120 / 152
不能_1
side α
様子が変だ。
カウンター越しに座る七瀬に目を向けるが、視線が合うことはない。
煩いぐらいに話し掛けてきていた奴がだ。
長谷と帰ったあの日から顔を見せなくなったと思ったら、先日不意に現れ、言い合いになり店を飛び出していった。
あれから前と変わらず店には顔を出すようになったが、どうも様子が変だ。
最初は言い合いしたことを怒っているのかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。
「………おい」
「え!?な、何!?」
「氷、溶けきってる」
グラスに掻いた汗はテーブルへと落ちきって、氷は姿を消している。
「あ………」
「作り直すか?」
「ううん、勿体ないし、いいや」
味が薄いであろうこと間違いないそれを七瀬は煽った。
空になったグラスを下げて、新しいカクテルを用意する。
差し出せば「さんきゅ…」と小さな呟きが返ってくるが、視線は上がらない。
こうして店に来るってことは怒っているわけではないんだろうが……。
「……今日はもう上がりだから着替えてくる。外で待ってろ」
「え、そうなの?じゃあ俺、帰るよ」
「聞こえなかったのか?待ってろって言ったんだ」
「いや、でも………」
「明日、休みなんだろ?」
コイツが俺のシフトを熟知しているように、俺だってコイツのシフトを嫌でも知っている。
「そうだけど……」
「何だ?それとも――」
――長谷でも呼ぶか?と言い掛けて口を止めた。
この前言い合ったばかりだ。
突っ掛かっていくのは得策とは言えない。
「……とにかく待ってろ。いいな」
返事は待たなかった。
手元のグラスを片して、俺は足早に裏へと回った。
ともだちにシェアしよう!