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遅咲き_28

俺も郁弥もただ呆然とその姿を見ているしかない。 男の足音が完全に聞こえなくなると、背を向けていた藍澤が俺達の方へと振り向いた。 無表情のあの顔は怒っているのかもしれない。 未だ熱の引かない身体を起こして、着崩され露出した下半身を隠すように身を丸める。 その間に近付いてきた藍澤は何も言わないまま俺の傍らへと膝をついて、手を伸ばそうとした。 けど俺の身体に触れたのは藍澤の手じゃなくて、警戒心を顕にした郁弥の手だった。 「貴方も、α………?」 俺の身体に回る腕は微かに震えている。 「……………そうだ」 静かに、それでもハッキリと頷いた藍澤に郁弥の手にはぎゅっと力が入る。 その腕にソッと手を当てると、郁弥は心配そうな面持ちで俺と目を合わせた。 「……っ丈夫、……コイツは、だい、じょぶ…だから……」 「でも……」 食い下がろうとする郁弥には小さく首を振った。 正直普通に喋るのすらしんどいんだ。 「………七瀬、」 藍澤が伸ばし掛けていた手を差し出したまま、俺を呼ぶ。 「……選ぶのは、お前だ」 この手を取れば、きっと藍澤は助けてくれる。 いいのかな、俺なんかが掴んで。 助けてって言っていいのかな。 じゃあ取らなかったら? この手を取らなかったら、藍澤は離れていくんだろーな……。 それは、すごく、寂しい、から………。 今だけ、助けてって、この手に縋っても、いいかな………。 伸ばされていた手に指先を乗せた瞬間、そこからじんわりと熱が広がって、胸が温かくて、心臓が鳴って、呼吸が苦しくて、少し泣きたくなった。 「うっ……ぁ……い、ざわ…………や、だ…もう……っけて……」 雨だから、大丈夫。 きっと涙だって隠してくれる。 「…………貰うぞ」 それは郁弥に掛けた言葉で、掛けられた本人が呆けた声を出した途端、俺の身体は藍澤の手に引き寄せられた。回っていた郁弥の腕が簡単に解けてしまうほど力強く。

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