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第7話
「ねえ篠原せんせ」
「おー?」
俺の学校には教科ごとに助手担当、みたいな生徒が居る。俺は世界史の担当で、つまり顧問の篠原先生の助手。
「この世界地図重くない?」
「でかいからなあ」
「なーんでいたいけな少年の俺が」
「どこがいたいけだ」
「ぶー」
「カワイ子ぶられても、お前ちゃーんと男だしなあ、JKだったらなあ」
「せんせーの対象って女だけ?」
「はー?当たり前だろ」
「……ふーん」
「なに、お前俺のこと好きなの」
「ぜーんぜん」
「なんだそれ」
先生は大人で、どこまでも大人で、敵わない。
「よいしょっと」
「年寄りくさーい」
「うっせーぞ」
物置みたいな第三社会科準備室。まあ物置なんだけど、汚すぎてクモの巣なんかはってる。
先生はひとつだけある窓を開けて、きたねえなあとか言いながら咳をした。
「最近真城、元気ないよな」
「えー?」
「ほら、飴」
ぽいっと投げられた飴を見事キャッチした俺は、包みを切ってそれを口に入れた。
「苺ミルク……あっま」
「疲れてる時は甘いもんがいいんだぞ」
「ふーん」
「……なんか悩みか?」
「せんせ、先生っぽいよ」
「先生だぞ俺は」
「……好きな人に好きな人がいたら、先生はどうする?」
先生の目は見れなかった。
それでも呟いた小さな言葉を、先生はちゃんと拾ってくれた。
「俺だったら、当たって砕けるけど。まあ恋愛は人それぞれだよな」
「当たって砕けちゃっていいの?今までの関係に戻れなくてもいいの?」
「俺は、言わないでイジイジしてるのに耐えられるタイプの人間じゃないからな。そいつのこと思い出にする為にも、ちゃんと言ってちゃんと振られる。真城は言わなそうなタイプだよな、てか、お前好きな奴とかいるの?」
「俺だって恋くらいしますー」
「へー、お前みたいなイケメンに好きになられたら、その子も嬉しいだろうな」
なにそれ。
なにそれ……。
「嬉しいかな」
「嬉しいだろ。好かれりゃ、」
「……そっか」
「ちょっとは相談乗れたか?」
「ちょびーっとね」
「はははっ、ならよかったよ」
「俺、好きな人が、好きな人のこと話す時の表情とか仕草が、すっげー好き」
「おう」
「俺にも、そんな顔を向けて欲しかった」
「……そうか」
「でも、好きな人がいるって分かってて好きになったから、そんなあいつが好きなら、応援しなきゃだめだよね」
「応援なんてすんなよ、隙がありゃ奪え」
「……ダメだよ。俺、幸せにしてあげられないし」
「なんだそりゃ、……そんな気持ちじゃ、確かにダメだな」
「うん、俺じゃダメなんだ」
でも、好きって伝えられたことは、良かったのかもしれない。
***
授業も委員会も終わって放課後。
真剣な表情で漫画を読みながら寝転がる透。
彼は今俺の部屋で暇をつぶしていた。
「なー」
「なんだ」
「せっかく来たなら漫画とか読むなよ」
「これ読みたくて来たんだ」
「自分で買えよな」
「お前が買うって分かっててなんでわざわざ俺まで買うんだよ」
口では買えとか言ってるけど、勿論本心ではない。
透が好きだって知ってるから、俺は大して好きでもないその漫画を買い始めた。
そしたら透が読ませろって言うのは分かってる。
そんなことをしているうちに、俺は透の好きなものに囲まれた生活をしていた。
「ゲームしよ。モンハン」
「あとでやる」
「ちぇー」
モンハンだって、別にそんなに好きじゃない。
一人でやることはたまにあるけど、それは透の戦力になる為、ただそれだけ。
俺、どんだけ透のこと好きなの。
認めたら思いって止まんないんだ。
こわいな。
俺はベッドに寝転んで、透好みの雑誌を開く。
「とーる、」
「ん?」
「俺が透好きって知って、嫌だった?」
「……嫌なわけねーだろ」
「嬉しかった?」
「……うるせえ、黙って読ませろ」
「ははは、透、恥ずかしがりやさん」
「だまれ」
額に手をやる。
痛みも凹凸もない。鏡や他人が存在しなかったとしたら、ホントにあるのかなんて分からない印。
もうすぐ俺は十八になる。あと約二ヶ月、四月二十日。
前の犠牲者は、十八と二十日で死んだ。
その前は十七と二百十日。
その前は十九と五十七日。
そこに、二十歳になるまで以外の規則はない。
例えば明日死んでもおかしくない。
アザが真っ黒になって、それが薄くなり始めたら一週間とたたず死ぬって言われてる。
そんなことを考えて、ボーッとしていたらいきなり体に何かが覆いかぶさった。
「なに」
「……真城、なんで俺のこと好きなんだ」
目前の彼は、真剣な表情で俺を見つめている。
「透が先生のこと、好きだったから」
「……」
そのまま、透は俺にキスを落とした。
最初触れるだけだったそれは、次第に深くなり、唇を割って舌が歯列をなぞった。俺は口を開いて透の舌を受け入れた。透の唇は少し冷たくて、指は俺の指と絡まった。
俺の目からは涙が溢れた。
これは、何の涙だろう。
透には絶対に気付いて欲しくない。
そう思ったのに、透は唇を離すと俺の目の縁に伝う涙を舐めた。
「やだったか?」
「……んな、わけないじゃん」
「……泣いてる」
「なんでだろ」
「……お前、こんなとこに痣あったか?」
透は俺の前髪の隙間からのぞく痣に手を添えた。
俺は、それをボーッと見つめる。
前髪が払われて、呪いの辺りにキスをされた。
「なにそれ」
「……ト音記号みたいだな」
「そんな可愛いもんじゃないよ」
透が何を考えているか。
俺には分からなかった。
ただ、透はその後も何度も俺にキスをした。
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