夏までは生きられない……と言い知輝を頼みますと言って下さいました」
「………知輝にとって……総てなのだと想う……
恋すれど……読んでいた時に想った
今こうして話をしてても、伝わってくるよ……
君達の……確かな想いが……
そうか……知輝は……君の傍にいたかったんだね……
離れてても無意識に同じ顔を選ぶ……
脇坂篤史…君は…知輝の総てなんだね」
「………瀬尾先生……」
「僕は何時も想うよ
性別が違う恋愛は……魂の結びつきだと……
女とか男とか……そんな些細なものなど超越した愛なんだと……
僕は……知輝の横に……君がいてくれて本当に良かったと想う……」
利輝は心の底からそう呟いた
「瀬尾先生……僕達は共に生きて来た時間があります
青春時代の想い出には必ず野坂がいました
高校卒業の日……野坂は僕に告白をしました
僕は……信じられなかった
信じられず考えが着いていかなかった
そしたら野坂は走って消えてしまいました
自分の欲望で汚したくない存在だったから……
どうして良いか解らなかったんです
………その日を境に野坂は僕の前から消えました
僕は……何時も野坂はどうしてるだろう……
野坂は作家になりたがっていた……
もし……逢えるとしたら……
そんな想いで僕は編集者の道を選びました
野坂に逢いたいから……
逢えるチャンスを作った
編集者になってがむしゃらに頑張りました
野坂と出逢ったら……どんな手を使っても担当者になる為です
僕が野坂の担当者になった時……野坂には恋人がいました…
………野坂は僕は要らない……と言いました
恋人と別れさせる為に……仕事を増やしたり
恋人と別れた野坂を介抱してやったり……
僕は必至でした……
そんな僕の元に野坂が来たのは……偶然です
恋人と別れた野坂を抱きました
慰めるフリして野坂を抱きました……
僕だって……自信がある訳じゃない……
何時離れて言ってしまうか……
不安はあります……
野坂と恋人同士になったのは……そんな卑怯な……自分に野坂が捕まったからです」
「………脇坂君……
知輝は君を愛してるんだろ?」
「…………僕だって不安はあるんです……
野坂を奪われたくない……
想いはあるのにね……」
思い掛けず脇坂の本音を聞かされて瀬尾は……
「脇坂君の想いが解って本当に良かった」
と、にぱっと笑った
脇坂は苦笑した
こんな風に笑う顔は一緒だったから……
「………その笑い方……知輝と一緒ですね……」
脇坂が言うと瀬尾は苦笑した
「………一緒の顔だから……キスしないでね」
「大丈夫です
僕は知輝しか欲しくないので」
「……脇坂君……」
「何ですか?」
「君……モテるだろ?
資産家の息子だし、その容姿……」
「この姿で釣れない魚はないですけどね……
桜林時代……野坂と共に過ごした時間は……僕の中で色を褪せず輝いてました
容姿や金でモテても仕方ないんです
僕を欲しがって貰わないと意味がない
目の色を変えて恋人気取りする相手なら嫌という程に見てきました
僕……性格が良くないんですよ
それに堪えれるのは野坂だけです」
瀬尾は笑っていた
「知輝は君が好きだ
君も知輝が好きでいてくれるなら……私は何も言わない
と言うか……言う権利はない」
「………瀬尾先生
また野坂を食事に誘ってやって下さい」
「……自分で仕事増やしたからな……」
「ですね!僕が原稿を取り立てに行きましょうか?」
「………遠慮しておくよ
鬼の編集長自らしなくて良いです」
脇坂は笑った
「では瀬尾先生、また」
脇坂は席を立った
利輝を玄関まで送り出して、携帯を取り出した
電話はワンコールで取られた
「知輝?」
『うん』
「外食に行きますか?」
気晴らしをさせてくれようとしてる脇坂の想いが嬉しかった
『うん!何処に連れてってくれるんだ?』
「美味しいお店ですよ
これから迎えに行きます」
『うん待ってる』
野坂はご機嫌の直った声だった
脇坂は電話を切ると、編集部に戻った
「僕は今日は帰ります」
「あの!………野坂先生……」
女性編集者は脇坂に声を掛けた
「解ってるよ
ご機嫌を直させとく」
「………お願いします……」
「また編集部に来ると想うから」
「はい!」
脇坂は編集部を後にした
地下駐車場まで下りて車に乗り込む
野坂の元へと走る
不安定な野坂を一人にはしたくない
本当なら仕事なんてしたくない
でも野坂の書いたモノに自分が関われないのは嫌だった
「………本当に僕は……欲張りですね……」
脇坂は呟いた
野坂を迎えに行き、レストランへと向かった
行き付けのレストランはシェフと知り合いだったから融通が効いた
「美味しい!」
にぱっと笑う野坂の顔に脇坂は気分を良くしてワインを飲んでいた
「あ!篤史さん!お久しぶりです」
声がして振り向くと……
昔の恋人が脇坂を見つけて近寄ってきた
昔の恋人をこの店に連れて来た事は一度もない‥‥
脇坂は眉を顰めた
野坂は近寄ってくる男を見ていた
ちまっと小さくて、それていて美人だった
野坂は胃がムカムカとしてきた
あぁ言う恋人なら抱き上げてベッドまで運べるよな?
………野坂は脇坂より少し小さいだけだった
ひよろっと身長は高いけど肉付きはなかった
脇坂は近寄って来た男に……
「久しぶりだねナミ
僕は今仕事中なので……」
と先に牽制した
ナミと呼ばれた男は「ごめんなさい」と言い…自分の席に戻った
脇坂はバツの悪い顔をした
食事を終えると脇坂は
「………出ましょうか?」と謂った
「……あぁ……」
野坂を元気つけようとして失敗した
脇坂と野坂は自宅に帰って来た
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