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出来損ない_58
珍しく意見が合ったなと藍澤は笑った。
「超心外」
不貞腐れる俺と楽しそうに笑う藍澤。
ついさっきまでとは逆の状況に、段々可笑しくなってきて結局俺も声を出して笑った。
何だろ。何か良いよな、こう言うのって。
一頻り笑って、ふと流れた静寂。
隣に並ぶ少し高い肩口に頭を預けてみた。
「………本当に噛むつもりだった?紗奈さんの項」
「………ああ。でも出来なかった。アイツは……奏輔は知らないが紗奈に最後に会ったのは俺だった。俺の想いは叶わないと知っていたから、せめて二人の願いは叶えたいと思った」
「………………」
「運命を断ち切る方法はたった一つだけ。番関係を結んだ後、どちらかが死ぬしかない。本当は俺が死ぬつもりだった。紗奈の項を噛んだ後でな」
落ち着いた声音は耳に心地良い。
そんな事を思えてしまうぐらい心は冷静だった。
「もちろん紗奈には告げず、項を噛ませて欲しいことだけを伝えたさ。ずっと奏輔を好きなままでいいからと。………どんなに辛くても笑顔を絶やすことのなかった紗奈が涙を見せたのは、後にも先にもこの時だけだった」
あまりにも声が心地良いから……俺はそっと目を閉じた。
「“そんなの誰も幸せじゃないよ。……ごめんね。”それが彼女の最後の言葉だ。紗奈は俺の意図に気付いてた。そして………最悪の選択をさせてしまった。翌日、俺も奏輔も取り返しのつかない事実を悔やんだ」
「……………………」
「紗奈を本当に追い詰めたのは俺だ。俺が怖じ気付いたから。無理矢理にでも項を噛んで、さっさと死ねば良かったんだ」
頭を乗せた肩に力が入るのを感じながら、閉じた目からは熱い水滴が落ちた。
「………お前が泣く必要ないだろ」
「仕方ないじゃん、勝手に流れてくんだから」
涙ってのは一度流れるとなかなか止まらないから厄介だよなぁ。
「……紗奈が死んだ後、凄まじい喪失感が襲ってきた。これまでの日常や友人としての別れ、それから少なからず本能が泣いた。………だからΩを抱いた。その間は何もかもを忘れられたから」
藍澤の言葉で、別れ際の末松さんの話を思い出した。
「手当たり次第だ。軽蔑していい」
「………嘘つき。末松さんが教えてくれたよ。アンタが手を出してたΩの特徴」
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