4 / 11

第4話

「じゃあなー」 「ばいばーい」 飯田にさよならを告げて教室を出ると、透はそこに居た。 二年から別のクラスになった透はたまに気まぐれで俺を待って、一緒に図書室まで行ってくれる。 「わーお愛しの透様、お待たせしましたぁ」 「行くぞー」 俺を見るや否や言葉も遮る勢いで俺の手首を掴み歩き出す透。 「どしたのそんな急いで」 「今日篠原来るって」 「……そっか」 顧問だから、たまに来る。 当たり前のこと。 でもその度、透は嬉しそう。居ても立っても居られないんだろう、口元がにやけてるよ。 「よかったねえ」 「はあ?」 「せんせー来てくれて」 「あー…」 何か言いかけて、結局口を閉ざす。 自分からは先生に深く近づけもしない透。 可愛い、可愛くて、大嫌い。 あっという間に図書室にたどり着く。 扉を開ければ先生は既に居た。 先月のリクエストを段ボールから出して机に並べている。 「俺らがやるからいーですよ」 パッと手が離されたそこの部分が、圧迫感から開放されてじぃんとした痛みを訴える。 視界が二人のツーショットを捉える。 「おお、昨日に引き続きおつかれさん。ジュースでも奢ってやろうか」 「まじ!?のみたーい!」 俺はバカみたいに先生のことまでスキップしながら近づいて、先生の手首を両手で掴んだ。 「真城はほんと愛想良いな、この世渡り上手がっ」 「あは」 先生は俺にイタズラめいた顔で笑う。 横目に透が俺を睨んでいるのが見える。 嫉妬、すればいい。 ああ、バカみたい俺。 こんな三角関係、不毛以外の何ものでもない。 そんなじゃれ合いもそこそこに、先生はジュースを買いに行くと図書室から出て行った。当然透は遠慮したが、先生は笑いながら甘えろと言った。 不機嫌そうに椅子に座った透は先生が並べていた本を見ながら、ラベル書かなきゃと呟く。 「透」 俺は彼の前の席に腰を下ろした。 「なんだよ」 「嫉妬した?」 「は」 不機嫌な目が俺を射抜く。 「……俺だって嫉妬した」 「何お前」 「とおる、せんせいばっかじゃん」 「はー?」 「俺のことも気にしろー!」 わざとバカっぽく訴えると、透は眉根を顰めてバーカと言った。 どうして透は先生が好きなの。そう聞いたことがある。まさか気付かれてるとは思わなかっただろう透は吃驚してたけど、数秒後諦めたみたいに教えてくれた。自分のことを、見てくれたからだと言った。それだったら俺も見てたのに、他の人だってみんな透を見てるよ、そう思ったけど……透が先生のことを好きになった理由はきっとあるようでない。恋なんて明確な理由があってすること、殆どないってなんかの恋愛小説で読んだ。目と目が合って、欲しいって思ってしまったんだ、きっと。 「先生、彼女いんのかな」 「居ないって言ってた」 「なんでお前知ってんだよ」 「結構仲いいの」 「…腹立つ奴」 「透小テストおわった?」 「世界史?」 「ちげーし、数学。俺のクラス今日あったの」 「あー、明日」 「透はぜーんぶ顧問に結びつけるね」 「……うっせー」 否定もしない。 呆れて笑いが溢れる。 俺様で、イケメンで、みんなから憧れられてる透がこんな顔して、こんな風に話すなんて、知ってる人は世界で何人居るんだろう。 俺はきっとその、もしかしたら唯一の一人かもしれない。 そうなれたことだけで、十分だって思えるくらい心が広くて慈悲深くて、誰かの幸せが何よりもの幸せだって思える人だったら良かったのに。そしたらこんなに胸が苦しくないのに。 「ただいまー」 「あ、せんせーおかえり」 「ありがとうございます、」 二人して席を立って、ペットボトルを三本持った先生を迎え入れる。 その後は三人でラベルを書いて貼った。 なんでもない日常。 苦しくて、愛しくて、楽しいのに、悲しい、なんでもないただ一日の中の放課後。 きっと死ぬまで、この日々が変わることはないと思っていた。

ともだちにシェアしよう!