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第26話 憎しみのその先
野坂の祖母の葬儀を終えて少し経つ頃
脇坂は仕事を再開した
「知輝、今日は不動と言う男に逢います
ですので、遅くなります」
「………離れたくない……」
野坂は脇坂の手を掴むと、指を舐めた
「………なら君も来ますか?」
「………良いの?」
「構いません
会社が終わったら迎えに行くのでスーツを着て待ってて下さい」
「解った……」
脇坂は野坂に口吻を落として、玄関に向かった
野坂は玄関まで脇坂を見送りに着いていった
野坂の入院や、野坂の祖母の葬儀などで会社を休みすぎた
なので休日返上で仕事を片付けていた
野坂に寂しい思いをさせてると想うが……
編集長としての責任があった
野坂は祖母の死で、もっとショックを受けて駄目になるかと想っていた
だが、乗り越えようと前向きに捉えて……
脇坂の胸が痛んだ
だが、まだ一人でいるのは嫌だと……少しだけ我が儘を言った
そんな時は、野坂を連れて行った
「……不動……って篤史の片腕だった不動 稜?」
「そうです!
今夜少し話があるので呼び出しました」
「………遠慮した方が良い?」
「構いません
では行ってきます!」
「ん……行ってらっしゃい…」
脇坂は玄関に向かい、野坂にキスして家を出て行った
野坂は……秀英社のエッセイを書いていた
今回のテーマは親
敢えて野坂は親と言うテーマを自分にふった
溢れそうな言葉を活字に変換し、野坂は母への想いを書いた
子どもだった……
あの頃の自分へ向けて母を想い書いていた
夢中になって書いてると携帯電話が鳴り響いた
脇坂からだった
「篤史」
『スーツに着替えてなさい
8時頃迎えに行きます』
「解った!支度しとく」
野坂は電話を切ろうとした
そして「篤史!」と名前を呼んだ
『何ですか?』
「愛してる」
伝えると、ガシャーンと凄い音が電話の向こうから聞こえた
「………篤史……?」
『………知輝……不意打ちは心臓に良くないです……』
「何か凄い音がした…」
『書類を保管してある棚に激突しました……』
「……ごめん……支度しておくな」
『知輝……ありがとう』
野坂は照れながら電話を切った
野坂はお風呂に入って支度をしに行った
脇坂は……棚に激闘して書類を派手にぶちまけた
編集部の皆が集まって手助けしてくれる
「編集長、どうしました?
らしくない……ミスですよ?」
「………少し……不意打ち食らいました……
本当に心臓に悪い……」
「嬉しい癖に」
女性社員は笑って片付けていた
男性社員も手助けして片付ける
「編集長、野坂先生に編集部に顔出す様に言って下さいよ」
「………野坂先生……お祖母様を亡くされて……今は……外には出せないです」
「………俺達……知りませんでした……」
「報道規制を引いて貰いましたからね……」
「………野坂先生……
元気になられる事を……編集部一同お祈りしております」
副編集長は脇坂に深々と頭を下げた
他の社員も習って頭を下げた
仕事のキリが着くと、脇坂は編集部の社員に帰宅を告げた
「上がります!
緊急なら連絡ください」
編集部の皆に「お疲れ様でした」と見送られ脇坂は帰宅の途に着いた
信号待ちで野坂に電話を入れた
「知輝、支度は出来てますか?」
『支度終わってる
何時でも出れる』
「ならマンションに車を置いて行きます
マンションの正面玄関で待ってて下さい」
野坂は『了解』と言い電話を切った
マンションの地下駐車場へと向かい車を停める
エレベーターに乗り野坂の待ってる正面玄関へと向かった
「知輝、待たせました」
「脇坂、このスーツで良い?」
「良いです
タクシーを呼ぶので待ってて下さい」
脇坂はタクシーを呼んだ
タクシーがマンションの前に停まると野坂と一緒にタクシーに向かった
脇坂は野坂を先に乗せると、横に乗り込んだ
行き付けのバーで不動とは待ち合わせしていた
脇坂は行き先を告げた
「今日は何やってました?」
「エッセイ書き上げてた」
「終わったんですか?」
「………終わった……」
「今は何も書いてませんか?」
「書いてない……
思考が停止してる状態だ…」
脇坂は何も言わず野坂の頭を撫でた
「書きたくなったら書けば良いんですよ」
「………もう書けなくなったら……どうしょう……」
「書けなくても構いません
僕の横にいれば良い」
野坂は俯いた
「作家の君でも、高校時代の君でも……僕はどちらでも良いのです
野坂知輝がいてくれれば、それだけで良い……」
「………ごめん……」
野坂は泣いた
脇坂の想いが嬉しかった
脇坂は野坂の涙を拭いた
タクシーは行き付けのバーの前で停まった
脇坂は先にタクシーから下りて、野坂をエスコートした
バーの中に入って行くと、顔馴染みのマスターが脇坂を迎えてくれた
「脇坂さん、お久しぶり」
「来てますか?」
「ええ。個室にいます」
「では行きます」
脇坂は野坂を促して個室へと向かった
店の奥にある個室は一般客には知らせてないプライベートスペースだった
コンコンとノックすると重低音の声が「どうぞ!」と返答した
脇坂は個室の中へ入って行った
「不動、急に呼び出して悪かったな」
脇坂が不動の前の席に座り、野坂は横に座らせた
「………脇坂……誰?」
不動と呼ばれた男は怪訝な瞳で脇坂を見た
「この子の事は気にしなくて良いです」
「………誰?紹介もなしかよ?」
「今更紹介しなくても……知ってるでしょ?」
「…………野坂知輝?」
「知ってるなら構わないで下さい」
「………構わないさ……
でもお前が……ねぇ?……」
脇坂は不動を無視して……
「知輝、何か食べたいモノありますか?」
「………何でも良い……脇坂、見繕って……」
野坂がそう言うと脇坂は内線を取って、オーダーを入れた
暫くしてマスターがオーダーを持ってきた
お酒とつまみは2人の前に置いて、スィーツやジュースは野坂の前に置いた
「脇坂、俺を呼び出した要件を聞かせろ」
「君、野坂と言う会社、知ってます?」
「………横浜の西区にある、野坂工業か?」
「そうです
経営状態、どうなんですか?」
「………少し待て……」
不動はPCを取り出し、キーボードを叩き始めた
「脇坂…」
「何ですか?」
「………新婚という噂……本当だったんだな……」
「君はどんな噂を聞いたのですか?」
「……………脇坂は野坂と新婚生活を送ってる……って聞いた
嘘だろ?お前が誰かと長続きするのか?
ってのも信じられなかったし…
相手が野坂なのも……何かの間違い?……って想った」
「………失礼な!」
脇坂はプンプン怒った
「じゃあ、要件を伺おうか!」
不動は脇坂を射抜いた
「依頼料は5000万
それで野坂工業の立て直しと経営状態を直してくれないか?
成功報酬は5000万支払います
合わせて1億で手を打ってくれませんか?」
「………依頼料は5000万……成功報酬は5000万……
なのは魅力だが……
経営能力ない頭をなんとかしないと、立て直しは難しい……とだけ言っておく」
「それはお前に一任する
野坂の資産を処分すれば、借金は 半分に軽減される
その後、規模を縮小して経営方針を打ち出せば、経営は持ち直すと想う
人員削減、経費削減、規模縮小、それで何とか持ち直させて、頭を据え変える!
能無しは立ち去らせ、使える奴だけ遺す」
「………出来ねぇ事はない……
で、資産売却して足らない分は?」
「会社建て直しに投入出来る資産は一億
野坂知輝は祖母の生命保険に一億手にしてる
一億で何とかして欲しい」
不動はPCから目を離さなかった
「………親父と長男は切り捨てるしかねぇわな
二男は切れ者だ!」
「なら、それを据えて戦略は練れないですか?」
「………野坂は横浜市の下水道工事を一手に担っている
老舗の会社だから信用度もある
無謀な経営拡大さえしようと考えなければ……
こうも窮地には立たなかったと想う……」
「そうか……生田智恵子の顧問弁護士とコンタクトを取って、野坂智恵美と連絡を取るので、そしたら家に向かって後はバッサリお願いします」
「………5000万払って……経営戦略させるのは……何故?
お前にメリット……ないのに何故だ?」
「野坂の会社は、知輝にとって目の上のタンコブなんです
経営状態が更に悪化すれば、知輝にたかるのは目に見えてます
僕はそうさせたくないのです
知輝が1人の時狙われて監禁でもされたら……
と、考えるだけで怖い……
またやりかねない奴らです
出版社の方に知輝を出せと言って来る……あの人達に……
まともな思考は期待出来ません!
知輝に手を出されない為の投資です」
「………その投資に一億……」
「君は引き受けてくれるのですか?」
「あぁ、引き受ける!」
「………野坂の家を何とかしろと言ったのは……
飛鳥井家真贋……彼にアドバイスされ、紹介された経営コンサルタントが……不動……君なのです……」
「………飛鳥井康太……か……
彼の目に見えたのなら……
俺は変わりのない駒だ……」
「………悪かったな不動……」
「お前……本気なんだな……」
「当たり前でしょ?
野坂にとって邪魔者は総て排除します
避けられないのなら改善して危険を避けます
依頼料は5000万
無事、野坂を軌道に乗せてくれたら、成功報酬を支払います
成功報酬は5000万
君に一億支払います」
「…………破格値……だな」
「それだけ厄介事なんですよ……
僕はこの世の誰にも知輝を触らせる気は皆無です
親族だからと言って知輝を自由にしようなんて甘い
それを解らせないと……ね!
野坂の筆頭株主になりなさい、君
そしてボンクラ共の好き勝手させないで下さい
真贋が言うには君の言う通り二男が会社を継いで、二男が先に続ける
二男の子供が会社の礎になり、また先に続ける……らしいので、そうなる様に舵取りお願いします
歯向かう奴は……自滅に追い込めば良いのです
自分の無能を思い知らせる良い機会です」
「…………お前……父親に帝王学を学ばされたんだけっけ?」
「………うちは全員、帝王学を叩き込まれてます
父親の方針です
長男だからと言って経営者にはしない!
経営者としての資質がなき者は経営者にはなれない!
とね、僕は資質はあるそうですが、畑違いの世界に進みました」
「………東栄社で編集長してるんだっけ?」
「ええ。毎日愉しいです」
「………俺、お前は何処かの企業に就職してのし上がる奴だと想ってた」
「知輝が小説家になると言ってたので、出逢えるとしたら編集者になるしかないじゃないですか!」
脇坂の言葉に野坂は驚愕の瞳を向けた
「………それ……初めて聞いたかも……」
ボソッと呟いた
「僕は知輝が会社勤めしてるなら、そこの会社のトップにのし上がって、知輝を部下に使っていると想います
知輝が小説家になると言うので編集者になった
それだけです」
不動は意外な瞳で脇坂を見た
「………脇坂って一途な奴だったんだな……」
脇坂は何も言わず笑った
眠そうな野坂を膝の上に寝かせ、脇坂は飲んでいた
野坂は脇坂の膝の上でスヤスヤ眠りについた
「………指輪……贈ってる仲とは知らなかった……」
不動は呟いた
「この子の作品……読んだ事ありますか?」
「………デビュー当時出した本を、書店で見かけた
その頃は和坂篤美と言うペンネームだったよな?
その頃から読んでた
そして、去年、野坂知輝と言う本名に名前を変えた
恋すれど は高校時代の懐かしい匂いがした……
それで野坂が、お前の後ろにいた野坂なのかな?
とは想っていた
そしたら同窓会に一緒に出てたろ?
で、野坂知輝が高校時代の同級生だと認識した」
「恋すれどは知輝の生い立ちです……」
「そして何時も一緒いるインテリな奴はお前だよな?」
「あんなに輝いてはいませんでしたけどね……」
「お前は冷めてると想ってたのにな……こんなに情熱的な奴だったんだな
その執着……少し恐ろしい気もするが……本人鈍いから丁度だな」
不動は笑った
「僕もね……こんなに嫉妬深かったのか……
自分で驚きました
知輝に振り回されて一挙一動……喜んだり妬いたり……してます」
「………お前は本気の愛なんてしねぇ奴だと想っていた」
「そう言う君は?
愛する人と新婚生活してると聞きましたよ?笙に」
脇坂は揶揄する瞳を不動に向けた
「笙……アイツ……筒抜けか……」
「俳優の美杉鞍馬との新婚生活はどうですか?」
「アイツ……野坂の書いた瀬尾光輝主演の映画に出てるんだ
で、ロケで家にいねぇ……」
「あぁ、知輝の映画に出るんでしたね……
光輝さんに……作家生命を脅かされてました
スキャンダル流されたり、襲わされたり……
その報復の作品なんで、かなり大変だと想います……」
「………野坂、瀬尾利輝の子供なんだって?
それで野坂を受け入れられなくて傷付けた
それでも野坂は光輝の為に作品を書いた
と、美談になってるが……報復なんだ……」
「野坂は僕を傷付ける奴は許しませんですからね……」
「昔からそうだな
病院送りにしたもんな
あの大人しい虫も殺さない顔した野坂が……驚きだった
しかも脇坂の為に切れた……ってのも驚きだったな」
不動は当時を思い出して笑った
「僕も、遊びまくりの不動が本気の相手を見付けるとは想いませんでした……」
「………恋に落ちたんだ……
自分でも信じられねぇよ……」
「鞍馬君、知輝と仲良いの知ってました?」
「………知ってる
妬ける程に……話されてさ……
抱き潰したのがロケ前だった」
脇坂は爆笑した
「不動がヤキモチ?」
「うるせぇ!
鞍馬の奴……野坂知輝にべた惚れだ
光輝とか言う俳優とも仲良いし……」
「光輝さんは兄馬鹿なだけです」
「………異母兄弟?」
「………野坂智恵美さんは……
夫の子供じゃない子供を産みました
愛を貫きたかった……と言いました
瀬尾利輝との愛を貫く為に知輝は生まれた」
「………複雑だな……」
「複雑な関係なのに……瀬尾の人間は知輝を大切にしてくれます
知輝の親や兄弟よりも……大切にしてくれてるんです
皮肉ですよね?」
「瀬尾光輝の兄馬鹿
瀬尾利輝の親バカは有名な話だな……」
「………君の方は?鞍馬君の事は……?」
家族にはどうしてるんですか?
と脇坂は言葉を濁した
「……俺の方は親に言って、見事に勘当された
当たり前だ‥‥男にとち狂って家庭を崩壊させんだからな‥‥
鞍馬の方は親はいねぇ……
兄が鞍馬を育てた……
その兄には大反対されてる……」
「知輝の世界観で言うなら……
解って貰おうと向き合うなら、必ず想いは伝わる……
そう言います」
「………鞍馬……野坂にその言葉貰って号泣して帰ってきた
野坂の方が苦しい事や悲しい事が沢山あったのに……
言葉が優しい……って、野坂にべた惚れだ……
付きまとってる……すまんな」
「気にしなくて良いですよ」
「………鞍馬……生きていたくなかった……と野坂に言ったらしい
そしたら、今 幸せなの?聞かれたって‥‥
鞍馬君が今は幸せならば
総てを受け止めて生きて逝けるよ
産まれてきて良かったと想える日は必ず来るよ……
君は愛する人こ為に産まれてきたんです
生きてる意味なんて、些細な心の支えだと俺は想うよ
って言われて……俺に……あんたと知り合う為に産まれてきたんだ……と言って貰った」
「惚気られましたね!」
脇坂は笑った
「鞍馬……野坂の指に……物凄く綺麗な指輪が光ってるんだ……って言ってた
羨ましがってた
けどな俳優に贈れるもんじゃないからな……」
不動はボヤいた
脇坂は骨抜きな不動の言葉に苦笑した
その時、野坂の携帯が着信を告げた
脇坂は野坂の胸ポケットから携帯を出して通話ボタンを押した
「もしもし、野坂は今寝てます」
『脇坂さん?』
「そうです!」
『そっか、寝てるのか……
脇坂さん、ゴメンね』
「気にしなくて良いです
それよりも君が喜ぶ人に変わってあげます」
脇坂は不動に電話を差し出した
不動は着信相手の通知を見た
『鞍馬君』
と着信相手を告げていた
「お電話変わりました」
不動が喋ると……相手が息を飲むのが解った
『………稜さん……』
「そうだ!」
『何で脇坂さんや野坂さんといるの?』
「脇坂とは仕事の依頼で逢ってる
まぁ脇坂とは時々飲むけどな」
『……え?お知り合いなんですか?』
「脇坂と野坂は桜林の同級生だ!
同級生には榊原笙もいるぜ!」
『……俺……そんな事聞いた事ない!』
「言う事でもねぇからな!
それより、おめぇ…野坂には電話するのに俺には電話しねぇのは何でだよ?」
不動は少し怒っていた
『……あんたの声聞いたら……帰りたくなるから…
どうしてくれるんだよ!
まだ帰れないのに……あんたの声聞いたら……逢いたくなるじゃねぇか!』
鞍馬は泣いていた
「………泣くな……」
『……稜さん……逢いたいよぉ……』
「ロケは何時までだ?
迎えに行ってやる」
『………まだ帰れない……
でも明後日休みになる』
「なら逢いに行ってやる」
『……嬉しい稜さん……
野坂さんと話そうと想ったけど……こんな嬉しい事になった
野坂さん……お祖母様を亡くして元気ないから……電話したんだ
稜さん、野坂さん元気だった?』
「元気そうだったぜ……
帰ってきたら逢えば良い」
『ん……ありがとう……
電話……切るね……
あんまり飲んだら駄目だよ』
「解ってる
今度は俺に電話しろよ!」
『……稜さん大好き』
そう言い電話は切れた
不動は脇坂に電話を返した
脇坂は野坂の胸ポケットに携帯を戻した
「ゲロ甘な不動…見ちゃいました……」
「放っておけ!
でも声が聞けた
鞍馬……野坂の事を心配してた
そんなに……野坂……」
不動は言葉を濁した
「……お祖母様を亡くして……
知輝は肉親を失った
誰よりも知輝の事を心配して支えていた
野坂の家族は……知輝を認めていない
生きてる事すら否定して……
知輝を踏みにじって来た
少し前に胃潰瘍で入院してましたからね……
それで肉親をなくして……知輝は満身創痍です」
不動は言葉をなくした
安易な言葉なんて吐けなかった
野坂知輝と言う人間を語るなら……
その痛みを知らねば……
上っ面さえ解らない
「………胃潰瘍で入院?
ニュースにもならなかった…」
「報道規制は常に掛けてあります
お祖母様の訃報のニュースすら出させるつもりはない……
僕は何を使っても……知輝は守ります
会社にも未練はないので、何度もクビを賭けました
自分の持てる限りで知輝を護る……それが僕の総てです」
「………胃潰瘍って相当ストレス……あったのか?」
「会社で執拗な虐めを受けていた
その頃に記憶が戻っていた…」
「………そっか……」
「知輝、赤蠍商事に勤めていたんです」
不動は驚いた
赤蠍商事
語学堪能で優秀な人材しか入社出来ない会社に……
信じられなかった
「生きてるのが辛いと……知輝は自殺未遂をおこしました
そんな時の想いを作品にしました
来月発売されます
邂逅 と言うタイトルです」
「………脇坂……言葉もない」
「何も言わなくて良いです
野坂知輝を否定しないでくれるだけで良い」
「………仕事引き受けるよ!
俺にも野坂を護らせてくれ…」
「……知輝はまた味方を付けましたね
こうして知輝を護りたいと言う存在が増えて行くのです
この子は知らないですけどね…」
不動とたわいもない話をした
そして閉店を告げるマスターの呼びかけに……
脇坂は野坂を起こした
「知輝……知輝……起きなさい」
「……あと五分……」
「駄目です
タクシーが来ちゃいます」
「……タクシー?
何で?何処か行くの?
篤史がいないのは嫌だ……」
野坂は脇坂に抱き着いて……キスをねだった
その顔は……かなり妖艶で、不動はドキッとした
普段の野坂からは想像すら出来なかった
「知輝……此処は外です!
外で誰かが見ててもご所望ですか?」
脇坂の唇を猫の様にペロペロ舐めてる野坂に……脇坂は言った
「……外??…………あ!外だった!」
野坂は飛び起きた
起きた野坂に、脇坂は紅茶を差し出した
「熱くないので飲みなさい」
野坂は口を付けた
そして丁度良い温度の紅茶を飲み干した
「目、醒めました?」
野坂はコクコク頷いた
「鞍馬君から電話ありました
メールしておきなさい
心配させてるんですからね!」
「解った…後でメール入れておく」
「では、帰りますか?」
君と僕の家に…
「帰る…帰りたい…」
「はいはい、少し待ちなさい
不動、頼みますね!
忙しい所、ねじ込んで本当に申し訳ないと想ってます」
「脇坂、依頼料の5000万で手を打つ
成功報酬の残り5000万は要らねぇ!
俺にも野坂を護らせてくれよ!」
「不動……」
「鞍馬を立ち直らせたのは……俺じゃねぇ……野坂だ
野坂と出逢ったから鞍馬は前を向いて役者の道を行こうとしてる
まさか……お前が野坂を連れて歩いてとは想わなかったからな……逢えるとは想ってもいなかった……」
「ではお願いします
一緒にタクシーに乗りますか?
君を先に下ろして貰います
何区ですか?今の君の住居は?」
「南区唐沢」
「………偶然ですかね?
僕も南区唐沢です……」
不動はマンションの名前を告げた
「………そのマンション…僕のです……
何ですか?
同じマンションに住んでて……
こんな所で逢ったと言うんですか?」
「……え?お前何階?」
「最上階……」
「俺、8階……そっか……最上階の花に囲まれた部屋にいるのはお前達か……」
「花は知輝が育ててます
なら一緒に帰りましょう」
「……あのマンション、お前のなの?」
「祖父からの生前贈与です」
「すげぇな金持ちだと想ってたけど……半端ねぇな…」
脇坂は笑って野坂を立たせた
野坂の指には綺麗な指輪が光っていた
脇坂の本気を思い知る
脇坂は呼んだタクシーに野坂を先に乗せて、自分も乗り込んだ
不動は助手席に乗り込んだ
「脇坂…」
「何ですか?」
「………探偵モノの続き書いて良い?」
「良いですよ
明日会社までお越し下さい野坂先生」
「ん……プロット立ててあるんだ……
今は何も考えたくないから……痛快な底抜けに明るいドジ探偵書きたい…」
「解りました
調整を付けます」
「………悪いな……
今は……書きたくないんだ……」
「でも書きたいんでしょ?」
「書きたい……のと、書きたいのが入り交じってる……」
「なら書きたいのだけ書けば良いんですよ」
野坂は頷いた
マンションの前でタクシーから降りた
不動と共にマンションの中へ入りエレベーターに乗り込んだ
「不動、帰っても1人ですか?」
「……あぁ、鞍馬はロケ先だ」
「なら僕の部屋で飲みますか?」
「………邪魔じゃない?」
「………邪魔じゃないです
この時間に知輝を押し倒したら会社は確実に遅刻になります……」
「…コメントのしようがない…」
「僕は編集部に行くので、その時間まで飲みましょう
勿論 朝食も食べさせてあげます!
近いうちに笙や蒼太を呼んで四人で飲みますか?」
「……四人?」
「知輝はカウントしなくて良いです」
「………何で?」
「この子は飲めないのです
あぁ、君の恋人も呼べば良い
きっと、笙や蒼太も驚きますね!」
「……俺は……家を勘当されて誰とも付き合いないからな……」
「笙は結婚して二児のパパです
蒼太は恋人と同棲中です」
「………皆 落ち着いたんだな…」
「笙の弟が飛鳥井家真贋の伴侶だそうです」
「………え?そんな繋がりが?」
最上階まで行きエレベーターから下りると、部屋へと案内した
部屋に入り、応接間に案内した
応接間は……程よく散らかっていた
「………知輝……」
脇坂が呟いた
野坂は散らかった資料を片付けた
そんな野坂を他所に脇坂は
「不動、座れよ」とソファーに促した
不動はソファーに座り、辺りを見渡した
「………お前の部屋って……」
「モデルルームみたいな空間を想像してた……と言いたいんですよね?」
「……そう……」
「この子が散らかすんです
拗ねると散らかす……愛情表現の一種です」
野坂は真っ赤な顔をした
「………そう言う事ね……」
不動は惚気られたと呆れた
生活感がある空間は脇坂と野坂の愛が詰まっていた
壁には野坂の受賞した賞状が額縁に入れて飾ってあった
サイドボードの上にはトロフィーや二人の写真が飾ってあった
脇坂はお酒の準備をしにいった
不動は野坂に
「鞍馬と出逢ったのは何時?」
と尋ねた
「鞍馬君は探偵モノ作品が映画になる時に出逢ったんだ
最初は嫌われていた……
何かにつけて因縁を着けて来て、ネチネチ文句を謂わないと気が済まない、そんな感じだった
俺から鞍馬君に接する事は避けていたんだけど‥‥鞍馬君は何時だって突っ掛かって来ていた
俺は……何を謂われても笑って誤魔化す事が無難なんだと想っていた
それが気に入らないと鞍馬君は怒って、気に入らないとイライラしていた
凄い気に入らないことがあったらしくてね……
殴られて脳振盪おこして……病院送りになったんだ
光輝さんが物凄く怒ってた…
脇坂も怒っていた
話が段々大きくなって行って、鞍馬君は追い詰められていった
俺はそれが見てられなくて‥‥鞍馬君と話し合う機会を持った
それが始まりだった
今は……色々と心配掛けたりしてる
元気ないと励ましてくれたり……本気で心配してくれる
今も……心配させてるかな?」
不動は初めて聞く事ばかりだった
よくもまぁ脇坂を怒らせて無傷だったと想う
鞍馬の為に野坂が動いたからこそ、瀬尾利輝も脇坂も動く事はなったのだと理解した
「………鞍馬はお前と出逢って変わった
尖った所がなくなり……温和になった……」
「鞍馬君は傷付いてるいたね……色々と話してくれた
俺は聞くしか出来ないけどね
友達みたいで……楽しいよ…」
「鞍馬の友達でいてやってくれ……」
野坂は頷いた
脇坂がつまみとお酒の準備をして応接間に戻ってきた
お酒を作って不動に渡すと、不動はお酒を飲み始めた
脇坂もお酒を作って飲み始めた
野坂にはジュースを渡した
「……篤史…」
「何ですか?」
「ネクタイ……外して良い?」
「着替えてらっしゃい!」
「良いの?」
「良いですよ
普段着に着替えてらっしゃい」
脇坂に言われて野坂は着替えに行った
ラフな服に着替えて来てソファーに座った
野坂のお気に入りの服はヨレヨレのTシャツだった
それだど……首元は隠せなかった
脇坂は知らん顔していた
野坂は真夜中なのにケーキを、ちまちま食べていた
そしてソファーに丸くなった
まるで気紛れな猫の様に……自由だった
「………脇坂、今日から取り掛かる」
「………頼みますね
社長と副社長は切り捨てて放り出して下さい
二度と栄光を掴もうと無駄な事など考えない位潰して下さって結構です」
「………解った
お前の望み通りしてやる」
「命までは取りませんけどね」
「………お前って理性的な奴だと想ってた」
「僕は野坂が搦むと理性的ではない!
学園時代、野坂を虐めてた奴を退学させた経緯を忘れましたか?」
「………そうだったな……
使える手は何処までも使う……
冷徹な非情な奴だったな」
「僕は知輝が悲しまないなら、それで良い
後は興味もありません!」
不動は大爆笑した
変わらない脇坂に……
懐かしさと……羨望が湧く
大人になれば忘れてしまう……
大人になればなくしてしまう想いを……
脇坂は抱いていた
羨ましかった
朝まで飲んで不動は帰って行った
脇坂は会社に出勤して行った
「それでは野坂先生
お昼に編集部の方にお越し下さい
お昼は買っておきます
なのでお腹を空かせて来て下さいね」
「解った」
脇坂は野坂に口吻を落として会社に出勤して行った
野坂は今度は遅刻することなく、お昼少し前に編集部に向かった
出版社の前でタクシーを下りると、脇坂が待ち構えていた
「野坂先生、お待ちしておりました」
「プロット持ってきた
見て貰えるかな?」
「はい。そのつもりです
では、此方へ!」
脇坂は野坂を案内して打ち合わせブースへと向かった
野坂はPCから印刷したプロットを脇坂に見せた
「探偵モノの第二弾ですか……
野坂先生……少しだけ仕事から離れても宜しいですか?」
「恋人に戻るのか?」
野坂が悪戯っ子の様な顔をした
「そうです
嫌ですか?」
「嫌じゃない」
「では、知輝……当分ホテルに住んでくれませんか?
僕もホテルから通勤します
打ち合わせも当分ホテルでしましょう!」
「………何かあった?」
「………少しだけ……騒がしくなるので君をセキュリティーが安全なホテルへ移動したいのです
僕は君を護りたい
君が先に死ぬのなら……僕を殺して逝って下さい……」
脇坂の真摯な瞳に射抜かれて野坂は、何かを感じていた
「………解った……
俺は何時ホテルに行けば良い?」
「この後にホテルへ送って行きます」
「………篤史も来てくれるんだろ?」
「ええ……ですからホテルから出ないで下さい……」
脇坂がそこまで謂うと言う事は‥‥多分自分絡みの事なのだろうと推し量る
ならば脇坂の謂う事は総て聞いて、脇坂を安心させなきゃならないと想った
「脇坂が出るなと言えば、俺は出ない
そうだろ?俺は勝手した事があるか?」
「ないです……君を閉じ込めて……ごめん……」
脇坂は辛そうに言った
野坂は笑った
「俺は篤史がいてくれたらそれで良い……
それに俺は何時だって閉じ籠った生活してるからな、違和感はないって」
野坂はそう言い笑った
脇坂は野坂の手を取ると、指輪に口吻た
「では編集者に戻ります」
「脇坂、これがプロットだ」
野坂は脇坂にプロットを見せた
脇坂はそれに目を通して
「面白いですね……バージョンアップしましたか?」
「くそ面白く書きたい」
「では、書き始めて下さい!」
「解った」
「帰りはホテルへ送って行きます
着替えは後で持って行きます」
「解った
ちゃんと……帰って来いよ……」
「当たり前じゃないですか!
君を1人にする気は皆無です」
野坂は嬉しそうに笑った
打ち合わせを終えて、脇坂はそのまま編集部を後にした
何時もなら野坂を自分のデスクに座らせるのに……
それをせずに…脇坂は野坂を連れて帰って行った
編集部の皆は集まり……
「今日の編集長……様子おかしくなかった?」
「何かあったのかしら……」
「……聞いても答えてはくれないよね?」
編集部の皆は……不安を抱いていた
野坂を取り巻く環境が……
変わりつつあるかの様に……
また、ニコニコした顔で編集長のデスクで座ってて欲しい
まったりとした憩いの時間が戻ってくるのを、皆祈っていた
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