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出来損ない_5
珈琲が入ったマグカップを片手に七瀬の背を追いかけて、ダイニングへと腰掛けた。
「それ食ったら今度こそ出ていけ」
「やーだよ、言ったじゃん?番になってって」
「ふざけるな、絶対ならねぇよ」
「じゃあ帰らない」
なんて不毛な言い合いだ。
「……なあ、出来損ないってどういう意味?」
世間話をするように七瀬の口から言葉が溢れ出た。
「……そのままの意味だ」
「アンタは俺の発情期にあてられなかった…ってことはフェロモンを感じない的な?」
トーストを口いっぱいに溜め込んで、唇の端にはパンカスを付けた間抜け面が首を傾げた。
「……いや、それは感じる。匂いもな。ただ、性的に欲情しないだけだ」
「性的………それって不能ってこと?」
「そうだ。性交不能……αのくせにな。出来損ないのα、ぴったりだろう?」
自嘲気味に笑ってみせると、七瀬は口の中のパンを飲み込み、口角を上げた。
「いいね、やっぱりアンタ俺の番になってよ」
「……しつこい」
「だってさ、俺がどんなに発情したってアンタには効かない訳じゃん?それにアンタと番になれば、俺のフェロモンはアンタ以外には効果がなくなる」
「……………」
「なあ、頼むよ。番にさえなってくれれば、それ以上アンタを拘束はしない。責任を取れとも言わない。他に好きな奴を作ったって構わない。俺をこのΩの運命から逃がしてくれよ」
Ωの……運命………。
先程までかじりついていたトーストは皿の上に投げ出され、七瀬は身を乗り出した。
「無理だ」
「何でだよ⁉ただ項を一度噛んでくれれば良いだけなのに。それだけでいいのに…」
「…番になって不都合なことは俺にはない」
「――だったら!」
「だが、お前にはある」
「そんなのな――」
「お前は番がどんなものなのか、まるで理解していない」
湯気立つマグカップをテーブルへと置いて、身を乗り出した瞳を真っ直ぐに見返す。
「番になればお前の気持ちとは関係なく、本能が俺を求め始める」
「…本能………?」
「そうだ。嫌でもお前は俺に愛されることを望む。それはΩの本能だ。お前の意思じゃ抗うことすら出来ない」
番関係になったΩはαに愛されることを喜びとする。
「αに愛されないΩがどれだけ惨めな思いをするのか、お前は全然分かってない」
「別に愛されなくたって平気だ」
「言っただろ、お前がどれだけ強い意思を持ったとしても性の本能には抗えないんだよ」
だから俺は、もう二度と………。
「分かった………だったらアンタに好きになってもらう」
「………は?」
「アンタが俺を好きになれば何の問題もないって事だろ?だったら俺を好きになってもらって、そして番になってもらう」
ついに意味の分からない提案を始めた七瀬に、俺は言葉を紡げず馬鹿みたいに呆けた。
「馬鹿なのか?俺と番えばお前は他の奴と結ばれることはなくなるんだぞ?」
「いいよ、別に。俺、恋ってしたことないし……それよりも昨日みたいに見ず知らずの男にヤられる方が堪えられない」
乗り出していた身を引いて、七瀬は再びトーストへとかじりついた。
「てことでアンタのこと落としてやるから、よろしく。アンタが俺を好きになったら番にしてもらうから」
「……………………」
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