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出来損ない_8
戸惑った。
あまりにも真っ直ぐに笑うから。
どうしたらいいのか、どう返せばいいのか、言葉に詰まった。
「ん?どうしたんだ?」
足まで止めて呆けた俺を首を傾げて問う七瀬の声。
「…………いや、何でもない」
「あ、もしかして照れた?」
「…………違う」
わざとらしく溜め息をついて、ニヤつく七瀬の横を通りすぎる。
「えー?とか言って本当は照れたんだろ?ん?」
「……うるさい。違うと言ってるだろ」
どんなに否定をしても七瀬は家に辿り着くまで終始揶揄うように笑ってた。
マンションに着けば鍵を持つ俺よりも先に二階へと階段を駆け上がっていく。
「到着ー!…って、あれ?」
二回フロアへ足を踏み入れた七瀬は首を傾げ、その足を止めた。
「何だ?」
七瀬との距離を詰めながら問えば、部屋の方へ指を差しながら振り返った。
「アンタの家の前、誰かいる」
「……?」
来客の予定はない。
今の俺に訪ねてくる奴なんて………。
二回フロアへ足を踏み入れながら部屋の方を見やれば、確かに男が一人ドアに背を預けて座り込んでいる。
酔っ払いか?面倒だ、さっさと追い払ってしまおう……と七瀬の前に出て歩き始めて数秒後、俺の思考は止まる。
嫌な予感に足が動かなくなり、背中にはぶつかる衝撃。
「痛っ………なんだよ、もう!いきなり止まるな!」
そのやり取りでドアの前に座り込んでいた男がこちらに気が付いて慌てて立ち上がった。
「あ、えっと…………」
待ち伏せていた割りに、掛ける言葉を用意していなかったようだ。
見覚えのある顔。
嫌な予感ほど当たるもんだ。
「久し振り、だな」
結局掛けられた言葉は在り来たりなものだった。
後ろでは知り合いか?と七瀬が興味津々な様子だがそれには応じない。否、応じる余裕はなかった。
「今更何の用だ?」
「え、あ…………えっと…」
「悪いが疲れてるんだ。帰れ」
七瀬の腕を取り、言いたげな男を払い除けて部屋の鍵を開ける。
「あ、待って!話を――」
取り繕おうとする男を振り切って、七瀬の身体を無理矢理中へ押し込むとドアを勢いよく閉めた。
外からはドアを叩く音が聞こえていたが、それも少しすれば静かに止んだ。
「いいの?知り合いっぽかったけど?」
「いい。気にするな」
しつこく質問攻めでもしてくるかと思ったが、予想に反してあっさりと身を引いた七瀬はそれ以上追及してくることはなかった。
そして俺は少しだけ掠めた昔の記憶を振り払うように、唇を噛み締めていた。
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