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第8話

春になった。 いや、正確に言うと、桜が咲いた。 先輩達の卒業式もあっという間に終わり、もうすぐ俺たちが最高学年。 篠原先生は来年は担当のクラスを持つと言っていた。 俺は、自分のクラスの担任だったらいいなと素直に思った。 春休みは本家に挨拶に行ったり、親に会ったりした。 印は更に色濃くなり、みんなして嫌そうな顔をした。 本家はため息を吐き、両親と弟は泣いていた。 透はたまにうちに遊びに来て、たまにキスをしてきた。 飯田ともたまに遊んだ。 そして四月になり、桜が散り始めた。 「工藤、病気で入院するんだって」 「工藤って生徒会長の?」 「そー」 入学式は滞りなく行われた。在校生も出席と言われたが、俺と透はサボって図書室に居た。 「俺生徒会入れられるかも」 「は?」 「そしたらお前、委員長やっても良いぜ」 「……んなもんやりたくねーし、てか三年生はもーいいだろ、二年にやらせれば」 「大学ほぼ確定で決まってるからな、俺」 「でもどーせ任期夏までじゃん。そんなに生徒会足りてないか?」 「会計の沢村も部活優先するんだってさ、辞めるわけじゃないけど戦力にはなれないって」 「……なにそれ」 「とりあえずは今は副会長が会長代理してるらしい。書記は書記、今の二年も何人か居るけど、三年生で夏まで生徒会長として仕切れるようなやつがいれば一人欲しいって言われた、」 「他にも居るだろ」 「俺以上に相応しい奴がいないってだけ」 「……やんの?」 「どう思う?」 透は相変わらず何を考えてるか分からない表情だった。 「篠原先生との接点減るじゃん」 「担任になった」 「……そうだったなー」 篠原先生は透のクラスを受け持つことになった。 俺は、去年と一緒の担任だった。 「お前が生徒会行ったら、俺ぼっちになっちゃうよとおるくん」 「さびしい?」 「ふんっ!俺には飯田が居るからいーもん!飯田も図書委員に入れてやる!」 「ああ、お前と仲いいやつ?」 「……そ」 目が合って、そのままキスをした。 俺は透の、キスフレとかいうやつか何かなんだろうか。 もしかして、都合のいい存在にされてるのだろうか。 それならそれでいい。 だって俺に残された時間は、きっとあともう少し。 *** 次の日は雨が降っていた。 桜の花びらが雨とともに地面に散っていく。 俺は窓の外を眺めながら、眠たい午後の授業を聞き流していた。 英語の授業はまるで子守唄でも歌われてるみたいに穏やかな時間だ。 クラスの三割くらいはまどろみの中に居るだろう。 最近の透は思いが見えない。 それは俺を不安にさせた。何を考えているか分からない、怖い、だけどキスは優しくて甘かった。 不意に唇に手を添える。 まるで少女漫画の主人公みたいなことをする自分に、誰にも気付かれないくらい小さな苦笑を漏らす。 透は生徒会に入るのだろうか。 そしたら俺はどうするのだろうか。 二年でクラスが変わって、三年で委員会も変わって、そしたら俺たちの間にある接点はただの友達だけしか残らない。 そういえば彼の親衛隊だと宣っていたあいつはどうなったんだろう。 他にも隊員は居たんだろうか。 会長の工藤はどれだけの病気なんだろう。 会計の部活は何なんだっけ。 取り留めもない疑問が浮かんでは消える。 そうして全ての授業が終わり、俺は教室を出た。 「真城」 「わー、なにとおる」 「俺やっぱ生徒会入ることんなった」 「……まじ」 「まじ」 「図書委員どうすんの」 「副の二年が委員長やるだろ、それともお前やる?」 「やなこった」 ハア、ため息を吐いて俺は頭をかいた。 「ま、いいや。じゃーね」 湿気で滑りやすくなっている廊下を踏みしめるように歩く。 透は俺から離れようとしているんだ。 そう、思った。 「真城!」 「……なに」 振り向きもせずそう言ったけど、透は言葉を続けなかった。 「バイバーイ、透」 そのまま俺は雨の中、傘もささないで家に帰った。 いろんな人から見られたけど、どうでもよかった。 翌朝起きたら、忌々しい印はこれ以上ないくらい真っ黒になっていた。

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