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不能_19
君と同じようなね、と言葉を落としながら最近出来たであろう手首の痕へと指を這わせた。
「どんなに訊いても姉さんは僕に何一つ言ってはくれなかった。決して弱い姿は見せてくれなかった。もしかしたら姉さんは僕のこの邪な心に気付いていたのかもしれないね…」
「お姉さんは、今………」
「そんな顔しないで。大丈夫、彼女は今幸せだよ。結局姉さんを救ったのは僕じゃなくて、運命の番だったけれどね。僕が怖気づいてる間に攫われてってしまったよ……悔しいけど、格好良かったな」
安心したような、でも少し寂しげな表情を浮かべた郁弥くんに僕は微笑みかけた。
「僕は弟って枠から外れることが出来なかった。姉さんを悲しませたくなくて………。結果として今、彼女は幸せに暮らしてるから、間違ってなかったんだと思うよ」
「………じゃあ長谷さんは?」
「え…………」
「長谷さんは幸せじゃないじゃないですか。寂しかったんじゃないですか?だから………だから温度を求めてるんでしょう?」
姉さんに初めて恋人が出来た時より、運命の相手の前で笑っている姿を見た時の方が心にポカンと穴が空いた感覚がした。
幸せなはずなのに、それで良かったはずなのに……僕の心には空白が出来た。
思えばそれからだったのかもしれない。
体温を感じないと眠れなくなったのは。
「…………うん。そうだね、その通りだ。僕はずっと寂しかった」
それまで懐で大人しくしていた郁弥くんがもぞもぞと動き出して、何事かと思えば僕の背中へと回った腕が、ぎゅっと身を引き寄せた。
「郁弥くん………?」
「僕、温かいですか?」
小刻みに揺れる肩がじんわりと胸を濡らしていく。
全然涙止まらいなぁ。でも………温かい。
空白にポタポタ滲んでく。
「……君の温度は心地良い」
「本当……?」
「うん。言ったでしょ、よく眠れるって」
「良かった」と見上げてくる顔は涙を流しながら破顔する。
「……………。このまま、寝ちゃおうか」
身体を抱え直して、彼が息苦しくないよう腕の中に閉じ込める。
すぐにうつらうつらとする自身に驚いた。
こんなに寝付きがいいなんてね…。
「長谷さん…」
「んー……?」
「長谷さんが寂しくなくなるまで、僕がいつでもぎゅってしますからね」
嬉しいな。でもその時は、この体温もずっと傍に居てほしいって思うんだけど………それを告げられたかは定かではない。
こんなにも睡魔に勝てないのはいつ振りだっただろう……。
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