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遅咲き_36
出ていく背中を見送って、身体をベッドへと沈めた。
郁弥、全然変わってなかったな……。
もう何年になるんだっけ……?
あんな最低なことしたのに、俺のこと助けようとしてくれてた……。
俺は助けられなかったのに。
目を閉じればあの日の光景が鮮明に浮かぶ。
脳裏に刻まれた表情と矯声と、伸ばされた手……。
底無し沼のような真っ黒い恐怖心。
あれは郁弥の意思なんかじゃないのに、まるで「お前もこちら側なのだ」と手招かれているようで、俺は………。
『――違う、違う!俺は、そんな風に媚びたりしない!』
郁弥の手を振り払って、逃げ出したんだ。
「………………――ぃ、おい!聞いてるか?」
「――やっ、やめろ!来るな!触るなっ!!」
「なっ、おい!落ち着け、暴れるな。俺だ」
腕を取られ、抵抗を止めると怪訝な顔をした藍澤が目を覗き込んでいた。その目に現実との境目が曖昧になるほど深い思考に耽っていたのだと気付かされて、身体の力を抜く。
「あ…………ご、めん……」
短い溜め息が聞こえて取られていた腕が解放される。
「……やっぱり怖かったか?」
「ぇ…………」
掛けれた言葉に、心臓が跳ねた。
「襲われてたろ、αに」
「あ……………」
そう言えばそうだったっけ………。
「まあ、所詮俺もαだからな……。怖いならある程度距離を取る」
「違っ、アンタは怖くない!全然、怖くないから!」
離された手を今度は俺が掴んで、自分の頬に寄せた。
「前も言ったじゃん。アンタの手は安心するって。怖くないよ。だから……だからそんな傷付いた表情 すんなよ」
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