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第16話
カリカリと黒板へチョークを走らせる音が鳴り響く。
教師が何やら話しているが、タイガの耳には一切入ってこない。
頭の中にあるのは今朝起きたユキオとの出来事でいっぱいだった。
気を抜くと柔らかな唇の感触が蘇る。
結局あの後思いっきり反応してしまった息子をなだめる為タイガはそこを一歩も動けなかった。
それでも抜かなかったのは最早意地だろうか。
そんなタイガを嘲笑うように始終こちらを見つめるユキオは…………正直言って物凄くいやらしかった。
学校がなかったら我慢が効かずに押し倒していたかもしれない。
あの視線がどうもいけない。
ユキオは分かっていてわざとこちらを煽るような視線ばかり寄越してくる。
それに引っかかる自分も自分なのだが、好きな人がそう言う目で見ていますと言わんばかりにこちらに熱い目線を寄越してくれば反応するのは仕方ないだろう。
艶っぽい唇を思い出し、俺は慌てて被りを振った。
ダメだ。これ以上考えてるとまた反応しかねない。
教室でそんなことになったら変態以外の何者でもない。
そんな風に始終悶々としているうちに午前の授業は見事終わっていた。
これはあとで復習しなければいけない。
昼休み。いつもなら屋上で食事をとる時間だ。
しかし今は二人きりになりたくない。
とはいえ、一人で食べるなんてとてもじゃないが言えなかった。
それこそ拗れる要因になり兼ねない。それだけは避けたかった。
結局悩んだ末にいつもの屋上へとやってきた俺たちはいつもの場所で食事を開始した。
しかし食事が始まって数分、早くも後悔し始めている。
今まで全くもって気にしたことなどなかったが、食べるシーンというのはなんとも官能的に映るのだ。
今日のユキオのおかずは骨つきのスペアリブだった。
よくスーパーで売っているような小さなそれは箸で食べるには少し面倒くさい。
女子ならば人目を気にして箸でなんとかしようと奮闘するのだろうが、ユキオは男である上にいるのは俺一人だ。
気兼ねすることないと思ったのか、はたまたお腹が空いていたのかユキオはそのまま手に取ると小さな肉にかぶりついた。いつもなら一口でいってしまうような大きさだが、骨があるのでそうはいかない。
小さく齧るとハルコさん手作りの小さなスペアリブからほんのりと肉汁が滲み出てくるらしい。
それを吸い取るようにちゅっ、と小さな音が鳴る。
普段なら食べるのに夢中になって聴き逃してしまうほど小さな音だったが、今日はどうも気になって仕方なかった。
つい自身の弁当を食べながらユキオの方をチラチラと見てしまう。
骨から肉を齧り取る仕草が艶っぽい。
何より肉の脂でテラテラと光る唇がいやらしく映って仕方ないのだ。
俺は思わず箸を止めて吸い寄せられるようにユキオの口元を見つめた。
指に付いた食べかすを舐めとる仕草に思わずゴクリと自身の喉が鳴る。
そのうち今度は喉が渇いてきたのか、ユキオはペットボトルのお茶を取り出した。
買ってきたばかりのそれはほんのりと汗をかいている。
傾けると水滴がユキオの細くて長い指を伝って顎の方へと流れていく。
髪につくのを嫌ってか、サイドの髪を片手で抑えた。
指先は汚れているので手のひらでそっと抑えている。
その仕草の一つ一つにすらときめいてしまう。
あぁ、重症だなぁと自覚してしまった。
「…………ちょっと、見過ぎ」
「わ、悪い……!」
慌てて視線を逸らすと自身の弁当をかき込んだ。
ヤバい完全に見とれていた。
しかも理由がかなり変態くさい。
ユキオは何故見られていたのかよく分かっていないらしく、言いたいことがあるなら言えという顔をしている。
お前の食べてる姿がやらしーから欲情しました、とか。
――いや、さすがに言えねーよ!
いくら何でもアウトなのは分かる。
ユキオは何か言いたげな様子だが、それを誤魔化すようにほかの話題を振りつつ何とか午後までの時間をやり過ごした。
「……つっかれたぁー……!!」
学校から戻った俺はどうにかこうにか部屋着に着替えるとそのままベッドへと倒れ込んだ。
この体格でも耐えられるようにと選んだ大きめのベッドは盛大な音を立てたものの、難なく受け止めてくれる。
――絶対、絶対変だと思われたよなぁ。
今日のことを反芻し、俺は大きなため息を吐いた。
結局あの後お互い部活がある為別れたのだが、最後の最後までユキオは何か言いたげなまま、というか聞きたげなまま去っていった。
俺はと言うと、結局練習に身が入らず先輩には怒られまくり、同級生にはからからかわれ……散々な日だった。
明日からどうしよう。
どう接したら普通に出来るのかもはや分からない。
けれど拗れたい訳では無いので避けるのだけは嫌だ。
悲しませたくはない。
多分、拗れたらユキオはそのまま離れていくだろう。
周りを巻き込みたくないと心の中では切に思っているようなヤツだ。
俺が離れたがっていると思ったら何を優先してでもそれを実行するに違いない。
それは大いに困る。
泣いたりは……しないかもしれないけど。
悲しい顔はするかもしれない。
だから今必要なのは俺が忍耐力を付けることであってだな……!
そんなことを思っていたはずなのに気が付けばあの時のユキオの泣き顔がふと頭をよぎった。
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