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第18話

「タイガ?」 振り返るとそこにいたのは兄貴分のアツシだった。 キョトンとした表情で手には何やらスーパーの袋を持っている。買い物帰りだろうか。 「アツシ……何でいんの?」 「いや、ここ俺の家なんだけど」 アツシはそう言って普段から下がり気味の眉を更に下げて困ったように笑う。 言われてから初めて辺りを見渡せば、確かにアツシのアパートの前だった。 家路についているつもりが、どうやら無意識にここへ向かっていたらしい。 アツシは休みだったのか、いつも通りのシャツにジーンズ姿のままカーディガンを羽織っていた。 「今日は部活休みなんだね。上がって行くでしょ?」 タイガの好きな甘いの買ってあるよ、と言って部屋の鍵を開け始める。 それを見たら何となく張り詰めていたものが溶けて俺は安堵から小さく頷いた。 「どうぞ」 「……さんきゅ」 アツシが出してくれたのはドーナツとレモネードだった。 ドーナツはともかく、レモネードの方に俺は釘付けになる。 普通のよりも少しさっぱりとしたそれはアツシが探してきてくれたメーカーのものだ。 甘いものが苦手のユキオでも美味しいと言って飲めるものは珍しい。 俺には少しスッキリし過ぎているのでいつも蜂蜜を入れてくれる。 昔から、アツシがこれを淹れてくれるのはユキオと俺が喧嘩をした時だった。 大体しょうもないことで喧嘩を始めて、お互い自分は悪くないと言い張る。 間でオロオロするのはいつもアツシだった。 8つも年下の2人相手にいつもアツシは眉を下げて泣きそうな困った顔をする。 彼は見た目通り穏やかだが、少々優しすぎる。 間を取り持って話し合いをさせるなど器用さを求められることは苦手だった。 なのでよっぽどのことじゃない限り、あまり口を挟んだりはしてこない。 だからアツシがするのはレモネードを淹れることだった。 これを飲んだら仲直りする。 俺たちの間でレモネード(これ)はそういうものだ。 逆に仲直りしたくない時は絶対に飲まない。 でも大抵が意地の張り合いなので素直に受け取って飲み干したらお互い謝る。 思わずアツシの方を見れば眉根を下げて笑った。 一口マグカップに口をつけるとすっきりとした甘さが広がる。 やっぱり蜂蜜が入っているのかいつもの味がする。 それを飲みながら俺は誰に言うでもなくボソリと呟いた。 「変わりたくないってダメなことか……?」 ユキオと騒いで遊んで、アツシとレモネードを飲む今の生活が好きだ。 なくしたくない。 どうしても怖がる自分がいる。 アツシは俺の独り言に答えることはせずポツリと呟いた。 「レモネード(これ)もあんまり飲まなくなったね。小さい頃はしょっちゅう喧嘩しては出してたのに」 「……そーだな」 「今はあんまり必要ないからね。2人とも、ちゃんとお互い話をして解決出来るから」 アツシと出会ったのが小学校低学年の頃だから、その頃から比べれば成長している。それはそうだろう。 ――成長か。 自分で問答してふと気づく。 人間なんて少しずつ変わっていくものなのだ。 俺も、ユキオも。 「でも変わんないとこもいっぱいあるよ。タイガもユキオも、俺にとったら大事な弟だから」 アツシはしっかりとこちらに視線を寄越した。 「一番大事にしたい部分が変わらなければタイガも大丈夫だよ」 一番大事にしたい部分、か。 眠気の勝る頭ではうまく考え切れなかったが、さっきより余程思考は解れている。 「アツシ、ありがとう」 「どーいたしまして」 まだ戸惑いも躊躇もある。 それでも何となく答えが見えた気がして俺はホッと息を吐き出した。 それから数日、結局俺は恋心と欲望の間でグラグラと揺れ動きながらユキオへの答えを探した。 とはいえ、欲求が無くなるわけではない。限界が来るとあいつを思って欲を解放しては罪悪感から寝不足になる生活が続いていた。 ――正直、このままだと身体の方へ先に限界が来そうだ。 この日も学校のあとでユキオが部屋へ遊びにきたものの、緊張する所ではなくなっていた。 眠気が限界なのだ。 そらそうだろう。 ベッドに肘をついて横になりながら俺は自身の生活を反芻してみる。 朝は早起きしてジョギングして、ユキオを迎えに行って、ストーカーその他諸々を捌きながら学校行って授業受けて、部活やってまたユキオと遊んで寝れなくなってうんうん唸りながら朝方に気絶同然の眠りにつく。 それも2、3時間かそこらだ。 そら寝不足にもなる。 ユキオはというと、ベッドを背もたれにして何やらゲームに勤しんでいる。 興味なさそうな顔して意外とこいつゲームとか好きなんだよなぁ。 アクションものもホラーも何でも好きなのでここへ来ると割といつもゲームをしている。 俺は後ろからユキオの後頭部を見つめた。

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