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出来損ない_30

side α 時計の針が日付を変えた。 カウンターの端の席は空席。いつも七瀬が座っている席だ。 普段ならとっくに店に来て二、三杯はグラスを空けている時間。 ついに諦めたかと期待が心を掠めたが、今朝の様子からそんな素振りはなかった。 「………………」 「――いつもの彼、来ないね?」 グラスを拭いていた俺の隣で、同じようにグラスを拭く同僚――長谷 渚(ハセ ナギサ)が仮面越しに目を細めた。 「藍澤くんがシフトの時、いつも欠かさず来てるのに。どうしたんだろうね?」 「さあ………」 「心配だね?」 「別に。ただ気分じゃなかったか、店に飽きたかの二択しかない」 「もしくは……藍澤くんに飽きたって可能性もあるかもよ?」 柔らかな口調とは裏腹に上がる口角は悪戯好きの悪魔のようだ。 「はは、そんなに睨まないでよ。ちょっとした悪戯心だよ。ほら、彼あまりにも健気だったからさ」 「健気?」 「うん、だってあんなに藍澤くんのこと好きだってアピールしてるだろう?君のシフトに合わせて来店してはラストまでずっといるし」 好き……ね。 なるほど周りからはそう見えるのか。 「そんなんじゃない。アイツは俺に恋愛感情なんて持ってない」 「ええ?それはないだろう?あんなに分かりやすいのに。……もしかして鈍感?」 拭き終えたグラスを照明に透かしながら、小馬鹿にしたように笑い声が聞こえる。 「だからそんなんじゃない。そんな事を言ったら、アイツはさぞ嫌な顔をするさ」 「ふーん、そうなんだ?てっきり僕は君の番なんだと思ってたよ。Ωだろ、あの子」 「………………」 この店にいるαは俺とこの長谷だけだ。 「結構良いなって思ってるんだよね、あの子。藍澤くんのじゃないなら、本気で口説いても怒られない?」 「…………勝手にしろ」 「言ったからね。後で無しは聞かないよ?」 「どうでもいいな」 拭き終えたグラスとフキンを置いた。 「もう上がり?」 「……ああ」 「そ。お疲れ様」 ヘラヘラと笑った顔は、軽く上げた手を俺の背に振った。 ………相変わらず読めない奴だ。 同時期に入った長谷とはそこそこ付き合いが長いが、未だに掴み所が分からない。

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