119 / 152
αとΩ_10
「こんなに早く料理を振る舞ってもらえるなんてね」
手に取ったお椀には熱々の味噌汁。具は豆腐にワカメ、長ネギとシンプルだ。
「でもこれは有り合わせで作ったものなので、リクエスト分は別で考えておいてくださいね」
「サービスいいね。ありがとう」
「………味噌汁、お口に合うでしょうか?」
不安そうに投げられる視線に口元からお椀を離して、もちろんだと答えた。
「凄く美味しいよ。さすがシェフだね」
「や、シェフだなんて……ただのファミレスの厨房ですから………」
「立派だよ。人が口にするものを作っているんだし。もっと堂々としていいんじゃない?」
返答に困る姿を見ると褒められ慣れていないんだと分かる。
「お世辞じゃないよ。だから素直にありがとうって受け取ってよ」
ね?と首を傾げて見せると、郁弥くんはコクリと頷いた。
「ありがとうございます……」
「リクエスト分も楽しみだなぁ。何作ってもらおうかな」
他愛ない会話。
その間も箸が止まらないぐらいには料理が美味しい。僕好みの味付けだなぁ。
夢中になって食べていたら、目の前の郁弥くんがテーブルヤシに目を向けていることに気付いた。
「………気に入った?」
「え……あ、えっと……何か見てると落ち着くなって……」
「あげようか?元々僕のじゃないし、気に入ったのならあげるよ」
てっきり喜ぶか、はたまた慌てたように遠慮すると思ったのだけど彼は予想に反して穏やかに笑い首を振った。
「いいえ。きっと長谷さんが育ててるから、よく見えるんだと思うんです」
「僕が?」
「はい。あのテーブルヤシは幸せですね」
「…………………」
――ずっと可哀想だと思っていた。
捨てられ、主人を失ったあれを、僕はずっと可哀想だと思っていた。
「長谷さんに愛されて。幸せモノですね」
僕が、愛して……あれは幸せになったと……可哀想ではないのだと、そう言うのだろうか。
だったら、君は?
もし僕が君を愛したら、君も可哀想じゃなくなるのかな……?なんて喉まで出掛かった言葉を、まだ熱を持つ味噌汁が流し込んでいく。
「………そんなはずないよ。僕なんかの愛じゃ、あれはきっと可哀想なままなんだ」
ともだちにシェアしよう!