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第28話 証
脇坂のオペは8時間の長丁場となった
野坂はずっと脇坂の手を握り締めていた
オペが終わり、病室に運ばれても野坂は脇坂の傍を離れなかった
見ているこっちが辛くなる光景だった
堪えて……気丈に脇坂の手を握る
脇坂……脇坂‥‥
とずっと呼び掛けて……
野坂は脇坂の傍を離れようとはしなかった……
テレビ報道は連日、野坂の会社の事を取り上げていた
野坂栄二郎と智恵美が記者会見を開いた
【株式会社 野坂工業】
に関しての記者会見で、会見に当たって野坂知輝に関する質疑応答はするな
と、事前に通告して記者会見を開いた
世間は横領、ワンマン社長の私生活をおもしろ可笑しく書き立てようと躍起になった
………が、上からの圧力で、沈静化を図った
何処までの上かは解らないが、野坂知輝に関するプライベートな事に関する憶測はするな……と通告が入った
野坂知輝を叩けば……
出生の秘密がもっと公になる
痛くもない腹を……切り裂かれたくはない
野坂智恵美と瀬尾利輝との不倫も……公になる
瀬尾利輝の妻や子供も……巻き込まなくて良いのに巻き込む事となる
その為の不戦を……飛鳥井康太が貼った
東栄社出版の脇坂篤史
彼が野坂先生を庇い……逆恨みにあい刺された
その絵図を書くしかなかった
今も血を流している傷を……
切り裂いて……
更に血を流す必要などないのだから……
逆恨み
総ては【逆恨み】の犯行にする為に弁護士も付けた
オペが終わって病室に運ばれても脇坂の意識は戻らなかった
脇坂の父や母、兄弟も病室に顔を出した
「野坂さん、編集部でお逢いしましたね?
篤史の父の篤郎です
妻のルリ子と二男の篤人、そして4男の篤弘です」
野坂は脇坂の家族に立ち上がりお辞儀した
「………野坂知輝です…」
野坂は脇坂の手を握ったまま挨拶した
脇坂の母ルリ子は野坂を抱き締めた
「疲れた顔してる……」
野坂の頬を撫でながらルリ子は囁いた
脇坂は母親似なんだ……と思える程に……脇坂に似た撫で方だった
「………ごめんなさい……」
連日の報道で野坂も脇坂が何故刺されたのか‥‥知っていた
やはり脇坂は野坂の為に動いていて、戸籍上は父の栄之助に刺されたのだと、大きすぎる騒ぎは野坂の耳にも入る程だった
野坂は気丈に謝った
「謝らなくて良いの……」
優しく撫でられて野坂は涙を流した
「篤史が死んだら……俺も死ぬ……だから許して……」
「篤史は死なないわ……
篤史は貴方を遺して逝ってしまう子じゃないわ
信じてあげてね」
野坂は泣きながら何度も頷いた
脇坂を亡くした明日なんて考えたくなかった
愛する男は何時も不安や心配なんて抱かせずに……
傍にいさせてくれた
亡くしたら……
死んでしまおう……
この先……脇坂を亡くして生きて逝けないのだから……
泣いて……
泣いて……
野坂は意識を手放した
意識を手放しても……脇坂の手は……離さなかった
脇坂の病室には瀬尾利輝、藍那、光輝も見舞いに駆け付けていた
脇坂の家族と共に、野坂と脇坂を見守っていた
ルリ子は藍那に
「愛那から話は聞いていたけど……本当に可愛いわね
ちゃんと食事の機会を作って逢わせて貰うつもりだったのにね……」
と告げた
「………知輝は……脇坂を亡くせば生きてはいまい……
野坂知輝を謂わば殺したも同然……嫌……トドメを刺したも同然の事をしやがった!
クソだわ……知輝を家族として扱わなかったばかりか……逆恨みまでして………目の前にいたら殺してやる……」
悔しそうに愛那は吐き捨てた
「………知輝……見てるこっちが痛い……」
と言い光輝は泣いていた
瀬尾利輝は野坂を撫でていた
「…………この子の人生は……脇坂君と出逢わねば……
どんな人生を送ったんでしょうか……
想像するだけで………怖くなります……」
子供のように頭を撫でていた
脇坂は血の気を失った顔をしていた
篤史……
篤史……
俺を置いて逝くな!
野坂は叫んだ
泣いて
泣いて
………震えていた
脇坂は夢を見ていた
『脇坂……好きなんだ……』
野坂が緊張した顔して……告白して来た
卒業式の後だった
野坂は顔に出るから……脇坂の事を好きなのは知っていた
他の誰にも懐かない……手負いの犬
だけど脇坂だけには懐いて飛んでくる
『脇坂ぁ~』
甘えた声が嬉しかった
何時も一緒にいた
野坂知輝の横にいられるのは脇坂篤史
ただ一人だった
他を寄せ付けない野坂
好きだよ
君が僕から離れて行くなんて想ってもみなかった
野坂……君はタチですか?ネコですか?
と問い掛けようか……悩んだ
どっちなんだろ?
考えてる間に……野坂は走って消えた
その後、野坂に電話しても……
解約した後だった
家に……尋ねても……野坂知輝なんて人間はいません!
と断られた
何処を探しても野坂は見つからなかった
野坂……
君は作家になるのが夢でしたね
ならば編集者になれば君に会えるかな……
と言う想いで……編集者になった
野坂を忘れられなくて……
でも野坂のいない日々は辛くて疲れ果てていた
出逢えぬ日々に投げ槍になり‥‥
親に勧められるまま……結婚した
君に会うのを諦めた訳じゃない……
でも編集者になっても逢えない
当たり前だよ
ペーペーの人間に小説の作家さんの面倒など……
任せて貰える筈なんかない
疲れ果てていた
君のいない世界に……
夢など見ないつもりでした
結婚を逃げ道にした
その結婚も……破綻を迎えた
少女漫画の編集者として担当した漫画家に迫られ
家では妻がストーカーと化して……
夫をつけ回した
気が休まる時がなかった
そんな時……
何時も野坂を想った
『脇坂、疲れた顔してる』
そう言い野坂は何時も隣で寝かせてくれた
野坂の隣は物凄く安らげ……眠れた……
野坂の隣にいると楽に息が出来た
野坂の横は巣でいられる自分がいた
野坂……
君に逢いたい……
妻に無理心中の様に死んで……と言われて逃げる背中を切り付けられた
遠離る意識の中
桜林の頃の夢を見た
野坂……
君に逢いたい
心底……野坂を求めた
野坂の担当者になれた時
やっと願いが叶った……
そう思った
野坂の傍に行きたい
やっと…その願いが叶った
だが……野坂には恋人がいて、何時も脇坂を邪険に見ていた
脇坂は野坂と恋人を別れさせようと姑息な手を使った
少しくらい……
夢見ても……バチなんて当たらないよね
そう自分に言い聞かせて……
恋人と別れさせた
恋人と別れた野坂を誰よりも優しく扱った
担当編集者………として……
傍にいる間だけ……
そう決めて……
自分を追い込んだ
野坂を自分のマンションに住まわせた
離婚して……傷付いた脇坂に生前贈与だと祖父がマンションを与えてくれた
その最上階のペントハウスに野坂と住むのを夢見て
部屋を作った
夢は叶った
野坂を家に迎え入れられた……
野坂と暮らす日々は気が楽になった
素の自分でいて良い空間であり存在だった
そして……気付いた
野坂をなくして……
生きていけるか……
作品を上げれば……野坂は出ていく
作品を仕上げるまで……
そう言った
恋人が出来るまで……
そう言った
それを……見ていなきゃ駄目なのか?
無理だ……
野坂を手放すなんて……
無理だ
手放せないなら……
最初から……ないと思おう
せめてもの……箍……だった
野坂を手放して……
野坂と暮らした空間に……
帰れなくなった
野坂……
君に逢いたい
やっと逢えたのに……
君は……僕のモノでない……
担当者を変わって……会社も辞めよう……
そう思ってた矢先に……
野坂が消えた
マンションも携帯も解約して……消えた
脇坂が担当者にならねば書かない
そう言われれば逃げる訳にはいかなかった
……どんだけ辛くても……
君を見てます
そう決心した
愛されなくてもいい
野坂が生きていてくれれば良い
そう願った
野坂と……恋人になれた奇跡に……
今も感謝したい程だった
知輝……
知輝……
僕の腕の中のいる君を……
どれだけ嬉しいか……
君は知ってますか?
愛してやまない
知輝……
僕の総て……
脇坂は……強く握り締められる指を……
握り返した
目を醒ますと……
涙一杯の瞳に出くわした
真っ赤な兎の様な瞳をしていた
一体……どれだけ泣けば……こんな目になるの?
脇坂は手を伸ばした
「……真っ赤だ……」
瞼に触れると……
ポロッと涙が零れた
「泣くな知輝……」
こんな真っ赤な目になるまで泣くな……
脇坂はそう想って野坂を抱き締めようとした
すると脇腹に痛みが走った
「………っ………」
脇坂が起きようとするのを父 篤郎が制止して寝かせた
「無理したら傷は治りませんよ?」
「……父さん……ご迷惑お掛け致しました……」
「迷惑だなんて想ってません
ただ……君は……この子をこんなに泣かせて……」
篤郎は野坂を撫でた
静まり返った病室に野坂の啜り泣きが響いた
「………知輝……僕は生きてます……」
野坂の手を強く握り締めた
病室のドアがノックされて、瀬尾利輝がドアを開けに行った
病室の前に立っていたのは……
飛鳥井康太と伴侶の榊原伊織だった
病室に入ると飛鳥井康太は脇坂に
「脇坂、痛い目に遭わせたな…」と労いの言葉を掛けた
そして脇坂の傍に寄った
「康太さん……総て終わりましたか?」
脇坂は飛鳥井康太の登場に全てを悟った
「あぁ、逆恨み……で、片を付けた
余分な事は話さねぇ様に弁護士も付けといた
これで公判は乗り切るしかねぇわな
絵図は描いてやった
後は野坂が軌道に乗れば良い
それは不動の役割だ
お前たちには関係ねぇ…
丁度、脇坂工業の社長もいる事だしな!
野坂と提携させようと動いてみるのも良いかもな!」
飛鳥井康太は皮肉に嗤った
「………僕は……知輝が無傷で終われるなら……それで良い…」
「上からの圧力掛けといたかんな!
もう話題にもならねぇよ!」
「………上って、どこら辺ですか?」
「……日本のてっぺん辺り……かな?」
「………それは……凄いので、聞かなかった事にします」
飛鳥井康太は笑っていた
「………脇坂……痛い目をさせたかんな……褒美をやんよ」
「褒美……ですか?」
「おう!おめぇの脇坂工業に勝機を導いてやんよ!」
「………それは……父さんが得するだけの気がします……」
「だって……おめぇは野坂さえいれば何も要らねぇじゃねぇかよ!」
「はい。僕は知輝さえいれば何も要りません」
「ならお前のご褒美は……必然的に親父に行くしかねぇやんか!」
「そうですね!
野坂工業がこの不況を乗り越えて更に大きくなります様に……お願い致します
弟の篤弘も会社の役に立つために入ったみたいですし、更なる飛躍を期待しております」
「だろ?脇坂工業の未来
視てやんよ!
それが定め……と言う事だ
飛鳥井源右衛門は鬼籍の人になった……
今後は俺が変わってやんよ」
脇坂篤郎は飛鳥井康太に深々と頭を下げた
「脇坂、オペは腕の良いのを派遣しといたから手際は良かったろ?」
康太はイタズラっ子みたいな顔で笑って問いかけた
「……そうは言いますが……
あの人……物凄く怒ってましたよ?」
「気にすんな、怒ってても腕はピカイチだ!」
「本当にありがとう御座いました…」
「早く治して野坂を安心させてやれ……
もう……心を病む事は何もねぇ……」
「はい!」
飛鳥井康太は脇坂の家族と、瀬尾の家族を引き連れて帰って行った
病室に野坂と脇坂だけになった
「知輝……泣かせてしまいましたね……」
脇坂は野坂の頬を撫でた
「………篤史……
篤史が死んだら……俺……後を追うつもりだった……」
「僕は死にません
君を置いて逝けません」
「……篤史……」
「君……寝てませんね?」
脇坂は少しずれると自分の横をポンポンと叩いた
「おいで、知輝」
「……病院だよ?ここ……」
「気にしなくて大丈夫です」
脇坂に促されベッドに入り込んだ
脇坂の熱が……伝わって来る
野坂は脇坂の胸に顔を埋めた
そして深い眠りに落ちた……
様子を見に来た看護師が驚いて久遠の所へ逝ったのは謂うまでもない‥‥‥
久遠は「んとによぉ‥‥あんなんばっかしかよ!」と誰にも届かぬ文句を謂った
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