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第27話 改革

不動は生田智恵子の顧問弁護士と連絡を取った 脇坂の方から事前に連絡が入っていて、弁護士は野坂智恵美と連絡を取ってくれた 野坂智恵美の所へ、弁護士と共に尋ねると 智恵美は凛とした姿で不動と弁護士を待ち構えていた 弁護士は単刀直入に切り出した 「智恵美さん、野坂はこのままでは終わります 脇坂さんは手を打つ事を提案して来ています」 「野坂など終わってしまえばよいのです……」 智恵美は皮肉に嗤った 「簡単に終わる気はないので、知輝さんの所へたかりに行ってるんです 知輝さんを誘拐して資産を手に入れられる強行に出られたくないので、脇坂さんは手を打つ事を提案しているのです」 「………そうですか…… あの人達……知輝の所へ行ってるのですね……」 「智恵美さん、此方は経営コンサルタントの不動さんです 脇坂さんは1億投入して再建を考えています それで何とか野坂を建て直そうと派遣された方です」 智恵美は不動を見た 「不動さん、野坂は終わらせるのが一番です……」 「貴方は終わらせたがってますが、そうじゃない方々が策を労しているでしょ? 簡単に終わりたくないと、足掻いてる方が、野坂の財産に目を付けた…… 野坂の資産はかなり有るでしょう 今年だけでも何本映画やドラマを出しているか 目をつけるのは、そこでしょ? 日に日に常軌を逸脱しているのは、貴方が一番御存じなのではないですか? 脇坂はそんな野坂の親族が気が気じゃない……」 「………野坂を遺すにしても…… あの人では……助けても潰す…」 「てすので、解任して貰います 社長と副社長は解任して貰います 御二男の方を社長に据えて、貴方を代表取締役にします! 筆頭株主は俺がなります 能無しの好き勝手にされない為だ どうですか?」 不動の提案に智恵美は 「なる程……それは懸命な選択」と納得した 「この家は債務のカタに処分します 資産、私財、金目のものは総て債務のカタに入れさせて貰い、借金を減らすつもりです」 「解りました! 二男を呼びます 知輝の命を脅かす今の現状を脇坂さんは由としないのでしたら…… 変えるしかありませんものね 私も……これ以上……知輝さんを苦しめたくはない…… 触れる事すら叶わなかった子ですが…… 愛しているのです……あの子を……」 智恵美はそう言い立ち上がり電話をした 「栄二郎、お話があります 野坂の家に来て下さい」 『今すぐですか?』 「はい。今すぐです」 『………解りました……すぐに行きます』 二男は何かを察して、野坂の家に逝く事を約束して電話を切った 少し待つと玄関のインターフォンが鳴り響いた 智恵美は立ち上がり玄関へと向かった ドアを開けると二男の栄二郎が立っていた 智恵美は何も言わず、二男を応接間へと連れて行った 応接間には見たことのない人間が2人も座っていて栄二郎は怪訝な瞳を母に向けた 「…母さん……此方の方は……?」 「母の顧問弁護士さんと、経営コンサルタントの方です」 「……僕に……何の話があるというのですか?」 「栄二郎、野坂は終わります……」 「終われば良いじゃありませんか…… こんな形だけの家も会社も! 総て終われば良い……」 「私も終われば良いと想ってました ですがね栄二郎 終わりたくない……あの人達が…知輝に危害を加えるかも知れないと聞くとね…… このままでは……いられないのは解りますよね?」 「………あの人達……家族と認めず……無視して……人として扱わなかった癖に…… こんな時だけ知輝の金を頼ろうとするのですか?」 「そうみたいです 知輝は何本も映画化されてるし、直木賞も取った 書けばドラマにもなっている 少し位、こっちに回してもバチは当たらない…… と、あの人達は言ってました」 「クソだな……アイツ等……」 「この家は債務の為に売りに出します 栄二郎、お前が社長になり、野坂を経営して行きなさい」 「………ご免だ! と言いたいけど……それしか知輝を護れないんだろ? ならやるしかないじゃないか! 冷めた瞳で……生きてる事を諦めさせた僕達が…… これ以上知輝の人生を狂わして言い訳がない! 作家として……生きてる知輝の足を引っ張ってはいけない! それが……何もしてやれなかった………僕の償いです……」 栄二郎は泣いていた 父親の違う弟が…… 不憫だった だが口をきいた事が父親にバレると……怒られる 父親は知輝はないものして扱え! と家族に言った 子供の自分が父親に逆らう訳にいかず…… 知輝を無視した 知輝はそんな理不尽な家に繋がれて…… いないモノとして生きて来た 哀しそうな知輝の瞳が…… 忘れられない 家族旅行に知輝は置いて行かれる その間……食べるものなどなくて…… 知輝はあの家で飢えているのか…… と思うと……やり切れなかった だから大学を遠くにして家を出た 社会人になって地元の企業に就職しても、家には戻らず…… 会社の近くにアパートを借りて……生活を別にした 結婚して……子供が産まれると…… 尚更……罪悪感は強くなった あの当時の知輝と重なり…… 哀しそうな背中が…… 忘れられなかった 栄二郎は不動に向き直ると 「家を売るなら、母が住める家だけは用意して下さい そして、父と兄……社長と副社長の解任 経営者としての責任追及をして解雇するつもりです 野坂が軌道に乗った時に、返り咲きしようなんて想わない程に……叩き潰す為に協力して下さい! それが条件です!」 栄二郎の言葉に不動はニヤッと嗤った 「元より脇坂は経営トップの二人の解雇 そして横領の罪を検察当局に通告したので、副社長をしておられるご長男の栄一さんは刑事罰を受ける事となるでしょう! それを見逃していた経営トップもそれなりの懲罰を受けて戴きます その前に……ご本人……自爆すると想うので、少し追い詰めて行こうと想います それでは私の言うとおりに動いて下さい 私の依頼主の脇坂篤史は、経営トップの二人の息の根を止める事を所望されている そして、二度と揺らぐ事のない野坂を作る事を望まれている それが強いては野坂知輝の為になると…… 飛鳥井家真贋も望まれている」 飛鳥井家真贋……… 栄二郎と智恵美は言葉をなくした 栄二郎は「脇坂さんというのは……何方かですか?」と尋ねた 「それは総て軌道に乗った後に……貴方にお伝えしましょう」 「解りました! では、この家を売却する事を進め、経営トップの二人を解雇出来る様に進めて下さい 僕はこれから会社に辞表を出して、会社を辞める事にします」 智恵美と栄二郎は覚悟を決めた瞳をしていた 賽は投げられた 後は……進むしかなかった 栄二郎は母の行く末を案じて 「この家を売却して引っ越しする段に入りましたら住む場所はご用意致します なるべくご希望に添えるようにしたいので、希望を出しておいてください」と不動に頼んだ 智恵美は「住む場所など……何処でも構いません…… 子供は……巣立ち……あの人も家には寄りつかない 私1人ですのでワンルームでも構いません」と何処でも良いと申し出た 「………それは追々詰めて行きましょう! では会社に出向き通告します ご一緒にお願いします」 不動が言うと智恵美と栄二郎は立ち上がった 覚悟を決めた瞳が意思を持って鋭く光っていた 不動と弁護士は智恵美と栄二郎を連れて会社へ向かった 会社に到着すると智恵美は先頭に立ち、不動と弁護士を案内した 社長室へと向かう その足取りは揺るぎない 智恵美は社長室のドアをノックするとドアを開けた 智恵美の突然の来訪に社長でもあり、夫の栄之介は驚いていた 「……ち……智恵美……何しに来た……」 夫の呼び掛けに、智恵美は艶然と嗤った 「野坂の会社はは栄二郎が継ぎます 貴方と栄一は退任して下さい! 尚、栄一は横領で告発するつもりです さっさと会社から出て行きなさい!」 智恵美は吐き捨てた 智恵美の後ろには見たことのない男と…… 栄二郎が立っていた 「栄二郎、副社長でもある栄一を呼びなさい!」 「解りました」 栄二郎は社長室を出て、副社長へと向かった 副社長室ドアをノックすると中から兄 栄一が姿を現した 「………栄二郎?」 二男の栄二郎はトナミ海運に勤めていた トナミ海運の管理部に勤務して、会社の近くに妻と子供と住んでいた その栄二郎が、何の用があって会社にいるのか? 栄一は訝しんだ瞳を栄二郎に投げ掛けた 「………栄二郎……何の用だ?」 「社長室までお越し下さい 話は社長室へ行ってからします」 「……社長室?……お前に命令される筋合いはない!」 鷹揚に栄一は吐き捨てた 「栄一兄さん、会社の金を横領してたんだってね! 父さんと兄さんは野坂から出て行って貰う 兄さんは横領の罪で逮捕されて罪を償って下さい」 「………貴様……」 栄一はわなわなと震えた 栄二郎は兄の腕を掴むと、強引に社長室へと連れて行った 華奢な兄と比べたら体育会系の体躯した栄二郎の方が身長も高くガッシリとした体躯をしていた 半ば強引に栄一を社長室に引っ張って栄二郎はやって来た 「連れて来ました」 栄二郎が言うと不動は不敵に嗤った 「栄二郎さんご苦労様 それでは本題に入りましょうか! 私は経営コンサルタントの不動 稜と申します ある方から依頼を受けてやって来ました 依頼主の望みは【野坂工業】の存続 野坂は大幅な経営戦略を打ち立てて、生き残りを図ります ですので、社長の野坂栄之介さん、野坂栄一さんは役職を下りられ、野坂から関わりのない存在になって戴きます 要は解雇です 栄一に関しては横領で告発致しましたので、検察から調書を取られると想います 検察には資料は総て提出してありますので、実刑判決は逃れられはしません! 会社を私物化し過ぎです」 栄一は不動の言葉に…… 反論できなかった 「野坂栄之介さん 貴方も時代錯誤のワンマン経営の責任は取って戴きます 会社を破産させる……それはさせたくないので整理に入ります ご自宅、資産の凍結をさせて戴きました 今は裁判所の認可も下りて、勝手に資産売却は出来ないので、ご了承下さい」 淡々と現実を告げてく不動に、栄之介は……怒りを露わにした 「何勝手な事ばかり言ってるんた!」 と叫んだ 栄二郎は父を嘲嗤った 「父さん ご自分のケツ位、お拭きになったらどうですか? 野坂を潰すしか能のない男は引き際も知らないのですか? みっともないので、ご自分の尻拭い位はして下さい」 栄之介はグッと詰まった 「………ふざけるな……」 唸る栄之介に怯む事なく栄二郎は続けた 「知輝に金の無心してますよね? 我が子として認めず……親らしい事は一切しなかったのに…… 金の無心をするなんてみっともないですよ?」 栄二郎は莫迦にして言った 「アイツが言ったのか! 育ててやった恩も忘れて‥‥ 何偉そうな事をぬかしてるんだ!」 栄之介は喚き散らかした 「育ててやった恩…… 育ててないのに感じる訳ないでしょ? 貴方は知輝を無視した 家族旅行に知輝が行った事は一度もない 家族として扱う事をしないで来たのに…… 今は育ててやった恩……ですか 貴方の脳味噌は都合良く出来過ぎてます 野坂は株式総会を開きます そこで、貴方達の解任を通告します 筆頭株主は貴方ではない あなた方は……責任を取るしかないのです!」 栄二郎は警備員を呼び寄せた 「この2人を会社から放り出して下さい! 野坂の新社長は私になりました 母は代表取締役になりました! この2人は野坂には一切関係なきモノとなります 兄さん、貴方は会社のお金を、まるで自分の財布のごとく使い職権乱用した よって横領として告発させて戴きました 罪を償われる事を願います」 栄一は力なく床に崩れ落ちた 何時かは…… こんな日は来るんじゃないか……とは想っていた だが……会社の金は野坂の金……と都合良く解釈して使ってきた 何時か告発される日は来ると想っていて……止められなかった 「兄さん、副社長室の私物は後でお送りします! お疲れ様でした 株主総会まで、自宅で待機なさって下さい」 最後通告を突き付けた…… 栄一は警備員に支えられ……社長室を後にした 栄二郎は父親にも最後通告を突きつけた 「父さん、貴方もお帰り下さい! 我が社はワンマンな独り善がりな社長など要りません 貴方は総て自分の采配でやって来た 社員の声に耳を傾ける事なく……時代に逆らって事業拡大を狙った 貴方に着いてくる社員などいないのに…… 僕も貴方の下では……力を発揮するだけ無駄と会社を辞めましたね? 貴方は1人で走りすぎました 息子の横領に気付きもせず……空回りばかりして来た! 会社を窮地に追い込んだ責任を取って辞めて戴きます お疲れ様でした 貴方は明日から会社に出る必要はありません また自宅も近いうちに競売に掛けます 既に金目の資産は押さえられてるので、自宅に帰れません ご了承下さい」 栄之介はわなわなと震えた 「この会社の社長は私だ!」 栄之介は叫んだ 「いいえ!貴方は潰すしか能がない! 青息吐息の会社の建て直しをします! それには貴方は不要です! 我が社は経営コンサルタントの不動さんの元、変わるつもりです ですので、貴方は不要です お帰り願います」 栄之介は警備員に確保され……社長室から連れ出された 静まり返った社長室に…… 緊張が走った 「不動さん、これで宜しいですか?」 栄二郎は不動へ問い掛けた 不動は事前に飛鳥井家真贋に絵図を書いた指示は受けていた 何故、野坂の為に動いているかは定かではないが、真贋は緻密な絵図を不動に渡した 不動はその絵図に乗っ取って会社の移転を指示した 「会社の警備体制を強化させねばなりませんね この会社は閉鎖しましょう! そして新社屋でセキュリティも万全にして再開しましょう!」 「………新社屋……と言われましても……簡単には行きません」 「飛鳥井の会社が新社屋に移転して、前に使っていた部屋が空いてます そこに移動して、そこに会社を構えます 資材置き場とから近いうちに、飛鳥井建設の手によって完成するので、そしたら通常業務にも支障は出ることなく仕事が再開できます 元社長がやって来て社長面しても仕事をやられても困りますからね 今日、これから、引っ越しに取りかかります そして新体制にして仕事を始めます まずは、その第一歩、表の顔を取り替えましょう!」 「解りました! では社員に通告して来ます」 栄二郎は総務へと走った 総務の責任者に代替えしたことを告げて、会社の存続の為に引っ越す事を告げた 野坂工業の改革の手始めは、会社の移転だった 野坂の会社の土地は売却する手筈はついた 生田智恵子の土地を買ったのは……脇坂だった 会社は脇坂が買った祖母の土地に資材置き場を建てる段取りをした 資産を整理する 野坂の自宅は競売が掛けられる事となった 借金を清算する為に私財は総て売却される事となった 社長をしていた栄之助は、何もかもなくし怒り狂っていた 何故だ…… 何故こんな目にあわねばならぬ? 理不尽な仕打ちに憎しみは更に増していた 智恵美とは離婚訴訟の真っ只中だった 家も、会社も、妻も…… 栄之助の無くした 栄一は横領の罪で告発された 栄一の家族は……横領の事実を知って離婚を申し立てた 栄之助も栄一も総てを無くした 株主総会では満場一致で、野坂栄之助 と栄一の解任が可決された 何もかもなくした……栄之助は…… 野坂を解体させた仕掛け人を探り始めた 智恵美と栄二郎だけで出来る事じゃない 経営コンサルタントの不動は依頼があった……と言った 依頼主は誰なのか? 栄之助は探偵に頼んだ 探偵が導き出した答えは…… 脇坂篤史 野坂知輝の担当編集者だった 野坂知輝の担当編集者と謂う事は‥‥‥アイツが復讐しようと動かしたのか? アイツが復讐する気なら‥‥その前に動かねば‥‥栄之助は、恨みも憤りも‥‥総て脇坂へ流れて憎しみを膨れ上がらせて逝った 脇坂も何が起こるか不安が募る日々を送っていた 長引けば‥‥‥野坂にも謂わねばならなくなると危惧していた そんなある日、来訪者は突然やって来た 「編集長、1階に野坂さんに関する事で聞きたい事があると仰る方が、訪ねてらっしゃってますが、どうなさいます?」 脇坂は今ホテル住まいをしていた 野坂を護る為に隠した 野坂の会社が落ち着くまで…… そう思って脇坂はホテルへ野坂を連れて行った 脇坂と住むマンションの方へ、不振な人物が来てると管理会社の方から報告が来た その人物は、野坂か脇坂が出て来るのを待っている様で、マンションに出入りする人間を監視していた 管理会社の方から警察に通報し、敷地から出るように勧告を行っていた 身元を確認しようとすると、その人物は逃げて行った 大体の予測は着く 脇坂は警戒していた所だった ホテルで住み始めて二週間になろうとしていた 「下まで行きます 何かありましたら内線で呼び出して下さい」 脇坂はそう言い、編集部を出て行った 編集部の皆は「誰だろ?」と集まった 「編集長、最近おかしいよね?」 「一日に何回も電話してるよね?」 「…………ん、で、電話に出なかったら、慌てて出てきますって出掛けてるしね…… 顔色を変えて出掛けるのは……頻繁になったし…… 何かあるんだろうね……」 「だよね…… 私たちに何か出来る事をしようよ……」 「…なら…見に行こうか?」 「……そうだね」 編集部の皆は、脇坂の後を追って行った 1階に下りると、見知らぬ顔の中年男性が待ち構えていた それを横目で捉え、受付嬢に声を掛けた 「面会の方は?」 そちらの方に御座います と案内されて、その人物を見る 「脇坂篤史?」 呼び捨てにされ、感じ悪い…… と、想っていると…… 突然襲いかかって来た 手にはナイフが握り締められていた コイツ………危ない…… 脇坂は本能的に思った だが、脇坂が回避するよりも早く男は襲ってきた とっさの事で……脇坂は何が何だか解らなかった 暫くして…… 脇腹に激痛 が走った 「………何故!……こんな事を……」 脇坂は踏ん張った 「お前が余計な事しなければ! 儂は会社も妻も失わずにすんだのに! お前が奪ったんだ!総てを!!」 逆恨みだった 男は喚いていた 脇坂の脇腹にはナイフが刺さっていた 編集部の男性社員はそれを目撃して… 男に飛びかかり、取り押さえた 女性社員は警察に電話を入れ、事情を話し、救急車の要請をした 副編集長は脇坂の脇腹に刺さったナイフを固定した 抜け落ちたら血が吹き出る…… そしたら失血多量で……危険な事は目に見えていた 「編集長……少し我慢して下さい」 「………済みません…… 野坂には……」 「………連絡を取りますか?」 「心配させたくないんですけど‥‥」 「騙し通すのは無理ですよ?」 「………僕が帰らなかったら……知輝は僕を捜し回りますね……ですから……っ……」 脇坂は苦しそうに言った 「もう喋らないで下さい! ………瀬尾先生を通して頼んでみます……」 「そうして下さい でなければ……病院へ来ようと……必死になります……」 「編集長!もう黙って下さい!」 男性社員は泣きそうだった 女性社員は実際に泣き出していた 女性社員が瀬尾利輝へ電話を入れた 「瀬尾先生ですか? お忙しい所申し訳ありませんが、緊急事態と言う事で少しお時間宜しいですか?」 『何がありました?』 剣呑な声に利輝は何かを予知して問い掛けた 「脇坂さんが刺されました……」 『………え…脇坂君が……知輝は? 知輝は大丈夫なのですか?』 「瀬尾先生……野坂さんは大丈夫です ですが……脇坂編集長が刺されました 野坂さんに知らせて下さいませんか? 下手に知って病院へ行くまでに拉致られたら……大変です」 『……解ったよ……知輝に知らせて脇坂君の病院へ連れて行くよ……』 「……頼みます…… 編集長は最近おかしかったのです…… こう言う事態が来るのを想定していたんでしょうか…… 野坂先生はご自宅にはいません…… 編集長が隠したのです……」 『………と言う事は知輝の事で……何かあったのかな?』 「………詳細は解りません…… 瀬尾先生……野坂さんをお願いします」 『解ったよ 今から連絡を取るよ』 利輝は電話を切った 救急隊員がやって来て、脇坂の処置をしてストレッチャーに乗せた 警察が駆けつけ、脇坂を刺した人物の手に手錠を掛けた 手錠を掛けられ…… 男は項垂れた 男は……顔を上げる事なく警察に連行されて行った 脇坂は処置を受けた後、救急病院へと運ばれて行った 脇坂は事前に何かを察知しているかの様に…… 穏やかで、総てを容認した雰囲気だった こうなる事を予測していたんですか? と、勘繰りたくる…… 編集部の人間は社長室へ目掛けて走って行った 利輝は野坂に電話を入れた 「知輝、今何処にいます?」 『俺?俺はホテルニューグランドだけど?』 「………ホテルの人に話を通しておきます 正面玄関まで護衛されて出て来て下さい」 『………何かありました?』 「それは君が僕の車に乗った時に話します」 野坂は何も言わず電話を切った 暫くするとホテルの者だという人間が野坂を迎えにやって来た 野坂一人に対して、ホテルの従業員2人に警備の者が3人着いていた 野坂は胸騒ぎを覚えた 何かあったんだ…… 胸騒ぎを覚えつつ……連れられた先に瀬尾利輝が立っていて 野坂は覚悟を決めた瞳を利輝に向けた 「………とうさん……」 想わず……言葉が零れた 利輝は良かった……と言う安堵した顔で野坂を抱きしめた 「知輝……無事で良かった…」 「何かありましたか?」 「それは車の中で……」 利輝は野坂を離すと、ホテルの関係者に深々と頭を下げた 「知輝を連れて来て下さってありがとう御座いました」 ホテルの関係者は利輝と野坂が車に乗り込むまで護衛してくれた 利輝は野坂を助手席に乗せると運転席に乗り込んだ ホテルの関係者に見送られて利輝は車を走らせた 「知輝……」 利輝は苦しそうに……言いにくそうに顔をゆがめた 「何ですか?」 「………脇坂君が……刺されました……」 「………え?………篤史が……」 野坂は驚愕の瞳を利輝に向けて‥‥‥ やはり脇坂は何かを抱えいたのか‥‥と理解した ホテルに住まいを移した頃から、脇坂は神経質に野坂の安否を気にしていた 多分、自分の事で何かがあるのだと想ったが、野坂は脇坂の謂う事を聞いてホテルの部屋で過ごしていた 野坂の体躯は震えていた…… 利輝は胸を痛めた 野坂知輝にとって脇坂篤史と言う人間は代替えのいない存在なのだ…… 「………篤史に逢いたい……」 野坂は震える手を握り締めて……瞳を閉じた 「………俺にとって脇坂は総てなんだ…… 母親に刺されて……家から放り出されて誰とも関わりを持とうとしなかった俺に…… 脇坂は話し掛けてくれた 誰も近付こうとしない…… 近付かせない…… そんな俺の横にいてくれたのは……脇坂だけだったんだ 脇坂と離れて……俺は脇坂に似た男に……救いを求めた だけど……俺の心は見透かされてたんだな…… そいつの中に……脇坂を見ていたのを知っていた 俺は……こんな日々なら……命なんて要らない……って思った だけど……手首を切って死ぬ瞬間……死にたくないって想ったんだ 脇坂のいない世界に………逝くのは嫌だった 好きになって貰えなくて良い… 想い続けて生きていこう……そう思っていた だから……脇坂の横にいられるのは……奇跡なんだ…… 俺は……脇坂のいない世界には生きてるつもりはない……」 野坂はそう言い……黙った 利輝の携帯が着信を告げると、利輝は路肩に車を停めた 「瀬尾です」 『瀬尾先生、脇坂さんは総合病院に運ばれました 今しがた、緊急で搬送されました』 利輝は脇坂の運ばれた病院を聞くと「あと少しで着きます」と告げて電話を切った アクセルを踏み込み、総合病院へと向かう 総合病院の駐車場に車を停め病院の中へ入って行くと、編集部の人間が野坂を待ち構えていた 「野坂先生!」 編集部の人間が野坂に気付いた 野坂は顔色をなくして気丈に立っていた 利輝は野坂を支えると 「脇坂君の所へ案内してくれるかな?」 と言った でなければ……野坂は死んでしまう…… 脇坂のいない世界には…… 野坂は生きられないから…… 「此方へ」 編集部の人間は利輝と野坂を案内した 脇坂はまだオペ室だった 利輝は野坂をオペ室に入れて貰えないか……頼んだ 看護師は医者に相談して、野坂だけオペ室に入れさせた 「その患者をこの世に止めとけ!」 ガラの悪い久遠と言う医者は野坂に発破をかけた 「俺はたまたまいただけだ! 康太が今日は総合病院に行けと言ったからな… 畜生!……こうなるのが見えてやがったな!」 久遠はボヤいた 野坂は冷たい脇坂の手を握り締めた 「……脇坂………脇坂………死ぬな……」 野坂は泣きながら言い続けた お前をなくしたら…… 俺は後を追う 怒ろうが…… 帰れと言おうが…… 聞いてやるもんか! もう離れたくないんだ 離れるなら……死を選ぶ 嫌……死しても尚…… 離れたくない 離れてやるもんか! 野坂は脇坂の手を強く握り締めた

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