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出来損ない_41

藍澤の熱が下がったのはそれから二日後。 熱で魘される姿は可哀想だったけど少しは可愛いげがあったのに、回復したらいつもの藍澤に戻った。 「で?」 「……?」 「献身的看病をした俺にご褒美は?」 カウンター越しに伸ばした手を冷ややかに見下ろして、藍澤は盛大な溜め息をつく。 「だからどこが献身的な看病だったんだ?」 「ずっと看ててやったじゃん」 「勝手に上がり込んでただけだろう」 「でも俺が買ってきた薬がなかったらもっと長引いてたかもよ?な?俺のお陰様でしょ?」 それについては多少なりと感謝の気持ちがあるのか口を結ぶ。 病み上がりだと言うのに人手が足りないからとこうして仕事に出ているんだから、生真面目なもんだ。 「………一体何が欲しいんだ?」 「え、いいの?そうだなぁ………」 それはそれは嫌そうな藍澤の顔を見つめてニヤリと笑った。 「デート!」 「…………は?」 「一日俺とデートして?次の休みちょうど被ってるんだ」 と言うか合わせて取ったんだけどさ。 「気でも狂ったか?」 「安心して、ぜーんぜん正気。てことで宜しく!」 空になったグラスを差し出せば無言でそれを下げていく。恐らく了承……と言うか諦めてる感じだな、あれは。 「行き先はお前が決めろよ」 「もっちろん、任せなって」 そんなやり取りの最中、下げられたグラスの代わりに新しいカクテルが目の前に差し出された。 差し出し主は藍澤ではなく、もう一人のバーテンダー。 「俺、頼んでないけど……」 「うん。これは僕の奢りで。僕が作ったカクテルじゃ嫌?」 そう微笑んだ仮面越しの瞳は色素が薄い。 ブロンズ色の髪はフワフワしていて、触ると柔らかそうだ。 「そんな事はないけど…」 「じゃあどうぞ」 「……いただきます」 口当たりのいいカクテルだ。飲みやすい。 けど………めちゃくちゃ見られてて飲みにくい…。 「あ、あの…何か?」 「ああ、ごめんね?それオリジナルで作ったから反応気になっちゃって。どうかな?」 「そう言うこと。飲みやすいよ。口当たりもよくて俺は好き」 「良かった。僕は長谷って言うんだ。藍澤くんとは同期なんだよ」 ね?と話を振られた藍澤は短く生返事をする。 「君いつも藍澤くんのシフトの時に来てるだろう?」 「はい、まあ……」 「ほらこの前珍しく来なかった日あったじゃない?あの日の藍澤くん凄く寂しそうだったよ」 クスクス笑った長谷さんの横から、鋭い抗議の声が聞こえて俺も笑った。 「え、マジ?やっぱ寂しかったんだ?」 「んなわけあるか。おい、勝手なこと言うな」 本当なのに、と肩を竦めた長谷さんは全く悪びれる様子はない。 「ずっとその席と時計見ちゃってさ、気にしてるの丸分かりだったんだから」 「へぇー!それは良いこと聞いた」 ふざけんなと盛大な舌打ちは、幸いにも客が俺しか居ないから許されること。 「俺はもう上がる」 すっかり不貞腐れた藍澤は時計の秒針が時刻を知らせると同時に裏方へ消えていった。 「お疲れ様」 「じゃあ俺も帰る。カクテルご馳走さまでした。」 「うん、またね」 笑う顔は何となく掴み所がなかったけれど、深くは考えず手を振り返して、店の裏口へと向かった。

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