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第34話 繋がり‥②
『宮本です
何かご用ですか?』
「申し訳ないのですが、野坂先生が君に逢いたいと言ってます
僕のマンションまで来てくれませんか?」
『………え?野坂先生が……ですか?』
「嫌なんですか?」
『……いえ……何かやりましたか?私』
「大丈夫です、そんな話ではないので、君は今すぐに来てくれれば、それでよいのです
野坂先生が正面玄関の前で待ってます
野坂先生を待たせる事なく来て下さい」
半ば脅しに近い招待だった
『解りました
今すぐにお伺い致します』
「君の携帯に僕のマンションの住所を送信するので、運転手に告げて此処まで来て下さい』
脇坂は用件を告げると電話を切った
会社から自宅までタクシーで20分といった所だ
きっと慌てて来てくれるだろう宮本を想像して
「友輝、15分経ったらマンション下まで宮本を迎えに行ってくれますか?
マンションから出てはいけませんよ?
君に何かあったら僕は生きてませんから守ってくれますね?」
野坂が頷くと、脇坂は野坂を抱き締めた
「……篤史……」
「宮本を逃がさない様に、宮本を先に部屋に入れて下さいね!」
「解ってる
じゃあ、下に行ってくる」
野坂は15分前に立ち上がり玄関へと向かった
脇坂は玄関まで野坂を送った
脇坂が応接間に戻って来ると、王堂は不安げな瞳を脇坂に向けた
脇坂はお構いなしで、紅茶を飲んでいた
「久世王堂」
脇坂は王堂の名を呼んだ
「………何……」
「知輝は頑張ってますよ
辛い事も……知輝は乗り越えて僕が送り出す表舞台に立ってます
君は……何を努力しました?」
王堂は言葉もなかった
王堂は応接間に備え付けてあるサイドボードを見ていた
サイドボードの上には野坂と脇坂の写真が並べられていた
そして壁には二人で取った直木賞の賞状が飾ってあった
二人の愛の奇蹟がそこに在った
野坂はマンションの正面玄関に立っていた
マンションの前に宮本のタクシーが停まると、野坂は宮本に手をふった
「野坂先生!」
宮本は野坂の側にやって来た
野坂は自動扉の前に立った
扉が開くと宮本はドアに滑り込んだ
野坂は宮本を連れてエレベーターに乗った
「野坂先生……何かご用ですか?」
「宮本さんに話があるんだ
脇坂が待ってるから来てくれないかな?」
野坂は不安な瞳を宮本に向けた
「野坂先生、ご一緒致します」
宮本と共に最上階へと向かいドアの鍵を開けた
「宮本さん、入ってくれるかな?」
宮本を先に部屋へと入れて、野坂はロックした
脇坂が玄関まで迎えに行くと、宮本は何事かと不安になった
脇坂は宮本が部屋に上がると、野坂を抱き寄せた
「悪かったね宮本」
「いいえ……野坂先生には……
うちの作家の事でご迷惑お掛け致しましたので……」
「宮本、こっちへ来てくれ
今、知輝の友人が来てるけど気にしなくて良い」
「……え?」
宮本は促されるままに応接間へと連れて行かれた
そして応接間のソファーに座らせられた
応接間には……久世王堂が執事の幸村といて……
宮本は逃げたくなった
「………あの……野坂先生……御用は?」
野坂は宮本を見て、にぱっと笑った
宮本はこの顔に弱かった
「脇坂が来るまで待ってて…」
宮本は逃げ出すタイミングを失った
脇坂がお茶と茶菓子を、宮本の前に置いた
野坂は脇坂の分のお菓子を食べていた
「宮本、悪かったですね」
宮本は顔色をなくしていた
「……あの……ご用件は?」
「ご用があるのは、そちらの久世家のご子息です
野坂先生の友人が君に話があると謂うので、君を呼び出しただけです」
「…私は……話はありません……」
宮本が謂うと脇坂は冷たい瞳を宮本に向けた
「……君、恋人だった男を捨ててのですか?」
脇坂の辛辣な言葉に宮本は堪えていた
「………編集長には関係ないと想います……」
「僕は関係ない
でも野坂先生は友人が辛いと気にするし、友人の為に何かしたいと想う
だから野坂先生が動く前に僕は話し合いの場を持とうと君を呼び出したのです」
そう言われれば……
宮本は言葉もなかった
「宮本」
「何ですか?」
「時期的に、君の子供、王堂の子供ですか?」
「…………っ!……」
脇坂の言葉に宮本は顔色をなくした
王堂は……不安げな瞳をしていた
「僕と野坂先生は席を外します
君たちは話し合うべきだと想います」
脇坂は野坂の手を掴むと立ち上がった
幸村に「応接間の向かい側の部屋にいます。
話し合いが終わったら呼びに来て下さい」と告げた
脇坂と野坂は応接間から出て行った
部屋には静けさが襲った
沈黙を破ったのは幸村だった
「王堂様 私もベランダに出ております」
「幸村……置いて行くのか?」
「話し合うべきだと脇坂様が仰られませんでしたか?」
「………解ってる……」
「でしたらラストチャンスを掴んでお幸せになって下さい」
幸村は、そう言い応接間を出て行った
王堂は宮本に
「………麻子‥‥子供生んだって聞いたけど、その子は僕の子ですか?」と問い掛けた
「違います」
「なら違っても良い
僕をその子の父親にして…」
「……!何を言ってるかご自分で解っておいでですか?」
「僕の事を愛してると言ったの……嘘なの?」
宮本は言葉をなくした
「………麻子……」
「野坂先生とお友達だとか…」
「大学時代からの友達です」
「………そうですか……」
「………麻子……僕の事嫌いになったの?」
「………貴方は久世財閥のご子息……釣り合う訳ないじゃないですか……」
「脇坂だって資産家の息子だよ?
このマンション、脇坂の持ち物なんだよ?
乗ってる車もベンツだし……一介の編集者が持てるものじゃない……」
「………野坂先生だって桜林に通われてたと言うので資産家の子息じゃないですか……」
「野坂は大学は奨学金で入っていたんだ……
高校を出ると同時に……アイツは家を切ったから……」
「………どっちにしても私とは縁もゆかりもない事です」
「麻子、僕……家を出ようと想うんだ……」
「お止めなさい」
「………君は……僕と同じ土俵に立ってもくれないんだね……」
「………貴方とは釣り合いません……」
宮本が言うと
「釣り合うとか誰が決めるんですか?」
と声が聞こえた
顔を上げると脇坂が立っていた
「後ろ向きに話し合っても解決なんてしませんよ?」
「………編集長……」
「君は……同じ土俵に愛した男を上げる事なく一刀両断にしたのですか?
相手の意思は必要ありませんでしたか?
「違う!………違います……」
「結果……そうなんじゃないの?」
「………許される筈などないじゃありませんか!」
宮本は泣いていた
野坂は宮本の前に立つと
「許される筈などない?
誰が決めたの?
許される筈などないのなら……それは俺達の様な事を言うんだよ
俺達は男同士だ……
世間にバレれば……興味本位に書き立てられる
許される筈などないのは俺達みたいな……同性を愛した奴じゃないのか?
宮本さんは……愛する男の子供だって産める
俺は……地球が滅んだとしたって……脇坂の子は産めない
愛してると胸を張って言えるけど……許されないのは解っている……
俺は男だ……
脇坂も男だ……
俺達は……世間には認められる存在じゃない……
君は……王堂の子供を産んだんだろ?
何も知らない子供に父親を奪うのかい?
その子は父親を知る権利はあるよ
僕みたいに……出生の真実を知らずに育たせるの?
子供が……どんな思いするか……知ってる?
俺は……家族から弾かれて育った……
宮本さん……君の子供に……そんな思いをさせるの?
子供に父親を奪う権利なんて宮本さんだって出来ないし、しちゃあいけないと想う」
野坂は泣いていた
脇坂は野坂を抱き締めた
部屋には野坂の嗚咽が響いた
「……知輝……」
「……好きで……生まれた訳じゃない……
子供に……俺と同じ台詞を吐かせるのか?
それは親のエゴだと俺は想う……」
野坂は脇坂に縋り付いた
「………宮本……知輝の様な不幸な子を……作るのはお止めなさい……
たかが久世の家など出てやれば良い
認められないなら認めさせれば良い
互いを無くさないなら……越えて逝ける筈です
君達は……戸籍上も夫婦になれる……それ以外……何が障害があるんですか?」
脇坂は強く……強く……野坂を抱き締めた
脇坂は野坂を応接間から連れ出した
寝室のベッドに座らせた
「もう泣かなくて良いです…」
「………止まらない……」
「抱き締めてあげます」
脇坂は野坂を抱き締めて、頭を撫でた
「君を誰よりも幸せにしたい
僕はそう思って日々君を愛してます……」
「………伝わってるよ
俺も篤史を幸せにしたい」
「僕は君がいてくれるだけで幸せです」
野坂は脇坂の膝に顔を埋め……
泣き疲れて眠りに落ちた
スンスン……と鼻を啜る声が痛々しかった
幸村が寝室のドアをノックすると、脇坂が姿を現した
「知輝様は?」
「泣き疲れて眠りました…」
「……可哀想な事をしました…
篤史様…お許しください」
「僕は知輝が幸せそうに笑っているなら許せるけど、泣かせるなら容赦はしない…」
「王堂様は臆病な子供でした……」
「だから?貴方は護るべき道を誤った
次はない……この次知輝を泣かせるなら、それなりの覚悟をなさい!
僕は使える全てで潰して差し上げる!」
「篤史様……ご容赦を……」
「貴方は王堂を甘やかして一人で生活も出来ないクズに育てた
そろそろ一人立ちさせたらどうですか?
王堂の面倒を見るのは良い
だが己で立っていられないのなら、側仕えは落第ですよ?
主を正してこそ執事は成り立つのですから!」
脇坂は毅然として言った
幸村は脇坂の怒りに……為す術がなかった
全くその通りなのだ
王堂を甘やかして独立させずに来てしまった幸村の失態なのは解りきっていた
だが王堂を護りたい気持ちは誰にも負けてはいない
負けてはいないが‥‥甘やかしてしまったのは否めない
脇坂篤史は甘い男ではない
脇坂の家のコネと桜林のコネをフルに使えば……
久世王堂など闇から闇に葬り去るのは容易いだろう
それなりのコネとパイプがこの男には在った
脇坂篤史の為なら……
動く人間がいる
敵に回すべき人間ではないのは確かだった
応接間に不機嫌な顔で脇坂が顔を出すと、宮本は立ち上がって頭を下げた
「編集長、野坂先生は?」
ギロッと睨み付けられ、宮本は背筋に冷や汗を流した
「今日は帰ってくれませんか?
僕は知輝を幸せにしたい
知輝が笑っていてくれるなら僕はなんだって出来る
だけど……君達は知輝を泣かした
今まで散々苦しんだ友輝を悲しませるならば、容赦したくない程に僕は怒っています」
「………編集長……本当に申し訳御座いませんでした……
野坂先生は‥‥どうなさっているのですか?」
「………泣き疲れて眠りました
殴り倒してやりたい気分です
知輝の友人と言う事で今回は見逃します
お帰りください!」
脇坂は言い捨てた
王堂は脇坂に深々と頭を下げた
「………知輝にまた逢っても良いですか?」
「逢いたいなら逢えば良い
それまでは止めません
ですが泣かせるなら……容赦はしない……そう言ってるだけです」
「解りました……」
「………泣かせたり苦しめたくない……解って下さい
知輝は充分苦しんだ……
これ以上……泣かせなくても良いと想いませんか?」
「……はい。……配慮が足りませんでした……
篤史……知輝に逢うのだけは許して……」
「電話番号、教えたのではないですか?
なら電話して逢えば良い
仕事は僕を通さねば受けません
野坂の仕事は全て僕が管理してます」
「解りました
篤史……僕の担当になって欲しい……」
「知輝とコラボするなら担当しますが、編集長自らは中々しないんです
知輝が特別なんです
なら君は特別に宮本に担当になって貰えば良い……」
「………麻子はなってくれない……ケチだから……」
「宮本、出し惜しみはいけません!
今後の仕事は明日にでも社長を交えて話し合いましょう!
ですから私生活は宮本、王堂と話し合い決めなさい!
逃げてばかりでは答えは出ませんよ?
願わくば‥‥友輝の様な悲しい子を出さないで欲しいと想います」
「……はい、この後、話し合いたいと想います」
「宮本」
「はい!」
「円満解決を願ってます」
「………野坂先生を泣かせて……
円満解決せねば……編集長にも顔向け出来ません!
今まで想っていた事総て吐き出して答えを導き出したいと想います
我が子の為にも、何が一番良いか話し合って来ます」
「ならば、お節介を焼いた意味があります
宮本、明日社長を交えて話し合いましょう!
王堂と幸村も明日、社長室にお越しください
時間は朝調整してメールします
王堂には宮本、君が連絡お願いします」
「承知しました」
「では、お帰りください」
宮本と王堂と幸村は、脇坂に謝って帰って行った
翌朝 脇坂は野坂と共に出勤した
編集部の皆は久しぶりの野坂の訪問に喜んだ
「野坂先生、いらっしゃい」
「今日は話し合いがあるから来たんだ」
にぱっと笑って言う顔は憎めない愛らしさがあって、編集部の皆は嬉しそうだった
脇坂のデスクに座り野坂は笑っていた
脇坂は忙しそうに飛び回っていた
「野坂先生、社長と逢うまでまだあります
ブースを用意するので、そちらでお待ちください」
編集部の皆が浮き足立って仕事にならないと踏むと、脇坂は野坂をブースに連れて行く事にした
「野坂先生、持参したPCで仕事なさってて下さい」
「解った」
「勝手にブースから出ないで下さいね!」
脇坂はブースの中に野坂を入れると釘を刺した
「解った、絶対にウロウロしない」
「僕は社長の所に顔を出します」
野坂が頷くのを確認すると、脇坂は社長室に行き、東城社長に経緯を話した
「東城社長、久世王堂の専属を許可されたのですか?」
「……あぁ、断れない筋経由で来られたから許可しない訳にはいかなかった……」
東城は社長と言えどしがない宮仕えだとボヤいた
「断れない筋経由って誰かの口利きですか?」
「相手は久世ですからね、まぁ色々と使えるカードは沢山持ってらっしゃるのですよ」
「たかが久世如きで姑息な真似をしますね」
何ともな言い種に東城は苦笑した
華族の血を脈々と受け継ぎ、財閥と呼ばれし一族を……
如きと言える脇坂の図太さと血統の良さに東城はため息を漏らした
「野坂先生は?
ご一緒されるのですか?」
「既に編集部にいます
今朝は一緒に出勤しました!」
「仲の良い事です
では宮本と久世王堂をお連れして下さい」
「解りました
野坂先生が久世王堂とコラボをぶっ放すそうです」
「そもそも久世王堂のデビュー作は野坂知輝の原作です
不思議ではないです」
「野坂先生の方の管理は僕が引き続きやります
久世王堂の担当は宮本麻子が担当するそうです
この後社長室に来る予定です」
「………ヒット間違いなしの予感がするのは私だけではなさそうだ…」
「嫌々ですが、会社のために貢献出来る様に努力を惜しまず頑張りたいと想います」
「………嫌々って……」
東城は呆れて呟いた
「社長」
「何ですか?」
「宮本麻子は久世王堂の妻だそうです」
「………私は聞かなかった事にします
なんせプライベートな事ですからね!」
東城はスルーすると言った
脇坂は笑って社長室を後にした
社長室を後にした脇坂は、野坂のいるブースに顔を出した
すると編集部の皆が野坂を取り囲んでいた
笑い声が響き楽しそうな雰囲気に包まれていた
「編集長」
女性社員が脇坂に気付いて立ち上がった
野坂は脇坂に気付き、にぱっと笑った
「脇坂、お菓子沢山貰った」
脇坂は野坂を目にして
「良かったですね」と笑った
「宮本と久世王堂を呼びます
少し待ってて下さい」
「解った」
脇坂はブースを出て宮本の部署に向かった
「宮本、社長には話は通しました
久世王堂を呼び出しなさい
そしたら社長室へ一緒に行きます」
「……はい。………あの……
野坂先生は……?」
「野坂先生ならブースにいます
一緒に来て、顔を出して挨拶なさい」
「はい……」
宮本は脇坂と共に野坂のいるブースに向かった
「君達、これから打ち合わせです
席を外して下さい」
脇坂はブースに入るなりそう声をかけた
野坂を取り囲んでいた編集部の皆は散らばってブースから出て行った
「宮本、王堂を呼び出して下さい」
「え……脇坂編集長お願いします」
「昨日、話し合いしたのではないのですか?」
「しました‥‥」
「解決したのではないですか?」
「はい、解決しました
ですが、今は電話はヤバいので‥‥」
何がヤバいんだか?
脇坂は苦笑した
かなり濃い夜を送ったのか‥‥解らないでもないが仕事は仕事なのだ
「何言ってるんですか
これから仕事だと申しませんでしたか?」
脇坂は呆れて胸ポケットから携帯を取り出した
「東栄社出版 脇坂です
お疲れ様です
今日の予定を伝えます」
『はい。お願い致します』
電話に出たのは幸村だった
脇坂は社長に逢う時間を告げた
「少し前には到着しておいて下さい」
『解りました
これより支度をしてお伺い致します』
脇坂は電話を切った
「宮本、これは君の仕事です」
「すみません……」
宮本は謝った
脇坂に謝って……野坂にも深々と頭を下げた
「野坂先生、昨夜は本当に申し訳御座いませんでした……
貴方を泣かせてしまい……
不甲斐ない自分が腹が立ちます」
「………その話はしたくない……」
「……すみませんでした」
「もう……謝らなくて良い‥」
野坂はそっぽを向いた
脇坂は野坂の前に出ると
「………宮本……野坂先生には構わないで下さい!
野坂先生、大丈夫ですか?」と尋ねた
「お菓子食べてる」
「もう少し御待ち下さい」
「脇坂は忙しそうだな……」
「君がコラボを打ち立てのでしょ?」
「‥‥‥すまない脇坂」
「久世王堂さんがおみえになったら移動します」
野坂が頷いたのを確認にて、脇坂は野坂から離れた
一人でいる座ってる野坂は冷たい瞳をした
一人でいる野坂は大体こんな感じだった
周りを拒絶して……孤立してても平気な顔をしていた
「脇坂、熱き想い の本にサイン入れといた」
「そうですか
それはプレゼント用の本です
連載は後1年位ありますからね」
「この本の装丁気に入ってる」
「この色を出すのにかなり苦労致しました……
気に入って下さって良かったです」
脇坂は熱き想いを手にして笑った
ブースをノックされ久世王堂が到着した事を伝えられた
「久世王堂先生ををこのブースまでお連れして下さい」
伝えに来た女性社員にそう告げると、女性社員は王堂を迎えに行った
暫くすると王堂がやって来た
幸村が脇坂と野坂に深々と頭を下げた
野坂は一瞥しただけで、視界に入れさえしなかった
脇坂は立ち上がると
「それでは社長室に行きます!」
と言った
時計を見て、時間を確認して社長室に出向く
野坂は脇坂から少し離れて歩き出した
エレベーターに乗り込むと
「知輝、今夜何が食べたいですか?」
と脇坂は野坂の緊張を解す為に問い掛けた
「何作ってくれるの?」
「君の食べたいもの作ってあげます」
「酢豚が食べたい
篤史が作ってくれるパインが沢山入った酢豚が食べたい」
「作ってあげます
だから笑って…」
「緊張してた……解った?」
「君の事なら何でも解ります」
脇坂はそう言い野坂をリラックスさせた
「篤史……」
野坂は脇坂の手を強く握った
そして最上階へ到着すると脇坂に促されてエレベーターを下りた
宮本や王堂、幸村がエレベーターから下りるのを確認して脇坂は社長室のドアをノックした
ドアを開けたのは東城だった
「お待ちしておりました
野坂先生、お久しぶりです」
「東城社長、お久しぶりです」
野坂はぺこっとお辞儀した
東城は野坂達を社長室に招き入れるとドアを閉めた
そして秘書にお茶を持って来させた
秘書は野坂の前に紅茶とケーキを置いた
「野坂先生が来るとお聞きしたので用意しました」
秘書に言われて野坂は、にぱっと笑った
「ありがとう」
秘書は微笑んで社長室を後にした
野坂はケーキを食べていた
脇坂が東城に
「こちらが久世王堂さんです
東栄社出版でお仕事をするそうなので、社長に顔見せをと想いました」
「久世王堂さんですね
社長の東城です!
我が社で仕事をなさるとか?
今日は契約と謂う事で宜しいですか?」
「はい。久世王堂先生と契約を取り交わして下さい
その後野坂先生とコラボを打ち立てるそうです
僕は小説部門の編集長ですので、漫画は関わりはないので口が聞けるのは此処までです」
脇坂が言うと王堂は礼を言った
「篤史 本当にありがとう」
「いいえ、野坂先生とコラボなさるんでしょ?
我が社に取って絶大な効果をもたらしてくれるのは確かです
あ、久世王堂の担当は宮本麻子がする
それで良いですか?
宮本、その覚悟で社長室に来たのですよね?」
脇坂が問い掛けると宮本は
「はい。久世王堂先生は私が担当いたします」と答えた
「と、言う事で詳細は後程詰めていくと言う事で良いですね?」
王堂も宮本も納得した
東城は野坂に
「美味しいですか?」と問い掛けた
「美味しい…」
にぱっと笑って答える野坂を見て東城は苦笑した
今日、野坂が来るのは昨日連絡が入った時から知っていた
秘書はわざわざ野坂の好きなケーキを買って来て、野坂にだけに出したのだ
野坂の人気が解る
野坂がケーキを食べ終わるのを待って、脇坂は立ち上がった
「社長、野坂先生を送ります」
野坂は王堂に手をふった
野坂の指にはキラキラ光る指輪がはまっていた
「王堂さん、本格的に始動しましたら、打ち合わせを致しましょう」
「はい。宜しく
篤史、本当に迷惑をかけた」
「お気になさらなくて結構です
不本意ですが会社に貢献する為ですから」
オブラートに包む事なく毒を吐く
脇坂と言う男は野坂以外には甘くはない
脇坂が社長室を出ようとすると秘書が
「野坂先生、ケーキ持って帰って下さいね!」
とケーキ渡した
野坂は嬉しそうにケーキを貰って帰って行った
脇坂と野坂が帰った社長室は静けさが蘇った
東城は「………野坂先生の人気は絶大ですからね……」
と苦笑した
「知輝…昔は総てを拒絶したのに‥‥」
「野坂先生は社内の人気者です
彼の笑った顔を見たくてお菓子を用意してます
淋しそうな顔をしていると女性社員は右往左往して排除に動く……
あの笑顔を守る為に皆、動いてるんです」
「………羨ましいな……」
「貴方もそうなれば良い
野坂先生になるのではなく、久世王堂として愛されれば良い」
「………昔から野坂は人気があった
近付けないだけで人気は絶大だった……
僕は……知輝になりたかった…」
「それは無理です
君は君らしく生きて行けば良い
妻を得られたとか
おめでとうございます
今後はより一層のご活躍を期待しております」
王堂は立ち上がると深々と頭を下げた
「宜しくお願いします」
そう言い社長室を後にした
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