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第7話
しかし話は盛り上がったようでざわざわとユキオの話が続く。
「色白だしさぁ、まつげなげーじゃん?さっき用紙を後ろに回す時あいつ下向いてたから余計に長く見えてちょっとドキッとしたもん」
「分かるー。なーんか色っぽい時あるよなー。着替えの時とか後ろから見るとなんかクるよな」
前からだと完全男だけど、と付け足すと周りからどっと笑いが漏れた。
ゲラゲラと笑って周りが盛り上がれば盛り上がる程、俺の気分は冷めていく。
自身の表情が無になっていくのが自分でも分かった。
何がおかしいのかさっぱり分からない。
それよりも彼らの色めき立った声が不快だった。
「……だから?」
自分でも驚く程低い声が出た。
その声にビクリと肩を揺らした面々は思わず口を閉ざす。
先程まであんなに騒がしかった教室がシン、と静まり返った。
恐る恐る、という様子で馬鹿騒ぎしていたクラスメイトが俺をふり仰ぐ。
元々高身長な上に相手は皆椅子に座っているので更に差が出来ている。
明らかな身長差の中、俺は彼らを冷めた目で見下ろす。
体格差のせいか、それともいつもは穏やかな俺が無表情だからか、彼らの空気は完全に萎縮していた。
俺にとってユキオは大事な幼馴染みだ。
彼が幼い頃から、本人の意思とは関係なくトラブルに巻き込まれているのを見てきた。
ユキオだって好きで巻き込まれているわけではない。
時には怖い思いや辛い思いもして人間不信に陥ったこともあった。
むしろ今でもその傾向が強い。
他人には決して心を開かない。開いてしまえば、何かあった時に自分の心が壊れてしまうから。
そして被害を被った周囲はいつか、その敵意をユキオにも向けるだろう。
最初は優しく同情してくれるかもしれない。
しかし、人間は自分より優れたものには嫉妬する生き物だ。
ユキオも十分にそれを分かっているから誰にも近づいて欲しくなくてわざとああいった態度を取るのだ。
だというのに周りは彼を放っておかない。
だからユキオも頑なに周りを信用しない。
あの態度は彼なりに自分と周りを守ろうとした結果なのである。そんな優しい幼馴染みだからこそ、俺はユキオを守ろうと思ったし今もそう思っている。
ユキオのことを馬鹿にされるのは自分の事のように不快だった。
だがここで盛大に文句を言えば後々ユキオにとって都合が悪くなることは今までの生活で十二分に理解していた。
ただでさえユキオは孤立しやすい態度を取っている。
今は俺が間に立ってなんとか必要最低限の仲を取り持ち、関係を保っている状況だ。
俺まで敵意を剥き出しにすればロクなことにはならない。
結局学校というのは集団行動の場なのだ。
だから、今一番効果的な言い回しはこれだろう。
「……んなことばっか言ってっとお前の彼女に告げ口してやるからな!」
「うわやめろバカ!この前喧嘩して仲直りしたばっかなんだよ!」
「やなこった!」
俺がべ、と舌を出したところでようやく周りの空気が和らぐ。
ホッとした一人が誤魔化すように持っていた雑誌を差し出した。
「んな怒んなって!ほら、これ貸してやるから!」
「いらねえ!」
部活仲間達がいるいらないと雑誌を押し付け合って騒いでいると、教室の後ろのドアがガラリと音を立てて開いた。
当のユキオ本人が戻ってきたのだ。
戻ってきたユキオを俺は振り返って笑う。
「おー、お帰り」
「……タイガ遅い」
自身が何処かへ行っていた癖に、ユキオは不満げに文句を言う。ユキオの我儘はいつものことなので俺もさして気にもせず笑った。
待つ気がなければ出ない言葉なのだからユキオなりに俺を待っていたのだろう。
そう思えば可愛いものだった。
「わりーわりー」
それを機とばかりに俺は雑誌を押し付ける手から逃れるとリュックをひっ摑む。
「じゃーなお前ら」
手を振ると「またな!」と陽気な様子で手を振り返される。さっきのことは彼らの中で無かったことにしてくれたらしい。もしくは、怖気づいて見なかったことにしたのか。
そんな中、一人は未だ「言うなよ!」と俺へ念を押して騒いでいたが知らないふりをした。
次同じことをしたら盛大に告げ口してやる。
ユキオも声をかけられていたが、それには答えずさっさと先に行ってしまう。それを追いかけて廊下へと出る。
横に並んで歩いていると暫くしてポツリと尋ねられた。
「……何話してたの?」
「いやぁ、別に。つまんねー話」
流石にお前との仲を疑われたとは言えない。
俺は悪くないと分かっていても絶対こちらへ八つ当たりをしてくるに違いないからだ。
「ふーん」
自分で聞いた癖にユキオは興味がないような素っ気ない返事を返す。それ自体はまぁいつものことなので気にしない。
だから、その横でユキオの顔が赤くなっていたなんて全く持って気づかなかった。
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