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第3話

「おっはよー!」 「おはー」 「なーに、飯田っち元気ない?」 「やーそれが、うっかり今日のテスト勉忘れて」 「あーらま」 席について隣の席のクラスメイトに声をかける。 彼は悩ましげな表情で数学の教科書とノートを交互に睨んでいる。 「いいよなー真城は」 「あは、俺天才だからね」 「頭交換しろ!や、でもお前のアホさはいらん、天才の部分だけでいい!」 「アホさってなんだよ!俺はアホじゃないやい」 「いや言動完全アホだしバカじゃん?頭良いけどバカじゃん、見た目もくそムカつくことにめちゃくちゃいいけどバカすぎて可哀想になるレベル」 「どーゆう意味だこんにゃろ」 「お前ほんと顔良くて良かったよな~、あ、頭も。じゃなかったら性格破綻児として少年院送りだ」 「そんなにぶっ飛んでねーわ!」 「あーもうとにかく、今日どこ出るか教えろ!」 「俺授業ちゃんと聞いてないからわかんなーい。教科書全部覚えれば?」 「キーッ!!天才が!」 予鈴が鳴りみんなが席に着くとショートホームルームが始まる。 担任は連絡事項と欠席の有無を確認して教室を出て行った。 一日一日が普通に過ぎていく。 こわいような、はやく終わって欲しいような不思議な感覚だった。 「真城」 教室に入ってきた透が、真っ先に俺の元へ来た。 「あら、透くんなあに?」 「きめえ声出すなよ、今日加賀が委員会代わってって。お前できる?」 「あらあら透くん、俺とやりたいの?」 「何だその言い方……ま、別にお前がやならいーけど?」 「うそ!やるやるやるって~!今日も一緒に居られるなんて嬉しいわぁ」 「じゃあ来週の水曜と交換って言っとく」 「ほいほい」 それだけ言って、透は再び教室を出て行った。 普通。 普通の一日。 毎日毎日全く代わり映えのない、日常。 ファンタジーで、悲劇のヒロインな、 そんな立場に身を置かれた男の俺に、王子様はやってこないし、奇跡が起こるわけでもない。 透が好きだ。 好きだけど、透の恋を邪魔しようとは思えないし、結ばれたいとも思わない。 男同士だし、どうせ死ぬし。 俺は一体何の為に生まれて、死ぬんだ。 「おーい、真城?」 「あ、何」 「相変わらず藤林はイケメンだなあ、ほんと男子校なのがもったいない」 「飯田もイケメンだったらヨカッタネ」 「ばかやろー俺はわりとモテんだぞ!」 「ここでモテても、ホモじゃん」 「男に好かれるそれすなわち、人として素晴らしいっつうことだ」 「……飯田、俺はお前嫌いじゃないよ」 「お前に好かれても嬉しくない!やっぱ女子が良い!」 「そりゃ無理だ」 せめて、飯田のことが好きだったらもっと楽だったのかもしれない。 飯田には好きな人なんか居ないし、その方がきっと楽だ。 俺はこの学校の生徒から、一目置かれる存在だ。 悪い意味でもいい意味でも。 入学当時の俺は、狂っていた。世界に絶望して、意味なく物や人に当たって、破壊を好んだ。 どうせ居なくなるのなら自分の関わる全てを壊してやろうと思っていた。 親元を離れ本当の一人になった俺はもうどうでもよくなった。 殺されても良かった。むしろ時が来る前に、死にたかった。 不良と言われる近隣校の悪ガキ共に喧嘩を売ったり、誰に対しても無愛想に見下した態度で接した。当然みんな俺を嫌い、畏怖し、遠巻きにした。 嫌われた方が楽だと思っていた。 それまでのいい人ぶる自分をぶち壊した。世界中から嫌われて死んだら、未練なんか一ミリも残すことはない。 ガキだったとも思うし、ある意味正しかったとも思う。 そんな俺がこうして変わってしまったのは、透に出会ったから。 透は俺を殴った。 シネと、キチガイ野郎が、と。 入学して一番最初、隣の席だった透は教科書を忘れて俺に見せて欲しいと頼んだ。それまで一度も声を掛けてきたことはなかった。俺に興味がなかったから、俺がみんなに恐れられていたから、厄介そうだから、多分全部。 俺はその頼みを無視した。それでも話し掛けてくる透に、辛辣な言葉を浴びせながら机を蹴り倒してやった、すると透は無表情で俺を殴ってシネと言った。 第一印象は最悪だった。それなのに、それから俺は透を無駄に目で追うようになった。 そうするうちに、彼が社会科の篠原先生に恋をしていることに気付いた。 それからは、俺は彼から目が離せなくなって、 気付けば透に恋をしていた。 俺にもそんな優しい目を向けて欲しいと願ってしまった。 もう必要されない俺を、必要だと思って欲しかったのかもしれない。 俺は、道化を演じ始めた。何も考えていないような、アホみたいな、バカみたいな男を演じた。何もかも忘れたみたいに、気が狂ったみたいに、そしたら透とまた話すことができるから。 別人のように変わった俺だったが、それでもほんの数人以外はまだ俺を遠巻きにしている。透と、篠原先生と、飯田と、図書委員の何人か以外。いや、十分すぎるぐらいだ。 この広い世界で俺を見てくれる存在は両手で足りる人数。 広い世界の中の、小さな国の、何百とある高校の中の一つ、そこに存在するちっぽけで意味のない小さな命。 そう考えると、みんな似たようなもんじゃないかとも思える。 透と行動するようになり、少しずつだけどこんな俺と話してくれる人もできた。 今では一見平凡な人生を送っている。 男子校なのに、狂人でなくなり、ただのアホな奴に成り下がった、見た目だけはいい俺に告白してくるやつなんかもいる。 人に好かれるのは怖い。 そういう目で見られたり、言葉で好きと言われるたびに俺はいつも一瞬縋りたくなる。 「俺を死ぬまで愛せるの?一緒に死んでくれる?」 そう言ってしまいたくなる。透が先生に向けるみたいな優しい目で俺を見ないで、俺は結局弱虫で、きっと決して自分を好きにならない透が好きだった。

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